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名古屋簡易裁判所 平成15年(ハ)4988号 判決 2004年3月11日

主文

1  A事件被告は,A事件原告に対し,15万5660円及びこれに対する平成15年6月7日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2  A事件原告のその余の請求を棄却する。

3  B事件被告は,B事件原告に対し,9万5665円及びこれに対する平成15年7月18日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

4  B事件原告のその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は,A事件につきこれを10分し,その2をA事件原告の,その余をA事件被告の負担とし,B事件につきこれを10分し,その8をB事件原告の,その余をB事件被告の負担とする。

6  この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  A事件請求

A事件被告は,A事件原告に対し,24万4575円及びこれに対する平成15年6月7日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2  B事件請求

B事件被告は,B事件原告に対し,47万8328円及びこれに対する平成15年7月18日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,後記本件交通事故につき,A事件原告がA事件被告に対し,民法709条による損害賠償(弁護士費用を含む)を,A事件被告運転車両に損害保険契約を締結していたB事件原告が,A事件原告所有車両を運転していたB事件被告に対し,商法662条1項により代位取得した損害賠償をそれぞれ請求している事案である。

1  争いのない事実等

以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(該当箇所に掲記)及び弁論の全趣旨によって容易に認定することができ,この認定の妨げとなる証拠はない。

(1)  本件交通事故

発生日時

平成15年6月7日午後4時25分ころ

発生場所

名古屋市西区a通b丁目c番地先道路上

片側4車線のa通と片側1車線のd通とが直交する交差点(以下「本件交差点」という)内(甲1,2,3の1ないし9)。

関係車両甲

自家用軽四乗用車

甲車両運転者

B事件被告

甲車両所有者

A事件原告

関係車両乙

自家用普通乗用車

オートマチック車

乙車両運転者

A事件被告

乙車両所有者

(2)  B事件原告の自動車保険契約と保険代位(丙3,4)

乙車両所有者CはB事件原告との間で乙車両につき損害保険契約を締結し,B事件原告はこの契約に基づき,本件事故により乙車両に発生した損害である47万8328円を平成15年7月17日に支払った。これによりB事件原告は,商法662条1項によりB事件被告に対する請求権を代位取得した(代位しうる金額については後述)。

2  争点

本件事故の態様(過失割合)

(1)  A事件原告及びB事件被告の主張

本件事故は,a通の第一車線を東進していたB事件被告が本件交差点をd通へ左折しようとしたところ,a通の第二車線を同一方向に走行していたA事件被告が,甲車両に乙車両をかぶせるように左折進行したため,乙車両左後部と甲車両左前部が衝突したものであり,B事件被告に結果回避可能性はなく,過失責任を負うものではない。

なお,A事件原告の損害は以下のとおりである。

① 甲車両の修理代金  19万4575円

② 弁護士費用  5万円

(2)  A事件被告及びB事件原告の主張

本件事故は,a通の第一車線から左折を開始したA事件被告がd通の横断歩道を渡ろうとしていた歩行者のため横断歩道手前で停車していたところ,後方から走行してきたB事件被告運転の甲車両が乙車両の後部に衝突したものである。

乙車両の修理代金  47万8328円

第3当裁判所の判断

1  双方車両の損傷から認められる本件事故態様

(1)  甲6号証の1ないし8及び甲5号証によれば,甲車両の左フロントフェンダーの前方角部分(以下「X点」という)に塗料の摩耗を伴う損傷が,同左フロントフェンダーの中央部分には塗料の摩耗を伴わない凹みが認められる。また左ヘッドランプカバーに損傷は認められない。これらの事実からすると,甲車両への圧力は,X点のみに集中的に加えられ,その圧力の伝播により同フェンダー中央部分に凹みが生じたものと推察される。

(2)  乙1号証及び丙2号証によれば,乙車両の左リヤフェンダーの後方(以下「Y点」という)に衝撃による凹みが,リヤバンパーに横に流れるような擦過痕が認められる。これらの傷跡からすると,乙車両への圧力は,まずY点に,次いでリヤバンパーへと継続的に加えられたものと推察される。

(3)  以上の衝突部位,損傷状態を総合すると,甲車両のX点と乙車両のY点とが衝突し,次いでX点と乙車両のリヤバンパーとが接触したものと理解される。そして甲車両にあってはX点のみが損傷しその圧力でフェンダー中央部分に凹みが生じていることからすると,本件交通事故は,甲車両のX点が乙車両のY点に8時方向から衝突し(圧力の加えられた方向を時計の短針の位置になぞらえて何時方向からの衝突と表現する。なお,乙車両は前方を0時,後方を6時の位置に置く),その後,乙車両のリヤバンパーを擦るようにして接触したものと解すべきこととなる。なぜなら,もし7時方向からの衝突であれば,甲車両のヘッドランプカバーも破損したはずであり,もし9時方向からの衝突であれば,乙車両のY点に衝突した後にリヤバンパーと擦れた際,甲車両の左フロントフェンダーには擦過痕ないし更に重大な損傷が生じたはずだからである。

2  既述した本件事故態様と当事者双方の主張との整合性

(1)  A事件原告及びB事件被告の主張を検討する。

同主張は,①本件事故は,本件交差点を左折しようとした甲車両に対し,a通の第二車線を走行していた乙車両がかぶせるように左折進行したため生じたものである。②B事件被告に結果回避可能性はなく過失責任を負わないというものである。

そこで①の点につき検討するに,乙車両が甲車両にかぶせるように左折したのであれば,第一車線を走行する甲車両に対し乙車両は直交するような位置関係となることから,Y点に対しX点が8時方向から衝突することは充分可能であり,しかも乙車両が進行しているからこそX点はY点と衝突し,その後に乙車両のリヤバンパーを擦るように接触しうることが認められる。したがって,この主張には本件事故態様との整合性が認められ,この主張に沿うB事件被告の供述は充分信用するに足る。

次いで②の点につき検討する。法は,車両が左折するときは徐行しなければならないと規定し(道路交通法34条1項),徐行とは直ちに停止することができる速度と定義付けている(同法2条1項20号)。してみると,左折時に直ちに停止しえずに本件事故を惹起した以上,甲車両が徐行していたとは認められず,かつ衝突したY点が乙車両の最後部であることも加味すると,甲車両が徐行さえしていれば,本件事故を回避しうる可能性は高かったといえよう。B事件被告に過失責任がないとはいえない。

(2)  A事件被告及びB事件原告の主張を検討する。

同主張は,①乙車両は本件交差点を第一車線から左折したところを甲車両に追突された。②乙車両はd通を横断する歩行者のため本件交差点で停車中に追突されたというものである。

そこで検討するに,①の点については,a通の第一車線から片側一車線のd通に左折した幅180㎝の乙車両(丙5)のY点に,引き続いて左折した幅139㎝,長さ329㎝の甲車両(甲4)のX点が8時方向から衝撃を与え得るかが問題となる(甲車両が本件交差点を左折するつもりであったことはB事件被告の供述により認めることができる)。ところで,本件交差点の角部分の歩道は円周様の形状にすみ切りされているが(甲3の9),この角部分に沿って左折する乙車両のY点も歩道に近接した場所を円周状に旋回をすることとなる。この道路端に近接して円周様の軌跡を描くY点に,幅139㎝,長さ329㎝の甲車両が,しかも乙車両の後部を追走し,同様の軌跡を描くはずの甲車両が,わざわざ乙車両の左側に回り込み,しかも8時の方向から衝撃を与えうるなどとは(甲車両が歩道上から本件交差点に進入したのであればともかく)とうてい想定することができない。

更に詳述するに,乙車両に後続する甲車両の運転席から,乙車両の左折によりY点の描く軌跡を見た場合,乙車両が左折するにつれ,乙車両のY点が甲車両から見て右側に移行するようなことがあれば,Y点に対しX点が8時方向から衝突することも可能となるかもしれない。しかしながら,トラックやバスのように後輪から車両の最後部まで距離のある車両であれば,上記のように左折により右側に移行することもあろうが,乙車両のような普通乗用車であれば,左折によりY点は更に前方に,そして左方へとの軌跡を道路端に近接して描くことになる。してみると,幅139㎝かつ長さ329㎝の甲車両が幅180㎝の乙車両の左側面からしかも8時方向から衝突しうると想定することはやはり困難といわなければならない。

次いで②の点につき検討する。もし乙車両が交差点で停車していたのであれば,オートマチック車である乙車両は,クリープ現象を回避するためブレーキペダルが踏まれていたと推察される。そのようにして停車する乙車両のY点に甲車両のX点が追突したのであれば,双方の衝突点の損傷は更に甚大となった可能性が高く(例えば甲車両のヘッドランプカバーも破損したであろう),かつ衝撃は一回的なものとなり,乙車両のバンパーの擦過痕も生じなかったのではなかろうか。また,もしバンパーに接触することになったとしても,停車した乙車両に対し,走行する甲車両が衝突する形となるため,甲車両のX点のみが集中的に損傷することはなく,更に甲車両の左前方部分に甚大な損害が生じたのではないだろうか。乙車両が甲車両と同等ないしは若干低めの速度で進行していたと想定してはじめて,甲車両は,乙車両のY点に衝突後バンパーと接触することも可能となり,しかもバンパー部位に擦過痕を生じさせながら,甲車両のX点のみが集中的に傷つき,その後甲車両と乙車両が離れることになったと推察されるのである。

以上より,A事件被告及びB事件原告の主張は本件事故態様との整合性に欠け,この主張に沿うA事件被告の供述は採用できない。

(3)  小括

上述したところから,本件事故は,a通の第一車線を甲車両により東進していたB事件被告が本件交差点をd通へ左折しようとしたところ,a通の第二車線を乙車両により同一方向に走行していたA事件被告が,甲車両に乙車両をかぶせるように左折進行したため,乙車両左側面後部及び後部バンパーと甲車両左前部角部分が衝突したものであり,B事件被告には徐行義務違反による,A事件被告には左折する際にはあらかじめ道路の左側端に沿って徐行しなければならない義務に違反した不法行為責任が認められ,両者の過失はA事件被告8割,B事件被告2割と解するのが相当である。

3  弁護士費用について

弁護士費用が不法行為と相当因果関係のある損害と認められるのは,不法行為によって被害を受けた者が,損害の回復を弁護士に依頼するのが通常必要な手段といえるからであろう。ところで,簡易裁判所における訴え提起は請求原因に代えて紛争の要点を明らかにすれば足り(民訴法272条),かつ審理も短期間で終了する。そして本件のような物損交通事故事案にあっては,主張は当事者が体験した事実のみで足り,立証も損壊車両や事故現場の写真,経験した事実の陳述等に限られ法律専門家の助力を必要としない。また過失割合が主要な争点となろうが,争点自体難解なものではなく,特に専門的な法的知識を要するものでもない。してみると,簡易裁判所における物損交通事故事案については,一般私人であっても簡便に訴訟を提起,追行することができ,その上請求額,過失相殺後の認容額ともに少額であることをも加味すると,このような事案における弁護士費用を不法行為と相当因果関係に立つ損害と認めるには,特段の事情のない限り慎重でなければならない。A事件原告の弁護士費用請求には理由がない。

4  結論

(1)  A事件について

A事件原告の所有する甲車両の損害額は19万4575円(甲5)である。実際には,この損害はA事件被告とB事件被告の共同不法行為により発生したと解されるところ,弁論の全趣旨によれば,A事件原告は,A事件被告の負担部分についてのみ請求しているものと認められる。そこで,A事件被告の過失割合を乗じた金額である15万5660円(194,575×0.8=155,660)を損害額と認定する。

(2)  B事件について

B事件原告の請求額は47万8328円(丙3)である。B事件原告もB事件被告の負担部分についてのみ求償していると認められるので,B事件被告の過失割合を乗じた金額である9万5665円(478,328×0.2=95,665)を認容することとする。

(裁判官 下村資樹)

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