名古屋高等裁判所 平成12年(行コ)38号 判決 2002年3月26日
主文
1 1審被告Aを除く1審被告らの本件控訴に基づき,原判決主文第一,二項を次のとおり変更する。
(1) 1審被告Aを除く1審被告らは,名古屋市に対して,連帯して,1億円及びこれに対する平成9年2月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 1審被告鹿島建設株式会社,同株式会社奥村組,同株式会社加賀田組,同株式会社石田組及び同日産建設株式会社は,名古屋市に対して,連帯して,前項に加えて,8億円及びこれに対する平成9年2月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 1審原告らの1審被告Aを除く1審被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
2 1審原告らの本件控訴を棄却する。
3 1審原告らの本件控訴により1審被告A及び参加人並びに1審原告らに生じた控訴費用及び参加費用はすべて1審原告らの負担とし,その余の訴訟費用は,第1,2審を通じて,1審被告Aを除く1審被告らに生じたもののすべて及び1審原告らに生じたものの3分の2を同1審被告らの負担とし,その余を1審原告らの負担とする。
4 原判決別紙当事者目録の1審被告株式会社加賀田組の代表者の表示「B」を「C」と,参加人名古屋市長Dの肩書の「被告A訴訟参加人」を「被告E及び同A訴訟参加人」とそれぞれ更正する。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 1審被告Aを除く1審被告ら
(1) 原判決中,上記1審被告ら敗訴部分を取り消す。
(2) 1審原告らの上記1審被告らに対する請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも1審原告らの負担とする。
2 1審被告A
(1) 1審原告らの1審被告Aに対する本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は1審原告らの負担とする。
3 1審原告ら
(1) 原判決中,1審原告ら敗訴部分を取り消す。
(2) 1審被告Aは,名古屋市に対し,1億円及びこれに対する平成7年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 1審被告Aを除く1審被告らの本件控訴をいずれも棄却する。
(4) 1審被告Aを除く1審被告らと1審原告らとの間に生じた控訴費用は同1審被告らの負担とし,1審被告Aと1審原告らとの間に生じた訴訟費用は第1,2審とも同1審被告の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,名古屋市の住民である1審原告らが,注文者名古屋市と請負人鹿島建設特別共同企業体[鹿島建設JV(ジョイントベンチャー)]との間における名古屋市ごみ焼却場「新南陽工場」新築工事(本件工事)につき,その請負契約(本件契約)の締結及び請負代金の支払が違法で,本件契約は無効であり,名古屋市は,1審被告鹿島建設,同奥村組,同加賀田組及び同石田組(以下「1審被告鹿島建設ら4社」という。)に対しては,不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還並びにこれらに対する遅延損害金(不法行為後又は催告日である訴状送達日の翌日以降年5分の割合)の各請求権があるとし,その余の1審被告らに対しては不法行為に基づく損害賠償及びこれに対する遅延損害金(上記に同じ)の各請求権があるとし,1審被告A(当時の名古屋市長)に対しては(地方自治)法242条の2第1項4号前段の「当該職員」として,その余の1審被告らに対しては同号後段の「相手方」として,いずれも名古屋市に代位して,鹿島建設JVを構成する1審被告鹿島建設ら4社及びその下請負人である同日産建設に対しては各自9億円と遅延損害金を,1審被告E,同F及び同Aに対してはその一部の各1億円と遅延損害金を,不等額連帯で名古屋市に対して支払うよう求めた住民訴訟である。
1審原告らが主張する1審被告鹿島建設ら4社との関係での本件契約締結及び代金支払の違法及び無効事由は,本件契約の指名競争入札に関し,①予定価格に9億円の上乗せをした違法及び②入札に関して談合をした違法があり,このように違法な指名競争入札に基づいて締結された本件契約は,法234条等に反すること,公序良俗に反すること,錯誤があること,また,代表権の濫用があることなどから無効であるとするものであり,本件契約の直接の相手方ではない1審被告日産建設,同A,同F(当時市議会議員)及び同E(当時市建築局次長)について1審原告らが主張する違法行為は,本件工事(第2期工事)に先立って施工された第1期工事(既設建物取り壊し,敷地掘削等)の請負人日産建設JVが,下請人東海土木より,ソイルセメントの汚泥から水銀が検出されたとして休業補償等を要求された問題を解決するため,東海土木への補償金等9億円を捻出する方法として,200億円を超える大規模工事である本件工事の下請負人に1審被告日産建設を加え,その下請代金に9億円を上乗せ等させることを企て,これを了解した1審被告鹿島建設を幹事会社とする鹿島建設JVに本件工事を落札させるべく,相通じて予定価格の上乗せ及び落札価格を指示するなどして談合を行わせたというものである。
原判決は,1審被告日産建設及び参加人の主張にかかる本案前の抗弁(監査請求不経由)を排斥し,本案については,予定価格の上乗せは認められないが,本件契約の入札は指名競争入札とはいえないような極めて違法性の高い談合であって,本件契約は違法かつ無効であるとし,損害額及び損失額を民訴法248条に則って裁定し,1審原告らの1審被告Aを除く1審被告らに対する請求を全部認容したが,1審被告A(当時名古屋市長)についてはその責任を否定して同人に対する請求を棄却したので,1審被告Aを除く1審被告ら及び1審原告らがそれぞれの敗訴部分につきこれを不服として控訴したものである。
1審原告らは,当審において,1審被告日産建設に対しては不当利得に基づく返還請求をしないことを明確にしたので,同1審被告に対する請求は不法行為に基づくものだけであり,また,1審原告らは,1審被告E,同F及び同Aについて利得があることを主張していないので,同1審被告らに対する請求原因も不法行為だけであって,不当利得に基づく選択的請求は,本件契約の相手方である鹿島建設JV所属の1審被告鹿島建設ら4社に対してのみ向けられているものと解される(仮に,上記1審被告らに対して不当利得に基づく請求をしていると解されるとしても,利得の主張がない以上主張自体失当である。)。
2 争いのない事実等並びに争点及び争点に対する当事者の主張は,次のとおり改め,当審での主張を3項のとおり加えるほかは,原判決「事実及び理由」の第二の二及び三(4頁3行目から29頁1行目まで)のとおりであるからこれを引用する〔ただし,項目が重複し,上記1と内容の重複する「二 請求の概要」部分(9頁1行目から11頁1行目まで)を除く。〕。
原判決14頁8行目,17頁2行目及び18頁5行目の各「談合」を「談合及びこれにかかわる違法行為」と,15頁11行目の冒頭から同行の「極めて大きい。」までを「いたのであり,1審被告F及び同日産建設はこれを知りながら同Eと上記行為を相謀ったものであるから,上記談合及び1審被告らの上記行為の違法性は極めて大きい。」と,18頁1行目の「被告Aの代表権限濫用」を「代決権者G建築局長の権限濫用」と,23頁4行目から5行目にかけて及び6行目の「損害」をいずれも「損失」と,27頁4行目の「知ったにもかかわらず」を「知り,本件契約が無効であることを容易に判断できたにもかかわらず」と,5行目の「支払い続けた責任がある。」を「支払い続けた点に過失がある。」と,28頁5行目から6行目にかけての「本件契約は直ちに無効と解すべきではなく」を「本件契約を直ちに無効と解することは困難であり」と,10行目の「支払命令」を「支出命令」とそれぞれ改める。
3 当審における当事者及び参加人の主張
(1) 1審被告日産建設及び同Eの談合関与について
ア 1審被告日産建設の主張
1審被告日産建設が本件契約締結に関して行ったことは,同Fを通じて同Eに働きかけ,同日産建設を本件工事の下請人に加え,下請工事代金に水銀問題の補償金等の9億円を上乗せするよう,本命と決まっていた1審被告鹿島建設に働きかけることを依頼したものであって,同1審被告が本件工事を落札する点に関しては,鹿島建設JVからの予定価格打診(いわゆる「ボーリング」ないし「勉強」)に対して通常のように対応してくれるよう依頼しただけであり,指名業者間の談合(落札業者を定め,入札価額を調整すること)には全く関与していないし,1審被告日産建設の関与がなくても談合は成立した。また,競争入札における予定価格を非公開とすることについては明確な法令上の根拠がないうえ,予定価格の公開・非公開と談合との間には直接的な関係がない。そして,1審被告日産建設のなんらかの談合関与を認めるとしても,水銀問題に関する東海土木への補償金等は,同1審被告が負担すべきものではなく,ごみ処理を計画通り実現することに迫られていた名古屋市が負担すべきものであって,同1審被告は名古屋市において負担する必要のない金員を支出させたのではない。したがって,1審被告日産建設の談合関与と名古屋市に発生した損害とは因果関係がない。
仮に,1審被告日産建設が談合に関与したことによって,落札価格に影響を与えたとしても,これにより想定落札価格と現実の落札価格との差額が生じたわけではなく,上記による影響は,1審被告Eが同鹿島建設に教えた210億円と,同Eが教えなかった場合の通常の「ボーリング(勉強)」によって同鹿島建設が入札した場合の価格(1審原告ら主張では予定価格の98~99%)との差額(210億円-213億円×0.98=1億2600万円)の範囲に留まる。
イ 1審被告Eの主張
1審被告Eは入札価格を指示しただけで,指名業者間の談合には関与していない。指名業者選定までには落札予定者が鹿島建設JVと決まっていたのであるから,同1審被告が入札価格を指示しなくとも,何回か入札を繰返すことによって予定価格を下回る直近の入札価額で鹿島建設JVが落札し得たものであり,同1審被告による入札価格指示と鹿島建設JVの落札との間には因果関係がない。
また,入札価格指示は水銀問題の解決という名古屋市の利益のため,鹿島建設JVに損失を負担させたものであるから,1審被告Eの入札価格指示には違法性がない。
ウ 1審原告らの反論
第1期工事において本件工事現場の汚泥から基準値を超える水銀が検出されたとする点については裏付けがなく,東海土木に対して名古屋市は補償すべき立場になかった。水銀問題が新聞に報道されたのは平成6年1月のことであり,再調査の結果,汚泥搬入先の多治見市の了解が得られて本件工事に支障はなかった。
1審被告日産建設のI,1審被告F及び同Eは,談合破りが出ないよう1回の入札で鹿島建設JVが落札できるように打ち合わせをして入札を実行したこと,1審被告日産建設が下請代金への上乗せを受けた9億円から東海土木へ約4億円を流したその架空経理処理の方法などに鑑みると,上記1審被告らが関与したいわゆる官製談合によって鹿島建設JVが落札するに至り,これにより名古屋市に9億円の損害を生ぜしめたことが明らかである。
(2) 鹿島建設JVの談合関与について
ア 1審被告鹿島建設ら4社の主張
第1期工事を請負った日産建設JVは,その工事代金が37億5000万円でしかなかったのに,東海土木から水銀問題の補償として9億円ないし10億円の要求を受けて苦慮した。そこで,1審被告日産建設のI,1審被告F及び同Eらは共謀のうえ,1審被告Aの容認の下に,200億円を超える本件工事代金から9億円を捻出しようとした。しかし,1審被告鹿島建設は,上記共謀を知らされないまま,同Eから本件工事の落札を依頼されてこれを承諾した。同Eは,大林組や竹中工務店といった主力ゼネコンを除外し,1審被告鹿島建設の外は本件工事の受注能力がない業者を指名業者とし,同1審被告には210億円で落札するよう指示して入札を指揮実行したので,同1審被告は他の指名業者との入札額の調整もなく,赤字が発生することを覚悟して同金額により落札したものである。
建設業における独禁法ガイドラインによると,情報提供活動,経営指導活動は,受注予定者又は入札価格を決定しない限り,独禁法に違反しないとされているから,1審被告鹿島建設が一部の入札参加者に対し入札価格の情報を提供したとしても,これは業者間の自由な情報交換の範囲であって談合ではない。
名古屋市の所有地である本件工事現場から検出された水銀問題は,名古屋市が解決すべき問題であって,建設業者が責任を負うべき問題ではないから,上記9億円捻出の共謀は,名古屋市が負担すべき損害を鹿島建設JVへ転嫁したものである。そして,1審被告Eの上記行為は,前任のH建築局長及び後任のG建築局長の了解の下に,1審被告A(市長)の容認した方針を具体化したものであった。
したがって,本件契約における入札は名古屋市が主導し,1審被告鹿島建設ら4社は道具として使われたものというべきであるから,同1審被告ら4社は談合に関与したものではなく,名古屋市に対して何ら違法行為をしていない。名古屋市に損害が発生したとしても,それは名古屋市が自らの行為によって招いたものであり,同1審被告ら4社に損害賠償を請求できるものではない。
イ 1審原告らの反論
1審被告鹿島建設は,予定外の200億円を超える大規模工事の落札の機会を得て積極的に本件工事を落札しようとしたものであり,名古屋市の主導に従っていただけではない。共同不法行為は順次共謀によっても成立するから,1審被告日産建設のI,1審被告F及び同Eらの共謀内容を知らなくても,同1審被告らの一部と共謀があれば共同不法行為が成立する。そして,1審被告鹿島建設は,同Eとの間で落札価格を決定し,他の指名業者との間で談合を組織したのであるから,共同不法行為が成立することが明らかである。
(3) 過失相殺について
ア 1審被告鹿島建設ら4社及び同日産建設の主張
仮に,1審被告鹿島建設ら4社及び同日産建設に不法行為責任があるとしても,(2)アで主張したとおり,本件契約における談合は,名古屋市職員の主導によるもので,同市自身が実行行為者ともいえ,官製談合の域を超えて,名古屋市の意思のみで決定した随意契約と同じであって,市長と1審被告Eら建築局幹部の責任は重大であり,過失相殺をすべきである。1審被告鹿島建設ら4社及び同日産建設の過失割合は1割を超えない。
1審被告Aにおいては,水銀問題処理及び大林組の談合疑惑が市議会で取り上げられていたのに,建築局長等から報告を求めて,調査を指示するなど適切な対応をすべきなのにこれを行わず,1審被告Eを長期間建築局営繕部に配置し続け,同人による不明朗な指名競争入札制度の運営を放置したという点で,その過失が大きいことも考慮すべきである。
イ 1審原告らの反論
1審被告鹿島建設ら4社及び同日産建設の過失相殺の抗弁は,原審で主張することが可能であったのに控訴審に至って初めて主張されたものであるから,時期に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきである。
また,1審被告A及び同Eらと同鹿島建設ら4社及び同日産建設等の業者とは,共同不法行為者であって,それぞれの過失等はその間の責任分担割合と求償の問題であり,過失相殺の問題ではない。
(4) 本件契約の効力について
ア 1審被告A及び参加人の主張
本件契約の仮契約締結につき代決権限を有したG建築局長は,衛生局次長から昇進したばかりであり,建築局における契約締結手続は次長の1審被告Eに任せ切りであったから,談合の事実を認識していなかった。
名古屋市が談合の事実を認識していたかどうかは,権限のある代理人の知不知によるべきであるから(民法101条1項,最判昭和47年11月21日,同昭和30年5月13日),本件契約締結の代決権限を有したG建築局長において談合を認識していなかった以上,代決権限のない1審被告Eが談合を知っていたとしても,名古屋市が談合を認識していたことにはならない。
したがって,本件契約締結が談合によって違法であるとしても,この違法事由は業者側に存したものであり,契約の相手方である名古屋市はこれにつき善意であったから,本件契約を無効とすべきではない。
また,1審原告らが主張するように,契約を無効とした場合の鹿島建設JVによる新南陽工場の引渡拒絶や原状回復請求が権利濫用にあたるというのであれば,本件契約を無効としなければならない必要性がなく,損害賠償請求権のみ認めればよい。
イ 1審原告らの反論
本件工事における談合はいわゆる官製談合であり,指名競争入札の実質を有せず,発注者側にも著しい違法行為があったものであるから,民法101条が適用される場面ではない。鹿島建設JVによる原状回復請求は権利濫用として排斥することが可能であるから,本件契約を無効とすることに支障はない。
(5) 1審被告Aの過失について
ア 1審原告らの主張
名古屋市においては,入札参加者の指名を審議する指名審査会の委員がすべて建築局等の市職員で占められ,1審被告Eら建築局幹部の意のままに運営されていた。そして,名古屋市は,昭和60年以来,指名競争入札実務の中心的部署である建築局営繕部に1審被告Eを配置し続けた結果,同1審被告と業者との癒着及び権限濫用をもたらしたものであるから,1審被告Aには,不適切な人事配置を放置して入札制度を形骸化させた点の指導監督責任がある。
イ 1審被告A及び参加人の反論
指名審査会は法令によって義務づけられた委員会ではないうえ,部外から委員を迎えると非能率的であり,それにより不正防止機能が高まるわけでもないし,市長がこのような委員会の人選まで監督をすることは不可能である。また,1審被告Eの人事については,その業務の専門性の故に他に適任者を得難く,同1審被告に前科など不都合な事情もなかったため,不正に気が付かなかったものであって,1審被告Aに過失はない。
(6) 損害について
ア 1審被告日産建設,同F及び同Eの主張
鹿島建設JVから1審被告日産建設への支払に上乗せされた9億円は,鹿島建設JVの利益を削って捻出したものであり,名古屋市に損害を及ぼしたものではなく,民訴法248条適用の前提たる損害の発生の立証がされていない。談合に目を奪われて発生したことの立証のない損害の賠償を命じることは懲罰的賠償であって不当である。
自由競争によって得られる想定落札価格は,談合がないというだけで形成されるものではなく,指名競争入札に伴う諸問題が除去されていることが必要であるところ,本件工事の指名競争入札では,1審被告鹿島建設以外に落札意思のある業者はいなかったのであるから,自由競争による想定落札価格が形成される余地がなかった。落札意思のない業者が入札に加わっていた点に問題があるとしても,これは,実際の指名業者の選定においては予め入札意思を確かめないまま指名をしており,指名を受けてこれを辞退すると次からは指名されないという制度運用上の問題によるものである。
名古屋市建築局の特建事務所が積算した見積額213億5000万円は,単価を変動させない等の制約があるものの,これによる制約は高低いずれの側にも起こり得ることだから,同見積りが適正なものというべきである。大林組の見積りは,J(以下「J」という。)の刑事事件調書に添付された簡単な資料に基づくだけであって,その費目毎の見積額等の詳細は不明であること,200億円で上がれば最良という大林組内部での意見にも具体的な裏付けがなく,Jの刑事事件でのこの供述は1審被告鹿島建設に本件工事を取られた悔しさから出た偏見であること,原審におけるJの証言によれば,平成5年5月7日の見積額209億3380万6000円は,利益及び一般管理費を含まないネットの工事原価であるといえること,大林組は前施工業者(旧南陽工場を施工した業者)であって,他の業者が有しない特別の工事施工上の情報を有しており,見積りにおいて有利であったことなどに照らすと,Jの刑事事件の供述調書に依拠して適正な見積額を判定するのは相当でない。また,1審被告鹿島建設の見積りと名古屋市のそれとは,直接工事費,共通仮設費,現場管理費,一般管理費の各費目の内容が共通ではないから,その各費目毎に最小値だけを合算して最低見積額とするのも不当である。
イ 1審被告鹿島建設ら4社の主張
1審被告鹿島建設が作成した元見積書(乙ロ7,見積額238億円)は9億円の上乗せをするなど粗いものではなく,正当に見積もって作成したものである。工事原価の見積りは,同一条件と同一期間で行えば,どの業者が見積もっても同じ金額になるのであり,大林組の当初見積りも約236億円(甲46の14頁及び15頁)であって,1審被告鹿島建設の元見積り238億円と近似している。大林組の2度目の見積額約209億円は利益等を除外したネット(工事原価)の見積りである。
鹿島建設JVは,この見積りから大幅に低い額で入札し,更に1審被告日産建設へ9億円を支払わされたもので,同鹿島建設ら4社は利得がない。本件で利得したのは名古屋市,1審被告日産建設及び東海土木である。
ウ 1審原告らの主張
当該工事と特定の業者との間の個別的な事情により,標準的経費を切りつめることができることは1審被告日産建設及び同鹿島建設の自認するところであり,競争入札が適正に行われれば,標準的経費によって積算された予定価格より相当下回る額で入札されることが期待できるのであるから,談合によって予定価格に近い金額で落札されたときは,損害が発生したものと推定すべきである。
(7) 損益相殺について
ア 1審被告日産建設の主張
1審被告日産建設は,鹿島建設JVからの下請代金に上乗せして得た9億円のうち計3億9996万1165円を,大洋基礎工業,松岡興産を経由して東海土木へ,補償金として,次のとおり支払った。
平成5年 2月26日 1億3996万1165円
平成5年10月20日 1億4000万円
平成6年 4月 5日 1億2000万円
この支払は,名古屋市の委託を受けて,同市が負担すべき費用を支払ったものであり,名古屋市はその負担を免れるという利益を得ているから,損益相殺されるべきである。
仮に,同市が東海土木に対して補償金を支払う義務を負っていなかったとしても,同市は,予定した工期までに新南陽工場を完成させることに迫られていたため,水銀問題を公表して東海土木と争うことができない事情があったので,緊急の選択として,1審被告日産建設に対し,その補填を約した上で,東海土木への補償金を支払わせたのであるから,損益相殺が認められるべきである。
イ 1審原告らの反論
1審被告日産建設の損益相殺の主張は,原審で提出可能であったのに控訴審に至って初めて主張したもので,時期に遅れた攻撃防御方法として却下されるべきである。
上記(1)ウで主張したとおり,名古屋市には東海土木に対し水銀問題で補償すべき責任があったとはいえないから,1審被告日産建設の損益相殺の主張は根拠がない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,原審と同様,1審被告らの本案前の主張(監査請求不経由)は理由がなく,1審被告Aを除く1審被告らの不法行為の成立を認めることができ,名古屋市の損害額は民訴法248条に基づき9億円とするのが相当であり,1審被告の一部から当審で主張された過失相殺と損益相殺の抗弁はいずれも失当であるから,1審原告らの1審被告Aを除く1審被告らに対する不法行為に基づく損害賠償の代位請求は理由があるが,遅延損害金の始期は請負代金の最終支払日からであり,1審被告Aの不法行為を認めることができず,同人に対する代位請求は理由がないと判断する。
その理由は,次のとおり当審での主張に対する判断を加えるほかは,原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」のうち次に引用する部分のとおりである。
2 原判決の引用部分
(1) 判断の前提とした事実経過については,次のとおり改めるほかは,原判決29頁4行目から76頁6行目までのとおりであるからこれを引用する。
原判決55頁2行目の「建築部次長」を「建築局次長」と,4行目の「K議員から」を「議会において追求が厳しいことで有名なK議員から」と改める。
(2) 監査請求前置(争点1)について
当裁判所も,1審原告らの請求については監査請求前置の要件を満たしているものと判断する。その理由は,原判決76頁8行目から77頁3行目までのとおりであるからこれを引用する。
(3) 予定価格への9億円の上乗せ(争点2)について
当裁判所も1審原告らの主張の9億円を上乗せして予定価格が決定されたとの事実を認めるに至らないと判断する。その理由は,原判決77頁6行目から102頁7行目までのとおりであるからこれを引用する。
(4) 談合及びこれにかかわる違法行為の有無(争点3の一部)について
当裁判所も,1審被告鹿島建設ら4社については本件工事についての入札において談合し,1審被告Aを除くその余の1審被告らについては,1審被告日産建設に9億円を取得させるため,同1審被告を下請負としてその代金額に9億円を上乗せして支払うことを相謀り,上記談合をさせるなどした違法行為が認められると判断する。その理由は,次のとおり改めるほかは原判決102頁9行目から108頁8行目までのとおりであるからこれを引用する。
原判決104頁6行目の「予定価格」から7行目までを「予定価格が213億5000万円であることを報告させた上,同予定価格を踏まえて,1審被告鹿島建設に対し210億円で入札するよう指示してこれを承諾させ,予定価格を漏洩したのに等しい指示(以下単に「予定価格の漏洩」ということもある。)をし,」と,8行目の「各社」から9行目までを「各社が入札すべき上記210億円を超える金額を各社担当者と協議をしながら個々に指示し,各社からは,これに対する異議もなかった。」と,105頁2行目の「被告A」から3行目の「談合行為がなされ」までを,「1審被告日産建設,同F及び同Eは,談合により1審被告鹿島建設に本件工事を落札させ,1審被告日産建設に下請負させて上記9億円を下請負代金として支払わせることを相謀り,1審被告Eにおいて同鹿島建設に対して予定価格の漏洩にも等しい入札価格指示をし,1審被告鹿島建設ら4社による談合がなされ」と,106頁3行目,5行目及び7行目の各「談合行為」を「談合及びこれにかかわる違法行為」と,107頁2行目から3行目にかけての「予定価格を漏洩して入札金額を指示するなど」を「予定価格の漏洩に等しい入札金額の指示をするなど」とそれぞれ改める。
(5) 損害の存否(争点4)について
当裁判所も,1審被告Aを除く1審被告らの不法行為により名古屋市の被った損害は9億円を下らないと判断するものであるが,その理由は,次のとおり改めるほかは原判決115頁6行目から137頁6行目までのとおりであるからこれを引用する。
原判決117頁11行目の「落札できる金額として、」の次に「上記予定価格を踏まえて,」を加え,118頁9行目及び119頁4行目の各「予定価格の漏洩」を「予定価格の漏洩に等しい入札金額の指示」と改め,3行目の「本件談合行為」の次に「に向けての具体的行為は」を加え,11行目の「談合による」から120頁5行目までを「同主張どおりであるとしても,これは恣意的な指名業者の選定とこれに続く談合による結果とみるほかなく,談合による損害は,談合のない状態での入札を前提に判断すべきであり,上記主張は採用できない。」と,123頁4行目の「物価変動等を考慮して」を「物価変動等を考慮したとして」と,11行目の「知っていたものと思われる」を「知っていたものと認められる〔原判決「事実及び理由」第三の一5(二)(54頁),甲83〕」と,126頁8行目の「九億円が含まれていると思われる」を「9億円が含まれている疑いがある」と,127頁4行目の「これによれば」から5行目までを「同供述は,上記238億円の見積りには9億円を考慮していなかったとも考えられる。」と,128頁5行目の「不自然であり」から6行目までを「不自然といえる面もある。」と,7行目から8行目にかけての「措信できず」を「重きを置くことはできず」と,8行目から9行目にかけての「含まれているのである。」を「含まれていた考えるのが自然である。」と,11行目の「大林組の見積りが」を「大林組の見積り1が」と,129頁2行目の「一四七億一七〇〇万円弱」を「大林組の見積り2が147億1700万円弱」と,10行目の「見積り」から11行目までを「見積りは高めである。」と,130頁4行目の「共通仮設費が」から5行目までを「共通仮設費はこのように3倍以上,13億円もの差が生じている。」とそれぞれ改め,131頁6行目の「全般的に」から同行の「右見積りによれば、」を削り,134頁3行目の「支払った」から4行目までを「支払ったとの主張は採用することができない。」と改め,10行目から135頁8行目までを削り,136頁1行目の「予定価格の二〇パーセント」を「予定価格を20パーセント下回る価格」と,2行目の「実態がある」を「実態調査結果がある」と,137頁5行目から6行目の「九億円を下回ることはないものと認められる。」を「9億円近くになった可能性が否定できない。以上に基づき,当裁判所は,相当な損害額を9億円と認定する。」とそれぞれ改める。
(6) 1審被告らの責任(争点5等)について
当裁判所も,1審被告Aを除く1審被告らについては共同不法行為責任があるが,1審被告Aについては不法行為責任は肯定できないと判断するものである。その理由は,次のとおり改めるほかは原判決137頁8行目から142頁10行目までのとおりであるからこれを引用する。
原判決137頁8行目の「違法な談合行為」を「談合及びこれにかかわる違法行為」と改め,138頁2行目から3行目までを削り,139頁5行目から6行目にかけての「H建築局長から説明を受けたが」を「H建築局長らから,1度目は業者間で解決させる予定である等の説明を受け」と,8行目の「あるから、談合に加担したものとは認められない。」を「あるというものであって,談合の事実を知っていたとも,これに加担したとも認めるに至らない。」とそれぞれ改め,140頁5行目冒頭から6行目の「ことになるが、」までを削り,141頁1行目の「権原」を「権限」と,142頁9行目から10行目にかけての「故意過失がなく、」を「1審原告らの主張にかかる故意過失を認めることはできず,」とそれぞれ改める。
3 当審主張に対する判断
当事者が当審において主張する点についての当裁判所の判断中,前項で判示した点に加えるものは,次のとおりである。
(1) 1審被告日産建設及び同Eの談合関与について
1審被告日産建設は,同Eに対し,鹿島建設JVからの予定価格打診(ボーリングないし勉強)に通常どおり対応してくれるよう依頼しただけで,指名業者間の談合には全く関与していないと主張するが,既に判示のとおり,同日産建設は,同Fを通じて同Eに働きかけ,本命業者の談合による落札を前提として,同日産建設を本件工事の下請負人に加え,下請負工事代金に水銀問題の補償金等の9億円を上乗せさせるように,本命と決まっていた同鹿島建設に働きかけることを依頼したものであり(同事実は同日産建設の認めるところである。),その結果,同Eらの入札価格の指示等により同鹿島建設らによる本件談合に至ったものであって,同日産建設の上記行為は,同Eらとの共謀による本件談合への関与に他ならず,違法行為というべきである。また,1審被告日産建設は,その関与がなくとも談合が成立した等と主張するが,既に認定のとおり本件談合の成立に同1審被告の行為が原因となっていることは明らかであり,一般的な談合の成否を論ずる上記主張は採用の限りでない。
また,1審被告日産建設は,自社の談合関与によって与えた落札価格への影響につき,同Eが同鹿島建設に教えた入札価格210億円と,同Eが教えなかった場合の同鹿島建設が入札した場合の価格との差額(210億円-213億円×0.98=1億2600万円)が限度であると主張するが,既に判示のとおり,同日産建設の本件談合への関与は,単に予定価格教示に止まらず,談合を前提として,上記条件を受け入れる本命の業者に確実に落札させることを求め,その結果同鹿島建設が本命業者となるに至り,同1審被告らによる談合が行われたものというべきであり,同日産建設の関与がなかったことを前提に同鹿島建設の入札価格を論ずることは相当でなく,同日産建設の上記主張は採用できない。
1審被告Eは,予定価格を漏洩しただけで,指名業者間の談合には関与しておらず,指名業者選定までに落札予定者が鹿島建設JVと決まっていたと主張するが,既に判示の事実関係によると,そもそも落札予定者が鹿島建設JVとなるような指名業者の選定に関与したのは同1審被告であって,同1審被告の談合関与が主導的であったといわねばならず,同1審被告の主張は採用できない。
さらに,上記1審被告らは,水銀問題に関する東海土木への補償金等は名古屋市が負担すべきものであるとの前提のもとに,名古屋市において負担する必要のない金員を支出させたものではないと主張するが,既に判示の事実関係によれば,水銀問題に関する東海土木への補償金等支払債務が名古屋市に発生したということはできないし,これを肯定するに足りる事実の主張立証はないものであって,同1審被告らのこの点に関する主張も理由がない。
(2) 鹿島建設JVの談合関与について
1審被告鹿島建設ら4社は,同日産建設のI,同F及び同Eらの共謀内容を知らされないまま,同Eから本件工事の落札を依頼されてこれを承諾したもので,同鹿島建設は他の指名業者との入札額の調整もせず,赤字覚悟で落札したものであること,入札参加者に対し入札価格の情報を提供した点は業者間の自由な情報交換の範囲であって談合ではないこと等を主張する。
しかし,既に判示の事実関係によれば,1審被告鹿島建設は,予定外の大規模工事を受注するため,同Eらから提示された特別な条件(同日産建設を下請負に使い,下請負代金に9億円の上乗せをすること)を受け入れ,その結果,同Eらによって競争状態が排除されて確実に自社が落札できる状況に至ったことを踏まえて,同Eから指示された210億円という入札金額をもとに,他の指名業者に対し入札すべき金額を指示したものであって,これは同鹿島建設ら4社が指摘する「建設業における独禁法ガイドライン」において禁止される「受注予定者又は入札価格を決定」する行為に該当するといわねばならないし,上記落札金額による工事が赤字と認めることのできないことも既に判示のとおりである。
また,1審被告鹿島建設ら4社は,名古屋市が解決すべき水銀問題のために,道具として使われたものであって,同鹿島建設ら4社は談合に関与していないと主張するが,名古屋市が水銀問題に関して支払債務を負担すべき事実関係の主張立証がないことも上記のとおりであり,既に判示の事実関係によれば,同鹿島建設ら4社が単なる道具ということはできない。
上記1審被告らの主張は採用できない。
(3) 過失相殺について
1審原告らは,1審被告鹿島建設ら4社及び同日産建設が当審において主張した過失相殺の抗弁は,時期に遅れたものであるから却下すべきであると主張するが,本件訴訟経過に鑑み,同主張により訴訟の完結を遅延させたということはできず,上記1審原告らの主張は採用できない。
1審被告鹿島建設ら4社及び同日産建設は,本件契約が官製談合の域を超え,実質的に随意契約と同じであり,名古屋市自身が実行行為者であって,市長と建築局幹部の責任は重大であること,また,水銀問題処理及び大林組の談合疑惑が市議会で取り上げられていたのに,1審被告Aが適切な措置を講ぜず,不明朗な指名競争入札制度の運営を放置したという点でも,同Aの過失が大きいこと等を理由として,過失相殺すべきであると主張する。しかし,1審被告E及びG建築局長が名古屋市の幹部職員であったとはいえ,1審被告Eらは,同日産建設及び同鹿島建設らと順次共謀して,談合を企図遂行し,故意に名古屋市の利益に反する行為に及んだものであるから,損害の公平な分担という観点から見るとき,同Eらの故意による違法行為を知りながらこれと相謀って名古屋市に損害を与えた同鹿島建設ら4社及び同日産建設らとの関係で,共謀行為者の故意による違法行為をとらえて,被害者である名古屋市の責めを問うことは相当ではない。また,1審被告Eは,昭和32年に採用されて以来建築局一筋で勤務し,昭和60年に営繕課長,平成元年に営繕部長,平成5年に建築局次長となり,平成6年3月に退職するまでその職にあったもので(甲27),外部業者との接触の多い建築局の同一部門に長期間勤務させたことについては行政のあり方の相当性に問題がないとはいえず,また,疑惑の指摘された後も具体的措置の講じられなかったことについては1審被告鹿島建設らの主張を肯定できる面もないではないが,同Eが刑事問題を起こした等も窺われず,談合も明確となっていなかったことや,過失相殺を肯定した場合には利得が加害者側に保持される可能性のあること等を考慮すると,上記1審被告らの故意行為との比較において,上記の点をとらえて過失相殺の対象とすることは相当ではない。
したがって,上記1審被告らの過失相殺の主張は採用できない。
(4) 1審被告A(A元市長)の過失について
1審原告らは,当審において,1審被告Aの過失として,同Eに対する不適切な人事配置を放置して入札制度を形骸化させた点の指導監督責任を追加して主張するが,同Aによる財務会計職員の人事配置や財務会計制度の運用改善の責務は,上記のとおり一般的な行政事務上の問題であるに留まり,その責務の懈怠があったとしても,同Aが建築局の入札における談合につき,これを予見でき,あるいは予見していたと認めるに足りないことは原判示のとおりであるから,これをもって本件の財務会計行為に関する過失と認めることはできない。
(5) 損害について
1審被告日産建設,同F及び同Eらは,民訴法248条適用の前提たる名古屋市の損害の発生の立証がないとしてるる主張するが,損害の発生の事実自体は認めることができ,その額の立証が損害の性質上困難であるにすぎないことは,既に判示のとおりである。上記1審被告らは,原判決において,1審被告鹿島建設の見積りと名古屋市のそれとは,各費目の内容が共通でなく,各費目の最小値を合算して見積額を算出することは不当であると主張するが,各費目の比較検討すること自体意味のないことではなく,その結果による合算額を他の要素と勘案して損害発生の判断の資料とすることが不当であるということはできない。
また,1審被告日産建設らは,同鹿島建設以外に落札意思のある業者はいなかったから自由競争原理が働かなかった等と主張するが,恣意的な指名業者の選定と本件談合の結果によって自由競争原理が働かなくなったことは明らかであって,上記主張は採用の限りでない。
また,1審被告日産建設ら及び同鹿島建設ら4社は,大林組の見積りについて資料となり得ない等としてるる主張するが,これが一つの資料足りうることは既に判示のとおりである。
(6) 損益相殺について
1審原告らは,1審被告日産建設の損益相殺の主張が時期に遅れたもので却下すべきであると主張するが,本件訴訟経過に鑑み,同主張により訴訟の完結を遅延させたということはできず,1審原告らの上記主張は採用できない。
1審被告日産建設は,水銀問題の解決のために東海土木へ支払った補償金計3億9996万1165円について,損益相殺を主張するが,名古屋市において東海土木に対して水銀問題についての補償金支払債務を負うべき事実関係の主張立証がないことは既に判示のとおりであるし,水銀問題の公開を防止しなければ本件工事が予定の工期までに完成しなかったと認めることもできないから,上記主張は採用できない。
(7) その他の主張について
ア 遅延損害金の始期
1審被告日産建設は,遅延損害金の起算日は請負代金の最終支払日である平成9年2月4日とすべきであると主張する。
不法行為は損害の発生をもって完成し,これと同時に不法行為債務は弁済期が到来するものである。本件において,1審原告らも,本件契約の適正代金額を超えて支払われたとする9億円を損害額と主張しているものであって,代金額216億1341万7000円から9億円を除いた額207億1341万7000円についてはこれを損害としているものではないし,その主張があるとしてもこれを認めることのできる証拠はない。してみれば,207億1341万7000円の支払の範囲では不法行為が完成したということはできず,1審被告日産建設の主張するとおり,平成9年2月4日の最終代金15億6272万7000円の支払をもって,不法行為が完成したといえる。
してみれば,遅延損害金はこの時点から発生することとなる。
なお,1審原告らは,不法行為に基づく損害賠償請求と選択的に主張されている不当利得返還請求についても遅延損害金を請求するものであるが,不当利得返還請求が肯定できるとしても,請負契約としての本件契約の無効を前提とする原状回復義務である代金返還と目的物の返還(または,目的物に独立の価値がないとしての労務の価格の返還)とは同時履行の関係となると解されるから,目的物の返還等がなされていない本件においては,代金返還債務につき遅延損害金は発生していないものである。
また,1審原告らの不当利得の附帯請求が民法704条の悪意の受益者の利息の返還の請求を含むものと善解できるとしても,1審原告らの不当利得による利得と損失についての主張は,いずれも9億円とするものと理解できるから,最終代金の支払より前においては利得も損失も発生していないと考えられる。
イ 主文の給付額
1審被告日産建設及び同Eは,原判決は1審被告ら全員で9億円と1億円の合計10億円の損害賠償を支払うよう命じた違法があると主張するが,(不真正)連帯債務の債務者数名が共同被告とされたとしても,本来,債務者各自に対する請求が併合されているにすぎず,その請求を認容する場合は,各自に対してその債務額の給付を命ずれば足りるものであって,連帯関係を主文に掲げるのは,執行や弁済の便宜を考慮してのことにすぎない。原判決は,1審被告ら各自に対して,理由中で認定された債務額を超えて主文において給付を命じているものではなく,1審被告らの上記主張は失当である。なお,原判決は,理由と合わせれば,1審被告ら全員に1億円の連帯支払を命じ,これに加えて1審被告鹿島建設ほか4社と同日産建設とに8億円の連帯支払を命じているものであることが明らかである。
4 以上のとおりであるから,1審原告らの1審被告らに対する本件不法行為に基づく損害賠償請求は,1審被告Aに対するものは理由がなく,その余の1審被告らに対するものは理由があるが,遅延損害金請求については上記第3の3(7)アに判示の限度で理由がある。
なお,1審原告らの,不法行為に基づく損害賠償請求と選択的に申し立てられている不当利得に基づく返還請求については,主たる請求部分については不法行為に基づく請求が全て認容されているので判断の必要はなく,附帯請求については,既に判示のとおり,理由がない。
第4結論
よって,1審被告Aを除くその余の1審被告らの控訴に基づき,上記にしたがって,原判決主文第一,二項を変更し,1審原告らの本件控訴を棄却することとし,訴訟費用の負担割合を定めたうえ,主文のとおり判決する。
なお,原判決の当事者の表示に明白な誤りがあるので更正する。
(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 小林克美 裁判官 戸田久)