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名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)1047号 判決 2001年3月21日

主文

一  一審原告らの控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

二  一審被告石井一仁は、一審原告らに対し、それぞれ、七三五万三四〇五円及びこれに対する平成一一年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  一審被告日動火災海上保険株式会社は、一審原告らに対し、それぞれ、六二一万円及びこれに対する平成一一年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  一審原告らの一審被告石井に対するその余の請求をいずれも棄却する。

五  一審被告らの控訴をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その二を一審原告らの負担とし、その余を一審被告らの負担とする。

七  この判決は、第二、三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

(一審原告らの控訴につき)

一  一審原告ら

(一) 原判決を次のとおり変更する。

(二) 一審被告石井一仁(以下「一審被告石井」という。)は、一審原告らに対し、それぞれ、一一四六万四四六〇円及びこれらに対する平成一一年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 一審被告日動火災海上保険株式会社(以下「一審被告会社」という。)は、一審原告らに対し、それぞれ、六二一万円及びこれに対する平成一一年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は、第一、二審とも、一審被告らの負担とする。

(五) 仮執行の宣言

二  一審被告ら

(一) 一審原告らの控訴をいずれも棄却する。

(二) 控訴費用は一審原告らの負担とする。

(一審被告らの控訴につき)

一  一審被告ら

(一) 原判決主文一ないし四項中、一審被告石井につき、一審原告らに対し、それぞれ、一〇四万四四二〇円及びこれに対する平成一一年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払うことを命じた部分及び一審被告会社につき、一審原告らに対し、それぞれ、一四九万六六三四円及びこれに対する平成一一年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払うことを命じた部分を除き、その余を取り消す。

(二) 一審原告らの上記取消しにかかる部分の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、一審原告らの負担とする。

二  一審原告ら

(一) 一審被告らの控訴をいずれも棄却する。

(二) 控訴費用は一審被告らの負担とする。

第二事実関係

本件は、道路を横断歩行中に一審被告石井運転の原動機付自転車と衝突し、その後死亡した亡伊庭艶子の相続人である一審原告らが、一審被告石井に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、各自、損害賠償金の一部一一四六万四四六〇円及びこれに対する同事故の後である平成一一年一一月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求するとともに、自動車損害賠償責任保険契約(以下「自賠責保険」という。)の保険者である一審被告会社に対し、自賠法三条、一六条一項に基づき、各自、保険金限度額内の損害賠償金六二一万円及びこれに対する平成一一年一一月一九日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案の控訴審である。

一  前提となる事実

(一)  事故の発生(当事者間に争いがない。)

亡伊庭艶子(大正一四年七月一三日生、事故当時満七一歳。以下「亡艶子」という。)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)で負傷した。

ア 日時 平成九年二月八日午後六時一〇分ころ

イ 場所 愛知県豊橋市吾妻町一五四番地先道路(市道)上(以下「本件道路」または「本件事故現場」という。)

ウ 被害者 亡艶子

エ 加害車両 原動機付自転車(豊橋み六二七六。以下「加害車」という。)

同運転者 一審被告石井

オ 態様 一審被告石井が加害車を運転して本件道路を東田町方面から平川南町方面に向けて時速三〇キロメートルで進行中、本件道路を左方から右方に向けて横断中の亡艶子を、加害車の前部に衝突させて路上に転倒させた。

(二)  亡艶子の本件事故による負傷とその治療状況(当事者間に争いがない。)亡艶子は、本件事故により急性硬膜下血腫及び脳挫傷(以下「本件傷害」という。)の傷害を負い、次のような治療を受けた。

ア 平成九年二月八日から同年四月四日

豊橋市民病院に入院

平成九年二月八日開頭血腫除去術、同年二月一三日気管切開、同年三月四日脳室及び腹腔短絡術、頭蓋形成術を行う。

イ 平成九年四月四日から同年六月一八日

医療法人光生会病院に入院

ウ 平成九年六月一八日から同年七月四日

豊橋市民病院に入院

平成九年六月二七日胃瘻造設手術を行う。

エ 平成九年七月四日から平成一〇年九月二四日

医療法人さわらび会山本病院に入院

亡艶子は、平成一〇年九月二四日、同病院で死亡(死亡当時満七三歳)。

(三)  亡艶子の死亡と本件事故との因果関係

証拠(乙一ないし一四の各一及び二、乙三九ないし四一)及び弁論の全趣旨によれば、亡艶子は、本件事故による本件傷害及びその後遺症としての左硬膜下血腫後遺症の治療中、長期間の臥床などにより肺梗塞症を発症して死亡したものと認められるから、亡艶子の死亡と本件事故との間には相当因果関係がある。

(四)  一審被告らの責任原因

ア 一審被告石井について(当事者間に争いがない。)

一審被告石井は、加害車を自己のために運行の用に供していたもので、前方の安全を十分に確認すべき注意義務があるのにこれを怠り、前方安全確認不十分のまま加害車を進行させた過失により本件事故を発生させたもので、自賠法三条により、亡艶子の被った損害を賠償すべき責任がある。

イ 一審被告会社について(弁論の全趣旨)

本件事故前、一審被告会社と一審被告石井は、加害車について自賠責保険を締結した。

(五)  損害の一部てん補(当事者間に争いがない。)

一審原告らは、本件事故による損害賠償として、次のとおり合計二〇一六万一三四三円の支払を受けた。

ア 一審被告会社の自賠責保険に基づく支払分一八五一万三二五〇円

亡艶子の死亡に至るまでの傷害による損害につき九三万三二五〇円、死亡による損害につき一七五八万円の合計額

イ 一審被告石井の支払分一六四万八〇九三円

なお、一審被告会社は、亡艶子の死亡に至るまでの傷害による損害につき上記九三万三二五〇円を一審原告らに支払ったほか、自賠責保険に基づく保険金二六万六七五〇円を、被保険者である一審被告石井に対して、同一審被告が一審原告らに対し亡艶子の死亡に至るまでの傷害による損害の賠償をしたことのてん補として支払った(一審被告会社の自賠責保険に基づく艶子の死亡に至るまでの傷害による損害に対する支払分は合計一二〇万円)。

一審被告らは、一審原告らに対する一審被告会社の自賠責保険に基づく支払分及び一審被告石井分の支払分の合計は二〇四二万八〇九三円であると主張しているが、一審被告会社の自賠責保険に基づく支払分一二〇万円には、一審被告会社が亡艶子の死亡に至るまでの傷害による損害分として一審被告石井に支払った自賠責保険に基づく保険金二六万六七五〇円が含まれることを自認しているのであるから、結局、上記趣旨と同一の主張であるものと認められる。

(六)  相続

亡艶子の相続人は、夫である一審原告伊庭良雄と長男である一審原告伊庭勝弘の二名であり、したがって、亡艶子に発生した本件損害賠償請求権は、一審原告両名が各二分の一の割合で承継した(甲四、五)

二  争点

(一)  過失相殺について

(一審被告らの主張)

本件事故は、亡艶子が、商店で買い物をして自宅に帰る途中に発生したものであるが、近くには横断歩道があった(二箇所)のであるから、亡艶子はこれを利用すべきであったのである。

したがって、本件事故における亡艶子の過失は三割とし、一審原告らの損害賠償額につき三割の過失相殺をすべきである。

(一審原告らの主張)

一審被告ら主張の三割の過失相殺は過大であり、せいぜいでも一割の過失相殺に止まるものである。

(二)  本件事故による損害について

(一審原告の主張)

ア 一次的主張(後遺障害による損害の主張)

亡艶子は、本件傷害について平成九年七月四日症状が固定し、後遺障害等級表一級相当の後遺障害を負っていたのであり、その後、死亡したものの、最高裁判所平成八年四月二五日判決(民集五〇巻五号一二二一頁)及び同年五月三一日判決(民集五〇巻五号一三二三頁)の趣旨に照らして、その死亡と本件事故との間に相当因果関係があるか否かにかかわらず、後遺障害による損害の賠償を求めることができる。上記後遺障害による損害額は次のとおりである。なお、亡艶子の治療費及び入院雑費については、前記一(五)の一審被告らの支払分及び亡艶子の加入していた国民健康保険からの給付ですべてまかなわれている。

(ア) 休業損害 一一九万三八〇一円

平成九年二月八日(受傷時)から同年七月四日(症状固定時)まで一四七日間、賃金センサス平成九年女子労働者学歴計六五歳以上の平均年収額二九六万四二〇〇円により算出

(イ) 後遺障害逸失利益 二〇〇九万七八三九円

次の<1>及び<2>の合計

<1> 家事従事分 一七一五万〇八六一円

症状固定時満七一歳、賃金センサス平成九年女子労働者学歴計六五歳以上の年収額二九六万四二〇〇円(生活費控除なし)、就労可能年数七年、ライプニッツ係数五・七八六により算出

<2> 国民年金受給分 二九四万六九七八円

国民年金年額二六万一三九六円(生活費控除なし)、平均余命一七年、ライプニッツ係数一一・二七四により算出

(ウ) 後遺障害慰謝料(本人) 二六〇〇万〇〇〇〇円

(エ) 後遺障害慰謝料(近親者) 六〇〇万〇〇〇〇円

(一審原告ら各三〇〇万〇〇〇〇円)

(オ) 弁護士費用 三五七万〇〇〇〇円

(カ) 各一審被告に対する請求額(一審原告らの合計額)

<1> 一審被告石井 三九二八万一六四〇円

(ア)から(エ)までの損害額を合計し、損害の一部てん補額一七五八万円を控除し、(オ)の損害額を加算

<2> 一審被告会社 一二四二万〇〇〇〇円

保険金限度額三〇〇〇万円から損害の一部てん補額一七五八万円を控除した残額

イ 二次的主張(死亡による損害賠償の主張)

亡艶子の死亡と本件事故との間には相当因果関係のあるので、一審原告らは、次の損害の賠償を求めることができる。なお、亡艶子の治療費及び入院雑費については、前記一(五)の一審被告らの支払分及び亡艶子の加入していた国民健康保険からの給付ですべてまかなわれている。

(ア) 休業損害 四八二万三九三一円

平成九年二月八日(受傷時)から平成一〇年九月二四日(死亡時)まで五九四日間、賃金センサス平成九年女子労働者学歴計六五歳以上の平均年収額二九六万四二〇〇円により算出

(イ) 逸失利益 一二三四万三六八六円

次の<1>及び<2>の合計

<1> 家事従事分 一〇五三万二三九五円

亡艶子は死亡時満七三歳、賃金センサス平成九年女子労働者学歴計六五歳以上の平均年収額二九六万四二〇〇円(生活費控除割合三〇パーセント)、就労可能年数六年、ライプニッツ係数五・〇七六により算出

<2> 国民年金受給分 一八一万一二九一円

国民年金年額二六万一三九六円(生活費控除割合三〇パーセント)、平均余命一四年、ライプニッツ係数九・八九九により算出

(ウ) 死亡慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円

(エ) 葬儀費用 一二六万一三〇四円

(オ) 弁護士費用 二〇八万〇〇〇〇円

(カ) 各一審被告に対する請求額(一審原告らの合計額)

<1> 一審被告石井 二二九二万八九二一円

(ア)から(エ)までの損害額を合計し、損害の一部てん補額一七五八万円を控除し、(オ)の損害額を加算

<2> 一審被告会社 一二四二万〇〇〇〇円

保険金限度額金三〇〇〇万円から損害の一部てん補額一七五八万円を控除した残額

(一審被告らの主張)

ア 後遺障害による損害について

亡艶子の直接の死亡原因は肺梗塞症であるが、亡艶子は、本件事故により本件傷害を負い、その治療をするも、重篤な頭部外傷後遺症を来たしたため継続して入院治療中、長期臥床による全身衰弱から肺梗塞症の合併症を発して死亡するに至ったものであるから、亡艶子の病状が固定したことはなく、かつ、亡艶子の死亡と本件事故との間には相当因果関係がある。

したがって、一審原告らが、亡艶子の損害として、後遺障害による損害賠償を請求することはできない。

イ 亡艶子の休業損害及び逸失利益について

亡艶子は高齢であったこと及び主婦としての家事労働に従事していたことから、亡艶子の休業損害及び逸失利益を算定する場合の所得額は、いわゆる平均賃金(一審原告ら主張の二九六万四二〇〇円)の七割相当とみるのが妥当である。

また、亡艶子の受給していた国民年金額は少額であるから、その全額が生活費として費消され、逸失利益は発生しないとするのが相当である。

ウ 亡艶子の治療費及び入院雑費と過失相殺の関係

亡艶子が死亡するまでの治療費及び入院雑費(ただし、亡艶子の加入していた国民健康保険による給付分を控除した後のもの)は、豊橋市民病院、医療法人光生会病院及び医療法人さわらび会山本病院に対する支払分合計一九一万四二四八円である。

亡艶子の過失を斟酌して過失相殺をする場合には、上記治療費及び入院雑費をも加えた総損害について過失相殺をした後に損害てん補による損益相殺を行うべきである。

第三当裁判所の判断

一  過失相殺について

前記第二の一(一)の事実並びに証拠(甲一、二の一ないし一七、一審被告石井本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認められる。

(一)  本件事故現場の状況

本件事故の発生した本件道路は、その全体の幅員が約一〇・六メートルのアスファルト舗装された、北西方向(東田町方面)から南東方向(平川南町方面)に向う歩車道が区分された市道であり、車道は、片側が一車線で、片側の幅員はそれぞれ約三・二メートル、中央線は追越しのためのはみ出し禁止ラインとなっていて、車道の両側には、それぞれ幅員約二・一メートルの歩道が設置されている。そして、本件道路の最高制限速度は時速三〇キロメートルであった。

本件事故現場付近は直線であり、本件道路を北西方向から南東方向に進行していた一審被告石井からの進路前方の見通しは良好であった。また、本件事故現場は、商店、住宅が立ち並ぶ市街地であり、本件事故が発生した当時において、既に日没後ではあったが、道路には街路灯があって相当に明るく、交通量も相当あった。

なお、本件事故現場の北西及び南東の両方向約六〇メートルの位置には、本件道路に交差する道路があり、その各本件事故現場寄りにはいずれも横断歩道が設置されていた(特に北西側の横断歩道は、亡艶子の自宅から約五ないし六メートルの至近距離にあった。)。

(二)  本件事故の態様

亡艶子は、本件事故現場の少し南東寄りにある食料品店において買物をした後、本件道路の北側歩道を自宅のある方向(北西方向)に向って歩行し(帰宅の途中であったものと推認される。)、前記二つの横断歩道のほぼ中間辺りにおいて、本件道路の横断を開始した。

他方、一審被告石井は、加害車を運転して、本件道路を北西方向から南東方向に向かって時速約三〇キロメートルの速度で走行中、進行方向の左側の歩道上に横断を開始する直前の亡艶子を前方約二三・五メートル地点に発見し、その様子から本件道路を横断しようとしていることが分かったが、亡艶子が加害車の進行に気がついて横断を思い止まってくれるものと軽信し、減速した上ハンドルを右に少しきって走行したのみで、亡艶子の動静を注視することなく漫然運転を継続したため、亡艶子が横断を開始して道路中央に向って歩いているのに気付くのが遅れ、加害車の進路前方約一〇・二メートルの地点に亡艶子を認め、右にハンドルを切るとともに、急制動の措置を講ずるも間に合わず、加害車の前部を亡艶子に衝突させて路上に転倒させた。

(三)  過失割合

ア 前記(一)及び(二)の事実によれば、一審被告石井は、本件道路を進行するに際し、進路の前方及び左右を注視して、本件道路を横断歩行する人の有無及びその動静を十分に確認して進行すべき注意義務があったのに、これを怠った過失があり、本件事故が同過失によって発生したものであることは明らかである。

イ 他方、亡艶子においては、市街地で、車両の交通量も相当ある本件道路を横断するに当たり、自らの安全を確保するため、本件道路を進行して来る車両の有無を確認し、その速度等を考慮して横断を開始すべきであったが(事故現場附近は、前記のとおり見通しが良好であったから、亡艶子は、上記のような安全確認を行っておれば、加害車の進行に当然に気付くことができたはずである。)、加害車の前方を横切るようにして本件道路を横断して本件事故に遭ったのであるから、亡艶子にも本件事故の発生につき過失があったことは否定できない。

ウ 上記ア及びイの事情に、本件道路の状況及び亡艶子の年齢、事故発生の時刻、亡艶子が自宅に戻るためには自宅前にある前記北西側の横断歩道が利用可能であったことなどの諸事情を総合勘案すると、一審被告石井と亡艶子の過失割合は九対一とするのが相当である。

なお、一審被告らは、亡艶子の本件道路横断は、横断歩道付近での横断であったから、その過失割合は三割とすべきである旨主張するが、亡艶子が本件道路を横断しようとした地点と最寄りの横断歩道との間には前記のとおり六〇メートル程度の距離があったのであるから、亡艶子の本件道路横断を横断歩道付近での横断というのは相当でなく、同主張は採用できない。

二  一審原告らの後遺障害による損害の主張について

(一)  前記第二の一(一)及び(二)の事実並びに証拠(乙一ないし一四の各一及び二、乙三九、四〇、四一、一審原告伊庭勝弘本人)及び弁論の全趣旨によれば、亡艶子は、本件事故により急性硬膜下血腫、脳挫傷の本件傷害を受け、本件事故の当日(平成九年二月八日)に豊橋市民病院に入院し、同日開頭血腫除去術が行われたが、脳の損傷が重大であり、意識障害が遷延し、同月一三日は気管切開の手術を受け、同年三月四日には、続発性水頭症に対し脳室及び腹腔短絡術、頭蓋形成術の手術が行われ、その結果、亡艶子は、開眼し、指出し指示に応ずることができるようになったが、依然として寝たきりの全介助の状態であったこと、亡艶子は、同年四月四日、家族の要望で、自宅に近い医療法人光生会病院に転院し、引続き治療を継続したが、症候性てんかん、脳室拡大が認められたため、同年六月一八日、再度豊橋市民病院に入院して症候性てんかん及び敗血症の治療をし、同月二七日胃瘻造設手術を行うなどし、上記症状が改善され、症状が安定したため、同年七月四日医療法人さわらび会山本病院に転院したこと、亡艶子は、同病院において、機能回復訓練を中心とした治療を受けた結果、入院当初は、左硬膜下血腫後遺症により、無言無動の状態であったが、平成一〇年二月頃には、弱いながら両手の握力を示したり、わずかながら介助歩行ができるようになり、同年五月頃には食事の自力摂取が可能となるなどの症状の改善がみられていたこと、ところが、亡艶子は、同年九月二二日、機能回復訓練中急性の呼吸困難状態となり、肺梗塞症と診断されて治療を受けるも、同月二四日午前五時三七分頃同病により同病院で死亡したこと、肺梗塞症は、肺動脈に運ばれた塞栓子により肺動脈閉塞を起こし(肺塞栓症)、その結果肺動脈閉塞部の末梢肺組織に出血性壊死を伴う疾病であるが、その主要な病因は血栓塞栓による肺動脈閉塞であり、高齢者や長期臥床者において発症しやすいものとされていることが認められる。

(二)  上記認定の事実によれば、亡艶子は、本件事故による本件傷害及びその後遺症としての左硬膜下血腫後遺症の病気療養中、機能回復訓練によりわずかずつながら症状の改善がされつつあったが、長期間の臥床などにより肺梗塞症を発症し、その結果死亡したものと認められるから、亡艶子は、本件事故による本件傷害及びその後遺症の病気療養中、その症状が固定する前に死亡したものである。

したがって、亡艶子の死亡は、本件事故による本件傷害及びその後遺症の一連の治療の経過の中で生じたものであって、本件事故との間に相当因果関係が認められる。

(三)  ところで、一審原告らは、亡艶子が本件事故後いったん症状が固定し、後遺障害等級表一級相当の後遺障害の状態にあったので、その後死亡したとしても、亡艶子の後遺障害による損害の賠償を求めうる旨主張するが、上記(一)及び(二)に認定説示したとおり、亡艶子の死亡は本件事故による傷害及び後遺症に帰結として肺梗塞を発症し、死に至ったのであるから、後遺障害として症状が固定したという場合には当たらない。

なお、一審原告らが同主張の根拠として援用する前記最高裁判所平成八年四月二五日判決及び同年五月三一日判決は、いずれも、被害者の傷害が症状固定して後遺障害の程度が確定した後に、被害者が当該事故と相当因果関係を有しない別な原因で死亡した事案に関するものであって、本件傷害による症状が固定することなく、亡艶子が本件事故と相当因果関係がある病因で死亡した本件とは事案を異にする。

(四)  以上のとおりであるから、亡艶子の後遺障害による損害の賠償を求める一審原告らの一次的主張は失当である。

三  亡艶子の死亡による損害について

(一)  亡艶子の死亡と本件事故との間には前記のとおり相当因果関係があるから、一審被告石井には亡艶子及び一審原告らが本件事故によって被った損害を賠償する責任がある。

(二)  亡艶子及び一審原告らの損害

ア 治療費及び入院雑費(一審被告らの主張) 一九一万四八四三円

前記第二の一(一)及び(二)の事実並びに証拠(乙一ないし二四の各一及び二、乙二五、二六の各一ないし三、乙二七の一及び二、乙二八の一ないし三、乙二九の一ないし四、乙三〇の一ないし三、乙三一の一及び二、乙三二の一ないし四、乙三三の一及び二、三四の一ないし三、乙三五、三六)及び弁論の全趣旨によれば、亡艶子は、本件事故当日から死亡までの間、豊橋市民病院、医療法人光生会病院及び医療法人さわらび会山本病院に入院して治療を受けたが、その間の治療費及び入院雑費(ただし、亡艶子の加入していた国民健康保険による給付分を控除した後のもの)は、合計一九一万四八四三円であったことが認められる。

イ 休業損害(主張額四八二万三九三一円) 三八五万八六二四円

証拠(甲二の五、甲四、五、一審原告伊庭勝弘及び前記ア冒頭掲記の各証拠)並びに弁論の全趣旨によれば、亡艶子は、大正一四年七月一三日生まれで、本件事故当時七一歳であったこと、亡艶子は、本件事故前、夫である一審原告伊庭良男と理髪店を経営する長男の一審原告伊庭勝弘との三人家族であり、健康状態は良好であり、主婦として家事を担っていたこと、ところが、亡艶子は、本件事故による本件傷害及びその後遺症の治療のため、本件事故の日の平成九年二月八日から死亡する平成一〇年九月二四日までの五九四日間、家事労働に従事することができなかったことが認められる。

そして、本件事故発生年度の平成九年賃金センサス産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計の六五歳以上の平均年収は二九六万四二〇〇円であるから、本件事故当時の亡艶子の家事労働は、その年齢と生活状況に照らし、年間、上記平均年収の八割に相当する二三七万一三六〇円(一日当たり六四九六円。円未満切捨て。以下同じ。)と評価するのが相当である。

したがって、亡艶子が上記期間中家事労働できなかったことによる逸失利益損害(休業損害)は、三八五万八六二四円と認めることができる。

ウ 死亡による逸失利益(主張額一二三四万三六八六円) 一〇三二万四四八二円

(ア) 家事従事分(主張額一〇五三万二三九五円) 八四二万五二五二円

亡艶子は、死亡当時満七三歳の主婦であるから、その平均余命等を考慮すると、本件事故により死亡することがなければ、その後六年間主婦として家事労働に従事することができたものと推認される。

そして、亡艶子の家事労働については、前記のとおり、上記六年間を通じて、年間二三七万一三六〇円と評価するのが相当である。

したがって、亡艶子が上記期間中家事労働できなかったことによる逸失利益損害は、生活費控除割合を三割として、中間利息の控除を年五分の割合によるライプニッツ係数(五・〇七五六)により、亡艶子死亡当時の現価として算出すると八四二万五二五二円となる。

(計算式)

二三七万一三六〇円×(一-〇・三)×五・〇七五六

(イ) 国民年金受給分(主張額一八一万一二九一円) 一八九万九二三〇円

証拠(甲九)及び弁論の全趣旨によれば、亡艶子は、死亡当時、年額二六万一三九六円(四万三五六六円×六回)の国民年金を得ていたことが認められる。平成一〇年簡易生命表によると、七三歳の女性の平均余命一五・三三であるので、亡艶子は、本件事故に遇って死亡することがなければ、その後一五年間にわたり生存し、毎年同額の国民年金を受給することができたものと推認することができる。

したがって、亡艶子が、上記期間中国民年金を受給できなかったことによる逸失利益損害は、全期間について生活費控除割合を年金額の三割とし、中間利息の控除を年五分の割合によるライプニッツ係数(一〇・三七九六)により、亡艶子死亡当時の現価として算出すると一八九万九二三〇円となる。

(計算式)

二六万一三九六円×(一-〇・三)×一〇・三七九六

なお、一審被告らは、亡艶子の受給していた国民年金額は少額であるから、その全額が生活費として費消され、逸失利益は発生しないものとみるのが相当である旨主張するが、亡艶子の受給していた国民年金の額が少額であることや国民年金には一部社会保障的側面があることを考慮しても、亡艶子が、本件事故に遇わなければ、一五年間に前記額の国民年金を受給することができたのに、本件事故によりこれを受給できなくなった以上、上記逸失利益損害の発生を否定することはできない。

エ 死亡慰謝料(主張額二〇〇〇万円) 二〇〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、亡艶子の年齢、家族関係等本件に現れた一切の事情を斟酌すると、亡艶子の慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。

オ 葬儀費用(主張額一二六万一三〇四円) 一二〇万〇〇〇〇円

証拠(甲八の一及び二、一審原告伊庭勝弘)及び弁論の全趣旨によれば、亡艶子の葬儀費用のうち本件事故と相当因果関係のある額は一二〇万円と認める。

(三)  過失相殺と損害のてん補

ア 過失相殺

(二)のアないしオの各損害額を合計すると三七二九万七九四九円となるが、前記のとおり、本件事故においては亡艶子にも過失があるので、これを斟酌して過失相殺すると、その九割に相当する三三五六万八一五四円が一審被告石井の一審原告らに対する損害賠償額となる。

イ 損害のてん補

一審原告らは、一審被告らから前記第二の一(五)のとおり、損害の一部てん補として合計二〇一六万一三四三円の支払を受けたので、一審被告石井の一審原告らに対する損害賠償額の残額は、三三五六万八一五四円から二〇一六万一三四八円を差し引いた一三四〇万六八一一円である。

(四)  弁護士費用(主張額二〇八万円) 一三〇万〇〇〇〇円

本件の事案の難易、審理経過、認容額等の諸事情によれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は一三〇万円(一審原告ら各六五万円)と認めるのが相当である。

四  一審被告石井に対する請求

以上によれば、一審原告らの一審被告石井に対する請求は、一審原告らが、それぞれ、一審被告石井に対し、前記三(三)の損害賠償残額一三四〇万六八一一円に同(四)の一三〇万円を加えた一四七〇万六八一一円の二分の一である七三五万三四〇五円及びこれらに対する本件事故の日の後である平成一一年一一月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。

五  一審被告会社に対する請求

自動車損害賠償法一三条、同法施行令二条により、自賠責保険の保険金は、死亡者一名につき、死亡による損害につき三〇〇〇万円、死亡に至るまでの傷害による損害につき一二〇万円の合計三一二〇万円とされている。

ところで、前記第二の一(五)のとおり、一審被告会社は、一審原告らに対し、自賠責保険に基づき、亡艶子の死亡について、死亡による損害につき一七五八万円、死亡に至るまでの傷害による損害につき九三万三二五〇円の合計一八五一万三二五〇円を支払ったほか、一審被告石井に対し、同一審被告が、亡艶子の死亡について、死亡に至るまでの傷害による損害の賠償として支払った一六四万八〇九三円のうち二六万六七五〇円を支払ったので、一審被告会社は、自賠法一六条一、二項により、その支払総額一八七八万円について損害賠償額の支払義務を免れる。そうすると、一審被告会社が自賠法一六条一項により一審原告らに対して支払うべき金額は、被保険者である一審被告石井が自賠法三条により負担する損害賠償額一四七〇万六八一一円の範囲内で、かつ、三一二〇万円から既に支払済みの一八七八万円を差し引いた一二四二万円を限度とするものである。

そして、一審被告会社が自賠法一六条一項により被害者に対して負担する損害賠償支払義務は、法律に基づく支払義務であるので、履行期限の定めのない債務として、履行の請求を受けたときから遅滞に陥るものというべきである。

したがって、一審原告らの一審被告会社に対する上記範囲内である一二四二万円(一審原告ら各自につきその二分の一である六二一万円)及びこれに対する本訴状送達による催告の日の翌日である平成一一年一一月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由がある。

第四結論

よって、一審原告らの控訴に基づき、原判決を上記趣旨に変更し、一審被告らの控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言につき同法三一〇条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内捷司 長門栄吉 加藤美枝子)

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