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名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)764号 判決 2001年8月09日

控訴人(原告) トランコム株式会社

同代表者代表取締役 A

同訴訟代理人弁護士 米丸和實

被控訴人(被告) 国際証券株式会社

同代表者代表取締役 B

同訴訟代理人弁護士 白石康広

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金2,887万1,319円及びこれに対する平成10年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを9分し、その4を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

5  この判決第2項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は、控訴人に対し、金6,548万2,392円及びこれに対する平成10年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。

(4)  (2)項につき仮執行宣言

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  事案の概要は、次に付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。

原判決14頁5行目から15頁9行目までを次のとおり改める。

「2 被控訴人の情報提供義務違反

(1)  控訴人

ア 仮に説明義務違反が存しないとしても、本件ファンドの運用開始後、ウォン・ドルの為替リスクヘッジを行わなくなったのであれば、被控訴人は控訴人に対し、可及的すみやかにその情報を提供して、控訴人が本件ファンドを解約する機会を逸しないようにする義務がある。

イ 鮮京は平成9年2月ころからウォン・ドルの為替リスクヘッジを行わなくなったにもかかわらず、被控訴人は、上記義務に違反して、情報を提供しなかった。

ウ 上記情報提供義務違反による控訴人の損害額は、1億3,768万5,117円であるが、本件では、その一部6,548万2,392円を請求する。

(2)  被控訴人

ア 被控訴人が、控訴人に対し、上記のように運用会社側が為替リスクヘッジを実行しなくなったことに関する情報提供義務を負うという主張は争う。

イ 仮に、被控訴人に上記の情報提供義務が存するとしても、被控訴人が鮮京によるウォン・ドルの為替リスクヘッジの中止を知ったのは、平成9年11月20日の基準価格急落後であって、その後、同日ないし数日後に、控訴人に対しその情報を伝えた。

したがって、被控訴人は、上記義務に違反していない。」

2  被控訴人の適合性原則違反

(1)  控訴人

本件ファンドの購入資金は、将来設備投資資金として使用されることが予定されていたため、安全かつ確実な商品で運用する必要があった。しかるに、鮮京が運用の途中でウォン・ドル為替リスクヘッジを中止したため、本件ファンドは安全かつ確実な商品ではないことが明らかになった。そのことを知らずに行った被控訴人の投資勧誘は適合性原則に違反する違法なものとなった。

(2)  被控訴人

否認ないし争う。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、控訴人の請求は主文掲記の限度で理由があるものと判断する。その理由は、次に付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」のとおりであるから、これを引用する。

原判決23頁8行目から同25頁4行目までを削除し、同頁5行目「(一二)」を「(一一)」と、同頁8行目「(一三)」を「(一二)」とそれぞれ改め、同26頁末尾に「したがって、誤認表示に関する控訴人の主張は理由がない。」を加え、同27頁初行から同29頁9行目までを次のとおり改める。

「3 説明義務違反について

(1)  証拠(甲20の1、3)によれば、被控訴人投資信託部作成の平成9年12月4日付け書面には被控訴人側が鮮京に対し「我々は当商品を為替リスクをヘッジした利回り商品と認識している」と発言した旨記載され、また、同部が「社内限り」として作成した平成10年1月12日付け書面の記載内容からも、同部が、本件ファンドでは、ドル建ての利回り商品としてウォン・ドル為替リスクヘッジを全期間にわたって行うものと理解していたと窺われるところであって、その他被控訴人作成の甲17の1、20の4の記載なども併せ考慮すれば、被控訴人投資信託部は、本件ファンドのリスクの程度について、ドルベースでみれば、ウォン・ドル為替リスクヘッジが運用期間全体にわたって行われる利回り商品類似の低リスク商品であると認識していたものと認められる。そうすれば、控訴人に対する勧誘担当者訴外Cも、本件ファンドを、このように利回り商品に準ずる程度の低リスクの投資信託と認識して、訴外Dに対し勧誘を行ったものと認めることができる(この点を否定する訴外Cの原審証言は、投資信託商品のリスクの程度について、証券会社における末端の勧誘担当者が投資信託部の認識と異なる認識を持っていたというものであって、不自然で、信用できない。)。

他方、<証拠省略>及び先に認定した事実によれば、控訴人は事業会社であり、控訴人側の元手となった資金は控訴人がスイスフラン建転換社債を発行して調達した設備投資資金の一部であり、控訴人は、設備投資の時期が到来するまで当該資金の安定運用を目指し、利回り商品に準ずる低リスクを指向する投資態度を有していたこと、控訴人側責任者(財務担当取締役)訴外Dは本件ファンドを控訴人の上記投資態度に沿う低リスクの投資信託と認識していたこと、訴外Cら被控訴人担当者は、上記転換社債発行による資金が控訴人の新事業所の設備投資資金であり、控訴人が当該資金については低リスクを指向する事情を熟知していたことも明らかである。

(2)  ところが、証拠(甲18、19)によれば、本件ファンドにおけるウォン・ドル為替リスクヘッジの仕組みは、運用会社側(実質的には投資顧問会社である鮮京)の裁量判断でヘッジを行うというものに過ぎないのであって、フルヘッジでもなければ原則ヘッジでもなく、プロスペクタス(目論見書)上、ヘッジを行う明示の義務規定はなく、運用会社側の裁量権行使について何らの基準・方針も明示的には約束されていないものであり、実際にも、前記認定(原判示)のとおり、鮮京は、平成9年2月ころ以降、仮に鮮京の説明内容が正しいとすればヘッジコストが10%といった米韓市場金利差を遙かに越える高率となり、したがって市場関係者の多くが将来におけるウォン下落のリスクが相当高いと判断していたともみられる時期に、為替リスクヘッジを全く行わないまま半年以上も運用を続けさせたため、結局そのリスクが現実化し、本件ファンドが多額の為替差損を被ったことが認められる。

これによれば、本件ファンドは、運用期間中にウォン下落リスクが高い場合であっても為替リスクヘッジが当然には義務づけられておらず、ヘッジを行わない事態も生じ得るという点で、客観的には、ある程度高度のウォン・ドル為替リスクを有する投資信託であって、利回り商品に準ずるような低リスクの投資信託ではなかったものと認めることができる。

(3)  以上からすれば、被控訴人は、資金の安定運用を目指し、利回り商品に準ずるような低リスクを指向する投資家に対して本件ファンドを勧誘する場合には、投資家を保護するために、その投資態度には必ずしも適合しないウォン・ドル為替リスクがあることを投資家が判断し得る程度の、ファンドの仕組みに関する具体的な情報を説明すべき信義則上の義務があると解されるところである。

しかるに、訴外Cら被控訴人側担当者は、控訴人の資金が安定運用を目指すもので、低リスクを指向するものであることを熟知していたが、本件ファンドがドルベースでは利回り商品と見得る程度の低リスクの投資信託であると認識していたため、前記認定(原判示)のとおり、ウォン・ドル為替リスクヘッジは本件ファンド内でなされる旨説明したのみで、本件ファンドが、その仕組みにおいて、運用会社側の裁量判断でヘッジを行うため、ある程度高いウォン・ドル為替リスクを伴う点を具体的に説明していないのであり、その結果、控訴人側責任者訴外Dが、ウォン・ドル為替リスクにつきファンド内でフルヘッジされている低リスクの投資信託であると勘違いし、これに基づき控訴人が本件ファンドに対する投資を決断したということができる。

したがって、被控訴人には、控訴人に対する上記説明義務の違反が認められるというべきである。

(4)  これに対し、被控訴人は、控訴人ないし訴外Dのこれまでの海外起債・他の証券会社における取引等の経験に照らせば、控訴人側には為替リスクに対する判断能力が十分に備わっており、本件ファンドについても、勧誘時点で投資信託の運用内で為替リスクヘッジが行われているとの説明を受ければ、運用会社側の裁量による判断で為替リスクヘッジがなされることを予見でき、ある程度の高リスクを予見し得た筈であるから今更説明義務など存しないと主張する。

先に認定した事実によれば、控訴人側責任者訴外Dは、平成3年ころから個人で国内投資信託や外国投資信託取引を開始し、その都度証券会社の担当者に詳しく説明を求めるのを常とするような取引を平成9年ころまで行っていたが、この間控訴人が株式公開をするに及んで被控訴人ばかりでなく訴外野村証券株式会社他数社とも積極的に社債発行等に関しても折衝を持って投資信託や為替リスク等について普通以上に知識を深めていたものと推認される。しかし、原審における証人Dの証言によれば、証言内容は変転とするけれども、結局訴外Dが訴外Cに対しドル・ウォンの為替リスクは大丈夫かと問うたのに対し、同人が円・ドルの為替ヘッジは必要であるけれども、他については考える必要がないとの返事を聞いたことは一貫して認められるところ、これによって訴外Dは軽々に運用会社のフルヘッジがされていると思いこんだ程度の知識の持主であったものと認められ、このことは、設備投資資金につき低リスクの運用を指向する顧客でありながら、海外債券に投資する本件ファンドについて、信託財産の規模が小さく、運用期間の短い私募債であると考え、勧誘を受ける際「安定した収益の確保と信託財産の着実な成長を図る。」(甲5)と明記したパンフレットが用いられて、これに沿う説明があったことから、ウォン・ドル為替リスクについてはファンド運用内でヘッジをするという概括的説明で満足し、事前に目論見書(甲18)等の提示も求めなかったことからも認められる。しかも訴外Cは既に訴外Dと平成3年の個人としての取引当時から担当者としてつきあい、訴外Dの知識は十分知悉していた筈であるから、そもそも訴外Cを通じて被控訴人は、訴外Dにすべてをまかせている控訴人が、取引経験にかかわらず、高リスクを予見出来るような判断能力を有していないことを承知していたと認められる。この認定に反する乙21及び原審証人Cの証言部分はたやすく措信し難いので採用しない。以上のとおりであるからこの点の被控訴人の主張は採用しない。

したがって、控訴人側の判断能力を考慮しても、本件の控訴人の投資資金の性格と本件の契約に至る経緯等を考慮すれば、なお、訴外Cの説明のみで本件ファンドのウォン・ドル為替リスクに関する説明が十分であったとは認められない。

(5)  また、被控訴人は、本件ファンドにおいてウォン・ドル為替リスクヘッジが継続してなされているものと考えており、平成9年2月ころ以降の鮮京による為替リスクヘッジの不履行は予想外のことであって、これを知らなかった旨主張する。

しかし、この点は鮮京と被控訴人との間における契約内容等の理解ないし意思疎通の問題であって、被控訴人が証券会社として投資信託販売の専門業者である以上、自己が日本における独占的販売会社の立場で勧誘する投資信託については、そのリスクを正確に把握して顧客に対し適切に説明すべきは当然であって、被控訴人の投資信託商品を開発・審査等する部門がファンドの仕組みや運用会社側の運用方針を正確に把握・理解せず、勧誘担当者もそのリスクに関する的確な情報を受けていなかったからには、特段の事情がないかぎり、顧客に対する説明義務不履行に関する被控訴人の過失を肯定することができるというべきである。本件では、過失の認定を妨げるに足りる上記特段の事情は認定できない。

(6)  以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、ファンド内ヘッジの仕組みについて、フルヘッジ、原則ヘッジなどではなく、運用会社側の裁量判断でヘッジを行うという程度のものである点等を具体的に説明すべきであり、その説明があれば、訴外Dが本件ファンドがウォン・ドル為替リスクの点で低リスクであると勘違いすることはなく、控訴人が上記設備投資資金を本件ファンド購入に充てる判断をすることもなかった可能性が高いものと認められるから(甲27、原審証人D)、控訴人主張のその余の義務違反の有無を検討するまでもなく、被控訴人の説明義務違反に基づく不法行為責任(民法709条)を肯定することができる。

4  損害について

(1)  <証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が本件ファンド購入の際支払った金額は1億6,342万9,288円であり、最終的に手元に残った金額は2,598万3,256円(分配金403万9,613円、償還金6,519万8,311円及び追加償還金370万0,141円の合計額から円ドル為替先物予約清算金4,695万4,809円を差し引いた残額)とみられるところ、その差額(控訴人の総損失額)は、1億3,744万6,032円となる。もっとも、上記差額には投資対象債権のデフォルトによる多額の損失や円・ドルヘッジコスト等も含まれるところ、控訴人としても、カントリーリスクの存する国の転換社債等に投資することは認識していたのであるから、投資対象債権のデフォルトのリスクについては理解していたものと認められるし、円・ドルヘッジコスト等もその負担を覚悟していたものであるから、この点の損失を被控訴人の負担とさせるべきではなく、本件の説明義務違反に基づきウォン・ドル為替リスクが現実化したことによる損害としては、ウォン・ドル為替差損額がこれに該当するとみるべきである。

そして、上記証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件ファンドにつき、ウォン・ドル為替ヘッジがなされなかったことにより生じた、償還時(平成10年1月)時点での得べかりし元本の未受領額は、原判決添付別紙2のとおり、6,548万2,392円であるとみられるところ、同金額から分配金403万9,613円及び追加償還金370万0,141円を差し引いた5,774万2,638円をもって、被控訴人の説明義務違反に基づく控訴人の損害額と認めることができる。

(2)  ところで、訴外Dは、訴外Cから、ウォン・ドル為替リスクを本件ファンド内でヘッジする旨を説明されていたところ、控訴人が既にスイスフラン建て転換社債発行の際に為替リスクヘッジの手段について種々検討したことなど前記認定事実(原判示)によれば、運用会社側の裁量でヘッジする仕組みが採られ得ることを予見するべきであったのに、元々個人で取引していた当時からさして信用に値しない訴外Cの説明のみを聞いただけで、関係書類を検討したり、或いは容易に他の信用に値する証券会社等の意見や教示を受けることも出来たのに、これも怠って、慢然ファンド内ヘッジの仕組みをフルヘッジと即断した落ち度は大きい。これらを含む本件の事実関係の下では、損害の公平な分担の見地からみて、上記損害に対し、5割の過失相殺をして賠償すべき損害の額を算定するのが相当である。

(3)  以上によれば、被控訴人が賠償すべき損害の額は2,887万1,319円となるものと認められ、この損害額と附帯請求の限度で控訴人の請求を認容することができる。」

2 よって、控訴人の請求を全部棄却した原判決は相当ではないから、上記に従って変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法67条2項、61条、64条を、仮執行宣言につき同法310条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笹本淳子 裁判官 戸田久 裁判官鏑木重明は、退官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 笹本淳子)

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