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名古屋高等裁判所 平成13年(ネ)110号 判決 2001年10月25日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)  原判決中,控訴人らに関する部分を取り消す。

(2)  被控訴人E協会及び同Fは,連帯して,控訴人Aに対し金1000万円,同B,同C及び同Dに対しそれぞれ金200万円,並びに上記各金員に対する平成7年1月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  被控訴人ら

主文同旨

第2事案の概要

(以下,略称については,原則として原判決に準ずる。)

1  本件は,フィールドトライアル活動に関する公益法人である被控訴人E協会の愛知県支部臨時総会が,その事務局長である控訴人Aを解任する決議をしたことにつき,被控訴人らにおいて,被控訴人E協会がその開催を要求し,同支部長の被控訴人Fがこれを開催したこと等が違法で,その結果,同支部の会員等でフィールドトライアル活動をし,あるいはしようとしていた控訴人らの同活動をする権利・自由等が侵害されたこと,また,被控訴人E協会の控訴人Aに対する支部活動停止,除名決議採択の提案,退会勧告,審査員資格剥奪,これらに関する機関誌掲載等の行為が違法で,これにより控訴人Aの名誉・信用が侵害されたこと,これらの行為は被控訴人らの共同の意図の下になされたとして,控訴人らが被控訴人らに対し,共同不法行為に基づき,上記第1の1(2)のとおり慰謝料及び遅延損害金(最終訴状送達日の翌日である平成7年1月12日以降のもの)を請求したのに対し,被控訴人らが各行為の違法性を否認するなどして争った事案である。

原審において,上記各行為の違法性が認められないとして,すべての請求を棄却したところ,控訴人らは,事実誤認が存する等として控訴し,さらに慰謝料請求権発生の根拠として名誉感情侵害,プライバシー侵害を追加して主張した。

2  当事者の主張は,控訴人らにおいて,下記のとおり名誉感情侵害,プライバシー侵害の主張を追加する外は,原判決「事実及び理由」の「第二 事実関係」のとおりであるから,これを引用する(ただし,亡G及びその承継人に関する部分を除く。また,原判決22頁7行目「本件支部活動停止処分」を「本件支部活動停止通知」と改める。)。

3  控訴人らの当審における追加主張

(1)  控訴人Aは,被控訴人E協会が本件除名提案を機関誌に掲載したこと(乙5の1ないし3)により,プライバシーを侵害され,名誉感情を侵害された。

(2)  被控訴人E協会において,真実に反し,控訴人Aの多数派工作が本件紛争の発端であると決めつけ,原審第5回口頭弁論期日において陳述した被控訴人ら準備書面(第15回)においてもその旨主張したことにより,控訴人Aは,その名誉感情を侵害された。

(3)  被控訴人らが,真実に反し,控訴人Bの被控訴人E協会愛知県支部会員の資格を否定し,原審において提出した準備書面(第11回)において,その旨記載したことにより,控訴人Bは,その名誉感情を侵害された。

(4)  被控訴人らが,真実に反し,控訴人C及び同Dの上記支部会員資格を否定し,トライアル活動や上記支部の運営に無関心であると決めつけ,本件訴訟において,その旨主張したことにより,同控訴人らの名誉感情を侵害された。

4  上記主張についての被控訴人らの認否

控訴人ら主張のプライバシー侵害及び名誉感情侵害の事実を否認する。名誉感情は不法行為の保護法益とならない。また,上記主張は時期に遅れたものとして却下されるべきである。

第3当裁判所の判断

1  判断の前提となる認定事実は,次に加削訂正するほか,原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」一1(一)ないし(三)(原判決33頁8行目から同38頁8行目まで)及び同2(原判決42頁6行目から同58頁6行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決53頁4行目冒頭から同11行目「意見を述べ、」までを削除する。

(2)  原判決55頁2行目から同3行目にかけて「会員数一五名のうち」を「被控訴人Fらは,会員数を前記お知らせの書面記載の人数より1名少ない15名と認定した上で,そのうち」と改め,同6行目末尾に次のとおり加える。

「なお,当審で提出された本件臨時総会の議事録(乙26)によれば,出席者から,控訴人Aが,Hを不正呼ばわりしたこと,36名の支部会員の入会を強要したこと,被控訴人FやIの支部役員辞任を要求したことを非難する発言がなされた後に解任決議が採択されていることが認められる。したがって,解任決議採択の理由は,これらの発言で指摘された控訴人Aの行為を理由とするもので,これ以外に,控訴人Aが人格的非難に値する反社会的・反倫理的行為等をしたことを理由とするものではない。」

(3)  原判決57頁8行目から同9行目にかけて「決議した。」を「決議した(以下「本件除名提案」という。)。」と改める。

2  トライアル活動をする権利・自由等の侵害について

(1)  控訴人らは,トライアル活動をする権利・自由等を有する,すなわち,トライアル活動を通じて幸福を追求する権利,充実した人生を送る権利・自由,他者の干渉を受けることなくトライアル活動を楽しむ平穏な生活が保障されていること,J倶楽部主催のトライアル競技会に参加するだけでは参加できる回数が少なく,トライアル活動の機会が不十分であること,控訴人Aを愛知県支部の活動から排除する被控訴人らの原判示の各行為により,控訴人らが被控訴人E協会のトライアル競技会に参加する途が事実上閉ざされてしまい,上記トライアル活動をする権利・自由等が侵害された等と主張する。

(2)  しかし,控訴人らの主張するトライアル活動をする権利・自由等については,これを不法行為の被侵害利益と認めることはできない。すなわち,フィールド・トライアルは,既に判示のとおり,訓練した狩猟犬に鳥を探索させ,飼主である競技者と出走犬の一体的技量を競うスポーツであって,控訴人らの主張するトライアル活動は,フィールド・トライアルの愛好家による同好者の競技会への参加及び同競技の普及振興活動等であるとするものである。してみれば,このトライアル活動は同好者による趣味の範囲を出ないものであって,その活動する利益は,法律上保護に値するものということはできず,不法行為の被侵害利益と認めることはできない。このことは,控訴人Aがトライアル活動を通じて,子犬の交配等により,経済的利益をあげていたとしても,同人は他に本業を有していたものであって(甲24,弁論の全趣旨),トライアル活動による経済的利益は趣味の延長線上のものと解せられ,上記結論を左右するものではない。

(3)  仮に上記トライアル活動をする権利・自由等を幸福追求権の一内容として保護に値すると解することができるとしても,本件全証拠によるも,被控訴人らの上記行為により,控訴人らが一般市民として被控訴人E協会とは別個にトライアルの競技会を行い,ないし別個のトライアル競技会に参加し,あるいは別個にトライアルの普及振興活動等を行うこと自体が不可能ないし事実上困難となったものとは認められない。したがって,トライアル活動をする権利・自由のうち,自由に対する侵害(民法710条参照)は認められない。

(4)  また,上記認定事実に照らして検討するに,被控訴人E協会の控訴人Aに対する決議は強制力のない退会勧告に止まっているのであって,控訴人Aから被控訴人E協会の会員たる地位が強制的に剥奪されたものではない。そして,控訴人Aに対する本件競技会公認申請却下行為がなされたことを前提としても,他の会員の申請にかかる公認競技会に控訴人らが参加すること自体が拒まれたわけではない。さらに,被控訴人Fによる控訴人Aに対する本件支部活動停止通知を考慮しても,同通知は控訴人Aの被控訴人E協会会員としての地位自体を否定する効力はないものと考えられ,被控訴人らの行為によって,控訴人Aが一会員として被控訴人E協会における同活動に参加し得る地位が剥奪されたとまでは認められないし,同活動停止通知により,実際にトライアル活動への参加を拒否された等につき,これを認めることのできる証拠はない(控訴人Aは,原審本人尋問において,トライアル活動に参加できなくなった旨供述するが,既に判示の本件紛争に至る経過によれば,上記参加が困難になったのは,被控訴人E協会愛知県支部の運営をめぐって,控訴人Aらと被控訴人Fらが対立した結果であると考えられ,上記活動停止通知によるものとは考えられない。)。また,その余の控訴人らが被控訴人E協会の定めに従って同活動に参加することが拒まれたことについても認めることのできる証拠はない。結局,控訴人らが被控訴人E協会に対し,被控訴人E協会の実施するトライアル活動への参加を請求する権利の侵害も認定できない。

(5)  したがって,被控訴人らの上記行為により,控訴人らがトライアル活動をする権利・自由等を侵害されたとの主張は採用できない。

3  名誉・信用の毀損について

(1)  控訴人Aは,被控訴人Fによる本件支部活動停止通知,被控訴人E協会の総務委員会及び本部理事会による本件除名決定・退会勧告並びに審査員資格認定委員会による本件審査員資格剥奪・同通知行為によって,控訴人Aの名誉・信用が毀損されたと主張する。

(2)  本件支部活動停止通知(甲20の1)については,上記認定のとおり,同通知は控訴人Aに対し送付されたに過ぎないものであって,他の不特定多数の者に送付されたものではないから,この点において既に控訴人Aの社会的評価に影響を及ぼす態様のものではなく,同通知のみをとらえて名誉毀損行為というには足りない。

したがって,同通知(ないし同通知記載の同理事会の決定)による名誉・信用の毀損は認められない。

(3)  控訴人Aは,被控訴人E協会が本件除名提案・退会勧告をした上,理由を付してこれを機関誌(a)に掲載したことをもって名誉毀損であると主張する。

ところで,ある表現行為について不法行為を基礎付ける違法な名誉毀損行為であるというためには,当該表現行為において,人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価を低下させる内容の事実(反社会的・反倫理的行為等がなされた事実)が摘示されること,ないし通常人が当該表現行為からそのような事実があると帰結し得ることが必要である。

本件除名提案・退会勧告について上記機関誌に掲載された内容は,概要,控訴人Aが2度にわたり主務官庁宛に被控訴人E協会に対する指導等を要請する文書を送付したことが,被控訴人E協会の名誉(主務官庁に対する信用を含む。)を著しく汚す行為に該当すること,また,控訴人Aが,愛知県支部の正当な支部長である被控訴人Fを差し置いて,支部長代行の肩書で支部競技会申請をするなど愛知県支部を混乱に陥れていることから,上記除名提案をし,退会勧告をしたとのものである(乙5,6の各1ないし3)。

しかし,上記掲載内容において摘示されている事実(すなわち,控訴人Aによる2度の主務官庁宛の指導等を要請する文書の送付及び支部長代行の肩書を用いた支部競技会申請)は,それ自体としては何ら反社会的・反倫理的行為等がなされたとの事実ではない。また,上記掲載内容のうち,上記摘示事実が被控訴人E協会の名誉を著しく汚すという部分あるいは愛知県支部を混乱に陥れているという部分は,文脈からみて,いずれも被控訴人E協会が自己の立場から上記摘示事実に対する評価,判断を示したものであって,上記摘示事実を越える具体的な非違行為が存することを示唆するものではないし,名誉,信用といった言葉も法的観点を伴う用語として用いられたものとは認められない。正当な支部長を差し置いてという部分も,誰が支部長かについて被控訴人E協会の認識と控訴人Aの認識とに不一致があることを前提に,被控訴人E協会が自己の認識が正当で控訴人Aの認識が不当であると判断していることを示すに過ぎないと理解できる。そして,上記掲載内容を全体としてみた場合においても,控訴人Aが上記摘示事実の行為をしたため被控訴人E協会から強く非難されていること等が判明するのみであって,それ以上に,上記摘示事実を越えて,控訴人Aの品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価を低下させる反社会的・反倫理的行為等をしたと帰結することは困難であるというべきである。

そうすると,本件除名提案・退会勧告に関する上記掲載行為をもって,不法行為を基礎付けるに足りる名誉毀損行為と認めることはできない。

(4)  審査員資格認定委員会による本件審査員資格剥奪・同通知行為については,同通知行為に関する機関誌上の記事は,審査員名の訂正の記載があるのみで,控訴人Aの品性等を低下させるに足りる具体的な非違行為等の事実の摘示を伴うものとはみられない。また,同委員会の決定の理由は,控訴人Aが長期間にわたり審査員として活動していなかったことにあると説明されているが,長期間にわたり被控訴人E協会の審査員として活動していなかったという所為のみでは,社会一般からみて何ら人格的非難に値するものと言えないことはもちろん,上記説明内容から,控訴人Aが,その品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価を低下させる反社会的・反倫理的行為等をしたと帰結することもできないところである。

したがって,本件審査員資格剥奪・同通知行為をもって,名誉・信用毀損行為と認めることはできない。

(5)  以上によれば,被控訴人らの上記行為による控訴人Aに対する名誉・信用毀損の事実を認定することはできず,他にこの点の権利侵害を認めるに足りる立証はない。

4  控訴人らの当審における追加主張について

(1)  控訴人らの追加主張につき,被控訴人らは,時期に遅れた攻撃防御方法であると主張するが,本件弁論の経過に鑑み,同主張の追加により,訴訟の完結の遅延をもたらしたことはなく,これを却下するのは相当でない。

(2)  控訴人らは,名誉感情を侵害されたとして,不法行為を主張するが,不法行為の被侵害利益としての名誉とは,人の品性,徳行,名声,信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価のことであり,人が自己自身の人格的価値について有する主観的評価,すなわち,名誉感情は含まないものと解され,同主張は採用できない。

(3)  仮に,名誉感情が不法行為の保護法益となるとしても,控訴人らの主張する被控訴人の表現内容が,著しく下品,侮辱的,誹謗中傷的である等,社会通念上是認し得ない内容であると認めることはできないから,名誉感情の侵害行為としての違法性を肯定することもできない。

(4)  また,控訴人Aは,当審において,本件除名提案の掲載行為(乙5の1ないし3)について,「協会からの除名」という事項がプライバシーに関する事項であるから,プライバシー侵害の違法があるとも主張する。しかし,既に判示のとおり,上記事項は,公益社団法人の社員たる地位の喪失に関し,その社員を対象とした内部的機関誌に掲載したものであって,プライバシーとして保護される私生活上の事実,情報を違法に公開したものということはできず,その主張は採用できない。

(5)  したがって,被控訴人らの行為による控訴人A及びその余の控訴人らに対する名誉感情侵害,控訴人Aに対するプライバシー侵害の主張は,いずれも採用できない。

5  以上によれば,トライアル活動をする権利・自由等の侵害,名誉・信用毀損,名誉感情侵害,プライバシー侵害を根拠とする本件の不法行為は,いずれもこれを肯定できないこととなるから,その余の点につき判断するまでもなく,控訴人らの請求は理由がない。

6  よって,原判決中,控訴人らの請求をいずれも棄却した部分は相当であり,本件控訴は理由がないからいずれも棄却し,控訴費用は控訴人らに負担させることとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 小林克美 裁判官 戸田久)

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