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名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)963号 判決 2002年3月22日

主文

1  1審原告の控訴を棄却する。

2  1審被告の控訴に基づいて,原判決中,1審被告の敗訴部分を取り消す。

3  1審原告の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  1審原告の控訴について

(1)  1審原告

ア 原判決を次のとおり変更する。

イ 1審被告は,1審原告に対し,1030万4400円及びこれに対する平成10年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ 訴訟費用は,第1,2審を通じて,1審被告の負担とする。

エ 仮執行の宣言

(2)  1審被告

ア 1審原告の控訴を棄却する。

イ 控訴費用は1審原告の負担とする。

2  1審被告の控訴について

(1)  1審被告

ア 原判決中,1審被告の敗訴部分を取り消す。

イ 1審原告の請求を棄却する。

ウ 訴訟費用は,第1,2審を通じて,1審原告の負担とする。

(2)  1審原告

ア 1審被告の控訴を棄却する。

イ 控訴費用は1審被告の負担とする。

第2事実関係

本件は,1審被告が経営する美容外科医院において,1審原告が両眼瞼の二重瞼のライン(幅)を変更して,これにより上眼瞼のたるみを目立たなくする美容整形手術を受けたところ,1審被告は上記目的には不適切な「埋没法」という手技を採用し(1審原告は「切開法」を採用すべきであったと主張している。),しかも,1審原告に対し,埋没法による手術の効果や問題点などを十分に説明しなかったため,同説明があれば1審原告が受けなかったはずの埋没法による手術を受けるに至らせ,その結果,1審原告には両眼瞼の腫れや痛みが続いた上,それまでは二重瞼であった1審原告の眼瞼が三重瞼になった等主張して,1審原告が1審被告に対し,診療契約の債務不履行又は不法行為による損害賠償として,上記医院や他医療機関の各診療費及び慰謝料などの損害合計1030万4400円並びにこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成10年11月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案の控訴審である。

1  争いない事実並びに証拠(甲1,甲3,4,甲6,甲9,10,甲12,乙1の1,2,乙2の1,2,乙3ないし9,乙11,乙15,証人A,1審原告,1審被告)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実

(1)  当事者

1審原告は,昭和26年9月11日生まれの女性であり,後記(3)の美容整形手術を受けた当時44歳であった。

1審被告は,名古屋市中村区において「国際クリニック」という名称で美容外科医院(以下「1審被告医院」という。)を開業している。

(2)  本件手術までの経緯

ア 1審原告は,平成7年11月12日,1審被告医院を訪れ,1審被告と面談した上,目の周囲にたるみがあり,その左右差も気になるから,これをすっきりさせたいなどと相談をした。

これに対して,1審被告は,目の下のたるみを取るためにはメスを使わなければならないから傷が残る,1審原告の二重瞼のライン(幅)を変更する手術を行えば,1審原告はより若くみえるようになる等のアドバイスをした。その際,1審被告は,1審原告に対し,1審被告の著作として,埋没法による重瞼術を推奨する記載のある「魅せる女性の最新美容学」(甲9,乙6,7)という書籍を手渡し,それを参考にして,二重瞼のライン(幅)を変更する手術を受けるか否か決めるよう勧めた。

イ 1審原告は,平成7年12月20日,1審被告に電話して,上記手術を受ける旨申し込み,1審被告との間で診療契約を締結した。

(3)  本件手術の施行

ア 1審原告は,平成8年1月2日,1審被告医院を訪れ,1審被告は,1審原告に対し,「手術申込書」(乙2の1,2)と題する書面に必要事項を記入するよう指示した。同書面の下部には,「注意事項」として下記のとおりの記載がある。

「1 手術の結果には個人差があります。手術後の傷の治り方や腫れのひき方などは,各人各様であります。その間は医師の指示を待って下さい。したがって,仕上がりについては,医師が申し上げているのは大体の予定だと承知しておいて下さい。

2  手術のときには一度で目的を達成しないこともありえます。その時には普通3~6カ月後くらいに再手術を行う場合もあります。

3  主観的な100%の出来映えを求めないでください。わずかな変化のために,非常に難しい手術を受け直したりすることは,利口な事ではありません。

4  手術の結果を絶対保証するということは,どのような手術の場合でもできません。これはすべての病気の場合にも,あてはまることであります。もし絶対保証するという医師がおりましたら,その医師こそ不誠実で危険なのであります。」

1審原告は,同書面の上部に必要事項を記入して,これを1審被告に提出し,同書面下部(上記注意事項が記載された部分)を切り取った上,これを持ち帰ることとした。

イ  その上で,1審被告は,自ら執刀して,1審原告の両眼瞼に2本ずつナイロン糸を埋め込む方法(以下「埋没法」という。)による二重瞼のライン(幅)を変更する手術(以下「本件手術」という。)を行った。

本件手術で採用された埋没法は,眼瞼の表側の皮膚と裏側の瞼板とにナイロン糸による連絡(台形状に近い緩やかなサークル)を設けてこれに眼瞼挙筋の分枝の役割を担わせ,開眼時に眼瞼挙筋の収縮に伴い瞼板が引き上げられることで,このナイロン糸も引っ張られ,このことによって眼瞼表面の皮膚が内側に引かれ,重瞼の線ができるという仕組みになっている。そして,このように眼瞼表面の皮膚が内側に引っ張り込まれることにより,1審原告が生来有していた二重瞼のラインが,眼瞼の皮膚の中に畳み込まれて,生来の二重瞼のライン(幅)が変更されたかのような外見が得られる(ただし,1審原告の生来の二重のラインは完全に消失するのではない。)。

(4) 本件手術の効果を消失させるための埋没糸抜去手術までの経緯

ア  1審原告は,平成8年1月4日,1審被告医院を訪れて,1審被告の診察を受け,両眼瞼に術後腫脹が認められた。

そこで,1審被告は,1審原告に対し,冷やした方が腫れが早く引くので,眼瞼を冷やすよう指示するとともに,あと1週間くらい腫れや痛みを我慢するよう指示した。

イ  1審原告は,平成8年2月20日,1審被告医院を訪れ,1審被告に対し,右眼瞼の腫れと痛みがなかなかひかない,本件手術前の状態に戻して欲しい旨訴えた。

通常,埋没法による手術の後に腫れが大きく出た場合でも,安静冷罨にして局所に貯留したリンパ液,すなわち手術後に眼瞼に溜まった水分が,吸収されて腫れが引くのを待てば(水分を外側から強制的に抜くのは不可能である。),眼瞼の容積の縮小が起こるため,眼瞼の皮膚を内側に引っ張る糸の張力が相対的に弱まり,その結果,糸に眼瞼が引っ張られる違和感や痛みも消失するのであるが,1審原告が腫れと痛みを我慢できない旨訴えたため,1審被告は,本件手術により1審原告の両眼瞼に埋没させたナイロン糸を切断ないし抜去する手術(以下「埋没糸抜去手術」という。)を行うこととした。

ウ  そこで,1審被告は,1審原告の求めに応じて,平成8年2月23日,1審原告に対し埋没糸抜去手術を行ったが,左眼瞼に埋め込まれたナイロン糸は抜去できたものの,右眼瞼のナイロン糸を抜去することはできなかったため,同ナイロン糸は切断して固定力をなくし,これによって同糸を抜去したと同じ効果をもたらして,埋没糸抜去手術を終えた。

(5) 埋没糸抜去手術後

ア  1審原告は,平成8年2月25日,1審被告医院を訪れ,1審被告に対し「左目がコロコロする。」と訴えた。そこで,1審被告は,1審原告の左眼瞼を反転させて診察したが,格別の所見は得られなかった。

そこで,1審被告は,1審原告に対し点眼剤を投与して,その点眼を指示し,以後は徐々に症状が良くなると説明し,何かあったらすぐに連絡するよう指示したが,その後,1審原告からの連絡はなかった。

イ  1審原告は,同月26日,市立四日市病院の眼科を受診し,左角膜びらんとの診断を受けた。

その際,1審原告は,上記病院の眼科医師に対して,左眼が痛いと訴えたのみで,本件手術や埋没糸抜去手術を受けたことは告知しなかった。

ウ  1審原告は,約2年後の平成10年2月10日,美容外科医院「サンワクリニック」を訪れ,同医院のA医師の診察を受けた。

その際,1審原告は,A医師に対し,1審被告医院において本件手術及び埋没糸抜去手術を受けたことなどを説明した上,眼瞼に水がたまっているので,これを抜いて欲しい旨求めた。A医師が診察したところ,1審原告の両眼瞼に軽度の浮腫が認められたものの,眼瞼の開閉に支障を来すほどのものではなかった。

そして,1審原告の右眼瞼には,埋没糸抜去手術で抜去されなかったナイロン糸が残存していたため,A医師は,平成10年3月5日,これを抜去する手術を行った。

(6) 1審原告は,平成10年10月29日,1審被告に対し本件訴訟を提起した。

2 争点

(1) 埋没法は,上眼瞼のたるみを取る目的で幅の広い二重瞼を狭い二重瞼にするためには,不適切な方法であるか。

ア  1審原告

余剰皮膚の多い眼瞼,すなわちたるみのある眼瞼において上記目的を達成するには,切開法を採るしかなく,埋没法は不適切である。したがって,1審被告には,そのことについて説明義務違反があったことによる不法行為のほか,不適切な方法を選択したこと自体による不法行為が成立する。

イ  1審被告

余剰皮膚の多い眼瞼に埋没法は不適切であるとはいっても,それは,個々の患者につき眼瞼の皮膚にどの程度のたるみがあるかの問題であって,本件手術当時の1審原告の眼瞼にみられた程度のたるみであれば,埋没法は十分有効である。埋没法は,眼瞼のたるみを取るため幅の広い二重を幅の狭い二重にする方法として,美容外科の臨床医療において十分実用的なものとして評価されている。

(2) 1審原告が本件手術を受けた後,埋没糸抜去手術を受けるまでに持続した右眼瞼の腫れや痛みは,本件手術の結果であるか。その後も継続した右眼瞼の腫れや痛みは,本件手術又は同手術によって必要となった埋没糸抜去手術の結果であるか(1審原告は,当審において,1審被告が埋没糸抜去手術でナイロン糸を全部抜去しなかったこと自体が債務不履行又は不法行為であるとの主張は撤回している。)。

(3) 平成8年2月26日の時点でみられた1審原告の左角膜びらんは,埋没糸抜去手術又は本件手術の結果であるか。

(4) 1審原告の右眼瞼は,本件手術の結果,三重瞼となったか。

ア  1審原告の主張

1審原告の両眼瞼は,本件手術前までは二重瞼であったが,本件手術を受けた結果,三重瞼になった。

イ  1審被告の反論

1審原告の両眼瞼は,本件手術前から三重瞼であった。本件手術前,1審原告の両眼瞼は,一見すると二重瞼にみえるが,実は三重瞼のラインが2本(はっきりした2本ではないが)付いていたのである。したがって,1審原告は,もともと三重瞼だったのであり,本件手術の結果,三重瞼になったのではない。

ウ  1審原告の再反論

埋没法による二重瞼のライン(幅)の変更手術においては,①同手術を受けても,生来の二重瞼のラインがかすかに残り,眼瞼をよく見ると三重瞼の様相を呈する可能性が高く,②同手術後,復元のため,埋没させた糸を抜去しても,同手術により形成されたラインが残存し,同手術前のラインに戻らない可能性がある。

1審原告は,本件手術後,埋没糸抜去手術を受けたものの,本件手術の効果が残り,そのため,右眼瞼ははっきりした三重瞼になり,左眼瞼もそれほどはっきりしてはいないものの三重瞼になったのである。

(5) 1審被告は,埋没法による手術の効果の限界や手術の危険性,術後の修復可能性について,1審原告に対し説明を尽くしたか。

ア  1審原告

(ア) 1審被告は,本件手術に先立って,1審原告に対し,①埋没法はもともと一重瞼を二重瞼にするための方法であり,二重瞼のライン(幅)を変更する方法としては適切とはいえないこと,②本件手術による両眼瞼の腫れや痛みが長期間継続する可能性があること,③本件手術又は埋没糸抜去手術に際して角膜びらんが発生する可能性があること,④本件手術を受けても,生来の二重のラインは消えず,かすかに生来のラインが残り,よく見ると三重瞼の様相を呈することがあること,⑤本件手術後,同手術により埋没させた糸を抜去しても,形成されたラインが残存し,元のラインに戻らない可能性があることを十分説明しなかったため,1審原告は,上記のような危険があるとは知らず,本件手術の効果及び安全性を信じて同手術を受けるに至った。

(イ) そもそも1審原告が1審被告医院を受診した目的は,目の下のたるみを取ることにあり,1審原告が,1審被告に対し,目の上のたるみを取ることを相談したことはない。また,1審原告は,1審被告から,目の上のたるみを取る手術について説明を受けたことはない。それは本件手術当日も同様であり,1審被告は,本件手術の前,同手術によって形成する新たな二重のラインについて,1審原告の希望を聞くこともなかった。

イ  1審被告

インフォームド・コンセントの法理は,同法理によって達成しようとしている患者の自己決定,合理的意思決定という価値のために存在するものであるが,そのために医師に課せられる説明義務の内容は,あらゆる事態を想定し,あらゆる事柄について事前に説明し,そのすべてについて患者から承諾を得なければならないというものではない。1審原告が説明義務違反として主張する事由は,いずれも,通常,手術後又は復元のための抜糸後に生じることは考えにくい(発現の程度が小さい)ものであったり,眼瞼に対する処置をする以上不可避的に生じるものであるが,その侵襲の程度は軽微なものであり,逐一説明する必要がないものばかりである。

1審原告は,前記のような1審被告の説明に加え,自分自身の考え,1審被告に対する問いかけ,その応答等,その他一切の事情を考慮して,自らの判断として本件手術の実施を1審被告に求めてきたのであり,1審被告は,1審原告のこの判断に関し,強制をしたこともなければ,偽りを説明したこともない。1審被告には,何ら説明義務違反はない。

(6) 1審原告の損害主張  合計1030万4400円

ア  1審被告医院診療費  15万9500円

イ  サンワクリニック診療費  14万4900円

ウ  市立四日市病院診療費  1050円

エ  中部労災病院治療費  3265円

オ  田淵眼科治療費  8820円

カ  柳田はり,灸治療費  2万0000円

キ  真気光クリニック治療費  2万5000円

ク  適正な自己決定権を奪われた慰謝料  300万0000円

ケ  三重瞼の後遺症による慰謝料  300万0000円

コ  手術による腫れや痛みの慰謝料  274万1865円

サ  弁護士費用  100万0000円

シ  医師の意見書料  20万0000円

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

1審原告は,上眼瞼のたるみを取るため幅の広い二重瞼を狭い二重瞼にするには,埋没法は不適切な方法である旨主張し,証拠として甲16,甲23,24,甲27の1,2等を提出するが,乙22,乙26ないし28,乙35,乙37の1,乙39及び1審被告の供述に照らせば,上記目的のために埋没法が不適切な方法であるとまで認めることはできない。

ところで,市田正成医師ほか編集の「美容外科手術プラクティス1」(甲27の2,乙28)には,脂肪組織が多く腫れぼったい眼瞼や余剰皮膚の多い眼瞼には埋没法は適さない旨の記載があるが,これに対し,1審被告は,余剰皮膚の多い眼瞼といっても程度問題であり,本件手術当時の1審原告の眼瞼程度のたるみであれば埋没法を適用できる旨供述しており,証人A医師もたるみの程度により埋没法の適否が異なる旨の証言をしている上,市田正成医師が院長をつとめるいちだクリニックの案内書(乙27)には,腫れぼったい眼瞼やたるみの多い眼瞼には切開法が最も適しているが,まずは埋没法で行う人が圧倒的に多い旨の記載があることに照らせば,上記判断は左右されない。

他に上記判断を左右するに足りる証拠はない(ちなみに,甲16は,1審原告の供述によれば,1審原告が,医師の診察を受ける振りを装いつつ気付かれないように隠し撮りした録音テープを,1審原告が反訳ないし編集したものというのであるが,その供述採取の方法に照らし,甲16の記載内容は証拠としての価値に乏しいというべきである。)。

2  争点(2)について

前記第2の1(4)の事実,乙1の1,2,1審原告及び1審被告の各供述によれば,1審原告が本件手術を受けた後,埋没糸抜去手術を受けるまでの間,両眼瞼の腫れや痛みが持続したこと,これは本件手術と因果関係を有するものであることを認めることができ,これを左右するに足りる証拠はない。

しかし,1審原告が,平成8年2月23日に1審被告医院で埋没糸抜去手術を受けた後,平成10年3月5日にサンワクリニックで残った埋没糸の抜去手術を受けるまで持続したと主張する腫れや痛みのうち,1審被告医院で行われた埋没糸抜去手術の後しばらくの間のものはともかく,同手術から相当期間を経過した後のものについては,本件手術又は埋没糸抜去手術の結果であると認めるに足りる証拠はない。

3  争点(3)について

1審原告の角膜びらん発症と本件手術との間に因果関係があると認めるに足りる証拠はない。

1審原告が,埋没糸抜去手術を受けた日の3日後である平成8年2月26日,市立四日市病院の眼科で左角膜びらんの診断を受けていること,証人A医師は,埋没糸抜去手術を原因とする角膜びらん発症の可能性を肯定する証言をしており,甲13にも同旨の記載があることからすると,1審原告の上記角膜びらんと埋没糸抜去手術との間に因果関係があることも考えられないではない。

しかし,1審原告は,同月25日,1審被告医院を訪れて,左目の異常を訴え,1審被告の診察を受けたものの,その際は特に異常は認められなかったこと(前記第2の1(5)),1審原告は,市立四日市病院で上記診断を受けた際,同病院の医師に対して,本件手術及び埋没糸抜去手術を受けたことを話していない上(前記第2の1(5)),上記病院の眼科外来診療録(甲10)には,平成8年2月26日の診察時,1審原告が自己はコンタクトレンズを入れていたと述べた旨の記載があることに照らせば,角膜びらんの発症には多様な原因が考えられるのであって,日時が近接していることのみから上記因果関係の存在を推認することはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4  争点(4)について

(1)  1審原告は,自己の両眼瞼は,本件手術前は二重瞼であったが,本件手術により三重瞼になったと主張して,同旨の供述をし,甲8,甲17の1ないし3,甲29を提出する。

そして,本件手術後に撮影された甲8の③④の各写真,甲12,証人A医師の証言,弁論の全趣旨によれば,平成10年2月ころ以降,1審原告の右眼瞼の二重のラインの間にもう1本のラインがあり,三重瞼といい得る状態になっていることが認められる。

しかし,本件手術前に撮影された甲8の①の写真及び甲17の1ないし3の各写真はいずれも,同手術後に撮影された甲8の③④の各写真に比して,1審原告の顔面より離れた位置から撮影されていると考えられる上,1審被告が,本件手術前の診察における観察から,1審原告の両眼瞼には三重瞼のラインが2本(はっきりした2本ではないが)付いていた旨供述していることに照らせば,甲29を始め1審原告提出の上記証拠によっては,1審原告が本件手術前は三重瞼でなく,本件手術によって三重瞼になったとまでは認めることができず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(2)  ところで,1審被告は,埋没法により二重瞼又は三重瞼のライン(幅)を変える場合,上のラインを見えなくすることはできるが,下のラインを完全に見えなくすることはできず,埋没法により新たに形成した二重瞼を子細に観察すると,二重のラインの間にもう1本のラインがかすかに見える旨供述している。しかし,1審原告は,埋没糸抜去手術を受けているので,本件手術による影響は消滅しているはずである。

もっとも,証人A医師は,埋没法により二重瞼のラインを変える手術をした後,同手術によって埋没させたナイロン糸を抜去しても,同手術によって形成したラインが残る場合もある旨証言しているが,一方,埋没させた糸を切断ないし抜去すれば,通常,手術の効果は消失する旨証言しており,甲13にも同旨の記載がある。そして,1審原告が埋没糸抜去手術を受けてから甲8の③④の各写真が撮影されるまで少なくとも約2年が経過しており,その間における加齢その他の事情の影響も考えられるところ,証人A医師は,40歳代半ばころから三重瞼になる人が増える旨,1審原告の三重瞼の上下のラインのいずれが生来の二重のラインであるのかわからない旨証言していることに照らせば,甲8の③④の各写真にみられる1審原告の三重瞼が,埋没糸抜去手術が行われたにもかかわらず,本件手術の効果が残った結果であるとまで認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

5  争点(5)について

(1)ア  前記1のとおり,埋没法が上眼瞼のたるみを取るために不適切な方法であるとは認められず,また,前記3,4のとおり,1審原告の訴える角膜びらん及び三重瞼が本件手術や埋没糸抜去手術と因果関係を有するとは認められないから,1審原告が本件手術(又は埋没糸抜去手術)について上記各点に関する説明を尽くしたか否か,説明義務違反があったか否かについて判断するまでもなく,1審被告が埋没法を採用したこと,1審原告に角膜びらんが発症したこと及び三重瞼になったことの各点については,説明義務違反による債務不履行又は不法行為が成立することはない。

イ  また,前記2のとおり,1審原告が本件手術を受けてから埋没糸抜去手術を受けるまでの間に持続した両眼瞼の腫れや痛みについては,本件手術との相当因果関係が認められるところ,この点について,1審原告は1審被告の説明が十分でなかった旨主張し,同旨の供述や供述記載もあるが,1審原告の供述によっても,1審被告は1審原告に対し腫れや痛みは1週間程度続くと説明しており,証人A医師も腫れは1週間程度続くと説明するのが一般的であり,自己は手術による痛みは1日程度続くと説明している旨証言している上,現実の腫れや痛みが1審被告の上記説明を超えるものであったとしても,前記第2の1(3)アのとおり,腫れが持続する期間等が個々人によって異なることは,手術申込書(乙2の1,2)の注意事項に記載され,本件手術前,1審原告はこれを読んでいたのであるから,1審被告の予想を超える腫れや痛みがあったとしても,そのことのみから,1審被告の説明が不十分であったとはいえない(1審原告が埋没糸抜去手術を受けた後,通常であれば腫れや痛みが消失するに必要な相当期間内に持続した腫れや痛みについても,同様である。)。

(2)ア  ところで,1審原告は,1審被告に対し目の上のたるみを取ることを相談したことはない旨,また,1審被告から目の上のたるみを取る手術について説明を受けたことはない旨主張し,同旨の1審原告供述及び供述記載がある。

しかし,1審原告が1審被告に提出した「美容外科診療申込書」(乙11)の「希望の診療」欄には,「目の上又は下のたるみとり」のほか,「二重まぶた」のところに丸が打ってあること,1審被告が作成したカルテ(乙1の1)のうち1審被告が1審原告に対して本件手術に関する説明するために作成した部分(イラストを含む。1審被告)にも,目の上のたるみ取りの方法についての記載があること,1審被告は,平成7年11月12日,1審原告に対し,20分ないし30分かけて,目の下のたるみ取り,目の上のたるみ取り,切開法及び埋没法について説明した旨供述しており,さらに1審原告に対し,埋没法を推奨する記載のある「魅せる女性の最新美容学」を手渡していること(前記第2の1(2)),1審原告は,本件手術後1か月半以上経過した平成8年2月20日までは,1審被告に対し本件手術について不満を述べた形跡がないことに照らせば,1審原告の上記の供述及び供述記載はたやすく措信できない。そして,控訴人の上記主張については,他にこれを認めるに足りる証拠はないから,採用することができない。

イ  また,1審被告は,本件手術の前,同手術によって形成する新たな二重のラインについて,1審原告の希望を聞くこともなかった旨主張する。

しかし,1審被告は,本件手術に先立って,1審原告に対し二重の予定ラインを示し,1審原告の好む位置にマーキングをした旨,1審被告は,本件手術の場合に限らず,埋没法による二重瞼の手術を行う際は同様に行っている旨供述していること,新たな二重のラインを形成する手術において,医師が予定ラインを決めずに手術を始めるとは考え難く,予定ラインを決める際,患者の希望を聞くことを妨げる事情もみあたらないことに照らせば,上記主張を採用することはできない。

6  以上のとおりであるから,1審原告の請求は理由がないので棄却すべきであるから,1審原告の控訴は理由がないのでこれを棄却し,1審被告の控訴に基づいて,原判決中1審被告の敗訴部分を取り消して,1審原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 佐久間邦夫 裁判官 加藤美枝子)

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