名古屋家庭裁判所 昭和63年(家)4442号 審判 1990年5月31日
申立人 秋山千如子
相手方 榎本佳右
事件本人 榎本俊
主文
1 申立人と事件本人との面接交渉につき、平成2年初から平成4年末までの間に実施するものとして、次のとおり定める。
回数 年1回。
日時 毎年7月21日を含む同日以降の最初の日曜日の午前10時から午後4時まで。
但し、申立人における事由でない事情により当該日時に実施されないときは次の日曜日の同時間帯へと順延する。
方法 面接開始時に相手方方で事件本人を相手方から申立人に引渡し、面接終了時に相手方方で事件本人を申立人から相手方に引渡す。
上記面接時間には下記条件の下に申立人は事件本人と名古屋市内において面接する。
条件 上記面接時間には、申立人には申立人の父母又は弁護士である代理人のうち少なくとも1名が同行し、かつ、相手方から要求がある場合には相手方の指定する親族又は弁護士である代理人のうち1名が事件本人に付添うことを申立人が拒まないこと。
2 相手方は申立人に対し、第1項所定の面接時間に同項所定の条件の下に、相手方方において事件本人を申立人に引渡し、同項の定めに従って事件本人を申立人と面接をさせよ。
3 申立人は相手方に対し、第1項所定の面接時間終了時に相手方方において事件本人を相手方に引渡せ。
理由
1 申立人は、「事件本人榎本俊の監護養育に関し、申立人と事件本人が面接交渉する相当な時期・方法を定めること」を求め、その実情として、記録中の申立書記載のとおりの事情を主張した。
相手方は、事件本人を申立人に会わせることはできない、と答弁し、その実情として事件本人は申立人が他の男性と交際して相手方を見限ったことを記憶しており申立人に不快感を持っていて申立人と会うことを望んでいない等と主張した。
2 本件記録、及び別件当裁判所昭和62年(家)第4569号事件、昭和63年(家)第4441号事件各記録中の各資料によれば、次の事実関係が認められる。
(1) 申立人と相手方はいずれも聾唖者であるところ、昭和56年12月2日婚姻をし、昭和57年5月頃から相手方の実家で相手方の親と共に生活し、昭和58年6月28日双方間の長男である事件本人が出生したけれども、昭和62年2月9日協議離婚となったこと。その際に事件本人の親権者は父である相手方と定める旨届出が為され、以降事件本人は相手方方で専ら相手方の母によって監護養育されていること。
(2) 事件本人は、相手方方において、昭和60年4月(1歳9ヵ月)からは近所の保育園に通園し、昭和63年4月(3歳9ヵ月)からは幼稚園に通園し、現在小学校入学に至ったこと。この間の事件本人の心身の成育は、幼稚園等での教育・監護の成果もあって順調に推移し、知能・運動能力・体格・社会性とも年齢以上の発育ぶりを窺わせるところであって、現在の環境に順応して、生活の安定をみていること。
(3) 事件本人の監護養育については、申立人或いは相手方のいずれもが聾唖者のハンディーを負っていることもあって、将来とも、単独でこれをするには困難がありその親や親族或いは地域の援助が必要であるとみられるところ、それぞれの親・親族らの協力を前提として事件本人に提供できる監護養育環境についてみれば、相手方は、事件本人の監護養育を相手方の母にほぼ全面的に依存していて近所に親族がいるとはいえ将来的には不安の余地を残しており、申立人は、相手方と比べれば事件本人の監護養育につき申立人自身で若干のことは可能であるうえ、申立人の父母の実際上経済上の援助も相手方の場合以上には期待し得る客観的状況にあること。
(4) 事件本人は、母である申立人については前記協議離婚当時から口を閉ざして一切触れない状況であり、その内心はよくわからないものの、これは現状への順応を図った結果であって母を拒否しているものではない、と理解するのが自然であること。
(5) 相手方及び相手方の母は、申立人は夫子供を捨てて他の男を選んだ者であり、自分の楽しみを優先させた生活振りでは母親の資格はないとして、申立人に対する強い怒りを持っており、何があっても申立人と事件本人との面接交渉はさせないとの強い拒絶の意向を示していること。相手方は再婚を考えているようであるが具体的な予定はないとのことであり、当分は現在の生活環境に変化がないとみられること。
(6) 申立人は、別件で親権者変更の申立をしており、それによって事件本人を自分が引き取りたいと望んでおり、一旦事件本人に会うと離れられなくなる、とも述べていること。なお、申立人と事件本人とは前記協議離婚当時以来全く接触がないこと。
(7) 事件本人と申立人との面接交渉について、その場を提供したり双方の間を取り持ったりして、その円滑な実施につき協力可能な者は、家庭裁判所調査官も含めて見当たらないこと。
3 上記事実関係によれば、事件本人と申立人との面接交渉について、次のようにいうことができる。
(1) 一般論として、事件本人の年齢の子にとって母親の役割は重要であり、特別の支障がないかぎりは、母と子の面接の機会を設けることは、子の福祉に適うことであり、本件において、事件本人だけをみれば、通常の形で平穏に実施されるならば母との面接自体によって一時の動揺は避け難いものの事件本人自身に長期的な悪影響が生ずるという可能性は低いものとみられる。
(2) 本件において事件本人と申立人との面接の支障となる事由とみられるのは専ら大人の側の問題であり、それは、一つは、相手方及びその母の申立人に対する悪感情から申立人と事件本人の面接を断固拒否しており無理に面接の実施を図ると申立人と相手方側との間の激しい紛争の場が生じこれに事件本人が直接に引き込まれて事件本人の現在の安定した生活を損ない情緒的な不安を招くことへ繋がる危惧であり、一つは、申立人が事件本人と冷静を保って面接できなくなり一時の感情に走って不測の行動に出る危険性の問題である。
(3) しかしながら、このような大人の側の事情があって実際上事件本人と申立人との面接が平穏に実施される可能性は低いからといって、直ちに、本来普通に行われれば子の福祉に適うべき母子面接の機会を事件本人が得られないのもやむを得ない、とすることは妥当ではなく、これら大人の側の事情は種々方策を工夫して出来る限りかかる面接を実施しうるよう図るべきである。これに加えて、本件においては、事件本人が自立すべき年齢まで安定して相手方の側で事件本人を監護養育できるかどうか危惧される部分も残り、場合によっては将来申立人側で事件本人の監護養育を引き継ぐような可能性もある程度存するのであり、その為にも、事件本人と申立人側との最低限の接触は必要であると考える。
(4) それで、申立人と事件本人の面接交渉を実施する場合における前記危惧される点については、双方から付添いの者を加えることでその緩和を図り、回数・時期ともできるだけ事件本人に負担のかからないようにし、当面は向こう3年間分を定めてその後はその時の事情に応じて再度の申立を待って決する、ということで対処を図ることとし、一切の事情を考慮して、申立人と事件本人との当面の面接交渉については、主文第1項記載の具体的ルールを設定してその実施を期することが、必要にして妥当な措置であると考える。
(5) とはいえ、相手方側が絶対に事件本人を申立人とは会わせないとの姿勢が強固である以上は上記のような面接のルールを設定しても面接が平穏に行われる可能性は低く面接の実施を求めることは混乱を招くだけで実際上無益なことに終わる余地もある。しかし、事件本人の福祉に資する問題について個人的な感情だけから最低限のことも拒否するとなれば、申立人については以後の面接交渉が困難となることが考えられ、相手方については事件本人の親権者としての適格性まで問題にされることに通じるから、ルールが設定されればそれなりの自制が働くことは期待しうる余地もあるとみられる。
4 よって、上記事実関係及び検討結果に基づき、本件については、事件本人の親権者が相手方であり事件本人と相手方が同居していることを前提にすれば、主文第1項記載の具体的な条件を設定したうえで、申立人と事件本人との母子面接の実施を図ることが事件本人の福祉上も適当かつ妥当な措置である、と認め、面接交渉時の事件本人の引渡に関する措置も含め、申立人と事件本人との面接交渉について、主文のとおり審判する。
(家事審判官 千徳輝夫)