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名古屋家庭裁判所 昭和49年(少)480号 決定 1974年3月07日

主文

一、少年を名古屋家庭裁判所調査官長江政則の試験観察に付する。

二、第一項の試験観察の期間中、少年の補導を財団法人××××寮に委託する。

理由

(非行事実)

少年は、

一  昭和四九年一月一三日午前九時三〇分頃××市××町×××番地×××××宿舎×棟×××号浦××子方居室において、同人所有の現金四、〇〇〇円を窃取し、

二  同年二月一六日午前九時三〇分頃、××市××町××××番地××荘×××号×部×子方居室において、同人所有の現金一、〇〇〇円を窃取し、

三  同年二月一七日午前九時頃、××市××町×××××番地×島×雄方離れにおいて、同人所有の現金二万五五五円および黒皮製小銭入れ一個(時価一〇〇円相当)を窃取したものである。

(適用法令)

いずれも刑法二三五条

(証拠の排除について)

一  少年の司法警察員に対する昭和四九年二月二八日付供述調書は、後記理由により違法な身柄拘束の状態のもとにおける取調べに基づき作成されたものであり、違法に収集された証拠であると認められるので、非行事実認定のための証拠として採用しない。以下その理由を述べる。

二  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、少年は、昭和四九年二月一七日朝叔父佐××健×方を家出し、本件非行事実三、の窃盗を犯した後、同日午後三時頃知人宅で叔母佐××節×に発見されて連れ戻されたが、その際上記窃盗により窃取した現金二万五五五円を所持しているのを前記佐××健×に発見され、同日午後六時頃同人および×橋×芳に愛知県××警察署へ速行された。同警察署において、防犯課少年係司法巡査×島×税が佐××健から少年の保護について相談を受け、家出人保護票を確認する一方、上記窃盗の事実の概要について少年の自白を得ると共に、前記佐××健×から上記窃取にかかる現金の任意提出を受け、これを証拠品として領置し、いずれも同日付で任意提出書および領置調書を作成したうえ、少年につき、家出中であり、前記佐××健×から保護願いが出されていることを理由として児童福祉法三三条一項に基づく半田児童相談所長の委託による一時保護の措置をとる旨同児童相談所に電話連絡して少年を同警察署保護室に収容し、更にその後上記窃盗について×島×雄作成の同日付被害届の提出を受けた。そして、翌二月一八日正午前頃から午後にわたつて少年に対する取調べが実施され、本件送致にかかる各被疑事実について取調べ終了後上記一時保護が二四時間を経過するという理由で解除され、少年は同日午後六時三〇分頃前記佐××節×に伴なわれて帰宅させられ、翌二月一九日朝再び佐××健×らの同伴で同警察署に出頭し、本件事件送致と共に当裁判所に同行され、観護措置(少年法一七条一項二号)がとられた。なお、少年の収容された前記保護室は、同警察署の相隣接する六房の留置場のうちの一房が保護室として使用されているもので、畳が敷かれているほかは他の留置場と殆んど構造上の差異はなく、本件一時保護の当時同留置場には成人の被疑者五、六名が留置されており、少年は夜間隣室の被疑者から話しかけられる等して恐怖を感じるということもあり(当審判廷における少年の供述)、また、女性看守は配置されていないという状態であつた。以上の事実を認めることができる。

三  以上の事実によれば、少年が本件一時保護による拘束を受けた当時既に本件非行事実三、の被疑事実がある程度判明し、むしろ、前記被害届が提出された段階で同被疑事実については捜査を完了させることも可能であつたと認められることに照らすと、警察官は少年を児童福祉法二六条一項の措置に委ねるべく同法二五条により児童相談所に通告する意思はなく、前記佐××健×から少年の保護願いが出されていたとはいえ、結局は専ら上記被疑事実および余罪等の捜査の必要から、少年の身柄確保と取調べに利用する目的で一時保護の措置をとつたものと認めざるを得ない。しかし、児童福祉法三三条一項所定の一時保護は、いうまでもなく同法所定の各措置を目的とする行政的措置であり、その他犯罪捜査等の目的でこれを利用することは許されないと解すべきである。従つて、既に犯罪の嫌疑が客観的に明らかになり、児童福祉法二五条による通告が許されず、かつ、同法上の措置に委ねられないことが明らかな本件少年について、専ら犯罪捜査の必要からその身柄確保のために一時保護を利用することは、その制度本来の目的に反する濫用であり、前記警察署保護室におけるその身柄拘束の実質において逮捕による拘束と何ら異なるところはないというべきであるから、本件一時保護は令状を欠く事実上の違法な逮捕であるといわざるを得ない。更に、前記のとおりの本件捜査の経過および少年の身柄拘束の状態をみると、少年の身柄を拘束することが、それによつて少年の情操が著しく害されるおそれに比べると、捜査遂行上或いは少年の福祉のために必要やむを得ない措置であるとは認め難く、反つて、本件一時保護は少年の情操保護に対する配慮を欠いていたとの謗りを免れない。(なお、観護措置は、少年の要保護性、資質鑑別の必要性等捜査過程におけるとは自ら異なつた観点から判断されるものであることはいうまでもない。)

ちなみに、本件一時保護は形式上半田児童相談所長の委託に基くものであるが、これは次のような運用によつてなされたことが認められる。すなわち、前記証人の各証言、当裁判所の愛知県中央児童相談所保護係長河村繁に対する審判期日外の事情聴取の結果、名古屋家庭裁判所書記官増田三郎作成の電話聴取書三通および愛知県中央児童相談所長の照会回答書によれば、警察署長に委託して行なう一時保護については、昭和二六年一月一七日児発第一二号児童局長通知「警察が行なう児童の一時保護について」によつて、児童相談所長の警察署長に対する一時保護の委託は予め包括的になしうるものとされた趣旨に従つて、予め警察署に一時保護委託書用紙が備え付けられており、警察官が児童を一時保護するときは、児童相談所に当該児童の氏名、生年月日、住居、本籍および保護を必要とする簡単な理由等を電話で連絡し委託番号の通知を受けて前記一時保護委託書を作成するのみであり、他方、児童相談所は警察官からの電話連絡を受けると、受付事務で一時保護委託簿に児童の氏名等上記事項を記入し、警察官に委託番号を通知するのみで、一時保護の要否に関する実質的な判断は経られないで事後に児童相談所長の決裁を受けるにすぎず、また、警察における一時保護は原則として二四時間以内とされているが、一時保護の解除も警察官の判断に委ねられ、解除の年月日のみが児童相談所に通知され(時刻までは通知されていない)、その場合には、児童相談所は改めて児童福祉法二五条による通告が通常の書面による方式でなされない限り、同法二六条の措置の要否の審査もしないという運用がなされており、本件一時保護もこの運用に従つて、前記司法巡査×島×税と半田児童相談所の「管理人」×藤千×子との電話連絡によつてなされたものと認められる。

以上のような一時保護の運用の実情に照らすと、本件一時保護が形式上児童相談所長の委託に基づくものであることは、前記のとおり実質的に警察官による事実上の逮捕であるとの認定を何ら妨げるものではない。そればかりではなく、以上のような児童相談所長の警察署長に対する包括的な一時保護の委託の運用は、事実上一時保護の要否の判断まで含めて一時保護の権限を警察官に代行させる結果となるべきであるが、一時保護が児童の福祉を図ることを目的にするものであるとはいえ、児童の身体の自由に対する強制的な制約を伴い、かつ、拘束し得る期間について特に法令上の制限がないことを考えると、一時保護の運用は慎重になされなければならず、そのため児童福祉法三三条一項は同法二六条一項所定の福祉的措置をとる権限を有する児童相談所長に一時保護の要否の判断を委ね、ただその実施について職員数や施設等の問題から、適当な者に委託して一時保護を実施させることができると定めたものと解すべきであり、同法三三条一項の「委託」が上記のような一時保護の権限を白紙委任するに等しい包括的委託をも許す趣旨に解するのは相当ではない。また、警察官独自の権限により人身の自由を拘束しうるのは、警察官職務執行法三条一項一号のように法令に明文規定がある例外的な場合に限られるべきことは憲法一三条、三一条、三三条の趣旨からも明らかである。従つて、警察官に一時保護の権限を包括的に代行させうる旨の明文の法令上の根拠がない以上、上記のような一時保護の包括的委託の適法性自体が極めて疑問であるといわなければならない。

四  そうすると、少年の前記供述調書は、令状を欠く事実上の逮捕という違法な身柄拘束の状態における違法な取調べによつて作成されたものであるということになる。そもそも、少年保護事件の手続は、少年の人権を保障しながら事案の真相を明らかにし、かつ、手続の全過程を通じて教育的配慮を払いつつ、少年の福祉のため適切な処遇を加え、もつて、少年の健全な育成を期すべきものであることはいうまでもなく、人権保障、真実発見および教育的、福祉的配慮の三つの理念のもとに少年保護のための適正な手続が確立されなければならないのである。そして、非行の発見および証拠資料収集のための捜査過程は少年保護事件の中でも重要な地位を占めているのであり、捜査の手続に重大な違法がある場合に、これを看過しては前記少年保護の理念に従つた適切な処遇は望めないことにもなり、この意味において捜査が適正な手続に従つて行なわれるということは適正な審判のための基本的要請であるということができる。そして、もし重大な違法手続によつて証拠収集が行なわれたために、それに基づいて非行事実を認定し、少年に処遇を加えることが著しく正義に反すると認められるときは、裁判所はその証拠を非行事実認定のために採用することは許されないと解すべきであり、その結果場合によつては少年に対する保護処分の権限を失うことになることがあるとしても、それ以上に、手続の違法と当該証拠の排除を少年、保護者の前に明らかにすることが少年の人権保障に必要であるばかりでなく、市民としての健全な権利意識を育成すると共に司法に対する国民的信頼を確立するという教育的観点からも必要であるというべきである。

そこで、少年の前記供述調書について考えると、前記のとおり手続上極めて重大な違法があり、かつ、少年の情操に対する配慮にも欠ける身柄拘束の状態における違法な取調べによつて作成されたと認められるので、審判の適正な手続の理念に照らし、その証拠能力は否定されるべきであり、もはや非行事実認定の証拠として採用することができない。

(非行事実を認定しない部分について)

本件送致事実中、昭和四九年一月一三日から同年二月一五日までの間、××市××町×××××番地××喫茶店「×××」内において、×羽×子所有の現金三万円位を窃取したとの事実については、少年の当審判廷における供述および×羽×子の司法警察員に対する供述調書によつても、被害金額に著しいくい違いがあり、これを特定しうる証拠がなく、また、犯行の日時、回数についても特定することができないので、結局、非行事実を認定することができない。

(処遇)

一  少年は、当裁判所で昭和四八年一二月一一日窃盗により保護観察に付され、叔父の佐××健×夫婦の監護のもとに生活し、保護司との面接にもむしろ積極性を示していたが、叔父夫婦間の不和等のためその家庭の雰囲気は必ずしも良好ではなかつたようであり、また、少年に対する監護に当つても叔父夫婦の少年の心情に対する理解は必ずしも十分ではなかつたことが窺われ、少年は昭和四九年一月一三日そのような叔父夫婦に不満を抱いて衝動的に家出し、その際、叔父夫婦から家出を防ぐためと称して夏服しか与えられていなかつたため、衣服を買う金銭欲しさから、家出後の相談に訪問した知人宅において本件非行事実一の非行を犯し、その後も家出中に小遣銭欲しさから本件各非行を重ねた。

二  少年の資質および生育歴については、本件少年調査票および鑑別結果に詳細に記載されているとおりであり、特に幼時より肉親の愛情に恵まれなかつたことによる愛情欲求不満、夜尿症による劣等感、対人不信感、自己中心的で情緒不安定な性格傾向等の諸点が問題点として指摘されるが、少年は既に非行性が固定化しているとは認め難く、その非行の原因が主として環境にあると考えられ、少年自身の罪に対する意識も深まりつつあることも窺われる等の諸点を考慮すると、適当な指導者のもとで、温い人間関係を形成し、かつ、適当な職に就く等の環境の調整によつて少年の更生にかなり期待をもつことができると考えられる。

三  しかしながら、前記叔父夫婦は、現在少年を引取る意思を喪失し、少年も同人らのもとへ戻る意思がなく、実父も監護能力がない状態である。そこで、少年を調査官の試験観察に付し、その補導を財団法人××××寮に委託し、一応六ケ月間程度を目処としてその動向を観察すると共に職業および家庭等に関する環境調査を図るのが相当である。

よつて、少年法二五条一項、二項三号を適用し、主文のとおり決定する。

(多田元)

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