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名古屋高等裁判所 平成12年(行コ)60号 判決 2002年4月25日

主文

1  本件附帯控訴に基づき,原判決中被控訴人の敗訴部分を取り消す。

2  同取消しに係る控訴人らの請求部分及び本件控訴をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第1,2審とも控訴人らの負担とする。

事実及び理由

(略号は,原判決に準じる。)

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  被控訴人が控訴人らに対し平成11年6月25日付けでした原判決別紙文書目録記載一及び二の各1の公文書に係る非公開決定処分のうち,児童・生徒の氏名,住所及び生年月日の記載部分を除き,これらを取り消す。

(3)  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

(4)  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,控訴人らが,被控訴人に対し,岐阜県情報公開条例(平成11年岐阜県条例第30号による改正前のもの。本件条例)に基づき,平成11年6月16日,一定期間の公立小中高等学校の児童・生徒に係る事故報告書(本件公文書一)及び公立養護学校の児童・生徒に係る事故報告書(本件公文書二)の各公開を請求したところ,被控訴人が本件公文書一及び二(本件各公文書)は本件条例6条1項1号本文(個人に関する情報であって,特定の個人が識別され得るもの)に該当するとして,非公開決定処分をしたので(本件公文書一,二に対応して,本件請求一,二,本件処分一,二,それぞれの各一,二を併せて本件各請求,本件各処分),控訴人らが本件各処分の取消しを求めて本件訴えを提起したところ,原審が,本件各公文書のうち,(一)非行・事故の名称欄,(二)発生日時欄,(三)発生場所欄(学校名を除く。)及び(四)管理面欄(学校管理下又は学校管理外の区分。各事故報告書では,(四)は児童・生徒の所属,氏名,性別,生年月日等であり,管理面は(五)である。この括弧内の記述は当裁判所の註釈である。)を公開しないとした部分に限って本件各処分を取り消し,控訴人らのその余の請求(上記括弧内の(四)児童・生徒の所属,氏名,性別,生年月日等,(六)非行・事故の概要の欄及び(七)事後措置等の欄の公開請求部分)を棄却して,本件各公文書のうちの上記4つの欄に限った部分公開を是認したので,控訴人らがこれを不服として控訴し,被控訴人も不服があるとして附帯控訴した事案である。

なお,控訴人らは,当審において,本件各処分のうち,本件各公文書中の児童・生徒の氏名,住所及び生年月日を非公開とした部分の取消請求を取り下げ(請求の減縮),原審において控訴人らから選定されて選定当事者となっていたAにつき選定を取り消して各自が訴訟当事者の地位に復帰したものである。

2  争いのない事実等,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり改めるほかは,原判決4頁8行目から17頁3行目までのとおりであるからこれを引用する。

引用範囲中の「原告選定当事者及び原告選定者ら」,「原告選定当事者」及び「原告選定者ら」をすべて「控訴人ら」と改め,7頁10行目の「及び前条第一項ただし書」を削り,10頁5行目,9行目,13頁6行目,14頁11行目の各「本件条例六条一項一号」の次に「本文」を加える。

3  当事者双方の当審における主張

(1)  争点1(本件各公文書は本件条例6条1項1号本文に該当する情報が記載されている文書に当たるか。)に関して

(控訴人ら)

本件各公文書に記載された内容は,犯罪行為あるいは民事上の不法行為に関する情報であるから,児童・生徒のプライバシー(私的生活領域に属する事柄)ではなく,社会的な事実であって,本件条例6条1項1号所定の「個人に関する情報」ではない。非行や問題行動を起こした児童・生徒についての氏名などの個人識別情報は,同項5号所定の「公開することにより,人の生命,身体,財産等の保護(中略)に支障が生ずるおそれのある情報」に該当するものとして,公開しないことができるのであるから,本件各公文書記載の情報が「個人に関する情報」に該当しないと解することに不都合はない。

(被控訴人)

本件条例6条1項1号は個人のプライバシーだけを対象としているものではなく,それよりも広い個人の情報を対象としている。また本件各公文書には犯罪又は民事上の不法行為のような事件性の強い情報だけが記載されているのではなく,児童・生徒の死亡事故や集団的疾病の発生なども記載されるのであって,本件各公文書は,医療カルテ,補導記録あるいは犯罪記録などと類似した性格をもつ個人情報の集合体というべきであり,本件条例6条1項1号本文に該当する情報の記録であることが明らかである。

(2)  争点2(部分公開の可否)について

(被控訴人)

行政機関の保有する情報の公開に関する法律(いわゆる情報公開法)6条2項のような規定をもたない本件条例8条は,実施機関に対し,独立した一体的な情報を更に細分化して部分公開すべきことまでをも義務づけるものではない(最高裁平成13年3月27日第三小法廷判決・民集55巻2号530頁参照)。本件各公文書はその全体で独立した一体的情報であり,(一)非行・事故の名称欄,(二)発生日時欄,(三)発生場所欄(学校名を除く。)及び(四)管理面欄は,それらだけでは独立性のない情報であるから,部分公開の対象にならない。また本件各公文書中の(六)非行・事故の概要の欄には非行・事故の内容が時系列で記載され,(七)事後措置等の欄には学校の対応を含め,関係諸機関との連携や協力等の内容が記載されており,この欄の情報から個人識別情報を除いても,容易に取得できるその他の情報と組合わせることにより,特定の個人を識別することが可能であるから,上記(六),(七)欄も部分公開の対象となるものではない。

(控訴人ら)

被控訴人が指摘する最高裁判決は,知事の交際費の使途先等の個人識別情報に関する判例であるところ,先に主張したように,本件各公文書は個人情報ではないというべきだから,本件は同判例の射程外である。仮に,本件各公文書が個人情報に当たるとしても,情報開示の最低単位としての「独立した一体的情報」という考え方は,情報公開法の立法過程でも検討されたことのない新たな概念であり,「独立した一体的情報」の単位を明確に画することが困難である。その単位を広く捉えると情報公開制度の趣旨・目的(本件条例1条)に反することになるから,情報として公開することに有意性(この有意性は多様なものである。)が認め得る最小の単位,あるいは,開示することが適当でない最小の単位として捉えるべきである。

本件各公文書中,(六)非行・事故の概要の欄及び(七)事後措置等の欄についても,特定の個人が識別される得る情報を除外して公開することは可能である。

なお,原審が公開を命じた(一)非行・事故の名称欄,(二)発生日時欄,(三)発生場所欄(学校名を除く。)及び(四)管理面欄は,通常の統計情報で得られる情報であって,これらの情報だけを分離して公開するだけでは意味がなく,控訴人らが公開を請求した趣旨が損なわれる(本件条例8条)。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,争点1については,本件各公文書に記載されている情報が本件条例6条1項1号本文(個人に関する情報であって,特定の個人が識別され得るもの)に該当すると判断し,争点2については,控訴人らの本件公開請求の趣旨が損なわれない範囲で部分公開を認めることはできないと判断する。結局,被控訴人が行った本件各公文書の非公開処分(本件各処分)の取消しを求める控訴人らの本件各請求は理由がないことに帰する。その理由は次のとおりである。

2  争点1(本件条例6条1項1号本文該当性の有無)についての判断は,次のとおり改めるほかは,原判決17頁5行目から30頁10行目までのとおりであるからこれを引用する。

(1)  引用範囲中の「原告選定当事者」及び「原告選定者ら」をすべて「控訴人ら」と改め,原判決17頁5行目,22頁3行目の各「本件条例六条一項一号」の次に「本文」を加え,19頁10行目及び28頁8行目の「被告」をいずれも「岐阜県知事」と,21頁4行目と29頁1行目の「岐阜市」をいずれも「岐阜市教育委員会教育長」と,21頁9行目の「五六通」を「60通余り」とそれぞれ改める。

(2)  原判決24頁6行目の「推測され、」から25頁2行目の「解されるのであり、」までを「推測されるから,」と,26頁5行目の「いうまでもないが、」から9行目の「まず、」までを「いうまでもないところ,」と,27頁5行目の「部分を非公開とするべきことは明らかであるが、」を「部分はもとよりのこと,」と,11行目の「全体を非公開とするのが相当である。」を「全体が『特定の個人を識別することができるもの』に該当すると解するのが相当である。」と,28頁1行目から2行目にかけての「非公開とする」を「特定の個人を識別することができるものに該当すると解する」とそれぞれ改める。

(3)  原判決30頁2行目の「本件各請求が、」の次に「教育の現状を知ることが目的であり,」を,9行目末尾に次をそれぞれ加える。

「公開請求をする者の公開を求める目的や真摯さの如何によって,当該個人情報が本件条例6条1項1号本文に該当するかどうかについての判断が左右されるものではない。」

3  争点1に関する控訴人らの当審での主張について

控訴人らは,本件各公文書に記載の内容は,犯罪事実や民事上の不法行為に関する情報であるから,児童・生徒のプライバシー(私的生活領域に属する事柄)ではなく,社会的な事実であって,本件条例6条1項1号の「個人に関する情報」ではないと主張する。しかし,本件条例6条1項1号が,個人のプライバシーだけを「個人に関する情報」として公開から除外しているものではないことは既に判示したとおりであり(原判示),社会的関心の対象となる犯罪や不法行為に関する情報であることと,個人に関する情報であることとは両立しないものではない。

また,控訴人らは,個人の犯罪や不法行為に関する情報は,本件条例6条1項5号に該当する情報として,公開対象から除くことができると主張するが,同号は,犯罪の予防あるいは犯罪捜査その他公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報を公開対象から除外する規定であり,そのような情報は児童・生徒の非行や問題行動の一部でしかなく,同項によって非行や問題行動を起こした児童・生徒の個人情報を過不足なく公開対象から除外することは困難であって,控訴人らの主張に理由がないことは明らかである。

4  争点2(部分公開の可否)について

(1)  既に判示(原判示)のように,本件各公文書中の(一)非行・事故の名称欄,(二)発生日時欄,(三)発生場所欄(学校名を除く。)及び(四)管理面欄に記載の情報については,これらのみによって特定の個人が識別されうることはないと考えられる。しかし,控訴人らの主張するとおり,それらの情報は通常の統計情報等によって得られるものであって,これらの情報だけを分離して開示することは,控訴人らが公開を請求した趣旨が損なわれる(本件条例8条)こととなると解されるから,上記の情報だけの部分公開をする義務は生じないと解される。

(2)  控訴人らは,本件各公文書中,(六)非行・事故の概要の欄及び(七)事後措置等の欄について,特定の個人が識別され得る情報を除外して公開することも可能であるとするところ,前示のとおり,これらの欄には非行・事故の内容が時系列で記載され,学校の対応を含め,関係諸機関との連携や協力等の内容が記載されているから,児童・生徒はもとより,被害者,教師等の関係者の氏名,住所等の情報を分離しても,マスコミ情報や当該学校の生徒やその地域住民に伝わっている情報などと組合わせることにより,特定の個人が識別され得るというべきことは上記(原判示)のとおりであるから,これらの情報自体から明白な特定の個人を識別され得る情報を分離すれば,上記各欄の情報が本件条例6条1項1号本文に該当しなくなるものということはできない。

(3)  岐阜県知事において児童養護施設及び児童自立支援施設についての事故報告書につき,岐阜市教育委員会教育長において公立学校についての事故報告書につき,それぞれ上記(六)非行・事故の概要の欄及び(七)事後措置等の欄に対応する部分についても,児童・生徒の氏名等特定の個人が識別され得るとした情報を黒く塗り潰して部分公開したことは上記(原判示)のとおりであるが,部分公開するか否かは後記のとおり当該各実施機関の裁量によることができるものであって,上記についてもその責任と裁量において個々の事案ごとに判断した結果であると見ることができ,責任主体と事案が異なる被控訴人において本件各公文書につき上記と同様に取り扱うべきとする根拠にはできない。

(4)  仮に,本件各公文書について,その一部を分離することにより,本件条例6条1項1号本文に該当しなくなることがあるとしても,次の理由により,同部分を分離して,公開を命ずることはできないものと解する。

本件条例8条は,その文理に照らすと,一個の公文書に複数の情報が記録されている場合において,それらの情報のうちに非公開事由に該当するものがあるときは,当該部分を除いたその余の部分についてのみ,これを公開することを実施機関(被控訴人)に義務づけているにすぎない。すなわち,同条は,非公開事由に該当する独立した一体的な情報を更に細分化し,その一部を非公開とし,その余の部分には,非公開事由に該当する情報は記録されていないものとみなしてこれを公開することまでを実施機関(被控訴人)に義務づけているものと解することはできない。したがって,実施機関(被控訴人)においてこれを細分化することなく一体として非公開決定をしたときに,住民等は,実施機関(被控訴人)に対し,同条を根拠として,公開することに問題のある箇所のみを除外してその余の部分を公開するよう請求する権利はないものと解される(以上につき,上記最高裁平成13年3月27日判決参照)。

本件各公文書は,既に判示のように,児童・生徒に係る,一個又は一連の非行又は事故等について学校長から県教育委員会教育長宛に作成された報告書であって,①非行・事故の名称,②発生日時,③発生場所,④児童・生徒の所属,氏名,性別,生年月日等,⑤管理面(学校管理下か否か),⑥非行・事故の概要(非行・事故の内容が時系列で記載),⑦事後措置等(学校の対応を含む関係諸機関との連携や協力等)が記載されるものである(既に判示の事実,甲10~28,弁論の全趣旨)。してみれば,本件各公文書は,各通ごとに,一個又は一連の非行・事故に関する報告として一体的な情報を成すものとみることができるが,その中には,複数の日時にわたる児童・生徒の問題行動,非行,事故等の記載や,これらに対する複数の日時にわたる学校等の対応,指導,関係機関との連携や協力等の記載がなされており,それぞれについて独立した一体的な情報とみる余地もある。しかし,このように考えた場合であっても,その独立した情報は特定の児童・生徒に関するものであり,それぞれその児童・生徒の氏名等の個人識別部分と一体となる情報といわざるをえないから,これを更に細分化して,特定の個人の識別部分等を非公開とし,その余を公開しなければならないものということはできない。

なお,実施機関(被控訴人)において,これを細分化して,特定の個人の識別部分等を非公開とし,その余を公開することまでも,本件条例が禁じていると解することはできず,そのような取り扱いをするか否かは,実施機関(被控訴人)の裁量によるものと解される。また,以上は,本件条例(平成11年の改正前のもの)についての判断であり,現在の岐阜県情報公開条例(平成12年岐阜県条例第56号)においては,本件条例8条に相当する部分公開についての7条において,その2項で,特定の個人を識別することができる情報の記録された公文書であっても,同識別することができる記述等を除くことにより,公開しても個人の権利利益が害されるおそれがないと認められるときは,当該部分を除き公開できる趣旨を規定しており,本件条例と規定の内容自体が異なることを付言する。

5  以上のとおりであるから,控訴人らの本件請求は,その余について判断するまでもなく,理由がないので棄却すべきである。

第4結論

よって,控訴人らの請求を一部認容した部分につき原判決は失当であるから,被控訴人の附帯控訴に基づいて,原判決中の被控訴人敗訴部分を取り消し,この取消しに係る控訴人らの請求部分及び控訴人らの本件控訴をいずれも棄却することとし,第1,2審を通じて訴訟費用の負担を定め,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 小林克美 裁判官 戸田久)

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