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名古屋簡易裁判所 平成19年(ハ)9317号 判決 2008年5月08日

当事者の表示(省略)

※ 以下,本訴原告(反訴被告)を「原告」,本訴被告(反訴原告)を「被告」という。

主文

1  被告は,原告に対し,金9万5955円及び内金9万4373円に対する平成18年8月8日から支払済みまで年26.28パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,本訴事件及び反訴事件を通じて被告の負担とする。

4  この判決は,1項及び3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  本訴事件

主文1項と同旨

2  反訴事件

原告は,被告に対し,40万5678円及びこれに対する平成19年10月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  請求原因の要旨

(1)  本訴事件

原告は,被告との間で,平成18年5月17日,金銭消費貸借基本契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

本件契約には,利息年利28.95パーセント,遅延損害金年利29.2パーセント,毎月5日に借入残高が10万円以下のときは4000円以上支払わなければならず,毎回の約定の返済を1回でも怠ったときは期限の利益を喪失する旨の定めがある。

原告は,被告に,本件契約に基づき,同日10万円を貸し付けた。

なお,利息制限法の制限利率に引き直した取引経過は別紙「貸付・入金明細書」のとおりである。

被告は,同年8月7日に支払うべき分割金の支払いを怠ったので,同日の経過をもって期限の利益を喪失した。

よって,原告は,被告に対し,貸金残元金9万4373円,未払利息1582円,残元金に対する同月8日から支払済みまで年26.28パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。

(2)  反訴事件

A協会は,経済産業省及び金融庁の指導監督の下に,多重債務者の依頼に基づいて支払可能な弁済計画の策定や支払猶予に関する債権者との交渉などを行い,その生活再建を図るために設立された財団法人である。

被告は,平成18年7月ころには多重債務状態に陥り,消費者金融業者,クレジット業者に対する借受金の返済が困難となり,同年8月1日,A協会に債務整理のカウンセリングを依頼した。

A協会は,2名の者を被告の担当者(以下「カウンセラーら」という。)に付した。カウンセラーらは,同年9月12日,債権者らに対して,債権届出書等を送付するよう依頼したが,原告から返答がなかったので,同年10月2日に再度依頼したところ,原告から貸付・入金明細書がファクシミリで送信された。そこで,カウンセラーらは,原告に対し,弁済計画案を策定して提示した。その内容は被告の資力と他社への分割弁済とのバランスを考慮した現実的で正当なものであった。

しかし,原告は,A協会は被告の委任を受けた代理人ではなく,代理権がないから,和解交渉に応じられないとして,A協会との交渉を一切拒否し,その後,同19年10月23日に本訴を提起した。

原告の交渉態度と本訴提起は,以下の理由で不法行為に該当する。

ア 多重債務者には可及的速やかに経済的再建を果たすという利益があり,原告がA協会との交渉を拒否し,時を経過させたことに正当な理由なく,被告の債務整理の最終的な確定は果たされておらず,被告の上記利益を奪うもので,不法行為に該当する。

なお,次の事情等が存在すること等から,A協会との交渉を拒否することに正当な理由は認められない。

① A協会は,金融庁等の監督を受ける財団法人であり,多数の多重債務者の相談窓口になっている。

② A協会は,消費者側の人間だけではなく,貸金業者側の役員が多数理事や評議員として参加している団体である。

③ 原告の同業他社はA協会を交渉相手として認めている。

④ 多重債務者対策本部が内閣に設置され,同本部は同19年4月に「多重債務問題改善プログラム」を発表しているが,同プログラムにおいてもA協会によるカウンセリング体制を早急に強化することが掲げられており,A協会の存在及びカウンセリングが国の施策の一部に位置付けられている。

⑤ A協会のカウンセラーは,消費生活アドバイザーと弁護士の二人一組で構成され,A協会による和解提案は実質的には弁護士による債務整理と同視できる。

イ 訴えを提起されると,多大な時間,費用を訴訟対策に費やさざるを得なくなるもので,精神的にも多大な負担をかけるものである。したがって,正当な権利行使ではない訴え提起は,平穏な生活を営む利益を侵害するものとして,不法行為を構成する。

旧貸金業規制法(通称),同法に関する事務ガイドラインによって,貸金業者の取立方法は規制されており,威迫したり,平穏を害するような言動によって困惑させてはならないとされているが,例示に過ぎない。

本件では,原告はA協会を通じて現実的な分割弁済案が提示されたのに,交渉相手がA協会であるとの一事をもって交渉を拒否し,本訴を提起しており,旧貸金業規制法21条の人の私生活の平穏を害するような言動によって,その者を困惑させてはならないという条項に違反し,本訴提起が不法行為に該当することは明らかである。

なお,弁護士介入後に貸金業者が給与の差押手続を進めたことを違法行為とした裁判例,貸金業者による支払督促の申立てを不法行為とした裁判例,弁護士の提案に誠実に対応し,訴え提起等の取立行為に出ることを自制すべき注意義務があり,これに違反した場合に不法行為責任が生ずることがあるとした裁判例がある。

被告は,原告の上記不法行為により,可及的速やかに経済的再建を果たすという利益を奪われ,かつ,私生活上の平穏を害され,その苦痛は甚だしいものがあり,その慰謝料は50万円を下らない。

被告は,上記損害賠償債権と原告の貸金債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことから,その残金である40万5678円の損害賠償請求権と不法行為時である同19年10月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  本訴事件についての被告の答弁及び主張

本件契約に基づく原告と被告間の取引は,別紙「利息制限法に基づく法定金利計算書」のとおりであり,残元金は9万4322円である。その他の点については,反訴事件の請求原因の要旨での主張と同旨である。

被告は原告に対して,50万円の損害賠償債権を有しているので,本訴事件の貸金債権と対当額で相殺する。

3  反訴事件についての原告の答弁並びに本訴事件及び反訴事件についての原告の主張

被告はA協会に相談し,原告はA協会の求めに応じて取引履歴を開示し,A協会は弁済計画案を原告に提示し,原告はA協会に代理権のない相手とは交渉,和解は一切できないと伝え,その後,原告が本訴を提起した事実は認める。

国がA協会に認めた内容はカウンセリングであり,その上で,弁護士,司法書士等に紹介誘導することであり,独自に債務者代理人として債務整理を行うことまでは認可していない。

原告は,A協会に対し,代理権を有する者か本人であれば和解交渉に応じる旨回答したが,被告及びA協会はそれに応じなかった。

原告は被告との話し合いを拒否していないにもかかわらず,A協会の独善的な判断の下で何の対処もしておらず,A協会の対応は円満解決及び債権回収の妨げになっており,被告はA協会に何かしら訴えるべきものであり,原告に責任を転嫁するのは誤りである。

原告は,被告との話し合いによる解決自体を拒絶していなかったが,被告から何らの反応もなく,支払停止状態が継続したことから,やむを得ず本訴提起にいたったもので,正当な権利に基づくものであり,不法行為にあたる理由はあるはずがない。

なお,そもそも原告に対して,被告の債務整理の申し出がなされた事実自体が存在しないのであるから,不法行為の前提を欠き,その結論は明らかである。

4  本訴事件及び反訴事件についての被告の主張

(1)  原告の主張に対する反論

原告は,A協会の法的代理権の有無を問題にしているので,この点について反論する。

債務者には貸金業者と交渉するノウハウはなく,貸金業者側に情報が偏在しており,債務者本人が貸金業者と直接交渉するのでは,到底適正妥当な解決は図れないから,原告が被告との直接交渉を求めること自体全く合理性はない。

また,A協会はあっせん機関であって,一方的に被告の利益を図るために原告と交渉したものではない。したがって,法的代理権の有無を問題にすること自体何ら合理性はない。A協会は準公的な信用できる機関である。現に,A協会は,平成19年2月6日,一斉に弁済計画案を債権者に提示したところ,原告以外の全債権者7社(クレジット会社及び消費者金融会社)は,同月中に和解に応じる旨の回答をなしている。

(2)  本訴提起が不法行為に該当すること

弁護士が介入し,和解案を提示した後は,貸金業者はその和解案に誠実に対応し,訴え提起を自制すべき注意義務があり,これに違反すれば不法行為責任を負うとした裁判例や,弁護士が和解案を提示したにもかかわらず,交渉継続中に給与債権を差し押さえた行為を不法行為とした裁判例がある。A協会は準公的な機関であるから,本来問題とすべきではない法的代理権の有無を理由にしてあっせんを拒絶することは,一私人である弁護士の提案を拒絶した場合より違法性は高いというべきである。

したがって,原告が不法行為責任を負うことは明らかである。

第3裁判所の判断

1  本訴事件の請求原因事実のうち,貸付日,貸付金額,返済日及び返済金額については当事者間に争いはない。当事者双方の主張の違いは,貸付当日分の利息金が発生するか否かという点で,原告は肯定するのに対して被告は否定している。利息は元本を利用する対価の性質を持ち,借主は借り受けた当日から借受金を使用し得るのであるから,貸付当日についても利息は発生すると解するのが相当であり,取引経過は別紙「貸付・入金明細書」のとおりとなる。

また,被告は,平成18年7月4日の返済を最後に支払いをしていない事実が認められ,同年8月7日に支払うべき分割金の支払いを怠っていること,被告自身,期限の利益喪失の事実を認めていること等から,同日の経過をもって期限の利益を喪失し,同月8日から遅滞に陥ったものと認められる。

以上によれば,本訴事件の請求原因事実はこれを認めることができる。

2  次に反訴請求及び被告の主張の当否について検討する。

乙18によれば,A協会は,多重債務者等に対し,消費者保護の見地から,公正・中立なカウンセリングを行い,その生活の再建を図ったり,クレジットの健全な利用についての啓発を行い,多重債務者が発生することを未然に防止することを目的に設立された財団法人で,信販関係の社団法人,信販会社,量販関係の会社,自動車関係の社団法人等からの寄附によって設立,運用され,具体的には,債務整理等に関する相談,助言,他の機関等の紹介,弁済計画案の策定,債権者との交渉等を行っている事実が認められる。

乙4,乙19から乙25によれば,B弁護士とC消費生活アドバイザーがA協会の被告の担当カウンセラーに就任し,被告の弁済計画案を策定して,債権者と弁済計画について交渉にあたり,債務弁済契約の締結を成就させている事実が認められる。

乙6によれば,原告は平成18年10月3日付けで,A協会からの依頼を受けて,被告との間の取引明細書をカウンセラーら及び被告あてに電送している事実が認められる。

また,乙5,乙7及び乙8によれば,カウンセラーらは,原告に対する関係でも弁済計画案を策定し,それを原告に提案してみたものの,原告は,A協会が間に入っての和解には応じられない旨主張し,弁済契約の締結にはいたっていない事実が,乙8によれば,原告はA協会に対し,被告本人又は代理権のある弁護士や司法書士との和解の話し合いには応じる用意がある旨を主張している事実が認められる。

以上の各事実を前提として検討するに,被告は,原告がA協会との交渉を拒否したことが違法行為にあたる旨を主張しているが,A協会から交渉やあっせんの申し出があった場合,貸金業者はこれに応じなければならないとする法,規則等の規制は存在しないから,応じないからといって直ちに違法性を帯びることにはならない。

また,乙8によれば,原告は被告本人又は代理人との交渉を望んでいたことが認められるから,それらの者が原告との交渉の席に着けば,支払条件についての話し合いが行われ,債務弁済契約が締結され,被告の債務整理が最終的に確定した可能性が認められ,原告がA協会との交渉を拒否した事実のみを,被告の債務整理確定の遅延に結びつけることは相当ではない。

なお,そもそも原告がA協会との交渉を拒否したことによって,被告の経済的再建が遅れた事実自体,証拠上明らかではない。

また,被告は,A協会の機能,性格,役割等から,原告がA協会との交渉を拒否することに正当理由はない旨主張している。この点に関し,上記の各証拠からすると,A協会は公益的な観点から多重債務者の債務整理等にあたり,その活動は債務者のみならず債権者にとっても有益であることが認められ,A協会が主体となって策定された弁済計画案は,債務者の支払能力に応じた内容であることから,債務者にあっては経済的再建が,債権者にあっても債権回収が図られる可能性が十分に認められるので,A協会との交渉には積極的に対応することが好ましいが,上記のとおり交渉に応じなければならないとする法的な義務があるとまでは認められず,債権者には交渉に応じるか否かについての選択権があり,交渉に応じないことに正当理由は不要であると解するべきであるから,交渉に応じなかった原告の対応に違法な点は認められない。

また,被告は,訴えの提起は訴えられた者に対して時間的,経済的,精神的に多大な負担を与えるものであるところ,原告はA協会との交渉を正当な理由なく拒否し,本訴を提起しているから,平穏な生活を営む被告の利益を害するものとして,原告の一連の行為は不法行為を構成する旨主張している。

しかしながら,原告にあっても,A協会に対し,被告本人又は代理人とであれば,交渉に応じるという考えを有していたのであるから,被告にあってはA協会から助言を受けて原告と交渉することが可能であったが,A協会と原告の交渉に固執したために被告と原告の交渉が進まず,同年7月を最後に被告からの支払いがなかったことから,原告は同19年10月23日に本訴を提起したものと認められ,原告には被告が主張するような訴え提起を自制するべき注意義務は生じておらず,原告の本訴提起行為は正当な権利行使と認められ,違法性はない。

3  結論

以上によれば,原告の請求は理由があるが,被告の請求及び抗弁は理由がないから主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤有司)

(別紙省略)

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