名古屋家庭裁判所 昭和48年(少)5号 決定 1973年5月10日
少年 I・J(昭二八・一二・八生)
主文
少年を医療少年院に送致する。
押収してある電車バス優待乗車券(昭和四八年押第二九号の一)の偽造部分を没取する。
理由
(非行事実)
少年は、
1 昭和四七年一一月五日午後四時頃、名右屋市○○区○○町×丁目××番地先路上において、○居○直所有の普通乗用自動車一台(名古屋××ま××××号、時価四〇万円相当)を窃取し、
2 公安委員会の運転免許を受けないで、同月七日午後零時三〇分頃、愛知県西加茂郡○○町○○○×番地付近の道路において、前記自動車を運転し、
3 同月一〇日午後九時五〇分頃、前記1記載の場所において、○居○直所有の前記自動車を窃取し、
4 同月二三日午前二時二〇分頃、名古屋市○○区○○町×丁目××番地○○マンション×××号室○紀○方前駐車場において、同人所有の普通乗用自動車(名古屋××さ×××号)に設置されていたサンルーバー一個(時価一五万円相当)を窃取し、
5 同年一二月四日午後五時頃、名古屋市○○区○○○○×丁目××番地○○観光株式会社前路上において、○野○司所有の普通乗用自動車一台(名古屋××の××××号、時価四〇万円相当)を窃取し、
6 公安委員会の運転免許を受けていないが、反覆継続して自動車の運転をしていたものであるが、同月七日午前零時三〇分頃、愛知県愛知郡○○町○○○○○○○○××番地の×先路上において、前記5記載の自動車を運転していたところ、運転者としては常に公安委員会の指定する制限速度を遵守することはもちろん、道路の状況に応じて速度を調節し、ハンドル操作を確実にして事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、愛知県公安委員会の指定する制限時速四〇キロメートルを超える時速約六〇キロメートルないしは時速約八〇キロメートルの高速で疾走した過失により、前方交差点の手前約五五・四メートルで同交差点の信号が赤になつたのを認めて急制動の措置をとつたところ、右へハンドルをとられ、そのまま右斜前方に約二七・四メートル進行して沼地に転落し、その衝激により同自動車助手席に同乗していた○川○美に対し加療約二週間を要する顔面、頚部挫傷、胸部挫傷、脳震蕩の傷害を負わせ、
7 公安委員会の運転免許を受けないで前記6記載の日時場所において、同自動車を運転し、
8 同月一六日午後三時頃、名古屋市○区○○町××番地○辺○治方前路上において、同人所有の普通自動車乗用一台(名古屋××す××××号、時価一三〇万円相当)および○辺○子、同○子所有の自動車運転免許証二通を窃取し、
9 昭和四八年一月一七日午後七時三〇分頃、名古屋市○区○○町××番地先路上において○田○好所有の普通乗用自動車一台(名古屋××と××××号、時価八〇万円相当)、同車在中のゴルフ道具(時価三万五、〇〇〇円相当)、中古カメラ一台(時価一万二、〇〇〇円相当)、ゴムボート一個(時価一万六、〇〇〇円相当)、自動車運転免許証一冊を窃取し、
10 同年二月中旬頃、愛知県西春日井郡○○町○○○○○○○○○××番地の自宅において行使の目的をもつて名古屋交通局発行の○保○み名義の電車バス優待乗車券(第三八八六号)の写真欄に貼付された○保○みの写真を剥離したうえ、同欄に自己の写真を貼付し、もつて前記名古屋市交通局作成名義の電車バス優待乗車券一枚(昭和四八年押第二九号の一)を偽造し、
11 同年三月八日午後九時五分頃、名古屋市○○区○○町×丁目×××番地元路上において○川○行所有の普通乗用自動車一台(名古屋××と×××号、時価七〇万円相当)を窃取し、
12 公安委員会の運転免許を受けないで、同日午後九時四〇分頃、一宮市○○町○○○○××番地先路上において、前記11記載の自動車を運転し、
13 同年四月一五日午後六時四五分頃、名古屋市中村区○○町×丁目×番地○浦○秀方前路上において、同人所有の普通乗用自動車一台(名古屋××む××××号、時価四五万円相当)を窃取し、
たものである。
(適用法令)
1、3ないし5、8、9、11、13につきいずれも刑法二三五条
6につき同法二一一条前段
10につき同法一六二条一項
2、7、12につきいずれも道路交通法一一八条一項一号、六四条
(処遇)
1 少年は、会社員の父I・S、母I・T子の長男(三人兄弟の末子)として出生したが、先天性と推定される両耳内耳性難聴(右七八・八デシベル、左九〇デベシル各損失で、身体障害者福祉法施行規則による障害程度四級に該当する)であり、昭和三四年四月愛知県立○○聾学校幼稚部に入学し、同校小学部、同県立○○○聾学校中学部を経て、昭和四四年四月順調に同校高等部に進級したものであるが、同年三月頃から八月頃までの間に空巣狙い、オートバイ窃盗等の非行があり(当庁同年五月七日および一一月二七日付審判不開始)、長期の登校停止処分を受けたため、少年の両親は(当時共働きであつた)少年を中途退学させ、同校の紹介で木工職人として住込稼働させたが、昭和四五年八月自転車窃盗の再非行があつたため退職し、以後工場、塗装店等を短期間に五回位転職を重ねていたが、昭和四七年春頃から無職徒遊し、両親の貯金一〇〇万余円を無断で引き出し、九州一周旅行等に浪費する等金使いが荒くなり、また、その頃聾唖者の集会で知合つた○保○み(二三歳)と同年一〇月頃から同棲して、共に電気製品工場において働いていたものであるが、昭和四六年夏頃自動車の操縦方法を教えられたり、姉が自動車を購入したりしたため、自動車の運転に強く関心を有するようになつていたところから、本件各非行を犯すに至つたものである。
2 少年は、両親の愛情に比較的恵まれ、上記のとおり一応の教育を受け、概して明るく活動的であるが、その聴覚障害により知能的発育が遅れ(特に、抽象的、概念的思考に劣る。ただし、学校回答によれば新田中B2式知能検査九〇)、欲求に対する自制力や耐性に乏しく、わがままで視野が狭く、考え方が極めて主観的、独善的で協調性に欠ける性格傾向を形成している。
3 少年の両親は、少年の障害のために時には自殺をも考える等深く悩みながらも、少年に対する強い愛情と教育的関心を有するものであるが、その養育態度は、従来、父は甘やかし気味で母は口うるさく注意する(主に筆談による)という差異はあつたが、総じて少年をいつまでも過度に幼児的に扱い、過保護に陥りがちで、一貫した家庭教育には欠けるところがあり、思春期に成長した少年に反つて反発されていることが窮われる。(しかし、両親自身が早期に聴覚障害児の家庭教育について正しい問題意識を持つための教育を十分に受ける機会がなかつたことも社会制度上の問題として考えるべきであろう)。
4 (1) 当裁判所は、前記非行事実1ないし7の事件を受理し、同種非行の累行が強く懸念されたため、昭和四七年一二月一九日観護措置(少年法一七条一項二号)をとつたところ、拒食や石鹸をかじる等の拘禁反応を疑わせる症状が報告された。そこで、長期の拘禁状態は反つて少年の心身に悪影響を及ぼすことが懸念され、また、少年の処遇については、まず聾者に対する理解ある援助を期待しうる社会資源を活用して社会内処遇の可能性を追求すべきであるとの方針のもとに、同月二七日投薬等の措置により一応少年が小康状態にあることを確認のうえ、前記観護措置は取消された。ところが、少年は、入鑑中に前記○保○みが和歌山県の実家へ帰宅したことにより心情不安定を来したためか、上記釈放の翌日の夕刻再び他人の自動車を窃取しようとしたところを寸前に発見され保護された。(事件としては立件されていない)。
その後、少年は父に伴なわれて○保○みの実家へ行き、婚約も成立したため、一応落着きを取戻したかにみえ、当裁判所は、第一回審判(昭和四八年一月一三日)後、期日を続行のうえ、通訳人として協力を得た県立○○○聾学校教師○藤○一の援助により就職関係の調整を急いだのであるが、その間にも少年は再び前記非行事実9の非行を敢行し、母の通報により同月二二日再度観護措置がとられた。そして、同観護措置期間中、早速当裁判所において、少年、両親、○保○みのほか、前記○藤○一教諭の紹介により、難聴児を持つ親の会に関係し、難聴児教育に理解を有する自動車修理工場の社長夫妻の出席も得て協議のうえ、少年、両親、○保○みをして同自動車工場を見学させ、少年および○保○みが仮祝言も済ませたうえ父と共に同工場付近に居住し、同工場に三人共就職することと決定する一方、当庁において少年および○保○ミに交通関係の教育用映画三本を見せ、少年にその感想文を書かせる教育的措置を講じたうえ、同年二月二日少年を在宅試験観察に付し、その動向を観察することとした。(なお、少年の感想文は約五三〇字に及び、まとまりのある文にはなつていないが、「交通事故で人が死ぬのは怖い。子供が死亡し、父母が悲しむのは可哀そうである。死亡事故で高いお金(賠償金の意味か)を支払うのは苦しい。もう車には乗らない」等の趣旨の言葉がくり返し書かれており、ある程度の理解度を示しているといえよう。)
(2) 少年は、試験観察決定後約一ヶ月間は一応落着いて自動車塗装の仕事に従事していたが、偶々○保○みが少年の父との些細な争いから怠休したことにより、少年自身も心情不安定に陥り、或いは上記決定当時の緊張も緩んだためか、同女と共に怠休した当日に衝動的に前記非行事実11および12の非行を敢行した。(その間、前記非行事実10の一見悪質な非行があるが、これまたその手口は極めて稚拙であり、少年がその犯罪としての意味をどの程度理解しているのか疑わしい)。そこで、当裁判所は、急遽審判を開いたが、雇主の熱心な継続雇用の申出もあつたため、少年に反省文を提出させるとともに、強く警告を与えて、試験観察を続行した。
ところが、少年は、その後同年三月頃○保○みが妊娠による悪阻のため帰郷し、また、父の日常の注意にも反発を感じるようになり、再び心情不安定を来し、怠休を重ねた末、上記審判後一ヶ月を経ずして、またもや前記非行事実13の非行をくり返すに至つた。雇主はなお継続雇用の意思を有するが、○保○みは帰郷し、父は少年の監護を半分諦めて既に退職している現状であり、今後少年が果して元の職場に定着できるかはかなり疑問であるといわざるを得ない。
5 (1) 少年の非行原因については、基本的にはその聴覚障害により社会的訓練、学習が阻害されたことが決定的要因であるが、特に前記のような教育環境上の負因により欲求に対する自制力や耐性に乏しい性格を形成したこと、抽象的、概念的思考能力が開発されていないため先の見通しを持たない行動に出易く、また、非行の違法性、危険性自体に対する理解力も劣り、そのために罪責感が乏しいこと、更に少年の興味関心の領域の狭さ等諸般の事情により同種非行を反復しているものと考えられる。なおまた、前記のとおり九州旅行の冒険や交遊関係の発展(主として聾唖者に限定されている)等その行動領域が著しく拡大されてきた少年にとつて、本件自動車関係の非行も自己主張ないし自己実現のための表現の一形態と理解することもできるであろう(少年は、前記非行事実2、6、9の非行当時にいずれも友人を同乗させて運転している。なお、本件鑑別結果参照)。
(2) このような問題を有する少年にとつて必要とされるのは、理解ある養護者のもとで正しい人間関係を形成し、その正当な要求や意欲を尊重しつつ実践的な生活訓練を施し、言語能力その他の能力の発達を促すとともに、試行錯誤をくり返しながら体験的に社会の規範を理解させて行くような教育的措置であり、そのためには、まずできる限り社会内処遇によるべきであつて、徒らに少年を社会から隔離するのみでは一層正常な人間関係から疎外された状態に置くこととなり、少年の健全な育成にとつては決して望ましいことではない。(少年は若干の発語能力を有するが、それも訓練を継続しなければ声帯が退化してしまうおそれもある)。
当裁判所は、以上のような立場から、既に詳述したとおり聴覚障害者に理解のある雇主と父の監護のもとにおける就労、○保○みとの共同生活の実現等の環境調整の措置とともに、映画による教育その他の教育的措置をも施し、その動向を観察したわけであるが、結局これらの働きかけも十分な効果を上げ得ないまま少年は前記のとおり非行をくり返したものである。
(3) 以上のとおり、少年の資質、性格、環境、非行歴、本件非行内容および本件試験観察の経過等の諸般の事情を総合的に考慮すると、現段階においては少年の同種再非行の危険性は大きく、社会内処遇によつてこれを防止することは著しく困難であると考えられるのみならず、自動車の無免許運転が少年および一般市民に及ぼす危険性を考慮すると、少年の婚約者が既に妊娠中である等の事情はあるけれども、もはや社会内処遇は相当ではないといわなければならない。
ところで、聾教育を専門とする非開放施設が存在しない現状においては、少年院に収容するほかはないが、少年院においても聾教育施設は皆無に等しい状態であるため、少年の処遇には相当な困難が予想される。しかしながら、少年院における矯正教育においても、少年の健全育成のためには、前記のような教育方針は原則として維持されるべきであつて、できる限り聾教育専門家の助言その他の協力を得るなどして、少年に対する個別的な働きかけを強力に行ない、その言語能力の向上、性格矯正社会性の涵養、職業指導等の教育的努力が尽くされるべきである。
そして、以上のような特殊な個別処遇を期待することができ、また、少年の観護措置中みられた異物摂取等の万一の事態に対する医療設備も整つた施設として、医療少年院が相当である。
6 よつて、保護処分につき少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項を、押収してある電車バス優待乗車券(昭和四八年押第二九号の一)の偽造部分没取につき少年法二四条の二、一項一号、二項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 多田元)