名古屋高等裁判所 平成10年(ネ)444号 判決 1998年12月28日
滋賀県大津市<以下省略>
控訴人
X
右訴訟代理人弁護士
松川正紀
同
進藤裕史
同
今村憲治
名古屋市<以下省略>
被控訴人
岡地株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
山岸憲司
同
上野秀雄
同
今村哲
同
市川充
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は控訴人に対し、金一〇六一万五九四三円及びこれに対する平成八年一月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
三 この判決は、一項1に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取消す。
2 被控訴人は控訴人に対し、二一二九万一六三八円及びこれに対する平成八年一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
次のとおり訂正するほか、原判決の「事実及び理由」の「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
原判決三頁八行目の「ある」を「あって、東京商品取引所等の商品取引員である」と改める。
第三証拠関係
原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四当裁判所の判断
一 当事者間に争いのない事実
請求原因1の事実及び控訴人が平成四年一一月ころ被控訴人の従業員から先物取引の勧誘を受け、平成五年九月ころから原判決売買取引一覧表(1)ないし(3)のとおり、金、銀及びゴムの商品先物取引をしたことは、当事者間に争いがない。
二 本件取引の経過
右当事者間に争いのない事実と証拠(甲一ないし三、乙一、二、四の1、2、五の1ないし14、六、七、一二、一三の1ないし17、一四の1、2、一八の1の1、2、一八の2の1、2、一八の3の1、2、一八の4の1、2、一八の5の1、2、一八の6の1、2、一八の7の1、2、一八の8の1、2、一九の1、2、二一、原審証人B、原審における控訴人本人)を総合すれば、本件取引経過の概要として、次の事実が認められる。
1 控訴人は、昭和五三年三月a大学法学部を卒業後、b製靴株式会社に就職したものの、父母の看病などのため六か月ほどで退職した。その後平成二年ころから専門学校に、平成三年ころからc学院に勤務している。控訴人は、昭和六三年ころから、二、三千万円ほどの資金を株式の現物取引で運用していたが、本件取引以前には、商品取引の経験は皆無であり、商品取引に関する知識を特に持っていなかった。
2 平成四年七月ころ、被控訴人の従業員であるBは、飛び込みで控訴人の勤務先を訪問し、控訴人に対し、「商品取引に興味はないか。」と商品取引の勧誘をし、その後も電話で商品取引の勧誘をしたため、控訴人は勤務時間後に名古屋パルコの近くの喫茶店でB及び被控訴人の課長Cから商品取引の説明を受けることとなった。
右の喫茶店で、Cは、控訴人に対し、「綿糸が専門であるので綿糸の取引を始めないか。」と勧誘したほか、綿糸以外にも、金・銀があるとも勧誘した。C及びBは、日経新聞の切り抜きや相場のグラフを見せて「今こういう動きをしている。今が買い時だ。」などと取引を勧めた。その際、C及びBは、控訴人に対し、「先物取引においては、総取引金額に比較して少額の委託証拠金をもって取引するため、多額の利益になりますが、逆に預託した証拠金以上の多額の損失となる危険性がありますので、今回新たに先物取引を開始されるにあたっては、あなたの資金の余裕その他を十分に配慮したうえで取引を行うようにしてください。」との記載がある「商品先物取引委託のガイド」という二五頁ほどの冊子(乙六)を交付したが、その内容については具体的に説明しなかった。
3 控訴人が、B及びCの右勧誘に対してはっきりした態度をとらなかったため、さらにB及びCは、電話で商品取引の勧誘をしたほか、月に一、二度直接控訴人に面談し、「資金を三分割しておけば、絶対に損をすることはない。二回追証がかかっても持ちこたえるので大丈夫だ。三回も追証がかかることは絶対にない。」などと資金を三分割し、追証がかかる毎にいわゆるナンピン買いもしくはナンピン売りをすれば絶対に損をしない旨述べたり、「両建にしておいて相場の様子を見ながら決済していけば、先物取引のリスクを回避することができる。」とあたかも両建によって先物取引のリスクが回避できるかの如く述べたり、「金や銀は、国内だけの市場ではなく、為替の関係もあるので、穀物よりかなり安全だ。」などと述べたりして、商品取引の勧誘をした。
4 平成五年四月からは、Cが転勤となったため、被控訴人の課長であるDとBが、控訴人に対し商品取引の勧誘をした。
それでも控訴人は、商品取引を始めなかったが、平成五年六月ころ被控訴人の係長から「本当にやる気があるならやってください。」との取引を催促する電話を受け、Bからも「金が今史上最安値に来ている。」との説明を頻繁に聞いたことから、平成五年九月八日に被控訴人に三〇万円を渡し、東京金五枚の買いを行い、取引を開始することとなった。
なお、控訴人は、右取引に際し、被控訴人から受託契約準則及び危険開示告知書の交付を受け、「私は貴社に対し、・・・委託をするに際し、先物取引の危険性を了知した上で・・・売買取引を行うことを承諾した・・・」との記載のある約諾書(乙一)及び準備金による委託証拠金充当同意書(乙二)を署名のうえ被控訴人に交付した。また、控訴人は、そのころ、被控訴人の従業員からアンケートを受けているが、そのアンケートに対し、取引している商品について損益計算ができる、商品先物取引委託ガイドの内容や追証について理解しているなどと回答している(乙二一)。もっとも、当時控訴人は、前記のB及びCによる「資金を三分割しておけば、絶対に損をすることはない。二回追証がかかっても持ちこたえるので大丈夫だ。三回も追証がかかることは絶対にない。」、「両建にしておいて相場の様子を見ながら決済していけば、先物取引のリスクを回避することができる。」などといった説明によって、資金を三分割することの意味及び後記のとおり両建は仕切った場合と比較して委託手数料が余分にかかるだけのほとんど意味のない取引であることを十分に理解しないまま、資金を三分割したり、両建したりすることによって先物取引のリスクを回避しうるものと誤認し、先物取引の危険性について誤った認識を有していた。
それ以降、控訴人は、毎日Dから金の相場についての情報を聞いていたが、Dから利も乗っているので処分してみたらとの助言を受けたため、平成五年一〇月四日に金五枚を仕切り、一一万六三一八円の利益を得た。
5 その後もB及びDは、控訴人に対し金の取引の継続やその他の商品取引を勧めたが、控訴人は、その回答を留保していた。
ところが、控訴人は、平成五年一二月初旬ころから、Dから「Bは銀の相場を専門に継続して研究している。銀のプロだ。夏の銀の暴落もBだけが予想を当てている。そのBがそろそろ銀が高値に来ていると言っている。今度は銀を売りから始めましょう。」と強く勧誘を受けたため、平成五年一二月一六日、東京銀六〇枚の売りから取引を再開し、同月一七日に被控訴人に二〇〇万円を預託した。
もっとも、控訴人は、できれば取引をしたくないとの気持ちもあって、右取引に当たっては、Dが提示した金額よりわざと高い金額で指値をした。また、控訴人はDから「普通の人は三〇枚から六〇枚で取引を開始する。金の時もそうだったが、多く建てておけば、それだけ利益も大きかったはずだ。私を信頼して、今度は思い切って六〇枚建てましょう。」と言われたことから、枚数を六〇枚とした。
6 控訴人が銀の取引を開始してすぐに銀の値が上がり、追証がかかった。控訴人は、Dから「ここで売りを増やしておけば、値が下がるので、売り増ししましょう。今止めると、これまでに出した金が全部パーになる。」との助言を受け、平成五年内に一三〇枚まで売建玉を増やした。
平成六年二月には、控訴人は、Dから「また、追証がかかっている。今度は両建にして様子を見ましょう。」と言われ、両建玉も建てた。
その後も控訴人は、全てDの助言に従い、銀の取引を続け、被控訴人への入金をしていた。
7 平成六年五月二〇日ころ、控訴人は、Dから「銀の値動きが止まっているので、銀の取引は、両建にして様子を見て、その間にゴムの取引をして、銀の損を挽回しましょう。被控訴人もゴムにつぎ込んでいる。損をするような取引に被控訴人が金をつぎ込むようなことは決してないから安心してください。」などとゴムの取引の勧誘を受け、同月二三日、東京ゴム三〇枚の売りから取引を開始した。
控訴人がゴムの取引を始めてから、Dは、控訴人の事前の明確な承諾なしにゴムの取引をすることが多く、例えば、控訴人が海外旅行中であった平成六年八月五日から八日までの間にも、日ばかりの取引(新規に建玉し、同一日内で手仕舞いを行っている取引)、買い直しの取引(買い玉を仕切って即日買いを建てる取引)などをしている。
平成六年五月二三日から同年一一月二七日までに六四回のゴムの取引がなされているが、両建玉、短期間での不抜けの取引(売買取引によって利益が発生したが、手数料に食われて差し引きは損となる取引)、日ばかりの取引など被控訴人の手数料稼ぎとみられる取引が多数みられる。
8 もっとも、控訴人は、Dから「管理の手前、毎日少しずつでも動かさなければならない。」などと説明を受けていたほか、どのような状態で建玉が建っているのか分からなくなったこともあって、被控訴人から送付される売買報告書や残高照合通知書に対し、格別苦情を述べたことはない。控訴人は、平成五年一二月二九日から平成六年八月三一日までの間の残高照会に対し、八回にわたり、回答書(乙一八の1の1、2、一八の2の1、2、一八の3の1、2、一八の4の1、2、一八の5の1、2、一八の6の1、2、一八の7の1、2、一八の8の1、2)を返送しているが、平成五年一二月二九日、平成六年一月三一日及び同年二月二八日の残高照会回答については通知書のとおり間違いないの箇所に○印が付けられており、同年三月三一日以降の残高照会回答については何らの記載もないものであった。控訴人は、そのころ、被控訴人に対し、個別的な取引内容や損益状況につき、説明を求めたことはなかった。
9 平成六年一一月中旬ころ、Dから控訴人に「証拠金がなくなったので、追証を用意してほしい。」との申し入れがあったが、控訴人は右申し入れに応じられない旨回答したことから、同月一七日ですべての取引が決済されることとなった。結局、控訴人の平成五年九月ころからの商品先物取引は、原判決別紙売買取引一覧表(1)ないし(3)のとおりである。
なお、原審証人Dは、「控訴人は、Dとの相場対応の相談に基づき自らの判断で銀及びゴムの取引をしている。銀の取引について両建玉をしたのは、限月まで時間があることから手仕舞をせずに両建にしてその後の相場展開に応じて利の乗った方を手仕舞するという方針を取ったからで、控訴人の判断によるものである。ゴムの両建玉などの取引も、ゴム相場は値動きが早いことから、基本的に利食いを重ねる方針をとり、損の出ている建玉は決済を避けてそのまま持つこととし、上げ相場の時に売り建玉を残したまま、買い建玉による利食い対応をしたため生じたもので、控訴人の判断によるものである。本件取引中には、控訴人の海外旅行中、事前に承諾を得ずにDがなしたものはあるが、それはDが事前に控訴人と取り決めた具体的な基準、方針に基づきなされたものである。」旨供述し、乙二〇(Dの陳述書)にも同様の記載があるが、原判決別紙売買取引一覧表(3)の9、10、13、14、15、22、42、43、46、47、48の各取引は日ばかりの取引であって、仕事を有している控訴人が勤務先などからかかる取引を指示できるとは通常考えられないこと、控訴人の海外旅行中の取引は原判決別紙売買取引一覧表(3)の10-2、11ないし15の各取引であるが、非常に短期間で売買を繰り返しているばかりか、八月八日には買建玉一〇枚を一三一七円(ただし、約定値段であり、以下も、同様である。)で、一〇枚を一二五一円でそれぞれ仕切った後、一〇枚を一三五〇円で、二〇枚を一三一七円で、一〇枚を一三四三円でそれぞれ買建玉するなど極めて不合理な取引がなされており、Dが予め控訴人と取り決めた具体的な基準、方針に基づき、右各取引をなしたものとは到底認められないこと、金、銀、特にゴムの先物取引という特殊専門的な分野において、商品取引について素人である控訴人が自らの判断で両建、日ばかり、不抜けなどの取引内容を指示したとは考えにくいこと、反対趣旨の控訴人の原審における供述に照らせば、原審証人Dの右供述及び乙二〇(Dの陳述書)の記載はにわかに信用できない。
三 被控訴人の従業員の行為の違法性と有責性
1 証拠(甲四、五、乙六、七)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 商品先物取引はきわめて投機性の高い取引で、その特殊性、危険性に鑑み、委託者に不測の損害を与えないため、商品取引所法の各規定、商品取引所の指示事項、受託契約準則などの諸規定が設けられている。
(二) 商品取引所法九四条は、商品取引員に、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して勧誘することを禁止している。
(三) 全国の商品取引所が、商品取引員に対して指示したのが「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」(甲四。以下「取引所指示事項」という。)であり、取引所指示事項1(3)は「商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘」を不適正な勧誘行為とし、同2は(1)で「委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な取引を勧めること」を、(2)で「委託者の手仕舞指示を即時に履行せず新たな取引(不適切な両建を含む。)を勧めるなど、委託者の意思に反する取引を勧めること」をそれぞれ不適正な取引行為とし、右勧誘及び取引行為を禁止している。
(四) 財団法人全国商品取引所連合会が昭和六〇年九月に作成した受託業務指導基準(甲五)では、①勧誘に当たって、投機性等の説明の欠如を禁止するほか、②売買に当たって、無意味な反覆売買(ころがし)、過当な売買取引の要求、不当な増建玉、両建玉(同時両建、因果玉の放置、常時両建)を禁止している。
2 右認定のとおり、商品取引について一般投資者に不測の損害を与えないように諸種の規定が設けられているのであるから、商品取引員またはその従業員が、商品先物取引に関する知識、経験に乏しい一般投資者を取引相手とした場合に、商品取引員またはその従業員がこれらの規定に違反し、それが社会通念上許容される限度を超えるに至ったときには、当該取引は、商品取引員またはその従業員の違法行為となり、不法行為を構成するというべきである。
そこで、かかる観点から、前記二で認定した事実を前提として、本件取引の勧誘の方法、本件取引の態様などについて検討する。
3 本件取引の勧誘の方法について
(一) 先物取引の危険性についての告知の有無
前記二で認定のとおり、B、C及びDは、控訴人に対し、受託契約準則、危険開示告知書、商品先物取引委託のガイドを交付するなどしており、控訴人もアンケートに対し、取引している商品について損益計算ができる、商品先物取引委託ガイドの内容や追証について理解しているなどと回答しているのであるから、B、C及びDは、控訴人に対し、先物取引の危険性の告知を、抽象的には、一般の人がそれを理解できる程度に行っているものと認められる。
しかし、前記二で認定の事実からすれば、B、C及びDが「資金を三分割していれば、絶対に損することはない。二回追証がかかっても持ちこたえるので大丈夫だ。三回も追証がかかることは絶対にない。」とか、「両建にしておいて相場の様子を見ながら決済していけば、先物のリスクを回避することができる。」などと説明したのは、控訴人に、資金を三分割することの意味及び両建は仕切った場合と比較して委託手数料が余分にかかるだけのほとんど意味のない取引であることを十分に理解させないままに、資金を三分割したり、両建したりすることによって先物取引のリスクを回避しうるものと誤認させ、先物取引の危険性についての認識を誤らしめたものと認められる。したがって、B、C及びDの右各説明は、取引所指示事項で禁止されている「商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘行為」及び受託業務指導基準で禁止されている「勧誘に当たって、投機性等の説明の欠如」にそれぞれ該当するというべきである。
(二) 断定的判断の提供の有無
前記二で認定の事実からすれば、B、C及びDが金、銀、ゴムの相場の見通しについての説明をしたことは認められるものの、「絶対に儲かる。」などと利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断の提供があったことを認めるに足る証拠はない(右の点に関する控訴人の原審供述は他に的確な証拠はなく信用できない)。
4 本件取引の態様(両建玉など)について
(一) 東京銀の取引において、原判決別紙売買取引一覧表(2)の3ないし5と、6、7の取引が、売り六五枚、買い六五枚で両建玉、同表8と9の取引が、売り三〇枚、買い三〇枚で両建玉の関係にあり、同表の13の取引で売り三〇枚を建てた翌日に、14で買い三〇枚を建て、両建玉となっている。同表21ないし26の買い合計一二〇枚と、27、28及び30の売り計一二〇枚が両建玉になっている。
東京ゴムの取引においては、原判決別紙売買取引一覧表(3)の1ないし3の売り計八〇枚と同表の4、5の買い計八〇枚が両建玉となっており、同様24の売り一〇枚と25の買い一〇枚がわずか四日の間に両建玉になっている。同表34の買い一〇枚と、35の売り一〇枚は同日に両建玉になっている。
ところで、両建玉は、対応する売り買い双方に証拠金を必要とするうえ、手数料も倍額必要となる。両建したときに、仕切った場合と同額の差損差益が実質的に確定しているから、委託手数料が余分にかかるほかは仕切った場合と変わらないにもかかわらず、一般的に委託者の損益に関する認識を誤らせるおそれがある。そこで、前記のとおり取引所指示事項で「委託者の手仕舞指示を即時に履行せず新たな取引(不適切な両建を含む。)を勧めるなど、委託者の意思に反する取引を勧めること」が禁じられ、受託業務指導基準でも、両建玉(同時両建、因果玉の放置、常時両建)が禁止されている。
それにもかかわらず、B及びDは両建を勧め、控訴人に右各取引を行わせた。
(二) 東京ゴムの取引においては、原判決別紙売買取引一覧表(3)の13ないし15の取引では、平成六年八月八日の前場一節で買い二〇枚を一三一七円で建てた直後の前場二節でうち一〇枚を一三四三円で仕切り、同場節で買い一〇枚を一三四三円で建て、さらに翌九日の前場一節で買い二〇枚を一三八九円で仕切って同場節で買い三〇枚を一三八九円で建てるなど、仕切った直後に同じ金額で新規の取引をしている。
ところで、売り玉を仕切って即日また売りを建てる「売り直し」及び買い玉を仕切って即日買いを建てる「買い直し」は、通常、手数料の負担が増えるだけの、委託者にとって無益な取引である。
また、同表9ないし15、18、19、22、23、29、33ないし37、40ないし43、46ないし48、51の各取引は、いずれも長くて四日間、短いものは同日中に建玉を仕切っている。
そして、右取引中には、不抜け、すなわち、売買取引によって利益が発生したが、手数料に食われて差し引きは損となる取引が含まれている。不抜けの取引は、委託者にとって手数料の幅を抜けない限り利益はないのであるから、その時点で仕切ることがやむを得ない場合に限られるべきものであるが、右のような短期間に仕切らなければならない事情は見あたらない。
右の「売り直し」、「買い直し」、「不抜け」の取引などは、前記取引所指示事項の「委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な取引を勧めること」及び受託業務指導基準の「無意味な反覆売買(ころがし)」にそれぞれ該当するというべきである。
それにもかかわらず、Dは、控訴人に右各取引を行わせた。
(三) 控訴人が銀の取引によって被った損金は合計八六〇万九九八六円で、その手数料は合計七七三万二二〇〇円であるので、控訴人が銀の取引により被った損金に対する手数料の割合は、約八九・八パーセントである。
控訴人がゴムの取引により被った損金は合計一二八五万七七二二円で、その手数料は合計四七七万九六四〇円であるので、控訴人がゴムの取引により被った損金に対する手数料の割合は、約三七・二パーセントである。
本件では、四三六日の全取引期間中に、九九回もの取引がなされている。
5 以上によれば、本件取引は、取引所指示事項のうち、「商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘」、「委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な取引を勧めること」、「委託者の手仕舞指示を即時に履行せず新たな取引(不適切な両建を含む。)を勧めるなど、委託者の意思に反する取引を勧めること」に該当する上、受託業務指導基準のうち、「投機性等の説明の欠如」、「無意味な反覆売買(ころがし)」及び「両建玉(同時両建、因果玉の放置、常時両建)」の禁止の規定にも当たるものであるということができるが、それのみにとどまらず、全体として、委託者である控訴人の商品先物取引についての知識・経験が十分でないのに、控訴人の利益を顧慮せず、被控訴人会社の利益を図る方向で、被控訴人の従業員によって誘導されたものとも推認される。
そうとすれば、右B、C及びDらの各行為は、社会通念上許容される限度を越えるに至ったものというべきで、本件取引は、全体として違法で不法行為を構成し、その使用者である被控訴人は、民法七一五条に基づく責任を有すると認められる。
なお、被控訴人は、「控訴人は、値洗損が発生し追証発生の状態になった平成七年六月以降、損切清算ではなく、相場好転を期待しての建玉維持を選択した。そして、証拠金に余裕がなかったことから、追証回避を意図した利食い売買の反覆による少額利益の蓄積を図る対応策を取った。このため、利食い利益金は取引口座に留保しつつ次の新規利食い売買を仕掛ける相場対応となり、控訴人から利益金出金の要請もなされなかった。」とも主張するが、前記二及び三4(二)で説示したところからすれば、値洗損が発生している建玉が放置されたまま、利益の発生している建玉が処分され、その利益金がすぐに証拠金に振り替えられて新規建玉がなされるという本件の取引態様では、新規建玉によって追証を回避した前の建玉の状態に戻るだけであって、結果として追証回避となるものではなく、控訴人の手数料負担が増えるのみであることが認められるので、被控訴人の右主張は採用できない。
四 控訴人の被った損害など
1 原判決別紙売買取引一覧表(1)ないし(3)の取引による控訴人の売買差損は、八三九万三〇〇〇円であり、また、控訴人が被控訴人に支払った手数料が、一二五六万三八四〇円、取引所税及び消費税が、合計三九万四五五〇円であることは当事者間に争いがないから、控訴人は、被控訴人の従業員の不法行為により二一三五万一三九〇円の損害を被ったと認むべきである。
2 そこで、本件取引の開始及び損害の拡大について、控訴人に過失があるか否かを検討する。
①控訴人は、大学法学部教育を受け、勤務経験のみならず、二、三千万円ほどの株式現物取引の経験を有していたこと、②もともと、一般投資者が、商品先物取引に関わる利益やリスクについての商品取引員ないしその使用人が提供する情報や判断に依拠して、商品先物取引を行おうとする場合においても、投資者自らが、取引に関わる利益やリスクについて判断し、その責任において取引を委託するか否かを決すべきものであるところ、控訴人は、資金を三分割したり、両建したりすることによって先物取引のリスクを回避しうるものと安易に考えて、本件取引を開始したこと、③控訴人は、取引途中においてどのような状態で建玉が建っているのか分からなくなったにもかかわらず、個別的な取引内容や損益状況について説明を求めず、被控訴人から送付される売買報告書や残高照合通知書に対し格別苦情も述べずに、取引を継続していたことなどを考慮すると、控訴人には、軽率で思慮を欠く点があり、過失が存すると認められる。
しかしながら、①本件取引は、被控訴人の従業員によって誘導されたものであると認められること、②控訴人が資金を三分割したり、両建したりすることによって先物取引のリスクを回避しうるものと誤った考えを持ったのは、被控訴人の従業員が誤解を招く説明を執拗に繰り返したことによるものであり、右の点については、控訴人に交付された「商品先物取引委託のガイド」(乙六)を熟読したとしても、直ちに自己の考えの誤りに気付いたといえるものでもないこと、③控訴人が、個別的な取引内容や損益状況につき説明を求めなかったのは、被控訴人の従業員から「管理の手前、毎日少しずつでも動かさなければならない。」などと説明を受けていたために、それ以上の説明を求めなかったものであり、商品取引の仕組みに疎かった控訴人にはやむを得ない面もあると認められることなどの事情も存するので、これらの事情に被控訴人の従業員による違法行為の態様をも併せ考慮し、控訴人の過失の程度などを総合勘案すると、本件においては五割の過失相殺をするのが相当であると認める。
3 そうすると、被控訴人が控訴人に対し支払うべき損害賠償金は一〇六七万五六九五円となるが、被控訴人が控訴人に対し五万九七五二円支払っている(弁論の全趣旨)ので、その金額は一〇六一万五九四三円となる。
五 したがって、控訴人の請求は、被控訴人に対し一〇六一万五九四三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年一月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、これを認容すべきである。
第五結論
よって、右と異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項本文、六四条本文、六一条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺本榮一 裁判官 矢澤敬幸 裁判官 内田計一)