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名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)1046号 判決 2001年10月25日

主文

1  本件各控訴及び控訴人Aに対する本件附帯控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人Aは,被控訴人に対し,金900万円及びこれに対する平成10年9月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人の控訴人Aに対するその余の請求及び控訴人Bに対する各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人について生じた分の2分の1及び控訴人Aについて生じた分は控訴人Aの負担とし,被控訴人について生じたその余の分及び控訴人Bについて生じた分は被控訴人の負担とする。

3  この判決第1項(1)は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人A

(1)  原判決中,控訴人A敗訴の部分を取り消す。

(2)  被控訴人の控訴人Aに対する請求を棄却する。

(3)  被控訴人の控訴人Aに対する本件附帯控訴を棄却する。

(4)  控訴人Aと被控訴人との間の訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

2  控訴人B

(1)  原判決中,控訴人B敗訴の部分を取り消す。

(2)  被控訴人の控訴人Bに対する各請求をいずれも棄却する。

(3)  被控訴人の控訴人Bに対する本件附帯控訴を棄却する。

(4)  控訴人Bと被控訴人との間の訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

3  被控訴人

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  控訴人らは,被控訴人に対し,各自1150万円及びこれに対する平成10年7月23日から支払済みまで控訴人Aにつき年6分の,控訴人Bにつき年5分の割合による金員を支払え。

(3)  控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却する。

(4)  訴訟費用は,第1,2審とも,控訴人らの負担とする。

(5)  (2)につき仮執行宣言

第2事案の概要(以下,略称等は原判決と同様である。)

1  本件は,損害保険会社(被控訴人)の車両保険に加入済みの外車の購入者(C)が,販売業者(控訴人A)に対し修理のため外車を預け,これを販売業者が修理業者(控訴人B)に下請けとして修理を再委託したところ,修理業者が屋外保管中に盗難に遭い,損害保険会社が購入者に対し損害保険金を支払ったという事実関係の下で,損害保険会社が,(1)販売業者に対し,①購入者に対する修理契約上の債務不履行(返還義務の履行不能)に基づく損害賠償請求権が生じたとし,(2)修理業者に対し,②購入者(所有者)に対する不法行為(不適切な保管による所有権侵害)に基づく損害賠償請求権が生じたとし,(3)修理業者に対し,③販売業者(注文主)に対する下請契約上の債務不履行(請負目的物の保管義務違反による返還義務の履行不能)に基づく損害賠償請求権が生じたとし,販売業者が無資力であるため,購入者が,債権者代位権により販売業者に代位して,①の債権保全のため③の請求権を行使できるとした上で,以上,いずれも保険代位に基づき被控訴人がCに代位して,控訴人ら各自に対し,損害賠償金1150万円及び遅延損害金(保険金支払日の翌日から控訴人Aは年6分,控訴人Bは年5分)を請求したのに対し,控訴人らが,責任の有無,損害額等を争い,過失相殺を主張した事案である。

原審は,①及び②の請求権の成立を認め,本件車の評価額を900万円と認定し,過失相殺の上,控訴人Aに対し810万円,控訴人Bに対し630万円及びこれらに対する遅延損害金を認容し,その余の請求をいずれも棄却したところ,各当事者から控訴及び附帯控訴がなされた。

2  前提となる事実及び争点(当事者の主張を含む。)は,次に付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」一及び二(原判決5頁4行目から18頁3行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決8頁9行目「履行補助者として、」の次に「Cに対し,控訴人Aと一体となって修理・保管義務を履行すべき関係にあり,」を加える。

(2)  原判決9頁3行目末尾に次のとおり加える。

「また,控訴人BのCに対する注意義務の根拠は,前記のほか,控訴人Bが消費者である顧客の車両の修理を業とする専門業者であるから,業務上預かり保管中の車両については,元請業者からの再委託に基づく保管であっても,条理上,第三者である顧客に対し善良なる管理者の注意をもって保管すべき義務が存するという点にも求められる。」

(3)  原判決10頁6行目「無資力であるので、」の次に「右(一)の損害賠償請求権を保全するため,」を加える。

(4)  原判決13頁3行目「生じた。」の次に「そうでないとしても,Cの代表者Dは,本件車が工場外に出されることを認識し,これを認容していた。」を加え,4行目の「原告」を「C」と改める。

(5)  原判決16頁8行目末尾に次のとおり加える。

「なお,被控訴人は,控訴人らに対して,平成10年9月26日到達の内容証明郵便により,上記各損害賠償債務の支払を求めた。」

第3当裁判所の判断

1  争点1(控訴人らの損害賠償責任)の判断の前提となる認定事実は,次に訂正するほか,原判決18頁6行目から25頁1行目までのとおりであるから,これを引用する。

原判決18頁6行目「当事者間に争いがない事実」を「前記前提となる事実」と,22頁9行目「依頼を受けた。」を「意向を聞いた。」とそれぞれ改める。

2  争点1についての判断は,次に付加訂正するほか,原判決25頁2行目から29頁4行目のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決25頁3行目を「1 上記各事実により判断する。」と改める。

(2)  原判決26頁5行目から9行目までを次のとおり改める。

「 そこで検討する。

(1) 本件下請契約上の保管義務違反による債務不履行責任については,上記認定事実によれば,控訴人Bの上記保管方法は,もっぱら控訴人Aの代表者Eの指示に基づき,これに従った結果採用されたものであって,控訴人Bは,上記保管方法を採用したことについて,控訴人Aに対し本件下請契約上の保管義務違反による債務不履行責任を負わないものというべきである。

これに対し,被控訴人は,控訴人Bが年末の休みに入り工場が無人となることを知りながら高級外車である本件車を屋外に放置し,盗難防止のために本件車の前に置いたスターレットにつき,控訴人Bの妻に対し動かさないよう指示するのを怠ったとして,保管義務違反があると主張する。

しかし,控訴人Bは,Eから,元々屋内に保管していた本件車を屋外に出すよう指示を受け,これに従い屋外に出し,施錠し,その鍵を適正に保管していたものであって,これにより本件下請契約上の修理業者としての保管義務は果たしたものというべきである。それ以上に無人となる場合には屋外に出さないことや本件車の前に別の車を置くこと等が,本件下請契約上の義務として約束された等,特に保管義務を加重すべき事実についての主張,立証はない。

したがって,高級外車を屋外で保管した点や妻に対する上記指示を怠った点が本件下請契約上の義務違反となるものとは認められない(なお,赤外線リモコンキーが付いた本件車を窃取したという本件盗難の態様からみて,控訴人Bがスターレットを移動しないよう妻に指示していれば本件盗難を防止できたと認めることは困難であって,妻に対する上記指示を怠った点は,これと損害との間の因果関係も認定できない。)。

以上によると,被控訴人の上記主張は採用できない。

(2) 次に,不法行為責任に関し,被控訴人は,控訴人Bが,Cに対し,控訴人Aと一体となって修理・保管義務を履行すべき関係にあり,本件修理契約上の履行補助者として,善良なる管理者としての注意をもって本件車を保管すべき注意義務を負っていたと主張する。

しかし,控訴人Bは,Cとの間で何ら契約関係を有しないのであるから,控訴人Aと一体となって修理・保管義務を履行すべき契約上の義務など肯定できない。また,控訴人BがCの履行補助者であるとしても,履行補助者には,債務者の指揮監督を受け,その指示等に従う義務があるのであって,履行補助者であることから直ちに債務者の指示等とは別個に独立して債権者に対し善管注意義務を負担する地位に立つものとも解されない。

したがって,被控訴人の上記主張は採用できない。

(3)  同じく不法行為責任に関する保管義務について,被控訴人は,控訴人Bが消費者である顧客の車両の修理を業とする専門業者であるから,条理上,第三者である顧客に対し善良なる管理者の注意をもって保管すべき義務が存する旨主張する。

しかし,控訴人Bは,修理業者であって,直ちに自動車保管の専門業者と認めることはできない。

また,この点は措くとしても,上記認定に照らし,本件において,控訴人Bは,Cに対しては契約上の義務を負わないし,勧誘その他,本件車の保管についてCに何らかの働きかけをしたといった事実も認めることはできないから,信義則や先行行為等に基づく法益保護責任を負担する関係にあるとはいえない。

他方,Cにおいても,本件車を控訴人Aに預ける際,これを控訴人Bに預けるものと信頼していた事実も認められず,もっぱら控訴人Aを信頼して本件車を預けたものと推定される。そうすると,条理を根拠としても,控訴人Bが,控訴人Aに対して負担する保管責任以上の重い保管責任を,契約関係のないCに対して負うと認めることはできない。

さらに,被控訴人主張の条理上の義務を肯定すると,第三者所有の車の保管を受託した控訴人Bが,保管方法につき委託者控訴人Aから特定の指示を受けた場合に,これに反してでも,独自の判断で安全な保管方法をとるべき条理上の義務が生ずることになるが,この点は,受託者にとって,委託者の指示に従うべき契約上の義務と安全に保管すべき条理上の義務とが衝突する事態となって,不合理である。

したがって,被控訴人の上記主張は採用できない。

(4)  上記(2)及び(3)によると,控訴人Bに被控訴人主張の保管義務が発生したものとは認められないから,控訴人Bが被控訴人に対して保管責任義務違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償責任を負うと認めることはできない。」

(2) 原判決26頁末行「被告らに」を「控訴人Aに」と改める。

(3)  原判決27頁10行目「しかし、」の次に「右証言は,本件盗難後にEが損害保険会社調査員に対し説明した内容(乙43)と整合せず,また,」を加える。

(4)  原判決29頁2行目「しかし、」の次に「原判示の証拠によるも,DがEに対し,忘れ物を取り出したい意向を示した以外に,本件車の保管方法に対し特別の指示をしたと認めることはできず,」を加え,同4行目の次に行を改め,次のとおり加える。

「4 以上によると,控訴人AのCに対する本件修理契約に基づく損害賠償責任は認められるが,控訴人Bの控訴人Aに対する本件下請契約に基づく損害賠償責任,Cに対する不法行為に基づく損害賠償責任はいずれも認められないこととなる。」

3  争点2(損害)についての判断は,次に付加するほか,原判決32頁末行から33頁7行目までのとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決33頁6行目末尾に行を改め,次のとおり加える。

「 被控訴人は,甲第5号証によれば1100万円まで認定が可能であるとして,上記認定に誤認がある旨主張するが,同号証は,被控訴人が車両保険契約を締結するに際し,保険価額及び保険金額を定める際の資料として作成したものである上に,初年度登録が平成6年である本件車と同種の中古車が900万円から1100万円の間のいずれかの標準保険価額とする旨記載されているに過ぎず,価格を1100万円と特定できるような証拠ではないから,これと甲第4号証等の他の証拠とを総合して900万円と認定することに不合理な点はなく,上記主張は採用できない。」

(2)  原判決33頁7行目の次に行を改め,次のとおり加える。

「 なお,控訴人AがCに対し負担する本件修理契約上の債務不履行(返還義務の履行不能)に基づく損害賠償債務は,履行期の定めがない債務であるところ,平成10年7月23日に付遅滞(民法412条3項)となったとの点についての主張,立証はない。しかし,控訴人Aは平成10年9月26日到達の内容証明郵便により履行の請求を受けたものと認められるから(甲7の1,2),その翌日である同月27日以降は遅延損害金が生ずるものと認めることができる。」

4  争点3(過失相殺)について

控訴人Aは,Cの代表者DがEに対し,本件車から荷物を出せるようにしておいて欲しいと指示した点に過失があるとして,過失相殺を主張する。

既に判示のように,Eが控訴人Bに対し,注文客(C)が荷物を取りに行く趣旨を伝えたことが認められる。

しかし,DとEとの間についての証拠をみると,原審証人Dは,Eに対し「荷物を出そうかな」といった未確定の話をしたが,確定的に荷物を取りに行くと連絡したことはない旨証言し,Eも原審においてDからそのような確定的な話を聞いていない旨証言する。このような証拠関係に,本件盗難の前後にC側が現実に荷物を取りに行った形跡がないことをも考え合わせれば,本件において上記D証言を信用できないとして排斥することは困難であり,DがEに対し荷物を取りに行く旨の確定的な指示をした事実を認定することはできない。

したがって,本件の証拠からは,控訴人A主張のC側の過失を認定することができないから,過失相殺の主張には理由がない。

5  以上によると,被控訴人の控訴人Aに対する請求は,損害賠償金900万円とこれに対する平成10年9月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の限度で理由があるが,被控訴人の控訴人Bに対する各請求(選択的併合として申し立てられていると解される上記第2の1の②及び③の各請求)はいずれも理由がない。

そうすると,原判決中,控訴人Aに対する請求を一部認容した部分は,遅延損害金請求の一部が不相当であるが,その余は相当であり,控訴人Bに対する請求を一部認容した部分は全部相当ではなく,控訴人Aに対する損害賠償金請求を一部棄却した部分は一部が不相当であるが,その余は相当であり,控訴人Bに対する請求を一部棄却した部分は全部相当であることとなる。

よって,控訴人らの本件各控訴及び被控訴人の控訴人Aに対する本件附帯控訴に基づき,上記に従って原判決を変更し,訴訟費用は,控訴人Aと被控訴人との間では全部控訴人Aに負担させ,控訴人Bと被控訴人との間では全部被控訴人に負担させる(被控訴人について生じた訴訟費用は各控訴人に平等に関わるものとする。)ことととして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 小林克美 裁判官 戸田久)

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