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名古屋高等裁判所 平成11年(ネ)968号 判決 2000年4月27日

控訴人

破産者株式会社

スポット破産管財人

宮田眞

右訴訟代理人弁護士

西脇明典

被控訴人

川地利光

被控訴人

山田正視

右両名訴訟代理人弁護士

酒井廣幸

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して二四六九万三五九〇円及びこれに対する平成一〇年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを二分し、その一を被控訴人らの負担とし、その一を控訴人の負担とする。

五  この判決は、控訴人勝訴部分に限り、仮に執行できる。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して五三七八万八八七六円及びこれに対する平成一〇年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、株式会社スポット(以下「スポット」という。)が被控訴人らから原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を賃借していたところ、スポットの破産管財人である控訴人が、被控訴人らに対し、右賃貸借契約の終了及び本件建物の明け渡しによる敷金及び建設協力金返還請求権に基づき、敷金二五〇〇万円及び建設協力金未返還額三三八八万八八七六円から未払賃料を控除した残金五三七八万八八七六円及びこれに対する本件建物明渡日の翌日である平成一〇年六月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  スポットは、カー用品の販売を目的とする会社である。

2(一)  スポットは、平成四年八月、被控訴人らとの間において、被控訴人らが所有する土地上にスポットが希望する駐車場付営業用建物である本件建物を建築して、これをスポットに賃貸し、スポットはこれを自動車用品の販売店「オートスポット19号守山店」(以下「守山店」という。)及びその駐車場として使用する旨の建物賃貸借予約契約を締結した。

(二)  被控訴人らは、本件建物を建築する資金的な余裕がなかったため、スポットが本件建物の建築資金七五〇〇万円を提供することとなった。

(三)  スポットと被控訴人らは、右建物賃貸借予約契約の締結に際し、敷金として二五〇〇万円、建設協力金として五〇〇〇万円を預託する旨を約した。

3  被控訴人らは、平成四年一二月二六日、八木工業株式会社に対し、本件建物の建築工事を請負代金七五〇〇万円で発注し、完成した本件建物を、平成五年四月二七日、スポットに引渡した。

4(一)  スポットと被控訴人らは、平成五年四月二七日、右建物賃貸借予約契約に基づき、次の内容の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。

期間 平成五年四月二七日から一五年間

賃料 月額一五〇万円

賃料支払方法 毎月末日限り翌月分払い

(二)  スポットは、本件賃貸借契約に際し、被控訴人らに対し、敷金として二五〇〇万円を預託した(以下「本件敷金」という。)。

(三)  スポットは、本件賃貸借契約に際し、被控訴人らに対し、店舗建設費の協力金五〇〇〇万円を預託した(以下「本件建設協力金」という。)。

被控訴人らは、本件建設協力金を賃料起算月(平成五年四月)を含め一八〇か月(一五年間)の均等割り(各月二七万七七七八円)で分割弁済する(賃料起算月が一か月未満は日割計算とし、その翌月から計算する。)。

(四)  スポットと被控訴人らは、本件賃貸借契約一四条二項において、スポットから本件賃貸借契約の解約を申し出た場合、被控訴人らは、預託を受けた本件敷金及び本件建設協力金の未返還部分を違約金に充当し、スポットに返還しない旨の定め(以下「本件特約」という。)をした。

本件特約は、賃貸借期間途中に、賃借人であるスポットから解約申入れがなされた場合、賃貸人である被控訴人らにおいて本件敷金及び本件建設協力金の未返還分の合計額に相当する額の違約金請求権が発生する旨の定めと、右債権と本件敷金返還債務及び本件建設協力金の未返還部分の返還債務とを消滅させる旨の相殺契約の定めである。

5  スポットは、資金繰りの悪化から守山店を閉店することになり、平成一〇年二月二一日から閉店セールを実施した。

6  スポットは、平成一〇年二月二七日午後四時三〇分、東京地方裁判所八王子支部において、破産宣告を受け、控訴人が破産管財人に選任された。

7  控訴人は、遅くとも平成一〇年六月一二日までに、被控訴人らに対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

8  控訴人は、平成一〇年六月一二日、本件建物を明け渡した。

三  本件における争点及びこれについての当事者の主張は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決の事実及び理由欄の「第二 事案の概要」のうち、同一二頁一〇行目冒頭から同二八頁三行目末尾までに摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一三頁六行目から同七行目にかけての「弁済期限が本件賃貸借契約の期間」を「分割弁済の最終弁済期限が本件賃貸借契約期間の終期」と改める。

2  同一八頁六行目の「債務は」の次に「本件特約により」を加える。

3  同一九頁一一行目冒頭から同二三頁一行目末尾までを次のとおり改める。

「(一) 被控訴人らの主張

控訴人からの本件賃貸借契約の解約申入れについては、民法六二一条が適用されるところ、同条はいわゆる任意規定であるから、これと異なる本件特約は有効である。したがって、被控訴人らは、控訴人に対し、本件特約に基づく違約金を請求できる。

実質的に考えても、本件特約には合理性がある。本件賃貸借契約は、スポットが希望する本件建物を被控訴人らが建築して、これを賃貸するものであるから、賃貸人の投下資本を回収できない短期間でスポットから契約を解約された場合、新たな賃借人を確保することは困難であり、被控訴人らは多額の損失を被ることになる。本件建設協力金の返還期間は、賃貸借期間に対応し、しかも本件建設協力金の返還は、賃料支払債務と相殺する形で行われてきたのであるから、賃料の支払いがなくなれば、本件建設協力金の返還もなくなるとするのが当事者の合理的期待である。

(二) 控訴人の主張

(1) 本件賃貸借契約では、賃借人が破産した場合に、賃貸人が即時に解約申入れをすることができる旨の定めがあるが、破産に伴う賃借人からの解約申入れに関する直接的な規定は存しない。したがって、本件特約は、破産管財人からの解約申入れの場合には、適用されないと解すべきである。

(2) 仮に、本件特約が破産管財人からの解約申入れの場合にも適用されるとしても、民法六二一条は強行規定と解すべきであるから、本件特約は、民法六二一条に違反し、破産管財人に対して主張することはできない。

すなわち、民法六二一条は、破産法五九条、六〇条の特則として、賃貸借契約において賃借人が破産した場合の契約関係の処理を規定したものであるが、具体的には、①破産法五九条では破産管財人にのみ解除権を認めているのに対し、賃貸人にも解除権を認めていること、②破産法による解除では契約が即時終了するのに対し、民法六一七条所定の期間経過後に契約終了となること、③破産法六〇条では解除による損害賠償請求権を破産債権として認めているのに対し、解除による損害賠償請求を認めていないことの三点について特別の定めをしているものである。民法六二一条については、合理性がないとする見解もある。しかし、賃貸借契約が継続した場合、破産宣告後の賃料は財団債権となるが、財団債権でも支払いを受けられないこともあるから、賃貸人側にも解除権を認める合理性があり、契約が終了することによる賃貸人側の損害は、新たな賃借人が確保できるまでの期間の賃料相当分にすぎないから、一定期間経過後に契約が終了するとすれば、損害賠償請求を認めないことにも合理性があるといえる。また、破産手続では、多数の関係者の様々な利害が複雑に錯綜する。このような状況において、破産法及び民法が定める破産管財人の権限は、錯綜した法律関係処理に関する重要な指針であり、破産者とその関係者の破産前における合意によってもこれを剥奪することはできない。

(3) 実質的に考えても、少なくとも本件においては、本件特約の違約金を認めることは、合理性がない。

更地を所有する者が、その土地を他人に賃貸する場合と、土地上に自ら建物を建築して建物を賃貸する場合とを比較すると、前者の場合は、土地所有者の初期投資は不要であるが、高額の地代を得ることは期待できないのに対し、後者の場合は、土地所有者は建物建築費用という多額の初期投資を要し、賃貸借が短期で終了した場合には多大の損失を被る可能性もあるが、高額の家賃を得ることが期待できる。すなわち、更地の所有者が、自ら建物を建築してこれを賃貸することは、本来ハイリスク・ハイリターンであるが、本件特約は、このリスクを回避して、ローリスク・ハイリターンを実現するもので、賃貸人にのみ有利な偏破な約定である。したがって、賃貸人である被控訴人らが、既に建物建築費用に相当する賃料収入を得ている場合には、被控訴人らが本件特約による違約金を請求することは、合理性がないというべきである。そして、本件建物の建築費用は七五〇〇万円であるところ、被控訴人らは、既に五八か月分以上の賃料として八七〇〇万円以上の収入を得ているのである。

(4) 右事情によれば、被控訴人らが、本件特約による違約金を請求することは、権利の濫用と評価されるものである。」

4  同二三頁六行目の「の定めは有効か」を「に基づく相殺の意思表示は有効か」と改める。

第三  当裁判所の判断

一  甲七号証の一、二によれば、控訴人は被控訴人らに対し、平成一〇年三月二三日、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を行ったことが認められる。そこで、控訴人が本件賃貸借契約を解約したことにより、被控訴人らが、本件建設協力金返還債務について、期限の利益を喪失するか否かについて判断する(原判決摘示の争点1)。

1  甲二号証によれば、本件賃貸借契約において、本件建設協力金返還債務の期限の利益喪失が明確に規定されているのは、被控訴人らの事由により契約の解約を申し出た場合(一四条三項)のみであることが認められる。ところで、本件特約は、直接的には、違約金請求権が発生すること、違約金請求権と敷金及び未返還部分の建設協力金の返還請求権との相殺を定めたものであるが、右債権債務を当然に相殺して清算する旨の合意であって、賃借人が違約金を現実に支払ったり、賃貸人が賃貸借契約終了後も建設協力金を分割して返済するようなことは全く想定されていないというべきである。そうすると、賃借人から契約の解約を申し出た場合、賃貸人が本件建設協力金返還債務の期限の利益を放棄するのかどうかを決めるのではなく、違約金債権が発生し、同時に敷金及び本件建設協力金返還債務についても期限が到来することが前提となっているものと解さざるをえない。

2  また、甲二号証によれば、本件建設協力金の最終返済期限と賃貸借契約期間の終期が一致しており、本件建設協力金の分割返済は賃料と相殺する形で行われることが認められ、そもそも本件建設協力金の消費貸借契約は、経済的には賃貸借契約と一体となっていることからみても、賃貸借契約が終了したにもかかわらず、本件建設協力金の消費貸借契約のみが当初の合意どおり分割返済の方法で履行されることは当事者も予想していないというべきである。

3  したがって、賃借人の側から本件賃貸借契約を解約し、これによって契約が終了したときは、本件建設協力金返還債務についても期限が到来すると解すべきである。

4  以上は、本件賃貸借契約の賃借人であるスポットから解除した場合の判断であるが、破産管財人である控訴人からの解除の場合にも同様に解すべきである。ただ、右判断は控訴人からの解約により、被控訴人らが本件特約による違約金を請求することが前提となっており、右違約金を請求できないとすれば、別途の考慮を要することになる。なお、被控訴人らが控訴人に対し、本件特約による違約金を請求できるかどうかは、後記三において判断する。

二  当裁判所も、スポットが、平成一〇年二月中旬ころ、被控訴人らに対し、同年三月末日をもって本件賃貸借契約を終了させる旨の解約申入れをしたとは認められないと判断する(原判決摘示の争点2)が、その理由は、原判決の事実及び理由欄の「第三 当裁判所の判断」のうち、原判決三四頁二行目冒頭から同三七頁二行目末尾までの説示のとおりであるから、これを引用する。

三  被控訴人らが控訴人に対し、本件特約による違約金を請求できるか否かについて判断する(原判決摘示の争点3)。

1  甲七号証の一、二によれば、控訴人は、破産法五九条に基づいて、本件賃貸借契約を解除したことが認められる。しかしながら、賃借人の破産の場合については、民法六二一条が、破産法五九条、六〇条の特則として定められているから、控訴人の解除は民法六二一条による解除として効力を生じるものである。ところで、民法六二一条は、賃貸借契約における賃借人が破産した場合を規定したものであるが、破産法五九条、六〇条と対比すると、賃貸人にも解除権を認める一方、解除に伴う損害賠償請求を認めない点等が特則となっている。本件特約は、本件賃貸借契約を解除した場合の違約金の定めであるから、民法六二一条の規定とは異なる特約になる。

2  控訴人は、民法六二一条は強行規定であり、破産手続においては多数の関係者の様々な利害が錯綜するから、破産法及び民法が定める内容は、破産者とその相手方との破産前の合意によってこれを変更することはできないと主張する。

破産者とその相手方との破産前の合意について、当然に破産管財人にその効力を主張できるものではないことは、控訴人主張のとおりである。しかしながら、賃貸借契約においては、それぞれの契約の事情により、解約にともなう違約金に関しても様々な特約がなされるものであり、賃借人が破産した場合には、これらの特約の効力を破産管財人に対して全く主張できないとすれば、その違約金に関する特約の内容が双方の利害衡量の視点からみて合理的なものである場合にも、賃貸人は、賃借人の破産という偶然の事情によって、本来賃借人に主張できた特約を主張できなくなり、予想外の著しい不利益を被る結果になり相当ではない。また、破産法六〇条によれば、破産管財人が双務契約を解除した場合には、その相手方は損害賠償請求ができることが本来の原則として定められている。したがって、民法六二一条は、合理的な内容の違約金に関する特約の効力まで認めない趣旨と解することはできず、控訴人の右主張は採用できない。

3  そこで、本件特約の違約金約定が右の観点からして合理的なものといえるかどうかについて検討する。

本件賃貸借契約は、建物建築費用と同額の金額を、スポットが敷金及び建設協力金として被控訴人らに預託又は貸付け、被控訴人らにおいて、スポットが一定期間継続して賃借することを前提として、スポットが希望する仕様の建物を建築し、これをスポットに賃貸するものである。本件建物は、スポットが希望する仕様となっているため、仮にスポットが本件賃貸借契約を解約した場合、被控訴人らにおいて、新たな賃借人を確保することが必ずしも容易ではなく、また、新たな賃借人を確保できても、建物の大幅な改造が必要となって、賃借条件が被控訴人らにとって不利になることが予想される。そうすると、スポットが本件賃貸借契約を解約した場合、敷金及び未返還の建設協力金全額を返還しなければならないとすれば、被控訴人らは多額の出費を余儀なくされる一方で、その出費を全額回収することが困難となる可能性が極めて高いというべく、したがって、右敷金ないしは建設協力金の相当部分が出費ないしは回収不能による損害に充てられても、スポットに不当な損害を与えたことにはならないものである。

そうすると、本件特約は、スポットが賃貸借期間の途中で解約した場合に、予想される被控訴人らの右のような損害を回避する趣旨のものとしては合理性があるということができる。

4  したがって、被控訴人らは控訴人に対し、本件特約による違約金を請求することができると解すべきである。

四  被控訴人らの相殺の可否について判断する(原判決摘示の争点4)。

1  本件特約は、違約金請求権を自働債権とし、本件敷金返還債務及び本件建設協力金返還債務を受働債権としてこれを相殺する旨の相殺契約である。本件敷金返還債務については、停止条件付債務として、本件建設協力金返還債務については、期限付債務として、いずれも破産宣告前から、被控訴人らがこれを負担しているものであるが、前記一で判断したとおり、控訴人の解除により、契約終了とともに条件が成就し、又は期限が到来するものである。しかるところ、破産法九九条後段において、停止条件付債務や期限付債務を受働債権とする相殺が認められているから、破産宣告後に条件が成就した本件敷金返還債務あるいは期限が到来した本件建設協力金債務を受働債権として相殺したからといって、破産法一〇四条一号の破産宣告後に破産財団に対して債務を負担したときに該当するとはいえず、したがって、右受働債権に対する相殺それ自体は禁止されていないと解される。

2 しかしながら、破産手続における相殺は、他の破産債権者に優先して満足を与える結果となるものであるから、少なくとも相殺できることへの合理的な期待の範囲内で認められるべきものであり、右範囲を超える相殺は、破産債権者全体の公平を害することになって、破産法一〇四条各号に具体的に該当しなくとも、権利の濫用として許されないものである。スポットと被控訴人らは、本件賃貸借契約において本件特約を合意したのであるから、被控訴人らとしては、違約金全額との相殺を期待していたことになるが、破産手続においては、本来の契約当事者間の期待だけではなく、債権者全体の立場も考慮して、合理的な期待の範囲といえるかどうかを検討すべきである。

3  本件特約による違約金債権は、契約解除による損害賠償請求の特約であるところ、破産法六〇条一項によれば、契約解除による損害賠償請求権は、破産債権としてその権利を行使できるにすぎないのが原則とされている。本件特約による違約金債権について全額の相殺を認めることは、その全額について優先的な満足を受けることを認めることになり、他の破産債権者に比べて被控訴人らを特に有利に取り扱うことになるし、破産管財人としては本件賃貸借契約を解除すると、敷金及び建設協力金返還請求権を全て失うことになるから、契約解除権を事実上制約されることになる。

4  また、前記三3で検討したとおり、本件特約は、その趣旨において合理性があるといえるが、違約金債権全額との相殺まで認めることに合理性があるかどうかは、本件建物の仕様の特殊性の程度や、発生する違約金の金額を考慮して判断する必要がある。

ところで、甲一一、一二、一七号証、原審における証人荻島正道及び同井上晴夫の各証言によれば、スポットは、守山店とともに清洲店(愛知県)の閉鎖も決定し、不動産業者に対して右各店舗の新たな賃借人を探すよう依頼していたこと、スポットが破産宣告を受けた後、守山店について賃借を希望する業者があったこと、スポットも他の店舗においては、家電販売業者である株式会社デオデオから転借していた店舗もあったことが認められる。右事実によれば、本件建物は、郊外型の店舗販売業用の建物であり、それほど特殊な仕様になっているとは認められず、交渉等に要する一定期間を経過すれば、スポット以外の新たな賃借人を確保することが可能であったと認められる。また、控訴人が本件賃貸借契約を解除したのは、本件賃貸借契約成立後約五年を経過した時期であるが、本件特約により発生する違約金の金額は、約五八八八万円であって、これはスポットが被控訴人らに交付した敷金及び建設協力金の合計額の約七八パーセントに達する金額である。

そうすると、本件において、本件特約による違約金全額の相殺を認めることは、被控訴人らが被ることが予想される損害をはるかに上回る金額の優先的な回収を容認することになり、合理的なものとは言い難い。

5 右事情によれば、本件特約による違約金債権を自働債権とする相殺を全面的に認めることは、合理的な期待の範囲を超えているといえるから、その範囲を超えた部分については、権利の濫用として許されない。

そこで、合理的な期待の範囲を具体的にどのように算定するかであるが、前記情況からすると、本件建物について新たな賃借人の確保には一年程度の期間を要すると予想されること、本件賃貸借契約が締結された平成五年以後建物賃料が下落傾向にあることは公知の事実であり、新たな賃借人から得られる賃料や保証金はスポットが引き続いて賃借した場合と比較すれば低額になることが予想されること等を考慮すれば、二一〇〇万円を合理的な期待の範囲とするのが相当である。

6 以上によれば、被控訴人らの相殺については、違約金については二一〇〇万円の限度で認めるのが相当である。したがって、違約金債権のうち右金額を超えた部分については、破産債権としての権利行使が認められるにすぎないことになる。そこで、その他の自働債権として認められる内容を検討する。

前記一認定のとおり、控訴人は被控訴人らに対し、平成一〇年三月二三日、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を行ったものであるが、民法六二一条、六一七条により、三か月を経過した平成一〇年六月二三日をもって右契約が終了したことになる。平成一〇年三月一日以後の賃料を支払っていないことは、控訴人が自認するところであるから、被控訴人らは控訴人に対し、同年三月一日から同年六月二三日までの未払賃料(六月分は日割計算)を請求することができ、右賃料債権は自働債権として認められる。

また、乙五号証によれば、本件建物の原状回復に要する費用は、七五〇万円であることが認められるから、右費用請求権についても自働債権として認められる。

原状回復費用請求権及び違約金債権の弁済期については、いずれも本件賃貸借契約が終了した平成一〇年六月二三日である。

7  次に受働債権として認められるのは、敷金及び本件建設協力金返還債権である。

敷金返還債権の弁済期は、甲二号証によれば、本件賃貸借契約において、敷金は明け渡し後六〇日以内に返還する旨の約定であることが認められるが、右約定は期間満了等の通常の理由によって終了した場合の定めであり、前記一で判断したとおり、本件賃貸借契約の終了によって期限が到来すると解すべきであり、終了前に明け渡しも完了しているから、本件賃貸借契約が終了した平成一〇年六月二三日となる。

本件建設協力金返還債権の弁済期は、平成一〇年三月から六月分の賃料と同時に返済すべき分割金は、前月末日であり、前記一で判断したとおり、本件賃貸借契約の終了によって、期限の利益を喪失するから、その余の未返還部分については、同年六月二三日となる。

8  そこで、具体的な相殺計算を行うことになるが、相殺適状となった時期に遡って相殺され、相殺の充当関係については民法五一二条、四八九条、四九〇条、四九一条により計算されることになる。具体的な相殺計算は、別紙相殺計算書のとおりであり、相殺の結果、被控訴人らが控訴人に対し、建設協力金返還債務として一四〇〇万八八六一円、敷金返還債務として一〇六八万四七二九円、合計二四六九万三五九〇円及びこれに対する平成一〇年六月二四日以後支払済みまでの遅延損害金を返済すべき債務が残ることになる。

五  以上によれば、控訴人の請求は、建設協力金及び敷金返還請求権に基づき、二四六九万三五九〇円及びこれに対する平成一〇年六月二四日以後支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があり、その余の請求は理由がないことになる(本件債務は商事債務であるから、被控訴人らは連帯して支払義務を負担するものである。ただ、遅延損害金については、控訴人は商事法定利率による請求をしていない。)。

六  よって、これと一部異なる原判決を変更し、控訴人の請求を右限度で正当として認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本増 裁判官 野田弘明 裁判官 永野圧彦)

別紙相殺計算書<省略>

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