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名古屋高等裁判所 平成13年(ネ)228号 判決 2001年10月11日

主文

1  一審原告及び一審被告の各控訴をいずれも棄却する。

2  一審原告に生じた控訴費用は一審原告の、一審被告に生じた控訴費用は一審被告の、各負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  一審原告

(1)  原判決中一審原告敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人A及び同Bは、一審原告に対し、それぞれ原判決添付別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡せ。

(3)  被控訴人A及び同Bは、一審原告に対し、それぞれ平成9年11月23日から本件建物の明渡済みまで1か月15万円の割合による金員を支払え。

(4)  被控訴人Aは、一審原告に対し、223万4723円及びこれに対する平成9年11月23日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(5)  被控訴人Aは、一審原告に対し、507万9900円を支払え。

(6)  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人A及び同Bの負担とする。

2  一審被告

(1)  原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  一審原告の請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は、第1、2審とも一審原告の負担とする。

第2事案の概要

1  当事者の主張は、原判決の事実及び理由欄の「第二 事実関係」に記載のとおりであるから、これを引用する。

2  当審における一審原告の補足的主張

本件建物の賃借人は、一審被告ではなく被控訴人A及び同Bである。

一審被告は被控訴人Bの個人企業と同視できるのであり、その法人格は全くの形骸にすぎない。よって、本件建物の賃借人は一審被告であるとの被控訴人らの主張は、権利の濫用として排斥されるべきである。

3  当審における一審被告の補足的主張

(1)  本件建物に入るための出入り口は喫茶店の表口、同裏口及び写真スタジオのシャッターの3か所であるが、本件建物内の電源が切られた平成9年10月16日に、一審被告は、マスターキーを所持しているCによる侵入を防ぐという防衛上の目的から喫茶店の裏口と写真スタジオのシャッターの各鍵穴をボンドで埋めた。そこで、本件建物内に入ることが可能な出入り口は喫茶店の表口だけとなったが、その鍵も一審原告により平成11年1月11日取り替えられた。したがって、表口の鍵の取替後、本件建物に出入りすることができるのは一審原告のみとなったのであるから、前同日以降、本件建物の占有は一審原告に移転しているというべきである。よって、一審被告の占有を前提とする一審原告の本件建物明渡請求は棄却されるべきである。

(2)  一審原告が、平成5年11月7日、Dの死後は本件建物の賃料債務び電気料債務(以下「賃料等債務」という。)を免除するとしたのは、これまで同人の給料から支払われていた本件建物の賃料等が同人の死亡により支払うことができなくなるからである。ところがDの予想に反して、平成8年10月以降同人の給料は同人に直接交付されることなく、現在の一審原告の代表取締役であるCが管理することになったため、同月以降はDの給料から賃料等が支払われなくなってしまった。このようにDの給料から支払うことができない事態となったことは、同人の死亡後の事態と同様ということができるから、賃料等債務の免除の効力は平成8年10月1日以降生じたというべきであり、同日から平成9年3月27日(Dの死亡日の前日)までの賃料等債務は免除されているというべきである。よって、前記期間の賃料等の不払を前提とする一審原告による賃貸借契約の解除は無効である。

また、仮にDの死亡後しか賃料等債務が免除されないとしても、その免除の対象としては賃料相当損害金の支払義務をも含むと解するのが当事者の合理的意思解釈に資する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、一審原告の被控訴人らに対する請求は理由がなく、一審被告に対する請求は理由があると判断するが、その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決の事実及び理由欄の「第三 当裁判所の判断」に説示のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決16頁8行目の「昭和五二年四月、」の後に「喫茶店の経営、広告の企画等を目的とする」と加える。

(2)  同17頁7行目の「被告Bは」から同頁9行目の「支払わなかった。」までを「一審原告の代表取締役であったDは、被控訴人Bが娘婿であったため、本件建物の賃貸借に当たり、通常賃借人から賃貸人に支払われるべき内装備品、営業等の対価の支払を一審被告に要求せず、一審被告もその好意を受けてこれを支払わなかった。」と改める。

(3)  同19頁7行目の「供述」を「証言」と改め、同20頁1行目の「万円」の後に「の返済」と加え、同頁3行目の「直接」の後に「被控訴人」と加え、同21頁7行目の「所有」を「経営」と改める。

(4)  同21頁9行目の「ではないし、」の後に「現に、Dは一審被告の本件建物の賃料等債務について自分の死後免除する旨の書面(乙8号証)を作成していることは後記認定(原判示)のとおりであり、」と加える。

(5)  同22頁5行目の「株式会社E」を「『(株)F』とあり、一審被告」と改め、同頁10行目の「されてる」を「されている」と改める。

(6)  同25頁5行目から同頁6行目の「主張するので以下検討する。」を「主張する。」と改める。

(7)  同27頁8行目の「被告Eは」から同頁9行目の「可能であるし」までを「一審被告が、自ら埋めた鍵穴のために本件建物に入れないことをもって本件建物の占有を放棄したということはできず、またこのような主張をすることは、たとえ鍵穴を埋めることが防衛上のものであったとしても、契約上双方当事者に守るべきことが求められる信義則に反するというべきであるし」と改める。

(8)  同29頁9行目の「支払った」を「支払っていた」と改め、同頁10行目の「手伝った」を「手伝っていた」と改める。

(9)  同31頁5行目の「部下として」を「経営する司法書士事務所に」と改め、同頁6行目の「述べていること」を「証言するところ、同証人が同司法書士事務所及び一審原告を退職するに際し、退職金の支払を巡り一審原告の代表者であるCとの間で一時紛争があったことを考慮しても、同証言は十分信用することができること」と改める。

(10)  同34頁4行目の「六月頃以降は」の後に「一審原告が」と加える。

2  一審原告は、一審被告は被控訴人Bの個人企業と同視できるのであり、その法人格は全くの形骸にすぎないから、本件建物の賃借人は一審被告であるとの被控訴人らの主張は、権利の濫用として排斥されるべきである旨主張するので検討する。

(1)  証拠(甲19号証、乙26、27号証、被控訴人B[原審])及び弁論の全趣旨によると、被控訴人Bは、一審被告の設立時、株式総数4000株の内半数の2000株の株式を有し、平成8年3月に資本金を200万円から1000万円に増資した際にもこれを出資して、代表取締役として名実とも、一審被告の経営を支配しており、株主総会や取締役会を開催することなく経営してきたことが認められる。

(2)  しかしながら、一審被告は、昭和58年以降喫茶Eの営業許可名義人であり、昭和56年10月以降も喫茶・写真の事業種目として法人税の申告をしており、写真スタジオの看板や現像写真を顧客に渡す袋にもその名義を使用していることは前記認定(原判決)のとおりであり、一審原告においても、一審被告が喫茶E及び写真スタジオを経営していることを知っていたことは、一審被告の借入債務のため、平成元年2月、本件建物を含むGビルを物上保証として提供していること(甲8号証の乙区10番)や一審原告の代表取締役であったDが、一審被告の一審原告に対する賃料等債務の免除の意思表示をしていること(乙8号証)、一審原告の家賃共益費台帳(甲7号証)及び家賃領収書(乙4号証の1ないし5)に賃借人として「E」ないし「(株)E」と記載されていることからして明らかである。

そして、被控訴人Bにおいて、一審被告と被控訴人B個人との間で、その財産を混同しているとか、その業務活動について混同を生ぜしめているとか、あるいは収支に関して区別していないとかいった事情は本件各証拠を検討するも見出しがたい。

(3)  よって、一審被告の法人格が形骸化しているということはできず、この点に関する一審原告の主張は採用することはできない。

3  一審被告の当審における補足的主張について検討する。

(1)  同補足的主張(1)について

前記認定(原判決26頁5行目冒頭から同28頁5行目末尾まで)に加えて、証拠(甲46号証、乙24号証)によると、一審原告による原判決の仮執行宣言に基づく本件建物の明渡執行に際して、本件建物内にはエアコン2台、湯沸器2台、レジスター2台他17品目に及ぶ一審被告所有の動産類が遺留品として残っていたことが認められ、一審被告が事前にその動産類の所有権を放棄する旨意思表示をし、かつその評価額が合計で1万1800円にすぎないものであるとしても、平成11年1月11日以降、本件建物の占有が一審被告から一審原告に移転したものと評価することはできない。よって、この点に関する一審被告の主張は採用することはできない。

(2)  同補足的主張(2)について

前記認定(原判示)のとおり、一審原告の代表取締役であったDが一審被告に代わり、自分の給料の中から本件建物の賃料等を支払ってきたところ、同人は、自分の死後、これを支払うことができなくなることから、平成5年11月7日、その死後は一審被告に対し本件建物の賃料等債務を免除する旨を書面化する(乙8号証)とともに、同月21日付けで、司法書士事務所及び一審原告から存命中に支給される給料は、自分かH(Dの孫であり被控訴人Aの姪)宛に交付してくれるように経理担当者に依頼する書面を作成交付していること(乙7号証の1、2)が認められ、これによると、Dが、自分の存命中はその給与の中から一審被告に代わり本件建物の賃料等を支払い続け、死後はこれを免除するとの意図を有していたことが明らかである。ところが、Dの意図に反して、平成8年10月以降同人の給料は同人ないしHに直接交付されることなく、Cが管理することになったため、同月以降はDの給料から賃料等が支払われなくなり、不払の事態に至ったというのである。

なるほど、Dの存命中に自分の給料から賃料等が支払われなくなるという事態はDの意図に反するものであるが、そうであるからといって、前記免除の効力が、Dの死後のみならず、その存命中でもDの給料から賃料等が支払えなくなったときにも生じると認めることはできない。なぜなら、賃貸人は一審原告というD個人とは別の法人格を有するものであり、一般に、ある債務を債務者に代わり支払ってきた者が支払えなくなったときは当該債務が免除されるということは、その意思が明示される等特段の事情のない限り認めることはできないと解するのが相当であるところ、Dの意図はともかく、乙8号証の文言からこのような事態がDの死亡と同様であると明示されていると理解することは困難であるからである。

よって、この点に関する一審被告の主張は採用することはできない。

また、一審被告は、前記免除の対象としてDの死亡後の賃料等債務のみならず賃料相当損害金の支払義務をも含む旨主張するが、賃料相当損害金の支払義務は賃貸借契約の終了を前提として生じるものであり、賃貸借契約の存続を前提とする賃料等債務とは同列に論ずることはできないというべきであるから、前記主張も採用することはできない。

4  以上の次第で、原判決は相当であって、本件各控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 黒岩巳敏 裁判官 永野圧彦)

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