大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成11年(ネ)937号 判決 2000年5月30日

控訴人(被告) Y

右訴訟代理人弁護士 西村秀樹

被控訴人(参加人) Z

右訴訟代理人弁護士 髙木道久

被控訴人(原告) X1

被控訴人(原告) X2

被控訴人(原告) X3

右3名訴訟代理人弁護士 楠井嘉行

同 北薗太

同 川端康成

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人Zの控訴人に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人Zの負担とし、その一をその余の被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

主文同旨

第二当事者の主張

当事者の主張は、原判決5頁6行目の「3月16日、」の次に「控訴人を貸主、Aを借主として、」を、同6頁6行目の「Aは」の次に「平成7年5月2日」をそれぞれ加えるほか、原判決の事実欄「第二 当事者の主張」に摘示のとおりであるから、これを引用する。

第三当裁判所の判断

一  本件保証金の返還時期について判断する。

1  甲1号証の1によれば、昭和51年3月16日に作成された本件契約の契約公正証書においては、保証金に関して、次のような条項が定められていることが認められる。

《第13条》

貸借人は本契約に基づく債務を担保するため保証金として本契約時に金226万円也、同月末日に金452万円也、同年5月末日に金452万円也を賃貸人に交付するものとする。

賃借人は賃貸借期間中は保証金をもって賃料その他本契約に基づく債務の弁済に充当することはできない。

保証金は無利息とし、本契約が終了し賃借人が賃貸借物件の明渡しを完了したときに返還する。但し、本契約に基づく延滞賃料または損害金等賃借人が負担すべき債務が残存するときは、賃貸人は任意にその保証金をもってその債務の弁済に充当することができる。

《第20条》

保証金は本契約10か年据置の後、10か年均等分割払いにより賃貸人は賃借人に返還するものとする。但し、次期入居者が決定した場合は、協議の上繰上げ返還するものとする。(以下省略)

2  本件契約の保証金に関する右契約条項は、第13条においては契約終了後建物明渡し後に返還するとされているのに対し、第20条においては契約後10年経過した後10年間で均等返還するとされているから、その文言だけからでは、これを統一的に無理なく解釈することは困難である。すなわち、第13条を中心に考えれば、控訴人主張のように、あるいは少なくとも契約が終了し建物明渡しが完了した後に返還時期が到来すると解釈すべきことになり、第20条を中心に考えれば、被控訴人ら主張のように解釈することが可能である。

ところで、契約条項は、基本的又は重要な内容から規定し、その後に附属的又は補足的な内容を規定するのが通常であるから、条項の内容に統一性がない場合には、他に、この解釈の基準となる条項や、同じく契約締結時の事情がない限り、条項番号の先の規定を中心に考えるべきものである。また、右1の契約第20条但書の規定は、次期入居者が決定した場合は、控訴人が新たな賃借人から保証金を受領することができることから、保証金返還を繰り上げることを定めたものと解されるが、これは賃貸借契約が終了したことを前提とした規定である。但書は、本文の規定を受けたものであるから、右第20条本文も、同契約が終了したことを前提とした規定であると解するのが自然である。本件保証金の返還時期について、被控訴人ら主張のように考えると、右第20条但書は、本件契約が締結後20年よりもかなり短い期間で終了した場合しか適用の余地がないことになる。

そうすると、契約条項の前後関係と右第20条但書の存在を考慮すると、右第20条本文については、その文言にかかわらず、契約が終了する前に保証金を返還することを定めた規定ではないと解するのが妥当ということになる。

3  次に、本件契約における保証金の趣旨や契約締結当時の当事者の意思等を検討する。

本件保証金について、建設協力金としての趣旨を含むかどうかについては争いがあるが、右1の契約第13条の規定からみても、賃借人の賃料その他の債務を担保する目的があることは明らかである。ところで、本件保証金の返還時期について、被控訴人ら主張のように、本件契約が終了したか否か、賃借人が建物明渡しをしたか否かに関係なく、本件契約締結から10年経過後から10年間にわたって分割返還する約定であったと解すると、本件契約が20年以上継続した場合には、保証金全額が賃借人に返還され、賃貸人は何らの保証金もないまま、賃貸借契約を継続させなければならないことになる。甲1号証の1によれば、Aは、本件契約当時40歳であったことが認められるから、これより長期間にわたり本件契約が存続する可能性はあった筈であり、そうすると、賃貸人である控訴人は、無担保に陥るような内容の賃貸借契約の締結に同意したことになるが、そのようなことは考え難いことである。

また、被控訴人ら主張のとおりとすれば、本件保証金については、遅くとも昭和62年3月には最初の分割払債務113万円の期限が到来したことになるが、そのころAが控訴人に対し、保証金の返還を強く要求した事実を認めるに足りる証拠はない。この点に関して、甲4号証には、Aが昭和63年から平成元年ころ控訴人に対し、保証金のうち期限が到来した部分の返還を請求したが、控訴人から本件建物の明渡しをしない限り返還しないと言われて、返還請求を断念した旨の供述記載がある。しかしながら、Aにおいて、控訴人が約定に反して保証金の一部返還を拒否したとの明確な認識を有していたのであれば、その金額が少額でないことを考慮すると、賃料債務と一部相殺する方法により、保証金の返還を実現することも十分可能であったはずであり、返還請求を断念せざるを得なかった事情があったとは言い難く、右供述記載は直ちに信用できない。

さらに、乙1及び2号証、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、有限会社おもちゃのa(以下「a社」という。)との間で、昭和51年3月16日、本件契約の対象物件と同じ建物の1ないし3階の一部について、昭和57年8月30日、右建物の1階の一部について、それぞれ公正証書により賃貸借契約を締結し、保証金については本件契約と同一内容の条項を定めたことが認められる。もっとも、乙2号証によれば、昭和57年8月30日に締結された契約公正証書の第13条には「保証金は無利息とし、本契約が終了し賃借人が賃貸借物件の明渡しを完了したときに返還する。」との文言が記載されていないが、右第13条は「<省略>債務の弁済に充当することはできない。する。但し、本契約終了時に<省略>」と記載されていて、明らかに文章が連続しておらず、しかも「できない。」と「する。」との間に空白の1行があることが認められるから、何らかの文が誤って欠落したものとみるのが相当であり、したがって、「保証金は無利息とし、本契約が終了し賃借人が賃貸借物件の明渡しを完了したときに返還する。」との文言が誤って記載されなかった可能性は否定できない。いずれにしても、控訴人とa社との賃貸借契約においても、本件契約と同様に、保証金の返還時期について疑義が生じることになるが、仮に、a社が、被控訴人らと同様の認識を有していたとすれば、昭和62年3月以後に、保証金の一部返還請求をしたはずであるにもかかわらず、乙3及び9号証によれば、平成5年1月に至り、a社が控訴人に対し、保証金の返還を請求したことはあるものの、控訴人の説明を理解して、その後は返還請求をしなかったことが認められる。したがって、本件契約と同時期に同一建物の一部につき控訴人との間に賃貸借契約を締結したa社においても、契約終了前に保証金の返還を請求できると明確に認識していたとは認められないところである。

4  以上、本件保証金に関する契約条項の内容及びその論理構造、契約当事者の意思並びに契約締結時の諸事情を総合考慮すると、契約内容の統一性を乱し、本件保証金交付の趣旨、目的を阻害する結果を招くことになる被控訴人らの保証金返還時期に関する主張は、到底採用できない。

5  右のとおりであるから、被控訴人の主張するように平成8年3月16日をもって、最終の返還時期であるとすることはできない。ただ、控訴人主張のとおり解釈するとすれば、賃借人は契約終了後建物の明渡しをしてから10年経過しないと、保証金の均等分割返還が開始されず、その全額返還には、契約終了建物明渡後20年の期間を要することになり、そうすると、賃借人にとっては著しく不利益な約定ということになる。しかし、その当否は別として、前記判断のとおり、本件契約条項からは、本件保証金については、少なくとも本件契約が終了して本件建物を明渡した後でなければその返還時期が到来しないと認められるところである。そして、被控訴人Zが賃借権の譲渡を受けたとしても、控訴人に対し、本件建物の明渡しをしていないことは明らかであるから、結局、保証金の返還時期が到来したということはできない。

二  以上によれば、その余の事実について判断するまでもなく、被控訴人Zの控訴人に対する本件保証金の返還請求は、理由がない。

三  よって、これと異なる原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人Zの控訴人に対する請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本増 裁判官 玉田勝也 永野圧彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例