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名古屋家庭裁判所豊橋支部 昭和42年(少イ)10号 決定 1968年6月29日

被告人 松本典之

主文

被告人を罰金一〇、〇〇〇円に処する。

右の罰金を完納することができないときは金二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、豊橋市花田町字百北七九番地において芸妓寮「巳の喜」を経営していたものであるが、法定の除外事由がないのに、昭和四二年九月上旬頃、児童である○先○○子(昭和二五年三月六日生)を芸妓として住込みで雇入れたうえ、同月一二日頃から二九日頃までの間、別紙一覧表(編省略)記載のとおり、豊橋市内の「玉家」他五軒の料理店に同女を赴かせて酒席において客の接待をさせ、もつて児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的で児童を自己の支配下においたものである。

(証拠の標目)

一、被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書

一、第二回公判調書中の証人○先○○子の供述記載

一、司法巡査萩原尚他一名作成の捜査報告書

一、○先○松、三橋律子の司法警察員に対する各供述調書

一、羽生しづ、山口時子、上村千秋、山本時子、天野千代子、豊田てい、白井弌之、寺田益夫、森田等、藤原隆の司法巡査に対する各供述調書

一、押収してある領収書一冊(昭和四三年押第一三号の一)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、児童福祉法第三四条第一項第九号、第六〇条第二項に該当するから、所定刑中罰金刑を選択したうえ、所定の金額の範囲内で、被告人を罰金一〇、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により、金二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文によりこれを全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、児童福祉法第三四条第一項第九号の「児童の心身に有害な影響を与える行為」とは、同条項の他の各号の禁止規定が何れも列挙主義をとり具体的であるのに比して抽象的な表現であるから、何が児童の心身に有害な影響を与えるかは、個々の具体的事案に即してこれを判断すべきである。そして、同条項は第五号に「満一五歳に満たない児童に酒席に侍する行為を業務としてさせる行為」を掲記しておるので、その反対解釈として、満一五歳以上の児童については同号掲記の行為はこれを許容されているものと解することができるから、本件のように「酒席において客の接待をする行為」は右第九号に触れるものではない。酒席においては卑猥な言動が散見されるからと云つて、現代の性の解放された世相風潮に鑑みるとき、それが直ちに児童の心身に有害な影響を与えるものとは断じ難い。又「児童を支配下におく行為」とはその行動の自由を制限し心理的強制を加えるものでなければならないところ、本件の場合、○先○○子を被告人方に住み込ませはしたものの、同女に対し右の如き強制を加えた事実は何等認められないから、以上いずれにしても本件は無罪である旨主張する。

よつて案ずるに、児童福祉法第三四条第一項第九号所定の「児童の心身に有害な影響を与える行為」か否かは、その時代に即応した健全な社会通念に照らして考察するのが相当であつて、同条項列挙の禁止行為中に

第五号として「満一五歳に満たない児童に酒席に侍する行為を業務としてさせる行為」があることから、直ちに、その反対解釈として満一五歳以上の児童については該行為が放任されているものとみることは即断の譏りを免れない。喫茶店、食堂等における飲食物の運搬、提供等の行為であれば格別、酒席に侍らせることは、その場において客の酔態等を見聞させることにもなり易く、それが未だ心神の発育不完全の児童の精神面特に情操面に悪影響を及ぼすであろうことは明らかと謂わねばならないから、特に一五歳未満の児童については職業的に酒席に侍らすことを禁止しているものと解すべきであつて、一五歳以上の児童についても、単に酒席に侍るだけでなく、本件のように芸妓(本件の場合は真実はガイドクラブのガイド)として「酒席において客の接待をする」行為をさせることは、それが歌舞音曲等を以つて座興を添える行為のみでなく、いわゆる接客行為をも包含するものと解せられること加うるに右職業は身体の発育過程にある児童をして不規則に堕し易い生活条件の下に深夜まで働かすこととなることからして児童の精神、身体の両面に対して有害な影響を与えるであろうことは疑いないものと謂わねばならない。いかに現代の世相が性の解放を認めていようとも、児童の心身の健全な育成を期する児童福祉法の理念に反する行為は、同法の解釈に当りこれを容認することはできない。

次に、「児童を支配下におく行為」とは、所論の如く児童の行動の自由を制限し若しくは児童に心理的強制を加えるものでなければならないと解するを相当としても、その程度は、弁護人引用の最高裁判所の判例(昭和四二年(あ)第二九九号、同四二年一二月二日決定)が維持した原審の東京高裁判決(昭和四一年(う)第二一三六号、同四一年一二月二八日判決)の判示するように「児童の意思を左右できる状態のもとに児童を置くことにより使用従属の関係が認められる場合」に当るものであればよく、同判決の事例は本件とは事案を異にし、トルコ風呂経営者のミストルコに対する使用関係に基づくものであるので、これを本件についてみると、被告人はその経営する芸妓寮に児童を住み込ませ、居室、寝具、家具類等を貸与し、毎日の食事も被告人の妻松本律子がこれを準備して飲食させていたもので、毎日午後五時頃からは右芸妓寮において料亭から派出の申込があるまで待機させ、申込があるとこれに応じて児童を派出していたものであるから、その毎日の生活はたとえ一時の外出を認めているなど行動の自由を与えていたとしても、これを全般的に観察すると児童を芸妓として被告人の指導監督の下におき拘束していたものと認めるのが相当であつて、その拘束の程度は児童の意思を左右できる状態にあつたものと解して差支えないものと謂えるから、被告人と児童との間に使用従属の関係のあつたことは明らかであり、従つて児童福祉法第三四条第一項第九号にいう「自己の支配下におく行為」があつたと認めざるを得ない。

以上の理由により、弁護人の主張は採用できない。

(裁判官 鈴木照隆)

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