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名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)959号 判決 2002年1月30日

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴人は,被控訴人に対し,800万4800円及びこれに対する平成9年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(当審における予備的請求)。

(3)  控訴費用は控訴人の負担とする。

(4)  (2)項につき仮執行宣言

第2当事者の主張

次のとおり当審主張を付加するほか,原判決「事実」の「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。

(当審主張)

1  被控訴人の予備的請求についての請求原因

(1) 原判決「第二 当事者の主張」欄の一項1,2と同じであるから,これを引用する。

(2) 控訴人は平成8年12月4日に被控訴人に対して訴外Aを同居の親族として保険金請求をしたため,被控訴人は,平成9年1月31日,控訴人に対して,家族傷害死亡保険金として800万円,家族傷害入院保険金として4800円を支払った。

(3) しかし,Aは,控訴人の同居の親族ではなかった。

(4) よって,被控訴人は,控訴人に対し,予備的に不当利得返還請求権に基づき,800万4800円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成9年1月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  予備的請求についての請求原因に対する控訴人の認否

(1) 原判決「第二 当事者の主張」欄の二項1と同じであるから,これを引用する。

(2) 請求原因1(2)の事実は認める。

(3) 請求原因1(3)の事実は否認する。Aは,控訴人の同居の親族であった。

(4) 請求原因1(4)は争う。

理由

1  被控訴人が,平成6年9月1日,控訴人との間で,本件契約を締結したこと,控訴人が平成8年12月4日に被控訴人に対してAを同居の親族として保険金請求をした事実及び被控訴人が平成9年1月31日に控訴人に対して家族傷害死亡保険金及び家族傷害入院保険金合計800万4800円を支払った事実は,当事者間で争いがない。

証拠(甲2,3)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人の実父であるAが,平成8年10月20日,自動2輪車による単独事故を起こし,同月21日に死亡したことが認められる。

2  そこで,控訴人の実父が本件契約に定める「控訴人又は配偶者と生計を共にする同居の親族」に該当するのか否かにつき検討する。

(1)  証拠(甲5,7,乙1ないし16,18ないし21,当審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。

①  控訴人の父A(大正3年1月8日生,死亡当時82歳)と母B(大正3年12月22日生)は,平成8年頃,岐阜県山県郡a町bc番地のdに居住していた。

②  控訴人の住民票上の住所は,控訴人が出生してから平成13年6月1日まで,同町bc番地のdであり,同日から岐阜市e町f丁目g番地hアパートi号となっている(乙18,19)。

③  控訴人の平成9年2月6日交付にかかる運転免許証(乙13),平成8年5月29日交付(ただし,世帯主をAとする。)及び平成12年10月1日交付にかかる国民健康保険被保険者証(甲7,乙13),平成12年1月18日交付にかかる身体障害者手帳(乙4),平成12年7月18日交付にかかる福祉医療費受給者証(乙13)上の住所は,いずれも同町bc番地のdとなっている。

④  控訴人には,妻C,長男D,次男E,3男Fがいるが,Cの住民票上の住所は,昭和52年2月13日から平成2年1月11日まで,a町bc番地のdで,同日から平成3年3月25日まで,岐阜市jk番地のlで,同日から同市jm番地のnとなっており,Dの住民票上の住所は,昭和52年10月28日から平成2年1月11日まで,a町bc番地のdで,同日から平成3年3月25日まで,岐阜市jk番地のlで,同日から同市jm番地のnとなっており,Eの住民票上の住所は,昭和54年4月25日から平成4年1月10日まで,a町bc番地のdで,同日から平成11年6月14日まで,岐阜市jm番地のnで,同日から同市jo番地のp(qマンションr号)となっており,Fの住民票上の住所は,昭和39年7月16日から平成9年1月21日まで,a町bc番地のdで,同日から岐阜市jm番地のnとなっている。

⑤  控訴人は,昭和52年頃,a町bc番地のdに,A所有の2階建て建物に隣接して,3階建ての自宅を新築した。控訴人のこの自宅には,台所,風呂,便所がなかった。平成8年10月頃には,AとBは,控訴人の自宅の1階の奥座敷を寝室として利用していた。

⑥  控訴人は,a町漁業組合員であり,a町bc番地のdの自宅に漁網等の漁業用具を保管しているほか,平成7年頃には自宅の裏で椎茸を栽培するなどしていた(乙3,12)。

また,a町s区では,地区住民の間で冠婚葬祭時に相互に協力するという慣行があるため,Aの長男である控訴人は,同地区の冠婚葬祭にはかかさず,出席し,協力してきた。

控訴人は,平成8年度の所得税の確定申告をa町bで行っており(乙5),Bに老人性痴呆の症状が見られるようになったことから平成8年9月12日,a町長に対し,デイサービス事業利用登録の申請をしているが,その際,申請人(控訴人)の住所欄,誓約書の身元引受人の住所欄にもa町bc番地のdと記載している(乙1,2)。

⑦  控訴人は,昭和56年頃に,岐阜市jでフォトスタジオを経営するようになり,当初はa町bの自宅から通勤していたが,そのうち控訴人の妻がそのフォトスタジオの近くに建物を取得し,同所で,控訴人の妻,D,E,Fが生活するようになった。D,E,Fは,いずれも岐阜市jが通学区域である小学校や中学校に通学した。中学校では越境入学が認められないということで,中学校入学時に,それぞれD,E,Fの住民票上の住所を移転した。

控訴人は,平成8年頃には,岐阜市jで仕事をしていたが,集配,配達の関係で,定期的にa町bに出向いていたが,その際,深夜にa町bの自宅に泊ることも多かった。

⑧  控訴人は,自らの収入の一部を岐阜北農業共同組合北山支店のA名義の預金に入金していたが,その入金分は,控訴人が新築した家の固定資産税の支払いなどのほか,AやBの生活費にも使われていた。

なお,控訴人は,「控訴人は,平成8年頃には,昼は岐阜市jで仕事をしていたが,集配,配達の関係もあって,夜はほぼ毎日a町bの自宅に帰っていた。控訴人がa町bの自宅に着くのは午前2時か3時頃で,朝7時半の開店に間に合うようにその自宅を出ていた。」旨主張し,その旨当審において供述し,たしかに集配,配達等の関係で深夜a町bの自宅に帰っていたことは認められるものの,ほぼ毎日自宅に帰っていたというのは不自然で,直ちには採用できない。

(2)  ところで,同居とは,住居を同じくすることをいうが,客観的にみて同居といいうるか否かの判定は,実質的な生活事実によってなされるべきものであって,各人が関与する各種の具体的生活関係・法律関係ごとに,異なることもあり得るものと解される。

そして,家族傷害保険は,1保険証券により家族全員を被保険者とし,主契約により普通傷害保険と同一の危険を担保するものであるが,「本人又は配偶者と生計を共にする同居の親族」を被保険者の範囲としている趣旨は,生計維持者である本人が,扶養関係にある同居の親族や,経済的一体性,連帯性がある同居の親族が傷害等を被った場合に事実上受ける経済的負担を填補することにあるといえる(甲28)。

そうとすると,本件契約(家族傷害保険普通約款第3条第1項第2号)にいう「同居」に当たるか否かの判断は,その親族が扶養関係にあるか否か,経済的一体性,連帯性があるか否か,その程度はどのくらいかなどの事情をも勘案してなされるべきものである。

(3)  そこで,かかる観点から検討するに,上記認定の事実によれば,A及びBについて,平成8年頃a町bc番地dの控訴人の自宅に居住していたことが認められ,同所を生活の本拠としていたと認められる。また,控訴人についても,①その住民票上の住所がa町bc番地dであったこと,②a町bに自宅を建築し所有していること,③納税等をa町で行ってきたこと,④a町の区民の冠婚葬祭にも協力してきたこと,⑤平成8年頃には,岐阜市jで仕事をし,C,D,E,Fも岐阜市jに居住していたが,集配,配達の関係で深夜a町bの自宅に帰ることが多かったこと,⑥Bの介護に気遣っていたこと,⑦a町bc番地dの控訴人の自宅を控訴人の生活の本拠と考えていたこと,⑧控訴人は,A及びBの生活費の一部を負担していたことが認められる。

これらの事実からすれば,控訴人とAとは客観的にみて同居といいうる実質的な生活事実を有するとみることができ,本件契約(家族傷害保険普通約款第3条第1項第2号)にいう「同居」に当たる事由が存すると認められる。 被控訴人は,「本件契約(家族傷害保険普通約款第3条第1項第2号)にいう「同居」とは,社会通念上同一の住居に居住していることと解すべきである。その判断に際しては,住民票等の書類上の住所等にとらわれることなく,生活の実態として継続的にその住居において起臥寝食しており,社会通念から見て,同一の住居に居住しているといえるか否かを判断すべきである。」とも主張し,たしかに,上記認定の事実からして控訴人はAと継続的に起臥寝食を同じくしたとはいえないものの,前記のとおり,控訴人とAとは客観的にみて同居といいうる実質的な生活事実を有するとみることができ,本件契約(家族傷害保険普通約款第3条第1項第2号)にいう「同居」に当たる事由が存すると認められるから,被控訴人の同主張は採用できない。

被控訴人は,地区の区長を含む多数の近隣者や,控訴人の弟らが,控訴人とAは同居していなかった旨述べている(甲19)から,控訴人とAが同居していた事実はない旨主張する。しかし,「同居」の概念自体,上記のとおり評価的側面を有することは否定できないから,これら陳述聴取書中にある「同居」の文言をもって本件契約における「同居」とみることについては慎重であるべきところ,同聴取書中の控訴人の弟による陳述部分は,同人がAの相続やBの扶養の問題を巡って控訴人と係争中であることから,控訴人に不利な陳述をするおそれがあること,地区の区長を含む近隣者の陳述部分にしても,控訴人が毎日a町bの自宅に帰っていたわけではなく,自宅に泊ったのも深夜であったことなどからして,控訴人のこのような生活実態を正確に把握した上でのものであるか疑問があり,これらの者が,かかる陳述をしたとしてもさほど不合理ではない。したがって,地区の区長を含む多数の近隣者や,控訴人の弟らのこれらの陳述をもって前記認定を左右するものではなく,被控訴人の同主張は採用できない。

(4)  また,上記認定の事実からすれば,Aが本件契約(家族傷害保険普通約款第3条第1項第2号)にいう「本人又は配偶者と生計を共にする親族」であると認めることもできる。

3  以上によれば,控訴人が被控訴人に対して,真実はAが控訴人と同居していないにもかかわらず,これを同居であると偽ったものとは到底認められないから,被控訴人の主位的請求は理由がない。

また,Aは本件契約(家族傷害保険普通約款第3条第1項第2号)にいう「本人又は配偶者と生計を共にする同居の親族」であると認められるから,被控訴人の予備的請求も理由がない。

したがって,被控訴人の請求はいずれもこれを棄却すべきである。

4  結論

よって,上記と異なる原判決を取消し,被控訴人の請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法67条2項,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 内田計一 裁判官 倉田慎也)

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