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名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)1017号 判決 2001年12月26日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人らは,控訴人らに対し,連帯して150万円及びこれに対する平成11年11月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

(4)  仮執行の宣言

2  被控訴人ら

主文と同旨

第2事案の概要

1  本件は,控訴人らが,「サンクト・フローリアン三重奏団」(以下「サンクト・フローリアン」という。)の構成員などとしてクラシック音楽の演奏活動をしている被控訴人らに対し,被控訴人らは控訴人らとの間で,控訴人らが主催する演奏会において演奏するとの契約を締結したにもかかわらず,これを履行しなかったと主張して,控訴人らに生じた損害の賠償として,連帯して150万円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求する事案の控訴審である。被控訴人らは,控訴人らの主張する演奏契約を締結していないし,仮に締結したとしても,これを解除した,と主張して争っている。

2  当事者の主張

(1)  演奏契約の締結について

ア 控訴人らの主張

控訴人らは,平成10年11月,被控訴人らに対して,名古屋でサンクト・フローリアンの演奏会を開きたいと申し出たところ,被控訴人C(以下「被控訴人C」という。)から,中京方面では演奏会を開いたことがない,また,自分の父親が名古屋に勤務しているので演奏会を開いたらきっと喜んでくれると思う,ぜひやって欲しい,と言われたことから,控訴人らが主催者となって演奏会を開催すべく準備に取りかかった。そして,控訴人らは,平成11年初め,被控訴人らとの間で,口頭で演奏契約を締結した。遅くとも,同年8月1日には,被控訴人らが,同年11月13日に名古屋市において,①ベートーベン作曲ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調作品97及び②ドボルザーク作曲ピアノ三重奏曲作品90を演奏するという内容の演奏契約が成立した。そこで,控訴人らは,演奏会当日の会場として,名古屋市天白区植田の「日映文化ホール」を借り受けた。

イ 被控訴人らの主張

(ア) 控訴人らと被控訴人らとの間に,双務契約としての演奏契約は成立していない。サンクト・フローリアンは,被控訴人らの外,アメリカ在住のFを加えた3人によって構成される職業演奏家集団であるところ,被控訴人らが受領すべき報酬に関する話合いはされていない。

控訴人A(以下「控訴人A」という。)が被控訴人らに対し,名古屋でサンクト・フローリアンの演奏会を開きたいと申し出たことはある。しかし,控訴人Aは,看護婦を職業とするものであり,演奏会の企画実行の経験も能力もなかったことから,被控訴人らは,雑談の中で控訴人Aの話を半信半疑で聞いたが,控訴人Aがサンクト・フローリアンの支援団体の会員であったため,これを最初から拒否することはせず,実際に控訴人Aが演奏会の企画実行ができ,採算が合うのであれば,協力しても良い旨の話をしたのであって,被控訴人らは,控訴人らの主催する演奏会において演奏する旨の契約を締結していない。なお,控訴人B(以下「控訴人B」という。)が被控訴人らとの話合いにおいて当事者となったことはない。

(イ) また,そもそも,控訴人らが企画した演奏会は,有償双務契約として成立し得ない内容のものであった。すなわち,控訴人Aが演奏会の会場として決めた「日映文化ホール」の座席数は135であるから,1席4000円として全席が完売されたとしても,その収入は54万円となり,これから消費税を差し引くと51万4286円になる。ところが,経費として,①会場関係のものとして,(a)会場使用料4万8500円,(b)ピアノ使用料8000円及び(c)ピアノ調律費用2万5000円の合計計8万1500円,②旅費等として,(a)Fの日本への渡航費用12万円,(b)3名の東京との新幹線往復料金6万3480円,(c)3名の2泊の宿泊費9万円及び(d)3名の2日分の食費等6万円の合計33万3480円が必要であって,これらを前記の51万4286円から控除すると残額は9万9306円になる。しかも,演奏会開催に向けての宣伝活動を外注すると,その事務費は,この残額を超えることになるのであり,被控訴人らに対する報酬は見込めない。

(2)  演奏契約の解除について

ア 被控訴人らの主張

(ア) 履行不能による演奏契約の解除

仮に,控訴人らと被控訴人らとの間で演奏契約が成立したとしても,控訴人らの下記①,②の責に帰すべき事由によって,被控訴人らの演奏債務の履行ができなくなり,被控訴人らは,平成11年10月14日,控訴人らに対し,履行不能を理由として演奏契約を解除する旨の意思表示をした。なお,これが解除の意思表示と認められないとしても,被控訴人らは,控訴人Aに対して,平成13年9月14日,同Bに対して同年10月17日,いずれも本件口頭弁論期日において,演奏契約を解除する旨の意思表示をした。

① 虚偽の内容の散らし作成

控訴人らが被控訴人らに対して送付した散らし(乙3)には,(a)S席及びA席が完売と記載され,(b)「マネージメント/チケットお問合せ」として,「E」とその連絡先としての電話番号が記載されていた。しかし,S席及びA席は,実際には全く売却されておらず,E(以下「E」という。)は,その名を散らしに記載することを承諾していなかったし,電話番号も誤ったものであった。被控訴人らが,これらについて控訴人らに対して問いただすと,完売の文字及びEの名及び電話番号を抹消した散らし(甲3)を被控訴人らに対して送付してきた。

② 骨髄バンク関係団体への営利目的での接近

被控訴人らは,骨髄バンク関係団体との間で,被控訴人らがチャリティコンサートをするなどの奉仕をする形での信頼関係を有していた。ところが,控訴人らは,「骨髄バンクを支援する愛知の会」(以下「愛知の会」という。)を営利目的で利用し,愛知の会の関係者に対しチケットを販売しようした。

(イ) 信頼関係破壊による演奏契約の解除

被控訴人らは,平成13年10月17日の本件口頭弁論期日において,控訴人らに対し,信頼関係の破壊を理由として演奏契約を解除する旨の意思表示をした。すなわち,本件における演奏契約は,契約の成立から演奏会まで約1年という長期の継続的な契約関係を結ぶものであるから,相互に信頼関係を維持し,演奏の実現に向けて努力すべき包括的義務を負う。ところが,控訴人らには,上記の(ア)①,②のとおりの行為があり,また,被控訴人らに対して一方的に契約書(乙39)を送付するなど,被控訴人らに対する背信行為をしてきたのである。控訴人らのこうした行為は,上記の包括的義務に違反し,信頼関係を破壊するものである。

イ 控訴人らの主張

(ア) 被控訴人らの主張は理由がない。被控訴人らは,勝手に演奏契約をキャンセルしたにすぎない。また,演奏契約の履行日である平成11年11月13日から約2年経過した時点で演奏契約を解除することはできないというべきである。

(イ) 被控訴人らの主張に対する反論

① 被控訴人らの演奏会のチケットは実際に売却されていた。

② 骨髄バンク関係団体について

控訴人らは,被控訴人らがこれまで作成したパンフレットなどに,サンクト・フローリアンが全国骨髄バンク推進連絡協議会から表彰されたことがあるとの紹介記事が記載されていたので,控訴人らの作成した散らしにも同様の紹介をしたのであり,また,控訴人Aの勤務先の医師の紹介で愛知の会からも協力する旨の申出を受けていたのである。愛知の会は,サンクト・フローリアンとは別の組織であるから,控訴人らが連絡をとっても問題はないはずである。仮に,被控訴人らが演奏会をチャリティコンサートにしたいという希望があれば,控訴人らが被控訴人らに対して支払う出演料から骨髄バンク関係団体に寄付すればよいことである。

③ 信頼関係の破壊について

控訴人らは,被控訴人らが主張するような信頼関係を破壊する行為をしていない。

(3)  控訴人らの被った損害について

ア 控訴人らの主張

(ア) 控訴人らは,上記のとおり,平成11年11月13日午後6時から「日映文化ホール」でサンクト・フローリアンの演奏会を行うため,会場の使用契約,宣伝(ポスター,散らし及び電話等々),入場券の印刷,発売などを進めた。その間,控訴人らは,山梨県の八ヶ岳,東京などへ出掛けて,被控訴人らと数回にわたって打ち合わせをした。ところが,演奏会を開催することができなかったため,控訴人らは,次のとおり,合計78万6000円の損害を被った。

① 打ち合わせのための旅費,宿泊費 29万3720円

② パンフレット,入場券等制作費 22万6280円

③ 通信費 22万円

④ 会場費(キャンセル料) 4万6000円

(イ) 控訴人らは,被控訴人らを信用して,長期間にわたり友人知人に声を掛けて演奏会を成功させようと努力してきたにもかかわらず,突然契約を破棄されたことにより,精神的な損害を受けた。これを慰謝するには控訴人1人当たり50万円,合計100万円が相当である。

(ウ) 控訴人らは,被控訴人らに対し,演奏契約の債務不履行に基づき,上記損害の内金150万円の賠償を求める。

イ 被控訴人らの主張

控訴人らの損害に関する主張は理由がない。

第3当裁判所の判断

1  甲1号証,3ないし9号証,12,13,25,26,28及び31号証,乙1ないし11号証,17ないし42号証,47ないし49号証,51号証及び控訴人Aの本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば,次の各事実を認めることができる。

(1)  被控訴人Cはヴァイオリン,被控訴人D(以下「被控訴人D」という。)はチェロのそれぞれソリストとして活動している演奏家であるが,昭和62年に,オーストリア共和国のザルツブルグにおいて,ピアニストのF(アメリカ在住)を加えてサンクト・フローリアンを結成し,日本,アメリカ,ヨーロッパにおいて,演奏会を開いて活動している。

被控訴人らは,音楽仲間であったザルツブルグ在住のピアニスト,Gが,平成2年2月に慢性骨髄性白血病を発病したことをきっかけとして,骨髄移植の治療方法を知った。平成2年ころ,我が国において,骨髄バンクが発足したが,被控訴人らは,これに協力したいと考え,平成4年から毎年,骨髄バンク推進キャンペーンに協力し,東京,神奈川及び千葉などでサンクト・フローリアンのチャリティ演奏会を開催するようになった。被控訴人らのこうした活動は,全国骨髄バンク推進連絡協議会に認められ,同協議会は,平成8年4月6日,平成12年6月3日に,サンクト・フローリアンに感謝状を贈呈した。

(2)  控訴人Aは,名古屋記念病院に勤務する看護婦であるが,平成7年秋ころ,被控訴人Dのチェロの演奏を聞き,平成8年に,被控訴人らを構成員とする三重奏の演奏を聞く機会を持ち,その際,「D,C,F友の会」(以下「友の会」という。)に入会した。その後,控訴人Aは,友の会のニュースで知った八ヶ岳のペンションにおける被控訴人Cと外国人女性ピアニストとのデュオリサイタルに出掛け,ここで,その企画者である八ヶ岳在住のEと知り合った。控訴人Aは,平成9年9月,同Bとともに,三重県菰野町での被控訴人Dの演奏会に出掛けた。

(3)  控訴人らは,Eから案内を受け,平成10年11月15日,八ヶ岳高原音楽堂におけるサンクト・フローリアンの演奏会に行った。この際,控訴人らは,被控訴人らに対して,名古屋でサンクト・フローリアンの演奏会を開きたいとの話をした。これに対して,被控訴人らも,積極的な姿勢を示した。その後,控訴人らは,被控訴人らと打ち合わせ,名古屋での演奏会の日を平成11年11月13日とすることに決め,演奏会場を日映文化ホールとして,平成11年5月15日,株式会社日映との間で,同年11月13日午後1時から9時30分まで,同ホールを借り受ける旨の予約をした。控訴人Aは,同年5月26日付けの郵便で,被控訴人Cから,ポスターに使うことを目的とする4枚の写真の送付を受けた。

控訴人らは,同年8月1日,被控訴人ら会い,演奏会(以下「本件演奏会」という。)における演奏曲目を,①ベートーベン作曲ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調作品97及び②ドボルザーク作曲ピアノ三重奏曲作品90とすることを決定した。本件演奏会については,同年9月7日に発行された友の会ニュースの「コンサートのご案内」に紹介され,また,同年10月1日発行の友の会ニュースにおいては,控訴人Aが本件演奏会を企画し,主催したことを紹介する記事が掲載された。

(4)  控訴人Aは,同Bらと,本件演奏会の主催者の名を個人名としないため,クラブHという名称の会を作った。そして,控訴人らは,平成11年9月ころ,被控訴人らに対して,本件演奏会の散らし(乙3号証)を送付したが,これには,S席(7000円)及びA席(5000円)が完売であり,自由席(4000円)のみが残っている旨が記載されていた。ところが,被控訴人らが,控訴人Aに確認をとると,実際にはS席及びA席は完売されてはいないことが明らかになった。そこで,被控訴人らは,控訴人Aに対し,完売の記載を削除した散らしを作成するように話した。その後,控訴人らから被控訴人らに対し,完売の記載を削除した散らし(甲3号証)が送付された。

(5)  控訴人Aは,全国骨髄バンク推進連絡協議会に電話し,名古屋における骨髄バンク関係団体の連絡先を尋ねたところ,愛知の会を知らされたことから,平成11年10月1日ころ,同会に手紙を出した。その内容は,サンクト・フローリアンは,毎年,かなりの地区で骨髄バンクの支援コンサートを開いているが,同年11月13日に名古屋市で本件演奏会を開催すること,本件演奏会は控訴人Aの個人の主催に近いので,130席のチケットの販売について心配していること,協力して本件演奏会に来て欲しい旨を記載したものであり,本件演奏会の案内が同封されていた。

被控訴人Cは,平成11年10月4日,控訴人Aから,控訴人Aが愛知の会に連絡したところ同会から協力をしたいとの連絡を受けた旨を伝えられたので,同日,直ちに,控訴人Aに対し,骨髄バンク関係団体の協力とはどんな協力であるのかを詳しく教えてくれるようにと連絡し,その際,被控訴人らの骨髄バンクに関係する今までの活動はすべて無償であって,毎年数を決めて実施している旨を伝えた。これに対して,控訴人Aは,愛知の会では,チケットを買ってくれるし,受付等何でもする旨を述べていること,今回の演奏会はチャリティではないことを回答した。そこで,被控訴人Cは,同日,控訴人Aに対し,骨髄バンク関係団体については被控訴人らが奉仕するという形で長年関係を慎重に作ってきているのであるから,同団体に関係する事柄については事前に相談をしてから動いて欲しい旨を連絡した。

なお,愛知の会では,サンクト・フローリアンの了解が取られているものと考えて,控訴人Aに対して協力をする旨を話していたものであった。

被控訴人らは,同年10月5日から同月13日までアメリカに行く予定であったため,被控訴人Cは,アメリカに行く直前に,Eに対し,控訴人らにチャリティ形式にすることを条件として本件演奏会に出演協力する旨を伝えて欲しい旨を依頼した。そこで,Eは,同月5日,控訴人Aに対し,本件演奏会については,ポスター,散らし等での骨髄バンクへの協力と売上金の一部を寄付することの約束をするように,この約束ができないようであれば,被控訴人Cは本件演奏会を取りやめる覚悟をしている旨を連絡した。

(6)  被控訴人らは,アメリカから帰国した後,控訴人らとの間で連絡を取ろうとしたが,連絡を取ることができなかった。そこで,被控訴人Cは,同年10月14日,控訴人Aに対し,骨髄バンク関係団体についてのコンセプトの違いが大きいことを理由に,本件演奏会は辞退する旨をファックスで連絡した。

控訴人Aは,同月15日ころ,事前に被控訴人らと内容について協議することなく,被控訴人らに対し,本件演奏会に関する契約書(乙39号証)を送付した。同契約書には,会場使用料及び調律費用等を除いた全額を出演料として演奏会終了3日から2週間以内に支払う旨が記載されており,クラブH代表者控訴人Aと記載した欄には押印がされていた。

(7)  被控訴人ら及びFの3名から依頼を受けたI弁護士は,同年10月20日,控訴人Aに対し,控訴人らに対する信頼関係は完全に失われたので,本件演奏会に協力する意思を失い,これ関する契約は締結しない旨を通知した。被控訴人らは,サンクト・フローリアンの名で,同年11月3日ころ,愛知の会に対して,本件演奏会をキャンセルした事情を説明することなどを内容とする手紙を送付した。

2  上記認定事実を前提にして,検討する。

(1)  演奏契約の締結について

被控訴人らは,控訴人らとの間で演奏契約を締結したことを否認する。確かに,上記認定事実のとおり,控訴人らと被控訴人らとの間では,被控訴人らの報酬について合意されておらず,また,被控訴人らは,控訴人らから平成11年10月15日ころ送付された契約書に記載された内容を承諾することなく,かえってI弁護士に依頼し,契約を締結する意思がない旨を通知していることが認められる。

しかし,被控訴人らも,控訴人らが,演奏会を企画し,主催するということについて全く経験のない素人であることを知っていたところ,控訴人らとの間で,本件演奏会の日時及び演奏曲目について合意をし,会場についても連絡を受けているのである。そして,Eを通じて控訴人らに対し,愛知の会との関係からチャリティの形で本件演奏会を行うことを提案していることに照らすと,本件演奏会から得る報酬自体についてはさほど関心を有していなかったことがうかがわれ,更に控訴人らが本件演奏会のポスター等を作成するために利用する写真を送付していること及び友の会ニュースに本件演奏会に関する記事が掲載されていたことなどを考え併せると,有償の契約として成立していたとはいい難いものの,演奏曲目について合意した平成11年8月1日ころには,控訴人らと被控訴人らとの間で,サンクト・フローリアンらが名古屋市において同年11月13日に演奏するとの契約が成立したものと認めるのが相当である。

(2)  演奏契約の解除について

ア 上記1の認定事実によると,控訴人らと被控訴人らとの間で成立した演奏契約は,被控訴人らが,友の会の会員である控訴人Aの名古屋で演奏会を開きたいという熱意に動かされ,これに協力することにして成立したものと認められる。こうした経緯に照らすと,控訴人らと被控訴人らは,演奏会に至るまで,信頼関係を維持しながら,協力し合っていくべき義務を相互に負っていたものと解される。

イ ところが,控訴人らは,被控訴人らに対し,本件演奏会のS席及びA席のチケットが完売されたとの記載をした散らしを送付しながら,被控訴人らからこの点を確認されると,完売の記載を削除した散らしを送付している。これによって,被控訴人らが,控訴人らの本件演奏会の準備状況に疑問を抱いたことは容易に推認されるところである。なお,控訴人らは,本件演奏会のために作成したチケットとして甲2号証を提出するが,これには,日時,会場名及び問い合わせ先が記載されておらず,実際にこれが本件演奏会のために作成されたチケットであり,同一のものが販売されていたのかどうか疑問が残る。さらに,控訴人Aの本人尋問の結果によると,自由席のチケットは作成していなかったというのである。これらの点に照らせば,控訴人らが,本件演奏会の準備として会場の予約の外に具体的にどのようなことをしたのか必ずしも明確でないといわざるを得ない。そうすると,被控訴人らが,打合せ等の機会における控訴人らの対応から,本件演奏会の準備に不安を抱いたとしてもやむを得ないということができる。

ウ また,控訴人らが作成した散らし(甲3号証及び乙3号証)によれば,控訴人らも,被控訴人Cが骨髄バンク推進キャンペーンコンサートに積極的に参加し,サンクト・フローリアンが全国骨髄バンク推進連絡協議会から表彰を受けていることを知っていたことが認められる。ところが,控訴人Aは,被控訴人らに事前に連絡することなく,愛知の会に対し,本件演奏会の案内と共にチケットの購入を依頼する趣旨を含む文書を送付しているのである。控訴人Aが愛知の会に連絡をとった時期及び同文書の記載に照らすと,同会の関係者に対し本件演奏会のチケットを購入してもらうことを期待していたものであったことが推認される。

これらの事実と上記1の認定事実によると,被控訴人らは,音楽仲間が白血病に罹患したことを契機として,平成4年から骨髄バンク推進キャンペーンコンサートを実施し,骨髄バンクとの関係については,これを自らの音楽活動に利用するようなことにならないよう慎重に配慮をしながら活動を継続していたことが認められる。また,被控訴人らにとっては,事前に被控訴人らに連絡しないで愛知の会にチケットの購入を依頼する趣旨を含む文書を送付した控訴人らの行為は,被控訴人らの骨髄バンクに対する支援の心情から,許容し難いものであったと容易に推認することができる。そして,上記認定事実によると,被控訴人らは,直ちに演奏契約を解除することをしないで,Eを通じ,控訴人らがチャリティの形を採ることに同意するのであれば,本件演奏会に協力する旨の連絡をしたが,これについて控訴人らの同意を得ることができなかったことから,演奏契約を解除する決意を固めたことが認められる。

エ 以上によると,被控訴人らは,控訴人らの信頼関係を失わせる行為によって,本件演奏会において演奏する意思を失ったものであることを認めることができる。そして,これについては,被控訴人ら側に責任はなく,その責任は専ら控訴人ら側にあることが明らかである。また,被控訴人らにとって,本件演奏契約は実質的に無償の契約であり,専ら友の会の会員である控訴人Aに対する好意から出演を承諾した経過に照らせば,被控訴人らが上記の事由により信頼関係を維持できないと考え,本件演奏契約において演奏する意思を失ったことについて,相応の根拠があるものと認めることができる。そうすると,被控訴人Cが,平成11年10月14日ころ,控訴人Aに対して本件演奏会を辞退する旨を連絡したのは,サンクト・フローリアンのメンバーを代表して,控訴人らに対し,控訴人らの上記の行為により本件演奏会において演奏する意思を失ったことを理由として演奏契約を解除する意思表示をしたものと解することができる。そして,演奏契約における演奏する債務の特質及び本件における演奏契約が実質的に無償のものであったことに照らせば,被控訴人らの上記の解除の意思表示は,履行不能又はこれに準ずる事由を理由とするものとして,その効力を認めることができる。

3  以上のとおりであって,控訴人らの本訴請求をいずれも棄却した原判決は結論において相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,控訴費用の負担について民事訴訟法67条,65条,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 佐久間邦夫 裁判官 加藤美枝子)

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