名古屋高等裁判所 平成10年(ネ)766号 判決 2001年11月28日
主文
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記取消にかかる被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文同旨
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2当事者の主張
次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第二 事実関係」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の付加)
原判決4頁1行目の「本件ゲームソフトウェア」」の後に「もしくは「本件ゲームソフト」」を加える。
(当事者の当審主張)
1 控訴人の当審主張
(1) 本件請負契約の不成立について
① 控訴人と被控訴人間に請負契約が成立したとするためには,請負代金額が合意されているか,少なくとも請負代金額を特定しうる基準が合意されていなければならないが,本件においては,控訴人と被控訴人との間にこの合意はない。
すなわち,実行予算表(甲10)は,見積書としての性格を有するもので,製作費原価概算(甲11の4)は,被控訴人の求めに応じ,この見積もりのうちの外注費に関する部分を補充して説明するために作成されたものである。したがって,製作原価概算(甲11の4)の1320万円の金額は,請負代金額を記載したものではなく,控訴人と被控訴人との間で,1320万円の金額での合意はなされていない。
また,控訴人は,1072万円を上回る金額での合意があった旨主張するが,控訴人と被控訴人の間でその金額を具体的に特定すべき基準が合意されたとの主張がないので,主張自体失当である。外注部分に限っても,作画代金のほかに演出代金も美術代金も必要であるし,プロデューサー,演出助手,進行などの費用やある程度の利益も得なければならないから,アニメーターへの発注金額だけから,請負代金額を導き出せるものではない。
② コンピューターゲームソフトのキャラクターデザインなどの請負契約の締結と履行は,次のとおり行われる。
まず,最初に無償を原則とする企画の段階がある。企画にはゲームソフトの発注予定者と開発予定者,キャラクターデザインの請負予定者等が参加する。
ゲーム内容を次第に具体化し,具体化しつつあるゲームの内容にそったキャラクターのイメージを作る。したがって,企画とはいっても,実際にはキャラクターのデザインについて相当踏み込んだ検討が行われることが少なくない。そして,この企画段階の作業と全く連続的に請負契約の範囲に属するキャラクターデザインの具体的作業が行われる。
もちろん,その間に,企画の製品化決定や請負契約締結交渉及び請負契約の締結が行われるが,現場の作業は企画段階から終了まで,一連の作業として途切れることなく連続的に流れていく。どこからどこまでが企画段階であり,どこからが請負契約の履行といえるかは抽象的にはいうことができても,実際には画然とした境界があるわけではない。流れていくこの作業を中断し,あるいは打ち切る事情が生じない限り,作業は前へ前へと進行していく。キャラクターデザインの請負予定者との間で請負契約の条件交渉が進行中であることは,作業中断の事由とはならない。
したがって,請負契約が未締結のまま,「打ち入り」が行われたとしても異とするに足りないし,外部アニメーターに若干の原画作成を行わせたとしても何ら不合理ではない。
(2) 控訴人による引継等について
① 控訴人代表者Aが,イマジニアインタラクティブ株式会社(以下「イマジニアインタラクティブ」という)の経営権をめぐる紛争に関わったことはない。
イマジニアインタラクティブは,ゲーム業界の大手業者であるイマジニア株式会社(以下「イマジニア」という)と被控訴人代表者のBが出資して設立したゲームソフトの開発会社である。しかしイマジニアインタラクティブの開発担当スタッフは,そのほとんどが被控訴人代表者のBによって送り込まれた者であった。このうちには,BがAの承諾を得ないまま,控訴人のスタッフであると称して送り込んだ者もいる。一種のカモフラージュである。
このようにして,平成8年5月頃には,イマジニアインタラクティブの開発部門の幹部及びスタッフの大半が,Bの身内ともいえる人間によって占められる状態となった。当然のことながら,Bはイマジニアインタラクティブ内において大きな発言権を獲得した。具体的にどのようないきさつがあったのかは知らないが,イマジニアとイマジニアインタラクティブの幹部が,この事態に危機感を持つに至り,Bがイマジニアインタラクティブの「乗っ取り」を画策しているのではないかと疑うようになった。そして控訴人代表者のAもBの同調者ではないかとの疑いを受け,イマジニア及びイマジニアインタラクティブの幹部から事情聴取を受けたりしたが,この疑念は,AについてもBについても誤解であると説明し,紛争化を回避しようと努めた。Aがイマジニア側について動いた事実はないし,またBの悪口をふれ歩いた事実もない。
この紛争の実態は,イマジニアインタラクティブの出資者であるイマジニアとBの,その経営権をめぐる権力闘争である。結局,社員の人心の掌握に成功しかつ出資比率の高いイマジニアが勝利したということであって,Bの敗北の責任は,自らの送り込んだスタッフの支持さえ得られなかったB自身にある。Aは,本質的に権力闘争であるイマジニアとBの紛争に介入する立場にないし,介入もしていない。
② 控訴人による引継
Aは,各アニメーターに対して,被控訴人と直接交渉することにより作業を継続してほしいと真摯に要請し,各アニメーターの了解を得た。これにつきBは,大物アニメーターと直接取引することができ,有力な人脈を得ることになるのでそのときは喜んでいたのである。
上申書(乙2ないし乙4)の作成者である各アニメーターは,いずれも業界では一家をなす有名人である。彼らは内容虚偽の上申書に署名捺印するような人達ではないから,Aの要請により本件の仕事を継続することを承諾したという上申書(乙2ないし乙4)の記載内容は,控訴人の主張を裏付けるものである。
被控訴人の主張によれば,「BはアニメーターのCに引き合わされ,不本意な経緯があったにもかかわらず,翌日Aに連れられてアニメーターのDに会った。ここでも不本意なやりとりしかなかったのに,さらにAに連れられてアニメーターのEと会った。そして,ここでも納得できない経過だった。」というのである。これはあまりに不自然である。すなわち,もし被控訴人の主張のような引継をしたのであれば,BとAの間で口論位発生するのが普通であるのに,この間BがAに対して,引継の仕方について抗議した事実はないし,被控訴人の主張にもそのような記載はない。いずれにしても,3回も連続して同じような不当な引継が行われる前に,Bとしては妥当な引継が行われるよう対策を講じるのが当たり前である。それなのに何もせずにAについて歩いたというのは,およそ非現実的なものである。
また,次にAがBの悪口をいいふらして被控訴人の業務を妨害したいのであれば,Bを3回も各アニメーターのところに連れていく必要はない。あえてBの目の前で妨害的言動をするメリットはおよそ考えられない。
(3) 損害との因果関係がないことについて
① 被控訴人の製作体勢,進行状況等からして,被控訴人の本件ゲームソフトの製作作業は,行き詰まっており,事実上完成できない状況であった。
② 被控訴人と任天堂が取り交わした本件ゲームソフトの開発委託契約書(甲1)によれば,開発委託料は2億円で,これが任天堂より,被控訴人に対して,支払われることになっており,本件ゲームソフトの開発は,利益分が含まれるにしても,2億円近い費用のかかる作業であることが前提となっていた。そして,平成8年6月10日に開発委託契約(甲1)を締結し,平成9年3月31日までという短期間内に,製作を完了させる旨を合意したのである。ゲームソフトの開発は,知識集約的作業であるから,開発費の過半は,人件費である。すなわち,10カ月弱の期間内に,ゲームソフトを完成させるとすれば,相当の人員を集中的に注ぎ込むことが必要であり,そのような体勢を整えて,製作作業を行うものとして,2億円という多額の開発委託料が合意されていた。
このようにみてくると,ゲームソフトの開発には,規模にもよるが,CGデザイナーは10人から40人位が必要であり,プログラマーも5人から20人位は必要であるという当審証人Fの証言は,合理的である。
しかして,本件ゲームソフトの製作にかかわったプログラマーは,事実上,Gのみであり,CGデザイナーは,FとHの2名にすぎない。まして当審証人Gの供述によれば,Fは,本件においては,グラフィッカーとしての仕事はしていないというのであるし,またFは,キャラクターデザインも技の作成もできないというのである。
一方,Gには,当初から目指していた頂点アニメーションの技術が未熟であった。
デバック要員に至っては,皆無であった。
このように,少数かつ弱体な製作体勢で,2億円もの開発費を要するはずのゲームソフトの製作ができるわけがない。
③ 本件ゲームソフトの製作作業の進行状況は次のとおりである。
本件ゲームソフトは,当初は,童話の世界を舞台とするものとして開発作業が進められていたが,しばらくして現代を舞台とするものに変更された。
現代を舞台とするものに方針変更した後も,はじめのうちは「ストリートファイター」風のものを作る予定であったのに,後に「鉄拳」風のものに変更された。
その変更の都度,ゲームの内容は,相当変わってくるから,それまでの作業のかなりの部分が無駄になっている。
平成8年11月に至って,当初から目指していた頂点アニメーションによるゲームソフトの開発が頓挫した。その原因は,プログラマーであるGの技術が,頂点アニメーションを使いこなす程に至っていなかったことにあった。
これによって,それまでの開発作業が,さらに無駄になった。
④ この頂点アニメーションの取り止め(ないし原則的取り止め)の時期は,重要である。
平成8年11月に,頂点アニメーションの取り止めという方針転換がなされたのであれば,それまでに作られたゲームソフトを大幅に変更しなければならない。そうすると,平成8年11月頃には,キャラクターデザインの点を除いて,開発作業は完了していたとする被控訴人の主張と,決定的に矛盾するからである。
この時期の問題について,当審証人Fは平成8年11月であるといい,当審証人Gは平成8年8月か9月頃という。客観的証拠としては被控訴人代表者のBがFとHにファクス送信した平成8年11月11日付の書簡(乙9)がある。その冒頭に「FAXありがとう。文章を読ませて頂きました。」と記載されている。この書き方からして,この書簡(乙9)は,FとHのファックス文書を読んだBが,時を措かずに出した返信であることがわかる。つまり,FとHのB宛てのファックス文書は,平成8年11月初旬頃,出されたものと考えられる。
この書簡(乙9)は続けて「文章の中から皆さんのイカリを感じました“又々ドンデン返しか!!”といやになっている事と思います。皆さんのやる気をそぐ様な事をしてすみません。どれだけあやまってもスム事ではないかもしれませんが・・・・。私としてはスキンアニメーションを100%あきらめたわけではありません。スキンアニメを要所要所に使い,アニメの世界を演出したいと考えています。オープニング,エンディング,リプレー,やられその他スピードを必要としない所で使って行きたいと考えております。」と記載されている。
この文面から,FとHがBに送信したファクス文書の内容が,スキンアニメーション(頂点アニメーション)の取り止めに対する,怒りを込めた抗議書だったことがわかる。つまり,FとHは,平成8年11月に,スキンアニメーション(頂点アニメーション)の取り止めに抗議し,Bが弁解と説得を試みている経緯が,明白に見てとれる。頂点アニメーションの取り止め時期が平成8年11月であるという当審証人Fの証言が,乙9と整合するのは明らかである。
結局,平成8年11月の時点では,本件ゲームソフトの開発は,まだ,これからの状態であったといわなければならない。
⑤ この書簡(乙9)からは,もっと直接的に,平成8年11月の時点では,本件ゲームソフトの開発がまだまだ未了であったことが読みとれる。
すなわち,この書簡(乙9)は「スキンアニメを要所要所に使い,・・・・オープニング,エンディング,リプレー,やられその他スピードを必要としない所で使って行きたいと考えております。」というのであるから,どこにスキンアニメーション(頂点アニメーション)を使うかは,この書簡(乙9)の書かれた平成8年11月の時点では,今後の検討事項として残されたままであった。
Gは,平成8年8月ないし9月,FやHとの折り合いが悪くなり,1人でaの事務所に移転している。そしてGは,aの事務所に移ってからは,FやHと連絡を取っておらず,FやHからの連絡もなかった。そしてGは,本件ゲームに関しては,Bとも連絡をとりあっていなかった。
明らかに,本件ゲームソフトの開発チーム(わずか3人のチーム)は,平成8年8月ないし9月頃以降は,その機能を停止していた。まともなゲームソフトの開発など,できようもなかった。
⑥ 任天堂と被控訴人間の,本件ゲームソフトの開発中止に関する合意を内容とする覚書(甲16)には,本件ゲームソフトの開発中止の理由が,明記されている。開発中止の理由は「市場の動向,需要等を勘案すると今後当該ゲームソフトの開発を継続しても商品化するのは困難であると判断するに至った」ことである。本件ゲームソフトの開発は,「期限(平成9年3月31日)までに完成せず,乙(被控訴人)は,その後も当該ゲームソフトの開発を継続してきたが,期限後1年以上経過し,・・・・」というのであるから,その間にキャラクターデザインをする時間的余裕は十分にあった。
そして,被控訴人と著名アニメーターのCとは,控訴人代表者のAの引き合わせをきっかけとして親しくなり,忘年会に招待しあうほどの関係になっていたうえに,Cに対して,NINTENDO64専用3D対戦格闘ゲーム企画(乙6)のような詳細な説明と要求を行い,Cからはキャラ案(乙7)やラフ画(乙8)の如き具体案の提示がなされるなど,実作業が行われていた。被控訴人側に十分な開発体勢があれば,本件ゲームソフトの開発は可能であった。
⑦ さらに,被控訴人が作成したというプログラムによっても,アクションルールや技の種類などが提示されておらず,これにキャラクターを当てはめただけでは,ゲームとしてプレーすることはできない。難易度調整や,3次元コンピューターグラフィック化,タッチの打ち合わせ,背景の作成もできていないから,完成されるためには相当の期間が必要で,平成9年3月完成というスケジュール自体当時既に破綻していたといえる。
⑧ 以上のように,本件ゲームソフトの開発が失敗したのは,被控訴人の開発体勢の不整備にその原因があるのであって,控訴人がキャラクターデザインから手を引いたこととは関係がない。
(4) いわゆる特別損害について
被控訴人の主張する損害は,特別な損害であって,控訴人は,このような特別の損害が発生する事情を知らなかったし,また知りうる事情下にあったわけでもないから,控訴人の行為と損害との間には相当因果関係がない。
キャラクターデザインは,ある特定の技術を要する者でなければできないというわけではない代替性の高い作業である。また,本件においては控訴人のメンバーがデザインの作業をすることが予定されておらず,外注が前提であった。しかも,その外注先に予定されていた高名なアニメーターであるCを被控訴人に紹介し,Cもこれに具体的に取り組んでいた。したがって,控訴人が手を引いても他の支障がない限り,作業は進展するのが普通である。被控訴人主張のような事態は全く想定外のことであり,予見不可能であった。
2 被控訴人の当審主張
(1) 本件請負契約の成立について
① 平成8年5月頃には,控訴人と被控訴人との役割分担が積極的に話し合われ,控訴人代表者Aと被控訴人代表者Bとの間において,キャラクター1体につき50万円という話がなされていたのであるから,この時点で請負契約は成立している。
② そうでないとしても,控訴人代表者Aと被控訴人代表者Bとの間において,遅くとも平成8年9月初旬頃までに,代金総額を1320万円とする請負契約が成立している。
すなわち,控訴人代表者Aは,被控訴人代表者Bに対し,当初実行予算表と題する書面(甲10)を見せて,製作原価1339万円に控訴人の30パーセント近い粗利益516万円を上乗せした1855万円という請負代金を提示したのであるが,被控訴人代表者Bが,「この不況の世の中において30パーセントも利益を生む仕事などあるはずがない。もっと分かりやすい予算表を提出してくれ。」と突っぱねた。そこで,控訴人は,平成8年9月6日頃,被控訴人に対し,「格闘野郎(仮題)製作費原価概算」と題する書面(甲11の4)をファックスで送付し,総額1320万円の請負代金を提示した。そして,かかる控訴人の申込みを被控訴人が承諾したため,ここに控訴人と被控訴人との間で最終的な請負契約が成立し,控訴人はこの金額に基づいて各アニメーターに具体的な作業の発注を行ったものである。
③ そうでないとしても,控訴人代表者Aと被控訴人代表者Bの間で,平成8年9月頃,少なくとも代金1072万円を上回る代金で控訴人が被控訴人からキャラクターデザインなどを請け負う旨の契約が成立している。
すなわち,控訴人は,作画担当の8名のアニメーターに対して請負金額各134万円で作画作業を発注している。これらのアニメーターは,アニメーション業界においてかなりの大物で,すでにいわゆる打ち入り(作業を行う前に行う会合)も行って正式な作業を開始していた。このように,控訴人と各アニメーターの間で下請契約が成立していたのであるから,元請人である控訴人と被控訴人との間で総額1072万円を上回る金額での請負契約が成立していたことは明らかである。
(2) 被控訴人の債務不履行の前後の状況について
① 控訴人代表者Aは,平成8年11月10日午前4時頃,被控訴人代表者Bを渋谷のデニーズに呼び出し,突然Bの左手を両手で握り泣き崩れた。そして,Aは,控訴人が資金繰りに苦しむ中,Bが金を貸してくれた恩を仇で返す結果となった事を詫びるとともにこの仕事をやめると言い出した。控訴人がこのように言い出したのは,控訴人が被控訴人との関係を断ち,イマジニアインタラクティブの仕事を乗っ取ろうとしたことにあった。
もともとイマジニアインタラクティブは,平成7年12月,ゲーム業界大手のイマジニアが3分の2,Bが3分の1を共同出資して設立した会社であった。同社はゲームソフトの開発を行っていたが,その開発人員は,Bが代表者を務める株式会社ベル(以下「ベル」という。)から出向させた6人であり,そのうち3人は正式にベルからイマジニアインタラクティブに移籍した。そして,イマジニアインタラクティブの外注先についても,ベルが今まで取り引きしていた外注先を紹介することとなり,それまでベルと取引のあった控訴人もイマジニアインタラクティブの外注先として紹介することとなった。
ところが,平成8年5月頃になると,イマジニアのIが,ベルから出向したJ,K,Lの3人に接触を開始し,平成8年10月頃には,控訴人代表者A,J,Kが結託し,Bをイマジニアインタラクティブから追い出し,イマジニアインタラクティブを我が物にしようと計画した。そのため,Bは,平成8年11月13日,イマジニアインタラクティブの代表者を降りるとともに,その出資持分についても全て引き上げることとなった。
Aは,平成8年10月頃から各アニメーターに対して「Bはもうすぐイマジニアインタラクティブから排除される。」「Bはイマジニアインタラクティブで使い込みをしている。」などという根も葉もない悪い噂を広めた上,同年11月10日になって,突然「イマジニアインタラクティブの仕事をしたい。」と言って「この仕事をやめた。」と発言した。かかる時期がまさにBがイマジニアインタラクティブから手を引いた同年11月13日の直前であることからも,AらがイマジニアインタラクティブからのB追放を企んでいたことは明らかである。
② Aは,従前アニメ業界においては最大手の東映動画株式会社(以下「東映動画」という。)の発注担当者の地位にあり,東映動画を退職して控訴人会社を設立してからも,東映動画の下請けをしていたアニメーターとの人間関係を生かして仕事を受注してきたのであり,現在でも大物アニメーターに対して気軽に仕事を頼める立場にある。これに対して,被控訴人は,アニメ業界とは何のコネクションもなくアニメ業界の用語さえ分からない状況にあり,そのためアニメ業界と強力なコネクションを有する控訴人に外注による本件ゲームソフトのキャラクターデザインとアニメーションの作業を依頼したのである。このように,被控訴人は,Aにコンピューターソフト業界とアニメ業界との仲介役を期待して仕事を発注したのである。
Bは,平成8年11月10日,突然Aから仕事を辞めたと通告されたのであるが,本件ゲームソフトの開発期限も迫っていることから,Aに対して各アニメーターへの引継を行うよう要求した。
同月12日,Bと被控訴人の社員であるGは,AとともにCの事務所を訪れたのであるが,Cは,Aに向かって「政治的な問題がいろいろあって,この話はなくなったという趣旨のことをお前言っていただろ。」と言う始末であった。BはこのCの話を聞き,Aがこの仕事をやめると言っていたのはこの時が初めてではないこと,Cの作業が従前から止まっていることに驚き,Cに対して「私としてはこの仕事を続けるつもりですので,引き続き先生にお願いしたい。」と告げるのが精一杯であり,具体的に今後の作業を依頼できるような状況ではなかった。
同月13日,Aは,Bをbの喫茶店においてDに引き合わせたが,今回の仕事をやめるに至った経緯について,イマジニアインタラクティブ,ベル,イマジニア,控訴人の関係などを図に書いて説明し,Bがイマジニアインタラクティブ側から疑われているなどという発言を繰り返した上,「私はイマジニアインタラクティブについていきます。だから私は降ります。ニューコムと直接やるんだったらやって下さい。」と言い放った。Bは,DとAの話から,AがDに「Bはもうすぐイマジニアインタラクティブから排除される。」などの根も葉もない悪い噂を流していた事実も判明したことから,Bとしては,これ以上D氏に弁明し仕事を再開すべくDと交渉を続けても全くの時間の無駄であると判断し,それ以上何も言わず帰宅することにした。
その後,AはBをEの所へ連れて行ったが,その状況はDの時と全く同様であり,とても今後の作業をEに頼めるような状況ではなかった。Bは,Aに対し,「以前からこの仕事をやめるという話をしていたのか。」と尋ねたところ,Aは「Dさんの前で言ったことが真実だから,それで判断してくれ。」と言って,従前から本件仕事をやめる旨を各アニメーターに告げていたことを認めた。Bとしても,このようなAの対応では,これ以上他のアニメーターの所を回っても全く無駄であると考え,それ以上Aに対して各アニメーターの所へ案内するよう要求もしなかった。
このように,AがBを連れてC,D,Eの所へ連れていった事実は存在するが,それは引継と呼べるようなものではなく,Aが本件請負契約を解除した理由,すなわちAがBを裏切ってイマジニアインタラクティブ側につくことを説明し,「私はイマジニアインタラクティブについていきます。だから私は降ります。ニューコムと直接やるんだったらやって下さい。」と言い放つだけであった。従前から人間関係のあったAから,Bとの関係悪化を理由に本件仕事から手を引いた旨聞かされて,各アニメーターがその関係悪化の張本人であるBと直接組んで仕事をしようと思うはずもなく,Aの主張する「引継」は無意味であるだけでなく,逆効果さえもつものであった。
③ 被控訴人代表者Bは,本件ゲームソフトの開発期限が迫る中,各アニメーターとの直接交渉の道も閉ざされてしまって途方に暮れるばかりであったが,平成8年12月になって,突然Cから忘年会に呼ばれた。Bとしては,Cが自分を忘年会に呼ぶ意図を図りかねる部分もあったが,著名なアニメーターの忘年会ということもあり出席した。
Bにとって忘年会の居心地は決してよいものではなかったが,たまたま二次会のカラオケでBとCが同室になり,カラオケ好きのBとCが意気投合した。その後,Bは,平成9年2月14日にCとCのクラブへ行くなどの親交を重ねて次第にCとの信頼関係も醸成されてゆき,同年3月の段階でようやくCにキャラクターデザインの仕事を依頼できるようになった。それまでBは,任天堂に対して本件ゲームソフトのキャラクターデザインができなくなったと報告することもできず,控訴人が抜けたことをどのように説明したらよいか思案に暮れていたが,ようやく任天堂にCがキャラクターデザインをやってくれると報告することができた。この時Bは,任天堂に対し,キャラクターデザインを一からやり直すためにゲームソフト全体の開発が遅れることも伝えたが,任天堂からは「なるべく早く作らないと流行の波に乗り遅れてしまう。遅くとも今年のクリスマス商戦には間に合わせて欲しい。」という注文を受けることとなった。本件ゲームソフトの発売を平成9年のクリスマス商戦に間に合わせるということは,ロムカセットを製造するのに2か月はかかることから,遅くとも平成9年10月までには本件ゲームソフトの開発を完了することが必要であった。
被控訴人代表者Bは,少しでも早くCにキャラクターデザインの仕事をやってもらうよう催促したいところではあったが,従前東映動画の発注者の地位にあり気安く仕事を頼めるAと異なり,そもそもアニメ業界の用語も常識も分からず信頼関係も未だ醸成中の段階にあるBにとって,著名で多忙なCに仕事を早く進めるよう何度も催促することなど到底不可能であった。結局,Cの作業は,平成9年3月において,ようやくキャラクターのラフ画を送付してもらうという段階までしか進行せず,これでは本件ゲームソフト全体の開発最終期限とされる平成9年10月までには到底間に合わない状況に陥った。
そこで,Bは,やむなく現在の状況をありのまま任天堂に報告したところ,任天堂から,格闘ゲームのキャラクターを格闘ゲームの老舗企業であるナムコやカプコンに貸してもらえないか頼んでみてはどうかという助言を受けた。被控訴人は,キャラクターにウエーブのような動きをつけるインバースキネマティックスという技術を持っていたが,この技術は当時ゲーム業界最大手のセガ・エンタープライゼスと被控訴人しか持っていないという最先端技術であった。任天堂も被控訴人がこの技術を使用して格闘ゲームを開発するよう強く期待しており,平成9年4月7日,任天堂のMが直接カプコンへ赴くという力の入れようであった。ところが,コンピューターソフトメーカーにとって,そもそも他社の格闘ゲームに自社のキャラクターを貸すということは極めて異例の事態であり,なかなかキャラクターを借りるという話は進行しなかった。
結局,平成9年6月,被控訴人と任天堂との間で会合を持ち,このまま本件ゲームソフトの開発を続けても発売は随分先にならざるを得ず,その頃には既に格闘ゲームブームは下り坂になっている危険性が高いという判断から(実際家庭用ゲーム機よりもブームが先行するゲームセンターでは格闘ゲームが下り坂になっていた),本件ゲームソフトの開発を断念し,新たに任天堂ブランドの新ゲーム開発を被控訴人が行うという結論を出さざるを得なかった。もちろん,被控訴人が新たなゲーム開発を行うといっても,今まで任天堂が被控訴人に対して支払った1億4000万円の返還は求めない代わりに,任天堂から新ゲーム開発のための費用は支払われず,新作が完成した場合にようやく6000万円が支払われるというものであった。すなわち,被控訴人は,控訴人が本件ゲームソフトのキャラクターデザインの仕事を途中で投げ出したために本件ゲームソフトを完成することができず,そのため本件ゲームソフトを完成すれば支払われたはずの6000万円の支払いを受けることができなかったばかりか,新作ゲームソフトの開発代金1億4000万円も支払いを受けることができなくなった。
(3) 控訴人の債務不履行と損害との因果関係について
① 本件ゲームソフトが平成8年11月の段階においてキャラクターデザイン以外の部分について完成していたことは,オブジェクトファイルと言われるプログラム作成の最終段階で作られるファイルをプリントアウトした甲14において,ファイル全てが平成8年11月5日の段階で完成していることからも明らかである。難易度調整の作業は,ゲームバランスをシュミレーションするためのソフトウェアが既に存在し,これにデータを入れれば作業は終了するから,これにはさほどの期間はかからない。3次元コンピューターグラフィック化の作業も,本件ゲームソフトのキャラクターがせいぜい8体であるから,モーション作成作業(キャラクターの動きをつける作業)も含めて,キャラクター完成から2ヶ月もあれば十分に終了する。タッチの絵柄は3Dのゲームソフトにおいては重要ではない。背景の作成については,任天堂の指示に基づいて既に完了していた。
したがって,控訴人がキャラクターデザインを完成させれば,平成9年3月までに本件ゲームソフトを完成することは十分に可能であった。
② 控訴人は,「被控訴人の開発体勢では,本件ゲームソフトの開発自体が不可能であった。」旨主張しているから,これについて反論する。
③ まず,プログラマーが不足していたとする控訴人の主張に反論すると,コンピューターゲームソフトの開発において最も重要な作業を行う者は,言うまでもなくプログラミングを行うプログラマーである。ゲームソフトの開発において,プログラマーの能力がそのゲームの完成度を決めることは当然のことであり,それこそ優秀なプログラマーさえいればプログラマーの数などというのは全く無意味である。本件ゲームソフトのメインプログラマーであるGは,全国高校生プログラミングコンテストにおいて通産大臣賞を取得した極めて優秀なプログラマーであり,被控訴人代表者Bもその能力に惚れ込んで被控訴人の設立に際して取締役の一員として迎えたほどである。このように優秀なプログラマーであるGが1人いれば本件ゲームソフトのプログラミング作業が完了することは十二分に可能だったのであり,実際に本件ゲームソフトのキャラクターデザイン以外の部分が完成していた。
もちろん,プログラミング作業以外にもゲームソフト開発には様々な作業が必要になることから,いかに優秀なプログラマーといえどもGだけで全ての作業を行うことはできない。そのため,被控訴人は,キャラクターデザインの作業を控訴人やアニメーターに依頼するとともに,仕上げ作業について被控訴人の関連会社であるバーテックスやエンカウントを下請けとして使う予定だったのであり,これらの会社には40人ぐらいの人手があった(甲21)。本件ゲームソフトの開発が佳境に入った平成8年11月に,控訴人が突然キャラクターデザインの仕事を投げ出したため,被控訴人は本件ゲームソフトの開発を断念せざるを得なくなったのであり,まさに控訴人の分だけ被控訴人の開発体勢に大きな穴が開いたということができよう。
次に,書簡(乙9)を根拠に「平成8年11月の時点でスキンアニメーション(頂点アニメーション)の取りやめという方向転換がなされたのであるから,同時点では本件ゲームソフトの開発はまだこれからの状態であった。」との控訴人の主張について反論する。
本件ゲームソフトは,当初スキンアニメーションを使う予定であったが,最終的にスキンアニメーションとオブジェクトアニメーション(ボーンアニメーション)を併用することとなった。しかしながら,上記変更が決まったのは平成8年9月頃であり,かかる時期は各アニメーターが本格的作業を始めることを意味する「打ち入り」が行われた時期であるから(甲12),変更時期としても適切なものであった。また,本件ゲームソフトのうりとなる部分(オープニング,エンディングなど)はスキンアニメーションを使うことに変わりはないし,またスキンアニメーションにしてもオブジェクトアニメーションにしても基本になるデータは一緒であり,当初から両方を想定してプログラム作業を行って最終的にスキンアニメーションとオブジェクトアニメーションを併用することに決定したに過ぎないのであって,このような変更は方針転換というほど大きく捉えられるようなものではない。
この点,控訴人は,被控訴人代表者BがFらに対する書簡(乙9)において,「又々ドンデン返しか!!」という表現を使用していることなどを捉えて,スキンアニメーションからオブジェクトアニメーションへの変更が本件ゲームソフトにおいて大きな意味を持つかのように主張している。かかる主張が妥当であるかを検討するに当たっては,書簡(乙9)の相手方であるFらが本件ゲームソフトの開発において実質的な役割を全く果たしていないことを最初に想起しなければならない。当審証人Fも認めるとおり,平成8年9月頃本件ゲームソフトのプログラマーであるGは,主要な開発器材とともに,FやHと一緒に作業をしていた作業所から突然姿を消した。当初Gは,新入社員であるFやHに様々な課題を与えて同人らを教育していたのであるが,同人らの能力はゲーム好きの素人の領域を出るものではなく,コンピューターゲームソフトの作成にプロとして携わる能力など到底有していなかった。当然のことながら,Gは本件ゲームソフトのメインプログラマーであるから,Fらの教育以外にプログラミングの仕事を行わなければならないのであって,半年ほどたっても全く成長の見られないFらの教育にいつまでも携わっている訳にもいかず,結局本件ゲームソフトのプログラム作業に専念するために,Fらを残してaの作業所に移ることになった。このように作業所に取り残される形となったFやHは,結局本件ゲームソフトの開発から外されたのは言うまでもないのであって,同人らがスキンアニメーション云々を述べること自体,自分の置かれた立場を全く理解していなかったとしか言いようがない。いずれにしても書簡(乙9)は,本件ゲームソフトの開発から外されていたFらから来たファクス文書に対して,被控訴人代表者Bが新入社員のFらの立場に配慮して書いた書簡である。新入社員でゲームソフトの開発について全く知識のないFらにとってはドンデン返しと捉え得る変更であったとしても,ゲームソフトの開発についてプロである控訴人代表者やGにとっては開発途中における通常の変更に過ぎないのであって,書簡(乙9)や当審証人Fの証言を根拠に本件ゲームソフトの開発状況を推し量ることなど到底不可能である。
このように,本件ゲームソフトがスキンアニメーションからスキンアニメーションとオブジェクトアニメーションの併用へと変更になったとしても,かかる変更は本件ゲームソフトが平成9年3月に完成することが可能であった点には何の影響も与えないのであって,かかる点に関する控訴人の主張は,「ドンデン返し」という言葉じりのみを捉えて実体を省みないものである。
④ さらに,「被控訴人と任天堂との覚書(甲16)の中に,「市場の動向,需要等を勘案すると今後当該ゲームソフトの開発を継続しても商品化するのは困難であると判断するに至った」「期限までに完成せず,乙は,その後も当該ゲームソフトの開発を継続してきたが,期限後1年以上経過し」と記載があることを根拠として,被控訴人側に十分な開発体勢があれば,本件ゲームソフトの開発は可能であった。」との控訴人の主張につき反論する。
被控訴人と任天堂との間で1年以上交渉した結果,ようやく被控訴人が本件ゲームソフトに代わる2本の新たなゲームソフトの開発を行うことで覚書(甲16)のとおり合意した。本件ゲームソフトが市場の動向,需要に見合わなくなったのは,控訴人が勝手に本件ゲームソフトのキャラクターデザインを投げ出したために,本件ゲームソフトの開発が平成9年3月に間に合わなくなったためである。
被控訴人が平成9年3月までにキャラクターデザイン以外の本件ゲームソフトの開発を終えていた根拠として最も重視されるべき点は,現在でも被控訴人と任天堂との取引が継続していることである。任天堂はコンピューターゲーム業界において冠たる地位を占めていることは公知の事実であり,任天堂との取引を行うことができること自体が被控訴人のソフト開発のレベルの高さを物語るが,そのような任天堂が被控訴人の本件ゲームソフトの開発のために,他のソフトメーカーにキャラクターを貸してくれないかどうか交渉してくれたのである。結局,被控訴人は,任天堂に対して,本件ゲームソフトの開発を中断せざるを得ないという失態を犯すことになったのであるが,現在でも被控訴人が任天堂との取引を継続するどころか,任天堂の最新鋭機であるゲームキューブのソフト開発に携わっているのである。かかる任天堂と被控訴人との関係を考えれば,被控訴人の本件ゲームソフトの開発体勢は十分であり,控訴人がキャラクターデザインを期限どおり仕上げていれば本件ゲームソフトを平成9年3月に完成させることは可能だったのである。
(4) 損害の性質について
被控訴人の主張する損害は通常損害であるが,仮に特別損害であるとしても,控訴人は「特別の損害が発生する事情」を予見していたか,予見することが可能であった。
控訴人代表者Aは,被控訴人代表者Bが本件請負契約当時アニメ業界については素人同然であり,それ故アニメ業界に通じていた控訴人代表者Aに対して,1000万円を超える予算をつけて仕事を請け負わせた事情を知っていた。また,被控訴人の任天堂に対する納期が平成9年3月末日であることを分かっていながら,納期間近になって突然仕事をやめると通告してきた。さらに,ゲーム業界の市場動向が非常に早く変化することも,同業界で仕事をする控訴人代表者Aは当然に知っていた。したがって,控訴人代表者Aは,債務不履行によって本件ゲームソフトの開発作業に致命的な穴が生じ,開発の遅れによってゲーム市場の動向,需要等に沿わなくなり,任天堂と被控訴人との間の本件ゲームソフトの企画自体が頓挫することは容易に予測できた。
しかも,控訴人代表者Aは,各アニメーターの前で被控訴人代表者Bについて悪い印象を与える言動をとって被控訴人の開発作業を阻害し,損害の発生を促進したといえるから,自ら「特別の損害が発生する事情」を作り出したとも評価できる。
第3当裁判所の判断
1 当事者間に争いのない事実は,原判決第三の一項に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 本件請負契約の成否についての認定,判断は,次のとおり加除訂正するほか,原判決第三の二項に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決8頁4行目の「原告代表者尋問の結果」の後に「,原審における控訴人代表者A尋問の結果(ただし,原審における被控訴人代表者Bの供述中,後記信用できない部分を除く。)」を加える。
(2) 同9頁11行目の「被告から」の後に「キャラクターデザインだけであれば」を加える。
(3) 同10頁10行目の「文書」の後に「(甲8)」を加える。
(4) 同11頁9行目冒頭から14頁4行目末尾までを次のとおり変更する。
「5 平成8年7月頃,控訴人代表者Aと被控訴人代表者Bは,機密保持及び無体財産権の取り扱いに関する覚書(甲2)を取り交わし,本件ゲームソフトウェアのキャラクターデザイン,キャラクターアニメーションを平成8年12月末日までに完成させることを前提として,外部アニメーターの選定をした。そして,被控訴人は,平成8年7月30日頃,「対戦格闘ゲーム,モーションデザインに関するご依頼内容と説明書類」と題する仕様書(甲9)を作成し,それを控訴人を通じ,各外部アニメーターに交付した。
6 平成8年8月末頃,控訴人代表者Aは,被控訴人代表者Bに対し,実行予定表(甲10)を提示し,請負代金についてのおおよその見積もりを示した。被控訴人代表者Bがこの実行予定表の見積金額に不満を述べ,その明細が分からない旨述べたため,同年9月6日頃,控訴人は,この見積もりのうちの外注費に関する部分を補充して説明するための製作費原価概算(甲11の4)を作成し,被控訴人にファックスで送信した。しばらくして,さらに,控訴人代表者Aは,控訴人において外部アニメーターに交付すべき発注書のひな形(甲5)を作成し,被控訴人にファックスで送信した。なお,製作費原価概算(甲11の4)では,各アニメーターへの発注金額は平成8年10月に40万円,同年11月に40万円,同年12月に40万円,平成9年1月に20万円の合計140万円とされたが,被控訴人代表者Bが実行予定表(甲10)の見積金額に不満を述べていたこともあって,ひな形の発注書(甲5)では,各アニメーターへの発注金額は平成8年11月15日に40万円,同年12月15日に40万円,平成9年1月15日に40万円,同年2月15日に14万円の合計134万円に減額された。
7 その後,控訴人代表者Aは,被控訴人代表者Bとの間での明確な請負代金についての合意のないまま,平成8年9月9日に,打ち入り(アニメーション業界において作業を正式に始める前に行われる会合)の日時を決めるに当たっての各外部アニメーターの予定を記載した現状報告書(甲12の1)を,平成8年9月中旬頃に,各キャラクターの担当アニメーター,その製作予定(平成8年12月末日が最終期限とされている)を記載した「格闘野郎,アクション原画,作画製作予定表」(甲6)を,それぞれファックスなどで送付した。その頃から,控訴人の費用の支出によって,外部アニメーターの作業が具体的に進行するようになっており,控訴人は,被控訴人に対し,同月18日から,各外部アニメーターの作成した原画や作業の進行過程をその都度ファックスで送信した(甲12の2ないし16)。
8 被控訴人代表者Bも,各アニメーターへの発注金額134万円を了解し,平成8年9月30日に,控訴人代表者A,控訴人の社員のほか,外部アニメーターや被控訴人代表者Bが集まって,打ち入り(アニメーション業界において作業を正式に始める前に行われる会合)がなされることとなった。
9 その後も外部アニメーターの作業は進行し,控訴人において相当程度の出費をしていたが,被控訴人代表者Bが控訴人代表者Aに対し,具体的にいついくらの請負代金を支払うのか,また,外部アニメーターに支払うべき金員を事前に被控訴人が支払うのかについて明示することなく,何らの金員の支払もしなかったことなどから,控訴人代表者Aは,被控訴人代表者Bに不信感を持つようになり,平成8年11月10日に,被控訴人代表者Bに対し,この仕事は辞めたと述べて,その後の業務を一切しなくなった。
以上の事実が認められる。なお,被控訴人代表者Bは,原審において,「控訴人代表者Aは平成8年9月6日頃製作費原価概算(甲11の4)を送付し,被控訴人代表者Bに対し総額1320万円の請負金額を提示してきた。これに対し,被控訴人代表者Bは控訴人代表者Aに対し,請負代金としてこの金額で合意する旨伝えたので,平成8年9月初旬頃までには,請負代金の合意がなされている。」旨供述し,甲13にも同趣旨の記載部分があるが,製作費原価概算(甲11の4)はその題名のとおり製作費の原価すなわち控訴人の外注費が記載されたものであって,控訴人の利益が考慮されていないものであること,及び控訴人代表者Aの原審における反対供述に照らし,容易に信用できない。この点,被控訴人は,「控訴人作成にかかる各アニメーターに対する発注書(甲5)の金額と製作費原価概算(甲11の4)の各アニメーターに支払うとされる金額とに6万円の違いがあり,製作費原価概算(甲11の4)の金額は,控訴人の利益も含まれている。」とも主張するが,製作費原価概算(甲11の4)と同時に作成された書面(甲11の3)には,「各作画監督に金額の提示をします。」との記載があり,同金額は各アニメーターに提示する金額として記載されたものと認められるから,その金額に6万円の違いがあったとしても,前記認定を左右するものではない。
以上認定の事実,特に,控訴人代表者Aと被控訴人代表者Bが平成8年7月頃機密保持及び無体財産権の取り扱いに関する覚書(甲2)を取り交わし,同年9月30日までに各アニメーターに発注する金額がほぼ確定し,打ち入り(アニメーション業界において作業を正式に始める前に行われる会合)もなされていることからすれば,控訴人と被控訴人との間で,平成8年9月30日には,請負代金額が各アニメーターに発注する金額に相当する部分を除き確定していなかったものの,控訴人が平成8年12月末日までに本件ゲームソフトウェアのキャラクターデザイン及びキャラクターアニメーションを完成させ,被控訴人がそれに対し相応の代金を支払う旨の請負契約が成立したものと認められる。
この点,控訴人代表者Aは,原審において,「打ち入り,控訴人の費用負担による作業の遂行,被控訴人へのファックス送信,予定表の送付などは,控訴人が被控訴人に対し請負契約の締結を促すための既成事実を作ろうとしたもので,その時点で請負契約は成立していない。」旨供述するが,上記認定の経緯からして,控訴人と被控訴人との間で請負契約は成立したものというべきである。
3 控訴人の債務不履行と損害との因果関係について
(1) 控訴人による被控訴人への引継とその後の経緯について
証拠(甲15,16,乙2ないし4,当審証人C,当審における控訴人代表者A及び被控訴人代表者B,ただし,被控訴人代表者Bの供述中後記採用できない部分を除く。)によれば,次の事実を認めることができる。
① 被控訴人代表者Bは,平成8年11月10日,突然控訴人代表者Aから仕事を辞めたと通告され,Aに対して各アニメーターへの引継を行うよう要求した。
② 同12日,Bは,AとともにCの事務所を訪れた。その際,Aは,Cに対し,「Bが経営に関与しているイマジニアインタラクティブの内紛に巻き込まれそうなので,当社としてこの仕事から手を引く。今後は直接被控訴人と打ち合わせをして仕事を続けてください。」と申し入れた。これに対し,Cは,「ともかくそういうもめる話の中には入りたくない。関係したくない。」と述べ,引継に消極的な意向を示していた。
③ その翌日の同月13日,Aは,Bをbの喫茶店においてDに引き合わせた。その際,Aは,Dに対し,同様に「Bが経営に関与しているイマジニアインタラクティブの内紛に巻き込まれそうなので,当社としてこの仕事から手を引く。今後は直接被控訴人と打ち合わせをして仕事を続けてください。」と申し入れた。これに対し,Dも,消極的な意向を示した。
同日,AはBをEの所へも連れて行ったが,その状況はDの時と全く同様であった。
④ Bは,C,D,Eの応答から,各アニメーターに今後の作業を依頼するのが困難と考え,各アニメーターと格別の折衝をせず,今後の対応に苦慮していたところ,平成8年12月になって,Cから忘年会に呼ばれ,出席した。
二次会のカラオケでカラオケ好きのBとCは意気投合し,その後,Bは,平成9年2月14日にCとCのクラブへ行くなどの親交を重ねた。そして,同年3月にCが被控訴人からキャラクターデザインの仕事を請けることになった。
⑤ Cは,平成9年3月頃に,「NINTENNDO64専用3D格闘ゲーム企画」と題する書面(乙6),「キャラ案・・・現代設定(リアル)」と題する書面(乙7),キャラクターのラフ画(乙8の1ないしを27)を作成し,被控訴人に送付した。しかし,このキャラクターのラフ画は,Bの意に沿うものでなかったため,このラフ画の作成以上に作業が進むことはなかった。
その頃,Bは,任天堂から,格闘ゲームのキャラクターを格闘ゲームの老舗企業であるナムコやカプコンに貸してもらえないか頼んでみてはどうかという助言を受け,カプコンとも折衝するなどしたが,そもそも他社の格闘ゲームに自社のキャラクターを貸すということは極めて異例の事態であり,なかなかキャラクターを借りることはできなかった。
⑥ 平成10年5月頃,被控訴人と任天堂との間で会合を持ち,このまま本件ゲームソフトの開発を続けても発売は随分先にならざるを得ず,その頃には既に格闘ゲームブームは下り坂になっている危険性が高いという判断から(実際家庭用ゲーム機よりもブームが先行するゲームセンターでは格闘ゲームが下り坂になっていた),本件ゲームソフトの開発を断念し,新たに任天堂ブランドの新ゲーム開発を被控訴人が行うという結論を出した。もっとも,その頃被控訴人は任天堂に対し,「上記の結果とはなりましたが,対戦格闘ゲームに対する弊社のメンバーのこだわりは強力でして,何とか成就させたいと願っております。まずはドクターマリオとオリジナルフライトシュミレータを完成させ,さらに64上の鉄拳を仕上げ,任天堂殿の弊社に対する信用が回復した後,ぜひ次の新企画として対戦格闘ゲーム(モーションの技術を生かしたゲーム)を立ち上げていただきたいと願っております。・・・」との記載のあるファクス文書(甲15)も送信している。
そして,平成10年11月10日,被控訴人と任天堂は,「被控訴人がフライトシュミレータ,ドクターマリオの2本のゲームソフトの開発をし,その開発費用に今まで任天堂が被控訴人に対して支払った1億4000万円を充当する。任天堂は,被控訴人に対し,開発委託料を2000万円増額し,平成10年11月末日までに支払う。そのゲームソフトが完成検収完了した場合は,任天堂は被控訴人に対し,さらに開発委託料として6000万を支払う。」との合意をした(甲16)。同契約書には,「・・・期限までに完成せず,乙は,その後も当該ゲームソフトの開発を継続してきたが,期限後1年以上経過し,甲及び乙が開発中の当該ゲームソフトを評価し協議の結果,現在のゲーム市場の動向,需要等を勘案すると今後当該ゲームソフトの開発を継続しても商品化するのは困難であると判断するに至った。甲及び乙は,以上の経緯を踏まえ,対戦格闘ゲームの開発を断念し,これに代わって乙が次条規定のゲームソフト2本の開発を行うことに合意した。」との記載がある。
なお,被控訴人は,「Aは,平成8年10月頃から各アニメーターに対して「Bはもうすぐイマジニアインタラクティブから排除される。」「Bはイマジニアインタラクティブで使い込みをしている。」などという根も葉もない悪い噂を広めた上,同年11月10日になって,突然「イマジニアインタラクティブの仕事をしたい。」と言って「この仕事をやめた。」と発言している。」旨主張し,被控訴人代表者Bは当審においてその旨供述するが,この供述を裏付ける的確な証拠はなく,反対趣旨の当審証人Cや控訴人代表者Aの当審における供述に照らし,採用できない。
また,被控訴人は,「本件ゲームソフトの開発を断念したのは,平成9年6月頃である。」旨主張し,被控訴人代表者Bはその旨供述するが,前記ファクス文書(甲15)の作成された時期とその内容に照らし,容易に採用できない。
(2) 被控訴人の製作体勢及び本件ゲームソフトの進行状況等について
証拠(乙9,当審証人F,同G)によれば,次の事実が認められる。
① 被控訴人の本件ゲームソフトの製作体勢は,プログラマーとしてGが,CGデザイナーとしてFとHが担当するというものであった。
② 本件ゲームソフトは,平成8年4月頃は,童話の世界を舞台とするものとして開発作業が進められていたが,しばらくして現代を舞台とするものに変更された。
現代を舞台とするものに方針変更した後も,はじめのうちは「ストリートファイター」風のものを作る予定であったのに,後に,「鉄拳」風のものに変更された。
さらに,平成8年11月に至って,当初から目指していた頂点(スキン)アニメーションによるゲームソフトの開発を断念するに至った。
③ この間,Gは,平成8年8月ないし9月頃に,FやHとの折り合いが悪くなり,1人でaの事務所に移転した。そしてGは,aの事務所に移ってからは,FやHとほとんど連絡を取っておらず,FやHからの連絡もなかった。Gは,本件ゲームソフトに関しては,Bとも連絡をとりあっていなかった。
④ FとHは,Bが頂点(スキン)アニメーションによるゲームソフトの開発を断念したことに抗議し,Bにファクスを送信した。
これに対し,Bは,FとHに対し,平成8年11月11日付でファクス(乙9)を送信した。そのファクスには「文章の中から皆さんのイカリを感じました“又々ドンデン返しか!!”といやになっている事と思います。皆さんのやる気をそぐ様な事をしてすみません。どれだけあやまってもスム事ではないかもしれませんが・・・・。私としてはスキンアニメーションを100%あきらめたわけではありません。スキンアニメを要所要所に使い,アニメの世界を演出したいと考えています。オープニング,エンディング,リプレー,やられその他スピードを必要としない所で使って行きたいと考えております。ですからスキンアニメを撤廃する事は一切考えておりません。これがこのゲームの特チョウである事は以前変化はありません。ゲーム性にかかわる所でスキンアニメを実行するとスピードが遅い,IKが使えないetcの問題が発生します。これとてHくんが土日にも出勤してガンバッテ作ってくれたデーターのおかげです。心の底から感謝しています。Fくんにしてもスキンアニメと言う事で1体1体思い入れをおこして土日の時間外にいっしょうけんめい考えてくれたキャラでしょう。ゲーム性にかかわる所でスキンアニメを使わなければ,せっかく考えた技が一部使えなくなります。ひじょうにくやしかろうと思います。・・・」と記載されていた。
FとHは,そのファクスを受けてまもなくの平成8年11月末か,12月初め頃,Bのもとではいいゲームソフトが開発できないと考え,被控訴人を退社することとなった。
(3) 上記認定にかかる控訴人による被控訴人への引継とその後の経緯並びに被控訴人の製作体勢及び本件ゲームソフト開発の進行状況等によれば,被控訴人の債務不履行によって,本件ゲームソフトの開発が断念され,被控訴人と任天堂の間で,「被控訴人がフライトシュミレータ,ドクターマリオの2本のゲームソフトの開発をし,その開発費用に今まで任天堂が被控訴人に対して支払った1億4000万円を充当する。任天堂は,被控訴人に対し,開発委託料を2000万円増額し,平成10年11月末日までに支払う。そのゲームソフトが完成し検収完了した場合は,任天堂は被控訴人に対し,さらに開発委託料として6000万を支払う。」との合意に至ったものとは容易に認められない。
すなわち,前記認定事実に証拠(甲1,当審証人F)及び弁論の全趣旨を総合すれば,被控訴人と任天堂が取り交わした,本件ゲームソフトの開発委託契約では,開発委託料は2億円で,開発期間は平成8年6月10日から平成9年3月31日までとされていたこと,ゲームソフトの開発には,規模にもよるが,CGデザイナーは10人から40人位が必要であり,プログラマーも5人から20人位は必要であること,本件ゲームソフトの製作にかかわったプログラマーは,Gのみで,CGデザイナーは,FとHの2名にすぎないこと,しかも,CGデザイナーのFとHは平成8年11月末か12月頃,被控訴人を退職していること,本件ゲームソフトは,方針変更が頻繁にあり,特に平成8年11月頃に頂点(スキン)アニメーションでの開発が断念されたことが認められ,これらの事実からすれば,控訴人の債務不履行がなくとも,本件ゲームソフトが開発期限の平成9年3月31日までに完成したとは認め難いところである。
この点,当審証人G及び被控訴人代表者Bは当審において,「控訴人の債務不履行がなければ,本件ゲームソフトは開発期限の平成9年3月31日までに完成した。」旨供述するが,これを裏付ける的確な証拠はなく,かえって,上記認定の事実からして容易に採用できない。
その上に,控訴人代表者Aが各アニメーターに引継の手配をし,特にアニメーターのC,D,Eを,直接被控訴人代表者Bに引き合わせているにもかかわらず,被控訴人代表者Bにおいて,C以外には積極的に引継についての交渉をしていないこと,Cが「NINTENNDO64専用3D格闘ゲーム企画」と題する書面(乙6),「キャラ案・・・現代設定(リアル)」と題する書面(乙7)のほか,キャラクターのラフ画(乙8の1ないしを27)を作成しているが,結局,被控訴人はそれを採用しなかったことからすれば,被控訴人の債務不履行と前記の被控訴人と任天堂との間の合意との間に相当因果関係を認めるのは困難である。
もっとも,控訴人の債務不履行により,被控訴人としては,Cと個別に折衝したり,カプコンなど他社にキャラクターを借りる交渉をしたりせざるを得なくなったことなどは認められ,被控訴人が相当程度の損害を被ったことは認められる。しかし,前記認定のとおり,本件請負契約は,請負代金額について確定的な合意のないまま,実行に移されたものであり,加えて,契約金額が相当高額であるにもかかわらず,契約途中において契約が解消になった場合の損害賠償等についての約定もなく,したがって,この問題についての解決はゲームソフトウェア開発のためのキャラクターデザイン及びキャラクターアニメーション業界の取引慣行等に委ねられていたものと推測されるところ,この点について,前掲控訴人代表者Aの尋問結果によれば,ゲームソフトウェア開発においては,当該企画に見込がないことが判明すれば,直ちに企画は打ち切られ,それまでに当事者が出捐した費用は,それぞれの負担となることが多かったこと,事実,控訴人は,本件請負契約の解消を申出るまでに前記外部アニメーターとの交渉に当たり相当額の経費を出捐しているが,これら実費の請求をしていないこと(支払時期の点はひとまず置く。)が認められる。これらの事実に照らすと,被控訴人の上記損害については,これを認めるのは相当でないと言わざるを得ない。
4 以上によれば,被控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。
第4結論
よって,上記と異なる原判決中控訴人敗訴部分を取り消し,同取消にかかる被控訴人の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法67条2項,61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 内田計一 裁判官 倉田慎也)