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名古屋高等裁判所 平成11年(行コ)18号 判決 2001年9月28日

主文

1  本件控訴並びに控訴人らの訴えの一部取下げ及び請求の趣旨の変更に基づき,原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人県は,津市に対し,8090万0786円を支払え。

3  控訴人らの被控訴人県に対する,平成9年11月11日までに発生した損害金を津市に支払うことを求める訴えをいずれも却下する。

4  控訴人らの被控訴人県に対する,その余の金員支払代位請求をいずれも棄却する。

5  被控訴人市長が被控訴人県に対し8090万0786円の支払を請求しないことが違法であることを確認する。

6  控訴人らの,被控訴人市長が被控訴人県に対し平成9年11月11日までに発生した損害金の支払を求めないことの違法確認の訴えをいずれも却下する。

7  控訴人らのその余の,被控訴人市長が被控訴人県に対し金員支払請求をしないことの違法確認請求をいずれも棄却する。

8  控訴人らの,被控訴人市長が被控訴人県に対し別紙物件目録記載の各土地について売買契約,交換契約又は賃貸借契約のいずれも申し込まないことの違法確認の訴えをいずれも却下する。

9  訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを5分し,その1を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)  原判決を取り消す(控訴人らは当審において差止めの訴えを取り下げた。)。

(2)  被控訴人県は,津市に対し,8787万6236円及び平成13年4月1日から,

ア 被控訴人県が津市から別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)を買い取る契約(以下「本件売買契約」という。)が締結された日

イ 被控訴人県と津市が本件土地を被控訴人県所有の土地と交換する契約(以下「本件交換契約」という。)が締結された日

ウ 被控訴人県が津市から本件土地を賃借する契約(以下「本件賃貸借契約」という。)が締結された日のうちいずれか最も早く到来する日まで,1か年当たり2128万9898円の割合による金員を支払え(控訴人らは当審において金員支払請求を減縮した。)。

(3)  被控訴人市長が,被控訴人県に対し,前項の金員を請求しないことは違法であることを確認する(控訴人らは当審において請求の趣旨を変更した。)。

(4)  被控訴人市長が,被控訴人県に対し,本件売買契約及び本件交換契約並びに本件賃貸借契約のいずれの申込みもしないでいることが違法であることを確認する(控訴人らは当審において請求の趣旨を変更した。)。

(5)  訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

(1)  本件控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第2当事者の主張

1  本案前の主張

(1)  被控訴人市長の主張

ア 本件土地は津市の普通財産であるところ,津市と被控訴人県の間においては,抗弁(1)のとおり,既に昭和48年8月ころ,遅くとも昭和49年9月には,本件土地を三重県立津西高等学校(以下「本件高校」という。)の敷地として使用することを目的とする使用貸借契約(以下「本件使用貸借契約」という。)が成立しており,以後,4半世紀が経過している。

ところで,控訴人らは,被控訴人市長に対して,前記第1の1(2)ないし(4)の各訴えを提起し,被控訴人県が本件土地を権原なく占有しているにもかかわらず,被控訴人市長は被控訴人県に対し上記不法占有に基づく本件土地の使用損害金を請求する等しないとして,被控訴人市長には津市有財産の管理を怠る事実があると主張し,津市に代位して被控訴人県に対し同使用損害金を請求している。これに対し,被控訴人らは,抗弁として本件使用貸借契約の存在を主張しているが,控訴人らはこれを否認し,かつ,同契約の存在が認定される場合に備え,再抗弁として,本件使用貸借契約の締結は違法であり,同契約は無効であるとして,上記不法占有を主張している。

イ しかし,本件使用貸借契約は津市の財務会計行為であるから,同契約の違法,無効の主張に基づく本件請求は,いわゆる不真正怠る事実の主張に基づく請求にあたるので,これについての監査請求には,本件使用貸借契約が締結された日を基準として地方自治法242条2項を適用すべきであるから,控訴人らが平成10年11月12日に津市監査委員に対してした地方自治法242条に基づく住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)は,期間徒過により不適法である。

ウ また,仮に,本件使用貸借契約の締結が認められず,津市の被控訴人県に対する,本件土地不法占有に基づく損害賠償請求権が認められるとしても,公有地の不法占拠のように怠る事実に起因して日々損害が発生する場合は,同怠る事実の継続中に同損害の賠償について監査請求しても,同監査請求の日から遡って1年前よりも過去の分についての監査請求は,地方自治法242条2項により不適法と解すべきであるから,前記第1の1(2)及び(3)の訴えのうち,本件監査請求日の前日である平成9年11月11日までに発生した損害金を請求しないことの違法確認を求める部分は,不適法として却下されるべきである。

(2)  控訴人らの反論

ア 控訴人らが,被控訴人県が無償で本件土地を使用していること,津市と被控訴人県との間には本件土地使用についての契約書がないことを知ったのは,早くとも平成10年10月16日である。

すなわち,控訴人らは,被控訴人県の所有する施設である三重県総合文化センターの駐車場の敷地として,津市が被控訴人県に対し津市有地を無償で貸し付けていることを調査中,同調査のため津市情報公開条例に基づいて行った平成10年10月16日付け情報公開請求により開示された津市の普通財産貸付一覧(甲6)を見て初めて,被控訴人県が無償で本件土地を使用していること,津市と被控訴人県との間には本件土地使用についての契約書がないことを知ったのである。

控訴人らは,津市情報公開条例と三重県情報公開条例に基づいて情報公開請求を重ね,1つの情報公開請求に基づいて知り得たわずかの情報をもとに,次の情報公開請求を行うという作業を数え切れないほど繰り返して,ようやく実態の一部を知ることができるにすぎない。被控訴人市長の下記(3)の主張のように新聞報道があったとか,議会で質疑応答があったことによっては,控訴人らは,被控訴人県が無償で本件土地を使用していることを知ることはできなかったし,まして,被控訴人県が権原なく本件土地を使用していることを知ることはできなかった。

上記のとおり,控訴人らには,地方自治法242条2項ただし書所定の正当な理由がある。

イ 被控訴人市長の主張するとおり,怠る事実に起因して日々損害が発生する場合,同怠る事実の継続中に同損害の賠償について監査請求しても,同監査請求の日から1年前よりも過去の分については,同監査請求は不適法であるとしても,次のとおり,前記第1の1(2)及び(3)の訴えのうち,平成9年4月1日以降に発生した損害金の支払を求める部分は適法である。

すなわち,地方公共団体の会計年度は,4月1日に始まって翌年の3月31日に終わるものであり,地方公共団体の所有する財産の適法な使用料の請求も会計年度ごとにされるものであることからすれば,上記財産の不法占有による損害賠償の請求を怠る事実についての監査請求も,会計年度ごとにまとめて考えられるべきである。つまり,本件監査請求は平成10年11月12日にされたから,その1年前である平成9年11月12日を含む会計年度である平成9年度に属する期間(平成9年4月1日から平成10年3月31日)に発生した損害金は,本件監査請求の日から1年前より過去(平成9年4月1日から同年11月11日までがこれにあたる。)に発生したものであっても,適法な監査請求を経たと解すべきである。

(3)  被控訴人市長の再反論

津市と被控訴人県が本件土地を目的とする使用貸借契約を締結していることについては,昭和59年2月3日付け朝日新聞(乙ロ2)に報道されていたし,津市議会の昭和56年6月定例会(乙ロ4),平成5年12月定例会(乙ロ5),平成7年9月定例会(乙ロ6),平成9年6月定例会(乙ロ7),平成10年3月定例会(乙ロ8)において,議員が質問し,これに対して市長等が答弁していたのであるから,控訴人らは,本件使用貸借契約の存在を知り得たはずである。

したがって,控訴人らには,監査請求期間徒過について正当な理由はない。

2  控訴人らの請求原因

(1)  控訴人らは,津市の住民である。

(2)  津市は,本件土地を所有している。

(3)  本件土地は,津市の普通財産である。

(4)  被控訴人市長は,津市の代表者である。

(5)  被控訴人県は,昭和49年4月1日までに,本件土地上に本件高校の校舎その他の施設を建築し,以後これを所有して,もって本件土地を占有している。

(6)  上記(5)の事情によれば,被控訴人県は,今後も相当長期間にわたって,本件土地を占有するものと考えられる。

(7)  津市には,被控訴人県による本件土地の不法占拠によって,下記計算式のとおり,平成9年度から平成11年度までは年額2200万4811円の損害が,平成12年度は年額2186万1803円の損害が,平成13年度は年額2128万9898円の損害がそれぞれ発生している。

平成9年度から平成11年度までの使用損害金年額

11億0024万0558円×0.5×0.04

=2200万4811円

平成12年度以降の使用損害金年額

10億9309万0173円×0.5×0.04

=2186万1803円

平成13年度以降の使用損害金年額

10億6449万4932円×0.5×0.04

=2128万9898円

ちなみに,上記計算式は,津市の住宅用又は非営利用の普通財産の貸付料年額(平成9年度ないし平成14年度分)を算出するため,津市が使用している算式「(固定資産税評価額×1/2)×4/100」に基づくものである。

ただし,本件土地は,津市所有地であるため固定資産税が課せられないので,固定資産評価がされていないところから,仮評価額をもってこれに代えている。平成9年度から平成11年度までの仮評価額は11億0024万0558円であり,平成12年度の仮評価額は10億9309万0173円であり,平成13年度の仮評価額は10億6449万4932円でである。

上記のとおりであるから,津市の,平成9年4月1日から平成13年3月31日までの損害は合計8787万6236円であり,平成13年4月1日以降の損害は1年あたり2128万9898円の割合により算出される。

(8)  上記(5)ないし(7)のとおり,本件土地が被控訴人県に占有されて,津市に損害が発生し,今後も発生することが見込まれるのであるから,被控訴人市長は,津市を代表して,被控訴人県に対し,上記損害の賠償を請求(将来の請求を含む。)すべき義務を負っているにもかかわらず,これを果たしていない。

(9)ア  被控訴人市長は,津市所有の普通財産を適法かつ適正に管理する義務を負うから,上記(5)ないし(7)のとおり,津市所有の普通財産である本件土地について地方自治法,地方財政法に違反する状態がある以上,同違法状態を積極的に解消し是正するための適切な措置として,被控訴人県に対し,本件売買契約若しくは本件交換契約又は本件賃貸借契約の締結を申し込む義務がある。

イ  被控訴人市長は,被控訴人県に対し,上記各契約いずれの申込みもしていない。

(10)  監査請求

控訴人らは,平成10年11月12日,津市監査委員に対し,被控訴人県による本件土地の無償使用について,地方自治法242条に基づく本件監査請求をした。

津市監査委員は,本件監査監査請求を棄却し,平成10年12月28日付けの「住民監査請求の監査結果について(通知)」と題する文書により,控訴人らに対し,本件監査請求は理由がない旨通知した。

(11)  よって,控訴人らは,地方自治法242条の2第1項の

ア 4号に基づき,津市に代位して,被控訴人県に対し,本件土地の不法占拠による損害賠償として,

(ア) 8787万6236円(平成9年4月1日から平成13年3月31日までの損害)

(イ) 平成13年4月1日から本件売買契約締結の日若しくは本件交換契約締結の日又は本件賃貸借契約締結の日のうちいずれか最も早く到来する日まで,1か年当たり2128万9898円の割合による使用損害金の支払を求め,

イ 3号に基づき,

(ア) 被控訴人市長が,被控訴人県に対し,上記アの損害金を請求しないことの違法の確認を求め,

(イ) 被控訴人市長が,被控訴人県に対し,本件土地について本件売買契約及び本件交換契約並びに本件賃貸借契約のいずれの申込みもしないでいることの違法の確認を求める。

3  請求原因に対する被控訴人らの認否

(1)  請求原因(1)ないし(5)の各事実はいずれも認める。

(2)  請求原因(6)の事実について

ア 被控訴人県

請求原因(6)の事実は認める。

イ 被控訴人市長

請求原因(6)の事実は不知。

(3)  請求原因(7)の事実について

ア 被控訴人県

請求原因(7)の事実は不知。

イ 被控訴人市長

請求原因(7)の事実のうち,津市が,住宅用又は非営利用の普通財産の貸付料(年額,平成9年度ないし平成14年度分)を算出するため,算式「(固定資産税評価額×1/2)×4/100」を使用していること,本件土地は,津市所有地であるため固定資産税が課せられないことから,固定資産評価がされていないこと,本件土地について,津市は固定資産評価に代わる仮評価を行い,平成9年度から平成11年度までの本件土地の仮評価額が年額11億0024万0558円と,平成12年度のそれが10億9309万0173円と,平成13年度のそれが年額10億6449万4932円とされたことはいずれも認め,その余は争う。

(4)  請求原因(8)の事実のうち,被控訴人市長が,津市を代表して,被控訴人県に対し,本件土地使用の対価を請求していないことは認め,その余は否認又は争う。

(5)  請求原因(9)アの事実のうち,被控訴人市長が,津市所有の普通財産を適法かつ適正に管理する義務を負うことは認め,その余は否認又は争う。

請求原因(9)イの事実は認める。

(6)  請求原因(10)の事実は認める。

4  被控訴人らの抗弁

(1)  被控訴人県は,昭和48年8月ころ,遅くとも昭和49年9月,津市から,本件高校の敷地として本件土地を使用借りした(前掲の本件使用貸借契約)。

(2)  津市財産に関する条例(昭和36年条例20号,以下「津市財産条例」という。)は,津市がその所有する普通財産(本件土地もこれに含まれる。)を第三者に対し使用貸しすることを認めている(地方自治法237条2項)。

5  抗弁に対する控訴人らの認否

(1)  抗弁(1)の事実は否認する。

(控訴人らの反論)

津市と被控訴人三重県との間で本件使用貸借契約が締結された事実はない。そのことは,本件使用貸借契約の契約書が存在しないこと,津市の普通財産貸付一覧(甲6)に本件使用貸借契約の記載がないこと,被控訴人県が同県内の他市町村との間で県立高校用地につき使用貸借契約を締結している例は多々あり,それらの場合にはいずれも使用貸借契約書が存在することから明らかである。

(被控訴人らの再反論)

津市長から三重県教育長に対し本件土地の使用管理を委譲する旨記載した昭和49年9月19日付けの「学校用地の使用管理について」と題する文書(甲4,乙ロ1,以下「本件土地使用管理委譲書」という。)は,本件使用貸借契約の存在を証するものである。

(控訴人らの再々反論)

本件土地使用管理委譲書は,内容,体裁いずれからみても,使用貸借契約書ではない。管理委託と無償貸付とは,講学上,全く異なる概念であり(管理委託は委任と寄託の混合契約に類するものである。),本件土地使用管理委譲書の内容は管理委託にあたるから,無償貸付である本件使用貸借契約の存在を証するものということはできない。

昭和49年当時,津市は,本件土地を取得した後,早急にこれを被控訴人県に寄付する予定でおり,本件土地使用管理委譲書は,寄付までの暫定的な使用管理を委譲する文書にすぎず,使用貸借契約の存在を示すものではない。

(2)  抗弁(2)の事実は認める。しかし,再抗弁(1)のとおり,本件使用貸借契約の有効要件は,議会による議決であるから,抗弁(2)は主張自体失当である。

6  控訴人らの再抗弁

(1)  仮に津市と被控訴人県が本件使用貸借契約を締結したとしても,同締結は,その有効要件として津市議会の議決による個別的な承認を要し,条例による一般的,包括的承認では足りない(地方自治法237条2項,3項)。

(2)  また本件使用貸借契約の締結は,地方財政法27条,28条の2に違反するので,無効である。

(3)  さらに,被控訴人県が本件使用貸借契約に基づいて本件高校用地を無償で使用することは,被控訴人県が津市内にある三重大学教育学部付属学校の学校用地の使用料として国から3億0893万円余の年間使用料の支払を受けていることや,桑名高校,菰野高校,桑名西高校,津商業高校の学校用地をそれぞれ桑名市,国,個人,県公立学校職員互助会から時価相当の使用料を支払って借りていること等と対比して,著しく平等,公平を失し,このことに照らせば,本件使用貸借契約は憲法14条の平等原則に違反する。

また,本件使用貸借契約は,社会通念に照らして著しく合理性を欠いたものであるから,公序良俗に違反し,無効である。

さらに,平成11年7月8日に成立した地方分権一括法の下では,三重県と同県内の各市町村は対等なパートナーの関係に立つのであるから,本件高校の場合のように,学校用地の全部を地元自治体から無償で借りて使用することは,地方分権一括法,地方財政法の趣旨に反するので,本件使用貸借契約は無効である。

7  再抗弁に対する被控訴人らの認否

再抗弁はいずれも争う。

本件使用貸借契約の有効要件は,抗弁(2)のとおり,津市財産条例の包括的承認で足り,議会の個別的承認決議を要しない。

本件高校が設立された昭和40年代後半当時に設立された三重県立の高等学校の敷地は,すべて地元市町等から被控訴人県に対し,任意の寄付がなされているのであり,控訴人らの憲法14条違反,民法90条違反等の主張は,前提事実を欠くものである。

理由

1  (1)請求原因(1)ないし(5)の各事実,請求原因(8)の事実のうち,被控訴人市長が,津市を代表して,被控訴人県に対し,本件土地使用の対価を請求していないこと,請求原因(9)アの事実のうち,被控訴人市長が,津市所有の普通財産を適法かつ適正に管理する義務を負うこと,請求原因(9)イ,同(10)の各事実については,各当事者間に争いがない。

(2) また,請求原因(6)の事実について,控訴人らと被控訴人県の間には争いがなく,さらに,請求原因(7)の事実のうち,津市が,住宅用又は非営利用の普通財産の貸付料年額(平成9年度ないし平成14年度分)を算出するため,算式「(固定資産税評価額×1/2)×4/100」を使用していること,本件土地は,津市所有地であるため固定資産税が課せられないことから,固定資産評価がされていないこと,本件土地について,津市は固定資産評価に代わる仮評価を行い,平成9年度から平成11年度までの本件土地の仮評価額が年額11億0024万0558円と,平成12年度のそれが10億9309万0173円と,平成13年度のそれが年額10億6449万4932円とされたことについて,控訴人らと被控訴人市長との間には争いがない。

2  そこで,抗弁(1)(本件使用貸借契約の成立)について判断する。

(1)  証拠(甲3ないし5,甲84,甲93,乙ロ1,乙ロ12,乙ロ15ないし22),弁論の全趣旨,上記争いのない事実によれば,次の事実が認められる。

ア  昭和47年当時,津市内にある県立の普通科高等学校は,津高等学校のみであったところ,生徒数の増加,進学率の上昇等により,津市内に普通科高等学校をもう1校新設してほしいという津市民や周辺自治体住民の要望が強くなったため,当時の津市長であったAは,津地区高校新設促進協議会の会長として,三重県知事に対し,昭和49年度から新設県立高校を開校するよう陳情したが,被控訴人県は,財政的事情等から難色を示した。

そこで,昭和47年10月31日,津市長Aは,上記協議会会長として,三重県知事に対し,新設高校の敷地は必要面積を確保し,造成した上で,被控訴人県に寄付する旨,新設高校の敷地に通じる道路,水路等を確保する旨,新設高校校舎の建築費の一部を被控訴人県に対し一般寄付金として納入する旨約する内容の文書を送付し,遅くとも同年11月18日,同文書は三重県教育委員会に到達している。

そこで,被控訴人県は,津市内に普通科高等学校を新設することに同意し,津市が,新設高校用地の候補地を3か所挙げて,これを被控訴人県に示したところ,被控訴人県が本件土地を適地であるとしたので,津市は,津市土地開発公社をして本件土地を取得させ,自衛隊に造成を依頼し,造成後である昭和48年8月ころから,被控訴人県が本件土地上に校舎を建築して,昭和49年4月,本件高校が開校した。当時,被控訴人県は,近い将来,津市から本件土地の寄付を受けることができると考えていた。

イ  津市は,昭和49年9月18日,津市土地開発公社との間で,本件土地につき,下記内容の使用貸借契約を締結した。

目的 津市が被控訴人県をして本件高校用地として使用させること

期間 本件土地について津市土地開発公社から津市に対する所有権の移転手続が完了するまで

ウ  津市長は,昭和49年9月19日,三重県教育委員会の教育長に宛て,津市が本件高校の敷地を取得し,造成工事を施工してきたところ,所定の工事が完了したので,同月20日をもって,三重県教育委員会の教育長に対し本件土地の使用管理を委譲する旨,また,所有権帰属については,登記手続中であるので,その終了後,別途協議したい旨記載した本件土地使用管理委譲書(「学校用地の使用管理について」と題する昭和49年9月19日付け津市教管第100号文書である。甲4,乙ロ1)を送付し,同月24日,三重県教育委員会はこれを受理している。

エ  津市は,昭和49年10月11日,津市土地開発公社から,本件土地を買い受けて,その所有権を取得し,同月19日,本件土地について津市を所有者とする所有権移転登記を経由した。

オ  三重県は,本件高校が昭和49年4月に開校して以来,現在まで,本件土地を本件高校の敷地として無償で使用している。

(2)  被控訴人らは,本件土地使用管理委譲書をもって,津市の三重県に対する本件使用貸借契約の申込みであると主張し,また,昭和49年9月24日,本件土地使用管理委譲書が三重県教育委員会に受理されたことをもって,同申込みに対する三重県の承諾があったと主張する。しかし,次の各事情に照らせば,本件土地使用管理委譲書の送付及びその受理をもって,本件使用貸借契約の申込み及び承諾があったと認めることはできない。

ア  本件土地使用管理委譲書には「使用貸借」との文言がないばかりか,「無償貸付」「貸付」等の使用貸借契約をうかがわせる文言も全くない。また,本件土地使用管理委譲書には,本件土地の使用期間を始めとする契約条件の記載がなく,控訴人主張の本件使用貸借契約の申込書としての体裁を欠くといわざるを得ない。

一方,本件土地使用管理委譲書には,三重県教育委員会の教育長に対し,本件土地の使用管理を委譲するとの文言が記載されている。「使用管理の委譲」について定めた法令の規定はないが,国有財産特別措置法は,国有財産の「管理委託」を定めており,「管理委託」は,賃貸借契約でも使用貸借契約でもなく,委任及び寄託類似の混合契約というべきものである。地方自治法や地方財政法は「管理委託」についての規定を有しないが,国有財産特別措置法に準じて考えるべきであると解される。

上記のとおり,本件土地使用管理委譲書は,本件使用貸借契約の申込書としての体裁,内容を備えていないといわざるを得ない(ちなみに,本件土地使用管理委譲書(甲4,乙ロ1)のみから,津市と被控訴人県との間に本件土地を目的とする管理委託契約の存在を認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。)。

イ  ところで,三重県立の白山高等学校,松阪高等学校,松阪工業高等学校,上野高等学校,上野商業高等学校は,それぞれ地元の市町から学校用地を使用借しており(甲57ないし61),これら使用貸借契約については,いずれも契約書が作成されている。

上記各契約書には,それぞれ使用貸借,無償貸付等の文言が明記されている上,期間や使用目的を始めとする契約条件が記載されており,借主欄には当該高等学校の校長が,貸主欄には貸主たる市町の長が記名,押印している(ただし,松阪工業高等学校の寄宿舎用地として松阪市有地を使用借する昭和53年6月1日付け契約書の当事者欄には,三重県知事と松阪市長が記名,押印している。)。

また,三重県立上野商業高等学校は,学校用地として上野市有地を賃借しているが,その契約書には賃貸借である旨,賃料や期間を始めとする契約条件を記載されており,当事者欄には,同高等学校長と上野市長が記名,押印している(甲62)。

しかし,本件土地使用管理委譲書は,前記のとおり,その体裁,記載内容等に照らして,上記各契約書とは全く異なるものである。

ウ  さらに,津市は,三重県に対し,住宅敷地として,津市a町b番地の宅地3327.83平方メートルを使用貸しているが,同契約書には使用貸借契約であることが明記され,無償貸付である旨や期間を始め,その他の契約条件が記載され,当事者欄には代表者として津市長と三重県知事の記名,押印がある(甲12)。

津市は,三重県以外の第三者との間で,津市所有地(普通財産)を目的とする使用貸借契約を多数締結しているが,それら契約書においても,使用貸借契約,無償貸付,無償借受等の文言が使用されて,同契約が使用貸借契約であることが明示されており,その他に期間や使用目的を始めとする契約条件が記載されている(甲11,甲13ないし49)。

しかし,本件土地使用管理委譲書は,前記のとおり,その体裁,記載内容等に照らして,上記各契約書とは全く異なるものである。

エ  津市の平成10年3月31日現在における普通財産貸付一覧表(甲6)には,有償貸付,無償貸付併せて63件の津市所有土地の貸付が記載されているが,それらのうち本件土地(同表記載の土地のうち本件土地の面積は最大である。)についてのみ「当初契約の日」「契約期間」「現在契約の初期」(「初期」は「始期」の誤記と考えられる。)及び「現在契約の終期」の各欄が空欄となっている。

もっとも,被控訴人市長は,上記各欄が空欄になっているのは,本件使用貸借契約については契約書が作成されていないため,契約書のある他の契約と同様には記載できなかった結果にすぎない旨主張する。しかし,仮に直接の原因は契約書がないためであるとしても,本件土地のような広大な土地,しかも県立高等学校用地という公共性の高い目的に供されている土地について,契約書がないばかりか,当初契約の締結日も,契約期間も,現在契約の始期も終期も記載しないまま,津市の普通財産貸付一覧表が作成されているということは,普通財産管理の担当者,関係者らにも,それら詳細が知られていないことをうかがわせるものである。

オ  そして,地方公共団体がその所有する普通財産につき使用貸借契約が存在するというためには,地方自治法239条に基づき,権限を有する者による契約締結行為を要するものというべきところ,その行為が存在しないまま普通財産の占有管理権限を移転しても,それは事実行為としての占有権の移転にほかならず,直ちに津市と被控訴人県との間に本件使用貸借契約が締結されたと認められるものではない。

(3)  以上のとおりであるから,前記(1)の証拠等から,本件使用貸借契約の締結行為(抗弁(1))を認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

ちなみに,被控訴人らは,抗弁(2)のとおり,津市財産条例に基づき,本件土地の使用貸借の適法性を主張するが,同主張は本件使用貸借契約の締結行為の存在を前提とするものであることはいうまでもない。

3  そこで,被控訴人市長の本案前の申立てについて判断する。

(1)  前記2のとおり,本件使用貸借契約の締結行為は認められないから,同締結行為の存在を前提とする本案前の主張(1)イは認められない。

(2)  ところで,本件使用貸借契約の締結行為が認められない以上,本件土地は被控訴人県の不法占有下にあり,津市には日々,被控訴人県に対する使用損害金請求権が発生していて,被控訴人市長が,被控訴人県に対し,同使用損害金の支払を請求しないことは,地方自治法242条1項の「怠る事実」にあたるが,それら日々の使用損害金請求権のうち,本件監査請求の日から遡って1年前より過去の分については,同条2項により,本件監査請求は不適法であるから,前記第1の1の(2),同(3)の訴えのうち,本件監査請求の日(平成10年11月12日)から遡って1年前より過去の分(平成9年11月11日以前)の使用損害金の支払を求める訴えは,不適法として却下を免れない。

もっとも,控訴人らは,前記第2の1(2)ウの理由により,平成9年4月1日以降に発生した使用損害金請求の訴えは適法であると主張する。しかし,本件土地の不法占有(不法行為)による損害は,会計年度とは関わりなく,日々発生するのであるから,監査請求期間も会計年度とは関わりなく考慮すべきであり,控訴人らの主張は採用できない。

4  そこで,請求原因(7)(損害額)について判断する。

ア  本件監査請求の日は平成10年11月12日であるから,その1年前である平成9年11月12日から当審口頭弁論終結日(平成13年7月23日)までの損害額は,下記(ア)ないし(ウ)の各金額の合計8090万0786円である(争いない事実,甲67の1,2,甲68,甲94,甲110ないし113,甲123の1ないし4,甲124の1ないし3,甲125の1ないし3,甲126の1ないし7)。

(ア)  平成9年11月12日から平成12年3月31日までの使用損害金額

11億0024万0558円×0.5×0.04

×(139÷365+2)

=5238万9536円

(イ)  平成12年4月1日から平成13年3月31日までの使用損害金額

10億9309万0173円×0.5×0.04

=2186万1803円

(ウ)  平成13年4月1日から当審口頭弁論終結日(平成13年7月23日)までの使用損害金額

10億6449万4932円×0.5×0.04

×(114÷365)

=664万9447円

イ  ところで,控訴人らは,当審口頭弁論終結日の翌日以降についても,本件売買契約,本件交換契約又は本件賃貸借契約のうちいずれかが締結されるまで,1か年あたり2128万9898円の割合による使用損害金の支払を求めている。

しかし,被控訴人県が,今後も本件高校の設置,維持を継続する意向を示しているとはいえ(請求原因(6)),被控訴人県と津市が,本件訴訟終了後,最終的に本件土地の利用に関する問題をどのように処理するかは,いまだ明らかではなく,控訴人らの挙げる本件土地についての売買契約,交換契約又は賃貸借契約以外の解決方法も考えられないわけではないことに照らして,将来分の請求は認めないこととする。

5  以上のとおりであるから,控訴人らの,被控訴人市長が被控訴人県に対して本件土地の損害金の支払を請求しないことについて違法確認を求める請求は,上記4のとおり,本件監査請求日の1年前の日(平成9年11月12日)から当審口頭弁論終結日(平成13年7月23日)までに発生した損害金8090万0786円を請求しないことの違法確認を求める限度で認められるが,平成9年11月11日以前に発生した損害金の支払を請求しないことの違法確認を求める訴えは,前記3のとおり不適法であるから認められず,その余は理由がない。

6  また,控訴人らは,被控訴人市長が被控訴人県に対し本件土地について本件売買契約若しくは本件交換契約又は本件賃貸借契約をいずれも申し込まないことの違法確認を求めているが,地方自治法242条,同条の2の解釈上,契約の締結はいずれも「怠る事実」に含まれない上,公金の賦課若しくは徴収にあたるもの又は債権(地方自治法240条1項)の管理にあたるものとして構成することもできないから,上記各契約の締結を怠る事実があるとしても,地方自治法242条の2第1項3号に基づく違法確認の訴えを提起することは許されない。

したがって,控訴人らの,被控訴人市長が被控訴人県に対し上記各契約を申し込まないことの違法確認を求める訴えは,いずれも不適法として却下されるべきであるとした原判決の判断は相当である。

7  よって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人らの被控訴人県に対する金員支払請求は,8090万0786円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,平成9年11月11日までに発生した損害金の支払を求める部分の訴えを却下し,その余は失当として棄却し,被控訴人市長が被控訴人県に対し金員支払を求めないことの違法確認請求は,上記8090万0786円の支払を求めないことの違法確認を求める限度で理由があるからこれを認容し,平成9年11月11日までに発生した損害金の支払請求をしないことの違法確認を求める部分の訴えを却下し,その余は失当として棄却し,被控訴人市長が被控訴人県に対し本件土地について契約を申し込まないことの違法確認を求める訴えを不適法として却下した原判決の判断は相当であるから,これを維持し,上記と異なる原判決を上記の限度で変更することとし,訴訟費用の負担については,民事訴訟法67条,61条,64条,65条を適用し,仮執行の宣言は相当でないから,これを付さないこととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 長門栄吉 裁判官 加藤美枝子)

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