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名古屋高等裁判所 平成11年(ネ)813号 判決 2003年1月22日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  1審被告らは,1審原告Aに対し,各自,741万8401円及びこれに対する平成8年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  1審被告らは,1審原告Bに対し,各自,4798円及びこれに対する平成8年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  1審原告A及び1審原告Bのその余の請求をいずれも棄却する。

(4)  1審原告Cの請求をいずれも棄却する。

2  1審原告Cの控訴を棄却する。

3  訴訟費用は,1審,2審を通じ,1審原告Aに生じた費用及び1審被告らに生じた費用の各20分の11を同1審原告の負担とし,1審原告Aに生じたその余の費用及び1審被告らに生じたその余の費用を1審被告らの負担とし,その余の費用を1審原告B及び1審原告Cの負担とする。

4  この判決は,1審原告A及び1審原告B各勝訴部分に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

(1審原告らの控訴につき)

1  1審原告ら

(1) 原判決を次のとおり変更する。

(2) (1審原告Aの請求)

ア 主位的請求

1審被告らは,1審原告Aに対し,各自,1634万1862円及びこれに対する平成8年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

イ 予備的請求1(1審被告会社に対し)

(ア) 1審被告東海東京証券株式会社(以下「1審被告会社」という。)は,1審原告Aに対し,別紙商品目録①の1並びに同目録③の4及び5記載の各商品と同種,同数の商品を引き渡せ。

(イ) 1審被告会社は,1審原告Aに対し,875万4122円及びこれに対する平成8年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ 予備的請求2

1審被告らは,1審原告Aに対し,各自,1530万2579円及びこれに対する平成8年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3) (1審原告Bの請求)

ア 主位的請求

1審被告らは,1審原告Bに対し,各自,684万9427円及びこれに対する平成8年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

イ 予備的請求1(1審被告会社に対し)

(ア) 1審被告会社は,1審原告Bに対し,別紙商品目録②の2記載の商品と同種,同数の商品を引き渡せ。

(イ) 1審被告会社は,1審原告Bに対し,445万8289円及びこれに対する平成8年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ 予備的請求2

1審被告らは,1審原告Bに対し,各自,30万9076円及びこれに対する平成8年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4) (1審原告Cの請求)

ア 主位的請求

1審被告らは,1審原告Cに対し,各自,1297万6795円及びこれに対する平成8年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

イ 予備的請求1(1審被告会社に対し)

(ア) 1審被告会社は,1審原告Cに対し,別紙商品目録③の4及び5記載の各商品と同種,同数の商品を引き渡せ。

(イ) 1審被告会社は,1審原告Cに対し,624万2199円及びこれに対する平成8年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ 予備的請求2

1審被告らは,1審原告Cに対し,各自,1511万7690円及びこれに対する平成8年8月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5) 訴訟費用は,第1,2審とも,1審被告らの負担とする。

(6) 仮執行の宣言

なお,1審原告らは,当審において,第1(1審原告らの控訴につき)1の(2)ないし(4)のとおり請求を変更(追加的変更を含む。)した。

2  1審被告ら

(1) 本件控訴(当審において追加された請求を含む。)をいずれも棄却する。

(2) 控訴費用は1審原告らの負担とする。

(1審被告らの控訴につき)

1  1審被告ら

(1) 原判決中,1審被告ら敗訴部分を取り消す。

(2) 1審原告Cの請求(当審において追加された請求を含む。)をいずれも棄却する。

(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告Cの負担とする。

2  1審原告C

(1) 本件控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は1審被告らの負担とする。

第2事実関係

1  本件は,1審原告らが,1審被告らに対し,1審原告らと1審被告会社との別紙株取引一覧表①ないし③記載の株取引(以下「本件株取引」という。)について,主位的に,1審被告会社の担当従業員であった1審被告Dが無断売買したものであり,また,1審被告会社が1審原告らから保護預かりした有価証券等を無断処分したとして,1審被告らに対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償を請求し,なお,無断処分である場合,同有価証券等についてはその返還のみを請求できるものとされたときに備えて,予備的に,1審被告会社に対し,同有価証券等若しくはこれと同種,同数の有価証券等の返還又はその代償金の支払を請求(予備的請求1)し,仮に本件株取引が1審被告Dによる無断売買でなく,また,1審被告らが同有価証券等を無断処分したことがないとしても,1審被告Dには説明義務違反等の違法行為があったとして,1審被告らに対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償を請求(予備的請求2)した事案の控訴審である。

2  前提事実(争いがない事実)

(1)  (当事者)

ア 1審原告Aは,大正11年6月11日生まれであり,昭和56年3月31日,保全調査員を最後に日本電信電話公社を退職し,以後,現在まで年金生活をしている。

イ 1審原告Bは,同Aの妻であり,大正13年10月16日生まれであって,昭和59年3月教育公務員を退職し,以後,現在まで年金生活をしている。

ウ 1審原告Cは,昭和28年4月4日生まれの1審原告A,同Bの長男であり,平成5年4月から同7年3月までは株式会社トータス,同年4月以降は社会福祉法人愛恵協会に勤務している。

エ 1審被告Dは,1審被告会社の従業員であり,平成3年3月から同8年8月まで名古屋支店に勤務していた。1審被告Dは,名古屋支店勤務当時,当初,営業部証券貯蓄課長の職にあったが,同6年3月から営業課長に昇進した。

1審被告Dは,名古屋支店勤務当時,1審原告らの取引担当者の上司として同担当者を通じ,又は,直接に,1審原告らの証券取引を担当していた。

(2)  (1審被告会社との取引開始)

1審被告会社は,名古屋支店における1審原告A名義の取引口座を昭和60年12月20日ころ,同B名義のそれを平成元年12月11日ころ,それぞれ申込みを受けて設定した。

この他に,1審被告会社名古屋支店には,1審原告C名義の各取引口座も設定されていた。

(3)  (1審原告C名義の信用取引口座の開設)

1審被告会社は,平成7年7月17日付けで口座開設の申請を受けたとして,1審原告C名義の信用取引口座を設定した。

(4)  (有価証券等の寄託)

1審原告らは,次のアないしウのとおり,別紙商品目録①ないし③記載の各商品(以下,一括して「本件商品」という。)を保護預かりの方法で1審被告会社に寄託し(以下「本件商品寄託」という。),また,次のエのとおり金員を寄託した(以下,「本件金員寄託」といい,本件商品寄託と一括して「本件各寄託」という。)。

ア 1審原告Aは,別紙商品目録①の1ないし4の商品(以下「本件商品①」という。)を同目録記載のとおり寄託した。

イ 1審原告Bは,別紙商品目録②の1ないし7の商品(以下「本件商品②」という。)を同目録記載のとおり寄託した。

ウ 1審原告C名義で,別紙商品目録③の1ないし9の商品(以下「本件商品③」という。)を同目録記載のとおり寄託した。

エ 平成7年8月14日に56万4280円,同月23日に128万4000円。1審被告会社は,これらを1審原告C名義の信用取引口座に入金処理した(以下,この各寄託金を一括して「本件寄託金」という。)。

(5)  (本件株取引)

1審原告らの取引口座及び1審原告Cの信用取引口座に係る取引として本件株取引が行われ,別紙株取引一覧表①ないし③の各「損益」欄記載のとおりの損益が生じたものとして処理された。

(6)  (寄託された本件商品の解約又は売却)

1審原告ら名義で1審被告会社に寄託された本件商品は,別紙商品目録①ないし③記載のとおり解約又は売却(別紙商品目録①の1,同目録②の3並びに同目録③の3,4及び9は売却であり,その余はすべて解約である。以下一括して「本件解約等処分」という。)された。

3  1審原告らの請求原因

(1)  無断売買,無断処分による請求関係(主位的請求の原因及び予備的請求1の原因)

ア 1審被告らは,1審原告らに無断で,1審原告らが1審被告会社に寄託した本件商品につき本件解約等処分をした上,その解約金又は売却代金(以下「本件解約金等」という。)及び1審原告らが寄託した本件寄託金を使って,1審原告ら名義で本件株取引を行ったが,本件解約等処分及び本件株取引は,いずれも1審被告らが1審原告らに無断で行ったものであるから,その効果は1審原告らに帰属しない。なお,本件寄託金のうち,平成7年8月23日の寄託金128万4000円のうちの50万円が1審原告Aの寄託金(以下「本件寄託金①」という。),うち60万円が同Bの寄託金(以下「本件寄託金②」という。),その余の18万4000円及び同月14日の56万4280円の計74万8280円が同Cの寄託金(以下「本件寄託金③」という。)である。

本件商品及び本件寄託金のうち1審原告C名義分の寄託者については争いがあるが,同1審原告がしたものであり,その権利者は同1審原告であるが,仮に同1審原告が寄託したものでないとされた場合には,1審原告Aが寄託したものであって,同1審原告がその権利者である。

イ 1審被告らが,1審原告らに無断で本件解約等処分をしたことは,1審原告らに対する不法行為であるとともに,保護預かりした本件商品を1審原告らのために保管すべき義務に違反する債務不履行に当たる。

すなわち,1審被告会社は,1審原告らから本件商品を保護預かりの方法で寄託を受けたのであり,保護預かりによる寄託は単純寄託又は混蔵寄託である。そして,単純寄託の場合はもとより,混蔵寄託の場合であっても,寄託された本件商品の所有権は寄託した1審原告らが有し,また,1審被告会社は,保護預かり契約に基づく管理義務に基づき,本件商品につき,これを1審原告らに返還するまで善良な管理者としての注意義務をもって保管する義務があり,1審被告会社には本件商品を無断で処分する権限はない。

ウ 1審原告らは,1審被告らによる本件解約等処分により,別紙商品目録①ないし③の「解約金又は代金」欄記載の解約金等相当額の損害(以下「本件解約金等相当損害」という。)を被った。

また,1審原告らは,1審被告らが無断でした本件株取引によって,1審被告らが本件株取引のために1審原告らの資金を使用していた間,その資金を他に運用できなかったことにより,別紙損害計算表記載のとおりの損害(以下「本件運用益逸失損害」という。)を被った。

さらに,1審原告らは,本件訴訟の提起追行を弁護士に委任し,報酬として1審原告Aが150万円,1審原告Bが50万円,1審原告Cが140万円の各支払を約した。

したがって,1審被告らは,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として,1審原告らに対し,本件解約金等相当損害,本件運用益逸失損害及び弁護士費用損害を賠償する義務がある。

エ 仮に1審被告らが,本件解約等処分による損害賠償義務を負うものでないとしても,本件解約等処分及び本件株取引は,いずれも1審原告らに無断で行われたものであるから,その効果は1審原告らに帰属しない。1審原告らは,平成8年3月22日,1審被告会社に対し,証券取引及び本件各寄託契約を解約する旨の意思表示をしたので,本件各寄託契約は同日終了した。そこで,同1審被告は,本件商品及び本件寄託金を返還する義務がある。

そして,1審原告らから1審被告会社に対する本件商品の寄託は,1審原告らと1審被告会社との間の保護預かり契約に基づくものであるから,1審被告会社は,同契約に基づき,1審原告らに対し,本件商品と同種,同数の商品を返還する義務があり,これが不能の場合には,債務不履行又は履行不能として,その商品の時価相当額の損害賠償義務を負う。

本件商品のうち投資信託及び転換社債のうちには,既に償還日又は償還期限が経過しているものがあり,これについては,同種,同数のものの返還は不能というべきである。また,東京MMFは,もともと委託者に受益証券が直接引き渡されることがなく,約款上,委託者から返還請求された場合,解約請求がされたものとして,金銭で委託者に支払われることになっているところ,1審原告らは,平成8年3月22日に1審被告会社に対し,その返還請求をしたから,同日を基準時として損害を算定すべきこととなる。そこで,1審被告会社は,1審原告らに対し,別紙商品目録①ないし③の各「代償金」欄記載のとおりの金額(転換社債については社債償還時の金額である100万円,投資信託及び東京MMFについては解約金等処分時の解約金等相当額)を損害として賠償する義務を負う。

なお,仮に,損害の算定につき,本件商品のうち償還日又は償還期限が到来したものについては,その償還金額をもって損害とすべきであるとされる場合には,1審原告らは,別紙商品目録①ないし③の各「代償金(予備的)」欄記載のとおりの金額を損害として主張する。

オ よって,1審原告らは1審被告らに対し次のとおり請求する。

(ア) (1審原告Aの請求)

① 主位的請求(本件商品①,③及び本件寄託金①,③の寄託者がいずれも1審原告Aであるとの前提での請求)

1審原告Aは,1審被告らに対し,各自,(a)本件商品①及び③の無断処分による損害賠償として本件解約金等相当損害分1343万5831円(本件商品①の解約等相当損害273万7387円及び本件商品③の解約等相当損害1069万8444円の合計額),(b)無断でした本件株取引①及び③による損害賠償として運用益逸失損害15万7751円(別紙損害計算表1及び3の損害合計額),(c)弁護士費用損害分150万円,(d)本件寄託金返還として124万8280円の合計1634万1862円及びこれに対する本訴状送達による催告の日の翌日である平成8年8月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

② 予備的請求1(①の(a)ないし(c)についての1審被告会社に対する予備的請求)

1審原告Aは,1審被告会社に対し,本件商品①及び③の寄託契約に基づき,別紙商品目録①の1並びに同目録③の4及び5記載の各商品と同種,同数の商品の引渡しを求めるとともに,本件商品①及び③のその余の商品の引渡し不能による債務不履行に基づく損害賠償として,これらの償還日又は償還期限を経過した商品について処分時の解約金等処分代金に相当する金銭(代償金)及び転換社債についての社債償還時の金額合計750万5842円(同目録①の2ないし4及び同目録③の1ないし3,6ないし9記載の各商品の代償金等)と本件寄託金①及び③の寄託契約に基づく返還として124万8280円の合計875万4122円並びにこれに対する本訴状送達による催告の日の翌日である平成8年8月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(イ) (1審原告Bの請求)

① 主位的請求

1審原告Bは,1審被告らに対し,各自,(a)本件商品②の無断処分による損害賠償として解約金等相当損害分570万9878円(本件商品②の解約等相当損害),(b)無断でした本件株取引②による損害賠償として運用益逸失損害3万9549円(別紙損害計算表2の損害),(c)弁護士費用損害分50万円,(d)本件寄託金②返還として60万円の合計684万9427円及びこれに対する本訴状送達による催告の日の翌日である平成8年8月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

② 予備的請求1(①の(a)ないし(c)についての1審被告会社に対する予備的請求)

1審原告Bは,1審被告会社に対し,本件商品②の寄託契約に基づき,別紙商品目録②の2記載の商品と同種,同数の商品の引渡しを求めるとともに,本件商品②のその余の商品の引渡し不能による債務不履行に基づく損害賠償として,これらの償還日又は償還期限を経過した商品について処分時の解約金等処分代金に相当する金銭(代償金)及び転換社債についての社債償還時の金額合計385万8289円と本件寄託金②の寄託契約に基づく返還として60万円の合計445万8289円並びにこれに対する本訴状送達による催告の日の翌日である平成8年8月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(ウ) (1審原告Cの請求)

① 主位的請求

1審原告Cは,1審被告らに対し,各自,(a)本件商品③の無断処分による損害賠償として解約金等相当損害分1069万8444円,(b)無断でした本件株取引③による損害賠償として運用益逸失損害13万0071円(別紙損害計算表3の損害),(c)弁護士費用損害分140万円,(d)本件寄託金③返還として74万8280円の合計1297万6795円及びこれに対する本訴状送達による催告の日の翌日である平成8年8月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

② 予備的請求1(①の(a)ないし(c)についての1審被告会社に対する予備的請求)

1審原告Cは,1審被告会社に対し,本件商品③の寄託契約に基づき,別紙商品目録③の4及び5記載の各商品と同種,同数の商品を引渡しを求めるとともに,本件商品③のその余の商品の引渡し不能による債務不履行に基づく損害賠償として,これらの償還日又は償還期限を経過した商品について処分時の解約金等処分代金に相当する金銭(代償金)及び転換社債についての社債償還時の金額合計549万3919円(同目録③の1ないし3,6ないし9記載の各商品の代償金)と本件寄託金③の寄託契約に基づく返還として74万8280円の合計624万2199円並びにこれに対する本訴状送達による催告の日の翌日である平成8年8月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2)  説明義務違反等による不法行為又は債務不履行に基づく請求関係(予備的請求2の原因)

ア 1審原告らの本件株取引は,1審被告Dによる,(ア)適合性原則違反,(イ)説明義務違反,(ウ)不当勧誘(責任を持つ旨の勧誘),(エ)実質的な一任売買下での委託者に不合理かつ不利益な取引方法(実質的な一任売買,押し付け売買,乗換,日計り等の短期間の頻繁売買,仕手株,難平の危険な取引方法,手数料稼ぎ)にかかる違法不当な手段方法(1審原告C名義の本件株取引③が1審原告Aが1審原告C名義を借りて行ったものとされた場合の借名取引の違法を含む。)によって開始され,継続されたものであるから,同1審被告の行為は1審原告らに対する不法行為に当たり,したがって,同1審被告は,民法709条により,1審原告らが本件株取引によって被った損害を賠償する責任がある。

また,1審原告らと1審被告会社との間には,本件株取引に関する委任契約関係があったから,1審被告Dの上記行為は,同時に,1審被告会社の委任契約関係上の善管注意義務に違反する行為である。

そして,1審被告Dは,1審被告会社の従業員として,1審被告会社の業務の執行に関して不法行為をしたのであるから,1審被告会社にはその使用者として,民法715条に基づき,また,債務不履行(善管注意義務違反)に基づく損害賠償責任を負う。

(ア) 適合性原則違反

a 証券会社は,投資者に対する投資勧誘に際しては,投資者の意向,投資経験及び資力等に最も適した投資が行われるよう十分に配慮しなければならず,相場の騰落によって不測の損害を被ることがある株の取引にあっては顧客の知識,経験及び財産の状況に適合した取引の勧誘をしなければならず,殊に信用取引においては,取引の仕組みが複雑であり,一般の顧客が取引の内容を理解することは難しい上,投機性が極めて強く,少ない資金で大きな取引ができる反面,莫大な不測の損害を被ることがあるから,顧客の知識,経験及び財産の状況がこのような信用取引に適合していない限りその勧誘をしてはならないとされている。

b 1審原告らの株取引の経験,投資目的,資産等

① 1審原告らは,いずれも,本件株取引以前には安全確実な投資信託等の取引経験があるのみで,株取引の経験はなかった。

② 1審原告A及び同Bは,1審被告会社の担当者に対し,安全で確実な商品のみをお願いしますと何度もその意向を伝え,1審原告Cも,同A及び同Bを通じて,同趣旨の意向を伝えていた。

③ 1審原告Aは,大正11年6月11日生まれで,平成7年当時73歳の高齢者であって,昭和56年3月退職以来,無職の年金生活者であった。

1審原告Bは,大正13年10月16日生まれで,平成7年当時71歳の高齢者であって,昭和59年3月退職以来,無職の年金生活者であった。

1審原告Cは,昭和28年4月4日生まれで,平成7年当時,社会福祉法人の指導員として福祉関係の仕事に携わっていた者で,1審被告会社に寄託していた資産以外に格別の資産を有せず,また,株の相場を判断する能力を欠く者であった。

④ 1審原告A及び同Bは,退職金を原資にした安全確実な投資信託等が唯一の資産であって,それ以外に資金調達能力など全く有していなかったため,極めて投機性の高い信用取引において,将来予想される委託保証金の追加金を差し入れるだけの資金能力は皆無であった。

⑤ なお,仮に1審原告C名義の本件株取引③が1審被告Aによる借名取引であった場合には,1審原告Aは,1審被告会社が定める信用取引開始基準を満たさず,信用取引の勧誘適格を有していなかったのであり,そのため,1審被告Dは,同1審原告に1審原告C名義で信用取引を行うことを勧誘してさせたものである。

c 1審原告らの上記株取引の経験,投資目的,資産等に照らせば,本件株取引のうち現物取引についても,1審原告らはいずれも,本件株取引においてされているような,多量の株取引をする適格を備えていなかったものであるし,信用取引については,その主体が1審原告Cの取引であれ1審原告Aであれ,いずれも,複雑で失敗した場合に損失が大きい信用取引を行う適格を備えておらず,しかも,売取引から入る危険性の高い取引方法で株取引をしたり,兼松日産農林株などのいわゆる仕手株の株取引を行う適格はまったく欠いていた。

ところが,1審被告Dは,1審原告らの株取引の経験,投資目的,資産等に照らして明らかに適合性に欠ける本件株取引を勧誘して,これを行わせたものである。

(イ) 説明義務違反

a 信用取引の仕組みは複雑であり,顧客はその仕組みを容易に理解できない

一方,顧客にとって高いリスクを伴うものであるから,証券会社及びその従業員は,顧客との間で信用取引を行う場合には,顧客に対し,信用取引の内容(信用取引設定約諾書の内容,委託証拠金,弁済期限等)を説明する義務を負う。

b ところが,1審被告らは,1審原告らに対し,信用取引に係る説明を全く行わなかった。1審原告らが1審原告C名義で信用取引が行われているのを初めて知ったのは,平成7年8月10日ころであった。

(ウ) 不当勧誘(責任をもつとの約束)

a 証券取引に当たっては,証券会社又はその従業員が,断定的判断の提供による勧誘,顧客を誤認させるような勧誘及び利益保証による勧誘を行うことは,いずれも禁止されており,また,有価証券の売買等に関し,「虚偽の表示をし,又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示をする行為」も禁止されている。

b ところが,1審被告Dは,1審原告らが本件株取引に不安を感じて手仕舞いや株取引の中止を申し入れると,その都度,「大丈夫です,心配いりません,責任を持ってやります,私に任せて下さい。」と申し述べ,いかにも,1審被告らが全責任を負うかのように虚偽の事実を告げて,1審原告A及び同Bを騙したものである。

1審被告Dの上記のような言動は,少なくとも,株取引(特に信用取引)が危険性が極めて高いものであるにもかかわらず,株取引による危険を自ら引き受けるかのように述べることによって,1審原告らに対し,その危険性がないか,あっても極めて小さいものであるとの誤解を与える勧誘を行ったことになる。

(エ) 実質的な一任売買下での委託者に不合理かつ不利益な取引

a (実質的な一任売買,押し付け売買)本件株取引は,仮に1審被告Dによる無断売買でなく,形式的には1審原告らの注文があったような外形があったとしても,実際は,同1審被告が,自己の投資判断に従って株取引を行い,事後にその承認を押し付ける態様で開始又は継続されていたものであって,実質的な一任売買であった。すなわち,同1審被告は,例えば兼松日産農林株等について,1審原告らの個別の事前の注文もなく売買を行い,「大丈夫です。責任をもってやります。」などと述べて,事後に売買を押し付けたり,「是非継続して下さい,今後は,私が責任をもってやりますから,ご心配かけません。」などと述べて,強引に取引を継続させて追加証拠金等を入金させるなどした。本件株取引が同1審被告による実質的一任売買であったことは,村田製作所,兼松日産農林,日東化学,阪和興業の株取引は大阪証券取引所でされているが,1審原告らはそのことを知らなかったこと及び同1審被告が担当するE(1審原告Aらの二男)の株取引でも,1審原告らと同時期に同銘柄の株取引がされていることなどから明らかである。

そして,1審被告Dは,このような実質的一任売買下において,次に述べるような委託者に不合理かつ不利益な取引を多数行った。

b (乗換,日計り等の短期間の頻繁売買,仕手株,難平の危険な取引等)1審被告Dは,平成7年7月から同年9月までのわずか3か月間に,次のような,委託者である1審原告らに不合理かつ不利益な取引を行った。

① 取引銘柄を「大末建設,東洋建設,島津製作所,日通工,村田製作所,兼松日産農林,サカイオーベック,極洋,北川鉄工所,阪和興業,アイワ,日本発条」と,次々に頻繁に乗り換えさせているが,これは,手数料がかさむ不合理な取引手法である。

② サカイオーベック,日東化学及び極洋の株取引については,いわゆる日計り取引(1日のうちに建て落ちがなされる取引)がなされている。

③ 大末建設,東洋建設及び島津製作所の株取引において,難平という危険な手法で取引をしている。

④ 兼松日産農林,サカイオーベック,日東化学及び極洋の各株式は,いずれも,本件株取引における取引の直前から急激に取引量が増加した,危険な仕手株であった。

c (手数料稼ぎ)

本件株取引においては,ある銘柄の株式が処分されると必ず別の銘柄の株式へと乗り換えられており,特に平成7年7月から同年9月上旬までのわずか2か月間は,ほぼ連日取引がされるなど頻繁な建て落ちが繰り返され,その結果,1審被告会社は,1審原告C名義の株取引で211万9358円,同B名義の株取引で23万0352円の手数料を得ている。

d 1審被告Dが本件株取引で行った上述のような実質的な一任売買下での委託者に不合理かつ不利益な取引方法は,社会的相当性を逸脱した違法行為であり,不法行為を構成するとともに,1審被告会社の委任契約上の善管注意義務に違反する行為である。

イ 1審原告らは,本件株取引により別紙株取引一覧表①,②及び③の損益欄記載の損害(取引損害)を被った。

また,1審原告らは,本件株取引によって,その間その資金を他に運用できなかったことにより,それぞれ別紙損害計算表記載のとおりの運用益逸失損害を被った。

さらに,1審原告らは,本件訴訟の提起追行を弁護士に委任し,報酬として1審原告Aが150万円,1審原告Bが50万円,1審原告Cが140万円の各支払を約した。

したがって,1審被告らは,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として,1審原告らに対し,上記取引損害,運用益逸失損害及び弁護士費用損害を賠償する義務がある。

ウ よって,1審原告らは,1審被告ら各自に対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として,次のとおり請求する。

(ア) 1審原告Aの請求(本件株取引①及び③がいずれも1審原告Aであるとの前提での1審被告らに対する請求)

1審原告Aは,(a)取引損害分1364万4828円(本件株取引①の取引損害5万7209円及び本件株取引③の取引損害1358万7619円の合計額),(b)運用益逸失損害15万7751円(別紙損害計算書1及び3の合計金額),(c)弁護士費用損害分150万円の合計1530万2579円及びこれに対する本訴状送達による催告の日の翌日である平成8年8月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(イ) 1審原告Bの請求

1審原告Bは,(a)取引損害分23万9527円(本件株取引②の取引損害),(b)運用益逸失損害3万9549円(別紙損害計算表2の金額),(c)弁護士費用損害分3万円(前記弁護士報酬額の一部)の合計30万9076円及びこれに対する本訴状送達による催告の日の翌日である平成8年8月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(ウ) 1審原告Cの請求

1審原告Cは,(a)取引損害分1358万7619円(本件株取引③の取引損害),(b)運用益逸失損害13万0071円(別紙損害計算書3の金額),(c)弁護士費用損害分140万円の合計1511万7690円及びこれに対する本訴状送達による催告の日の翌日である平成8年8月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  請求原因に対する1審被告らの認否

(1)  請求原因(1)につき

ア 同アは否認する。

本件寄託金はいずれも1審原告Aが信用取引保証金又は信用取引損金に充当するために寄託したものである。

なお,1審原告C名義での本件株取引③は,1審原告Aが1審原告C名義を借りて行った株取引であり,1審原告C名義の取引口座は1審原告Aの取引口座である。

イ 同イは否認する。

ただし,1審被告会社は本件商品を保護預かりの方法で寄託を受けたこと,及び保護預かりが混蔵寄託の性質を有すること(単純寄託ではない。),同1審被告は,保護預かりした本件商品について,1審原告らに返還するまで善良な管理者としての注意義務をもって保管する義務のあることは認める。

ウ 同ウは争う。

本件商品についての本件解約等処分が1審被告らが1審原告らに無断でしたものとすると,その効果は1審原告らに帰属せず,したがって,1審原告らが本件解約等処分により損害を被ることはないのであるから,1審原告らが1審被告らに対し本件解約等処分による損害賠償を請求する余地はない。

また,1審原告らが,その資金を利用して他の取引を行ったからといって,確定的に年5分の利回りが保証されるわけではないので,年5分の損失の発生を観念することはできない。

エ 同エは争う。

ただし,1審原告らが,平成8年3月22日,1審被告会社に対し,1審原告らと1審被告会社間の証券取引を解約する旨の意思表示をしたことは認める。なお,損害額の算定基準時は,返還債務が履行不能となったものと社会通念上認められる時点であるところ,本件商品と同種,同数の商品の返還債務が履行不能となるのは解約等処分時ではなく,償還日又は償還期限の到来日である。そこで,解約金相当額の損害賠償を請求することは許されないというべきである。

(2)  請求原因(2)につき

ア 同アは否認する。

ただし,本件株取引につき1審原告A夫婦と1審被告会社との間に委任契約関係があり,同1審被告が,本件株取引について受託した業務の執行につき1審原告A夫婦に対し委任契約上の善管注意義務を負うこと,1審原告らの年齢,経歴が前記2(1)アないしウのとおりであることは認める。

信用取引は,証券会社が顧客に信用を供与して行う取引であるにすぎず,現物取引と比較して極めて危険性が大きいということはなく,また,取引の仕組みの理解が困難ということもない。

なお,難平取引は,個人投資家により一般的に行われている取引方法であって,極めて危険な取引方法であるということはできない。

イ 同イのうち,本件株取引により1審原告ら主張の損失が発生したことは認め,その余は否認する。

5  1審被告らの主張

(1)  1審原告C名義の株取引の当事者は1審原告Aである。

ア 1審原告C名義の取引口座の開設申込み,同名義での株等の取引の注文,その受渡し等はすべて1審原告Aが行い,同Cが取引に関与することは一切なかったのであって,同Cが自己の投資判断で株等の取引を行っていた事実はない。そのため,1審被告会社の担当者も,1審原告Aが1審原告C名義を借用して株等の取引を行っているものと認識していた。1審原告Cは,その年収が240万円から300万円程度であるから,同人の資金で株等の取引を行うだけの資産を有しなかったものである。

イ 1審原告C名義の信用取引口座は,1審原告Aから,保証金の関係から1審原告C名義で信用取引口座を開設したいとの申入れがあったため,1審原告Aの借名口座として開設されたものである。

ウ 1審原告C名義での取引は,1審原告Aによる借名取引であるが,借名取引は,マネーローダリングを防止するために禁止されているにすぎないから,家族名義の借名取引は同禁止の趣旨に反することはない上,その借名取引が,その本人である1審原告Aの意思に基づいて行われている以上,ただ借名取引であることのみで違法な取引となるものではない。

(2)  本件株取引は,すべて,1審原告A夫婦の意思に基づき,その注文に基づいてされたものであり,1審被告Dが,1審原告A夫婦に無断で取引したことはない。

(3)  1審被告Dによる1審原告A夫婦に対する本件株取引の勧誘行為が適合原則に反する点はない。

すなわち,1審原告Aは日本電信電話公社の職員,同Bは教職員というそれぞれ社会的に重責を担う職歴を有する者であって社会的経済的感覚にたけた人物である。そして,1審原告A夫婦は昭和60年当時からその名義で1審被告会社名古屋支店において証券取引を継続しているだけでなく,野村証券においても証券取引を行っていることや,信用取引を開始した経緯も,1審原告A夫婦が損失挽回策として積極的に信用取引を指向したこと,1審原告A夫婦は取引内容及び取引成果に関する詳細な管理ノートを作成していることからも,その証券投資に関する積極的な姿勢が明らかである。さらに,1審原告A夫婦は,複数の証券会社との間で証券取引を行うだけの十分な資産を有していたものである。

(4)  1審被告らに1審原告Aに対する説明義務違反はない。

1審被告Dは,1審原告Aから,短期間に損失を挽回する方法を質問されて,その一方法として信用取引の提案をしたが,その際,信用取引の仕組み及び危険性について説明して,信用取引を行うかどうか一度熟慮を求めた。そして,同1審被告は,その後,同1審原告からの申出に基づき,再度,信用取引説明書を利用しながら信用取引の仕組みや危険性を分かりやすく説明した上で,信用取引口座開設申請書,信用取引口座設定約諾書及び非貸借取引銘柄の信用取引の特約条項に関する承諾書への署名押印を求め,同1審原告から署名押印を得る一方,割印のある信用取引説明書を交付し,後日,説明書及び約諾書の写しを同1審原告に送付した。

そして,同1審原告は,上記説明により,信用取引の仕組み及びその危険性を十分に認識しながら,短期間に損失を挽回する目的で,信用取引を行ったのであるから,1審被告らに説明義務違反がないことは明らかであり,また,同1審原告に信用取引を勧めたことが適合性違反となるものではない。

(5)  1審被告Dが1審原告Aに対し兼松日産農林株等の信用取引を勧誘したこと等に違法な点はない。すなわち,

ア 1審被告Dは,上記(4)のとおり,1審原告Aが信用取引を開始するまでに信用取引の仕組み及び危険性について十分に説明してその理解を得ていたものであるところ,同1審原告に対しては,信用取引をする個別銘柄についての勧誘の際には,各銘柄毎に過去数か月間の値動きや出来高等を説明し,日々公表銘柄に指定された際には(なお,日々公表銘柄に指定されたことが直ちに仕手株であることを意味するものではない。),その旨を説明していたもので,兼松日産農林株については,それが仕手株であること及び仕手株であるから値動きが転ずる時期を判断しかねることも説明した。そこで,同1審原告は,同株,サカイオーベック株,日東化学株及び極洋株が値動きの激しい銘柄であり,同1審被告にも値動きが予測できず,その予測が外れた場合には多額の損金が発生することを十分に認識しながら,これら株の取引を行ったのである。したがって,同1審被告が同1審原告にこれら株の取引を勧めたことに違法,不当な点はない。

イ また,そもそも信用取引には6か月の決済期限があるから,短期間に利益を得る可能性の高い銘柄,値動きの大きい銘柄に投資しなければ,利益を得る可能性の極めて低い制度であって,値動きの少ない銘柄を取引するだけでは手数料及び金利分の損失を被ることになるので(したがって,信用取引においてそのような銘柄の株取引を勧める行為は,顧客の利益を考慮しない不適当な勧誘であるといえる。),1審被告Dが,1審原告Aに対し,値動きの大きい株の取引を勧めたことで非難されるいわれはない。

そして,同1審原告は,短期間に損失の挽回を目的として信用取引を行っており,必然的に取引回数が増加し,それに伴って1審被告会社の取得する手数料が増加することになるのは当然のことであり,取引回数の多さや手数料の増加から,1審被告Dの同1審原告に対する株取引の勧誘が違法となるものではない。

第3当裁判所の判断

1  本件株取引③の当事者

(1)  乙第2号証,同第5号証,同第57号証,同第61号証,当審及び原審における1審原告C及び1審被告D各本人尋問の結果によれば,次の事実が認められる。

ア 昭和60年2月19日ころ,1審被告会社名古屋支店に1審原告C名義の顧客登録がなされ,その後,同人名義の取引口座が設定されて,同人名義で取引が行われるようになった。

上記口座開設の手続きは1審原告A又は1審原告Bが行い,1審原告Cは1審被告会社と接触していない。

イ 1審被告会社での1審原告らの取引は,当初は,1審原告C名義の取引も含めて,1審被告会社の担当者が1審原告A宅を訪問したり同1審原告に電話したりして同1審原告に適当な取引対象を紹介するとともに必要な情報提供を行い,1審原告Aがこれを検討した上で,1審被告会社の担当者に指示して取引を執行させるという方法で行われていた。そして,1審被告会社の担当者が1審原告A宅を来訪した際,その場に同Bが同席していることは多かったが,同C(同A及び同Bと同居していた。)が同席していたことはなく,また同Cは1審被告会社の担当者と電話で話したこともなく,1審原告C名義でする取引の指示は,すべて同Aが行っていた。

その後,1審原告らの信用取引が開始されたころからは,1審被告会社の担当者が,主に1審原告Aに頻繁に電話して,同1審原告に市況を報告したり,同人から取引の注文を受けたりしていた。

ウ 1審原告C名義の取引について,同1審原告の固有の資金でもってなされていたと認めるに足りる証拠はない。

(2)  上記認定事実によれば,本件株取引③の取引当事者は1審原告Aと認めるのが相当である。

2  無断売買,無断処分について

(1)  乙第4,第5号証,同第7号証,同第40号証,同第55号証,同第57号証,原審及び当審における1審被告D各本人尋問の結果によれば,次の事実が認められる。

ア 1審被告会社名古屋支店における1審原告ら名義の取引口座では,当初は投資信託や転換社債等の取引のみが行われ,株式の取引は行われていなかった。

イ ところが,平成5年2月10日に1審原告A名義の口座(本件株取引①)で三協アルミニウム工業株1000株の買付けが行われたのを皮切りに,1審原告ら3名の口座でそれぞれ株式の現物取引(別紙株取引一覧表①及び②の株取引並びに③のうち「現物/信用」欄に「現」と記載されている株取引)が行われるようになった。

そして,後記のとおり平成7年7月19日に1審原告C名義で株式の信用取引が開始される時までになされた商品目録①ないし③の転換社債等の処分の中には,上記三協アルミニウム工業株1000株の買付けのための同日の同人名義の6回日本石油転換社債の売却を初めとして,株式現物取引の資金にするために処分されたものがあった。

ウ 平成7年6月14日,1審被告Dが1審原告A宅を訪問したところ,1審原告Aは,同年2月7日に1審原告C名義の口座(本件株取引③)で買い付けた大末建設1000株の評価損と投資信託取引の損失の合計が320万円程に達したとして,1審被告Dに上記損失の回復を図るよう求めた。これに対して,1審被告Dは,当初転換社債や株式の現物取引による挽回策を提案したが,1審原告Aはこれをより早急に解消する方策を求めて納得せず,さらに効果的な方法を示すよう1審被告Dに迫った。そこで,1審被告Dが株式の信用取引を提案したところ,1審原告Aはこれを受け容れ,株式の信用取引を開始することにした。そして,平成7年7月17日,1審被告Dが1審原告A宅に必要書類を持参し,同1審原告の指示により1審原告Bが信用取引口座開設申請書,信用取引口座設定約諾書及び非貸借取引銘柄の信用取引の特約条項に関する承諾書に1審原告C名義で署名押印し,1審被告会社名古屋支店に1審原告C名義の株式の信用取引口座が設定された。

そして,平成7年7月19日以降,同口座を使用して,株式の信用取引が開始された。

上記信用取引が開始されてから後も,1審原告Aは,投資信託や転換社債等の取引を比較的安全,確実な取引として,投機的色彩の強い株式の信用取引とは別枠で平行して行う意向であったが,後記のとおり1審原告C名義の株式信用取引の追い証に充当するために平成7年8月10日に1審原告A及び1審原告B名義の東京MMFが解約されてから後は,殆どの投資信託や転換社債が,上記信用取引の追い証に充てるために売却された。

(2)  甲第5,第6号証,同第27,第28号証,乙第12ないし第26号証,第31号証,同第33号証,同第37,第38号証,同第47号証,同第48号証の6ないし9,13,同第55号証によれば,次の事実が認められる。

ア 1審被告会社では,株取引が成立した翌日か翌々日に,取引内容を記載した売買報告書を顧客に送付しており,1審原告A及び同Bも,本件株取引の売買報告書の送付を受けていた。そして,1審被告会社は,売買報告書の控えとして売買日記帳を作成しているが,同日記帳には,本件株取引がすべて記録されている。

イ また,1審被告会社では,一般に,顧客から預託された金銭及び有価証券の直近残高を記載した残高明細書を年2回顧客に送付しており,さらに,信用取引については,毎月,信用取引の銘柄,売買の別,株数,弁済期限等を記載した建玉通知書を送付していた。

ウ さらに,1審原告A名義の別紙株取引一覧表①記載の三協アルミニウム工業及びムーンバット,1審原告B名義の別紙株取引一覧表②記載のムーンバット,サンケン電気,三協アルミニウム工業,東京製鉄,大末建設(ただし,平成7年2月7日又は同月26日のどちらか一方)及び島津製作所並びに1審原告C名義の別紙株取引一覧表③記載のサンケン電気(2件),三協アルミニウム工業,東京製鉄,大末建設(ただし平成7年2月7日のもの),島津製作所及び村田製作所の各購入株式については,回収済みの刻印のある各名義人宛の預り証が存在する。

エ また,平成7年8月3日売建てで信用取引した兼松日産農林株1万株の急騰によって同月10日追い証が発生したため,同日1審原告B名義の大末建設3000株が売却され,その売却代金のうち144万6014円が同1審原告名義の口座から出金されて,うち140万円が同月15日に1審原告C名義の信用取引口座に入金され,また,いずれも同月10日1審原告A及び1審原告B名義の各東京MMFが解約されて,いずれも同月11日1審原告A名義の口座からその解約金10万円が,1審原告B名義の口座からその解約金及び株式売却残代金合計14万6166円がそれぞれ出金されて,うち22万7396円が同日1審原告C名義の信用取引口座に入金され,さらに,同年10月6日1審原告B名義の東京MMFが解約されて,その解約金94万1957円のうち90万円が同月9日1審原告C名義の信用取引口座に入金されたのであるが,上記1審原告B名義の口座からの144万6014円(乙第48号証の9),14万6166円(乙第48号証の7)及び94万1957円(乙第48号証の13)の各出金並びに1審原告A名義の取引口座からの10万円の出金については,それぞれの署名押印がなされている出金請求受領書が存在する。

オ 平成7年10月23日,1審被告Dは,兼松日産農林株1万株が再び急騰したため,1審原告A宅に説明に行ったところ,1審原告Bは本件株取引は無断取引であると主張し始めたが,この時まで,1審原告Aや1審原告Bが,本件株取引が無断取引であるとして問題にすることはなかった。

(3)  さらに,乙第37号証の「株式・株式先物買伝票」及び同第38号証の「株式・株式先物売伝票」には,本件株取引の全伝票が含まれており(525丁にJR東日本),その各伝票には,それぞれの受注日時が記載されている。

しかしながら,甲第9号証,同第10号証の1ないし3,同第11ないし第13号証,同第14号証の1,2,同第54号証,当審における1審原告A本人尋問の結果によれば,甲第54号証の陳述書うち,別紙「株・信用取引の受注・発注状況一覧表」の「月日」欄記載の日は,1審原告Aは1審原告Bとともに又は単独で,同表「行動」欄記載の用事で外出していることが認められる。

(4)  以上の認定事実及び証拠関係に基づき,無断売買,無断処分の有無について判断する。

ア 前記1,2(1)イ及び同(2)アないしウの各事実を総合すれば,平成7年2月7日の1審原告C名義の大末建設株購入までは,1審被告会社は,予め1審原告Aや1審原告Bの注文を受けた上で本件株取引を執行していたものと推認することができる。

なお,甲第8号証,原審における1審原告A,同B及び同C各本人尋問並びに当審における1審原告A本人尋問の結果中には,1審原告らが,1審被告会社の担当者に,投資信託,転換社債のような安全,確実な貯蓄型の取引のみをするよう依頼していたにもかかわらず,1審被告Dは1審原告らに無断で株式の現物取引を行ったもので,1審原告らは,これらの取引が行われたことを事後報告で知って,再三,株式の取引はしないよう1審被告Dに言っていたものであり,しかも,1審原告らは,当初これらの取引を転換社債か投資信託と思っており,これが株式の取引であると初めて知ったのは,平成7年7月中旬ころ,株取引報告書が盛んに送られてくるため不審に思って1審被告Dに尋ねて教えられた時である旨の供述又は供述記載がある。

しかしながら,乙第40号証並びに原審における1審原告A及び1審被告D各本人尋問の結果によれば,1審原告Aは,1審被告会社で証券取引を始める以前にも,日本電信電話公社在職(昭和56年3月31日退職)当時から証券取引の経験があり,しかも,本件株取引については,取引収支を記録もしていること,1審原告Bは1審被告会社の担当者の礼儀作法等にやかましいため,当初担当していた女性担当者が次々と交替していることが認められ,このような1審原告Aや1審原告Bから再三抗議を受けながら,1審被告Dが,同1審原告らに無断で本件株取引を行い続けた等ということは考えにくいし,1審原告Aや同Bが株式現物取引の取引報告書の送付を受けながら,2年近くも株式の取引が行われていることを知らなかったというのも疑わしく,上記供述又は供述記載は信用し難く,これによって,前記認定は左右されない。

イ 次に,平成7年7月10日の1審原告B名義及び1審原告C名義の各大末建設株購入以降の本件株取引については,実質的な一任売買がなされていたものと推認するのが相当である。すなわち,

(ア) 前記2(3)のとおり,甲第54号証の陳述書別紙「株・信用取引の受注・発注状況一覧表」の「月日」欄記載の日は,1審原告Aは1審原告Bとともに又は単独で外出していることが認められ,これらの日に1審被告会社の担当者が1審原告A宅に電話して1審原告Aから本件株取引の注文を受けることは不可能と考えられるところ,乙第37,第38号証の本件株取引の売買伝票には,1審被告会社がこれらの日に名義人からの注文を受けて同日の取引を行った旨が記載されている。そして,それは,平成7年7月10日以降の本件株取引のうち,同年11月13日の兼松日産農林株買付け及び同月17日の村田製作所株売却を除く約60件に上る取引すべてに当たる。そうすると,上記乙第37,第38号証の受注の記載は実態を伴わない記載であって,そのことは,かえって,平成7年7月10日以降の本件株取引は,1審被告会社が,必ずしも予め1審原告Aや1審原告Bからの注文を受けることなく行っていたことを推認させるものといえる。

なお,1審被告らは,1審原告Aらが外出予定の場合には,1審被告会社の担当者は事前に注文を受けておき,指示された銘柄,株数,売買単価等に従って取引を執行していたのであり,伝票には執行の日時を受注日時として記載したものである旨主張し,これに沿う乙第61,第62号証の各記載及び当審における1審被告D本人尋問の結果があるが,真に執行の日より前に注文を受けたのならば,伝票には正にその日を記載する筈であるし,1審原告Aらが家を留守にしている日に執行されている取引の中には,当日株価の変化に応じて注文を受けなければ執行し得ない日計り取引(株取引一覧表③の平成7年8月23日のサカイオーベックス株の売買,同月24日の日東化学株の売買及び同月28日の極洋株の売買)等も存することからして,上記当審における1審被告D本人尋問の結果は信用することができず,1審被告らの上記主張は採用できない。

(イ) 他方,前記2(1)ウ並びに(2)ア,イ,エ及びオの認定事実を総合すれば,1審原告A及び1審原告Bは,1審被告会社担当者が予め同1審原告らから注文を受けないで本件株取引を行うことを容認しており,これがなされると,自己の取引として認めていたものと推認することができる。

なお,1審原告らは,前記2(1)ウの認定事実につき,1審原告Aは,1審被告Dに投資信託等で生じた300万円程の損失の挽回策を考えるよう頼んだが,「急がなくてもよいから安全確実な商品を紹介して欲しい。」と頼んだのであって,その際株式の信用取引の話は出ていないし,「信用取引口座開設申請書」(乙第9号証)を作成したこともない,「信用取引口座設定約諾書及び非貸借取引銘柄の信用取引の特約条項に関する承諾書」(乙第10号証)には,1審原告Bが同C名義の署名をしたが,それは兼松日産農林株の利益が生じた後の平成7年8月初旬のことであり,「45万円儲けがあったので書いて下さい。」と言われ,信用取引開設のための書類とは知らずに署名したものであって,1審原告C名義の信用取引口座が設定され,信用取引が行われているのを知ったのは同年8月10日ころであると主張し,これに沿う甲第8号証の供述記載並びに原審における1審原告A及び同B各本人尋問並びに当審における1審原告A本人尋問における各供述がある。

しかしながら,「信用取引口座開設申請書」(乙第9号証)の1審原告C名義の署名は,同Bが同C名義の署名をした「信用取引口座設定約諾書及び非貸借取引銘柄の信用取引の特約条項に関する承諾書」(乙第10号証)の署名と同一筆跡であって,これも1審原告Aの指示により1審原告Bが署名押印したものと考えられるし,これらの書類にはいずれも「信用取引」の文字が明記されていて,前記のとおり長期にわたり証券取引の経験を有し,取引収支を記録してもいる1審原告Aが,これを信用取引開設のための書類とは知らなかったとは考えられず,上記各供述又は供述記載は信用し難く,これによって,前記認定は左右されない。

以上の諸点から,平成7年7月10日の1審原告B名義及び1審原告C名義の各大末建設株購入以降の本件株取引については,1審被告会社は,必ずしも予め1審原告Aや1審原告Bの注文を受けないで本件株取引を執行し,事後的に同1審原告らがこれを承認していたものも多々あったものと認めることができるのである。

ウ 以上の認定,判断のとおり,1審原告らの無断売買,無断処分の主張はいずれも採用できない。

3  説明義務違反等による不法行為又は債務不履行について

(1)  適合性原則違反について

ア 証券取引法には証券会社の適合性原則遵守義務の定めがある。この規定は,直接的には行政監督上の定めであるが,証券会社は,私法上も,顧客に対する善良なる管理者の注意義務に基づき,投資者に対し,投資者の意向,投資経験及び資力等に照らし,不適当と認められる勧誘を行ってはならない義務を負うものと解すべきである。

なお,前記1のとおり,本件株取引③の当事者は1審原告Aと認めるのが相当であるから,同取引の適合性原則違反の有無,程度は,1審原告Aについて考えられるべきことになる。

ところで,上記1審原告Aの行う本件株取引③は,借名取引であるということになるが,借名取引であるということ自体は,適合性原則違反の有無や程度の判断に影響を及ぼすものではないし,また,他の義務違反にも関わるものではない。

(ア) 前記のとおり,1審原告Aは,大正11年6月11日生まれであり,昭和56年3月31日,保全調査員を最後に日本電信電話公社を退職した者であり,1審原告Bは,同Aの妻で,大正13年10月16日生まれであって,昭和59年3月教育公務員を退職した者であり,同1審原告らは,退職後現在まで年金生活をしている。

(イ) 甲第8号証,乙第40号証,同52号証の1,原審及び当審における1審原告A及び1審被告D各本人尋問の結果によれば,1審原告Aは,名古屋市a区b町cに土地建物を有し,同所に居住していることが認められる。

(ウ) 前記のとおり,1審原告Aは,日本電信電話公社在職当時から証券取引の経験があるが,原審における1審原告A本人尋問の結果によれば,それは野村証券に依頼して投資信託や転換社債等の取引を行っていたもので,株取引は,NTT株1株を購入したのみであることが認められる。

(エ) なお,この他に,1審原告らは,1審原告A及び同Bは投資信託や転換社債等の安全で確実な商品の取引のみを行う意向であり,1審被告会社の担当者にも何度もその旨伝えていたと主張し,これに沿う甲第8号証の供述記載,原審における1審原告A及び同B各本人尋問並びに当審における1審原告A本人尋問における各供述があるが,これらの各供述及び供述記載が信用し難いことについては,前記2(4)ア記載のとおりであり,上記主張は採用できない。

ウ 乙第4,第5号証,同第7号証,同第33号証,同第37,第38号証,同第40号証,同第55号証,同第57号証,原審及び当審における1審被告D各本人尋問の結果によれば,次の事実が認められる。

(ア) 平成5年2月10日に1審原告A名義で行った最初の株取引である三協アルミニウム工業株1000株の買付けは,比較的確実な底値の銘柄として行われたものであり,その後の本件株取引①の平成5年8月13日のムーンバット株の買付け,本件株取引②の平成5年8月13日のムーンバット株から平成6年5月10日の東京製鉄株までの各買付け,本件株取引③の平成6年3月2日のサンケン電気株から平成6年4月27日の東京製鉄株までの各買付けも,中には損失が生じたものがあるにしても,Jリーグ関連の人気商品の独占供給業社株や株価が底打ちの状態にあると見える株等,いずれも株取引としては比較的安全な銘柄を選んで行ったものであった。

(イ) その後,阪神大震災の復興需要の観点から株価の上昇期待があったことから本件株取引③の平成7年2月7日の大末建設株1000株が購入されたが,暫くしてから値を下げていたところ,久々に建設株が動意含みとなったことから,同年7月10日,本件株取引②で3000株,本件株取引③で8000株,それぞれ大末建設株を買い足して,いわゆる難平を行った後,同月12日,上記本件株取引②の大末建設株3000株及び③の大末建設株合計9000株を売却して,本件株取引②で3000株,本件株取引③で8000株,それぞれ東洋建設株を買い付け,さらに,平成7年7月13日,上記東洋建設株合計11000株を売却して,本件株取引②で3000株,本件株取引③で8000株,業績回復の見通しがあり出来高が急増していた島津製作所株をそれぞれ買い付けた。

(ウ) 前記2(1)ウのとおり,上記平成7年2月7日買付けの大末建設の評価損と投資信託取引の損失の回復策として,平成7年7月17日1審被告会社に1審原告C名義の株式信用取引口座が設定され,同月19日から信用取引が開始されたのであるが,当時の株式市況は全体的に下げ気味であり,値動きの荒い小型株が,個人投資家には比較的人気があったが,中でも兼松日産農林株は,出来高が1週間で2000万株を超え,1,2番の人気株であったため,1審被告Dは1審原告A宅を訪れ,チャートブックを示して同株の株価の動きを説明したところ,1審原告Aは損失を回復する絶好のチャンスであるとして,指値1170円で同株1万株購入を発注し,これが平成7年7月19日執行されて,本件株取引③の同日の兼松日産農林株10000株の買付がなされた。そして,1審原告Aは,1審被告Dと相談の上,同株の寄付きによる売却を発注し,同月21日その売注文が執行されて45万2180円の利益が生じている。

そして,その後,本件株取引②の平成7年7月26日大末建設の買付けや,本件株取引③の同月24日の日通工株,同年8月1日の東洋建設株等の買付けも行われているのであるが,1審原告Aは,1審被告Dが同1審原告宅を訪問した際,同1審被告に「兼松日産農林株が平成7年3月の安値から4倍以上になっている。そろそろ下がる時期ではないか」と相談し,同1審被告は1審原告Aに仕手株なので株価が転じる時期は判断できない旨進言したが,1審原告Aは1審被告Dに1180円の指値で兼松日産農林株1万株の売建てを発注し,これが同年8月3日執行されて,本件株取引③の同日の兼松日産農林株10000株の売建てがなされた。

また,村田製作所が好業績で株価も少しずつ上昇していたことから,1審原告Aの指示により,同日本件株取引③の村田製作所株1000株の現物売買による買付けも行われた。

(エ) しかしながら,前記2(2)エのとおり,兼松日産農林株はその後急騰し,平成7年8月10日追い証が発生して,1審原告B名義の大末建設株が売却され,また,1審原告A及び1審原告B名義の各東京MMFが解約されたりしているのであるが,さらに,追い証の発生を抑えるために,1審原告Aの了承を得て同月21日に上記兼松日産農林株のうち3000株の買付けが行われた。

そして,その損失決済の上,これによって生じた保証金の枠を利用して,短期に細かく利益を生じさせる目的で,いずれも本件株取引③の平成7年8月23日のサカイオーベックス株2000株の売買,同月24日の日東化学株の売買及び同月28日の極洋株の売買が,いわゆる日計りとしてなされ,利益を収めている。

その後も,兼松日産農林株の株価の様子を見ながら,保証金の枠を利用して,同様の目論見から,本件株取引③の同年9月1日の北川鉄工所株8000株の買付から同年9月8日のアイワ株3000株の売却まで,数日単位の売買が順次繰り返された。

(オ) 平成7年10月19日,上記兼松日産農林株は,再び株価が上昇し,追い証が発生したため,1審被告Dが1審原告Aに連絡したところ,1審原告Aは同年9月14日買い付けた本件株取引③の日本発条株10000株のうち7000株の売却を指示し,さらに同月20日同株の残る3000株売却を指示し,それぞれ指示の日に売却が実行されて,売却金が追い証に充当された。

なお,これによって,上記日本発条株取引は約48万円の損失が確定した。

(カ) そして,平成7年11月13日上記兼松日産農林株7000株が買い付けられて決済され,また,同月17日前記現物売買にかかる村田製作所株1000株が売却されて,本件株取引が終了した。

エ 以上の事実に基づき,適合性原則違反の有無,程度につき検討する。

(ア) まず,株式現物取引については,1審原告A及び1審原告Bの取引経験や資産に照らし,適合性原則違反は認められない。なお,1審原告Bについては,同1審原告の取引も実際には1審原告A主導で行われており,その資産関係も実質上1審原告Aと共通といえるから,1審原告Bについては,1審原告Aと同程度とみることに不合理はない。

1審原告らは,1審原告A及び同Bは投資信託や転換社債等の安全で確実な商品の取引のみを行う意向であったと主張するが,その主張が採用できないこと,前記のとおりである。

(イ) 次に,1審原告Aも1審原告Bも65歳をはるかに超える老齢者で,年金生活者でもあり,両名は一般に株式信用取引の適合性を欠くものといえる。ただ,1審原告Aは前記のとおり取引経験を有するが,これまでは投資信託や転換社債の取引のみで,NTT株を1株有している以外に株取引の経験はなく,また,資産についても,住居の土地建物を所有しているとはいえ,直ちに株取引の資金となる資産ではなく,このような要素を考慮しても,なお,適合性は薄いものといわざるを得ない。

ことに,1審原告C名義の信用取引において売買された株式の銘柄は,値動きの荒いものが多く,就中甲第4号証によれば,兼松日産農林株やサカイオーベックス株は日々公表銘柄等に指定されていることが認められ,その適合性原則違反は比較的強いものというべきである。

(2)  説明義務違反について

前記2(1)ウのとおり,平成7年6月14日,1審被告Dは1審原告A宅で同1審原告に信用取引を提案しているのであるが,乙第8号証,同第40号証及び原審及び当審における1審被告D各本人尋問の結果によれば,その際,1審被告Dは1審原告Aに,信用取引の仕組みを説明した上,ハイリスク・ハイリターンの取引であることや,株価の変動により損失が生じて追い証が必要になる場合があり,これが差し入れられないときには強制的に建玉を決済されることがあること等必要な事項を説明した上,さらに,同年7月17日に1審原告C名義の株式の信用取引口座の設定申込みを受けた際にも,信用取引説明書(乙第8号証)を交付して,同文書を用いて信用取引の概略を説明していることが認められる。

そして,前記1審原告Aの取引経験や上記信用取引説明書の記載からすれば,1審被告Dの1審原告Aに対する株式の信用取引の説明は,特に欠けるところはないものというべきである。

(3)  不当勧誘について

証券取引に当たって,証券会社又はその従業員が,断定的判断の提供による勧誘,顧客を誤認させるような勧誘及び利益保証による勧誘を行うことは,私法上も,債務不履行又は不法行為の責任原因となるものといえる。

しかしながら,本件株取引の経緯は,前記2(1)及び3(1)ウのとおりであって,1審被告Dその他1審被告会社担当者が,本件株取引について断定的判断の提供による勧誘,顧客を誤認させるような勧誘及び利益保証による勧誘を行った事実は認められないから,1審原告らの不当勧誘の主張は認められない。

(4)  実質的な一任売買下での委託者に不合理かつ不利益な取引

ア 実質的な一任売買,押し付け売買について

前記2に述べたとおり,本件株取引のうち,平成7年2月7日の1審原告C名義の大末建設株購入までは,1審被告会社は,予め1審原告Aや1審原告Bの注文を受けた上で本件株取引を執行していたものであり,平成7年7月10日の1審原告B名義及び1審原告C名義の各大末建設株購入以降の本件株取引については,実質的な一任売買がなされていたものと認められるのであるが,その一任売買は,1審被告会社や1審被告Dが口座を支配して取引を行い,事後に1審原告Aや1審原告Bにその承認を押し付けるという態様のものではなく,同1審原告らにおいても一任売買を容認し,重要な取引については1審原告Aにおいて主導的に1審被告Dを指示していたものというべきである。

イ 乗換,日計り等の短期間の頻繁売買,仕手株,難平の危険な取引等について

そして,平成7年7月10日の1審原告B名義及び1審原告C名義の各大末建設株購入以降の本件株取引については,前記3(1)ウのとおりであって,次第に値動きの荒い銘柄の取引が多くなり,しかも,その取引数量は格段に増加している。また,乗換,日計りや難平等の危険な売買もあり,さらには,兼松日産農林株やサカイオーベックス株等の日々公表銘柄等もある。ただ,兼松日産農林株の取引には1審原告Aの意向が少なからず反映されており,それを前提に,乗換取引や日計り取引がされたという側面もある。

(5)  以上の諸点を総合すれば,本件株取引には,平成7年7月10日の1審原告B名義及び1審原告C名義の各大末建設株購入以降の取引につき,1審被告らには,適合性原則違反及び実質的な一任売買下で危険な取引を行ったことによる不法行為責任があるというべきである。

しかしながら,本件株取引のうち本件株取引①,本件株取引②及び③の各平成7年7月10日の大末建設株取引より前の各取引については,1審被告らの不法行為責任は認めることができない。

そうすると,1審被告らは,本件株取引②のうち平成7年7月10日の大末建設株取引以降の取引について,1審原告Bに対し,不法行為に基づく(1審被告会社については使用者責任に基づく。)損害賠償責任を負う。また,1審被告らは,本件株取引③のうち平成7年7月10日の大末建設株取引以降の取引について,その取引主体である1審原告Aに対し,不法行為に基づく(1審被告会社については使用者責任に基づく。)損害賠償責任を負う。

なお,1審原告Aは,兼松日産農林株の取引に関して自己の意向を反映させるなど,その取引について自ら関与している度合いも低くないところから,本件の諸般の事情を考慮し,1審原告Aに生じた損害の5割について過失相殺するのが相当である。

4  損害

(1)  1審原告らは,本件株取引②及び③の取引による損害として,別紙株取引一覧表②及び③の「損益」欄記載の損害(取引損害)のほか,別紙損害計算表記載のとおりの運用益逸失損害を蒙った旨主張する。しかしながら,1審原告らが本件株取引による購入資金を他の取引に運用し,年5分の利廻りによる利益を上げる見込みが確実であったと認めるべき証拠はないので,運用益逸失損害発生の主張を採用することはできない。

(2)  したがって,1審原告B及び1審原告Aに生じた損害は取引損害について認められるところ,その損害額は,1審原告Bについては,別紙株取引一覧表②「平成7年7月10日」欄記載の大末建設株購入以降の取引の損益合計4798円,1審原告Aについては,別紙株取引一覧表③「平成7年7月10日」欄記載の大末建設株購入以降の取引の損益合計1347万6803円の5割に当たる673万8401円(1円未満切り捨て)となる。

(3)  なお,1審原告Bについては,認容される取引損害の額が僅少であることから,弁護士費用の損害を認めるのは相当でないが,1審原告Aについては,1審被告らの上記不法行為と相当因果関係がある損害として,弁護士費用68万円を認めるのが相当である。

5  結論

以上のとおり,1審原告Aの請求は,1審被告らに対し,各自,取引損害673万8401円,弁護士費用68万円の合計741万8401円及びこれに対する1審被告らの不法行為の後である平成8年8月27日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がなく,1審原告Bの請求は,1審被告らに対し,各自,取引損害4798円及びこれに対する1審被告らの不法行為の後である平成8年8月27日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がなく,1審原告Cの請求は理由がないから,1審原告A,1審原告B及び1審被告らの各控訴に基づき原判決を上記趣旨に変更し,1審原告Cの控訴は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条,61条,64条を,仮執行宣言につき同法297条,259条1項を各適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 川添利賢 裁判官 玉越義雄)

(別紙省略)

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