大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成13年(う)164号 判決 2001年9月17日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役1年に処する。

この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官田中良提出(同足立敏彦作成名義)の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人浦部和子作成の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

1  控訴趣意の要旨

論旨は要するに、原判決は、平成13年2月1日付け起訴状記載の「被告人は、窃取したキャッシュカードを用いて金員を窃取しようと企て、第1 平成12年8月16日午後4時56分ころ、名古屋市a区b町大字c字de番地所在のA銀行B支店C出張所において、同所に設置された現金自動預払機に窃取にかかるA銀行発行のD名義のキャッシュカードを挿入して同機を作動させ、同出張所所長E管理にかかる現金を窃取しようとしたが、同カードが無効カードとして同機に取り込まれたため、その目的を遂げなかった 第2 前同日午後5時18分ころ、同市f区gh番i号所在のF郵便局キャッシュコーナーにおいて、同所に設置されている郵便貯金自動預払機に窃取にかかる郵便局発行のG名義の郵便貯金キャッシュカードを挿入して同機を作動させ、同局局長H管理にかかる現金を窃取しようとしたが、同カードが無効カードとして同機に取り込まれたため、その目的を遂げなかったものである。」との公訴事実に対し、被告人が同公訴事実第1及び第2記載の日時、場所において、盗んだキャッシュカードを使用して銀行や郵便局から現金を窃取しようとして、各キャッシュカードを現金自動預払機又は郵便貯金自動預払機(以下、両者共通のときは「預払機」という。)に各々挿入したという外形的な事実を認定しながら、これらの行為をもって窃盗の実行の着手があったとはいい得ない、として公訴事実第1及び第2につき被告人は無罪との判決を言い渡したが、公訴事実第1に関して上記現金自動預払機の仕組み等を誤認しているだけでなく、各公訴事実に関して法令の解釈適用を誤ったものであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というものである。

2  当裁判所の判断

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、関係証拠によれば、次の各事実が認められる。すなわち、

(1) 被告人は、原判示犯行(平成13年2月22日付け起訴状記載の公訴事実と同旨のもの)によって窃取したG(旧姓D)所有にかかるA銀行発行のD名義のキャッシュカードを用いて(窃取した健康保険証に記載された同人の生年月日から同カードの暗証番号の見当をつけた上)現金自動預払機から現金を窃取しようと考え、平成12年8月16日午後4時56分ころ、前記公訴事実第1記載のA銀行B支店C出張所に赴いた。同所には、現金自動預払機が3台設置されており、左右には遮へい装置が設けられ、利用者が一人で機械と対面して操作できるようになっている。

(2) 被告人は、残高があれば引き続いて払い戻そうと考え、現金自動預払機の画面にある残高照会の表示部分を押し、同機械を作動させた上、画面の指示に従って上記キャッシュカードを挿入口に挿入した。

(3) ところが、既にGからA銀行に対し盗難届が出されており、挿入したキャッシュカードが機械の中に取り込まれたままの状態となったため、被告人は、その場から逃走した。

(4) 被告人が使用した現金自動預払機は、同出張所に設置されていた(1)の3台のうちの3号機で、常時現金を保管しており、初期画面上には「お引出し」、「お預入れ」、「残高照会」等の各表示があり、「残高照会」の表示に指で触れると、「キャッシュカードを入れてください」という表示に変わり、キャッシュカードをカード挿入口に入れると、「暗証番号を押してください」という表示に変わり、指で4桁の数字を入力すると、暗証番号に合致すると否とにかかわらず、A銀行本店のホストコンピュータに接続し、盗難等が届けられている場合には、ホストコンピュータが事故カードを認識し、(3)のように直ちに現金自動預払機が当該キャッシュカードを機械の中に取り込む仕組みとなっていて、暗証番号が合致すれば、画面に預金残高の金額とともに、「お引出し」、「お振込み」及び「確認」の文字が表われ、残高照会のみで操作を終了する場合は、「確認」の表示を指で触れるとカード挿入口からキャッシュカードが排出されて初期画面に戻り、他方、引き続いて払戻し又は振込みをする場合には、画面の「お引出し」又は「お振込み」の表示を押し、再度暗証番号を押した上、それぞれの操作を続けて払戻し又は振込みができるようになっている。

(5) その後、被告人は、前記のとおり窃取した郵便局発行のG名義のキャッシュカードを用いて郵便貯金自動預払機から現金を窃取しようと考え、同日午後5時18分ころ、前記公訴事実第2記載のF郵便局キャッシュコーナーに赴いた。同所には左右に遮へい装置が設けられ、郵便貯金自動預払機が1台設置され、客が一人で機械に対面して操作できるようになっている。

(6) 被告人は、残高があれば引き続いて払い戻そうと考え、郵便貯金自動預払機の画面にある残高照会のボタンを押し、同機械を作動させた上、画面の指示に従って上記キャッシュカードを挿入口に挿入した。

(7) ところが、既にGから郵便局に対し盗難届が出されており、挿入したキャッシュカードが機械の中に取り込まれたままの状態となったため、被告人はその場から逃走した。

(8) 本件郵便貯金自動預払機には、常時現金が保管されており、前記A銀行の現金自動預払機と同様に残高照会や払戻し等の機能が装備されているが、同銀行の現金自動預払機とは異なり、残高照会のためにキャッシュカードを挿入した際、そのままの状態で引き続いて払戻しの機能を作動させることはできない仕組みになっている。しかし、盗難等が届けられている場合、コンピュータが事故カードを認識し、(7)のように直ちに郵便貯金自動預払機が当該カードを機械の中に取り込むのは、同銀行の現金自動預払機と同様である。そして、残高照会の手続を終了すると、一旦、キャッシュカードは挿入口から排出され、更に払戻しを行うためには、利用者において、払戻しのボタンを押して、再度、本件郵便貯金自動預払機を作動させた上、キャッシュカードを挿入口に挿入して、所定の手順を取る仕組みになっている。

(9) 本件預払機は、いずれも無人で機械が客と対応し、いわば堅固な金庫のような機能を果たし、その金庫の鍵に相当するのが、キャッシュカードと暗証番号の2つであり、キャッシュカードが正当なものであって、暗証番号が登録されている番号に合致すれば自動的に預金残高を回答し、あるいは保管している現金を払い戻すことになっているから、キャッシュカードを所持し暗証番号を把握していれば、自由に払戻し等ができ、客が一人で機械に対面して操作できるシステムとなっているため、残高照会行為に引き続いて払戻し行為をするに当たり、現金自動預払機ではそのまま払戻し行為に移行し、郵便貯金自動預払機では、一旦カードを入れ直す必要がある点で操作上の違いがあるものの、いずれにおいても障害となるものは物理的にも人為的にも何ら存在しない。

以上(1)ないし(9)の各事実が認められる。上記(4)の事実によれば、「公訴事実第1の現金自動預払機は、残高照会のためにキャッシュカードを挿入した際、そのままの状態で、引き続いて、払戻しの機能を作動させることはできない仕組みになっていて、残高照会の手続が終了すると、一旦、キャッシュカードは挿入口から排出され、その後、払戻しを行うためには、利用者において、払戻しの表示部分を押して、再度、同機を作動させた上、キャッシュカードを挿入口に挿入して、暗証番号の入力等の手順を取る仕組みとなっている」旨の原判決の認定(原判示(一部無罪の理由)第2の1の(5))には事実の誤認があるといわざるを得ないが、所論にかんがみ、更に進んで、上記の事実関係に基づき、本件における被告人の各キャッシュカード挿入行為により各窃盗について実行の着手があったといえるかどうかについて検討する。

窃盗罪において実行の着手があったといえるためには、原判決の指摘するとおり、財物に対する事実上の支配を侵すにつき密接な行為を開始したことが必要と解されるところ、その判断は、具体的には当該財物の性質・形状、占有の形態、窃取行為の態様・状況、犯行の日時場所等諸般の状況を勘案して社会通念により占有侵害の現実的危険が発生したと評価されるかどうかにより決すべきものであり、これを本件についてみれば、キャッシュカードを現金自動預払機ないし郵便貯金自動預払機に挿入した時点で、犯罪構成要件の実現に至る具体的ないし現実的な危険を含む行為を開始したと評価するのが相当であって(たまたま盗難が届けられていたために各キャッシュカードが機械の中に取り込まれた事実(前示(3)(7))は、この判断に何ら影響を及ぼすものではない。)、かかる預払機に使用方法として、先ずキャッシュカードを挿入し、残高照会をした後に入力画面から払戻しに移行する場合と残高照会後に再度カードを入れ直して払戻しをする場合と直接払戻しの操作に及ぶ場合とで占有侵害の具体的危険性に実質的な差異があるとは考えられない。そうすると、公訴事実第1及び第2について被告人の各所為は、窃盗の実行の着手と認められるものであって、窃盗未遂罪の成立は否定できないところである。この点に関し原判決は、キャッシュカードによる残高照会と払戻しという一連の行為を財物の存在を確認する行為とこの財物を窃取する行為の2段階に分け、前者のみでは窃盗の実行の着手とはいえないとしているが、払戻しとこれに先立つ残高照会とは、残高を確認して現金を盗もうとする窃盗犯人はもとよりのこと、一般の顧客においても密接に関連したものとして捉え、そのように利用しているのであり、この間の操作に障害となるものがないことなどに照らしても、確認行為と窃取行為の分離を強調する原判決の見解は採用できないところである。また、原判決は、財物の保管状況が堅固な場合における財物の存否等確認の行為は窃盗の準備行為にとどまるとし、他の態様による窃取の場合と対比して検討しても、被告人の本件各行為は窃盗の実行の着手とはいえない旨説示しているが、被告人がキャッシュカードを挿入口に入れている以上、その行為は、いわば金庫の鍵穴に鍵を挿入した場合と同一視すべきものであって、原判決のように、スリの犯行における「当たり行為」の場合やいわゆる車上狙いの犯行において自動車の外側から車内の財物の存否等を確認する場合と対比して考察すること自体相当ではなく、この見解には賛成できない。

以上のとおりなので、原判決は窃盗の実行の着手につき、法令の解釈適用を誤ったものというほかなく、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は全部破棄を免れない。論旨は理由がある。

3  そこで、刑訴法397条1項、380条により、原判決を破棄し、同法400条ただし書に従い、当裁判所において、更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第1  平成12年8月16日ころ、名古屋市f区jk番m号I駐車場において、同所に駐車中の自動車内から、G所有又は管理にかかる現金約3万円及び財布1個ほか10点在中のバッグ1個(時価合計約6万2000円相当)を窃取した

第2  第1で窃取したキャッシュカードを用いて現金を窃取しようと企て、同日午後4時56分ころ、同市a区b町大字c字de番地所在のA銀行B支店C出張所キャッシュコーナーにおいて、同所に設置された現金自動預払機に窃取にかかるA銀行発行のD名義のキャッシュカードを挿入して同機を作動させ、同出張所所長E管理にかかる現金を窃取しようとしたが、同カードが無効カードとして同機に取り込まれたため、その目的を遂げなかった

第3  同じく窃取したキャッシュカードを用いて現金を窃取しようと企て、同日午後5時18分ころ、同市f区gh番i号所在のF郵便局キャッシュコーナーにおいて、同所に設置された郵便貯金自動預払機に窃取にかかる郵便局発行のG名義の郵便貯金キャッシュカードを挿入して同機を作動させ、同局局長H管理にかかる現金を窃取しようとしたが、同カードが無効カードとして同機に取り込まれたため、その目的を遂げなかったものである。

(証拠の標目)

<省略>

(法令の適用)

罰条

第1の行為    刑法235条

第2、第3の行為 同法243条、235条

併合罪加重    同法45条前段、47条本文、10条(犯情の最も重い第1の罪の刑に法定の加重)

刑の執行猶予   同法25条1項

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀内信明 裁判官 堀毅彦 裁判官 手崎政人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例