名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)345号 判決 2001年12月13日
控訴人(原告)
中根常彦
ほか二名
被控訴人(被告)
あいおい損害保険株式会社
ほか四名
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
(一) 原判決を取り消す。
(二) 甲事件
被控訴人あいおい損害保険株式会社は、控訴人亡稲垣碩子相続財産に対し二一二五万円、控訴人稲垣寿和及び同加藤仁美に対し各一〇六二万五〇〇〇円並びにこれらに対する平成八年四月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(三) 乙事件
被控訴人大野節子は、原判決別表一記載の控訴人ら(ただし、「原告財産管理人」を「控訴人亡稲垣碩子相続財産」と改める。以下同じ。)に対し、それぞれ同表記載の各金額、被控訴人浅野美代子は、原判決別表二記載の控訴人らに対し、それぞれ同表記載の各金額、被控訴人大野由加里は、原判決別表三記載の控訴人らに対し、それぞれ同表記載の各金額及びこれらに対する平成七年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(四) 丙事件
被控訴人東京海上火災保険株式会社は、控訴人亡稲垣碩子相続財産に対し一一九〇万三〇〇〇円、控訴人稲垣寿和及び同加藤仁美に対し各五九五万一五〇〇円並びにこれらに対する平成一〇年六月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(五) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文同旨
第二事案の概要
(以下、略称については、原則として原判決に準ずる。ただし、「原告財産管理人」を除く。)
一 本件は、訴外稲垣において、保険事故が「急激かつ偶然な外来の事故」である場合に保険金が支払われる内容の損害保険に加入していたところ、訴外大野が運転し、訴外稲垣が助手席に同乗するワゴン車(本件事故車)が、山間部の国道沿いに設けられたスノーシェルター(雪よけシェルター、防雪洞)のコンクリート壁面に正面から激突し、両名とも即死した事故(本件事故)が発生したという事実関係のもとで、訴外稲垣の相続人等である控訴人らが被控訴人らに対し次の各請求をした事案である。
(一) 甲事件及び丙事件(上記第一の一(二)及び(四))は、いずれも本件事故が急激かつ偶然な外来の事故であるとして、被控訴各会社に対する合計七件の損害保険契約に基づき、死亡保険金及び遅延損害金(甲事件につき保険金請求の日以降の、丙事件につき訴状送達の日の翌日以降の各遅延損害金)を請求するものであるが、被控訴各会社により、本件事故は訴外人らが意を通じて自殺したことによるとして、その偶然性が否認されている。
なお、丙事件における控訴人らの請求に関しては、被保険者訴外稲垣が死亡したのに上記第一の一(四)の保険金請求が認められないとすれば、丙事件の損害保険契約(二件)が失効したことになるとして、控訴人らにおいて、予備的に、上記損害保険契約に基づく返戻金合計三一〇万五四二〇円及び遅延損害金を請求する点が含まれると解されるが(返戻金は相続分の割合で各控訴人に分割の上相続されたものとし、遅延損害金は訴状送達の日の翌日以降のものとするとみられる。)、この請求に対しては、抗弁として消滅時効完成が主張されている。
(二) 乙事件(上記第一の一(三))は、訴外大野に過失があること、ないし同人が運行供用者であること等を根拠とし、訴外大野の相続人である被控訴人大野節子、同浅野美代子、同大野由加里ら各個人(以下「被控訴人大野ら」という。)に対し、民法七〇九条又は自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償及び遅延損害金(本件事故の日以降のもの)を請求するものであるが、被控訴人大野らにより損害額が一部否認され、抗弁として違法性阻却等、過失相殺、損益相殺が主張されている。
二 原審において、甲事件及び丙事件につき、本件事故を偶然の事故と認定できないこと、乙事件につき、過失相殺等の結果、被控訴人大野らの損害賠償義務は残存しないこと等の理由で、控訴人らの請求が全部棄却されたことから、控訴人らが控訴した。
三 当事者間に争いのない事実及び証拠により明らかに認められる事実、各当事者の主張並びに主たる争点は、次に付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」及び「第三 主たる争点」のとおりであるから、これを引用する。
(一) 引用中に「原告財産管理人」とあるのをいずれも「控訴人亡稲垣碩子相続財産」と改める。
(二) 原判決七頁一一行目の「碩子」を「碩子(以下「碩子」という。)」と、八頁三行目の「相続財産管理人」を「共同相続財産の管理人(民法九三六条一項)」と、五行目の「碩子の相続財産管理人に選任された。」を次のとおり、それぞれ改める。
「亡碩子相続財産の管理人(民法九五二条一項)に選任され、また、碩子の死亡に伴い限定承認にかかる訴外稲垣の共同相続財産の管理人は控訴人稲垣に変更された。」
(三) 原判決八頁七行目末尾に次のとおり加える。
「本項の各交通損害保険契約並びに後記(原判決)四項及び五項の各損害保険契約の約款においては、いずれも保険事故が『急激かつ偶然な外来の事故』である場合に保険金が支払われる旨が規定されている(乙二五ないし二七、丁一、二)。」
(四) 原判決一二頁六行目、一一行目、一三頁一行目、八行目及び一六頁八行目の各「原告ら」を「碩子、控訴人稲垣及び同加藤」と、一二頁六行目の「各保険金」を「本件事故により発生した各保険金」と、一六頁三行目の「損害」を「訴外稲垣に生じた損害」と、八行目の「受領した。」を「受領し、相続分に従い充当した。」と、一七頁五行目の「故意でないことを主張」を「急激かつ偶然な外来の事故であることを」と、一九頁六行目の「二年の経過により時効消滅した。」を「二年が経過したので、被控訴人東京海上火災は控訴人らに対し、平成一〇年七月一五日送付された丙事件答弁書において、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。」と、八行目を「一 訴外大野の自賠法三条及び民法七〇九条の責任要件の存在並びに自賠責保険からの支払については認め、損害額については争う。」と、二一頁三行目を「四 被控訴人大野らの主張する請求権発生障害及び消滅事由の有無(乙事件)」とそれぞれ改める。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人らの請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
二 本件事故の状況等に関する認定事実及び本件事故の原因を継続的居眠り運転、脇見運転、ハンドル操作の誤りと考えることがいずれも困難な点は、原判決二一頁五行目から二七頁一〇行目「疑問が存在する。」までのとおりであるから、これを引用する(ただし、二一頁五行目の「甲四」を「甲事件甲四(以後特に表示のないものは甲事件の書証である。)」と、二六頁一〇行目「であることを」とあるのを「でないことを」とそれぞれ改め、二七頁九行目「それが」の次に「継続的」を加える。)。
三 自殺の可能性について
(一) 控訴人らは、本件事故の原因は運転手訴外大野の一瞬の居眠りであって、自殺ではないと主張するのに対し、被控訴人らは、訴外稲垣と訴外大野とが意を通じて自殺したものであると主張するので、これらをふまえて、本件事故が自殺によらない事故と認められるか否かを検討する。
(二) 控訴人らの主張の骨子は、事故現場付近は、本件衝突現場の約二〇メートル手前まで緩やかな右カーブが続くところ、訴外大野が右カーブの道なりにハンドルをあわせたまま進行中、一瞬の居眠りにより、カーブ終了に気づかず、走行車線を右に外れ、センターラインをオーバーして対向車線を横切り、対向車線の路側付近に設けられたスノーシェルターのコンクリート壁面に衝突した等というものである。
しかし、国道一五六号線は、少なくとも、本件事故車の進路からみて衝突地点からその手前約六〇メートルの間、直線が続いているとみられ(乙四及び乙五の二の写真<3>、なお甲一八図面No.一〇によれば事故現場手前約九〇メートルの間がほぼ直線ともみられる。)、衝突地点の約二〇メートル手前まで緩やかな右カーブが続いている状況にはない。また、衝突地点前方路上の土砂堆積物に残されたタイヤ痕が、直線であり、かつ、本件事故車のタイヤ痕であると推認し得ること(乙一)からみて、本件事故車は少なくとも衝突前には直進する状態になっていた可能性が高い。仮に、本件事故車が、右カーブの道なりに極めて緩やかな弧を描くように進行したものと仮定すると、少なくとも衝突地点の手前約六〇メートルの地点で道路が直線状態になったのに、衝突までの間、訴外大野がこれに全く気づかなかったことになるが、一瞬の居眠りによりこのような事態が生じたとは考えにくい。
本件事故車の軌跡を正確に特定することは困難ではあるものの、事故直後の状況を客観的に表していると思われる実況見分調書(乙一)の交通事故現場見取図を前提として推論すれば、本件事故車は、スノーシェルターに覆われた見通しのよい道路を直進中、衝突地点の手前約四〇メートルないしその前後の地点で、ハンドルが右に転把され、車体の進行方向が約八度程度右に変更され(乙一、六七)、その後ハンドルの転把が戻され、そのまま直進する状態が一秒以上(時速一〇〇kmと仮定して約一・四秒、時速一三〇kmと仮定して約一・一秒)継続し、自己の走行車線からはずれて反対車線を斜めに横切った後、コンクリート壁面に激突したもので、衝突時の速度は時速一〇〇km以上一三〇km以下であった(乙三五)と認めるのが相当である。そうすると、本件事故車の走行態様は、右に転把したハンドルを直進状態に戻し、一秒以上の間アクセルを踏み込み続け(アクセルを踏み込まず上記高速運転は困難である。)、高速でコンクリート壁面に正面から激突したということになるのであって、居眠りのような無意識状態では生じにくい走行態様であるといわねばならない。
したがって、走行態様からみた場合、本件事故が一瞬の居眠りに起因するとみることには合理的な疑問が残る。
(三) 次に、控訴人らは、本件事故現場のコンクリート壁面に故意に衝突するためには、高速で、九m弱の幅しかない反対車線路外部分に進入した上、数メートルの幅しかないコンクリート壁面に衝突しなければならないところ、これを確実に成功させることは困難であり、他方、本件事故現場付近には、庄川へ転落可能な場所や本件衝突場所以外に確実に死に至ることのできる衝突場所が数多く存するのであるから、自殺を図る者がわざわざ衝突に困難な場所を選択することはあり得ないと主張する。
しかし、狙いを定めて直進して衝突する方法であれば、高速で数メートルの幅(乙一、甲一八によれば衝突可能なコンクリート壁面の幅は約二・五mとみられる。)のコンクリート壁面に衝突することが、運転技術的にみて、さほど困難であるとはいえない。
また、前記認定(原判示)及び証拠(乙一)によれば、本件の衝突により、本件事故車の前面は、最大一一〇cm後方に押された状態で運転席及び助手席の空間が完全に潰され、コンクリートの壁面にはガラス片が突き刺さり、訴外大野は脳が路上に落ち、訴外稲垣は頭部、顔面が三角形となる傷害を受け、いずれも即死したと認められるところ、これから推測される衝突態様は、極めて衝撃の大きいものであって、搭乗者の即死の危険性が極めて高く、生き残る可能性が極めて低いものと認めることができる。このような衝突態様が自殺にふさわしくないものということはできないのであって、転落の方法や他の衝突場所が選択されていないことから、直ちに自殺の意思が弱いと断ずることも困難である。
したがって、控訴人らの上記主張を考慮しても、本件事故について自殺の可能性を排斥し、ないし自殺の可能性が低いとするには足りない。
(四) 本件において、訴外稲垣が訴外大野とともに自殺の意思を有していたと窺わせる事情が存することに関する認定及び判断は、原判決二八頁五行目から三三頁一一行目までのとおりであるから、これを引用する。
これに対し、控訴人らは、訴外稲垣が親族らに対し遺書等を残していないこと、事故直前まで精力的に仕事に励んでいたこと、一一億円に上る多額の負債を抱えていたという経済的理由のみで破産の手段を選ばずに自殺する理由は乏しいこと、損害保険金の額は上記負債に比して僅少で、損害保険金目当てに交通事故を仮装して自殺するメリットはないこと等を主張する。確かに、本件において、特に、訴外稲垣については、訴外大野よりも自殺を推認させる事情は弱い面が存するものの、逆に、本件事故直前に訴外稲垣が嶋田に依頼していた三〇〇〇万円の融資を受ける話を、他に資金手当などついていたと思われない(資金手当がついていたことについての証拠はなく、原判示の訴外稲垣の債務の状況、事業の状況からすれば、このように認められる。)のに資金手当がついたとして断ったことなど、原判示認定の諸事実からみて、なお訴外稲垣が訴外大野とともに自殺を考えた可能性を否定することも困難である。
また、控訴人らは、上記融資話を含む嶋田の保険調査会社調査員に対する供述記載(乙三八)が信用できないと主張し、嶋田は原審において乙第三八号証の嶋田供述の内容は保険屋が作文したなどと証言する。しかし、嶋田の上記供述記載の内容はそれなりに具体性があり、例えば訴外稲垣が嶋田のことを「嶋ちゃん」と言っていた点など、関係者以外の者が勝手に作文することが困難とみられる部分もあって、信用性を付与し得るものである。他方、本件において、嶋田の上記供述記載を虚偽として排斥し、嶋田の原審証言の方が信用し得ると認めるに足りる合理的な立証はなされていない上、嶋田の原審証言は他の機会における嶋田の供述記載や嶋田が経営する会社の専務の高橋和彦の供述記載とも整合せず(乙三八、五〇、五四の一ないし三、五五の一、二、五九)、全体として信用性に乏しい。したがって、控訴人らの上記主張も採用できない。
(五) 控訴人らは、本件事故当時、本件事故車の助手席のシートはリクライニング状態にあり、訴外稲垣はそこに仰向けになって仮眠していたとして、訴外稲垣は自殺について嘱託、承諾をしていないと主張する。
しかし、証拠(乙一、二、三八、四八、五七、六〇、当審証人松下智康)によれば、助手席がリクライニング状態で車両がコンクリート壁面に激突した場合、助手席に寝ていた者の頭部は車両の天井部内側に衝突する可能性が高いが、訴外稲垣については、頭部・顔面が三角形に変形していたとする検死立会看護婦からの聴取結果(乙三八)からみて、頭蓋骨が変形する程度の骨折の傷害を負ったともみられ、このような重篤な傷害は天井部内側への衝突では生じにくく、着座していて前面フロントガラスを介して外側のコンクリート壁に衝突した可能性があること、助手席のインストルメンタルパネルの変形は着座していたため体が衝突して生じた可能性があること、助手席の背もたれが立ったまま衝突した場合であってもヒンジの破損等が生じて事故後に背もたれが後方に倒れることはあり得ること、本件事故車の助手席のヘッドストレイントは衝突により脱落した可能性があるが、これはリクライニング状態からは生じにくいことが認められ、これらによれば、本件事故直前の段階で、本件事故車の助手席がリクライニング状態にあったと確定することは困難であり、背もたれが立ち訴外稲垣が着座していた可能性は残る。控訴人ら提出の医師の意見書(甲一九、二〇、二二)を考慮しても、着座していた可能性を否定するには足りない。
したがって、控訴人らの主張は、一つの可能性を示すに過ぎず、その主張に沿う事実を認定するには足りない。
(六) 以上によれば、本件事故につき、訴外稲垣と訴外大野が意を通じての自殺の意思に基づく事故である可能性を否定できないものといわざるを得ない。
四 被控訴各保険会社に対する死亡保険金請求(甲事件、丙事件)について
上記のとおり各損害保険契約の約款において、被控訴各保険会社に対し保険金支払義務を生じさせる事故が、いずれも「急激かつ偶然な外来の事故」である旨規定されていることによると、発生した事故が偶発的な事故であることは保険金請求権の成立要件であって、その主張立証責任は保険金を請求する控訴人らに存すると解される。
ところが、上記二、三に照らせば、本件事故が偶発的な事故であることについては、未だこれを認めることができないことになるから、その余の点につき判断するまでもなく、控訴人らの被控訴各保険会社に対する死亡保険金請求はいずれも理由がない。
五 被控訴人東京海上火災保険株式会社に対する損害保険契約失効に基づく約定返戻金請求(丙事件)について
控訴人らは、被控訴人東京海上火災保険株式会社に対しては、死亡保険金請求権が生じないとすれば、被保険者が「死亡保険金を支払うべき傷害」以外の事由で死亡し、契約が失効したことになるとして、予備的に、約款の規定に基づく返戻金(平成三年三月二三日付け損害保険契約については、控訴人ら分合計一〇〇万五一四〇円、平成五年九月二〇日付け損害保険契約については同合計二一〇万〇二八〇円)を請求する。
しかし、同被控訴保険会社が、上記返戻金請求権につき消滅時効を援用する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであり、丙事件の訴えは、訴外稲垣が死亡して各損害保険契約が失効した平成七年九月一二日から二年以上経過した平成一〇年六月一〇日に提起されたことは明らかであるから、上記返戻金請求権は時効消滅したものと認められる(商法六六三条)。
これに対し、控訴人らは、平成九年八月二二日、訴外稲垣の相続債権者である株式会社十六銀行により上記返戻金請求権を被差押債権とする債権仮差押えがなされたこと(原審丙事件の甲六の三)から、上記返戻金請求権の時効が中断すると主張するが、債権仮差押えによっては被差押債権である上記返戻金請求権に対する時効中断の効力は生じないと解すべきであるから(債権差押えに関する最高裁昭和六〇年(オ)第九七七号同六三年七月一五日第二小法廷判決・裁判集民事一五四号三三三頁参照)、控訴人らの主張は理由がない。
したがって、その余の点につき判断するまでもなく、上記返戻金請求はいずれも理由がない。
六 被控訴人大野らに対する請求(乙事件)について
(一) 訴外大野につき、民法七〇九条ないし自動車損害賠償保障法三条の責任要件が存することは乙事件当事者間に争いがなく、訴外稲垣及び訴外大野の各相続関係も前記のとおりである。
(二) 損害額 合計三九八七万二六六四円
ア 逸失利益 一八六七万二六六四円
証拠(原審乙事件甲六の一ないし三)によれば、訴外稲垣の年収は、事業所得のみであり、平成四年が八六九万三五二五円、平成五年が一九四万四七〇〇円、平成六年が一四五万二八〇七円で、その平均値は四〇三万〇三四四円と認められるところ、訴外稲垣(事故当時五七歳)が本件事故に遭わなければ、六七歳に達するまでの一〇年間、上記平均値に相当する収入が得られたものと推認されるので、その額を基礎として、子らが成人して専従収入のある妻と生計を共にしていた点等を考慮し生活費割合を四〇%とし、ライプニッツ方式により中間利息を控除し、一〇年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、一八六七万二六六四円となる。
(計算式)
4,030,344円×(1-0.4)×7.7217=18,672,664円
なお、控訴人らは、青色申告書に記載された専従者給与を訴外稲垣の収入として加算すべき旨主張するが、上記証拠によれば、同収入は亡碩子の収入と認められるから、採用できない。
イ 死亡慰謝料 二〇〇〇万円
訴外稲垣の年齢、その事業活動により家計が支えられていたこと、その他一切の事情を考慮すると、訴外稲垣の慰謝料は二〇〇〇万円が相当である。
ウ 葬儀費用 一二〇万円
弁論の全趣旨に照らし、一二〇万円をもって訴外稲垣の死亡と相当因果関係ある葬儀費用と認めることができる。
(三) 違法性阻却等及び過失相殺
ア 被控訴人大野らは、訴外稲垣と同大野の意を通じての自殺を前提として、違法性阻却、権利濫用等の主張をする。しかし、上記三の検討結果に照らし、本件事故が訴外人らが意を通じて自殺した可能性が否定できないとしても、本件の全証拠によるも、これを意を通じての自殺であると積極的に認定するには至らないというべきである。
したがって、被控訴人大野らの上記主張は前提を欠き採用できない。
イ 上記アのとおり、訴外稲垣らの意を通じての自殺と認定できない以上、これを訴外稲垣の過失として過失相殺において考慮することはできないし、意を通じての自殺の可能性を疑わせる事情があっても、過失相殺の法理を類推してこれを斟酌することも相当ではない。
しかし、意を通じての自殺と認定できないとしても、上記認定及び弁論の全趣旨によれば、訴外稲垣は、訴外大野とは古くからの友人で、同人を下請として取引をしており、融通手形の振出しを受けるなど親しい関係にあったもので、事故の日も、新たに展開を企画していたもぐさの売り込みのために、訴外大野の協力を得て、同人と共に下呂温泉を訪ね、訴外大野の運転する自動車の助手席に乗車中に本件事故にあったものである上に、本件事故は、訴外大野が、県境をまたぐ長距離走行をするに当たり、運転開始が午前六時以前と推定される早朝、山間部のカーブやトンネルが続く一般国道を時速一〇〇km以上一三〇km以下の高速で走行し、衝突回避する措置をとった形跡が全く存しないまま、コンクリート壁面に激しく衝突したものであり、その運転態様は極めて危険性の高いものであったものであるから、同乗者である訴外稲垣としては、訴外大野の運転が危険性の高い態様のものであることを認識して、事故を未然に防止するための対応を取るべきであったのに、そのような対応を取った形跡がないことが指摘できるのであり、これらの点を考慮すれば、損害の公平な分担を意図する過失相殺の法理を類推し、訴外稲垣の損害から少なくとも三割を減ずるのが相当である。
(四) 損害賠償請求権の存否
上記過失相殺をすると、訴外稲垣の死亡に基づく損害額は、二七九一万〇八六四円となるところ、本件交通事故につき、控訴人らに対し、自賠責保険から、三〇〇三万七〇七〇円が既に支払われているから(当事者間に争いがない。)、これ以上に、控訴人らが被控訴人大野らに対し請求し得る損害賠償請求権が存するとは認められない。
したがって、被控訴人大野らに対する上記請求はいずれも理由がない。
七 よって、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからいずれも棄却し、控訴費用は控訴人らに負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 田村洋三 小林克美 戸田久)