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名古屋高等裁判所 平成元年(ラ)74号 決定 1989年11月21日

抗告人 山根明夫

主文

原審判を取り消す。

別紙(一)記載の死因贈与の執行者として、上田智江(本籍・愛知県東海市○○町○○××番地、昭和6年9月25日生)を選任する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙(二)の「即時抗告の申立」と題する書面及び抗告理由書記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

抗告人の本件遺言執行者選任の申立が、その実質において、民法554条、1010条に基づき、死因贈与に係る執行者の選任を求めるものであることは、記録により明らかである。

そこで、死因贈与につき右民法1010条の規定の準用が認められるか否かについて検討するに、確かに、一般的には、当該執行者選任を申し立てた者が、右規定の準用により選任された執行者と通謀して不当な利益の確保を図り、ひいては、他の相続人と第三者との取引の安全を害する等の事態を招くおそれが全くないとはいい難い。しかしながら、このような執行者選任による弊害は、本来の遺贈の場合においても、その制度上ある程度避け難いところというべく、右のような弊害の存在のみをもって、直ちに死因贈与につき民法1010条の準用を否定すべき根拠とすることは、相当ではないといわなければならない。むしろ、民法554条が、その文言上死因贈与につき遺言の規定を包括的に準用する体裁を採っていることなどを勘案すれば、当該執行者選任の申立につき、これを必要とすべき事情が全く認められず、不法な目的による申立であることがうかがわれる等、いわば右申立権の濫用と目される場合は格別、そうでない限り、原則として、死因贈与においても、民法1010条に基づく執行者の選任は許されるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、記録によれば、別紙(一)記載の死因贈与契約(以下「本件契約」という。)に係)る土地(以下「本件土地」という。)は、抗告人が昭和31年以来、本件契約の贈与者である山根弘全(以下「弘全」という。)と同居し、その住居兼教会寺院として継続的に使用してきた建物の敷地であること、抗告人は、昭和40年5月18日、弘全との間で、公正証書により、本件契約を締結したものであること、抗告人は、最近になって、その主宰する教会寺院の宗教法人化を企図し、これに伴い、本件契約に基づき本件土地のうち弘全の持分につき移転登記手続を了したいと考えるに至ったこと、弘全は、昭和50年8月30日死亡し、その相続人は、いずれも弘全の子の抗告人(二男)、室木啓子(長女。ただし昭和61年4月8日死亡)、山根義文(四男)、山根孝正(六男)、佐伯典子(二女)及び山根峰一(七男)であるところ、右相続人のうち、山根峰一は昭和43年2月ごろ失踪し、現在も行方不明であり、他の相続人の中にも、抗告人と不和の状態が続き、本件不動産に関する登記手続につき、任意の協力が得られにくい者もある等、必ずしも、右手続を簡易・迅速に行うことが容易とはいえない事情が存すること、以上の事実が認められる。

右の事実にかんがみると、少なくとも、抗告人の本件申立が、前示のような意味で申立権の濫用に当たる場合であるとは、いうことができない。したがって、本件執行者選任の申立は、許されてしかるべきものといわなければならない。

しかして、抗告人が右執行者として選任を希望する上田智江については、記録によるも、特段、その選任を違法ないし不適当とすべき事由を見いだし難いから、本件契約に係る執行者としては、右上田智江を選任するのが相当である。

三  よって、家事審判規則19条2項により、右と結論を異にする原審判を取り消した上、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 浅香恒久 裁判官 窪田季夫 畑中英明)

別紙(一)

契約締結日 昭和40年5月18日

契約当事者 贈与者 山根弘全

受贈者 抗告人

目的物 名古屋市○区○町×丁目××番

宅地 206.61平方メートル

同所××番

宅地 178.51平方メートル

の各持分19分の15

契約方法 名古屋法務局所属公証人○○作成の公正証書(第77028号)による。

別紙(二)

即時抗告の申立

平成元年4月27日

名古屋高等裁判所 御中

抗告人 山根明夫

審判事件の表示 平成元年(家)第713号

遺言執行者選任申立事件

申立人 住所 名古屋市○区○町×丁目××番地

抗告人 山根明夫

記事件につき名古屋家庭裁判所が平成元年4月13日にした「申立を却下する」との審判に対し即時抗告をします。

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を名古屋家庭裁判所に差戻すとの裁判を求めます。

抗告の理由

追って提出する。

抗告理由書

申立人 山根明夫

御庁平成元年(ラ)第74号抗告申立事件につき下記のとおり抗告理由書を提出致します。

1. 遺言執行者の規定は、受遺者の利益保護に関するものであり、死因贈与に不準用ならば死亡者の相続人の不協力の際は相続人全員をもって訴の提起せねばならず、訴訟経済に反するものと言わざるをえない。

2. 民法1010条の準用のない期限付贈与契約と死因贈与契約との区別が具体的事案において不明確であり、内容類似のため同様に解するのであれば民法554条の法意に反するものと思慮する。

3. 昭和37年7月3日最高裁家二第119号家裁局長回答によれば民法1010条の準用を肯定し、民法1006条につき準用を肯定する法務省の見解(昭和41年6月14日民事(一)発第2775号局長回答)からして執行者の指定ができて選任の規定のみ不準用では制度上のつりあいがとれないものと思慮せざるおえない。

4. 判決理由中に契約と単独行為との相違を表示しているが、注釈民法第554条の総説P38(エ)では遺言の執行に関する親定は原則として準用有との見解や、最高裁昭和47年5月25日第一小法廷判決の民法1022条の準用有との見解からすれば、此のことをもって民法1010条が不準用とするのは民法554条の法意を狭義に解釈しすぎているものと思慮する。

5. 以上のことから遺言執行者の選任の申立を却下した審判は不当である。よって抗告の趣旨のとおりの裁判を求める次第であります。

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