大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成11年(う)53号 判決 2001年1月24日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、主任弁護人城正憲、弁護人上林博、同入谷正章、同浅賀哲作成(連名)の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官村主憲博作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一  控訴趣意のうち理由不備の主張について

論旨は、要するに、原判決は、被告人が平成八年三月二八日石川県信用保証協会(以下「信用保証協会」という。)の常勤理事Cに対して原判示の免責通知、すなわち株式会社北國銀行寺井支店(以下「寺井支店」という。)がD精機株式会社(以下「D精機」という。)に対して平成五年六月三〇日実行した金八〇〇〇万円の手形貸付け(以下「本件融資」という。)について信用保証協会の行った信用保証(以下「本件保証」という。)に関する免責通知の撤回を求めた際、約定書一一条各号所定の免責事由の存在を被告人が認識していたか否かという重要な事項についての判断を回避したまま被告人の犯意を肯定したほか、多くの重要な争点に対する判断を回避しているが、理由不備の違法を犯すものである、というのである。

しかし、原判決に有罪の言渡しに必要とされる理由(刑訴法三三五条一項)が示されていることは、その判決書の記載に照らし明らかであって、被告人の認識の存否を争う主張その他所論にいう「重要な争点」は、いずれも刑訴法三三五条二項の主張にも当たらず、これらについて原判決が判断を示していないとか、その判断の内容、すなわち原判決の(補足説明)の内容が弁護人の期待するようなものでないからといって、これをもって同法三七八条四号にいう「判決に理由を附」さない場合に当たらないことは多言を要しないところである。論旨は理由がない。

第二  控訴趣意のうち事実誤認の主張について

論旨は、要するに、(1)本件保証には免責事由がないので、保証債務は消滅しておらず、(2)免責通知を撤回等した信用保証協会の専務理事A、常務理事B及びCには任務違背行為がなく、かつ、Aらにはその認識もなかった上、(3)被告人には、免責事由が存在するとの認識がなく、免責通知を撤回して代位弁済をすることがAらの任務に違背し、北國銀行の不正な利益になるという認識もなかったのであって、(4)被告人は北國銀行の正当な利益の確保という銀行の代表取締役の職務に従ってCに対し民事上の請求をしたにすぎず、背任行為を共謀したものではないから、A、B及びCとの共謀による背任の事実を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というものである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人とAらとの共謀による背任の事実は優に認められるところであって、その旨認定した原判決の(犯罪事実)に誤りはなく、その(補足説明)の説示もおおむね是認することができるが、所論にかんがみ、若干の説明を付加する。

一  本件保証には免責事由がなく、保証債務は消滅していないとの主張について

本件保証には、免責通知書に記載された約定書一一条二号による保証条件違反(担保の追加徴求についての違約)だけでなく、他にも旧債振替禁止違反(同条一号)、会社整理申立て等の隠蔽(同条三号)の二点の免責事由が存在するから、保証債務は消滅しているものと認められる。所論は、まず、免責通知書に形成的効果を認めるべきものとの見解に従い、本件において免責通知書に記載されていなかった免責事由は、保証債務が消滅したかどうかの判断に際して考慮されるべきではない旨主張するが、旧債振替禁止違反の効果について信用保証協会からの特段の意思表示を要することなく保証債務が当然に消滅する旨判示した最高裁平成九年一〇月三一日第二小法廷判決(民集五一巻九号四〇〇四頁以下)の趣旨に照らせば、免責事由の有無は免責通知書に記載された事由に限定されるものではなく、免責通知書は既に発生している免責の効果を確認するにすぎないものと解するのが相当であって、原判決のその旨の見解(補足説明の三4のなお書)に誤りはなく、この所論は採用できない。そこで、以下、免責通知書の記載を離れ、原判決の認定、説示している具体的な免責事由について、順次、説明する。

1  旧債振替禁止違反について

約定書三条本文は、「乙【金融機関】は、甲【信用保証協会】の保証に係る貸付(以下「被保証債権」という。)をもって、乙の既存の債権に充てないものとする。」と規定して旧債振替の禁止を明記しているが、それは、信用保証協会が、中小企業者等に対する金融の円滑化を図ることを目的とし、中小企業者等が金融機関から貸付等を受けるについてその貸付金等の債務を保証することを主たる業務とする公共的機関であり(信用保証協会法一条参照)、信用保証協会の保証に係る貸付金が当該金融機関の既存の債権の回収を図るための手段として利用されると、中小企業者等の必要とする事業資金の調達に支障が生じ、中小企業者等の信用力を補完し、その育成振興を図ろうとする信用保証制度の本来の目的に反する事態を招くことになるからであって、右禁止条項の実効性確保のために、信用保証協会は金融機関が同条項に違反した場合には、その保証債務の履行の責めを免れる旨の免責条項(約定書一一条一号)が設けられているところである(前記最高裁判決)。そして、原判示関係証拠によれば、北國銀行が本件融資の実行当日である平成五年六月三〇日にD精機及びDウェルディング株式会社(以下「ウェルディング」という。)の当座預金口座から約定弁済合計一六〇〇万九四七七円(借入金分一二六八万五一六二円、利息及び手形書換分三三二万四三一五円)を引き落とした行為は、旧債振替禁止条項に違反するものと認められるから、免責事由に該当し、その旨認定、説示した原判決(補足説明の三1)は、正当として是認することができる。所論は、ウェルディングの預金口座には当初より預金残高が存在したから、本件融資金そのものが北國銀行の既存貸付の約定弁済に充てられたとする証拠は存在しない上、当日合計九三九万三一四三円の入金もあったのに、原判決が旧債振替に当たるとしたのは誤りである、と主張する。しかし、ウェルディングの当座預金取引履歴明細表(甲15資料<12>、甲67資料三―2)及び当座勘定照合表(甲39資料一)によれば、所論指摘のような前日締めの残高(二九万六六九三円)や入金の存在にもかかわらず、本件融資金の振込前には約束手形の交換払で残高がマイナスとなって当座貸越しが生じていたし、当日締めの残高も一五六万一二一二円にすぎなかったことが認められ、本件融資による振込入金がなければ約定弁済ができなかったことは明らかであるから、右所論には理由がない。次に、所論は、北國銀行には旧債振替の意図がなかった、と主張するが、原判示(補足説明の三1(一))のとおり、<1>平成五年五月七日貸付の四五〇〇万円の貸出稟議書(甲46資料<3>、甲47資料<3>、甲48資料三等)には「本件は期日迄に協会貸導入し返済する」、「本部指示事項 期日迄に長期貸導入し本件確実に回収のこと(継続申請不可)」、「返済財源 長期資金導入により(協会貸導入)」との記載があり、<2>同年六月一一日貸付の(A)四五〇〇万円及び(B)三五〇〇万円合計八〇〇〇万円の貸出稟議書(甲46資料<3>、甲47資料<3>、甲48資料四等)には「保証協会貸(不担)80百万円手続中」「本部指示事項 6月末までに保証協会貸80百万円導入のこと」、「返済財源 (B)35,000千円 長期貸導入により」との記載があることに照らせば、担当するF支店長らは、同年五月二一日施行の中小企業信用保険法の改正(甲8)により増加した保証限度枠八〇〇〇万円分について旧債振替の意図があり、同年六月一四日(原判決(補足説明)の二3冒頭の「平成五年五月一四日」は誤記と認める。)の本件保証の委託申込みの際にも、<1>及び<2>(B)のプロパー融資合計八〇〇〇万円を各弁済期(<1>は同年七月三一日、<2>(B)は同月一〇日)に本件融資金で回収する意図であったことが明らかである。また、所論は、仮に北國銀行に旧債振替の意図があったとしても、遅くとも寺井支店が本部に本件融資の審査を求めた同月二五日の時点では旧債振替の意図はなかった、と主張する。しかし、原判示(補足説明の二3、4及び三1(一)末尾)のとおり、同年六月二〇日ころに判明したDグループの資金繰りの悪化によって当初意図したような旧債振替は実行できなかったものの、本件融資金の入金直後に口座引落の方法で既存貸付の約定弁済がなされたと認められるところ、当座勘定取引では預金残高があれば自動的に貸付金の返済が行われることを前提とすれば、北國銀行の意図のみを基準に旧債振替禁止違反か否かを決するのは必ずしも相当でない。そして、担当のN(本部業務第二部副部長)らは同月二〇日現在の資金繰表(甲46資料<5>、甲47資料<4>、甲48資料七等)を前提として本件融資により同月末の資金繰りができれば同年七月一〇日の資金不足も追加融資等で賄えるだろうという見通しの下に返済猶予の話をしなかったのであって、右資金繰表には「長期借入約弁28百万円/月」及び「出金」の「うち支払利息」が明記されていて、右資金繰りには北國銀行のプロパー融資の約定弁済及び利息支払が含まれていたと認められるから、その限度において旧債振替の意図があったことは否定できず、右所論も理由がない。

さらに、所論は、寺井支店が信用保証協会の承諾を得るものと思っていたとして旧債振替の意図を否定するL(本部業務第二部部長)及びNの証言等を援用し、<1>及び<2>(B)はつなぎ融資であるから、旧債振替には当たらず、形式的な信用保証協会の承諾がないことをもって保証免責とする必要はない、と主張する。しかし、L及びNの各証言は、<1>の融資の時点では前記法改正前のため信用保証協会の承諾を得る余地がないことと矛盾する不合理な内容であり、かつF及びQ(本部業務第二部融資審査第二課長)の証言とも食い違っているから、信用性が乏しいものというほかない。そして、所論のように実務ではつなぎ融資の返済資金は約定書三条ただし書の「特別の事情がある」として旧債振替の承諾がなされ、保証付き融資の申込み後のつなぎ融資は事業資金に利用されている限り旧債振替の制限に該当しないと取り扱われているとしても、<1>及び<2>(B)は本件保証の委託申込み以前に実行されているのであるから、そのようなつなぎ融資とは異なることが明らかであり、寺井支店の担当者においてつなぎ融資であれば容易に得られるはずの信用保証協会の承諾を得ようとした形跡が全くないことに徴しても、右所論は採用できない。

ところで、当審証人のE(社団法人全国信用保証協会連合会事務局長)は、旧債振替は金融機関が直接の融資先に対する既存債権の回収を図る場合に限られるから、ウェルディングの口座から引き落とされた約定弁済八口合計九七〇万四七四七円は旧債振替に当たらないものと解される旨供述している。しかし、旧債振替に当たる場合を常にそのように限定的に解すべきものとは考えられないのであって、関係証拠によれば、DグループはD工機株式会社(以下「D工機」という。)とD工機の事業部門を分離独立させたD精機及びウェルディングの三社で構成され、いずれも社長のK及びその妻子が株式の大半を有する同族会社で、役員構成も兼任する者が多く、また、営業・生産の点でも強い関連性があり、従業員の職場や仕事内容は明確に区別されておらず、しかも、賃金支払い等の経理は一括して処理し、資金繰りも一体として行っていたこと(それ故、グループ内での売上は計数上のものにすぎなかった。)、北國銀行はD精機及びウェルディングとだけ融資取引があった(甲38、39、40)が、右二社の担保である工場財団は共通であり、信用保証協会は平成四年九月二八日の審査会からD精機とウェルディングの保証を同一枠としていたこと(甲15資料<5>、甲72資料<1><4>、甲75資料<1><5>等)等が認められ、これらの諸点に照らしても、ウェルディングからの回収はD精機からの回収と同視するのが相当であるから、E証人の見解は本件融資のような場合には妥当しないというべきである。また、E証人は、D精機の当座預金口座から自動引落された約定弁済四口合計六三〇万四七三〇円について、信用保証協会の実務では当座預金口座からの自動引落はその直後に当座取引を中止、解約するような場合を除いて旧債振替には当たらないとされているから、これも旧債振替とはいえない旨述べている。なるほど、入金後においても当座貸越取引が存続する限り、貸越金の返済は旧債振替禁止条項に違反することにはならないと解される(前記最高裁判決)が、自動引落の形式よりも入金後実質的に事業資金に利用されたと見られるかどうかが重要であって、本件では、D精機の当座預金取引履歴明細表及び当座勘定照合表によれば、右約定弁済は本件融資の振替入金後直ちに行われていて、実質的に事業資金に利用されたとは見られず、北國銀行が旧債振替にならないように配慮した形跡も窺えないのであるから、右見解が妥当する場合ではない。

以上のとおりであって、本件融資金による約定弁済が旧債振替として免責事由に該当すると認定、判断した原判決に誤りはない。

なお、所論は、仮に免責事由に当たるとしても、免責の範囲は約定弁済の充当部分のみと解すべきである、と主張する。従来から信用保証協会の実務では、旧債振替は信用保証制度の趣旨・目的に反する程度が強いとしてその違反を全部免責としていたところ、前記最高裁判決は、貸付金の一部にしか違反がないのに当然に保証債務全部について債務消滅の効果を生じさせる合理的理由は見い出し難い旨指摘している。しかし、本件融資は、原判示(補足説明の二4及び三3(二))のとおり、D工機が平成五年六月二八日に会社整理を申し立て、同月二九日にはD精機とウェルディングも会社整理の申立てを準備していたという倒産に瀕した時期に実行されたものであって、後記3のとおり、北國銀行はそれを信用保証協会に隠蔽したものと認められる上、借主の事業資金の調達に支障が生じない程度の少額の旧債振替ともいえず、信用保証協会としては、本件保証につき事情変更の原則による契約解除はもちろん、錯誤無効等も主張できる事案と認められる(この点に関する限り、E証言も同趣旨と解される。)。したがって、右最高裁判決の見解によっても、「信用保証制度の趣旨、目的に照らして保証債務の全部について免責を認めるのを相当とする特段の事情がある場合」に該当するものであって、結局、信用保証協会は本件保証債務の全部について免責されるというべきである。

2  保証条件違反について

約定書一一条二号の「保証契約」とは、信用保証書に記載されている事項で主債務の内容(例えば、貸付の金額・期間・利率・形式、資金使途、返済方法等)や特別に付加された保証条件(貸付実行に際して担保や保証人を徴求する場合)などをいい、前者すなわち貸付条件違反は、同条一号の旧債振替禁止条項違反との関係で一般条項性を有するものであるが、後者すなわち保証条件の違反は、信用保証協会の求償権の実効性を確保するためのものである。

そして、関係証拠によれば、寺井支店は信用保証協会に対し本件融資実行時までに機械四点を担保として追加徴求することを約束していたのに、これをしなかったことが明らかであって、これが保証条件違反として免責事由に該当する旨の原判決の説示(補足説明の三2)は正当として是認することができる。

所論は、I(寺井支店の支店長代理)の証言等を援用して、機械四点の追加は保証条件になっていなかった、と主張する。しかし、D精機は、平成五年二月ころから工場財団の目録に機械四点を追加する旨の登記手続の準備を進めていたが、そのための必要書類である抵当権者の同意書を大和銀行と北國銀行から入手できず、登記申請に至らない状態のままであった(甲41、42)ところ、信用保証協会の審査担当者Hは、本件保証の委託申込み時に寺井支店が提出した担保物件明細書では評価額が前年のものより約六〇〇〇万円増加していたのを不審に思って問い合わせたのに対し、寺井支店の担当者が融資実行までに追加できる旨回答したので、右四点の登記や評価に関する資料等の送付を求めて右増加の理由を確認した旨供述しており(甲26)、本件融資の際に信用保証協会が交付した信用保証書の「担保その他の特記事項」には「機械140点」と記載されていて、追加担保の記載がないこと等に照らしても、右供述は十分に信用できるところであるから(所論援用のI証言及びI作成のノートの記載が信用できないことは、右補足説明の三2(一)(1)のとおりである。)、右所論は採用の限りでない。

なお、所論は、担保設定時における担保掛け目率は一〇〇パーセント以内であったから、機械四点の徴求漏れは保全上全く影響がなかった、と主張する。しかし、原判示(補足説明の二2)のとおり、北國銀行は同年五月の時点で約二、三億円の保全不足の状態であったと認められる以上、右徴求漏れによる保全上の影響がなかったとはいえないのであって、所論指摘の担保評価と鑑定評価の目的や基準の差異、信用保証協会における担保評価の弾力的運用、担保保存義務免除特約に関する最高裁判決の趣旨等を考慮しても、同年七月二七日時点での鑑定評価に基づいて担保掛け目率を算出し、融資実行時の実質的な担保掛け目率は一〇〇パーセントを超えていたことになる旨判示した原判決に誤りがあるとはいえないところである。右所論は採用できない。

ところで、E証人は、保証条件違反による免責の有無は信用保証制度の目的や趣旨に反しないかどうかによって判断すべきであり、実務上工場財団の機械四点だけの不足で全額免責という結論には違和感を覚える、と供述するが、その趣旨は、本件において仮に信用保証協会が保証債務を負担しないという結論を採るのであれば、約定書上の免責事由、特に担保徴求についての保証条件違反などを個別的に指摘するのではなく、むしろ本件保証の不成立又は錯誤無効を主張すべきであった、というにあると解される。確かに従前からの信用保証協会の実務では保証契約違反のうち軽微なものについては、一部免責として取り扱っていたことが認められるが、本件においては、原判示(補足説明の二6、7)のとおり、F支店長らが非協力的な態度に終始したため、信用保証協会は北國銀行がD精機の会社整理申立てを事前に知った上で融資したことについて確証を得られず、資金使途違反の有無等も容易に判明しなかったのであって、かかる経緯に照らせば、信用保証協会が一般条項性を有する保証契約違反を理由として免責通知をしたことにも相当の理由があったと考えられる上、法律構成として錯誤無効と免責の二通りが考えられる場合、どちらの構成が正当かは、学問的には重要な意義を有する問題であっても、実際の民事紛争を解決する場面では必ずしも重要とはいえず、法律関係の円滑、統一的な処理を図るという見地から、信用保証協会が北國銀行と長期間の協議を重ねた上で免責通知による処理をした本件措置をもって民法の解釈適用を誤った違法なものとはいえない。

なお、所論は、債務消滅の一事由として資金使途違反(三〇〇〇万円の大和銀行への債務弁済)をも指摘する原審検察官の主張を論難するが、原判決は資金使途違反の事実を認定しているわけではなく、この主張を採用して免責事由の一つとしているものでもないから、所論は前提において失当といわなければならない。

3  会社整理申立て等の隠蔽

約定書一一条三号は、信用保証協会が金融機関の「故意若しくは重大な過失により被保証債権の全部又は一部の履行を受けることができなかったとき」は、保証債務の履行の責を免れる旨を定めているところ、関係証拠によれば、寺井支店は、遅くとも平成五年六月二九日にはDグループの経営悪化を把握していたことが認められるから、信用保証協会に対しD精機が会社整理の申立てを準備していたこと等を報告すべきであったのに、それをしないで本件融資を実行した上、右申立て後も信用保証協会の調査に対して非協力的な態度であったものであって、その旨認定し、それが取立不能による免責事由に該当するとした原判決の説示(補足説明の三3(二)、(三))は、北國銀行に故意又は重大な過失があるとした点を含め、正当として是認することができる。すなわち、前記1のとおり、信用保証協会は中小企業者等に対する金融の円滑化を図ることを目的とする公共的機関であり、信用保証は中小企業者等の信用力を補完してその育成振興を図ろうとする制度であって、これを利用する金融機関が信用保証協会の負担において貸倒れの危険の大きい債権の保全回収を図るようなことはあってはならないことであり、いわゆる経由保証(金融機関経由申込み)の場合には案件の多さから信用保証協会による保証審査が金融機関作成の信用調査書等に基づく机上審査を原則としている実情(甲26)等に照らすと、金融機関において融資先の経営状態が信用調査書等の記載と著しく相違することを保証承諾後かつ融資実行前に知ったときは、直ちに信用保証協会に対しその旨報告することが期待されるところである。

そして、S(Kの長男)の証言及び検察官調書(甲38)等の関係証拠によれば、平成五年六年二九日昼ころKが寺井支店を訪問し、F支店長らに対し、午後には会社整理を申し立てる予定であって弁護士が待機中である旨話したところ、同支店長は「早まったことをしないで下さい。うちはまだ協力するんだから。月末にいくら必要なんですか」などといって申立てを思い止まるよう説得し、本店へも同行してN副部長らとも面談させ、同年七月一〇日までの支援を約束しながら、信用保証協会には一切報告をしなかったことが認められ、このように信用保証協会に対しD精機の会社整理申立て準備等の事実を隠蔽したという北國銀行の行為が信義誠実の原則に著しく違背し、信用保証協会との信頼関係を破壊するものであることは明らかであって、本件保証の不成立又は無効が論じられるほど重大なものとして、貸付実行後の被保証債権の取立不能以上に厳しい法的措置を必要かつ相当とするというべきであるから、同条項を適用して免責事由とすることも民法上あながち不当な解釈とはいえず、同条各号の免責事由が限定列挙と解されていることはかかる解釈の妨げとなるものではない。所論は、本号は約定書六条及び九条の違約条項と位置付けられ、貸付実行後の保全取立義務違反を対象とするものであって、本号に該当するとされた事例でもそれが問題とされていたから、本号を本件保証に適用することできない、と主張するが、弁護人提出の原審弁40号証中の別表2「信用保証協会保証付貸出金の免責のポイント」には、「善管注意義務違反(11条3号免責)」の「貸出実行前」の例として「協会斡旋による貸出の場合の債務者の取引停止処分の未確認……第1回目の手形不渡りを含む」が挙げられており、実務上本号が貸付実行後の保全取立義務違反だけを対象とするものでないことは明らかであるから、右所論は当を得ないものである。

なお、原判決は、(補足説明)三3(一)において担保水増しの事実を認定した上、同(三)においてこれも取立不能による免責事由に含まれる旨説示しているところ、右認定自体に誤りはないものの、担保水増しは善管注意義務違反ではなく、保証条件違反のうちの保全・管理上支障が生ずるものとして論ずべき問題であるから、約定書の解釈として誤りといわざるを得ない。もっとも、この誤りは何ら判決に影響を及ぼすものではない。

二  Aらに任務違反行為がないとの主張について

A、B及びCの三名は、免責通知を撤回する正当な理由はなく、代位弁済をすることが信用保証協会の役員としての任務に違背することを認識しながら、免責通知を撤回し、八〇〇〇万円を代位弁済したものであるから、任務違背行為があった旨認定した原判決は、その(補足説明)四の説示を含め正当であって是認することができる。

所論は、保証条件違反による保証債務の消滅について、Bは北國銀行に免責事由とするほどの違反はないと考え、Aらは担保徴求漏れによる保全上の影響ないし実質的な損害がないと判断して、いずれも免責通知に誤りがあったと考えたからこそ、これを撤回したものであって、Aらに任務違反行為はなく、その認識もなかった、と主張する。しかし、既に一の冒頭で説示したとおり、本件における免責事由は、免責通知書に記載の保証条件違反に限られるものではない上、信用保証協会が北國銀行に免責通知書を交付するまでの経緯は、原判決の説示(補足説明の二6、7及び四2(一)ないし(三))のとおりであって、信用保証協会が北國銀行の代位弁済請求後も機械四点の担保徴求漏れを理由に代位弁済に応じなかったことから、担当者間で折衝が繰り返されたが、北國銀行は、結局、本件融資に係る債権を平成八年三月期に無税間接償却する方針を決定し、信用保証協会に免責通知書の交付を求めたものである。免責通知は実体としても手続的にも正当なものであったと認められるから、保証債務は消滅しているのであり、免責通知撤回の理由など全くなかったことが明らかであって、Aらの免責通知を撤回して代位弁済をした行為が信用保証協会の役員としての任務に違背するものであることは、多言を要しない。また、Aらにその認識があったことも、原判示関係証拠上優に認められるところであって、例えば、<1>AがB及びCに対し「本陣さんという人を見損なった。負担金とDの免責を天秤にかけるなんて卑怯な男だ」と発言したこと(甲72、77、C証言)、<2>Bがメモ帳(当庁平成一一年押第一二号の5)に「C理事が負担金をもらふために本陣頭取のところへ行ってしかられそれがもとでやり直しとなる(不正のはじまり)」と記載したこと、<3>CがO(北國銀行本部審査部管理課長)らの面前でX(信用保証協会調整部長)らに対し代位弁済の検討を指示した際に「多少のインチキは仕方ない」と発言し、Aや調整部員を説得する際に「超法規的」という表現を使ったこと(C証言、甲19、21、25、69、同押号の3)等は、Aら三名の当時の認識状況を如実に現しているものというべきである。所論指摘のCノートの記載は右判断を左右するものではなく、所論は当を得ないものというほかない。

三  被告人に犯意がないとの主張について

被告人は、免責通知を撤回させるだけの正当な理由がなく、免責通知を撤回させて信用保証協会に代位弁済させることが、Aらの任務に違背するものであり、かつ、北國銀行の不正、不当な利益になるものであることを認識していた旨の原判決の説示(補足説明の五3)は正当として是認することができる。

所論は、本件融資の背景事情が分からない被告人には、取立不能による免責事由の存在を知る術がなかった、と主張する。しかし、L及びNの検察官調書(甲46、47)等の関係証拠によれば、D精機及びウェルディングは融資残高二二億円を超える大口融資先であったこと、被告人は本件融資を除く毎回の貸出稟議書に押印していたこと、L部長らは、Z営業本部長(専務取締役)から重要案件として被告人への報告を特に指示されていたことから、平成五年六月二九日口頭で報告して支援への了解を得たが、同年七月一日から同月三日までの間になされた立入調査後の同月六日の報告に対しては、被告人から「何でこんなに悪いんや」と怒鳴りつけられ、追加支援に否定的な態度を示されたこと、Lらは同月七日にもDグループが会社整理に入る旨を報告していたこと等が認められるから、被告人は当時の状況を十分に認識していたと認めるのが相当であって、貸出稟議書には内容を確認しないで判を押していたとか、Lらの報告を受けた記憶がない旨の被告人の関係供述は、原判示(補足説明の五2(一))のとおり、そのままには措信できないものというほかなく、右所論は採用できない。なお、所論は、被告人は旧債振替や資金使途違反については免責事由の存在を知る由もない、と主張するが、原判決は被告人が旧債振替等の免責事由の存在まで知っていたとは認定、説示していないのであるから、この所論は前提において失当である。

次に、所論は、被告人は保証条件違反のみを理由とする免責通知書を見て、Cに対し法的に正当な指摘をしたにすぎず、保証条件違反の認識がなかったことは明らかである、と主張する。しかし、客観的にみて本件における保証条件違反は前記一2のとおり軽微なものではない上、右のとおり被告人はLらから相当詳細な報告も受けていたのであり、これらの事実に照らせば、Dグループの倒産から二年以上経過していたとはいえ、被告人が当時の事情を一切記憶していなかったとは到底考えられないのであって、右認識に欠けるところはなかったと認められる。所論に沿う被告人の関係証拠はたやすく信用することができず、右所論は採用できない。

また、所論は、Cのノート(同押号の1)中の「頭取 1.D精機の代弁否認は理不尽ではないか 2.その為一人の人物が責任をとらされる事になった 3.160件余の担保物件の追担の4件位で否認は無茶ではないか 4.事務上のミスならば話し合いもできたではないか 5.負担金の要請には応じられない 6.長い協会との関係からいって何らの考慮もないのはいかがか A専務と相談しなさい」という記載を指摘し、右記載からも明らかなように、被告人はCに対し免責通知の再検討を依頼したにすぎず、Aらが違法行為を犯してまで代位弁済に応じるなどとは想像もしなかった、と主張する。しかし、C証言のほか、北國銀行専務取締役のP、審査部長のM及びOの検察官調書(甲63、65、69)等の関係証拠によって認められる原判示(補足説明の二9、10及び五1(三)ないし(五))のような事実、すなわち<1>北國銀行の審査部は、信用保証協会と事務レベルで長期間の折衡を経た後、本件融資に係る債権を平成八年三月期に無税間接償却する方針を決定した上、信用保証協会に免責通知書の交付を求め、同年一月下旬ころM部長が被告人の了承を得、同年二月二七日北陸財務局のヒアリングの際に無税間接償却の証明の内諾を受け、同年三月二二日北國銀行の常勤取締役会の了解を得、同月二七日取締役会においても正式に承認されたという経緯、<2>翌二八日午前八時五〇分ころCが信用保証協会の基本財産増強計画に基づく平成八年度分の負担金拠出を要請する件で訪問した際に、被告人が突如として免責通知の不当を論難し、極めて高圧的かつ一方的に、信用保証協会の負担金とD精機の代位弁済という全く無関係の事柄を結びつけて免責通知の撤回を求め、Cには反論や弁解の機会もなかったという当日の発言状況、<3>被告人が信用保証協会の最大の保証先で石川県下最大の金融機関である北國銀行の頭取であって、信用保証協会の理事も務め、強い影響力を有していた(信用保証協会会長のa及びAの検察官調書《甲10、70、71》等の関係証拠によれば、信用保証協会の定款上、理事の任命権は石川県知事にあったとはいえ、被告人は、理事として会長ら常勤理事互選の議決権を有していた上、a及びAに対してCの常務理事昇格を積極的に働き掛け、常務理事を二人に増やす定款変更まで行ってこれを実現させたことが認められるから、被告人が信用保証協会の人事についても強い影響力を有していたことは明らかである。)のに対し、Cは、北國銀行に四〇年間勤務して被告人の下で取締役を務めた経歴を有し、被告人の推薦により信用保証協会の常勤理事となったという両者の人間関係、<4>右要求後直ちにM部長らを折衡に行かせ、わずか約二時間後に信用保証協会が代位弁済に応ずる旨の回答を得たという報告を自宅で受けるや、同日午前一一時三〇分ころには外出先から帰る車中のP専務に対し電話をかけ、Aのところへ挨拶に行くように指示したという特別な対応振り、<5>四日後の同年四月一日に再度来訪したCから信用保証協会内部での検討には困難もあった旨告げられた際、無理を通したことを自認していた被告人の口調や態度等に照らせば、被告人の行為は正常な交渉とはかけ離れたものであって、被告人は北國銀行の頭取等としての社会的地位に基づく影響力に基づいて信用保証協会役員に対し不当な要求をしたものといわざるを得ず、Cらがこれに応ずることは同人らの信用保証協会役員の任務に違背するものであることをも明確に認識していたと認められるから、右所論にも理由がない。

四  被告人は背任行為を共謀していないとの主張について

被告人は、Cに対しAらと相談した上での免責通知の撤回を強く要求したものであって、Cを介してA及びBと順次共謀を遂げたと認められるから、その旨説示した原判決(補足説明の五3)に誤りはなく、被告人は共謀に基づく背任罪の共同正犯者としての責任を免れない。

所論は、北國銀行の頭取である被告人は信用保証協会に対して代位弁済を求める立場にある同行の利益を擁護すべき善管注意義務及び忠実義務を負っており、その反面として本来信用保証協会の利益とは対立する立場にあるから、信用保証協会側に免責通知の撤回を決断させる交渉の成果を挙げたことをもって、信用保証協会役員の義務違反行為を自己の犯罪の手段として利用したものとはいえず、背任の共謀共同正犯とはいえない、と主張する。しかし、前記一3のように、信用保証制度を利用する金融機関は、中小企業者等に対する金融の円滑化を図るため信用保証協会と相互に協力すべき立場にあって、信用保証協会から代位弁済を受ける場面においてもその正当な利益を侵害してはならない義務を負うものである(この点においては、不良貸付における貸主と借主の場合と同視して、両者の利益を対立的なものとしてだけ捉えるのは相当でない。)。しかも、保証免責による債務消滅後の免責通知の撤回は、和解契約としか法律構成ができない性質のものと解されるところ、本件では、被告人は非常勤とはいえ信用保証協会の理事であり、その利益を擁護すべき立場にもあったのであるから、信用保証協会の監事の承認がない限り、信用保証協会と利益が相反するような和解契約をすることは許されない筋合いである(信用保証協会法一三条一項、民法一〇八条参照)。いずれにせよ、被告人はAら信用保証協会役員の義務違反行為を手段として自己の背任罪を犯したものということができるのであって、右所論は失当である。

また、所論は、被告人はCに対し工場財団抵当の実務経験や理論的な観点から免責事由の問題性を指摘して免責通知の撤回を求めたにすぎず、北國銀行の頭取としての義務に従った正当な申し入れ行為であったというべきである、と主張する。なるほど、被告人が過去に工場財団抵当の実務を経験したことがあり、Cに対して保証条件違反による免責事由の問題点を指摘していたことは関係証拠上否定できないところであるが、本人における被告人の要求が前記のような本件保証の依頼申込みから免責通知を含む償却手続までの全体の経緯や事務担当者間の実質的合意等を無視したものであることにかんがみれば、これを正当な指摘ということはできないのであって、右所論にも理由がない。

なお、所論は、Cのノート等について、その作成経緯が不自然である上、記載内容の正確性にも疑問があり、また、被告人の発言に関するC証言は、自己の責任を回避する内容であって、被告人に好意的ではなく、その証言態度も終始検察官に迎合しているから、信用できない、と主張するが、原判示(補足説明の五2(三))のとおりであって、右ノート等の作成過程や記載内容に不自然、不合理な点は認められない。当審取調べのCの妻bの証言及び検察官調書(検5)に照らしても、同女がCのメモ書を右ノートに浄書した状況等に不自然、不合理な点はないから、その全体的な正確性に疑問を差し挟むべき理由はない。また、C証言は、Aの銀色手帳(同押号の3)の「北國頭取は出捐をかたにDの免責承服できないと言って来た。」等の記載やBのメモ帳(同押号の5)の「C理事『金融機関負担金のことで本陣頭取のところへ行ったらそんなもんはできない。D精機8,000万円の代弁を拒否し免責にしおって、條件違反(機械4点のこと)なら他にあって支払ったことは協会はないのか』とのことであった。」等の記載だけでなく、X部長、Y(調整部次長)ら信用保証協会関係者の供述(甲19、21)等の関係証拠と一致又はよく符合する上、Cの供述態度等に照らしても、被告人やA、Bに責任を押し付けるため虚偽の供述をしたものとは到底考えられず、極めて信用性が高いものと認められる。右所論も採用できない。

加えて、所論は、原判決が被告人の犯行の動機を認定していないことを指摘した上、動機のない犯行は極めて不自然であり、被告人を背任の共同正犯と認めることはできない、と主張する。被告人が捜査段階から一貫して犯行を否認している以上、特定の動機を積極的に認定することは困難であって、原判決がこれを認定しなかったのはむしろ当然である。しかし、北國銀行の頭取である被告人が同行の利益を擁護すべき立場にあったことは明らかであり、所論が強調するところでもある。被告人は、北國銀行の経済的利益のために(関係証拠によれば、被告人は、いわゆるバブル経済の崩壊前に不動産会社に対する巨額の融資を積極的に回収したことによって北國銀行の業績を上げることに成功したが、その後いわゆる住専処理のために地銀生保住宅ローン株式会社に対するオーバーナイト貸出分二〇億円の債権放棄を迫られ、平成八年三月期には同社に対する約三七億円の有税間接償却を含めて前期の約八倍もの大規模な債権償却をする事態に至り、当期利益が大幅に落ち込んでいた状況にあって、少しでも業績の低下を抑制する必要があったことが認められる。)、Cら信用保証協会役員に対する自己の影響力を行使して信用保証協会から本件融資金の代位弁済を受けたいとの考えから、無理を承知でCに対し免責通知の撤回を強く追って背任行為の共謀に及んだものと認められるのであって、頭取としての被告人の行動に何ら不自然、不合理な点はなく、所論指摘のように被告人が個人的利益を全く受けなかったとしても、背任を共謀するだけの動機がなかったとは到底いえないところである。右所論にも理由がない。

以上のとおりなので、原判決に事実の誤認はなく、その他るるの所論にかんがみ、原審記録及び証拠物に当審における事実取調べの結果を加えて再検討しても、原判決に判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認等は存しない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例