名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)760号 判決 2001年2月16日
東京都<以下省略>
控訴人
株式会社大和証券グループ本社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
佐橋渡
東京都<以下省略>
控訴人
岡三証券株式会社
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
大江忠
同
大山政之
岐阜県<以下省略>
被控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
浅井岩根
同
滝澤昌雄
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 控訴人株式会社大和証券グループ本社は,被控訴人に対し,676万2237円及びこれに対する平成10年5月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人岡三証券株式会社は,被控訴人に対し,421万4874円及びこれに対する平成10年6月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを5分し,その2を被控訴人の負担とし,その余を控訴人らの負担とする。
6 この判決は,第2,3項について,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(1) 本件控訴をいずれも棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第2事実関係
1 本件は,被控訴人が,控訴人らとした各ワラント取引において,控訴人らに説明義務違反等の債務不履行があり,そのため,各ワラント取引により生じた損失額相当の損害を被ったとして,控訴人株式会社大和証券グループ本社(以下「控訴人大和証券」という。)に対して,債務不履行に基づく損害賠償として1119万5932円及びこれに対する遅滞後である平成2年6月6日から支払済みまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,控訴人岡三証券株式会社(以下「控訴人岡三証券」という。)に対して,債務不履行に基づく損害賠償として702万4791円及びこれに対する遅滞後である平成2年1月12日から支払済みまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案の控訴審である。
2 争いない事実等及び争点
次のとおり補正するほか,原判決の事実及び理由の第二の一及び二の記載のとおりであるので,これを引用する。
(1) 原判決5頁3行目の「もと」を「昭和63年1月から平成4年7月まで,」と訂正する。
(2) 同5頁8行目の「もと」を「昭和59年3月から平成3年2月まで,」と訂正する。
(3) 同6頁2行目の「以下」の前に「ただし,原判決別紙一1の取引について,被控訴人は無断売買であると主張している。」を付加する。
(4) 同6頁4行目の「結果,原告は」を「結果は」と,6行目の「損害を被った。」を「損失が生じた。」と訂正する。
(5) 同7頁2行目から3行目にかけての「損害」を「損失」と訂正する。
(6) 同7頁3行目と4行目の間に次のとおり付加する。
「6 投資商品としてのワラント(乙イ9ないし13,16,乙イ20の1ないし3,乙ロ4,16,証人C,証人D,弁論の全趣旨)
(一) 新株引受権付社債(ワラント債)とは,社債発行後,所定の期間(権利行使期間)内に所定の価格(権利行使価格)で所定の数量の発行会社の新株を引き受けることができる権利(新株引受権)が付与された社債をいう。
新株引受権付社債券には,一枚の社債券に社債と新株引受権とを一体として表章し,これを別々に分離することができない非分離型と,社債券と新株引受権とを別々の証券として,社債券と新株引受権証券を各別に譲渡することを認める分離型の2つの類型があり,分離型の新株引受権付社債(ワラント債)の新株引受権部分を表章する新株引受権証券が,証券取引において,ワラント証券あるいは単に「ワラント」(以下「ワラント」という。)と呼ばれている。
また,ワラント債には,国内で発行される円建てのものと,外国で発行される外貨建のものがあり,我が国の企業が発行するワラント債の大半は外貨建てであり,本件各取引のうち本件取引一9のダイキン工業ワラントのみが円建てワラントであり,その余は,外貨建てワラントである。
(二) ワラント債又はワラントの権利者が新株引受権を行使すると,その時点で新株が発行されるが,新株払込価格はワラント債発行時に一定の価格(権利行使価格)に固定されているので,ワラント債又はワラントの権利者は,株価が権利行使価格を上回っているときは時価より安価に新株を取得できるので,その差額を利得することができる。
同様のことは転換社債についてもいえるが,転換社債の場合には新株引受権のために追加払込を要しないのに対し,ワラント債又はワラントの場合は,新株引受権を行使した時点で,新たに権利行使価格相当の新株払込金の支払を要する点で相違がある。
(三) ワラントの価格は,一般に,権利行使価格と株価の差額に起因する部分(パリティ)と一定期間内は株価が変動しても一定の価格で新株を引受けることができることに起因する部分(プレミアム,時間価値)とからなるものと説明され,パリティは,ワラントの理論価格ともいうべきものである。これに対し,プレミアムとは,取引市場でのワラント価格の割高か割安かを示す指標であり,取引市場での流通価格とパリティとの差であって,これは,株価期待の程度,残存する権利行使期間の長短,株価変動率の大小などの要因が複雑に関連して発生するものとされている。
そして,ワラントの価格は,理論上は,株価に連動して変動し,しかも,株式の数倍の速さで変動することが特徴であるため,その高騰も低落も株式の数倍の速さで変動することになり,そのことから,一般的に,ワラントはハイリスク・ハイリターンの投資商品であるといえる。加えて,ワラント価格には,プレミアム部分があるため,株価が値上がりすれば,必ずワラント価格も値上がりするとは限らないが,プレミアムは,銘柄の人気や将来の株価の値上がり期待などに左右されるため,将来のワラント価格の予測をより困難なものとしている。
しかも,ワラントの発行会社の株価がワラントの権利行使価格を下回っているときは,取引されにくく,また,権利行使期間が短くなるに従って,その間の株価上昇期待分が減少する結果,その分評価が下がり,より売却しにくくなる。そして,ワラントは,権利行使期間が経過すると,新株引受権が消滅し,ワラントは無価値となる。
さらには,外貨建てワラントにあっては,為替変動によるリスクが加わる。
(四) 我が国においては,昭和56年の商法改正により,分離型の新株引受権付社債(ワラント債)の発行が認められるようになったものの,当初は,証券業界の自主規制によりその取引を禁止していたため,昭和60年代になって,主として,証券会社が顧客との間で店頭相対取引の方法で行われるようになったが,本件各取引のなされた平成元年及び平成2年当時においては,未だ,一般の投資者には,証券取引の対象商品としてはなじみが薄く,その商品特性はほとんど知られていなかった。
(五) このように,ワラント取引は,株式の現物取引を行う場合に比べて,より少ない金額で多くの利益を得る可能性がある一方,価格変動が激しく,場合によってはほとんど価値がなくなることもある点でハイリスク・ハイリターンであるのみならず,一般の投資者にとっては,その価格変動を予測することは株式のそれに比べてかなり困難であり,しかも権利行使期間があるため,時機を失すると投資資金の全額を失う可能性がある点でも,高いリスクを伴う投機的な色彩の強い投資商品であるといえる。」
(7) 同8頁8行目の「弁済期経過後」を「本件取引一の最後の受渡日」と訂正し,9行目の「6月6日から」の次に「(なお,予備的,黙示的に,訴状送達による支払催告を主張し,その翌日からの遅滞を主張しているものと解することができる。),」を付加する。
(8) 同9頁6行目の「弁済期経過後」を「本件取引二の最後の受渡日」と訂正し,「1月12日から」の次に「(なお,予備的,黙示的に,訴状送達による支払催告を主張し,その翌日からの遅滞を主張しているものと解することができる。),」を付加する。
第3当裁判所の判断
1 本件各取引の経過
前記第2の2の事実並びに証拠(甲1ないし4,5の1及び2,乙イ1,2の1及び2,3ないし5,7,8,15の114の1,15の115及び116,15の131及び132,16,17,乙ロ1ないし4,証人C,証人D,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 被控訴人の証券取引歴等(甲1ないし4,被控訴人本人)
ア 被控訴人は,大正9年生まれで,昭和22年以来農業を営んでいるが,昭和30年ころから株取引を始め,昭和59年ころからは,控訴人大和証券や控訴人岡三証券との間で,株式の現物売買,信用売買を中心として転換社債や投資信託のなどの証券取引を行い,株取引では短期売買を多数回繰り返していた。
すなわち,被控訴人は,控訴人大和証券との間で,株式の現物取引,信用取引,転換社債等の取引を行っていたが,昭和58年1月から平成2年6月にかけての取引の結果は,本件取引一による損失分1119万5932円を除いて,755万9448円の損失であった(甲1)。また,被控訴人は,控訴人岡三証券との間で,株式の現物取引,信用取引,転換社債等の取引を行っていたが,昭和58年2月から平成9年3月にかけての取引の結果は,本件取引二による損失分702万4791円を除いて,5246万0134円の損失であった(甲3)。
イ 被控訴人には,平成元年春当時,自宅の土地建物のほか,農地が1ヘクタール,畑が3アールなどの不動産を所有し,控訴人大和証券には1500万円相当の有価証券,控訴人岡三証券には1700万円相当の有価証券をそれぞれ保護預かりとし,約300万円の預貯金があり,他に年金収入があった。
ウ 被控訴人は,日本経済新聞を購読していて,その株式市況等に関する記事に目を通し,また,身近に会社四季報を置いて,証券会社の営業社員から推奨された銘柄の発行会社の株価や業績を確認したり,仕事合間に短波放送の株式市況を聴取するようにして,株式市況の動向に関心を寄せていたもので,その結果,一応自分なりの相場の見方をするだけの知識や経験を有していたのであるが,本件各取引まで,ワラント債及びワラントの取引をしたことはなく,ワラント債及びワラントがどのようなものであるかの知識を有していなかった。
(2) 本件取引一の経過
ア Cは,昭和63年11月ころから,被控訴人の担当となり,被控訴人宅を訪問したり,被控訴人に電話をするなどして,被控訴人に対し証券取引を勧めていたものであり,平成元年2月8日には,被控訴人からの注文を受けて,昭和電工株式3000株を295万5000円で買い付け,また,同月16日には,被控訴人からの注文により,安田火災海上保険の転換社債(額面100万円)を買い付けたりしていた(乙イ7)。
イ Cは,平成元年2月21日,被控訴人名義で,上記昭和電工株式3000株を309万9025円で売却し,その売却代金でもって昭和電工ワラントを10ワラント(合計額面5万米ドル)を代金273万4800円で買い付け(甲1の278番),また,ベスト電器の株式2000株を買い付けた上即日売り付ける(甲1の279番)という信用取引を行った。なお,ベスト電器の買値,売値は共に2090円であったため,上記信用取引では手数料分10万8888円の損失が被控訴人に生じた(甲1,乙イ5,7,8)
ウ 被控訴人は,数日後,控訴人大和証券から,上記イの取引を記載した取引報告書の送付を受けた。被控訴人は,同書に昭和電工ワラントの買付に関する記載があるのを見付け,昭和電工ワラントの買付注文をした覚えがなかったため,不審に思って,Cに電話し,ワラントとは何か,昭和電工ワラントの買付注文をしたことがないなどと言って,抗議したところ,Cは,ワラントについての説明をする一方,被控訴人に対する買付報告の遅れを詫びる返答をし,Cに代って電話に出た,Cの上司とおぼしき者からは,2度と同様なことがないようにする旨の応答があった。
昭和電工ワラントは,同年3月2日に売却された結果,売買差益7万4464円が被控訴人の取引口座に計上された。
エ 被控訴人は,平成元年3月,控訴人大和証券から,同年2月16日から同月28日までの期間内の取引明細及び預り残高等の内容を記載した月次報告書とともに,同報告書記載内容に関して相違の有無等を記入して控訴人大和証券に返送を依頼する内容の回答書(乙イ15の115及び116。以下「本件回答書」という。)が送付され,同月次報告書には上記イの取引についての明細等も記載されていたが,被控訴人は,本件回答書には,署名押印をしたのみで,同報告書記載内容に関して相違がない旨の記載もせず,かといって,調査事項指示欄に調査指示事項等を記入することもせずに,これを同年3月27日ころ控訴人大和証券に返送した(なお,本件回答書には,「平成元年2月28日現在のお預り残高」として,「種類・外国債券」として,「ショウデンコウC WR9306」の記載があった。)(乙イ15の115及び116)。
オ その後の平成元年3月から9月にかけての被控訴人と控訴人大和証券との取引は,わずか4件のみ(甲1の280番ないし283番)と,それまでと比べて著しく低調であったもので,この間の控訴人岡三証券との取引が多数回に上る(甲3の338番ないし446番)のと比べて対照的であった。
カ 控訴人大和証券は,平成元年10月8日,被控訴人から「外国証券取引口座設定約諾書」(乙イ3)を徴したが,被控訴人から,「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」を交付したり,被控訴人から「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」を徴したことはなかった。
キ その後,被控訴人は,控訴人大和証券との間で,平成元年10月31日から平成2年6月1日にかけて,原判決別紙一の2ないし12記載のとおり,ワラントを買い付け,そのうち同4ないし9のワラントについては,短期間の売買により差益を稼ぐとのCの方針に従って,短期間に売り付け,それぞれ同別紙一の「差引損益金」欄記載の損益の結果となった。
ク なお,被控訴人が控訴人大和証券との取引で購入したワラントのうち,原判決別紙一4の日本板硝子,同6の日産ディーゼル,同7のニコン,同10の日本板硝子の各ワラントは,いずれも買付時の各株価が権利行使価格よりも低い状態,いわゆるマイナス・パリティ(ワラントの買付及び権利行使に必要なコストが株式市場から株式を買い付けた場合のコストよりも高くなる場合)となっていた(乙イ5)。
(3) 本件取引二の経過
ア Dは,昭和59年2月ころから,被控訴人の担当となり,被控訴人宅を訪問したり,被控訴人に電話をするなどして,被控訴人に対し証券取引を勧めた結果,被控訴人は,同年11月ころから,Dに対し株式等の注文を出すようになった。
イ 被控訴人は,控訴人岡三証券との間で,原判決別紙二1ないし3記載のとおり,平成元年4月4日から同月19日にかけて,ワラントの売買取引をした。
Dは,平成元年4月4日,被控訴人から「外国証券取引口座設定約諾書」(乙ロ1)を徴した。
ウ Dは,平成元年5月2日付けで,被控訴人に対し,「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙ロ2。以下「本件説明書」という。)を交付し,被控訴人から「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙ロ3。以下「本件確認書」という。)を徴した。
本件説明書には,ワラントには,権利行使期間があり,同期間が終了したときには証券そのものが価値を失ってしまうこと,ワラントの価格は,株価に連動するが,その値動きは株価より大きいこと,外貨建ワラント取引では為替相場の変動による影響を受けることなどの記載があり,また,本件確認書には,本件説明書を受領してその内容の説明を受けたことを確認したことなどの記載がある。
エ その後,被控訴人は,控訴人岡三証券との間で,平成元年5月19日から平成2年1月5日にかけて,原判決別紙二の4ないし16記載のとおり,ワラントを買い付け,そのうち同2,4ないし10,12,14,15のワラントについては,短期間の売買により差益を稼ぐとのDの方針に従って,短期間に売り付け,それぞれ同別紙二の「差引損益金」欄記載の損益の結果となった。
オ なお,被控訴人が控訴人岡三証券との取引で購入したワラントのうち,原判決別紙二7の伊藤忠ワラントは,買付時の銘柄の株価が権利行使価格よりも低い状態,いわゆるマイナス・パリティとなっていた(弁論の全趣旨)。
(4) 株式相場は,平成元年12月下旬をピークとして,平成2年1月以降低下を続けたが,そのような株式市況にあって,被控訴人は,同年4月から5月にかけて,Cの勧めもあって,控訴人大和証券との現物又は信用取引により前年度から取得した株式をすべて処分したが,原判決別紙一2,3,10,11,12の各ワラントについては,これを処分することなく保有し,また,被控訴人は,同時期,控訴人岡三証券との現物又は信用取引により前年度から取得した株式の大部分を処分したが,原判決別紙二3,11,13,16の各ワラントについては,これを処分することなく保有し,その結果,平成4年から平成6年にかけて,上記各ワラント(以下,一括して「本件未処分ワラント」という。)はいずれも権利行使期間の経過により確定的に無価値になった(甲1,3,乙イ5,弁論の全趣旨)。
なお,その間の平成3年ころ控訴人大和証券から,平成4年6月ころ控訴人岡三証券から,それぞれ,被控訴人がその当時保有しているワラントの時価評価を知らせる書面が送付され,それには,被控訴人保有の本件未処分ワラントがほとんど無価値である旨記載されていた(甲2,4,弁論の全趣旨)。
また,被控訴人は,上記のとおり,平成2年4月から5月にかけて,控訴人岡三証券との現物又は信用取引により前年度から取得した株式の大部分を処分したのであるが,同年5月下旬以降には継続して主として信用取引による株取引を活発に行った(甲3)。
2 昭和電工ワラント取引は無断売買か否か。
(1) 控訴人大和証券は,昭和電工ワラントの買付は,Cが被控訴人から注文を受けてした取引であって,無断売買ではない旨主張し,証人Cは,同買付の行われた平成元年2月21日,電話で,昭和電工ワラントの購入を勧め,その際ワラントについての説明をした結果,被控訴人から昭和電工ワラントの購入の注文を受けた旨証言し,同証人の陳述書(乙イ16。以下「C陳述書」という。)にも同趣旨の陳述記載がある。
しかし,証人Cの上記証言等は,次の点を考慮すると,反対趣旨の被控訴人本人の供述に照して信用し難い。すなわち,①証人Cは,昭和電工ワラント購入に関する取引報告書の送付を受けた被控訴人から,ワラントに関する電話があったことを認めながら,その電話は,ワラント及び取引報告書の為替あるいは価格欄に関する問い合せであったため,ワラントの特徴やワラントの価格の計算方法などについて説明した旨詳細な証言をしているが,C陳述書には,被控訴人からの電話の内容については記憶がない旨の陳述記載があって,上記証言内容と食い違いがある。また,②昭和電工ワラント取引があった後の平成元年3月から9月にかけての被控訴人と控訴人大和証券との取引が,わずか4件のみと,従前の取引実績に比べて激減している(前記1(2)オの事実)。さらに,③証拠(甲5の1及び2,被控訴人)によれば,被控訴人は,平成4年7月ころ,控訴人大和証券の本店に電話して,Cとの間で,昭和電工ワラントの取引に関する会話をし,その会話の内容を録音したが,その録音テープには,被控訴人が,Cに対して,昭和電工ワラントの取引に関して,「これは結局無断売買だもんだでねえ。」,「だって一任勘定にしたわけではないしね。」と詰問したところ,Cが,「まあ結局事後承諾という形にはなっていますけどもね,ただもうあの時にやっぱりちょっといいのがあればということで,それ前もって僕言ってあったはずなんですよ。」と答えている内容が録音されていること(なお,Cは,このときの取引を「ハザマ」に関する取引と発言しているが,証人Cの証言によれば,このときの「ハザマ」は昭和電工ワラントのつもりで発言していたものと認められる。)が認められ,この会話では,Cが,昭和電工ワラントの買付が,少なくとも事前に被控訴人の承諾のない取引であったことを認めていたものと認められる(証人Cは,上記会話について,事前に,被控訴人から,昭和電工ワラントの買付注文を受け,この買付注文に基づいて買付をしたが,被控訴人に対する買付報告が遅れ,取引報告書が被控訴人に送付されてしまってから,被控訴人に買付報告をして被控訴人の了承を得たことがあったため,そのことを事後承認という言葉で表現したものである旨証言するが,上記会話内容にも反し,また,不自然な弁解であって,信用できない。)。
(2) 他方,被控訴人は,昭和電工ワラントの買付がされた平成元年2月21日にされた昭和電工株式の売付,ベスト電気の信用取引についても被控訴人がCに指示あるいは注文した記憶がなく,同日の取引に関する取引報告書が送付されてきて,Cに抗議の電話をするまでは,Cから,ワラントについて説明を全く受けたことがない旨供述する。
しかし,①被控訴人が,Cに対し,上記抗議の電話をした際には,昭和電工株式の売付やベスト電気の信用取引について何か具体的な苦情を述べた形跡はないこと(被控訴人陳述書(甲2,4)。Cが,昭和電工株式の売付を含む同日の取引全部を,被控訴人の指示や注文もないのに,すべて無断でした,というのは,後日の紛議の発生を考えると,それ自体相当に不自然なことである。),また,②昭和電工ワラントの買付に関しては,Cに電話し,無断売買について抗議し,Cの上司とおぼしき者から,2度と同様なことがないようにする旨の応答を得たことがあったとしても,被控訴人は,控訴人大和証券から送付された,昭和電工ワラントの取引に関する記載がある月次報告書の内容の相違の有無を尋ねる回答書には何も記載せずに,これを控訴人大和証券に返送していること(前記1(2)エ)に照し,平成元年2月21日にされた昭和電工株式の売付,ベスト電気の信用取引が被控訴人の指示あるいは注文ではないとする被控訴人の上記供述は,たやすく信用することできない。
また,上記①及び②に前記(1)③の会話におけるCの発言内容及び証人Cの証言を勘案すると,Cは,同日かその直前ころ,被控訴人に対し,ワラント取引の有利さを説明して同取引を勧めた上,適当なワラントがあったら,被控訴人に連絡する旨の話をしたまま,その後連絡しないで昭和電工ワラントの買付をしたものと推認され,これに反する被控訴人の上記供述は信用し難い。
(3) ところで,前記1(2)エのとおり,被控訴人は,控訴人大和証券から送付された月次報告書に,昭和電工ワラントの取引に関する記載があったのに,その内容の相違の有無を尋ねる回答書には何も記載せずに,これを控訴人大和証券に返送しているのであるところ,控訴人大和証券は,同事実について,昭和電工ワラントの買付が被控訴人の注文に基づくものであったため,被控訴人において異議を述べなかったのであり,仮にそれが被控訴人の注文に基づくものでなかったとしても,異議を留めることなく回答書を返送したことにより同買付を事後承認したものである旨主張する。
しかし,被控訴人は,前記1(2)ウのとおり,上記回答書を返送する以前に,Cに電話し,無断売買について抗議し,Cの上司とおぼしき者から,2度と同様なことがないようにする旨の応答も得ていたことを勘案すると,被控訴人が上記のような回答書を控訴人大和証券に返送したとの事実から,昭和電工ワラントの買付が被控訴人の注文に基づくものであったと判断できるものではない。また,被控訴人は,上記のとおり,上記回答書には何も記載しなかったのであるから,その返送をもって,被控訴人が,無断でされた昭和電工ワラントの買付の法的効果を被控訴人に帰属させる意思,すなわち,追認の意思を表示したとまではいうことができない。
(4) したがって,証人Cの上記証言等は信用できず,他に控訴人大和証券の主張を認めるに足りる証拠もないので,昭和電工ワラントの買付は,被控訴人の意思に基づかないものであったというべきである。
そうすると,昭和電工ワラントの取引の効果は,被控訴人に帰属しないことになるので,以下において,本件取引一とは,原判決別紙一1の昭和電工ワラントの取引を除くその余の取引をいうものとする。
(5) なお,被控訴人本人は,本件取引一の2の三菱金属ワラントの買付も被控訴人の意思に基づかない売買であったとの趣旨の供述をし,被控訴人の陳述書(甲2)には同趣旨の陳述記載がある。しかし,被控訴人の陳述書(甲4)では,同買付が被控訴人の意思に基づくものであったことを前提とする陳述記載があり,このことに証拠(乙イ7,8,15の131及び132,証人Cの証言)及び弁論の全趣旨を考え合わせると,三菱金属ワラントの買付は,被控訴人の意思に基づくものであったものと認められ,これに反する被控訴人の前記供述等は信用できない。
3 債務不履行の成否
(1) ワラント取引は,前記のとおり,株式の現物取引に比べて,より少ない金額で多くの利益を得る可能性がある一方,株価に連動する面があるものの,株価の何倍も価格変動が激しく,場合によってはほとんど価値がなくなることもある点でハイリスク・ハイリターンであるのみならず,一般の投資者にとっては,その価格変動を予測することは株式のそれに比べてかなり困難であり,しかも権利行使期間があるため,時機を失すると投資資金の全額を失う可能性もある点で,投機的な色彩の強いものであるということができる。
そして,株価自体が,一般に,株式発行会社の業績や財務状況のみならず,株式市場を取り巻く経済的諸情勢にかかわる複雑かつ多様な要因によって形成され,変動していくものであり,その確実な予測は本質的には不可能なものである上,ワラント価格はそれに何倍かして連動するものであるところから,ワラントを販売するに当たって,証券会社又はその使用人が投資者に対して提供する情報ないし利益やリスクについての判断も,本質的に不確実な要素を含んだ将来の見通しにとどまるのであり,したがって,これに依拠してワラントを購入しようとする投資者においては,基本的には,自ら,その取引による利益やリスクを判断し,その責任において取引を行うか否かを決すべきであることはいうまでもない。
しかしながら,証券会社は,証券取引法に基づいて免許を受けて独占的に証券業を営む者であって,株式等の証券取引に関する専門家として,ワラントを含む証券取引に関する豊富な情報と経験,当該ワラントに関する高度で専門的な知識を有するものであり,それ故に一般の投資者は,証券会社を信頼し,その提供する情報,勧奨等に基づいてワラントの購入等を行う者が多いのであるから,証券会社及びその使用人は,投資者に対しワラントの購入を勧誘するに当たっては,投資者の職業,年齢,ワラントを含む証券取引に関する知識や経験,資力,さらには投資目的等に照して,当該ワラントの購入を勧誘することがその投資者の上記のような属性に適合するものであるかどうか(いわゆる「適合性原則」)を考慮するとともに,当該投資者に対し,その属性に即して,当該ワラント取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明を行い,当該投資者がこれについて正しい理解を形成した上で,自主的な判断に基づいて当該取引を行うか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(以下,単に「説明義務」という。)を負い,また,上記観点に立って十分な説明義務を尽くしてもワラント取引の性質等を理解できず,当該ワラント取引による利益やリスクに関する的確な判断や自主的な判断ができない者に対しては,当該ワラント取引を勧誘して同取引を行わせることが適合性原則に反するものとして,これを避止すべき信義則上の義務(適合性原則に基づく取引避止義務。以下,単に「取引避止義務」という。)を負い,証券会社が投資者にワラントを購入させる場合には,これら説明義務及び取引避止義務は,当該ワラント取引の契約締結段階における信義則上の義務として,証券会社が当該ワラント購入者に負担する契約上の債務の一内容になるものというべきである。したがって,証券会社及びその使用人が,投資者に対し,これら義務に違反して,ワラント取引を勧誘してワラント取引をさせ,そのために投資者が損害を被ったときには,債務不履行による損害賠償責任を免れない。
そして,上記説明義務及び取引避止義務の具体的な内容,さらには,その義務違反の有無は,ワラント取引の特殊性に即して具体的に検討されなければならない。
そこで,以下において,上記観点に従って,Cによる本件取引一の取引の勧誘等及びDによる本件取引二の勧誘等が,被控訴人の属性に適合するものであったか否か,また,説明義務等に違反するところはなかったか否かについて,検討することとする。
(2) ところで,被控訴人は,前記認定のとおり,本件各取引がされた平成元年当時高齢ではあるものの,相当の資産があり,農業を営むかたわら,永年にわたって,複数の証券会社との間で,株式の現物取引のみならず,その信用取引,株式投資信託や転換社債等幅広く証券取引を行っていたものであり,新聞やラジオ等により株式市場の動向にも相応の注意を払い,自分なりの相場の見方をするだけの知識や経験を有していたものであるから,被控訴人に対し,各種の証券取引を勧めることが不当であるということはできない。
しかし,被控訴人は,証券取引の経歴は長く,その経験も豊富ではあるが,ワラント取引の経験が全くなく,ワラントに関する知識もなかったのであり,加えて,前記認定のとおり,平成元年当時,一般の投資者にはワラントが投資商品としてなじみが薄く,その商品特性もほとんど知られていなかったのであるから,控訴人ら証券会社又はその使用人が被控訴人にワラント取引を勧めるに当たっては,前記のようなワラントの特性に考慮して,被控訴人がワラント取引の特性について的確な認識を持ち,被控訴人がその正しい理解に基づいて,ワラント取引を行うかどうかを決することができるように,ワラントの意義,権利行使価格と権利行使期間の意味(権利行使期間を経過してしまうと,ワラントが無価値になること,権利行使期間の残存期間が短くなると,株価が下落している場合にはワラントの処分が困難となること等),価格形成の仕組み(ワラントの価格変動の大きさと価格変動予測の困難性等)などについて,明確かつ詳細に説明する義務があったものというべきである。
(3) 本件取引一に当たってのCの,本件取引二に当たってのDの,各被控訴人に対する説明内容について
ア 証人Cの証言の要旨
Cが,昭和電工ワラントの買付がされた平成元年2月21日かその直前ころ,被控訴人に対し,ワラント取引の有利さを説明して同取引を勧めた上,適当なワラントがあったら,被控訴人に連絡する旨の話をしたものと推認されることは,前記2(2)のとおりである。
そして,証人Cは,その際,被控訴人に対し,ワラント取引について,新株引受権という権利の売買であり,予め決められた権利行使価格によって権利行使すること,権利行使価格は転換社債における転換価格に相当するが,転換社債の場合には,転換価格で株式を取得しても新たに金員を払込む必要はないが,ワラントの場合は,権利行使をして株式を取得するときには別途払込代金が必要になり,また,転換社債では株式に転換できなくなっても社債が残って償還を受けられるが,ワラントでは,権利行使期間を過ぎると無価値となること,ワラントの価格は,主に株価の変動に連動して,株価以上にハイリスク・ハイリターンな値動きをすること,したがって,なるべく短期間に売買して差益を得る方針で取引する方がよいこと等を被控訴人に説明した旨証言し,C陳述書にもほぼ同趣旨の陳述記載があり,また,証人Cは,電話で,被控訴人に原判決別紙一の2の三菱金属ワラントの購入を勧めたが,そのときにも,昭和電工ワラントの買付から相当期間が経過していたことから,上記とほぼ同趣旨の説明をした旨,及び,被控訴人名義での昭和電工ワラントの買付の前後ころ,被控訴人に対し,ワラントの説明資料として,控訴人大和証券作成の「分離型ワラント」(乙イ12)と題するパンフレットを送付したことがある旨証言する。
イ 証人Dの証言の要旨
証人Dは,被控訴人に対し,原判決別紙二の1の住友ゴムワラントの買付の前の平成元年2月ころ,被控訴人宅を訪問した際,ワラントについて,控訴人岡三証券での社内研修の際に使用したパンフレットを使って,転換社債と対比させながら,次のような詳細な説明をした。すなわち,ワラント債とは,新株引受権の付いた社債のことであるが,ワラント債のうち新株引受権の部分をワラントといい,最近,このワラント取引が注目を浴びていること,ワラントは,予め決められた期間内に,予め決められた権利行使価格で社債発行会社の株式を取得できる権利であるので,その期間内に値上がりした株式をそれより安い権利行使価格で取得できること,権利行使価格は転換社債における転換価格に相当するが,転換社債の場合には,転換価格で株式を取得しても新たに金員を払込む必要はないが,ワラントの場合は,権利行使をして株式を取得するときには別途払込代金が必要になり,また,転換社債では株式に転換する権利を行使せずに保有していても,額面で償還を受けられるが,ワラントでは,権利行使期間までに権利を行使しなければ証券そのものが価値を失ってしまうこと,ワラントの価格は,株価と行使価格との関係,権利行使期間の長さ等により決まり,株価以上に値動きが激しいこと,したがって,なるべく株価の値上がりの見込める有望な銘柄のワラントをできるだけ短期間で売買して差益を得る方針で取引する方がよいこと,外貨建てワラントの取引では為替変動によるリスクがあること,ワラント取引は証券会社と顧客との相対取引なので,常に希望のワラントが購入できるとは限らないこと等を被控訴人に説明し,被控訴人から,良い銘柄のワラントがあったら買ってみたいと言われた旨証言するとともに,同年4月になって,電話で住友ゴムワラントの購入を勧めた際にも,被控訴人に対し,上記のことを再度説明した旨証言し,また,同年5月2日には,被控訴人宅に本件説明書を持参し,本件説明書の記載に従って,ワラントは,権利行使期間があって,同期間が終了したときには証券そのものが価値を失ってしまうこと,ワラントの価格は,株価に連動するが,その値動きは株価より大きいこと,外貨建ワラント取引では為替相場の変動による影響を受けることを確認的に説明し,被控訴人から,同説明書を受領してその内容の説明を受けたことを確認したことなどの記載された本件確認書に署名押印してもらった旨証言し,D陳述書には,上記証言とほぼ同趣旨の陳述記載がある。
ウ 被控訴人本人の供述の要旨
a Cから受けた説明について
被控訴人本人は,昭和電工ワラントの買付はもちろん,三菱金属ワラントの買付も,Cが被控訴人に無断でしたものであるから,同人から,その買付に当たって,ワラントに関する説明を受けたことは全くなく,また,控訴人大和証券又はCから,控訴人大和証券作成の「分離型ワラント」などのワラントに関するパンフレットの送付を受けたことはない旨供述するとともに,控訴人大和証券から本件取引一によるワラントの買付後に送付されてくる取引報告書や月次報告書には,ワラントのことを「外国債券」と記載されているので,利息付の元本保証の債券であると思い,そのため,平成2年1月以降株式相場が下がり初めて,現物又は信用で取り引きしていた株式は全部処分したが,ワラントだけは処分しないで残すことにしたもので,ワラントには権利行使期間があり,同期間が経過するとワラントが無価値となることの説明を受けたことはなく,そのようなことは知らなかった旨供述し,被控訴人陳述書(甲2,4)にも,ほぼ同趣旨の陳述記載がある。
b Dから受けた説明について
被控訴人本人は,Dから原判決別紙二1の住友ゴムワラントの購入を勧められた際,同人から,ワラントについて,株式よりも儲かるなどと説明をされた記憶があるものの,具体的にどのように説明をされたかの記憶はないが,権利行使に期間の制限があり,その期間が経過すると,ワラントが無価値になるというようなことの説明を受けたことはなく(もし,そのような説明を受けておれば,ワラントに投資をするはずがなかった。),利息付の元本保証の債券であると思っていたため,平成2年1月以降株式相場が下がり初めて,現物又は信用で取り引きしていた株式は処分したが,ワラントだけは処分しないで残すことにした旨供述し,また,Dが,被控訴人宅に本件確認書を持参して,あわただしく署名押印を求めたため,その内容を読まずに本件確認書に署名押印したことがあるが,その際,同人から,本件説明書を渡されたことはないし,ワラントについて説明を受けたこともない旨供述し,被控訴人陳述書(甲2,4)にも,ほぼ同趣旨の陳述記載がある。
エ そこで証人C,証人Dの各証言と被控訴人本人の供述との信憑性を検討する。
a 被控訴人は,前記のとおり,ワラントを利付きの元本保証の債券であると誤解していた旨供述するのであるが,C,Dが被控訴人にワラントあるいはワラント取引について,ほとんど何も説明せずに,被控訴人にワラント購入を勧めて本件各取引を行わせたとする被控訴人の上記供述はたやすく信用できない。
かえって,被控訴人が,ワラント取引では短期間に売買して差益を得るとのC,Dの方針に従って,本件各取引にかかるワラントの大部分については,短期間にワラント売買をして,相応の差益を得ていた事実(前記1(2)キ及び(3)エの事実)及び証人C,証人Dの各証言によれば,被控訴人は,ワラント取引が株式に関連した取引であり,株式の値動きに応じて,利益を得ることがある一方,損失を被ることがある,いわゆるハイリスク・ハイリターンな取引であることについての一般的な説明を受け,これを理解していたものと認められる。
b しかし,前記1(4)のとおり,被控訴人は,株式相場が平成元年12月下旬をピークとして平成2年1月以降低下を続けるような株式市況にあって,同年4月から5月にかけて,控訴人大和証券との現物又は信用取引により前年度から取得した株式をすべて処分し,控訴人岡三証券との現物又は信用取引により前年度から取得した株式の大部分を処分しながら,本件未処分ワラント(原判決別紙一の2,3,10,11,12及び原判決別紙二の3,11,13,16の各ワラント)については,これを処分することなく保有し続け,ついには権利行使期間を経過させて確定的に無価値なものとさせた事実がある。
他方,証拠(甲1,3,被控訴人本人)によれば,被控訴人は,株式の信用取引において,上記のように株式市況が低下するようになってから,買付にかかる信用取引を決済するに当たって,損切りして処分するだけでなく,将来の値上がりを期待して,当該株式の引渡しを受ける方法で決済した場合も相当数存在することが認められる。
さらには,証拠(甲2,4,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人は,上記のとおり,株式市況が低下を続けている状態において,上記各ワラントを保有し続けた上,権利行使期間を経過させてこれを確定的に無価値なものとさせたのであるが,その間,これらワラントをその権利行使期間内に控訴人大和証券あるいは控訴人岡三証券に対し,その処分あるいは引取りのための交渉を行った形跡もないことが窺われる。
これらの事実は,被控訴人には,本件未処分ワラントが権利行使期間の経過によって無価値となり,被控訴人がその購入のために投資した金員を喪失してしまうとの認識がなく,被控訴人は,株式市況が回復することによって,値下がりしたワラントの価格が回復するものと期待して,これを処分することなく保有していたことを推認させるから,被控訴人本人の前記供述中,C及びDから,ワラントには権利行使期間があり,同期間が経過するとワラントが無価値となることの説明を受けたことがなく,そのようなことは知らなかった旨の供述を裏付けるものということができるのであり,少なくとも,被控訴人が,ワラントの権利行使期間や同期間を経過させることの意味合いを理解していなかったことは明らかである。
c そして,証人Cは,前記アのとおり証言する一方,被控訴人にワラント取引を勧めた動機あるいは理由として,当時株式あるいはワラント相場が高騰していて,ワラント取引で利益を上げている顧客が多かったので,信用取引をしている顧客にワラント取引を勧める一環として,被控訴人にもワラント取引を勧誘した旨証言し,また,昭和電工ワラント購入に関する取引報告書の送付を受けた被控訴人からワラントに関する電話があり,その電話で,被控訴人からの質問に答えて,ワラントの特徴やワラントの価格の計算方法などについて説明したことがある旨証言(この証言が,電話の内容について記憶がない旨のC陳述書の陳述記載と食い違っていることは前記のとおりである。)しているのであり,また,証人Dは,前記イのとおり証言する一方,D陳述書には,Dが,被控訴人に対し,ワラント取引を勧誘した平成元年春当時は,株価が上昇して,ワラントが短期で利益が上がる見込みのある有価証券として投資者の間で注目され初めていた時期であったので,株式市況等の話をしている中でワラントやワラント取引について被控訴人に説明した旨の陳述記載がある。
これらの証言及び陳述記載を,平成元年当時の株式市況(乙イ19,20の1ないし3,弁論の全趣旨)に照して考えると,C及びDは,高騰を続ける株式市況にあって,ワラント取引による高い収益性を強調して,被控訴人にワラント取引を勧誘したことは推認に難くない。そして,被控訴人がワラントの権利行使期間や同期間を経過させることの意味合いを理解していなかったこと等のbに指摘した点をも勘案すると,C及びDが,被控訴人に対し,ワラントには権利行使期間があり,同期間の経過によって,ワラントが全く無価値になって,ワラントに投資した金員を喪失すること,株式市況が低落しているときには,権利行使期間があっても,ワラントの処分が困難となり,処分できないまま同期間を経過させざるをえない事態もありうることなどのワラント取引で被控訴人が被ることがあるリスクを,被控訴人が理解できる程度に具体的かつ詳細に説明したというには疑問があり,その説明を尽くしたという前記アの証人Cの証言,同イの証人Dの証言は,いずれもたやすく信用できない。
(4) 債務不履行としての説明義務違反の成否
ア 上述したところによれば,C及びDには,本件各ワラント取引を被控訴人に勧誘してこれを行わせるに当たって,被控訴人に対し,ワラントには権利行使期間があり,同期間の経過によって,ワラントが全く無価値になって,ワラントに投資した金員を喪失することなることを理解させるだけの十分な説明をしなかったものであり,そのために,被控訴人は,上記の点を理解せず,本件未処分ワラントについて権利行使期間を経過させたということができる。
イ したがって,控訴人大和証券の従業員の地位にあって,同控訴人の履行補助者として本件取引一の勧誘をして被控訴人にこれを行わせたC,控訴人岡三証券の従業員の地位にあって,同控訴人の履行補助者として本件取引二の勧誘をして被控訴人にこれを行わせたDには,少なくとも上記の点において前記説明義務に違反する債務不履行があったということができる。
なお,Dは,平成元年5月,被控訴人に対し本件説明書を交付し,被控訴人から本件確認書を徴していること及び本件説明書には,上記の点に関する記載があることは前記1(3)ウのとおりであるが,被控訴人がこれを読んで理解したとの事実を認めるに足りる証拠はなく,また,前記したワラントの特性等に照すと,被控訴人が本件説明書を一読したとしても,ワラントの特性やワラント取引の危険性について十分な理解が得られるとは考えられないから,本件説明書の交付をもって,直ちに,Dが本件説明義務を尽くしたということはできない(Dが,被控訴人に対し,本件説明書に従って,ワラントは,権利行使期間があって,同期間が終了したときには証券そのものが価値を失ってしまうこと,ワラントの価格は,株価に連動するが,その値動きは株価より大きいこと,外貨建ワラント取引では為替相場の変動による影響を受けることを説明した旨の証人Dの証言は,被控訴人本人の供述に照して,たやすく信用することができない。)。
3 本件各取引(原判決別紙一1の取引を除く。以下,同じ。)によって被った被控訴人の損害について
(1) 前記(3)ウの被控訴人本人の供述及び同エbの事実によれば,被控訴人,ワラントには権利行使期間があり,同期間の経過によって,ワラントが全く無価値になって,ワラントに投資した金員を喪失することなることの説明を受けていれば,本件各取引をしなかったものと推認される。
したがって,控訴人大和証券には,被控訴人が本件取引一をしたことにより被控訴人が被った損害を,控訴人岡三には,被控訴人が本件取引二をしたことにより被控訴人が被った損害を,それぞれ,前記説明義務違反による債務不履行による損害として賠償する責任がある。
(2) そして,被控訴人は,本件取引一による差引損金として1127万0396円(原判決別紙一の差引損金1119万5932円から同別紙一1の益金7万4464円を除いた額)の損失を被り,本件取引二による差引損金として702万4791円の損失を被ったのであるから,これら損失が前記説明義務違反による債務不履行により被控訴人が被った損害になることは明らかである。
(3) ところで,被控訴人は,本件説明義務違反による債務不履行により本件各取引をすることになったのであるから,被控訴人が本件各取引によるワラントの買付代金支払のときに買付代金相当の損害が発生したものということができ,したがって,遅くとも本件取引一による損害についてはその最後の取引によってワラントが買い付けられた平成2年6月1日に,本件取引二による損害についてはその最後の取引によってワラントが買い付けられた平成2年1月5日に,それぞれ,その全部の損害が発生し,被控訴人はその損害賠償請求権を取得したものというべきであるが,そのようにして発生した損賠償請求権は,履行期限につき定めのないものであるから,催告によって遅滞に陥るというべきところ,被控訴人が,控訴人らに対し,本件各訴訟を提起する以前に,その催告をしたことについての主張立証はない。
そうすると,被控訴人は,控訴人大和証券に対しては,同控訴人に対して本件訴状が送達された日の翌日であることが記録上明らかな平成10年5月22日から,控訴人岡三証券に対しては,同控訴人に対して本件訴状が送達された日の翌日であることが記録上明らかな平成10年6月2日から,被控訴人主張の民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
4 過失相殺
被控訴人は,前記のとおり,CやDの説明によって,ワラント取引がハイリスク・ハイリターンな取引であることはこれを理解して本件各取引をしたものであるから,証券取引における自己責任の原則に照し,被控訴人としては,本件各取引による損害の負担の危険をある程度は覚悟していたものというべきであり,したがって,また,被控訴人自身がその損害負担の回避もしくは損害負担の拡大防止のために最大限の努力を払うべきことも当然のことである。
被控訴人は,CやDからワラントの基本的な仕組みについて十分に説明を受けることができず,そのため,権利行使期間の意味等についての十分な理解を得られなかったのであるが,Dからは,早い時期に,ワラントの基本的な仕組みを解説した本件説明書を交付されていたものであるから,これを熟読し,それでも理解できない点があれば,CやD等に尋ねるなどして,ワラントの仕組みやそのリスクについて正確な知識を得るよう努めるべきであり,被控訴人の永年の,株式等の証券取引に関する知識や経験に照すと,そのことは十分に可能であったのに,そのような努力をすることなく,漫然と本件各取引を継続したため,ワラントには権利行使期間があり,同期間の経過によって,ワラントが全く無価値になって,ワラントに投資した金員を喪失すること,株式市況が低落しているときには,権利行使期間内であっても,ワラントの処分が困難になり,処分できないまま同期間を経過させざるをえない事態もありうることなどのワラント取引で被控訴人が被ることある重大なリスクに思い至らず,本件未処分ワラントにつきその権利行使期間を経過させて重大な損害を発生させたのであるから(被控訴人が,Cから,平成2年になって,株式相場の低落の状況において,ワラントの処分を勧められた際,同人に対し,そのように勧める理由を詳細に尋ねていれば,その時点で上記の点についての十分な説明が得られ,すみやかにワラントを処分することにより,損害の拡大を防止できた可能性もあったものと推認される。なお,被控訴人は,平成3年あるいは平成4年において,控訴人らから,当時保有していた本件未処分ワラントについての時価評価の通知を受けたのであるが,その当時は,本件未処分ワラントはほとんど無価値であったというのであるから,その時点においては,これを処分しようと思っても,もはや意味のある金額で処分できなかったものと推認されないではないから,その時点以降に被控訴人が本件未処分ワラントを処分する努力をしなかったことを被控訴人の過失ということはできない。),これら本件に顕われた諸般の事情を考慮すると,過失相殺として,本件各取引による被控訴人の損害額をそれぞれ4割減ずるのが相当である。
5 まとめ
以上によれば,被控訴人の請求は,控訴人大和証券に対し,676万2237円及びこれに対する平成10年5月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払,控訴人岡三証券に対し,421万4874円及びこれに対する平成10年6月2日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるが,その余は失当である。
第4結論
よって,原判決を上記趣旨に変更し,訴訟費用の負担について民事訴訟法67条,61,64条,65条を,仮執行の宣言につき同法297条,259条を各適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 長門栄吉 裁判官 加藤美枝子)