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名古屋高等裁判所 平成11年(ネ)767号 判決 2000年1月28日

控訴人(被告) 鈴鹿の森観光開発株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 山根二郎

被控訴人(原告) X

右訴訟代理人弁護士 今村憲治

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人の主位的請求を棄却する。

三  控訴人は、被控訴人に対し、平成一二年五月一三日が到来したときは、一八〇〇万円及びこれに対する同月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを一〇分し、その九を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決の第三項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する(ただし、被控訴人は、当審において、予備的請求を主文第三項のとおりに減縮した。)。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  争いない事実

1  控訴人は、ゴルフ場及びスポーツ施設の設計及び施工並びにその経営等を目的とする株式会社であり、鈴鹿の森カントリークラブ(以下「本件クラブ」という。)を経営している。

2  被控訴人は、控訴人に対し、昭和六三年一月一八日、本件クラブの入会保証金として一八〇〇万円(以下「本件入会保証金」という。)を預託(以下「本件預託」という。)した。

3  被控訴人が本件クラブの入会手続をした際(本件預託の際)、控訴人から被控訴人に交付された本件クラブの縁故正会員募集要項(以下「募集要項」という。)には、左記内容の各記載がある。

(一) 入会保証金一八〇〇万円は控訴人が預かり、会員資格取得の日から一〇年間据え置く。

(二) 控訴人に入会することを希望する者は、控訴人に対し入会依頼書を提出する。

控訴人は、入会依頼書を提出した入会希望者を選考し、入会を承諾する入会希望者に対しては、入会承諾書及び入会申込書を送付する。これを送付された入会希望者は、入会承諾書の到達後一五日以内に入会保証金一八〇〇万円及び名義登録料二〇〇万円を払い込まなければならず、これを怠ったときは入会資格を喪失する。

4  被控訴人が本件クラブの入会手続をした際、控訴人が被控訴人に対して発行した入会保証金預かり証(以下「預かり証」という。)には、左記内容の記載がある。

会員が会員資格を喪失したとき、控訴人は、当該会員に対し、その預託した入会保証金を返還する。ただし、会員が入会後一〇年以内に退会する場合には、入会の日の翌日を起算日として一〇年が経過したとき、入会保証金を返還する。

5  また、被控訴人が本件クラブの入会手続をした際、控訴人から被控訴人に交付された本件クラブの会則(以下「会則」という。)には、左記内容の各記載がある。

(一) 本件クラブに入会を希望する者は、所定の申込手続により本件クラブの理事会の承認を得て、控訴人が別に定める入会保証金及び名義登録料を控訴人に払い込むことにより、本件クラブの会員資格を取得する(会則五条)。

(二) 会則五条の規定により控訴人に入会保証金を払い込んで本件クラブの会員になった者が、会員資格を喪失したときは、控訴人は当該会員に対し入会保証金を返還する。

ただし、入会後一〇年以内に退会する場合は、入会保証金払込みの日の翌日を起算日として一〇年が経過した後、入会保証金を返還する(会則八条)。

(三) 会則五条の規定にかかわらず、本件クラブの正会員入会希望者として本件クラブ(ゴルフ場)開業の日以前に同条所定の手続を完了した者は、同開業の日に正会員の資格を取得する(会則二九条)。

6  本件クラブは、平成二年五月一二日に開業した。

7  被控訴人は、控訴人に対し、平成一〇年五月八日到達の書面をもって、本件クラブを退会する旨意思表示し、同書面到達後二週間以内に本件入会保証金を返還するよう求めた。

二  争点

被控訴人が本件クラブに入会したのは、本件預託時か。

1  被控訴人の主張

被控訴人は、本件預託をもって本件クラブに入会し会員資格を取得したものであり、同資格を取得するためには本件クラブ開業を必要としない。したがって、被控訴人が本件クラブに入会したのは、本件預託時である。

2  控訴人の反論

本件預託がされただけでは被控訴人が本件クラブに入会したとはいえず、同クラブ開業があって初めて、被控訴人は本件クラブに入会する。したがって、被控訴人が本件クラブに入会したのは、本件クラブ開業時である。

第三当裁判所の判断

一  本件クラブの会則二九条は、前記第二の一5(三)のとおり、本件クラブ開業の日より前に入会保証金を払い込んで入会手続を完了した者は、本件クラブ開業の日に会員資格を取得すると明確に定めており、しかも、右の者に対しては、入会保証金の払込みにより会員資格を取得することを定めた会則五条が適用されないことを明言している。これにより、被控訴人が本件クラブの会員資格を取得したのは、本件クラブが開業した平成二年五月一二日であると認められる。

もっとも、預かり証(甲第一号証)には、預かり証が本件クラブの会員に対して発行されたものである旨の記載や預かり証の譲渡によって会員資格を譲渡する旨の記載があり、また、会則五条は、前記第二の一5(一)のとおり、入会保証金等を払い込むことにより会員資格を取得する旨を定めているので、入会保証金を払い込んで預かり証の発行を受けた者は、本件クラブの開業前であっても本件クラブの会員資格を取得すると解する余地がないではない。しかし、預かり証や会則五条の右記載は、会則二九条と併せ考えると、本件クラブが開業した後の預かり証の発行や譲渡、入会保証金の払込みについて記載したものであるとみるのが相当であって、会則五条は、本件クラブ開業後に入会保証金を払い込んで会員資格を取得した者を念頭に置いて定められており、会則二九条において、本件クラブ開業前に入会保証金を払い込んだ者については、本件クラブ開業後に入会保証金を払い込んだ者とは異なる取扱いがされることを定めているものと解されるから、預かり証や会則五条の記載は前記認定を左右するものではない。

また、乙第五号証によると、控訴人は、本件クラブの開業前から、入会保証金を払い込んで入会手続を完了した者を「会員」と称していたことが認められるが、これは、将来本件クラブの会員になるべき者という意味にすぎないものと考えられる。さらに、甲第八号証によれば、控訴人は、本件預託前に、被控訴人が本件クラブに入会することを承諾する旨の入会承諾書を発行していることが認められるが、これは、前記第二の一3(二)の定めによるものであって、会則五条に定める本件クラブ理事会の承認にあたるものではない。したがって、これらの事実は前記認定を左右するものではない。

なお、被控訴人は、本件クラブを現実に利用する権利は本件クラブの開業によって発生するが、それ以外の権利を表象する会員資格は入会保証金の払込みや入会手続の完了により本件クラブの開業前であっても取得できるというように、会員資格の取得時期とそれが表象する権利の発生時期とを別個に解すべきであると指摘するが、会則二九条の定めに照らして、そのように解釈することは相当でない。

二1  そして、前記第二の一3(一)及び同4のとおり、募集要項や預かり証には、入会保証金の据置期間は会員資格を取得した日から一〇年間であり、入会後一〇年以内に退会する場合には入会の日(すなわち前記一認定のとおり本件クラブ開業の日)の翌日から一〇年が経過した後に入会保証金を返還する旨の定めがあるので、本件入会保証金の返還債務の弁済期は、本件クラブが開業した平成二年五月一二日の翌日である同月一三日から一〇年を経過した平成一二年五月一三日に到来する。

2  もっとも、前記第二の一5(二)のとおり、会則八条には、会員が入会後一〇年以内に退会する場合は、控訴人は、払込みの翌日(入会の日の翌日ではない。)から起算して一〇年を経過した後に入会保証金を返還するという記載がある。

しかし、前記一のとおり、会則の右条項は、本件クラブ開業後に入会保証金を払い込んで会員資格を取得した者を念頭に置いて定められているものと考えられるから、本件クラブ開業前に入会保証金を払い込んだ者については、会則二九条の趣旨に照らして、会則八条所定の起算日である「入会保証金の払込みの日の翌日」を「会員資格取得の日の翌日」と読み替え、募集要項及び預かり証に記載されているとおり、会員資格を取得した日の翌日、すなわち本件クラブ開業の日の翌日から一〇年後に、本件入会保証金の返還債務の弁済期が到来すると解するのが相当である。

また、実質的にみても、次のように解される。すなわち、預託金会員制のゴルフクラブにおいては、無利息で預託された入会保証金を一定期間据え置き、その後に退会する場合にはこれを返還する旨定められるのが一般的であることは公知の事実である。そして、その趣旨は、ゴルフ場が開業するまでには多額の投資が必要であって、その原資の重要な部分を入会保証金に頼っているところ、ゴルフ場の開業前はゴルフクラブの経営による利益が生じることはないので、ゴルフクラブの経営によって利益が生じ得るゴルフ場開業時から一〇年間は、退会者に対しても入会保証金の返還を猶予することができるとするところにあると考えられる。したがって、本件クラブにおいても、ゴルフ場の開業前に入会保証金を払い込んで入会手続を完了した者が退会する場合、それがゴルフ場の開業後一〇年以内であっても、その会員が入会保証金を払い込んでから一〇年を経過していれば、直ちに入会保証金を返還しなければならないと解するのは、右の趣旨に反することになる。このことからすると、会則八条が、入会後一〇年以内に退会する場合には入会保証金払込みの翌日を起算日として一〇年を経過した後にこれを返還すると定めているのは、本件クラブの開業後に入会保証金を払い込んだ会員に対する適用を予定したものであり、本件クラブの開業より前に入会保証金を払い込んで会員資格を取得した者については、右規定がそのまま適用されることはないと解すべきであり、前記のとおり、会則二九条の趣旨に沿って読替えを行うのが相当である。

三  もっとも、右のように解すると、本件クラブの開業より前に入会保証金を払い込んだ者は、本件クラブが開業してから一〇年を経過しない限り、入会保証金の返還を受けることができないが、本件クラブがいつ開業するかということは、控訴人側の一方的な事情によって決められることであるから、そのような事情によって入会保証金の返還時期が定められるということは、当事者間の衡平を害すると解されないでもない。

しかし、本件クラブの開業時期が当初予定されていた開業時期から大幅に遅れた場合には、それをもって債務不履行として、入会保証金を払い込んだ者の側において入会契約(直ちに本件クラブの会員資格を取得する契約ではなく、本件クラブが開業したときに会員資格を取得する契約)を解除することができるのであるから、本件クラブの開業という控訴人側の事情によって入会保証金の返還時期が定められることは、当事者間の衡平を害するものとはいえない。

四  以上のとおり、本件入会保証金の返還時期は、本件クラブが開業した平成二年五月一二日の翌日である同月一三日から一〇年を経過した平成一二年五月一三日であると解するのが相当であり、本件入会保証金返還債務の弁済期は未到来であるから、被控訴人の主位的請求は理由がない。

しかし、右の判示のとおり、控訴人が被控訴人に対し平成一二年五月一三日が到来したときは本件入会保証金を返還すべき義務を負っていることは明らかであるところ、弁論の全趣旨によれば、控訴人は、右弁済期が到来しても資金難により本件入会保証金を直ちに返還することは困難な事態が生じるおそれがないわけではないことが認められるのであるから、本件入会保証金について、弁済期到来前にあらかじめその請求をする必要があるというべきである。

五  以上のとおりであるから、被控訴人の主位的請求は理由がないのでこれを棄却し、予備的請求は理由があるのでこれを認容し、これと異なる原判決を右の限度で変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条、六一条、六四条を、仮執行の宣言について同法二九七条、二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 佐賀義史 加藤美枝子)

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