名古屋家庭裁判所岡崎支部 平成23年(家へ)2号 判決 2011年10月27日
原告
甲野太郎
同訴訟代理人弁護士
齋藤文司郎
被告
甲野春子
同訴訟代理人弁護士
菅沼勝己
矢崎信也
村瀬桃子
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 本件につき,当裁判所が平成23年6月13日にした強制執行停止決定(当庁平成23年(家ロ)第1号)は,これを取り消す。
4 この判決は前項に限り,仮に執行することができる。
理由
第1 請求の趣旨
被告から原告に対する名古屋家庭裁判所岡崎支部平成20年(家)第61号婚姻費用分担申立事件の審判に基づく強制執行は,これを許さない。
第2 事案の概要
1 事案の骨子
本件は,原告が,被告に対して,確定した婚姻費用分担申立事件の審判の解除条件である「当事者の別居状態の解消」が成就したとして,その執行力の排除を求めた事案である。
なお,書証については,特に断らない限り,枝番号を含む。
2 前提事実(各項末尾に証拠等を掲記した以外は,当事者間に争いはない。)
(1)原告(昭和39年9月*日生)と被告(昭和39年11月*日生)は,平成6年4月2日に婚姻の届出をし,平成7年8月*日に長女夏子を,平成11年5月*日に二女秋子をもうけた(乙1)。
(2)原告は,三菱自動車工業株式会社に勤務した後,平成17年1月からトヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ自動車」という。)に転職した。
被告は,婚姻後,無職であったが,平成19年5月からスクールサポーターの仕事を始め,平成20年1月から小学校の非常勤講師をしている。(乙1)
(3)原告と被告は,平成12年10月,自宅として,別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)を売買により取得し,同月10日,原告の持分を10分の9,被告の持分を10分の1として所有権移転登記手続を経た。そして,平成13年3月,本件土地上に同目録記載2の建物(以下「本件建物」といい,本件土地と併せて「本件不動産」又は「自宅」という。)を新築し,同月16日,原告の持分を50分の49,被告の持分を50分の1として所有権保存登記手続を経た。(乙4)
(4)原告は,平成19年6月17日,自宅を出て,原告の実家に身を寄せる形で,被告と別居し,同年7月,被告を相手方として,離婚を求める調停を申し立てた(乙1)。
(5)被告は,平成19年9月26日,名古屋家庭裁判所岡崎支部に対し,原告を相手方として,婚姻費用分担の調停(同裁判所支部平成19年(家イ)第1025号)を申し立てたが,平成20年1月23日に調停不成立となり,審判(同裁判所支部平成20年(家)第61号)に移行した。
そして,同裁判所支部は,同年3月11日,「1 相手方(本件の原告)は,申立人(本件の被告)に対し,34万円を支払え。」,「2 相手方は,申立人に対し,平成20年3月1日から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月末日限り13万円を支払え。」との審判(以下「本件審判」という。)をし,同審判は,確定した。(甲1,弁論の全趣旨)
(6)原告は,平成21年,名古屋家庭裁判所岡崎支部に対し,原告と被告との婚姻関係は,原告の鬱病罹患に対する被告の無理解,家事の怠慢,浪費等によって破綻しており,民法770条1項5号の離婚事由があるとして,長女及び二女の親権者を被告と定めて,被告との離婚を求める訴訟(同裁判所支部平成21年
(家ホ)第11号)を提起したところ,原告の請求が認容された。
そこで,被告が控訴したところ(名古屋高等裁判所平成22年(ネ)第526号),同裁判所は,平成22年9月29日,原告と被告との婚姻関係は完全に破綻し,回復困難に至っているとまではいえない,仮に婚姻関係が破綻に近い状況にあるとしても,原告の離婚請求は,有責配偶者からの離婚請求であって,信義則に反し許されないとして,「1 原判決を取り消す。」,「2被控訴人の請求を棄却する。」との判決を言い渡した。
上記判決に対して,原告が上告受理申立をしたが,平成23年2月25日,上告不受理決定がなされ,上記判決は確定した。(乙1,2)
(7)原告は,平成22年10月6日から,本件不動産で寝起きするようになった。
(8)原告の実母である甲野花子は,平成22年12月2日,名古屋地方裁判所岡崎支部において,本件不動産の原告の持分について,強制競売開始決定を得て
(同裁判所支部平成22年(ヌ)第39号),同月3日,本件不動産の原告の持分を差し押さえた(甲19,乙4)。
(9)被告は,平成22年12月17日,名古屋家庭裁判所岡崎支部に対し,原告を相手方として,同年10月6日から当事者の離婚に至るまで,1か月13万円の婚姻費用の支払を求める旨の婚姻費用分担の審判を申し立てた(同裁判所支部平成22年(家)第1110号)が,調停に付され(同裁判所支部平成22年(家イ)第1593号,以下,審判の申立てと併せて「別件婚姻費用分担事件」という。),同年12月28日頃,原告に調停期日通知書が送付された。
上記事件の第1回調停期日は,平成23年2月2日であったが,原告は出頭しなかった。
被告は,本訴提起後の同年5月25日,別件婚姻費用分担事件の申立てを取り下げた。(甲3,4,12,16)
(10)被告は,平成23年3月7日,本件審判の主文2項に基づき原告が負担する平成22年10月1日以降の月額13万円の婚姻費用を請求債権として,原告のトヨタ自動車からの給与,賞与及び退職金を差し押さえる旨の債権差押命令を得た(名古屋地方裁判所岡崎支部平成23年(ル)第129号)(甲5)。
(11)本件不動産の原告の持分は,平成23年7月14日,乙山桜(以下「乙山」という。)に競落され,同月19日,原告の持分全部移転登記手続がされた
(乙11)。
(12)乙山は,名古屋地方裁判所岡崎支部に対し,原告及び被告を相手方として,本件不動産の引渡命令を求めた(同裁判所支部平成23年(ヲ)第2100号不動産引渡命令申立事件)。同裁判所支部は,平成23年7月25日,乙山の原告に対する本件不動産の引渡命令の申立てについて認容し,乙山の被告に対する申立てを却下する旨の決定をした。(甲19)
3 原告の主張(請求原因)
(1)前提事実(5)のとおり
(2)解除条件の成就
ア 前提事実(7)のとおり
イ 原告は,同居を再開した平成22年10月6日,被告から,「私は家事は一切できません。」と言い渡されたこと,当時,原告が休職中であったことから,自発的に,食器洗い,ゴミ捨て,部屋の整理整頓,洗濯,庭の手入れなどの家事を行うようになった。
なお,原告と被告は,別居する前から夕食はほとんど外食で済ませており,同居再開後も,夕食はほとんど外食であった。しばらくは,被告から夕食に行くとの連絡を受けて,原告も,一緒に出かけて夕食をとっていたが,同年11月17日以降,被告と子供らが,原告に連絡することなく,夕食に出かけるようになったため,お金がない原告は,やむを得ず,実家で夕食をとるようになった。
このように,原告は,単に,寝泊まりの場を被告と同一箇所にするというだけでなく,自宅の掃除,荷物の整理,庭の手入れなどを積極的に行い,実質的にも同居といえる生活をしている。
なお,原告が,被告とは別世帯として住民登録をしたのは,被告が子ども手当を受給できるようにするためである。
ウ 原告は,平成22年10月6日に同居を再開するにあたり,原告が受けている鬱病の治療方法に疑念を抱いているようであった被告から,「ここに住むのだったら,セカンドオピニオンを受けるように。セカンドオピニオンは,国内でも有数の医療機関である名古屋大学で受けなさい。お金は私が出すから。」と言われ,同年11月5日,名古屋大学医学部附属病院で診断を受け,診療情報提供書の写しを被告に手渡した。
このように,原告と被告との同居の再開は,被告が要請する条件を満たすことで開始されており,被告が主張するような形式的なものではない。
エ 原告は,被告との同居を再開した平成22年10月6日とあと一度,被告から,生活費や子供の学費を支払ってほしいと要請されたが,休職中で,収入が全くないため,支払えないと答えると,被告は,収入がないのなら構わないということであった。
原告は,同年12月6日に復職し,同月分から給与が支給されることになったが,被告から,生活費を支払うようにと要求されなかったことから,要求されれば,それに応じようと考えていた。
しかしながら,同月28日頃,別件婚姻費用分担事件の調停期日通知書が届いたことから,原告は,その調停で具体的な金額を決めて支払おうと考えていたところ,調停で話し合う前に,被告から給与等の差押えを受け,結果的に,同居後,被告に生活費を支払えなくなった。
また,原告は,休職により収入がなくなったため,原告の母に対する借入金の返済が滞ってしまい,原告の母によって,本件不動産の原告の持分を差し押さえられた。原告は,このことについても,別件婚姻費用分担事件の調停期日において,被告と話し合おうと予定していたが,被告が申立てを取り下げたため,話合いができなかった。
オ 別件婚姻費用分担事件は,被告自身が,本件審判の主文2項の「別居状態の解消」という解除条件が成就したことから,効力を失った可能性が高いと判断したために申し立てたものと解される。
カ したがって,本件審判の主文2項の「別居状態の解消」という解除条件が成就し,その効力は失われている。
本件審判は,別居を前提として原告の婚姻費用分担額を算定しているが,別居状態が解消している以上,原告には,別居を前提として算定された婚姻費用の支払義務はない。
なお,原告は,平成23年7月14日頃,買受人である乙山から,内容証明郵便によって,本件不動産の引渡しを要請され,かつ,引渡命令を受けたため,やむを得ず,自宅から退去せざるを得ない状況に追い込まれた。しかし,再び別居状態が生じたからといって,平成22年10月6日に原告が自宅に戻ったことで生じた本件審判の主文2項の「別居状態の解消」という解除条件成就の効力が,遡って消滅することはない。
(3)よって,原告は,本件審判の執行力の排除を求める。
4 被告の主張
(1)解除条件の成就とはいえないこと
ア そもそも,婚姻費用は,婚姻関係にある夫婦が互いに同居・扶助義務を負っていることに基づいて発生するものである。そして,婚姻費用分担申立事件の審判において,婚姻費用の支払義務が「別居状態の解消に至るまで」とされているのは,別居状態が解消されれば,婚姻費用の支払義務を負担していた者の収入から生活費が支出されることになり,婚姻費用の支払義務を存続させる必要がなくなるからである。
そのため,単に同居の外観を作出したとしても,扶助義務が未履行の場合には,扶助義務を根拠に婚姻費用の支払義務が発生するのは当然である。
したがって,本件審判の主文2項の「別居状態の解消」とは,形式的に同一の場所で寝泊まりするようになったということではなく,夫婦の扶助義務が履行される状態になることを意味すると解すべきである。
イ 原告は,平成19年6月に実家へ転居したときには,トラックを使用するほど多くの荷物を運んでいたが,平成22年10月6日に自宅に戻ってきたときには,ほとんど荷物を持ってきておらず,着替えなどを持ってきた程度であった。
そして,本件不動産の原告の持分が差し押さえられると,原告は,実家から持参した着替え等の荷物のほとんどを運び出し,原告の部屋には,パソコンの台と洗面道具程度しか残っていなかった。
ウ 原告は,平成22年10月6日,鬱がひどくなり,働くことができず,婚姻費用を支払うことができなくなったから,自宅に帰ってきたと述べた。
被告は,自らも,鬱病等のため体調が悪く,生活のためにやむを得ず働いている状態であるから,以前のように原告のために全ての家事をこなすことは難しいと述べ,無理に同居しなくても,預貯金等から婚姻費用を支払う方法があるのではないかと述べたが,原告は,預貯金はあるが,それを被告や子供らのために使うつもりはないと答えた。
被告は,原告に対して,原告が自宅に住むことになると水道光熱費や食費等がかさむから,生活費を支払ってほしいと要請した。
しかし,原告は,この要請を拒否し,金が必要であれば,本件不動産の住宅ローンを支払うのではなく,本件不動産を売却して金を作ればよい,養育費であれば支払うので,離婚に応じればよいと述べた。
被告は,平成23年4月から長女が私立の専門学校に進学することになったことから,学費の負担を求めたが,原告は,「中学を出ることができれば十分だ。働けばいいだろ。」と述べて,学費の負担についても拒否した。
このように,原告は,夫婦としてやり直すために自宅に戻ってきたのではなく,婚姻費用の支払義務を免れるために自宅に戻ってきたのである。
本件審判において,原告の負担すべき婚姻費用分担額が適正に決められている以上,仮に原告に収入がないため本件審判で決められた婚姻費用を支払うことができないというのであれば,婚姻費用の減額事由が認められるか否かにつき裁判所の手続を経るべきであり,原告自らの判断で婚姻費用の支払を停止することは許されない。
また,原告は,平成19年6月17日に別居を開始した翌日,預貯金の通帳や株券を持ち出し,平成22年10月6日の時点でも預貯金が残っていると述べていたから,資力がないから婚姻費用を支払えないという原告の主張は,疑わしい。
エ 原告は,平成22年10月6日以降,自宅の部屋の扉につっかえ棒を設置して,原告以外の者が自由に開けることができないようにして,引きこもっており,被告や子供らとの接触は一切なく,家庭内別居の状態である。
なお,原告は,様々な家事を行ったと主張するが,被告が洗濯した後の,少したまったわずかな衣類を洗ったり,被告や子供らが食器を洗った後にコップ1個を洗ったり,収納されていた物を引き出して,原告の判断で収納場所を変更したり,捨てたりするなど,およそ必要な家事をしたと評価することはできず,別居状態の解消の外観を作出するための行為といわざるを得ない。
オ 原告は,被告とは別世帯として住民登録をした。
この点,原告は,被告が子ども手当を受給できるようにするためと主張しているが,原告は,被告の扶養手当の受給申請には協力していないから,原告の上記主張は,疑わしい。
カ 原告は,原告の母から本件不動産の原告の持分の差押えを受けながら,そのことを被告に一切話そうとしなかった。
原告と被告の生活の拠点となっている本件不動産が競落され,他人の所有になってしまうと,原告と被告の生活に支障を来すことが予想される。このため,原告が主張するように,被告との別居状態が解消し,今後も同居を続けるのであれば,被告との間で,この差押えについての対応を協議するはずであるが,原告から被告に対して,この差押えに関する相談は一切されていない。
しかも,差押えをしたのは原告の母であり,原告と原告の母との関係は良好であるから,原告としては,生活の拠点である本件不動産を守るために,競売手続が進行しないように,原告の母を説得することは十分可能である。にもかかわらず,原告は,原告の母と,競売手続の進行を止めるように話合いをしている様子はなく,むしろ,それに協力していた。
そして,原告は,平成23年7月15日,本件不動産から出て,原告の実家に転居した。
この経過からしても,原告が,婚姻費用の支払義務を免れるために「別居状態の解消」という外観を作出したにとどまることが明らかである。
(2)故意による解除条件の成就(予備的抗弁)
原告は,本件審判の主文2項に基づく婚姻費用の支払義務を免れるために,平成22年10月6日に自宅に戻ってきた。
したがって,原告が自宅に戻ってきたことで,本件審判の主文2項の「別居状態の解消」という解除条件が成就したと評価されるとすれば,それは,原告が故意に解除条件を成就させたことになるから,民法130条の類推適用により,条件成就の効果は発生しない。
5 予備的抗弁に対する再抗弁
原告は,休職のため収入が途絶えたため,本件審判に基づく婚姻費用の支払義務を履行することができなくなった。そのため,仮に婚姻費用を支払えずに自宅に戻ったことが,故意に解除条件を成就する行為に当たるとしても,信義則に反するとはいえないから,民法130条が類推適用されることはない。
6 争点
(1)平成22年10月6日以降の状況をもって,本件審判の主文2項の「当事者の別居状態の解消」に当たるといえるか否か
(2)仮に,平成22年10月6日以降の状況をもって,本件審判の主文2項の「当事者の別居状態の解消」に当たると認められた場合,民法130条の類推適用によって,解除条件の成就の効果が発生しないか否か
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実,証拠(甲1ないし26,乙1ないし5,7ないし16,原告・被告各本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)原告と被告は,平成6年4月2日に婚姻の届出をし,平成7年8月*日に長女夏子を,平成11年5月*日に二女秋子をもうけた。
そして,原告と被告は,平成12年10月,自宅として,本件土地を購入し,平成13年3月,本件土地上に本件建物を新築して,家族4人で暮らしていた。
(2)原告は,平成17年1月からトヨタ自動車に転職したが,同年3月頃から,次第に不眠等の精神状態の不調を訴えるようになり,心療内科を受診し,鬱状態と診断され,投薬治療を受けるようになった。
その後,原告と被告との関係は,悪化し,原告が,平成19年6月17日,自宅を出て,原告の実家に身を寄せる形で被告と別居し,同年7月,被告を相手方として,離婚を求める調停を申し立てた。
なお,原告は,同年6月18日,自宅から預金通帳,株券等を持ち出し,定期預金を解約したほか,株式を売却した。
(3)被告は,平成19年9月26日,婚姻費用分担の調停を申し立て,平成20年1月23日に調停不成立となり,審判に移行した。
本件審判は,原告と被告が別居状態にあることを前提とし,被告の収入について,潜在的稼働能力を考慮して年額100万円,原告の収入について,平成19年については現実収入である年額1118万9860円,平成20年以降の年収については,原告の精神疾患の加療のための減収を考慮して,平成19年の年収の8割に相当する年額895万1888円と推計し,これらを「養育費・婚姻費用算定表」(判例タイムズ1111号掲載,以下「算定表」という。)にあてはめると,原告の婚姻費用分担額が,平成19年までは月額20万円ないし22万円,平成20年以降は月額16万円ないし18万円になるが,原告が月額10万0007円の自宅の住宅ローンを支払っていることから,上記の算定表で得られた金額から4万円を控除するのが相当であるとして,原告の婚姻費用分担額を平成19年までは月額17万円,平成20年以降を月額13万円と認定した。
(4)原告は,平成20年4月には,自宅の電気,水道,電話等のライフラインを解約し,同年7月分以降の自宅の住宅ローンを支払わなくなり,その後,被告に対し,本件不動産の売却を要求するようになった。
(5)原告は,鬱状態を傷病名とする診断書をトヨタ自動車に提出して,平成19年11月19日から同月30日まで,平成20年1月28日から同年2月8日まで,同年3月3日から同月7日まで,同月28日から同年10月31日まで,それぞれ同社を傷病欠勤(一部年休が含まれている。)し,同年7月28日から同年10月31日まで休職発令を受け,平成21年7月6日にも休職発令を受けた。
その結果,原告の税込収入は,平成20年分が458万9940円,平成21年分が648万6870円であった。
(6)原告が提起した離婚請求訴訟は,一審では認容されたが,平成22年9月29日,一審判決を取り消し,原告の離婚請求を棄却する旨の控訴審判決が言い渡された。その頃,原告は,控訴審判決を知った。
(7)被告は,平成20年7月分から,原告が住宅ローンを支払わなくなったため,原告名義の住宅ローンの引落し口座に住宅ローンの返済資金を入金していたが,原告は,平成22年10月4日,上記口座のその時点での残高である9万5306円全額を払い戻した。
(8)原告は,平成22年10月6日,事前に被告に連絡することなく,自宅に戻ってきた。
原告は,同月4日からトヨタ自動車を傷病欠勤しており,被告に対して,鬱がひどくなって,仕事に行けなくなり,収入がなくなった,婚姻費用が支払えないから,帰ってきたという趣旨のことを言った。
被告が,原告に対して,同居をするのであれば,生活費を負担してほしい,収入がないのであれば,原告が持ち出した預貯金から支払ってほしいと要請したが,原告は,預貯金は残っているが,預貯金で生活費を支払うつもりはないという趣旨のことを言って,被告の要請を拒否した。
同月中旬頃,長女が,原告に対して,私立高校へ進学する際の学費を援助してほしいという趣旨のことを要請したが,原告は,この要請も拒否した。
(9)原告は,平成22年10月6日以降,2階のそれまで長女が使っていた部屋を使用していたが,扉につっかえ棒をし,クローゼットの扉にチェーンを巻いた状態で,被告や子供らとほとんど会話をすることはなかった。
また,原告は,部屋の片付けなどの家事を行っていたが,被告や子供らが望むような態様ではなかった。原告は,行った家事について逐一メモをとり,片付け前と後の状態を写真に撮っていた。
原告は,被告から,セカンドオピニオンとして,名古屋大学医学部附属病院の精神科を受診するよう勧められ,同年11月5日,同病院を受診し,傷病名として鬱病,現在の処方は概ね適切と判断されるとの診療情報提供書の写しを被告に見せた。
(10)被告は,以前から,夕食は,子供らを連れて外食で済ませることが多く,平成22年10月6日以降,原告に声をかけて,一緒に食事に出かけていたが,原告が長女の学費の援助を拒否したことなどを契機として,同月中旬頃から,原告に声をかけずに,子供らと夕食に出かけるようになり,原告は,実家で夕食をとるようになった。
(11)原告は,本件不動産の購入資金として,実母から借金をしているとして,平成19年6月17日の別居後,実母に返済をしていた。平成22年10月7日頃,原告の母が,自宅を訪れた際,「お金を出したんだから,ここにいる資格がある。」という趣旨のことを言ったのに対し,被告が,「お母さんは,以前に,お金は貸したものではなく,あなたたちにあげたものだと何度もおっしゃってましたよね。」という趣旨のことを言い返し,両者の間が険悪な状態になった。
そして,原告の母は,同年12月2日,原告に対して本件不動産の購入資金を貸し付けたとして,本件不動産の原告の持分につき強制競売開始決定を得て,同月3日,本件不動産の原告の持分を差し押さえた。
原告は,実母が本件不動産の強制競売の手続をとることを事前に知っていたが,被告にこのことについて知らせず,差押後も,被告と強制競売への対応や今後の生活について話し合うことはなかった。
(12)原告は,平成22年10月4日から同年12月3日まで傷病欠勤をしていたが,同月6日から出社できるようになり,同月分から給与が支給されることになった(なお,原告の平成22年分の税込収入は,年額782万5270円である。)。
しかし,原告は,被告に対して復職することを伝えず,被告との間で12月以降の原告の生活費の分担額を話し合うこともなかった。
原告は,復職してから,夕食だけでなく,入浴も実家で済ませるようになった。
(13)被告は,平成22年12月17日,原告に対し,同年10月6日から当事者の離婚に至るまで月額13万円の婚姻費用の支払を求める別件婚姻費用分担事件を申し立てた。そして,同年12月28日頃,原告のもとに第1回調停期日が平成23年2月2日に指定された旨の調停期日通知書が送付された。
原告は,第1回調停期日には出頭せず,第2回調停期日が同年3月9日に指定されたが,被告は,同月7日,本件審判の主文2項に基づく平成22年10月1日以降の婚姻費用を請求債権として,原告の給与等の差押命令を得た。
(14)原告は,平成23年4月20日,本訴を提起した。
被告は,同年5月25日,別件婚姻費用分担事件の申立てを取り下げた。
(15)原告は,本件不動産の原告の持分が安い金額で競落されることがないよう,高価で買い受けてくれる人を探していた。
そして,原告の知人である乙山が,1600万0597円の額で最高価買受けの申出をし,平成23年6月29日,売却許可決定を得て,同年7月14日に代金を納付した。
(16)乙山は,原告に対し,同月5日付けで,同年7月14日に代金を納付するので,本件不動産の引渡し時間の調整を求める旨通知し,同月14日付けの内容証明郵便で,本件不動産の引渡しを求めた。
原告は,同月15日頃,自宅から出て行った。そして,乙山が,同日,原告が使用していた部屋の扉に「この部屋を使用します。」などと記載したメモを貼り,その部屋に荷物を運び入れた。
(17)原告は,平成22年10月6日から現在まで,給与等の差押えを除いて,被告に対して,婚姻費用や生活費を支払っていない。
2 争点(1)(平成22年10月6日以降の状況をもって,本件審判の主文2項の「当事者の別居状態の解消」に当たるといえるか否か)について
本件審判の主文2項は,原告が,被告に対し,「当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで」月額13万円の婚姻費用の支払義務を命じている。
これは,原告の月額13万円の婚姻費用の支払義務の消滅を,「当事者の離婚又は別居状態の解消」という発生するか否かが不確実な事実にかからせるものであるから,解除条件に当たるといえる。
ところで,婚姻費用分担義務は,民法760条に基づくものであるから,別居状態が解消されただけでは,消滅することはない。
また,本件審判が原告の婚姻費用分担額を算定するのに用いた算定表は,婚姻費用の支払を求める権利者と支払義務を負う義務者が別居している場合を前提にして,夫婦双方の基礎収入(税込収入から,標準的な割合による公租公課,統計資料に基づいて推計された標準的な割合である職業費(通勤費用,被服費等)及び特別経費(住居関係費,保険医療費,保険掛金等)を控除したもの)の合計額を,権利者世帯と義務者世帯のそれぞれの最低生活費で按分するという手法で算出して作成されたものであるから,同居はしているものの,家庭内別居の状態で,権利者が生活費を十分に受け取っていないという場合には,算定表をそのまま適用することはできないし,そのような場合の婚姻費用分担義務の終期としては,「生計を一にする日」などとされる。
そして,上記1認定事実のとおり,本件審判は,原告と被告が別居状態であることを前提にして,原告の婚姻費用分担額を定めている。
そうすると,本件審判の主文2項の「当事者の別居状態の解消」というのは,夫婦の協力扶助義務が履行される状態になったというのではなく,単に別々の場所で居住するという状態が解消されることを意味すると解すべきである。
上記1認定事実によれば,平成22年10月6日以降,原告が自宅で寝起きしており,原告と被告が別々の場所で居住するという状態は解消されたと認められるから,平成22年10月6日以降の状況は,本件審判の主文2項の「当事者の別居状態の解消」という解除条件に当たるといえる。
3 争点(2)(仮に,平成22年10月6日以降の状況をもって,本件審判の主文2項の「当事者の別居状態の解消」に当たると認められた場合,民法130条の類推適用によって,解除条件の成就の効果が発生しないか否か)について
上記1認定事実によれば,原告が,平成22年10月6日,被告に対して婚姻費用を支払えないから自宅に戻ってきたと述べていること,同日以降,原告が家事の一部を行っているものの,片付けの前後の状況を写真に撮るなど,裁判手続を予想して証拠を保全するといった不自然な態様であること,同月4日から同年12月3日まで傷病欠勤をしたため,給与収入が得られなかったが,被告に対して同月6日から復職することを伝えず,収入が得られるようになってからも生活費の負担について話合いをしていないこと,原告の母が本件不動産の原告の持分を差し押さえ,生活の本拠である自宅を失うことになるかもしれないという事態に直面したにもかかわらず,原告が,高く売却できるように動くことはあっても,被告との間で今後の生活等について話し合うことがなかったという事実が認められる。
これらの事実からすれば,原告は,被告と婚姻生活を修復するために自宅に戻ったのではなく,自宅で寝泊まりすることが,本件審判の主文2項の「別居状態の解消」という解除条件を充足することになることを認識しながら,あえて,婚姻費用の支払義務を免れるために,自宅に戻ってきたと認められ,これは,条件の成就によって利益を受ける原告が故意に条件を成就させたといえる。
確かに,原告は,鬱状態のため,これまでも傷病欠勤を繰り返しており,平成20年分以降,本件審判で認定された年収額よりも低額な収入しか得られておらず,平成22年10月4日から同年12月3日まで傷病欠勤のため給与収入が得られなくなっていた。
しかしながら,本件審判で基礎とされた原告の収入が減額したというのであれば,原告としては,事情変更を理由として,婚姻費用減額の調停や審判を申し立てることができるのであって,本件審判で定められた月額13万円の婚姻費用を支払うことができないからといって,別居状態を解消する以外に方法がなかったとはいえない。
そして,上記1認定事実によれば,仮に,婚姻費用減額の調停や審判という手続をとった場合,原告の平成22年分の税込収入額からすれば,原告の鬱状態による減収を考慮しても,原告の婚姻費用分担額が全くなくなるということはあり得なかったと考えられる。
そうすると,傷病欠勤のため本件審判で定められた婚姻費用額を支払うことができないことを考慮しても,原告が,婚姻費用減額の調停や審判という手続をとらずに,婚姻費用の支払義務を免れるために,本件審判の主文2項の「別居状態の解消」という解除条件を成就させるということは,信義則に反するというべきである。
したがって,民法130条の類推適用によって,被告は,条件不成就とみなすことができるから,本件審判の主文2項に基づく原告の婚姻費用支払義務は消滅しない。
4 以上によれば,原告の請求は,理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判官・山本万起子)
別紙物件目録<省略>