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名古屋高等裁判所 平成13年(ネ)347号 判決 2002年10月01日

愛知県<以下省略>

一審原告

訴訟代理人弁護士

大田清則

城野雄博

福岡市<以下省略>

一審被告

オリエント貿易株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

伊藤壽朗

主文

1  一審被告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

(1)一審被告は一審原告に対し,1348万4262円及びこれに対する平成9年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)一審原告のその余の請求を棄却する。

2  一審原告の控訴を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを10分し,その4を一審被告の負担とし,その余を一審原告の負担とする。

4  この判決は,主文第1項の(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

(一審原告)

1  原判決を次のとおり変更する。

2  一審被告は一審原告に対し,金3685万2786円及びこれに対する平成9年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも一審被告の負担とする。

4  仮執行宣言

(一審被告)

1  原判決中一審被告の敗訴部分を取り消す。

2  一審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも一審原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,一審原告が,平成8年7月29日から平成9年2月26日までの間,一審被告を受託業者として行った商品先物取引に関し,一審原告に対する,一審被告の従業員らの取引の勧誘から取引継続,取引終了に至るまでの,勧誘等の個々の行為が,一連の行為として不法行為を構成するものとして,一審被告に対し,民法709条,715条に基づき,一審原告に損害を発生させたと主張して,取引差損金,慰謝料及び弁護士費用の損害合計3685万2786円の賠償と遅延損害金の支払を求めたところ,原審が請求の一部認容する判決(2349万7459円の損害賠償とこれに対する遅延損害金の支払を命じた判決)を言い渡したので,これに不服がある当事者双方が控訴した事案である。

2  前提事実及び争点は,以下のとおり付加訂正するほか,原判決の事実及び理由欄の「第2 一,二」(原判決2頁11行目から16頁末行まで)に摘示のとおりであるから,これを引用する。

(1)原判決2頁25行目の「売買取引一覧表記載」の次に,「(一)ないし(九)(ただし,青色が売建であり,赤色が買建である。また,原判決中,同一覧表の表記につき,「一もしくは九」とあるのを「(一)もしくは(九)」といずれも改めることとする。)」を加える。

(2)同8頁23行目の次に行を改めて,以下のとおり加える。

「 なお,売又は買直し,途転,両建玉,手数料不抜けが行われた具体的取引は,別紙特定売買一覧表記載のとおりである。」

(3)同9頁5行目の後に,行を改めて,以下のとおり加える。

「なお,無断売買が行われた具体的な取引は,別紙無断売買一覧表記載のとおりである。」

(4)同14頁2行目の次に行を改めて,以下のとおり加える。

「なお,一審原告が別紙特定売買一覧表で主張する「(ア) 売又は買直し」の1ないし5及び7は,限月及び約定値段を異にしており,さらに2及び5については枚数も異なっている。6については,後場二節で仕切って利益を得たが,一審原告は後場三節の値段を見てさらに値上がり傾向があると判断して買玉を建てたものと思われ,後日仕切って利益を得ている。8についても,建玉が仕切よりも先になっている。

また,「(イ) 途転」についても,すべて一審原告の意向によるものであって,1,3,5,6では利益を得ている。

さらに,「(ウ) 両建玉」については,9,11,12,18,21,22は,両建ではないし,2,4,5,6,8,13ないし17,19,24,25は利益を得ており,3は損をしておらず,7及び10は売りと買いの玉数が同一ではない。」

(5)同16行目の末尾に,以下のとおり加える。

「また,預かり委託証拠金として計上せずに帳尻損の精算に充てた場合でも,帳尻損の精算に充てず預かり委託証拠金として計上した場合でも,預かり証拠金と帳尻金とを相殺した額は同一であるから,建玉ができる枚数に差はないのである。」

(6)同18行目の「行った事実はない。」を「行った事実はないし,そもそもそのようなことを行うことは不可能である。」と改める。

(7)原判決別紙売買取引一覧表(四)の6につき,「H9.9月限」を「H9.7月限」と改める。

第3当裁判所の判断

1  事実経過は,以下のとおり,加除訂正するほか,原判決の事実及び理由欄の「第3 一」(原判決17頁2行目から27頁4行目まで)に説示のとおりであるから,これを引用する。

(1)原判決17頁2行目の「17ないし26,」の後に「38の1及び2,」を加え,4行目の「28,」を「28ないし32,」に,同行の「証人B」を「原審証人B」に,「原告」を「原審原告」とそれぞれ改める。

(2)同8行目の「(現商号a株式会社)」を「(名古屋証券取引所の2部に上場している会社で,現在の商号は「a株式会社」である。)」と改め,同行の「入社し,」の次に,「会社資産の運用業務を担当したことはなかったが,」を加える。

(3)同17行目から18行目の「原告はする気がなかったため断り,20分程度で帰ってもらった。」を「一審原告は先物取引に多少興味を示したが,取引を始めるか否かについて決断するまでには至らず,Cは一審原告と数十分程度話して帰った。」と改める。

(4)同17頁末行から18頁12行目までを,次のとおり改める。

「3 そのため一審原告は,先物取引に興味を持つようになり,一度自分の職場から比較的近くにある一審被告名古屋支店を訪ねようと考え,Cに連絡して待ち合わせる約束をし,普段は外部に持ち出すことのない印鑑を持参した上,Cと落ち合い,同月26日午後6時過ぎころ,一審被告名古屋支店を訪問した。

一審原告は,一審被告名古屋支店で,Cと同支店管理部のBから,商品先物取引委託のガイドとその別冊(乙1の1・2)や受託契約準則(乙22は,同旨のものであるが,詳細は当時と異なる。)等の書類を渡され,商品先物取引の概要について説明を受けたり,商品先物取引について説明紹介した15分か20分程度のビデオを見せられたりした。ついで,Cからコーンの取引を進められた一審原告は,一審被告と先物取引を開始することを承諾した。

そして,一審原告は,Cの求めに応じて,ビデオ放映確認書(甲25)に署名押印し,商品先物取引委託のガイド及びや受託契約準則の交付を受けたことや,先物取引の危険性を了知した上で,受託契約準則の規定に従って,自分の判断と責任において取引を行うことを承諾し,これを証するために約諾書を差し入れる旨印刷された約諾書(乙4)に署名押印し,「今般貴社と先物取引を開始するにあたり,受託契約を遵守し,自分の資金の範囲内で取引を行います」と本文をすべて自筆で書いた平成8年7月26日付申出書(乙28)を提出し,さらには,投機や投資の経験や商品取引の理解に関する「ご協力のお願い」と題する書面(乙3)の調査事項に答えて署名押印して提出した。」

(5)同18頁19行目の「「前日,」から末行の「と言われ,」までを,「ストップ安になっている相場の状況や追証が発生したことの説明を受けるとともに,委託証拠金として新たに100万円が必要ではあるが,」と改める。

(6)同19頁1行目の「原告はやむなく了承した。」を「原告はこれを了承した。」と,同5行目の「「まだまだ下がる。」から6行目の「と言われたが,」を,「売り15枚を勧められたが,」とそれぞれ改める。

(7)同19頁13行目の「利益を出すためにバランスを崩したい。」を削除し,14行目から15行目の「一旦「金がない。」と断ったが,「利益が出る。」との説明を信じ,」を「一旦は金がないことを理由に断ったものの,結局」と改める。

(8)同20頁4行目の「同月27日,」を「同月26日午後6時20分ころ,一審原告が電話した際,Dが大豆やとうもろこしの状況を説明していたものの,翌27日,」と改める。

(9)同頁10行目から17行目末尾までを,次のとおり改める。

「10 同年9月3日の午前8時50分ころと午前11時ころの2回にわたり,一審原告はDから大豆に関する市場の動向に関する情報を得て,Dの勧めに従って,大豆の売り48枚を仕切る一方で,大豆の買い13枚を建玉した(原判決別紙売買取引一覧表(三)の2)。」

(10)同頁18行目の「Dから電話で」から22行目の「これを承諾し,」を「Dから電話で「大豆が値上がると予想されるので,大豆を買いましょう。」との勧誘があり,一審原告はこれに応じて」と改める。

(11)同21頁4行目の「同月24日」を「同月25日」と,11行目の「支払ったが,」から12行目の末尾までを「支払った。」とそれぞれ改める。

(12)同17行目の「原告に無断で,原告名義で」を「一審原告の注文を受けて」と改め,19行目から20行の「これに気づき,」から23行目の「と考え,」まで及び同行の「やむなく」をいずれも削除する。

(13)同24行目の「原告に無断で,原告名義で」を「一審原告の注文を受けて,」と改める。

(14)同22頁2行目の「原告に無断で,原告名義の」を「一審原告の注文を受けて,」と改める。

(15)同16行目の「暴落する。」の後に「コーンをやれば,」を加え,17行目の「私の言うとおりにすれば,」から18行目の「利益を出します。」までを削除する。

(16)同22行目の「Eから」から同23頁1行目の「と勧められ,」までを,「Eから勧められて,」と改める。

(17)同23頁4行目の「Eから」から5行目の「と勧められ,」までを,「Eから勧められて,」と改める。

(18)同13行目の「3本建てが理想的なので,」を削除する。

(19)同19行目の「Dから原告に」から末行の「勧められるまま」までを,「Dから大豆の買い100枚を建てるとよいとの勧めに従って」と改める。

(20)同24頁3行目の「と請求したが,」から11行目の「督促されたことから,」までを,「と請求したので,」と改める。

(21)同14行目の「訪ねたが,」から17行目の末尾までを「訪ね,Dの勧めに応じて注文をし,同日Dが関与して,次の各取引をした。」と改める。

(22)同18行目の「とうもろこし買い」を「とうもろこし売り」と,19行目の「大豆買い」を「大豆売り」と,20行目の「東京小豆買い」を「東京小豆売り」とそれぞれ改める。

(23)同24行目から25頁1行目の「送付された売買報告書等により同事実を知り,直ちに」を削除する。

(24)同25頁10行目の「Dから」から13行目の「Dは原告に無断で,」までを,「Dから大阪繊維取引所における綿糸の取引を勧められたので,一審原告はこれに応じて,」と,18行目の「原告に無断で」を「一審原告の注文を受けて」と,19行目の「大豆買い」を「大豆売り」とそれぞれ改める。

(25)同26頁1行目冒頭から4行目の「承諾した」までを「一審原告は,Dからの勧めに従って,綿糸の売玉を建てる取引をした」と,同6行目の「Dから原告に」から11行目の末尾までを「Dからの勧めに従って,注文を出し,次の各取引を行った。」とそれぞれ改める。

(26)同17行目から21行目の末尾までを次のとおり改める。

「32 Dは一審原告の注文を受けて,大豆の売玉5枚,綿糸の買玉30枚及び同売玉30枚を仕切った。」

(27)同22行目の「同月20日,」から同27頁1行目の末尾までを,「同月19日,一審原告が妻に対して85万円の融通を申し入れたことから,一審原告が商品先物取引を行っていることが妻の知るところとなり,しかも,これまで一審被告へ3000万円の金を差し入れており,その金は一審原告の父の預金を無断で用いていることなどが判明した。そこで,翌20日,妻が一審原告とともに一審被告名古屋支店を訪れ,DとEとに面接し,妻が事情を問いただしたところ,取引を終了すれば,260万円程度の返金にしかならず,損を取り戻すために努力する旨の説明を受けたので,その場では,一審原告や妻は全取引の手仕舞いを求めることはなかった。」と改める。

(28)同27頁の2行目の「同年3月25日,」を「同年2月25日,」と改める。

2  前項の事実経過に照らし,一審原告が主張する違法事由の有無につき,以下検討する。

(1)不適格者に対する勧誘行為の有無

前記認定のとおり,一審原告は,大手会社に長年勤務し,会社資産を運用する業務経験はないものの,長年経理事務に従事し,課長を最後に退職して関連会社の副部長を務めているのであって,その経歴や能力に照らせば,社会人として十分な判断能力を有していると認められ,先物取引の不適格者ということはできない。

なお,一審原告は,一審被告の改正された受託業務管理規則の規定などを挙げて,一審原告は企業の経理担当者であったから先物取引の不適格者であったと主張する。しかし,企業の経理担当者が能力経験や経済力の点で先物取引を行うのが類型的に不適切であるということはできず,むしろ企業の経理担当者は経済的知識に詳しいといいうるところ,先物取引における経済的リスクを考えると,損失が生じた場合に企業の資産を使い込むなどの不測の事態が懸念されることから,そのような懸念が現実のものとならないように,企業の経理担当者との取引を控えた方が無用なトラブルを生ぜず,先物取引業者の信用を保持する意味でも相当と判断して,一審原告指摘の規定を設けているものと考えられる。すると,企業の経理担当者との取引そのものに違法な要素はなく,一審原告が勤務している企業に対して経理担当者としての地位を悪用させて不正を行った訳ではない本件においては,この点に関する一審原告の主張は問題とならないというべきである。

以上のとおり,不適格者に対する勧誘行為に関する一審原告の主張は採用することができない。

(2)重要事項の説明義務違反の有無

前記認定のとおり,一審原告は,平成8年7月26日に一審被告名古屋支店を訪れた際に,CとBから,商品先物取引委託のガイドとその別冊(乙1の1・2)や受託契約準則等の書類を渡されて,商品先物取引の概要について説明を受けたり,商品先物取引について説明紹介したビデオを見せられたりするなど商品先物取引についての一応の説明を受けたと認められ,社会人として平均的な常識を持っている一審原告は,一審被告の担当者から受けた説明と渡された書類などを検討すれば,商品先物取引の危険性について一定の認識を有していたと認められるのであって,一審原告主張の重要事項の説明義務違反を認めることはできない。

そして,一審原告は,Cらからの説明は不十分なものであった旨供述するが,商品先物取引の危険性や,追証、難平,両建,習熟期間などについて解説したビデオ(乙2)を見せられ,ビデオ放映確認書(甲25)に署名押印し,商品先物取引委託のガイド及び受託契約準則の交付を受けたことや,先物取引の危険性を了知した上で,受託契約準則の規定に従って,自分の判断と責任において取引を行うことを承諾し,これを証するために約諾書を差し入れる旨が印刷された約諾書(乙4)に署名押印し,「今般貴社と先物取引を開始するにあたり,受託契約を遵守し,自分の資金の範囲内で取引を行います」と本文をすべて自筆で書いた平成8年7月26日付申出書(乙28)を提出し,さらには,投機や投資の経験や商品取引の理解に関する「ご協力のお願い」と題する書面(乙3)の調査事項に答えて署名押印していることに照らせば,上記認定に反する一審原告の供述は採用できない。

(3)断定的判断の提供の有無

一審被告の担当者が一審原告の商品先物取引を勧誘するに際しては,勧誘にかかる商品先物取引をすれば,確実に利益が出る旨の誤解を生じかねない言動があったことは認められる。しかしながら,一審原告は,商品先物取引を始めるにあたって,その概要につき一応の説明を受けており,商品先物取引は元本が保証されず,危険性を伴うものであることを認識していたことに照らせば,一審被告の担当者から商品先物取引市場の相場の状況について説明を受けたり,情報の提供を受け,さらには,今後の相場の推移に関する見込みやそれに伴う商品先物取引の勧誘を受けるに際し,一審原告が,一審被告の担当者の言動によって勧誘された商品先物取引を行えば,確実に利益が出ると誤信したとは認めることができず,この点に関する一審原告の主張を採用することはできない。

(4)新規委託者の保護義務違反の有無

商品先物取引員である受託業者は,商品先物取引の経験がない新規委託者から受託されたときは,商品先物取引の仕組みが複雑で,危険性が高いことに照らし,一定期間を習熟期間として建玉制限をして,新規委託者を保護すべきであると考えられるところ,一審被告においても,受託業務に関する管理規則で,新規委託者については,3か月の習熟期間を設け,原則として,建玉を20枚までに制限していたことが認められる(原審証人D,乙2)。ところが,一審原告の取引状況は,平成8年7月29日に関門・とうもろこし10枚から始まり,同年8月6日に同10枚,同月9日に同10枚と短期間に20枚の制限を超過しており,同年8月末までに関門・とうもろこし62枚,関門・大豆69枚と,一審被告従業員には当初から新規委託者である一審原告を保護する姿勢が見られず,一審被告の社内体制としても,原審証人Dの証言に照らせば,原則20枚の建玉制限を遵守し,例外的にこれを超える場合には,管理部が審査して顧客を保護する実態はなかったと認められる。しかも,一審被告作成の顧客カード(甲26)では,一審原告の投下資金限度額を1300万円と記載しているところ,一審原告が本件取引の預託金を一審被告に預託した状況は,原判決別紙預託返戻金一覧表記載のとおり,取引が始まって3か月の間に,10回にわたり,1199万円を預託しており,可能な資金の大半を習熟期間の内に投下したことになり,新規委託者保護の観点からは,違法不当な問題状況があったことは明白である。

すると,一審被告の従業員としては,新規委託者である一審原告が習熟期間の間は,建玉制限に従って原則20枚の範囲内で商品先物取引を実際に体験し,相場変動に従って取引の実態をより深く理解するように努めるべきであり,このような顧客に対する忠実義務に反して,一審原告に対し新たな商品先物取引を提案,推奨し,また,仮に一審原告から取引の注文を受けたとしても,少なくとも3か月の習熟期間においては,取引量が急速に拡大しないように,一審原告に注意を促すべきであったにもかかわらず,上記のとおり,一審被告従業員には当初から新規委託者である一審原告を保護する姿勢が見られず,一審被告の社内体制としても,原則20枚の建玉制限を遵守し,例外的にこれを超える場合には,管理部が審査して顧客を保護する態勢を整えるべきであったのに,これを怠った違法があるといわざるをえない。

(5)無断売買・一任売買の有無

一審原告は,別紙無断売買一覧表記載のとおり,25回の無断売買があったと主張するが,同一覧表1及び2(平成8年8月27日の取引)については前記認定のとおり無断売買が行われたことが認められるけれども,その他の取引については無断売買があったことを認めることができない。

すなわち,別紙無断売買一覧表1及び2については,平成8年8月23日現在の残高照合通知書に対して,一審原告は,「残高(8/23現在)については相違ありませんが,その後コーンの買いを10枚×2件決済し,大豆を「29枚売」を建てた件については,D氏が売買してしまってから事後承認という形で,電話で承諾を求められられたものです。……8月の盆明けに相場は下るとの発想で売ったもの。私は,その後,損失を少しでも小さいうちに手仕舞いをと考え,(何とか,損失を100万円以内に押えようと)決済することをD氏に持ちかけましたが,「来週は下がるから…」その後「明日は暴落するから」と引き延ばされ,損失が拡大し,非常に困窮しております」との同年9月3日付回答書を作成して,一審被告に送付したこと(甲2)に照らせば,このような不満を残高照合回答書に記載して送付してくることは通常のことではなく,単に一審原告の勘違いであったとする原審証人Dの証言は採用しがたいし,この点に関する一審原告の原審供述及び陳述書(甲9)は信用することができるというべきである。

他方,別紙無断売買一覧表の1及び2以外の取引については,一審原告は無断売買として不満があれば残高照合回答書で指摘すれば良いにもかかわらず,平成8年9月20日,同年10月18日,同年11月22日,同年12月13日,平成9年1月17日の5回にわたって,各日現在における取引状況を記載した残高照合通知書に対し,通知書記載の事項に対して事実に相違するとか,不明な点があると申し立てたことはなく,12月分を除けば,通知書のとおり間違いない旨の残高照合回答書を一審被告に送付していること(乙5ないし9の各1・2),これらの取引について無断売買であることを客観的に裏付ける証拠はなく,かえってDの管理者日誌(乙30,31)には,別紙無断売買一覧表の5,6,8ないし14の取引については,一審原告との電話で注文を受けた旨の記載があることに照らせば,無断売買があったと認めることはできない。

次に,一審原告が一任売買であるとして違法を主張する点について検討するに,なるほど一審原告は本件取引に先立って商品先物取引を行った経験はなく,市場の情勢など様々な情報を得て今後の見通しを立て判断を迫られる商品先物取引にあっては,業者からの情報提供は実際上不可欠であり,本件においても一審原告は一審被告の従業員の勧めに応じて取引を行っていたことが認められるものの,取引を行うに際して一審原告が一審被告の従業員に判断を委ね,取引を行うか否かの根本的な部分についての判断を行っていなかったとは認められず,甲2の記載内容からも,一審原告は一連の取引のかなり早い段階で取引について自分自身の意向を持っていたことが窺われ,一任売買としての違法性を認めるに足りる証拠はない。

(6)無意味な反復売買及び両建の有無

売又は買直し,途転,両建玉,手数料不抜けなどの取引については,顧客の利益を犠牲にした商品取引員の手数料稼ぎに悪用されるおそれがあることから,特定売買として,監督官庁である農林水産省や通産省が委託者保護の強化のために通達を発し,商品取引員に対し,特定売買の受託状況の報告を義務づけるとともに,顧客ごとに特定売買の比率や損金に対する委託手数料の比率を数値を挙げて指導しているところ,本件においては,全取引回数(原判決別紙売買取引一覧表(一)ないし(九)の枝番を含めた行数)61回に対して,別紙特定売買一覧表記載のとおり,売又は買直しが8回,途転が12回,両建玉が15回,手数料不抜けが1回あると認められる。なお,一審被告は,上記回数を争うが,限月が異なるものも,通達における特定売買の定義では,含まれている(甲29の文献の300頁)のであるし,その取引が利益をもたらしたか損失を生じたかを問うものではないから,この点に関する一審被告の主張は採用できない。すると,本件において,特定売買は36回となり,特定売買回数を全取引回数で除した割合は,59パーセントと極めて高率である。また,損金に対する委託手数料の比率について検討するに,本件取引における一審原告の損失は3071万0656円であるが,原判決別紙売買取引一覧表(一)ないし(九)によれば,その内訳は,取引損金が2211万7900円で,手数料の額が859万2756円(消費税・取引税の27万4216円を含む。)となるが,後者を前者で除した手数料化率は38パーセントになって,これも極めて高率であると指摘することができる。

以上の数値を算出する手法は,商品取引員の受託業務の適正化を直接の目的とするものではあるけれども,個々の取引について商品取引員の営業担当者が顧客に対して取引を勧めた具体的状況が記録化されておらず,取引経過に関する双方の主張や証言が対立している場合に,適切な受託業務が行われたか,それとも顧客の利益を犠牲にして手数料を稼ぐなどの違法行為が行われたかを判断するには,有力な方法であるということができ,特定売買率や手数料化率が上記のとおり高率である本件においては,本件商品先物取引の全体が,特定売買はもとより,その他の取引を含めて,全体として,商品取引員やその営業担当者として顧客に対して果たすべき忠実義務に違反し,かつ,その違反の程度が著しく,顧客に対する不法行為の成立を推認することができるというべきである。もっとも,売直し・買直し,途転,両建玉などの特定売買が行われた具体的な状況によっては,違法性が認められない場合もあるけれども,本件においては,このような事情を認めるに足りる証拠はない。

(7)帳尻損金精算名下による一審原告への入金の要求の有無

一審原告は,「委託証拠金等不足額請求書」による請求には多くの不当なケースがあり,一審原告が入金した後に帳尻損金を埋めることなく,新たな建玉のために委託証拠金が使われたことを問題とするが,一審被告は一審原告に対し,預託されている委託証拠金現在額から,帳尻損金を控除した金額が,委託証拠金必要額を下回る場合に,証拠金の不足額を請求しており,建玉を維持する以上,委託追証拠金(追証)を預託せざるを得ない場合に入金を求めており,入金があっても,帳尻損金が発生するようになった建玉を精算するか否かは別問題であり,この点に関しての違法を問題とする一審原告の主張は採用することができない。

(8)向かい玉の有無

本件取引当時の一審被告が扱った商品先物取引の売買枚数は,甲27の2の1ないし31(輸入大豆),27の3の1ないし18(とうもろこし)に記載のとおりではあるが,一審被告が自己名義またはダミー会社名義を使用して,一審原告の建玉に対して,向かい玉をしていることを裏付ける的確な証拠はなく,この点に関する一審原告の主張を採用することはできない。

(9)仕切り拒否行為の有無

一審原告は,再三にわたって全取引の手仕舞いを求めたにもかかわらず,一審被告の従業員がこれを拒否した旨主張するが,前記認定のとおり,平成9年2月19日一審原告が妻に対して85万円の融通(とうもろこし1枚に7万円で12口合計84万円の建玉のための資金)を申し入れたことから,一審原告が商品先物取引を行っていることが妻の知るところとなり,しかも,これまで一審被告へ3000万円の金を差し入れており,その金は一審原告の父の預金を無断で用いていることなどが判明したことから,翌20日,妻が一審原告とともに一審被告名古屋支店を訪れ,一審被告の従業員であるDとEとが対応した際に録音していたテープ(甲38の1・2)でも,妻が事情を問いただした上,会社側から取引を終了すれば,260万円程度の返金にしかならず,損を取り戻すために努力する旨の説明を受けたものの,一審原告やその妻がそれでもかまわないとして全取引の手仕舞いを求めた事実は認められず,しかも,一審原告が妻から85万円の融通を受けてとうもろこしの取引を行おうとしていたことや,上記2月20日の一審原告の会話内容に照らせば,同日以前に一審原告が全取引の手仕舞いを求めた事実も認めることができないといわざるをえない。

3  以上によれば,本件取引においては,一審被告の従業員に,新規委託者に対する保護義務違反があるほか,取引を勧めるにあたって委託販売業者として受託者の利益を保護すべき忠実義務があるにもかかわらず,手数料を稼ぐために無意味な売買を繰り返した上,1回ではあるが一審原告の注文を受けることなく行われた無断売買があったと認められるので,本件取引の勧誘から終了に至る全体について,一審被告の従業員による一審原告に対する不法行為があったと認められ,一審被告は従業員が職務に関連して行った上記不法行為につき,民法715条により使用者として損害賠償の責任を負うべきである。

4  上記不法行為に基づく損害としては,財産的損害として3071万0656円(原判決別紙預託返戻金一覧表の差引預託金の額)が認められる。

ところで,一審原告は慰謝料を請求するけれども,これを認めることはできない。けだし,なるほど一審原告が本件先物取引の相場に一喜一憂するだけでなく,取引上の損失が次第に拡大することに伴って精神的な負担となったことは推認できるものの,そのような精神的な負担ないし苦痛は,一審原告が商品先物取引を始めた以上多少なりとも必然的に生じる性質のものであり,一審被告の従業員による前記違法な対応によって増幅された側面があるけれども,一審原告としても自ら取引を中止して損失の拡大を防止する方途もあったのに,取引の中止をなかなか決断できなかった点も考えると,前記経済的損失の回復に加えて慰謝料の支払を認めることが相当であるといえるほどの精神的苦痛を被ったとは認め難い。また,取引行為に伴う不法行為においては,財産的損害に伴う精神的損害は,特段の事情がない限り,財産的損害の回復によって同時に慰謝されるものと解されるところ,本件においては,このような特段の事情を認めることができない。従って,一審原告の本件慰謝料請求は理由がない。

5  次に,過失相殺について検討するに,一審原告としても,商品先物取引の構造,手法やその危険性,手数料額などについて,一応の説明を受けたこと,一審原告は大手会社に長年勤務して経理事務に従事し,課長を最後に退職して関連会社の副部長を務めており,株式の取引経験はあったことなどの事情に加え,そもそも商品先物取引は,相場の変動に基づき危険性をもっており,投資家本人が自らの責任において行うべきものであるとの原則からすれば,発生した損失についての一審原告の過失も看過しがたく,本件に顕れた一切の事情に照らせば,その過失割合は,一審原告が6割であると判断する。また,弁護士費用としては,本件に顕れた一切の事情を勘案すると,本件不法行為と相当因果関係にある金額としては,120万円が相当であると認められる。

したがって,一審被告は一審原告に対し,民法715条に基づく損害賠償として,財産的損害3071万0656円の4割である1228万4262円と,弁護士費用として120万円の合計1348万4262円及びこれに対する不法行為終了の日である平成9年2月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

6  以上によれば,一審原告の控訴は理由がないので棄却すべきであるが,一審被告の控訴については,上記判断と結論を異にする原判決を変更するのが相当であるから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 黒岩巳敏 裁判官 鬼頭清貴)

<以下省略>

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