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名古屋家庭裁判所 昭和58年(家)1493号 審判 1983年11月30日

〔参考〕

中華人民共和国における養子縁組に関する法令について(一九八四・四・三在中国大使館あて中華人民共和国外交部回答)

日本駐華大使館

中華人民共和国外交部は日本駐華大使館に対し敬意を表するとともに、貴館(八四)第〇二一号照会に対し、以下のとおり回答する。

中華人民共和国は養子縁組に関する専門法及び国際私法を未だ制定していない。一九八〇年九月一四日公布された《中華人民共和国婚姻法》第二〇条は以下のとおり規定している。“国家は合法的に養子縁組を保護する。養親と養子との間の権利義務については、本法の父母と子の関係についての関連規定を適用する。養子と実親の間の権利義務は養子縁組の成立によつて消失する。”中国司法部門は婚姻法の精神に基づき、中国の司法実践を結合させ、具体的な情況に鑑み養子縁組問題を処理している。

申立人 高原久雄 外一

事件本人 劉秀玲

主文

申立人両名が未成年者を養子とすることを許可する。

理由

第一  申立人らは主文同旨の審判を求め、その実情として、申立人らは夫婦であるが実子に恵まれなかつたところ、結婚の仲人の知人から、その知人の実姉が昭和五五年中国から帰国した際、伴つてきた未成年者の処置に困つていると聞き、未成年者を養子とするつもりで昭和五六年四月から申立人ら住所に引取り養育しているので、正式に養子縁組をしたいので本件申立に及んだというのである。

第二  当裁判所のなした申立人高原久雄、高原みち子、未成年者劉秀玲の各審問の結果、当庁調査官○○○作成の調査報告書(三通)戸籍謄本、住民票、登録済証明書、認証書四通、その他本件記録に表われた一切の資料によれば次の事実を認めることができる。

一  申立人高原久雄は昭和一八年六月二三日本籍地で出生し、○○大学を卒業後労務士資格を取得し、昭和五一年五月六日から肩書住所で労務事務所を経営する傍ら、最近ではアメリカの健康栄養補給食品の販路拡大の仕事をしているもの、申立人高原みち子は昭和一八年九月二八日千葉県で出生し美容学校を卒業し美容師免許を取得したもの、申立人両名は昭和四七年四月一一日婚姻届を了し、肩書住所の分譲マンション(3LDK)を購入し、そこに居住しているもので、申立人両名とも健康であつて、月収も約五〇万円あり生活も安定していること

二  申立人夫婦は婚姻後九年たつても実子が出生しないので医師の診断を受けた結果、将来も子宝に恵まれる可能性は少ないとのことであつたので、養子を求めていたところ、申立人らが結婚の際仲人をしてくれた石塚剛の紹介で申立人みち子の民謡の師匠である中川喜久子の姉中川チズの四女である未成年者を養子にとの話があり、未成年者の明るく行動的な性行や賢明な子供らしさが気に入り、昭和五六年四月二日から未成年者を肩書住所に引き取り養育しているもので、申立人らに養親として民法上不適格とする事由は見出し得ないこと

三  未成年者は昭和四三年五月七日父劉治典と母中川チズの四女として中国山東省で出生した。母チズは昭和二年七月二〇日青森県南津軽郡○○○村で出生し、尋常高等小学校を中退し、昭和一八年ころ満蒙開拓団員として当時の満州国に渡り、同国牡丹江の開拓村に住んでいたが、日本が敗戦する前にソ連軍が侵入したことから苦難の逃亡生活を続け、遂に疲労と飢餓のため行き倒れになつているところを親切な中国青年に助けられ、その青年である劉治典(一九二〇年一一月二日生)と一九四七年二月二九日黒龍江省延寿県で結婚し、現在すでに結婚している二人の娘と未成年者を養育した。現在夫劉治典及び未成年者を含む三人の娘はいずれも中国国籍であり、チズは日本国籍である。中国に中華人民共和国が発足し、日本国と国交が回復した後、チズは青森県で健在である母親など肉親に会うため昭和四九年三月未成年者を伴つて来日し、肉親らから歓迎を受けて約九か月滞在して夫のもとに帰つたが、日本に永住するため未成年者を伴つて昭和五五年六月再度日本国に帰り、日本政府からチズは永住許可を受けており、未成年者は中国国籍のため5年間の日本滞在の許可を受けている。

四  未成年者は再度の来日後母と共に青森県南津軽郡○○○村で祖母、従兄らと同居し、小学校三年生に編入され通学していたが、前記のとおり昭和五六年四月から申立人夫婦に引取られて同居し、名古屋市○○小学校五年に編入し、同校卒業後現在○○中学校に通学中であるが、日本語の得習にも努力のあとがあり、日常生活の会話には全く支障なく学習成績も良好であつて、申立人夫婦と円満な家庭生活を送り、友人ともよく協調して社会に解け合い、一五歳を過ぎた現在名古屋市での生活を満足しており申立人夫婦の養子となることを強く希望していること

五  申立人夫婦は本件養子縁組の許可を受ければ、未成年者を日本人として帰化させ共同生活を続けたい意向である。他方未成年者の実母中川チズは弟夫婦、姉夫婦が名古屋市に居住していることからその縁をたよつて同市に移住しているが未成年者については弟、姉らも近くに住んでいるので申立人夫婦に安心して養育を託せるとして本件養子縁組に同意し、養子縁組同意書を提出し未成年の日本永住を望んでいる。また未成年者の実父劉治典は中華人民共和国黒龍江省牡丹江市に居住し、すでに職から退ぞき年金生活を送り、近くに住む娘夫婦らに生活の世話を受けているもので、妻チズの帰国を望んでいるが、未成年者の本件養子縁組については娘夫婦の説得によりこれを同意し、その旨の書面も提出されていること、

六  在大阪中華人民共和国総領事館勤務の担当官によれば中華人民共和国は一九八一年一月一日婚姻法を改正施行しているが、いまだ民法全般の制定にまで至つていないこと、また同国駐日本国大使館領事部の認証書によつて、本件未成年者が申立人高原久雄氏の養女として収養されることは中国の法律上支障がない旨証明していること、

第三  一 叙上認定事実によれば本件はいわゆる渉外養子縁組に該当し、未成年者は外国人であり、養親たることを希む申立人夫婦は日本に居住する日本人であり、未成年者も日本に居所を有するから本件養子縁組については日本の裁判所が裁判権を有し、かつ当裁判所がその管轄権を有するものと解される。そこで本件養子縁組の準拠法につき検討するに法例一九条一項により養子縁組の要件は各当事者間につきその本国法によつて定むべきことが規定されているので、申立人両名については本国法である日本民法が、未成年者については中華人民共和国の国法がそれぞれ適用されることとなる。そして日本国と中華人民共和国との間に国際的養子縁組の規定や慣行がなく、中華人民共和国の国法にも法例二九条に規定する国内法が見当らないこと後述のとおりであるから、本件は反致の成立する余地がなく、未成年者については中華人民共和国の国法によりその成立要件、手続面を深究しなければならない。

二 一九八一年一月一日から施行された中華人民共和国婚姻法二〇条において「国家は合法的な養子縁組関係を保護する。養父母と養子とのあいだの権利と義務についてはこの法律の嫡出親子関係についての関連規定を適用する。養子と実父母との間の権利と義務は養子縁組関係の成立によつて失なわれる」と規定し、養子縁組を認めてこれを保護していること、養子はいわゆる完全養子として実親や実家族関係を断絶し、養親及び養親族関係に完全に嫡出化する制度をとつていることが認められ、同法一五条ないし一七条で父母と子女との権利、義務関係を規定していることが認められるが、養親子関係の成立要件及びその手続についての準拠法はいまだ成文化されていない実情であり、その慣行についても当裁判所は直ちに認定することができない。そこで中華人民共和国と比較的近似する国々の法制を見てみると、まずソ連邦、東欧諸国の法制は、ソ連邦一九六七年同国結婚法典、東ドイツ一九六五年家族法典、ポーランド一九六四年家族後見法典、ルーマニヤ一九五四年家族法典、ハンガリー一九七四年結婚家族後見法典等によれば、これら諸国は後見保護機関裁判所が宣言する形で養子縁組の成立を認める形成をとり、縁組成立の要件として(イ)養親に関しては成人に達しているもので親権を剥奪されていないこと、行為能力を喪失若しくは制限されていないことが多く、(ロ)養親と養子の年齢差についてはソ連邦は定めていないが他の東欧諸国は一八歳以上の年齢差、或いは適当な年齢差を必要とし、(ハ)養子縁組の手続としては養子となる者が一〇歳から一四歳以上については同意を必要とし、かつ実父母又は法定代理人の同意を必要とし、ソ連邦では親の同意は文書によつて示されることが必要とされ、東欧諸国では更に厳格な方式による同意を要求していること、また朝鮮民主主義人民共和国憲法二三条、同国男女平等権に関する法令、同政府内閣告示第四七三号「立養の設定について」等に基づく同国の養子縁組の運用については、養親となるべき者の希望の存在と、養子となる者の実父母の同意、及び養子となるべき者が一〇歳に達していればその本人の承諾が必要であるとし、養親の資格としては、選挙権を剥奪された者、裁判によつて親権を剥奪された者、法律行為無能力者、破産者、養子より年少者を除外しているほか、人民委員会から立養の申請が承認されてはじめて立養が成立することなどを揚げている。

三 これら中華人民共和国と比較的近似する国々の法制を検討すると、中華人民共和国においても未成年者養子縁組については、未成年者の利益を計るための手続面では物事の理解しうる年齢に達した未成年者については本人の同意、並びにその実父母の同意を証する書面を要し、実体面では養親の資格として、養子より年少者の養親、法律行為無能力者である養親、親権を剥奪された養親との養子縁組の禁止などの要件によつて養子縁組が運用され、また明文化の方向に進んでいるとみるのが相当である。

四 ところで本件においては未成年者の父劉治典、母中川チズとも本件養子縁組に同意し、その旨書面を作成提出していること、一五歳以上に達した未成年者は本件養子縁組に同意し、これを希望していること、申立人夫婦は上記三の失格事由がないことは前述のとおりであるから、未成年者の本国法の要件を具備しているものと解され、中華人民共和国駐日大使館領事部の認証による前記第二の六の証明もこの意味で理解することができる。

そして申立人夫婦の本国法である日本民法七九八条本文は、未成年者の養子縁組については、家庭裁判所の許可を受けるよう規定しているが、この許可は養親、養子双方について養子縁組の成立要件と解されるので、本件養子縁組にも未成年者の福祉の観点からその許否を決すべきところ、前記認定のとおり申立人夫婦は日本民法所定の要件をすべて充足しており、かつ未成年者と三年近く同居していて相互の意思連絡も充分で、深い情緒的結びつきがあること前記認定のとおりであるから、本件養子縁組を認容することが未成年者の福祉に合致する所以であると判断する。

よつて本件申立は結局理由があるのでこれを許可することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 鈴木雄八郎)

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