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名古屋家庭裁判所一宮支部 平成18年(少)490号 決定 2006年9月01日

少年

A (昭和62.2.19生)

主文

この事件を名古屋地方検察庁一宮支部検察官に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は,法定の除外事由がないのに,平成18年6月10日ころ,愛知県○○市○○町○○×丁目×番地×株式会社○○西側路上に駐車中の自動車内において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する水溶液を自己の身体に注射し,もって覚せい剤を使用したものである。

(法令の適用)

覚せい剤取締法41条の3第1項1号,19条

(事実認定の補足説明)

1  少年及び付添人の主張

少年及び付添人は,少年は平成18年1月11日に愛知少年院を出てから一度も覚せい剤を使用していないとして非行事実を否認し,少年と一緒に覚せい剤を使用したと供述しているB及びCの供述には信用性がなく,少年にはアリバイが成立するし,現に少年の尿からも覚せい剤は検出されていない等と主張するので,以下,検討する(なお,以下,年を特定せずに月日のみを記載している場合は平成18年の月日を指す。)。

2  B及びCの供述の信用性

(1)  B供述の信用性

ア Bの供述内容

Bは,証人尋問,検察官調書及び警察官調書において,大要以下の供述をしている。

少年とは平成18年4月から交際しており,少年及びCとは,三人で十数回覚せい剤を使用したことがある。6月10日(土曜日)は,一週間くらい前から今度の土曜日に覚せい剤を使おうと少年と約束しており,午後8時ころ,少年とCがB宅に車で迎えに来た。その後,途中で覚せい剤を買うお金を準備するために,いったんCが同人の自宅に寄った後,三人で国道××号線を通って名古屋方面に覚せい剤を買いに行った。いつもの待ち合わせ場所に到着する前にCが売人に電話をかけ,待ち合わせ場所に着くと,少年が売人から覚せい剤を1パケ1万円で購入した。少年は覚せい剤をポカリスエットで溶かして水溶液にし,自分で注射器を使って打った。Bは少年に注射器で打って貰い,Cも覚せい剤を使った。覚せい剤を使用した時間は午後10時ころである。覚せい剤を使用した後,△△に戻る途中,少年の友人であるDから連絡があったので,少年とBはCに寮まで送って貰ってDと合流し,三人でカラオケに行って午後12時ころから2時間くらい遊んだ。逮捕された直後は,大好きな少年をかばいたかったし,自分の尿からも覚せい剤が出なかったので,嘘を突き通せば処分を受けずに済むかもしれないと覚せい剤使用を否認したが,このまま嘘を突き通しても逃げられないし,今度こそ覚せい剤とは縁を切って真面目に生きていきたいとの気持ちから,すべて正直に話すことにした。

イ B供述の信用性

(ア) 上記のとおり,Bは自らの犯行も素直に認めている上,その供述内容は具体的であり,特に不合理な点もない。直後に逮捕されたCの尿から覚せい剤反応が出ていることとも符合する。また,Bは少年の面前で行われた証人尋問においても,捜査段階での供述を維持しており,その供述内容は一貫している。Bは少年と交際していた少女であり,少年に有利な供述をする動機こそあれ,不利な偽証をして少年を罪に陥れる動機は見当たらない。少年自身も,Bが嘘をつく理由は分からないと述べている。以上によれば,Bの供述は信用性が高いというべきである。

(イ) これに対し,付添人は,Cの携帯電話から6月10日夜に売人に電話がかけられた履歴はないから,Bの供述は信用できないと主張する。しかしながら,後記3(1)によれば,少年の携帯電話には6月10日午後9時半過ぎに売人の携帯電話への発信履歴がある。付添人は,Bが証人尋問において「Cが」電話をかけていたと供述した点を問題にするようであるが,Bは7月11日付け警察官調書では「C又は少年が」電話をかけていたと供述しているし,三人で十数回も一緒に覚せい剤を使用していたというB供述を前提とすれば,誰が電話をかけたかについて記憶の混同が生じても不自然とはいえない。この点をもって,B供述の信用性が滅殺されるとは解し得ないというべきである。

(ウ) また,付添人は,Dが,6月10日午後10時過ぎに寮で少年と会った時にBはいなかったと供述していることをもって,B供述には信用性がないと主張する。

しかしながら,6月28日付け捜査報告書によれば,少年は6月10日午後8時21分にBに対して「今から行くわ!」とのメールを送り,これに対して,Bが少年に対して,「外に出とっていい?」(午後8時33分),「公衆にぉるね」(午後8時37分),「まだかかる?」(午後8時43分)とメールを送っていることが認められるから,このころに少年とBは会っていると推認される。少年はこれらのメールについて,迎えに行くと言ってすっぽかしたと弁解するが,約束をすっぽかしたのであれば,上記メールの後に,Bが少年にメールや電話で連絡をとろうとするはずであるが,Bと少年の携帯電話の間では,午後8時43分を最後に翌日午前2時12分までメールも通話も全くないのであって,少年の上記供述は信用できない。

したがって,少年とBは6月10日午後9時前ころから一緒にいたことが認められるところ,Dの供述は上記の客観的証拠と整合しない。また,Dは少年の小学校以来の親友であり,B供述と比較した場合に,その供述の信用性が低いことは否めない。さらに,Dが本件に関して事情を聞かれ,供述書を作成したのは8月1日であるから,2か月近く前の出来事について記憶の混乱・忘失が生じている可能性もある。以上のとおり,客観的証拠との整合性・少年との関係・供述の時期のいずれをとっても,D供述の信用性がB供述の信用性を上回ると解すべき根拠はなく,D供述をもってB供述の信用性を否定することはできない。

(エ) さらに,付添人は,少年が車内でBに覚せい剤を打つのは体勢的に無理であるとも主張するが,後部座席にいるBが運転席と助手席の間から腕を差し出せば,助手席にいる少年がBの腕に注射することが不可能であるとは考えられず,上記主張は採用できない。

(2)  C供述の信用性

次に,C供述をみるに,Cも,証人尋問,検察官調書及び警察官調書において,少年及びBとともに覚せい剤を使用したと供述している。Cの供述は,日付の記憶が曖昧である上,細部も具体性に欠け,信用性が高いとは必ずしもいい難いものの,6月11日に同人が逮捕される前に少年及びBとともに覚せい剤を使用したという点に関しては供述は一貫しており,その供述はB供述を補強するものといえる。

(3)  小括

以上のとおり,B及びCがそろって少年とともに覚せい剤を使用したと供述していることは,本件非行事実を裏付けるものといえる。

3  覚せい剤の売人への電話

(1)  次に,少年は,犯行日とされる6月10日の午後9時31分,39分,45分の3回にわたって,携帯電話で×××-××××-××××に電話をかけている。この番号の携帯電話は,実在するかどうか確認できない外国人名義の携帯電話である上,そこに着信した電話は別の携帯電話へ転送されていることが認められ,覚せい剤の売人が使用する携帯電話である可能性が極めて高い(6月30日付け捜査報告書[被疑者使用携帯電話の通話記録解析],8月9日付け捜査報告書[携帯電話使用者追跡捜査報告書],8月23日付け捜査報告書[覚せい剤の密売人と思料される者の使用携帯電話の通話記録の写し作成])。少年も,最終的には,これが売人への電話であったことを認めている。すなわち,少年は,まさに犯行日とされる6月10日に覚せい剤の売人に電話をかけているのであって,この事実は,少年の覚せい剤使用を推認させるものである。

(2)  これに対し,少年は,覚せい剤の売人に電話をかけたのは,Cを警察に逮捕させるため,Cが覚せい剤を買いに来たら少年に知らせてくれるよう連絡するためであったと供述する。

しかし,少年は,当初,×××-××××-××××への電話は,○○仲間のEに○○の練習に行けない旨の連絡をするための電話であったと繰り返し供述していたのであって,上記番号が外国人名義の携帯電話である旨の捜査報告書が出た後に,その供述内容が一変した経過は,いかにも不自然である。そもそも,少年が平成16年当時に覚せい剤を買っていたイラン人の売人に,突然電話をかけて上記のような依頼をし,売人もこれを了解したなどという供述は,その内容自体が不合理である。少年の上記供述は信用することができない。

4  逮捕前に少年とBが交わしていたメールの内容

また,少年とBは,本件覚せい剤使用により逮捕される前,毎日のように携帯電話でメールを交わしていたところ,これらのメールからも,少年の覚せい剤使用が推認される。

(1)  まず,6月28日付け捜査報告書によれば,Bは6月6日に少年に対して,「土曜の夜,半分づつ出して買ったでしょ?ヨレとったんでしょ??土曜日ゎシャブくれるって言うたんやからチョーダイね!!」とのメールを送っていること,さらに6月11日には「打ったらゃっぱ寝れん↓↓A寝れてィイなぁ…☆★また早くシャブほしぃ」とのメールを送っていることが認められる。これらのメールは第三者が見ないとの前提のもと,日々の出来事や感想を何らの作為なしに綴ったものであるから,その信用性は高いと考えられ,以上のメール内容からは,Bと少年が6月10日に覚せい剤を使用する約束をし,同日に実際に覚せい剤を使用したことが推認される。

(2)  また,少年は,1月11日に少年院を出た後は一回も覚せい剤を使用していないと供述するが,6月28日付け捜査報告書によれば,逮捕前,Bは少年に,「ポン中のテメーに言われたないゎ!!」(6月4日),「A・Cと,バィ②したら薬ゎやらんょ」(6月6日),「Cが,『もうやらんし,やめるよ!やる時は一人で内緒でやるよ。』だって…」(同日),「最近シャブやった?」(同日)とのメールを送っていること,少年もBに対して,「最近シャブやりたいからイライラするんよ。前よりシャブ中なっとるわぁ」(6月17日)とのメールを送っていることが認められ,以上のメール内容からは,少年,C及びBが常習的に覚せい剤を使用していたことが窺われる。この点,少年は喧嘩のときにやけになって言った言葉である等と供述しているが,前後のメールの脈略からしても,そのような趣旨とは解し得ない。

5  少年の供述について

以上の覚せい剤使用を裏付ける各種証拠に対し,少年は,逮捕後一貫して覚せい剤の使用を否認しているが,6月10日の行動については,その供述内容が二転三転している。

すなわち,犯行日とされる6月10日の行動について,少年は,7月31日審判における付添人からの質問に対しては,①朝から原付でB宅に遊びに行っていたが,午後7時か8時ころにDから電話がかかってきてカラオケに行くことになったので,いったん一人で寮に帰り,午後9時か10時ころに,DがBを車に乗せて寮まで迎えに来た,と述べていたが,他の客観的証拠と整合しない旨を裁判官に指摘されると,②朝から午後6時ころまで現場で仕事をし,午後7時半ころ寮に帰宅した後,一人で洗濯をしたりテレビを見たりして過ごしていたが,午後10時ころにDからメールを貰ったので遊びに行くことにし,Dと一緒にBを迎えに行って,三人でカラオケに行った,と供述を変えた。そしてさらに,8月28日審判において裁判官から,メール内容からすると6月10日午後8時半過ぎにBと会っていたと認められるのではないかと指摘されると,8月30日付け陳述書では,③6月10日午後10時前に寮にいたと述べていたのは嘘であり,夜にはB及びCと会う約束をしていたが,途中で気が変わって行くのを止め,午後8時半ころからB及びCが覚せい剤を買いに行くのを原付で尾行し,午後10時過ぎに寮に戻った,と供述を変遷させている。

また,少年は,6月10日午後9時半過ぎに少年が電話をかけた×××-××××-××××についても,上記3(2)のとおり,当該番号が外国人名義の携帯電話であるとの捜査報告書が提出されると,一転して売人に電話をかけたことを認め,不合理な内容の弁解に終始している。

以上のとおり,少年は,自分の供述に整合しない証拠を示されると,それに合わせて供述を変えるという傾向が顕著である。これらの供述経過からは,少年が事実に基づいて供述しているとは考え難く,その供述を信用することは困難である。

6  その他の付添人の主張について

(1)  アリバイの成否

ア 付添人は,少年はCに6月10日午後9時19分に電話をかけており,この時点では少年とCは一緒にいなかったと認められること,Cの父は6月10日午後11時ころにCが帰宅して金を要求したと供述していることからすれば,Cが覚せい剤を使用したのは午後11時ころであり,他方,少年は午後10時20分にはDと会っているから,少年がCと覚せい剤を使用していたことはあり得ないと主張する。

イ しかしながら,上記2(1)イ(ウ)及び3(1)によれば,少年は午後9時前ころにBを迎えに行っていること,少年は午後9時45分に売人に3回目の電話をかけていることが認められるから,覚せい剤を使用したとすればこの直後の時間であると推認され,仮に少年に午後10時20分に会ったとのDの供述を前提としても,アリバイが成立するとはいえない(8月10日付け捜査報告書によれば,犯行現場から少年の寮までの所要時間は,法定速度を遵守した走行実験で35分である。)。少年がCに午後9時19分に電話をかけた理由は定かではないが,Bは,CがB宅から犯行場所に向かう途中で一人で自宅に寄ったと供述しているから,その際にかけられた可能性もあり,少年からCへの電話は上記認定を左右するに足りるものではない。

また,Cの父Fは,6月30日付けの警察官調書において,Cが自宅に金を取りに来たのは6月10日午後11時頃であると供述しているが,20日も前の出来事について,Cの父が正確に時刻まで記憶しているのかは疑問であり,同人がこのように時刻を特定して述べた根拠も不明である(家計簿に時刻が書いてあったとは考え難い。)。したがって,上記供述も,メールや発信履歴から認定できる上記客観的事実を覆すものではない。

ウ よって,アリバイに関する付添人の上記主張は採用することができない。

(2)  尿の鑑定結果

少年は6月21日に覚せい剤取締法違反で逮捕されているところ,同日採取された少年の尿からは覚せい剤が検出されていない。このため,付添人は,6月10日に覚せい剤を使用していれば,6月21日には覚せい剤反応が出るはずであり,上記鑑定嘱託結果は,少年が覚せい剤を使用していない証左であると主張する。

しかしながら,8月9日付け捜査報告書[覚せい剤尿中排出期間について]によれば,覚せい剤の尿中排泄期間は最長でおおむね10日間と推定されており,摂取してから概ね4日間を経過すると,覚せい剤及びその代謝物の排泄量は著しく減少することが認められるから,犯行日とされる6月10日から11日目に採取された少年の尿から覚せい剤反応が出なかったことは,覚せい剤を使用していないことを推認するものとはいえない。付添人の上記主張は採用することができない。

7  結論

以上のとおり,B及びCがそろって少年と一緒に覚せい剤を使用したと供述していること,直後に逮捕されたCの尿からは覚せい剤が検出されていること,犯行日とされる日に少年は覚せい剤の売人に電話をかけていること,少年とBが交わしたメールの中には6月10日の覚せい剤使用を窺わせるメールが複数あること,犯行を否認する少年の供述は二転三転しており信用性が低いことに照らせば,少年は6月10日に覚せい剤を使用したことが認められ,少なくともその蓋然性があることは明らかである。

(本件を検察官に送致する理由)

1  少年は,平成15年12月ころ,好奇心から覚せい剤の使用を始め,平成16年2月20日に覚せい剤取締法違反等保護事件で中等少年院送致決定(一般短期処遇)を受け,同年2月23日,豊ヶ岡学園に入院した。少年は,平成16年7月20日,上記学園を出院したが,遅くとも同年秋には覚せい剤使用を再開し,平成17年1月7日,再び中等少年院送致決定(長期処遇)を受け,同年1月11日から平成18年1月11日まで愛知少年院で矯正教育を受けた。そして,さらに,平成18年6月10日に覚せい剤を使用し,逮捕されるに至ったものである。

2  以上のとおり,少年は2度の中等少年院での矯正教育を通じ,薬物乱用の恐ろしさを学ぶとともに,自己の薬物依存傾向の深刻さとその原因について内省を深める機会を与えられたにもかかわらず,出院後半年もたたないうちに,再度覚せい剤に手を染めたものであり,覚せい剤に対する依存性・親和性は顕著である。しかも,少年は,本件覚せい剤使用を頑強に否認しており,覚せい剤使用を裏付ける様々な証拠があることを示されても,弁解内容を変遷させながら,なおも否認を続けるという態度であり,自身の問題に目を向けずに他者に責任を転嫁するという少年の資質上の問題点は,依然として改善されていないといわざるを得ない。少年は,徹底的に争うために検察官送致を切望するとまで述べており,このような状態で,少年を保護処分に付しても,少年が矯正教育を受け入れる可能性はほとんどない。

3  また,家庭環境をみても,少年は○○国籍の実母と生き別れ,実父とは平成17年2月に死別しており,唯一関係が続いているのは老齢の父方祖父母(養父母)のみであるが,祖父母は少年に愛情を持ちつつも,結果的には放任しているのと同様の状態であって,十分な監督はなし得ていない。本件覚せい剤使用についても,祖父母は少年の主張を盲目的に信用し,どのような証拠を示されても少年が覚せい剤を使用するはずがないとの一点張りであり,少年についてさらなる指導監督が必要であるとの認識は全く持てていない。

4  したがって,従前の矯正教育の経過,少年の年齢(19歳6月),薬物への依存性の高さ,資質上の問題点に加え,少年及び保護者がともに矯正教育を頑なに拒否する姿勢を示していることからすれば,もはや保護処分によって少年の非行性を矯正し得る可能性は乏しく,本件覚せい剤使用については刑事処分が相当というべきである。

5  よって,少年法23条1項,20条1項により主文のとおり決定する。

(裁判官 福田千恵子)

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