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名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)801号 判決 2001年11月30日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は,別紙イ号物件目録及び別紙ロ号物件目録に記載された車いすを製造,販売してはならない。

(3)  被控訴人は,控訴人に対し,2億1458万7500円及びこれに対する平成10年10月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は,第1,第2審を通じて,被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨

第2事実関係

本件は,肘掛けが背もたれ方向へ跳ね上げられる形態の車いすを販売する控訴人が,控訴人より後に同形態の車いすを製造,販売するようになった被控訴人に対し,被控訴人の上記製造,販売は,不正競争防止法2条1項1号に該当し,控訴人の営業上の利益を侵害しているとして,被控訴人の同製造,販売の差止めを求め(同法3条),かつ,上記侵害による損害賠償(同法4条)及び遅延損害金の支払を求めた事案の控訴審である(なお,原審においては,控訴人の上記各請求に,原審相原告A及び同株式会社三貴工業所の実用新案権に基づく差止請求及び損害賠償請求が併合されていたが,これら請求は当審で分離された。)。

1  争いない事実

(1)  控訴人は,平成2年ころから,別紙「控訴人商品目録」記載の車いす(以下「控訴人商品」という。)を販売している。

控訴人商品は,肘掛けが背もたれ方向(上後方)へ跳ね上げられる形態(以下「肘掛け跳上げ式」という。)の車いすである。

(2)  被控訴人は,平成8年から別紙「イ号物件目録」記載の車いすを,その後,別紙「ロ号物件目録」記載の車いす(以下,両目録記載の車いすを併せて「被控訴人商品」という。)を,それぞれ製造,販売している。

被控訴人商品は,肘掛け跳上げ式の車いすである。

2  争点

(1)  肘掛け跳上げ式は,控訴人商品について,周知の商品等表示にあたるか。

ア 控訴人の主張

(ア) 肘掛け跳上げ式は,それまでの車いすにはなかった特異性を有するため,極めて強い自他識別力を有する。被控訴人は,控訴人商品が市場で高い評価を受けるに至ったのに乗じて,肘掛け跳上げ式の商品を製造,販売したものであり,同行為は,不正競争防止法2条1項1号に定める不正競争行為に該当する。

(イ) 控訴人が控訴人商品の販売を開始した平成2年6月当時,市場には肘掛け跳上げ式の車いすはなく,控訴人商品は,新規な車いすとして全国的に紹介され,平成8年に被控訴人が別紙「イ号物件目録」記載の車いすの販売を開始するまで市場を専有してきた。

(ウ) 控訴人による控訴人商品の販売数は,平成3年10月以前は不明であるが,平成3年11月から平成6年3月までは毎月50台を超え,平成6年度(平成6年4月から平成7年3月まで,以下同様)は559台,平成7年度は894台,平成8年度は1493台,平成9年度は1382台である。控訴人商品が車いす全体の市場に占めるシェアは小さいが,肘掛け跳上げ式の車いすの市場は,被控訴人商品があらわれるまで,控訴人商品がほぼ独占してきた。

(エ) 控訴人は,平成2年から,全国の車いすの市場にチラシを配布し,各地で開催される介護用品の展示会や全国の車いす販売店において,控訴人商品を新製品として宣伝し,販売した。そのため,平成2年中には,肘掛け跳上げ式の車いすは,控訴人のみが販売する特徴ある形態の商品であると広く認識された。

イ 被控訴人の反論

(ア) 車いすを始め患者がすわる形態の福祉介護用品において,肘掛けが障害物として作用する点は,古くから改善を要する問題とされ,その改善の1方策として肘掛け跳上げ式を採用する福祉介護用品が,昭和55年ころから多く製造,販売されており,車いすにおいても,平成2年ころから,肘掛け跳上げ式のものが多く製造,販売されている。

(イ) 控訴人商品の販売台数は,最大でも年間1500台に満たず,車いすの市場規模に占めるシェアはわずか0.5パーセントである。また,車いすメーカー各社のシェアは,被控訴人と日進医療器の2社のみで市場の3分の2ないし8割を占めており,それ以外を控訴人を含む多くの企業が分けあっている状況にある。このような微々たる数量,シェアで,控訴人商品が一般需要者に周知となることはない。

(2)  控訴人商品と被控訴人商品は類似しているか。誤認混同のおそれはあるか。

(3)  控訴人の損害

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  不正競争防止法2条1項1号は,商品等表示に化体された他人の営業上の信用を自己のものと誤認,混同させて顧客を獲得する行為を不正競争行為とし,同法3条等によってこれを禁じているが,これら規定は,商品の形態が商品等表示にあたる場合でも,その商品の形態そのものやそれによって達成される実質的機能をその商品主体の専有するものとして,他者の模倣,利用から保護する規定ではない(言い換えれば,商品の製造は本来自由であって,特許権,実用新案権などの権利がない場合は,模造することをも含めて,商品の利用は公衆(競業者を含む。)の自由に属する。)。

商品の形態の本来の使命は,その使用目的に沿った機能的なものにあり,出所を表示する等の効用は,商品の形態にとって本質的なものではない。したがって,商品の形態が,不正競争防止法2条1項1号にいう商品等表示になるためには,①類似商品に比しても,なお需要者の感覚に端的に訴える独自の意匠的特徴を有し,需要者が一見して特定の営業主体の商品であることを理解できる程度の自他識別力を備えることが必要であり(新規性や独創性の有無は問わない。),②当該商品の形態が長期間特定の営業主体の商品に排他的に使用され,又は,当該商品が短期間でも強力に宣伝広告されたものであることを要する。

(2)  そこで,被控訴人が被控訴人商品の製造,販売を開始した平成8年ころ,車いすの需要者が一見して,肘掛け跳上げ式の車いすは控訴人の商品であると認識し得る状況が存在したかどうか判断する。

ア 控訴人は,控訴人が控訴人商品の販売を開始した平成2年当時から,被控訴人が被控訴人商品の一部の販売を開始した平成8年ころまで,控訴人以外に肘掛け跳上げ式の車いすを販売する業者はいなかった旨,肘掛け跳上げ式は,それまでの車いすにはなかった控訴人商品の特徴的な形態であって,強い自他識別力があるから,不正競争防止法2条1項1号にいう商品等表示にあたる旨主張し,証拠として,甲7,甲9,10,甲16,甲25,26,甲28,甲33,甲35,36,甲47,甲49,50等を提出するほか,甲33,甲47を提出して,同両書証には肘掛け跳上げ式車いすは掲載されていないことを指摘し,そのことから,肘掛け跳上げ式は控訴人商品特有の形態であった旨主張する。

イ(ア) しかし,日本車いす工業会が1988年(昭和63年)7月に発行した「車いすの国際規格・国際規格原案」(乙101)には,既に肘掛け跳上げ式の車いすが掲載されている。

(イ) また,仮に,控訴人が控訴人商品の販売を開始した平成2年当時,控訴人以外に肘掛け跳上げ式の車いすを販売する業者はいなかったとしても,証拠(甲9の2,甲16の2,6,乙6ないし55,乙67ないし80,乙101)及び弁論の全趣旨によれば,病人や老人等を対象とする介助用の車いすは,介助を要する者がベッド等と車いすとの間を容易に移動し得るものであることが求められるところ,車いすの座部の両側に設けられた肘掛けは同移動の妨げになることが多いため,そのような場合に肘掛けを妨げにならない位置まで移動させるための技術上の工夫が種々試みられてきたが,肘掛けの撤去方法は,肘掛けを取り外す,横に開く,上方に跳ね上げる,下方に押し下げる等の数種類に限られ,これらの方法を単独で採用するか,組み合わせることにならざるを得なかったこと,また,身障者向けの階段用リフトやトイレなどにおいては,昭和60年ころから肘掛け跳上げ式の商品が製造,販売されており,車いすにおいても,外国では昭和61年ころから,日本国内でも平成5年ころから,それぞれ肘掛け跳上げ式の商品が製造,販売されていることが認められる。

ウ 上記イ(イ)のとおり,車いすの肘掛けを上後方に跳ね上げること自体は,介助用の車いすの肘掛けを移動させる方法として容易に想定される方法の1つにすぎず,車いすの構造や機能など技術的問題に由来する不可避的なものであるということができる。そして,前記(1)のとおり,肘掛け跳上げ式の形態そのものやそれによって達成される実質的機能は,特許権,実用新案権などの権利侵害がある場合はともかく,不正競争防止法2条1項1号によって保護されるものではない。

また,肘掛け跳上げ式の商品は,福祉,介助用品市場においては特に目新しいものではなかったから,それが車いすに応用されたとしても,控訴人の主張するように,肘掛け跳上げ式といえば控訴人商品というような強い出所表示機能を果たしたとは考え難い。控訴人は,商品等表示にあたるか否かの判断においては,身障者向けの階段用リフトやトイレなど車いす以外のものを考慮すべきでなく,また,外国の事情を考慮すべきでない旨主張するが,車いすの需要者が一見して肘掛け跳上げ式の車いすは控訴人の商品であると認識するかどうかについては,上記の各事情が影響することは否定できないから,これらを考慮すべきでない旨の控訴人主張は採用できない。

なお,肘掛けを「コ」の字形にし,遮板を取り付けたこと,肘掛けを車いす本体にロック可能にしたことの特徴を加味しても,前掲証拠により認められる他社の商品の形態と比較して,控訴人商品が独特の形態を有するというには不十分である。

(3)  以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,争点(1)の事実は認められない。

2  よって,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし,控訴費用の負担について民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 加藤美枝子)

裁判官 長門栄吉は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 大内捷司

別紙 イ号物件目録 省略

別紙 ロ号物件目録 省略

別紙 控訴人商品目録 省略

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