大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋簡易裁判所 昭和35年(ハ)491号 判決 1962年2月21日

原告 村瀬勝一

右訴訟代理人弁護士 早川登

被告 株式会社 東海銀行

右代表者代表取締役 鈴木亨一

右訴訟代理人弁護士 岩越威一

補助参加人 篠瀬征枝

右訴訟代理人弁護士 森田久治郎

主文

被告は原告に対し金一万二百十八円を支払え。

訴訟費用中、原告と被告との間に生じた費用は被告の負担とし、補助参加によつて生じた費用は補助参加人の負担とする

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金一万二百十八円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は訴外亡篠瀬博史の承継人たる補加参加人に対する名古屋地方裁判所昭和三十一年(ワ)第六二九号約束手形金請求事件の執行力ある判決正本にもとづき補助参加人が被告に対して有する金一万二百十八円の普通預金債権につき名古屋地方裁判所に対し債権差押及び転付命令を申請したところ(昭和三十五年(ル)第三六〇号事件)、右裁判所は昭和三十五年十月十一日右預金債権につき差押及び転付命令を発し、該命令は同月十二日被告に送達された。よつて、原告は被告に対し右金一万二百十八円の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、被告及び補助参加人主張の事実中篠瀬博史が昭和三十二年三月二十五日死亡したこと、その相続人である補助参加人が同年六月二十日名古屋家庭裁判所に対し限定承認の申述をなし、右申述が同年九月二十六日受理されたこと及び前記普通預金債権が右相続財産に属することを認めた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求の原因たる事実を全部認め、補助参加人は被相続人篠瀬博史が昭和三十二年三月二十五日死亡しその財産を相続することとなつたが、同年六月十日名古屋家庭裁判所に対し右相続につき限定承認の申述をなし、右申述は同年九月二十六日受理された。しかして、原告が差押及び転付命令を得た前記普通預金債権及び原告主張の債務名義の基本たる債権はいずれも補助参加人の右相続財産に属するものである。ところで、限定承認をなした場合、限定承認者は相続財産を以てまず相続債権者に、ついで受遺者に対して弁済をなすべきものであり、且つ右弁済は優先権を有する債権者に対するほかはその債権額に応じて平等になさるべきものである。そして、法は限定承認者が不当弁済をしたときは、限定承認者に対し賠償責任までも負わせて右の平等弁済の確保を図つている。従つて、相続債権者はその受け得る配当額の限度を超えては取立命令により債権の取立権限を取得し、或は転付命令により債権の転付を受けることができないものであるから、移付命令を申請するに際しその配当額を証明することを要し、もしその証明なくして移付命令が発せられた場合には当該移付命令はなんらの効力をも有しないものと解すべきである。仮にしからずとするも、当該債権者の受け得る配当額の範囲内においてのみ効力があると解すべきであるから、債権者はその支払を求めるに当つて配当額を証明することを要するものである。しかるところ原告は相続財産から受け得る配当額を証明して前記転付命令を得たとの主張をしていないし、又本訴においても右配当額の証明をしていないから原告の本訴請求は理由がないと述べた。

補助参加人訴訟代理人は答弁として、原告主張の請求の原因たる事実を全部認め、篠瀬博史の相続人である補助参加人は名古屋家庭裁判所に対し右相続につき限定承認の申述をなし、右申述は昭和三十二年九月二十六日受理された。しかして、限定相続がなされたときは破産の場合と同様、一般の相続債権者は相続財産からその債権額に応じて平等に弁済を受け得るにすぎないから、その配当額が確定するまでは相続財産に対して強制執行をすることはできない。補助参加人の相続財産は複雑でいまだ原告に対する配当額は確定していないから原告主張の債権差押及び転付命令は無効であると述べた。

証拠として≪省略≫

理由

原告主張の請求の原因たる事実は全部当事者間に争がない。

そこで、被告及び補加参加人の主張について判断する。補助参加人が昭和三十二年三月二十五日死亡した訴外篠瀬博史の相続につき、同年六月二十日名古屋家庭裁判所に対し限定承認の申述をなし、右申述が同年九月二十六日受理されたこと及び補助参加人が被告に対して有する普通預金債権が右相続財産に属することは当事者間に争がなく、又原告主張の債務名義の基本たる債権が右相続財産に属することについては原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。しかしながら、相続人が限定承認をした場合の相続債権者及び受遺者に対する弁済手続については破産法第十六条、第七十条の如き規定が存しないから、相続債権者が執行力ある債務名義にもとづき相続財産に属する債権に対する強制執行として差押及び転付命令を申請した場合においても、これにつき差押及び転付命令が発せられ、該命令が第三債務者に送達された以上は転付の目的たる債権が存する限り該債権は相続債権者に移転し当該手続は完結するものであつて、この場合相続債権者の相続財産から受け得る配当額が未確定であつても、又右配当額を超えて差押及び転付命令が発せられても当該差押及び転付命令の効力にはなんらの影響がない。執行債務者(限定承認者)はただ相続債権者が相続財産から受け得る配当額の限度を超えて執行をなした場合に不法行為又は不当利得等の方法を以つて救済の途があるにすぎない。従つて、被告及び補助参加人の主張はいずれも採用することができない。

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十四条を適用し、なお、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井熙一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例