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名古屋高等裁判所 平成13年(ネ)131号 判決 2001年9月11日

控訴人(原告) X

同訴訟代理人弁護士 太田耕治

被控訴人(被告) 瀬戸信用金庫

同代表者代表理事 A

同訴訟代理人弁護士 髙橋正蔵

同 奥村file_4.jpg軌

同 浦部康資

同 岩田修一

同 福本剛

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴人の当審における予備的請求を棄却する。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  主位的請求

被控訴人は、控訴人に対し、150万円及びこれに対する平成12年2月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  予備的請求

主位的請求と同じ

4  訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。

第2当事者の主張

1  当事者の主張は、次のとおり付加・訂正のうえ、原判決事実欄の「第二 当事者の主張」の摘示を引用するほか、後記2の当審における控訴人の予備的請求、後記3の控訴人の予備的請求に対する被控訴人の認否のとおりである。

(1)  原判決5頁2行目の「信じることに」を「かつ、そう信じたことに」と改める。

(2)  同5頁8行目の「免責約款があるところ、」の次に「金融機関としては、印影照合について、折り重ねによる照合や拡大鏡等による照合までをする必要はなく、相当の注意をもってする肉眼による平面照合の方法で足りるものである。本件の場合、」を加える。

(3)  同6頁1行目末尾に次のとおり加える。

「なお、預金口座が開設された支店とは異なる支店で払戻請求がなされた点については、そのような払戻請求は日常的になされているし、普通預金においては預金残高のほぼ全額を払い戻すことも日常的であるから、金融機関の注意義務を何ら加重するものではない。」

(4)  同6頁5行目冒頭から同7頁1行目末尾までを次のとおり改める。

「本件払い戻しは、預金口座が開設された苗代支店ではなく、中村支店においてなされたものであり、かつ、預金残高のほぼ全額の払戻請求であったから、中村支店の担当者としては、払い戻しに来た者が控訴人本人であるか否かについて、運転免許証や保険証等の提示を求めるか、住所及び電話番号を払戻請求書に付記させる方法によって、確認をすべき義務がある。ところが、中村支店の担当者は、このような本人確認手続きを行わなかった。

また、普通預金払戻請求書に押捺された印影は、預金通帳に添付された副印鑑の印影とは異なるものである。すなわち、両印影を拡大して対照すると、4点の相違点がみられるから、印影照合事務に習熟した職員であれば、その違いに気付くことができたものである。受付担当者が印影照合事務の経験に乏しい場合には、上司等の印影照合事務に習熟した別の職員による二重の照合をすべき義務がある。ところが、中村支店では、印影照合事務の経験に乏しい受付担当者のみが印影照合を行ったため、印影の違いに気付くことができなかったのである。

したがって、被控訴人の預金払戻手続きに過失があったことは明らかであり、被控訴人の第三者に対する150万円の支払いは、民法478条の準占有者への弁済とは認められない。」

2  当審における控訴人の予備的請求

銀行業を営む者は、預金の出入りに関し、より安全な制度を維持し、預金者の安全を図る義務がある。副印鑑制度は、印鑑届が保管されている取引店以外の支店においても払い戻しができるという点で、預金者にとって便利な制度であるが、一方では、通帳のみが盗まれた場合でも、通帳に添付されている副印鑑から印鑑を偽造され、預金の払い戻しをされる可能性があるため、預金者にとって危険な制度でもある。印鑑偽造の技術が進歩し、類似印鑑を製造するのに1時間も要しない現在では、その危険が増大しており、平成10年ころから、副印鑑制度を悪用した預金の不正払い戻しが急増し、平成11年12月の時点においては、銀行業界において、副印鑑制度の欠陥が広く認識されていた。

そこで、平成11年から、多くの銀行において、印影を電子データ化してコンピュータで管理し、これを用いて印影の検索及び照合をするシステム(以下「新印影照合システム」という。)を導入するようになった。新印影照合システムでは、通帳に副印鑑を添付する必要がなく、かつ、取引店以外の支店においても払い戻しができるので、預金者にとって便利な点を維持しつつ、危険を除去できるものである。したがって、被控訴人としては、平成11年12月の時点において、新印影照合システムを導入するか、少なくとも、預金者に対し、副印鑑制度の危険性を告知し、副印鑑制度を利用するか否かを預金者に選択させる義務があった。控訴人は、取引店以外の支店において預金の払い戻しをする必要が全くなかったので、副印鑑制度を利用するか否かを選択できる機会があれば、副印鑑制度の利用を止めていたから、預金通帳が盗まれても、第三者に預金の払い戻しをされることはなかった。

そうすると、被控訴人は、預金者保護義務に違反していたことになり、その結果、控訴人は、盗取された150万円相当額の損害を被った。

よって、控訴人は、被控訴人に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、150万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成12年2月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

3  控訴人の予備的請求に対する被控訴人の認否

新印影照合システムを導入しても、控訴人の主張するような印鑑の偽造を防止するためには、既存の預金通帳の全てを回収しなければならないから、被控訴人が新印影照合システムを導入していなかったことと、本件において印鑑の偽造により預金払い戻しがされたこととの間には因果関係がない。

そもそも、平成11年12月時点において、新印影照合システムを導入していた金融機関はごく少数であり、岡崎信用金庫、岐阜信用金庫等の東海地方の主要な信用金庫でも導入されていなかった。したがって、被控訴人が当時新印影照合システムを導入していなかったことが、預金者保護義務に違反するものではない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、控訴人の本訴請求(当審における予備的請求を除く。)は、理由がないからこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決の理由説示のとおりであるからこれを引用する。

(1)  原判決9頁4行目末尾に「なお、控訴人は、両印影を拡大して対照すれば、4点の相違点がみられる旨主張するが、印影は、押印圧の違いや、朱肉の着用量の違いによって、同一の印鑑による場合でも印影が微妙に異なるのであるから、拡大して対照することによって指摘できる程度の微妙な相違点があったとしても、肉眼による照合で異なる印鑑によるものと判断することはできない。」を加える。

(2)  同9頁10行目の「評価できるところであるし、」から同11頁9行目末尾までを次のとおり改める。

「評価できるところである。本件の場合、印影照合事務の経験に乏しい受付担当者のみが印影照合を行っているが、仮に印影照合事務に習熟した別の職員による二重照合を行っていたとしても、上記認定(原判決引用)の酷似状況からみて、別個の印鑑によるものであることを発見し難いものであったといえるから、経験の乏しい受付担当者のみが印影照合をしたことを過失と評価することはできない。したがって、被控訴人は、150万円の払い戻しの際、払戻請求者に払戻権限があると信じ、かつ、そう信じたことに過失はなかったと認めるのが相当である。

なお、控訴人は、本件払い戻しは、預金口座が開設された支店とは別の中村支店においてなされたものであり、かつ、預金残高のほぼ全額の払戻請求であったから、中村支店の担当者としては、払戻請求者が控訴人本人であるか否かについて、運転免許証や保険証等の提示を求める等して確認をすべき義務があった旨主張する。しかし、預金者が預金口座を開設した支店と別の支店で払戻請求をすることは特段不自然なことではないし、普通預金である以上、預金残高のほぼ全額に近い払戻請求も特段不自然とはいえない。そして、本件においては、払戻請求者に挙動不審の行動があったとは認められないのであるから、中村支店の担当者において、印影の照合とは別に、運転免許証や保険証等の提示を求める等して本人確認をすべき義務があったとはいえず、被控訴人の払戻手続きに過失がなかったとする上記判断を左右するものではない。」

2  当審における控訴人の予備的請求に対する判断

副印鑑制度は、印鑑届が保管されている取引店以外の支店においても払い戻しができるという点で、預金者にとって便利な制度であるが、一方では、通帳のみが盗まれた場合でも、通帳に添付されている副印鑑から印鑑を偽造され、預金の払い戻しをされる可能性があるため、預金者にとって危険な制度でもあることは、控訴人主張のとおりである。そして、新印影照合システムは、その内容からみて、預金者にとって便利な面を残しつつ、危険な面を除去できる制度であるといえる。

ところで、当審における調査嘱託の結果によれば、スルガ銀行においては平成12年6月から、福井銀行においては平成12年7月から、新印影照合システムを導入したが、これらの銀行においても、預金者全体に対して新印影照合システムの導入を通知しておらず、所用で来店した顧客に対して個別に説明し、順次通帳に添付した副印鑑を削除していることが認められる。そうすると、本件払い戻しがなされた平成11年12月当時、信用金庫を含む多くの金融機関において新印影照合システムが導入されていたとは認められないし、導入の際に、全預金者に対して副印鑑制度の危険性を周知させていたとも認められない。

したがって、平成11年12月当時、被控訴人において、新印影照合システムを導入し、又は控訴人に対し副印鑑制度の危険性を告知すべき義務があったとは認められない。

3  以上によれば、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審における控訴人の予備的請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 黒岩巳敏 永野圧彦)

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