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名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)918号 判決 2001年6月13日

名古屋市<以下省略>

控訴人

グローバリー株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

愛知県<以下省略>

被控訴人

同訴訟代理人弁護士

山本健司

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消にかかる被控訴人の請求を棄却する。

(3)  被控訴人は,控訴人に対し,662万3645円及びこれに対する平成12年6月17日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2事案の概要等

事案の概要,前提事実及び主な争点は,次のとおり削除,付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の各該当欄に記載のとおりであるから,これを引用する。

(原判決の削除)

原判決8頁8行目冒頭から9行目末尾までを削除する。

(当審主張)

1  控訴人の当審主張

(1) 被控訴人は,商品取引に慣れ,その知識,経験を増していったのであるから,Bの勧誘や助言を入れて取り引きしたことが,被控訴人を保護すべき事情であるとはいえない。

(2) 被控訴人は,平成9年3月27日までに中部綿糸,銀とパラジウムで合計約240万円の実損を出し,また東京綿糸について同日約120万円の値洗い損となっていたから,値段が見通しと逆の方向へ動いたときの対応について,地道に経験を積む機会は得られていた。

(3) 建玉に見合う証拠金が存する以上,100枚を超える建玉の勧誘自体を直ちに違法とすることはできない。

実際上も,損失の額の多寡は,建玉後の取引のやり方如何で決まってくる。本件の場合も,中部大豆に大きな損が出始めたときにBが被控訴人に電話をかけて損切りを促しており,被控訴人がBの助言どおり仕切っていれば,約500万円の金額は被控訴人の手元に残っていた。また,Bは平成9年6月27日に少なくとも3回被控訴人に電話を入れて仕切りを促しているが,被控訴人がBの助言を受け入れなかった結果,本件のような損失が生じてしまった。従って,建玉と仕切りに関するBの助言を全体としてみれば,違法とはいえない。

(4) 平成9年6月19日,同月25日のゴム指数の自己玉及び同月25日,0日【※編注】の中部大豆の自己玉の状況は次のとおりである。

① ゴム指数(12月限)

19日後場の自己玉枚数は,売建玉310枚であるが,このうち200枚が仕切り玉である。これに対し,被控訴人の取引は308枚の新規買建玉で,仕切り玉はない。自己玉のうちの仕切りの対象となった建玉は,被控訴人の建玉と関係なく,以前に建てられたものである。

25日後場1節の自己玉枚数は,新規買建玉455枚であるが,仕切り玉はない。これに対し,被控訴人の売建玉308枚はすべて仕切り玉である。

② 中部大豆

9月限の25日後場3節の自己玉枚数は買建玉7枚で,すべて仕切り玉である。被控訴人の取引は新規買建玉200枚で,仕切り玉はない。

11月限の30日後場3節の自己玉は77枚の売建玉で,すべて仕切り玉である。これに対し,被控訴人の取引は50枚の新規買建玉で,仕切り玉はない。

9月限の30日後場1節の自己玉枚数は売建玉1枚で,仕切り玉である。被控訴人の取引は売建玉200枚で,全て仕切り玉である。

11月限の30日後場1節の自己玉枚数は売建玉1枚で,仕切り玉である。被控訴人の取引は売建玉50枚で,全て仕切り玉である。

これらからすれば,被控訴人の建玉に対応して控訴人の建玉がなされ,その後,被控訴人の仕切りに対応して控訴人の建玉が仕切られるといういわゆる向かい玉の関係は全くないことが明らかである。

(5) 商品先物取引について不法行為が成立する場合においても,その取引は契約上有効であるから,控訴人の差損金請求を信義則に反し,全面的に許されないとするのは不当である。

2  上記主張に対する被控訴人の応答

控訴人の当審主張は争う。

第3当裁判所の判断

1  本件取引について,控訴人の不法行為が成立するか(主な争点1)。

(1)  前記前提事実に証拠(甲1ないし6,8ないし11,乙1ないし3,4の1・2,6,7の1ないし19・20の1・2・21の1・2・22・23・24の1・2・25の1・2・26の1・2・27ないし30,8の1ないし22,9,12の1・2,13の1・2,原審証人B,原審における調査嘱託,原審における被控訴人本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件取引の経緯につき,以下の事実が認められる。

① 被控訴人は,a高校を卒業してすぐにb株式会社に入社して現在まで勤務を続けている。被控訴人が本件取引を始めたときは満25歳で,それまで株式,商品先物取引等の投資の経験はなかった。

② 控訴人の従業員が,平成8年4月頃,被控訴人方に電話してきて,控訴人に対し,お得な利殖の話があるので会って話がしたいと言ってきたため,控訴人は,控訴人従業員のCほか1名と喫茶店で話を聞くこととなった。

Cは,喫茶店で,被控訴人に対し,ガイドブック等を示して商品先物取引についてその危険性をも含めて説明したうえ,「うちの会社は,他の会社と違い,豊田織機と関係があり,綿糸の動きはよく分かる。今が一番いい時期だ。もうすでに,値段が動き始めているので時間がない。1週間で結果を出す。」と綿糸の先物取引の勧誘をした。この勧誘を受けた被控訴人は,「数十万円くらいの自由になる金で取引をし,それくらいであったら最悪失敗してもいいかな。」という感じをもって,綿糸の先物取引をすることを決意し,約諾書(乙1)に署名押印した。

そして,被控訴人が平成8年4月4日にCに現金54万円を渡すと,Cは「10枚(54万円分)でやらせてほしい。」と言った。被控訴人が,不安を感じて,「5枚から始める,取りあえず利益が出たら自己の出資分は取り戻してその利益分だけで遊んでいこう。」と話したところ,Cもこれに賛同し,5枚の綿糸の買建玉から取引が始まった。

③ その後,控訴人従業員が値段その他の相場の材料を示し,上がり下がりの見通しを説明して勧誘し,更に仕切り時を助言し,被控訴人はそのような説明や助言にしたがって,建玉をし,仕切りをするようになった。被控訴人が個別取引をする前には控訴人担当者がそのつど被控訴人の意思確認をし,控訴人から被控訴人に対する事後的な報告書類も遺漏なく送付されていた。

④ 平成8年中の本件取引の新規建玉の状況は,原判決別紙(一)一覧表の符号1(以下「符号1」という。)の平成8年4月4日の売建玉5枚総額414万円,符号2の同月25日の買建玉10枚総額1110万円,符号3の同年5月7日の買建玉5枚総額663万円,符号4の同月14日の売建玉5枚総額402万8000円,符号5の同年7月3日の買建玉2枚総額521万4800円,符号6の同年11月8日の買建玉10枚総額1065万円,符号7の同月28日の売建玉14枚総額1197万8400円であって,平成8年中の本件取引の委託証拠金残高も,平成8年4月4日から同年7月10日までの被控訴人拠出分が合計174万円であり,同年11月28日の帳尻差益金の振替入金分49万2000円を加えても,合計223万2000円にとどまっていた。

⑤ しかし,平成9年2月頃,控訴人担当者がDに代わって,次のとおり取引が拡大した。

ア 平成9年1月27日に,帳尻差益金全額74万8266円が委託証拠金に振替入金された。

イ Dは,平成9年2月7日,被控訴人に対し,「取引の平均値を上げないと追証になる,取引注文をしてくれ。」との連絡を受けた。被控訴人は,その意味を十分に理解できなかったが,東綿糸(東京綿糸取引所)で10枚を売建で注文した(符号10)。

ウ しかし,追証がかかり,その旨の通知が被控訴人に届いた。被控訴人がDに連絡したところ,Dは「逃れる方法は両建をするしかない。両建をすれば,どっちに転じても大丈夫だ。」と述べた。被控訴人は,Dのこの言を信じて平成9年2月10日に20万5000円,2月13日に135万円を控訴人に入金した。また,平成9年2月10日に帳尻差益金全額56万5016円が委託証拠金に振替入金された。

そこで,平成9年2月13日に,中部綿糸(中部綿糸取引所)で50枚(4466万円)を買い建てし,両建が成立した。

Dは,その頃から,被控訴人に携帯電話を持つように勧め,被控訴人は,平成9年2月23日に携帯電話を持った。以後,被控訴人は,携帯電話を通じ,取引の連絡を受けるようになった。

エ 被控訴人から委託証拠金として平成9年2月14日に300万円,同月20日に54万円,同月25日に96万円の入金があり,同月27日に,東銀(東京銀取引所)を40枚(4922万4000円)を売り建て,東パラジウム(東京パラジウム取引所)を40枚(3408万円)を買い建てた(符号12の1ないし4)。

平成9年3月3日に符号12の1,3の取引の仕切りが,同月27日に符号11,12の2,4の仕切りがなされ,同月27日に東白金(東京白金取引所)を130枚(9496万5000円)を売り建てた(符号13)。

この符号13の取引は同年5月20日に仕切られ612万3643円の差益金を生じ,被控訴人は,同日現在で418万2416円の帳尻差益金を取得した。

被控訴人は,平成9年5月20日,Dから,この帳尻差益金の取得について,「元が取れた。」と聞かされた。そこで,被控訴人は,同人に対し,預託した委託証拠金の返却を求め,特に300万円は親から借りた金であり早く返したい旨説明した。すると,同人は,税金等の関係上100万円単位はまずいので,80万円ずつ返す旨答えた。そうこうするうち,同人は,同月30日に控訴人を退職してしまい,控訴人からは,同年6月12日に80万円が1度被控訴人に振込送金されたにとどまった。

⑥ 平成9年5月中は,Dが担当して,次のとおりの新規建玉が行われた。

ア 平成9年5月20日(符号14の1,2)

買建玉合計200枚 1億3926万円

同日,帳尻差益金418万2416円のうち209万9718円が委託証拠金に振替入金された。

イ 平成9年5月22日(符号15の1ないし3)

売建玉合計360枚 1億9235万7000円

同日,帳尻差益金475万9262円のうち475万円が委託証拠金に振替入金された。

ウ 平成9年5月23日(符号16)

買建玉170枚 1億7901万円

同日,帳尻差益金234万3858円のうち218万円が委託証拠金に振替入金された。

⑦ Dが平成9年5月30日付けで退職し,控訴人従業員Bが被控訴人の担当を引き継いだ。その際,被控訴人がBに対し,従前と同様,預託した委託証拠金の返却を求めたところ,Bは,「私は,億万長者を2人も作った。Xさんもそうさせてあげる。はっきり言って,Xさんよりも,私の方が相場のことはよく分かる。というより分かって当然なんです。Xさんは仕事をする。私はお金を増やす。これでいいんです。億万長者になったら,食事でもおごってください。現金は,もらってはいけないことになっていますから。今,億まで行くためのプランを考えてやってますから,次の商いが済んでから,その利益から引き出しましょう。」と言って,被控訴人のこの要求を拒んだ。

Bが引き継いだ時点で,帳尻差益金約1100万円が生じており,被控訴人の建玉内容は,銀買建玉170枚,白金売建玉260枚で,銀には約660万円の値洗い益が,白金には約160万円の値洗い損が出ている状態であり,Bは,被控訴人に対し,銀と白金は大した値動きがないので損が小さいうちに仕切って処分して,関西大豆の売建玉をするように勧めた。

被控訴人が,これに応じたところ,Bは,「被控訴人が取引開始したころは建玉を長く持って成功したが,最近は利食いが遅れ気味なので,利益が出たらすぐに利食っていく。そのためには枚数が多いほうがよい。また,枚数が多くなった場合,予測と逆の方向に値が動いたときは,すぐに損切りをして,深く追いかけないように。追証にかかる前に決済できるものは決済していくという姿勢で臨むべきである。」と今後の方針を述べた。

Bは,当時,被控訴人が26歳のサラリーマンであり,既に委託証拠金として800万円余りを控訴人に預託していることから推しはかって,被控訴人にそれ以上の資金の余裕があることは見込めず,被控訴人から更に入金があることは期待できないと考えていた。

⑧ Bが被控訴人の担当になったのち,次のとおり,新規建玉が行われた。

ア 平成9年6月9日(符号17の1,2)

売建玉合計220枚 2億4152万7000円

イ 平成9年6月11日(符号18の1ないし3)

買建玉合計530枚 3億9075万5000円

同日,帳尻差益金104万0726円のうち68万1142円が委託証拠金に振替入金された。

ウ 平成9年6月12日(符号19)

売建玉250枚 5億9145万円

同日,帳尻差益金359万1099円のうち297万2192円が委託証拠金に振替入金され,45万2808円が被控訴人に振込送金された。また,委託証拠金の中から34万7192円が被控訴人に振込送金された。

エ 平成9年6月13日(符号20)

売建玉230枚 3億3166万円

同日,帳尻差益金65万9296円のうち50万円が委託証拠金に振替入金された。

オ 平成9年6月19日(符号21)

買建玉308枚 7億0833万8400円

同日,帳尻差益金476万8826円のうち472万円が委託証拠金に振替入金された。

カ 平成9年6月25日(符号22の1,2)

買建玉合計250枚 3億2343万円

⑨ 符号21の6月19日の買建玉は,早めの損切りという方針にしたがって同月25日に仕切ったのに,委託手数料,取引税,消費税をマイナス勘定に加えた差引損益計算で,1004万8730円もの差損金を生じた。

そこで,Bは,被控訴人に対し「ゴム指数は円の関係で失敗したけど,今度は大豆でいくよ。今回は大きく取れるよ。期待してて。」と中部輸入大豆の取引を勧誘した。被控訴人は,この話を聞いて,この損失の回復を狙い,6月25日に符号22の1,2の買建玉を建てた。

しかし,符号22の1,2の6月25日の買建玉について,同月26日には急激な値下がりとなり,同月27日は更に激しい下げとなり,その日の午後にストップ安となった。Bは,被控訴人に対し,同月27日(金曜日),1700万円の追証がかかっていることを連絡し,損切りをすれば500万円くらいの預託金が残ることを説明して,早く仕切りをするように促した。この日は,3回にわたって連絡を取り,そのつど早期損切りを促した。これに対し,被控訴人は,1日の最後の値が付く大引けの午後3時までに最終的な結論を出すので,それまで仕切りを待ってほしいと答えたが,この日,大引けを過ぎても被控訴人からBへの連絡はなかった。被控訴人は,同日,勤め先の労働組合に相談をし,被控訴人訴訟代理人弁護士を紹介され,即日,取引の違法,無効を主張して,預託した金員を全額返還するように求める内容証明郵便が控訴人宛てに発送された。控訴人は,次の営業日である同月30日も被控訴人と連絡が取れなかったので,受託契約準則に従い,後場第1節でこの買建玉を強制的に仕切った。

⑩ 平成9年6月19日と同月25日の神戸ゴム取引所,天然ゴム指数の建玉の状況は次のとおりである。

ア 平成9年6月19日後場2節 平成9年12月限

(ア) 全社出来高(出来高とは売買が成立した数量をいう。) 351枚

全社取組高(取組高とは売買約定が成立して,まだ手仕舞いしていないものの数量をいう。) 3142枚

(イ) 控訴人の売建玉合計 313枚

委託玉 3枚

自己玉 310枚(新規建玉が110枚,仕切り玉が200枚である。)

控訴人の売りの取組高 999枚

委託玉 182枚

自己玉 817枚

(ウ) 控訴人の買建玉合計 333枚

委託玉 333枚(符号21の被控訴人の新規建玉308枚が含まれている。)

控訴人の買いの取組高 1007枚

委託玉 304枚

自己玉 703枚

イ 平成9年6月25日後場1節 平成9年12月限

(ア) 全社出来高 709枚

全社取組高 3407枚

(イ) 控訴人の売建玉合計 521枚

委託玉 521枚(符号21被控訴人の仕切り玉308枚が含まれている。)

控訴人の売りの取組高 1319枚

委託玉 402枚

自己玉 917枚

(ウ) 控訴人の買建玉合計 496枚

委託玉 41枚

自己玉 455枚(すべて仕切り玉である。)

控訴人の買いの取組高 1302枚

委託玉 278枚

自己玉 1024枚

⑪ 平成9年6月25日と同月30日の中部商品取引所,輸入大豆の建玉の状況は次のとおりである。

ア 平成9年6月25日後場3節 平成9年9月限

(ア) 全社出来高 256枚

全社取組高(同日の総取組高) 3101枚

(イ) 控訴人の売建玉合計 237枚

委託玉 237枚(符号22の1の買建玉に相対する売建玉200枚ある。)

控訴人の売りの取組高(同日の総取組高) 1160枚

(ウ) 控訴人の買建玉合計 237枚

委託玉 230枚(符号22の1の被控訴人の新規建玉200枚が含まれている。)

自己玉 7枚(すべて仕切り玉である。)

控訴人の買いの取組高(同日の総取組高) 1159枚

イ 平成9年6月30日後場1節 平成9年9月限

(ア) 全社出来高 206枚

全社取組高(同日の総取組高) 2394枚

(イ) 控訴人の売建玉合計 201枚

委託玉 200枚(符号22の1の被控訴人の仕切り玉200枚が含まれている。)

自己玉 1枚(仕切り玉である。)

控訴人の売りの取組高(同日の総取組高) 644枚

(ウ) 控訴人の買建玉合計 201枚

委託玉 201枚(符号22の1の売建玉に相対する買建玉が200枚ある。)

控訴人の買いの取組高(同日の総取組高) 653枚

ウ 平成9年6月25日後場3節 平成9年11月限

(ア) 全社出来高 123枚

全社取組高(同日の総取組高) 4009枚

(イ) 控訴人の売建玉合計 77枚

自己玉 77枚(すべて仕切り玉である。)

控訴人の売りの取組高(同日の総取組高) 975枚

(ウ) 控訴人の買建玉合計 82枚

委託玉 82枚(符号22の2の被控訴人の新規建玉50枚が含まれている)

控訴人の買いの取組高(同日の総取組高) 972枚

エ 平成9年6月30日後場1節 平成9年11月限

(ア) 全社出来高 106枚

全社取組高(同日の総取組高) 3739枚

(イ) 控訴人の売建玉合計 73枚

委託玉 73枚(符号22の2の被控訴人の仕切玉50枚が含まれている)

控訴人の売りの取組高(同日の総取組高) 894枚

(ウ) 控訴人の買建玉合計 73枚

自己玉 73枚(53枚が仕切り玉で,20枚が新規建玉である。)

控訴人の買いの取組高(同日の総取組高) 891枚

(2)  ところで,Bの陳述書(乙9)中には,「Bが,被控訴人に対し,自分は億万長者を2人作ったとか,被控訴人にもそうさせてあげるとか話したことはない。」旨の記載があるが,被控訴人が控訴人従業員に対し,預託した委託証拠金の返却を求めたにもかかわらず80万円しか返金されなかったという経緯や反対趣旨の原審における被控訴人本人の供述からすると,その記載部分は採用できない。

(3)  そこで,前記前提事実及び1(1)で認定した事実を前提に,控訴人の従業員の行為に違法があったか否かについて検討する。

① 断定的判断の提供及び投機性の説明の欠如の有無について

Cは,ガイドブック等を示して商品先物取引についてその危険性をも含めて説明したうえ,「うちの会社は,他の会社と違い,豊田織機と関係があり,綿糸の動きはよく分かる。今が一番いい時期だ。もうすでに,値段が動き始めているので時間がない。1週間で結果を出す。」と綿糸の先物取引の勧誘をし,Bも,「私は,億万長者を2人も作った。Xさんもそうさせてあげる。はっきり言って,Xさんよりも,私の方が相場のことはよく分かる。というより分かって当然なんです。Xさんは仕事をする。私はお金を増やす。これでいいんです。億万長者になったら,食事でもおごってください。現金は,もらってはいけないことになっていますから。今,億まで行くためのプランを考えてやってますから,次の商いが済んでから,その利益から引き出しましょう。」と言ってはいるが,「必ず儲かる。」等とした断定的判断の提供があったとか投機性の説明の欠如があったとまでは認め難い。被控訴人も,「5枚から始める,取りあえず利益が出たら自己の出資分は取り戻してその利益分だけで遊んでいこう。」等と述べており,商品先物取引の不確実性を認識していたものと認められる。

もっとも,Bのこの勧誘は,過当な投機的売買を誘因するものであって,不当というべきである。

② 無差別電話勧誘の有無について

控訴人の従業員が,平成8年4月頃,被控訴人方に電話してきて,被控訴人に対し,お得な利殖の話があるので会って話がしたいと言ってきたため,被控訴人は,控訴人従業員のCほか1名と喫茶店で話を聞くこととなったものではあるが,その電話が時間を問わず,多数回にわたり執拗になされたものであるとは認められず,無差別電話勧誘があったとまでは認め難い。

③ 実質一任売買の有無について

個別取引をする前に控訴人担当者がそのつど被控訴人の意思確認をし,控訴人から被控訴人に対する事後的な報告書類も遺漏なく送付されたものであるから,本件取引が実質一任売買であったということはできない。

④ 新規委託者保護規定違反の有無について

新規委託者については,3か月間の保護育成期間を設け,その間は20枚以内の建玉による取引をするよう受託枚数の管理基準が設けられている(新規委託者保護規定。争いがない。)。

しかし,符号1ないし4の取引で,平成8年4月4日から同年5月14日までの1か月と10日の間に20枚を超える25枚の取引が成立している。

したがって,この取引は,新規委託者保護規定に違反するものであるということができる。

⑤ 過当な売買取引及び不当な増建玉の有無について

取引所指示事項8では,過当な売買取引の要求を禁止しており,その具体的態様として,利益が生じた場合にそれを証拠金の増積みとして新たな取引をすることを執拗に勧めることを禁止の対象としている。また,指示事項9でも,不当な増建玉を禁止しており,その具体的態様として,不必要となった証拠金等をもって増建玉をするようしむけることを禁止の対象としている(弁論の全趣旨)。

しかるところ,平成9年5月20日,同月22日,6月9日,同月11日,同月12日,同月13日,同月19日の各取引は,利益金を次の建玉の証拠金に充当して建玉を増大させたものであること,当時,被控訴人が26歳のサラリーマンであり,委託証拠金として800万円余りを控訴人に預託しているに過ぎないという資金状況からして,1回の取引が100枚を超えるのは異常に大きい数量であると認められること,被控訴人が,平成9年5月20日,Dに対し,預託した委託証拠金の返却を求め,特に300万円は親から借りた金であり早く返したい旨説明したにもかかわらず,同人は,税金等の関係上100万円単位はまずいので,80万円ずつ返す旨答え,結局は同年6月12日に80万円が1度被控訴人に振込送金されたにとどまったこと,被控訴人がBに対し,預託した委託証拠金の返却を求めたところ,Bは,「私は,億万長者を2人も作った。Xさんもそうさせてあげる。はっきり言って,Xさんよりも,私の方が相場のことはよく分かる。というより分かって当然なんです。Xさんは仕事をする。私はお金を増やす。これでいいんです。億万長者になったら,食事でもおごってください。現金は,もらってはいけないことになっていますから。今,億まで行くためのプランを考えてやってますから,次の商いが済んでから,その利益から引き出しましょう。」と言って,被控訴人のその要求を拒んだことからすれば,控訴人の従業員は,過当な売買取引の要求をし,また,不当な増建玉をしたものであって,取引所指示事項8,9に違反するというべきである。

⑥ 証拠金不足の建玉(薄敷)の可能性の有無

本件取引において,委託証拠金不足の建玉が行われたことを認めるに足る証拠はない。

⑦ 無意味な反復売買・ころがしの有無について

取引所指示事項7では,短日時の間に頻繁に建て落ちの受託を行い,または既存玉を手仕舞うと同時に,あるいは明らかに手数料稼ぎを目的とすると思われる新規建玉の受託を行うことを禁止している(弁論の全趣旨)。

本件においては,被控訴人が預けた委託証拠金が819万5000円で,委託手数料として支払った総額が2114万1280円であることから,手数料化率が258パーセントである。

平成8年4月から平成9年6月までの14か月間で全部で32回の取引が行われていることから,売買回転率は月2.3回である。

両建の関係にある取引は符号8,10,11であり,手数料不抜け(建玉を仕切って益金が出ても,その額がその注文執行の手数料を下回るもの)の取引は符号12の2,16であり,全部で32回の取引が行われていることから,特定売買(売り直し,買い直し,途転,両建,手数料不抜け)比率は,15.6パーセントである。

これらの手数料化率,売買回転率,特定売買比率からすると,手数料化率は10パーセントを超えるものの,売買回転率は月間3回以内,特定売買比率も全体の20パーセントを超えるものではないから,本件においては無意味な反復売買やころがしがあったとまでは認め難い。

もっとも,両建は,既存建玉に対応させて反対建玉を行うものであり,相場の変動によっては,手数料の負担をしても,両建をして相場の様子を見る必要が認められる場合もあるが,それは,例外的,緊急避難的なものである。両建をしてなお利益を得るには,相場変動を見極め,一方の建玉をはずす時期を的確に判断するなど,相当高度な商品先物取引に関する知識と経験を要するものであって,この知識と経験を有しない者にとって両建は,損失の拡大を防止して,後日その回復ができるかのような誤解を生じさせ,因果玉を放置しながら,片玉を仕切って利益が出たかのような錯覚をもたらす取引手法であり,委託者に新たな委託証拠金と手数料の負担を余儀なくさせるものである。したがって,合理的理由がなく両建の取引がなされていることは,手数料稼ぎの徴表として評価しうるものである。本件においては,Dが「追証を逃れる方法は両建をするしかない。両建をすれば,どっちに転じても大丈夫だ。」と述べたことから両建がなされたものであって,この合理的理由を見いだし難い。

⑧ 過当な向かい玉の有無について

平成10年4月22日法律第42号による改正前の商品取引所法94条1項,平成11年4月1日施行前の商品取引所法施行規則33条は,「もっぱら投機的利益の追求を目的として,受託に係る取引と対当させて,過大な数量の取引をすること」を禁じている。商品取引員が顧客と対当する玉を建てたからといって,直ちに同条項に該当するとはいえないが,商品取引員が,委託者の取引に対当させて過大な取引を行い,相場を支配し,委託者を操縦し,委託者の損失において利益を得るなどした場合には,同条項に該当するものと解される。

これを本件についてみるに,神戸ゴム取引所天然ゴム指数の平成9年6月19日の後場2節12月限においては,file_2.jpg全社出来高が351枚,file_3.jpg同取組高が3142枚,file_4.jpg控訴人の建てた売りの委託玉が3枚,file_5.jpg控訴人の建てた売りの自己玉が310枚,file_6.jpg控訴人の建てた買いの委託玉が333枚,file_7.jpg控訴人の建てた買いの自己玉が0枚,file_8.jpg控訴人の売りの取組高が999枚(うち自己玉が817枚),file_9.jpg控訴人の買いの取組高が1007枚(うち自己玉が703枚)である。

平成9年6月25日の後場1節12月限においては,file_10.jpg全社出来高が709枚,file_11.jpg全社取組高が3407枚,file_12.jpg控訴人の建てた売りの委託玉が521枚,file_13.jpg控訴人の建てた売りの自己玉が0枚,file_14.jpg控訴人の建てた買いの委託玉が41枚,file_15.jpg控訴人の建てた買いの自己玉が455枚,file_16.jpg控訴人の売りの取組高が1319枚(うち自己玉が917枚),file_17.jpg控訴人の買いの取組高が1302枚(うち自己玉が1024枚)である。

中部商品取引所輸入大豆の平成9年6月25日の後場3節9月限においては,file_18.jpg全社出来高が256枚,file_19.jpg全社取組高(ただし,同日の総取組高)が3101枚,file_20.jpg控訴人の建てた売りの委託玉が237枚,file_21.jpg控訴人の建てた売りの自己玉が0枚,file_22.jpg控訴人の建てた買いの委託玉が230枚,file_23.jpg控訴人の建てた買いの自己玉が7枚,file_24.jpg控訴人の売りの取組高(ただし,同日の総取組高)が1160枚,file_25.jpg控訴人の買いの取組高(ただし,同日の総取組高)が1159枚である。

平成9年6月25日の後場3節11月限においては,file_26.jpg全社出来高が123枚,file_27.jpg全社取組高(ただし,同日の総取組高)が4009枚,file_28.jpg控訴人の建てた売りの委託玉が0枚,file_29.jpg控訴人の建てた売りの自己玉が77枚,file_30.jpg控訴人の建てた買いの委託玉が82枚,file_31.jpg控訴人の建てた買いの自己玉が0枚,file_32.jpg控訴人の売りの取組高(ただし,同日の総取組高)が975枚,file_33.jpg控訴人の買いの取組高(ただし,同日の総取組高)が972枚である。

平成9年6月30日の後場1節9月限においては,file_34.jpg全社出来高が206枚,file_35.jpg全社取組高(ただし,同日の総取組高)が2394枚,file_36.jpg控訴人の建てた売りの委託玉が200枚,file_37.jpg控訴人の建てた売りの自己玉が1枚,file_38.jpg控訴人の建てた買いの委託玉が201枚,file_39.jpg控訴人の建てた買いの自己玉が0枚,file_40.jpg控訴人の売りの取組高(ただし,同日の総取組高)が644枚,file_41.jpg控訴人の買いの取組高(ただし,同日の総取組高)が653枚である。

平成9年6月30日の後場1節11月限においては,file_42.jpg全社出来高が106枚,file_43.jpg全社取組高(ただし,同日の総取組高)が3739枚,file_44.jpg控訴人の建てた売りの委託玉が73枚,file_45.jpg控訴人の建てた売りの自己玉が0枚,file_46.jpg控訴人の建てた買いの委託玉が0枚,file_47.jpg控訴人の建てた買いの自己玉が73枚,file_48.jpg控訴人の売りの取組高(ただし,同日の総取組高)が894枚,file_49.jpg控訴人の買いの取組高(ただし,同日の総取組高)が891枚である。

これらからすれば,控訴人は顧客の建玉と自己玉とを非常に高い割合で対当させているうえに,全社出来高に占めるその取引の割合もかなり大きなものであって,被控訴人がもっぱら控訴人従業員の誘因により取引をし,特に平成9年5月以降過当な売買がなされていること等の事情を勘案すれば,控訴人は,委託者である被控訴人の取引に対当させて過大な取引を行い,委託者である被控訴人を操縦し,被控訴人の損失において利益を得ていたという疑いは,濃厚である。

しかしながら,全社取組高に占める各取引の割合等からして,必ずしも控訴人が相場を支配したとまでは認めるに足らず,結局,同条項に違反するとまではいうことはできない。

⑨ まとめ

ところで,商品先物取引は,転売・買戻しによる差金決済を目的とした投機取引であり,わずかな証拠金で大きな思惑取引ができる相場取引であって,その高度に専門化された売買注文の仕組み,市場システム,用語,変動する相場の予測等から,これに精通しない素人がこの取引に参加した場合の危険性は極めて大きい。そのため,商品取引所法,受託契約準則及び取引所指示事項は,商品取引員ないしその従業員たる外務員が先物取引を行うに適しない者を勧誘すること(取引所指示事項),利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して先物取引の委託を勧誘すること(平成10年4月22日法律第42号改正前の商品取引所法94条,委託契約準則22条),先物取引の有する投機的本質を説明しないで勧誘すること(取引所指示事項),過当な売買要求(取引所指示事項),不当な増建玉(取引所指示事項)等を禁じている。これらの規定の趣旨からすれば,商品先物取引の専門家である商品取引員及びその従業員は,商品先物取引についての知識と経験に乏しい者が,安易に商品先物取引をし,本人の予測し得ない大きな損害を被ることのないように努めるべき高度の注意義務があるというべきであり,商品取引員及びその従業員が,この注意義務に反し,委託者の利益に優先して自らの利益獲得のために行動することは,違法であると解される。

しかるに,上記認定の事実からすれば,控訴人従業員は,本件取引において,この注意義務を怠り,商品先物取引の知識,経験に乏しい被控訴人に対し,被控訴人に過当な売買を反復させ,被控訴人の資金力を超えた範囲まで取引を拡大させたものであると認められるから,控訴人従業員は,被控訴人の利益に優先して自らの利益獲得のために行動したものといわざるを得ない。したがって,控訴人従業員の行為は,本件取引全体を通じて不法行為を構成する行為であると認めるべきである。

なお,控訴人は,「被控訴人は,商品取引に慣れ,その知識,経験を増していったものである。平成9年3月27日までに中部綿糸,銀とパラジウムで合計約240万円の実損を出し,また東京綿糸について同日約120万円の値洗い損となっていたから,値段が見通しと逆の方向へ動いたときの対応について,地道に経験を積む機会は得られていたから,控訴人は不法行為責任を負わない。」旨主張するが,前記認定の事実及び証拠(原審における被控訴人本人)によれば,控訴人は平成元年3月に工業高校を卒業して会社勤めをするようになった26歳の会社員であり,本件取引を開始する前は,株式や商品先物取引の経験がなかったこと,本件取引開始後,約1年2か月にわたり29回の取引を行っているものの,その実態は,控訴人従業員の提供する相場情報,その分析の説明などに基づく勧誘や助言を受け入れて,建玉をし,仕切りをしていたにすぎないものであって,商品先物取引についての知識経験を十分に有していたとはいえないことが認められるから,控訴人のこの主張は採用できない。

したがって,控訴人は,被控訴人に対し,715条に基づく損害賠償責任がある。

(4)  進んで,被控訴人の被った損害について検討するに,被控訴人が控訴人に対して手持ち資金より拠出した委託証拠金合計額819万5000円から返還を受けた80万円を控除した739万5000円については,控訴人が商品取引委託契約によって発生した差損金に充当したとして返還しないのである(弁論の全趣旨)から,被控訴人はこの739万5000円相当の損害を被ったものということができる。

もっとも,被控訴人は,被控訴人は,平成9年3月27日までに中部綿糸,銀とパラジウムで合計約240万円の実損を出し,また東京綿糸について同日約120万円の値洗い損となっていたから,商品先物取引が変動の激しい思いがけない大きな損失を生むことのある投機性の高い危険な経済行為であることを認識する機会を有していたといいうるが,それにもかかわらず,その認識を欠いて安易に取引を継続していたものである。また,被控訴人は,控訴人従業員が早く仕切りをするように促したにもかかわらず,これに応じず,そのために,その損失が拡大したという事情も存する。これらからすれば,本件においては過失相殺がなされるべきである。そして,その過失相殺の割合は,控訴人が被控訴人と対抗する建玉をして,大きな利益を得たことが窺えることや,控訴人が被控訴人から手数料だけでも2114万1280円を取得していること,後記のとおり控訴人が差損金について信義則上請求し得ないとすべきこと等本件に表れた諸般の事情を考慮すれば,5割とするのが相当である。そうすると,過失相殺後の損害額は,369万7500円となる。

この不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,40万円と認めるのが相当である。

2  被控訴人は,信義則を理由として,控訴人の差損金支払請求を拒否できるか(主な争点2)。

本件取引については,契約上,被控訴人の控訴人に対する帳尻差損金残金662万3645円の支払債務が存在しているが,前記のとおり,控訴人従業員らが,商品先物取引の知識,経験に乏しい被控訴人に対し,被控訴人に過当な売買を反復させ,被控訴人の資金力を超えた範囲まで取引を拡大させたことや控訴人が被控訴人から手数料だけでも2114万1280円を取得していることが認められるほか,控訴人が被控訴人と対当する建玉をして,大きな利益を得たことが窺えることから,控訴人の被控訴人に対する帳尻差損金残金の支払請求は,信義則に反して許されないというべきである。

第4結論

以上によれば,被控訴人の請求は,409万7500円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成10年12月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は棄却すべきであり,控訴人の請求は,これを棄却すべきである。

よって,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,民訴法67条1項,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 内田計一 裁判官 倉田慎也)

【※編注】原文ママ

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