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名古屋高等裁判所 平成13年(ネ)377号 判決 2003年10月28日

主文

1  本件各控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

2  一審被告は一審原告に対し,880万円及びこれに対する平成11年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  一審被告は一審原告に対し,トリニティ工業株式会社の株券5万7000株,住商情報システム株式会社の株券1000株,同和鉱業株式会社の株券100万株を引き渡せ。

4  一審原告が当審で追加した,株券引き渡しの強制執行が不能なときの代償請求の訴えを却下する。

5  一審原告のその余の請求は,当審における新たな請求を含めて,いずれも棄却する。

6  一審被告の反訴請求を棄却する。

7  訴訟費用は,1,2審を通じて,これを5分し,その3を一審被告の負担とし,その余を一審原告の負担とし,参加によって生じた費用は,1,2審を通じて,これを5分し,その3を一審被告の負担とし,その余を補助参加人の負担とする。

8  この判決の主文第2項は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

(一審原告)

1  原判決主文第一項を次のとおり変更する。

(1)一審被告は一審原告に対し,23億4209万6319円及びうち20億7420万8953円に対する平成2年4月2日から,うち2億4583万4846円に対する平成11年4月29日から,うち1325万2520円に対する平成10年7月30日からそれぞれ支払済みまでいずれも年6分の割合による金員を,うち880万円に対する平成11年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)一審被告は一審原告に対し,原判決別紙株券一覧表一ないし八記載の株券(但し,同表二記載の株券については10株と訂正する。)を引き渡せ。

(3)上記引渡しにつき強制執行不能のときは,一審被告は一審原告に対し,

原判決別紙株券一覧表一記載の株券につき,117万5000円

同二記載の株券につき,187万円

同三記載の株券につき,19万5000円

同四記載の株券につき,179万8000円

同五記載の株券につき,1500万円

同六記載の株券につき,1890万円

同七記載の株券につき,440万円

同八記載の株券につき,4億6900万円

を支払え。(当審で追加された代償請求)

2  原判決主文第二項を取り消す。

3  上記取消しにかかる一審被告の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,1,2審とも一審被告の負担とする。

5  仮執行宣言

(一審被告)

1  原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。

2  一審原告の請求(当審で追加された請求を含む。)をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,1,2審とも一審原告の負担とし,補助参加に関わる訴訟費用は補助参加人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,証券会社である一審被告と,平成元年12月から平成2年2月にかけて同和鉱業株式会社発行の株式(以下「同和鉱業株式」という。)を買い付ける取引をした一審原告が,一審被告の断定的判断の提供,不実表示・誤認表示,適合性原則違反,大量推奨販売などによる委託事務処理上の義務違反という債務不履行によって損害を被ったとして,損害賠償(約30億円)の支払を求めるとともに,信用取引を行うために一審原告が一審被告に保管を委ねた株券等(原判決別紙株券一覧表記載の株券と2億余円の現金)の返還と,上記買い付けにより一審被告が保管した同和鉱業株式の平成10年及び平成11年の配当金相当額(880万円)の支払を求めた本訴と,一審被告が一審原告に対し,上記取引のうちの信用取引における買付代金を貸し付けたとして,貸金残元金と遅延損害金(約12億円の残元金とこれに対する遅延損害金及び確定損害金約6億円)の支払を求める反訴とが併合審理され,原審が,本訴については概ね債務不履行に基づく損害約7億円の支払と平成10年の配当金相当額480万円の支払の限度で一審原告の請求を認容して,反訴については一審被告の請求を全部認容する旨の判決を言い渡したところ,双方から控訴があった事案である。

2  争いのない事実

(1)当事者

一審原告は,宅地の造成,住宅・店舗の建築及びそれらの売買,賃貸,管理等を目的とする株式会社であり,一審被告は,証券取引法により証券業を営む株式会社である。

(2)信用取引口座の開設

一審原告は,平成元年7月26日ころ,証券取引法に基づき証券取引所が定める受託契約準則に基づき,一審被告に対し,信用取引のための信用取引口座設定を申し込み,一審被告の承諾を得たうえ,一審被告に対し,信用取引口座設定約諾書を差し入れ,もって信用取引に関し,一審被告との間で次の①ないし③のとおり合意した(以下「本件信用取引口座設定契約」という。)。

① 一審原告が,信用取引に関し,一審被告に対し負担する債務を所定の時限までに履行しないときは,通知,催告を行わず,かつ法律上の手続によらないで,担保として預託してある有価証券を,一審原告の計算において,その方法,時期,場所,価格等は一審被告の任意で処分し,それを適宜一審原告の一審被告に対する債務の弁済に充当されても異議なく,また上記弁済を行った結果,残債務がある場合には直ちに弁済する。

② 一審原告が,信用取引に関し,一審被告に対する債務を履行しなかった場合には,証券取引に関し,一審被告の占有する一審原告の動産,有価証券は一審被告が処分できるものとし,その場合,すべて上記①に準じて取り扱う。

③ 一審原告は,信用取引に関し,一審被告に対する債務の履行を怠ったときは,一審被告の請求により,一審被告に対し,履行期日の翌日から履行の日まで,当該取引所の定める率(東京証券取引所及び名古屋証券取引所は,遅延損害金の率を100円につき1日4銭と定めている。)による遅延損害金を支払う。

(3)同和鉱業株式をめぐる一審原告と一審被告との取引

一審原告は,平成元年12月14日,一審被告から同和鉱業株式の売買取引を勧められ,同月15日から平成2年2月1日までの間,原判決別紙取引一覧表の「現物取引」,「信用取引・反対売買決済分」「信用取引・現引後売付分」,「信用取引・現引後保有分」の各「買付」欄記載のとおり,一審被告に委託して同和鉱業株式を買い付け,同年1月18日から同年4月2日までの間,同一覧表の「現物取引」,「信用取引・反対売買決済分」「信用取引・現引後売付分」の各「売付」欄記載のとおり,一審被告に委託して上記買付株式の一部を売却した(以上の取引を以下「本件株式売買委託取引」という。)。

(4)信用取引を行うための株式等の差し入れ

一審原告は,平成2年ころ,一審被告との間で株式売買委託の信用取引を行うため,一審被告に対し,下記の株券,金銭等を差し入れて,それら(投資信託については償還日到来後は償還金)の保管を委託し(以下「本件寄託契約」という。),一審被告は一審原告の取引口座において,これを保管していた。

1  株券   原判決別紙株券一覧表記載一ないし九のとおり

但し,同表記載二については,平成12年7月1日付けで10株に株式分割された。

2  預託金  870万8000円

3  委託保証金  2億2943万3000円

4  投資信託

①ツインポート89-12 1000口 (償還日 平成8年12月27日 償還金637万6500円)

(以下「本件投資信託①」という。)

②ツインPF90-01 1000口 (償還日 平成9年1月31日 償還金687万6020円)

(以下「本件投資信託②」という。)

③ステップ90-02 981万3579口 (償還日 平成10年6月17日 償還金769万3846円)

(以下「本件投資信託③」という。)

(5)上記差し入れに対する返還の催告

一審原告は,一審被告に対し,平成10年7月29日到達の書面で本件投資信託①及び②の償還金の返還を,平成11年4月28日到達の本件訴えの追加的変更申立書(以下「本件訴え変更申立書」という。)で上記株券,預託金,委託保証金及び本件投資信託③の償還金の返還をそれぞれ催告した。

(6)証券取引所における受託契約準則

東京証券取引所及び名古屋証券取引所は,証券取引法に基づき,受託契約準則において,顧客が,所定の時限までに,信用取引に関し,貸付を受けた買付代金の弁済を行わない場合には,正会員(証券会社)は,任意に,当該信用取引を決済するために,当該顧客の計算において,売付契約を締結することができる旨を規定している。

3  一審原告の請求

(1)一審原告は一審被告に対し,本件株式売買委託取引の受託者としての注意義務違反による損害賠償として,本件株式売買委託取引に基づく損害金29億6315万5648円と弁護士費用1億円との合計30億6315万5648円のうち29億6315万5648円及びこれに対する本件取引終了の日である平成2年4月2日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を原審では請求したが,控訴審では,29億6315万5648円の7割に相当する20億7420万8953円の内金請求となり,上記債務不履行責任とともに不法行為に基づく損害賠償としても請求した。

(2)一審原告は一審被告に対し,本件寄託契約に基づき,預託金870万8000円,委託保証金2億2943万3000円,投資信託の償還金合計2094万6366円(内訳・本件投資信託①が637万6500円,本件投資信託②が687万6020円,本件投資信託③が769万3846円)の各返還及びこれらについて各支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金(起算日は,本件投資信託①及び②の償還金合計1325万2520円については催告の日の翌日である平成10年7月30日であり,預託金870万8000円,委託保証金2億2943万3000円,本件投資信託③の償還金769万3846円については本件訴え変更申立書送達の日の翌日である平成11年4月29日)の支払を請求した。

(3)一審原告は一審被告に対し,第1次的に不当利得に基づく本件配当金返還請求として,第2次的に釈明義務違反の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として,第3次的に名義書換手続代行義務違反の債務不履行もしくは不法行為に基づく損害賠償請求として,それぞれ880万円及びこれに対する本件訴え変更申立書送達の日の翌日である平成11年4月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した。

(4)一審原告は一審被告に対し,本件寄託契約に基づき,原判決別紙株券一覧表記載一ないし八の株券(但し,同表二記載の株券については,10株)の引渡しを請求し,当審においては,引渡しの強制執行が不能なときに備えて,代償請求として株価相当額の金員の支払を追加して請求した。

4  一審被告の請求

一審被告は一審原告に対し,本件株式売買委託取引のうちの信用取引に基づく本件貸金債権の残元金12億0252万1230円とこれに対する平成9年12月31日までの確定損害金の残金6億0698万9201円との合計18億0951万0431円及びうち残元金に対する平成10年1月1日から支払済みまで約定の日歩4銭の割合による遅延損害金の支払を請求した。

第3争点と当事者の主張

1  本件株式売買委託取引における債務不履行に基づく損害賠償義務の有無(争点1)

(一審原告の主張)

証券会社である一審被告は,顧客との株式売買委託取引において,受託者として善良なる管理者の注意をもって委託事務を処理すべき義務があり,投資勧誘等を行うにあたっては,証券取引法等の各種法令を遵守すべき義務があるところ,次のとおり,一審被告は,一審原告との本件株式売買委託取引において,法令違反の投資勧誘等を行い,受託者の善良なる管理者としての注意義務に違反したので,損害賠償義務を負う。

①断定的判断の提供,不実表示・誤認表示(争点1①)

一審被告は,一審原告に本件株式売買委託取引を勧誘するに際し,「日興さんの3割以上は絶対保証します。」「今度オールAで同和山をやるようになったから是非参戦してほしい,これは絶対間違いないからこれにかけて頂けませんか。」「本社の株式部とも連絡をとってとりあえず2000円にきちっと着地させますから。」「私はこれに命を懸けてますから,社長は何も言わずに金だけを出してあとのことは任せてほしい。」などと述べて,我が国4大証券会社の一角を担う一審被告が,全社を挙げて同和鉱業株式の投機的な買付を行い1株2000円まで確実に株価が上昇する旨を述べて,証券取引法等の禁止する断定的判断の提供をした。

また,一審被告が,実際に全社を挙げて同和鉱業株式の投機的な買付を行ったり,同株式の株価が1株2000円まで上昇することもなかったから,一審被告の上記勧誘行為は不実表示・誤認表示や相場操縦を禁止した証券取引法等の規定にも違反するものである。

②適合性原則違反(過当勧誘)(争点1②)

証券会社またはその使用人は,投資者の知識,経験及び財産状況に適合した勧誘を行わなければならない(以下「適合性原則」という。)ところ,一審被告は,投資の知識,経験に乏しい一審原告に対し,短期間に多額の借入金を投入させ,原判決別紙取引一覧表記載のとおり,当時株価が急騰していた同和鉱業株式の大量購入を勧めたものであるから,一審原告が当時資産を有していたことを考慮しても過当な投資を勧誘したものであり,適合性原則違反である。

③大量推奨販売(争点1③)

大量推奨販売は,ともすると押しつけ的な過当な投資勧誘の手段として用いられ,投資者の判断を誤らせる結果となるため,主観的又は恣意的な情報提供となる特定銘柄の有価証券の一律集中的推奨は証券取引法等で禁止されるところ,一審被告は,少なくとも名古屋支店ぐるみで,前記のとおり,「オールAでやる。」などと述べて,主観的,恣意的な情報提供をしたうえ,特定銘柄である同和鉱業株式の大量推奨販売を行った。

④損害拡大防止義務違反(争点1④,当審における新たな主張)

双務契約において,契約当事者の一方が,他方に対し経済力,情報量,技術力の各面で見劣りし,対等の契約関係を維持するには,他方の強者に然るべき契約上の義務を課さないと公正な契約関係とならないことから,単なる信義誠実義務を越えて強者に保護義務ないしこれに類似する配慮義務を課すべき場合(例えば,労働契約における安全配慮義務や,消費者保護の分野)があり,株式取引における証券会社と顧客の関係も,証券会社は圧倒的な組織と百戦錬磨の人員を有し,大量の情報を持っているのであるから,弱者としての一般投資家に対し,可能な限り,損失・損害を与えないように,また,既に損害が発生しているときは,これを最小限度に止めるよう配慮し努力する義務(これを損害拡大防止義務と呼ぶことにする。)が認められるべきである。

一審原告代表者は,同和鉱業株式の取引が一審被告の従業員による違法な勧誘行為によるものであるから,その結果としての取引上の損失を負担することはできないとの意思を,遅くとも平成2年4月2日に追証の提供を拒否して明確に表示した。従って,この時点で一審被告としては信用取引の91万8000株につき,売買決済すべき義務があったのに,これを行わず,一審原告が保管を委託されていた同和鉱業株式100万株を含め合計191万8000株をそれから8年,本訴が提起されてから4年以上経過した平成10年6月17日から同年7月2日までの間に売却した(上記のうち100万株は,後記のとおり無断売買である。)というのであるが,この間に株式が長期的に低落していったのは公知の事実であるのに,一審被告は何故か191万8000株に及ぶ大量の株式を長期にわたって保持し早期売却による回収をとるべき職責を果たさなかったのであるから,上記損害拡大防止義務に違反するものである。

なお,遅延損害金の起算日は平成2年8月2日とすべきである。

(一審被告の主張)

一審被告には,本件株式売買委託取引において何らの義務違反はなく,損害賠償義務を負うものではない。

①の断定的判断の提供,不実表示・誤認表示については,一審原告の主張事実を否認する。仮に証券取締法等が禁止する断定的判断の提供,不実表示・誤認表示等の規制に違反する勧誘行為が認められる場合であっても,同行為が直ちに顧客に対する債務不履行または不法行為を構成して証券会社に損害賠償責任を生じさせるものではなく,勧誘行為が私法上も違法であるというためには,規制違反の程度が著しく,有価証券取引における通念に照らしても,その勧誘方法が一般的に許容される範囲を逸脱している等の特別の事情が認められることを要するというべきであり,そのような許容性からの逸脱の判断にあたっては,取引の種類,投資対象,顧客の投資経験・知識,これに基づく理解力・判断力,勧誘の態様,これによる顧客への影響の程度などを総合して検討すべきである。本件取引が行われた平成元年12月から平成2年1月ころには,一般的に株価の上昇が予想され,暴落は予想されていなかったという状況があり,同和鉱業に関する金鉱脈発見という株価上昇に直結する特殊な好材料が存在した事実を前提にすれば,原判決が認定した言動が認められるとしても,将来の株価推移に対する見通しに基づく予想及び相場観を語ったに過ぎないと評価すべきであり,豊富な投資経験を有する一審原告代表者のBが,そのような意味合いのものとして冷静に受け止め,自己の経験と知識をもとに株式取引の危険性を熟知したうえ,本件取引を決断して実行したものであることは明らかである。また,「オールAで同和山をやる」「本社株式部とも連絡をとってやっていく」との表現内容は,「自社の本社,支店等が独自の株価予想に基づき,当該株式を顧客に推奨銘柄として積極的に勧誘していく」というもので,証券業界における常套句であり,このような意味合いのものに過ぎないことを一審原告代表者Bは十分理解していたので,何ら誤解を生じさせる表現ではない。

一審原告代表者Bは,豊富な投資経験を有するプロの投資家であり,②の適合性原則違反が問題となる余地はない。

③の大量推奨販売の主張は争う。

④の損害拡大防止義務違反の主張は,時機に後れた攻撃防御方法であり,却下されるべきである。仮に同主張の追加が許されるとしても,同主張は以下のとおり不当である。

すなわち,一審原告代表者Bは,信用取引による買付代金の決済方法を熟知したうえ,一審被告に対し信用取引口座設定約諾書(乙第2号証)を差し入れ信用取引を行ったものであり,信用取引による買付資金決済期限が買付日の6か月後である事実を知らなかったことはあり得ないし,信用取引により買い付けた株式及び委託保証金は証券会社の顧客に対する買付資金貸付金債権の担保となり,顧客が決済期限において買付資金の決済を怠った場合には,証券会社はこれを担保物として任意に処分できることも熟知していた。そして,一審被告は一審原告に対し,少なくとも,平成2年11月7日から平成3年4月3日まで毎月立替金12億0252万1230円の支払を書面(乙第37号証の1ないし5)で催促しており,調停不調後の平成5年6月3日にも,内容証明郵便(乙第45号証)により同立替金の支払を請求していた。そもそも一審原告は,本件信用取引によって買い付けた同和鉱業株91万8000株につき,買付代金全額を一審被告に支払って同株を現引きするか,反対売買を行って差額金を決済するか,いずれも自由に行いうる立場にあったものであるにもかかわらず,一審原告代表者Bは,決済資金の調達難と自己の株価予想に基づき,あえていずれの方策も採らず事態を放置したのであり,このような一審原告代表者Bの投資判断の誤りと,バブル経済の崩壊や湾岸戦争による世界経済情勢の変化等の複合的原因による株価の大暴落が重なった結果,一審原告の損害が拡大したのであって,一審被告に責任はない。

2  本件株式売買委託取引における不法行為に基づく損害賠償義務の有無(争点2,当審における新たな主張)

(一審原告の主張)

前記1で一審原告が主張したとおり,本件は,一審被告の従業員が,一審被告の事業たる証券取引の勧誘行為,売買取引行為について,故意に行われた詐欺的セールストークを内容とする断定的判断の提供や不実表示・誤認表示といった強度の違法行為による不法行為によって,一審原告に損害を与えたものであるから,一審被告は民法715条に基づき損害賠償責任を負う。なお,遅延損害金の起算日は平成2年8月2日とすべきである。

(一審被告の主張)

一審原告の不法行為に基づく損害賠償請求を内容とする請求原因の追加は,時機に後れた攻撃防御方法の提出であるから,却下されるべきである。

仮に上記請求原因の追加が許されるとしても,不法行為に基づく損害賠償請求権は,遅くとも,一審原告が一審被告に対して損失補償の要求を行っていた平成2年4月から3年を経過した平成5年4月末までには時効期間の経過により消滅時効が完成しているので,一審被告は一審原告に対し,当審の第1回口頭弁論期日である平成14年1月22日,これを援用する旨の意思表示をした。

3  民法708条の類推適用による請求棄却の主張の当否(争点3,当審における新たな主張)

(一審被告の主張)

一審被告としては,従業員の勧誘行為に一審原告の主張するような違法性があることを一切否定するものであり,かつ,公序良俗に反する不法なものは一切ないと主張するものであるが,仮に一審被告の従業員が会社ぐるみによる違法な相場操縦が行われるかのごとく誤信させる勧誘行為によって,一審原告代表者Bが本件株式売買委託取引を決意したのであれば,論理上,本件株式売買委託取引は,違法な相場操縦によってもたらされる不当な利益に預かろうとする不法な動機を原因に行われたものとなるから,このような不法な動機に基づいて証券取引を行った一審原告は,公序良俗違反の行為をなした者として,法による保護のらち外にあり,民法708条の類推適用ないしその趣旨に照らし損害賠償請求は許されないこととなるというべきである。

(一審原告の主張)

一審被告の民法708条の類推適用等の主張は,争う。

そもそも本件株式売買委託取引は,一審被告従業員の断定的判断の提供等の違法な勧誘に一審原告代表者Bが乗せられたことから始まったものであって,一審被告の違法な勧誘がなければこの取引は存在しなかったものであるし,一審原告が相場を操縦しようとしたことはないし,仮に一審原告が違法行為に加担したというのであれば,一審被告が発案し実行したものであって,その不法性は一審原告よりも一審被告の方がはるかに高いことは自明であって,不法性の低い一審原告からの損害賠償請求が民法708条の類推適用等によって妨げられるものではない。

4  上記1もしくは2による損害額(争点4)

(一審原告の主張)

一審原告は,本件株式売買委託取引により,原判決別紙取引一覧表末尾「差引損益」欄記載のとおり,総額29億6315万5648円の損害(売付価格〔手数料等を除く。〕と買付価格〔手数料等を含む。〕との差額)を被った。(争点4①)

なお,同一覧表「信用取引・現引後保有分」の①ないし⑧(買付株式合計91万8000株)については,本来,同欄「現引日」欄記載の各期日において,いずれも売却(反対売買決済)されるべきものであったから,右各期日の終値で売却されたものとして損害を計算した(実際には,一審被告が,一審原告に無断で上記各期日に現引きしたが,その効果が一審原告に帰属することはない。)。次に,⑨の取引にかかる100万株(以下「本件株式100万株」という。)は,一審原告が一審被告に保管を委託していたところ,その後,一審被告が,一審原告に無断で売却したが,その効果が一審原告に帰属することはないから,一審原告は依然として本件株式100万株を保有しているのであり,したがって,平成12年4月28日の終値で損害を計算した(そうすると,「信用取引・現引後保有分」①ないし⑨の取引による平成12年4月28日の時点での損害合計額は,同欄「損益」欄末尾記載のとおり19億8929万4371円となる。)。

さらに,一審原告は,本件損害金の支払を受けるため,本訴の提起と追行を本件一審原告訴訟代理人らに委任した。その弁護士費用としては,1億円が相当である。(争点4②)

(一審被告の主張)

一審原告主張の債務不履行ないし不法行為によって損害が生じたことは争う。

5  損害賠償請求権に対する相殺の成否(争点5,当審における新たな主張)

(一審被告の主張)

① 一審原告による相殺(争点5①)

一審原告は,平成5年6月12日付回答書(乙第44号証)によって,一審被告に対し,本件株式売買委託取引によって生じた一審被告に対する損害賠償請求権を自働債権とし,一審被告の一審原告に対する後記本件貸金債権残元金12億0252万1230円を受働債権として,両債権を対当額で相殺する旨の意思表示をした。

したがって,仮に一審原告の損害賠償請求権が認容されるとしても,上記相殺により同請求権は上記の限度で消滅した。

② 一審被告による相殺(争点5②)

一審被告は,原判決言い渡し後,平成13年4月2日到達の書面(乙第45号証の1,2)により,一審被告の一審原告に対する原判決主文第二項の債権(後記本件貸金残債権及びその遅延損害金請求権)を自働債権とし,一審原告の一審被告に対する原判決主文第一項第1号及び第2号記載の各債権(前記1の損害賠償請求権及び後記7の配当金に関する金員支払請求権並びにこれらの遅延損害金請求権)を受働債権として,両債権を対当額で相殺する旨の意思表示をした。

したがって,仮に一審原告の損害賠償請求権が認容されるとしても,上記相殺により同請求権は全額消滅した。

さらに,一審被告は,平成14年1月22日に開催された当審の第1回口頭弁論において,控訴理由書により,一審被告の一審原告に対する原判決主文第二項の債権を自働債権とし,一審原告の一審被告に対する損害賠償請求権全額を受働債権として,両債権を対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(一審原告の主張)

①については,一審被告による催告書(乙第43号証)に対する回答書(乙第44号証)として送付したもので,立替金よりも損害賠償請求権が多額であり,株券売却による充当がなされないことを条件として通知したものであるから,この条件が満たされない本件では,上記相殺通知は発効しなかったものである。

②についても,一審原告の一審被告に対する債権は,債務不履行に基づくものであっても不法行為が競合して成立しているので,民法509条の類推適用により,この債権を受働債権とする相殺は許されない。

6  本件寄託契約に基づいて差し入れた株券等の返還請求の当否(争点6)

(一審原告の主張)

一審原告は,本件寄託契約に基づいて差し入れた株券,預託金,委託保証金,投資信託につき,返還を催告したが,これらの返還を求める。

(一審被告の主張)

一審原告が返還を求める株券,預託金,委託保証金,投資信託は,本件信用取引口座設定契約及び受託契約準則に基づいて,一審被告が一審原告に対する債権を担保するために保管し,あるいは,これを弁済充当または売却処分のうえ充当することができるものであるところ,以下のとおり,一審被告には返還の義務はない。

すなわち,一審原告が一審被告に対し,原判決別紙同和鉱業株式信用取引一覧表の「貸付金弁済期日」欄記載の各弁済期までに本件貸金債権を弁済しなかったため,一審被告は,本件信用取引口座設定契約に基づき,担保として提供された預託金(870万8000円)及び委託保証金(2億2943万3000円)を後記本件貸金債権元金のうち金2億3814万1000円に充当し,平成2年8月6日時点で,本件貸金債権の残元金は12億0252万1230円となった。

さらに,一審被告は,受託契約準則の規定に基づき,一審原告が返還を求める株式(ただし,原判決別紙株券一覧表のうち七及び九を除く。)及び本件投資信託①ないし③を原判決別紙一審原告金利返済一覧表記載のとおり,平成9年1月8日から平成10年8月7日までの間に売却し,その売却代金合計6億9317万6754円を,本件貸金債権の残元金に対する平成2年8月7日から平成9年12月31日までの遅延損害金13億0016万5955円のうち金6億9317万6754円に充当した。

それゆえ,一審原告が返還を求める株券(原判決別紙株券一覧表記載七及び九以外の株券),預託金,委託保証金,投資信託は,本件信用取引口座設定契約及び受託契約準側に基づき,一審被告が一審原告に対する債権への弁済充当または売却処分したもので,一審原告に返還すべき義務はなく,その他の寄託有価証券(原判決別紙株券一覧表記載七の株券)についても,一審原告が一審被告との信用取引による債務を完済していない以上,返還すべき義務はない。

7  同和鉱業株式の平成10年及び平成11年の配当金の返還もしくはこれと同額の金員支払請求の当否(争点7)

(一審原告の主張)

同和鉱業株式会社は,平成10年に1株当たり税引後4円80銭,平成11年に1株当たり税引後4円の各配当を行ったから,本件株式100万株(原判決別紙株券一覧表八記載の株券によって表章される株式100万株であり,原判決別紙取引一覧表「信用取引・現引後保有分」の⑨の買付株式100万株)の株主に対し,平成10年に480万円,平成11年に400万円の配当金(以下「本件配当金」という。)が支払われた。

以下のとおり,一審原告は一審被告に対し,第1次的に不当利得に基づく本件配当金返還請求として,第2次的に釈明義務違反の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として,第3次的に名義書換手続代行義務違反の債務不履行もしくは不法行為に基づく損害賠償請求として,本件配当金と同額の880万円とこれに対する遅延損害金の支払を請求することができる。

①第一次的請求原因(不当利得返還請求)

一審被告は,本件株式100万株について,平成2年8月から平成3年3月25日までの間に,すべて一審被告名義に名義書換手続を行い,本来一審原告が取得すべき本件配当金を受領した。

②第二次的請求原因(不法行為・債務不履行)

仮に一審被告が本件株式100万株の名義書換手続を行っておらず,本件配当金を受領していないとしても,証券会社は,証券取引法上,顧客に対し,誠実かつ公正に業務を遂行すべき義務を負うから,この誠実公正義務に基づき,顧客から買付株式に関する事項について釈明を求められた場合,これについて釈明する義務がある。ところが,一審被告は,一審原告が平成9年2月6日付準備書面で上記株式の株主名簿上の名義人の氏名等の釈明を求めたにもかかわらず,その具体的な氏名等を明らかにしなかった。その結果,一審原告は事実上,本件配当金を受領することができなくなり,本件配当金と同額の損害を被った。

③第三次的請求原因(不法行為・債務不履行)

一審被告は,保護預り約款13条に基づき,預り株券について,一審原告から名義書換手続の依頼があった場合,その手続を代行する義務がある。ところが,一審被告は,一審原告が平成10年3月5日到達の書面で本件株式100万株の名義書換手続を依頼したのに,同和鉱業株式会社の平成10年度の株主名簿基準日である平成10年3月31日までに当該手続を代行しなかった。その結果,一審原告は本件配当金を受領することができず,本件配当金と同額の損害を被った。なお,本件株式100万株が受託契約準則ないし信用取引口座設定約諾書に基づいて一審被告が保管しているとしても,これらに基づく担保としての有価証券の預託の法的関係は,根担保質権の設定と解すべきであり,一審被告には質権者としての善管注意義務の一環として,名義書換代行義務があると解すべきである。

(一審被告の主張)

本件配当金に関して,一審被告には金員支払義務がない。

①については,一審被告は本件株式100万株につき名義書換手続を行っておらず,配当金も受領していない。

②については,一審原告から当該釈明があったことは認め,その余は争う。

③については,一審原告から名義書換手続の依頼があったこと及び一審被告が上記手続を代行しなかったことは認めるが,一審被告は本件の信用取引に関して生じた一審原告に対する貸金債権の回収を図るため,平成10年6月から同年8月までの間に当該株式をすべて売却したから,少なくともこの売却後について名義書換手続の代行義務はないし,後述するとおり,そもそも一審被告に名義書換手続の代行義務はない。

ところで,本件株式100万株を一審被告が占有している根拠は,保護預り契約ではなく,信用取引口座設定約諾書(乙第2号証)及び受託契約準則第39条3項(乙第42号証)に基づくものである。一審被告は,これらに基づいて一審原告が信用取引で買い付けた株式を立替金債権の担保として預かり占有しているものであって,保護預り約款の適用はなく,同約款第13条に基づく名義書換代行義務はない。けだし,一審被告は,一審原告の注文により信用取引で株式を買い付ける際に発生した一審被告の一審原告に対する立替金債権の担保として本件株式100万株の預託を受けた(上記準則第39条)ものであり,預託者である一審原告が立替金債務の弁済をなすまでの間,一審被告は預託を受けた買付有価証券を任意に他に貸し付けたり,担保に供したり,有価証券に基づく権利を行使することができる(上記約諾書第10条)し,一審被告は預託を受けた有価証券については,同一銘柄・数量のものをもって返還すれば足りる(上記約諾書第11条)ものであるから,証券会社は顧客から預かっている当該株式そのものを返還する義務はないので,当該特定の株式を顧客のために名義書換手続を代行するということは全く予定されていない。このように一審被告は,所有者と同一の権利を行使できるのであり,預託者である一審原告から名義書換手続の依頼があっても,これに応ずる義務はない。また,配当金についても,一審被告において,預託を受けた有価証券に基づく権利の行使として当然受領権があるから,仮に一審原告名義への書換手続がなされたとしても,一審原告は配当金を受領できないのであって,一審原告には同金額相当の損害は発生していないから,この点でも,一審原告の主張は理由がない。

また,仮に本件株式100万株を預かる行為が質権の設定であるとしても,質権者としての善管注意義務から,名義書換代行義務を導くことには無理がある。

8  本件貸金債権による金員請求の可否(争点8)

(一審被告の主張)

一審原告は,平成2年1月11日から同年2月1日までの間,原判決別紙同和鉱業株式信用取引一覧表記載のとおり(原判決別紙取引一覧表「信用取引・現引後保有分」の①ないし⑧の取引と同じ。),一審被告に委託して,同和鉱業株式91万8000株を14億4066万2230円で買い付けた。その際,一審被告は,同信用取引一覧表「代金決済日(貸付金発生日)」欄記載の証券取引所での各決済日に,一審原告のために上記買付代金全額をそれぞれ貸し付け,一審原告との間で,同信用取引一覧表記載の「貸付金弁済期日」を各弁済期とすることを合意した(この一審被告の一審原告に対する貸金債権を以下「本件貸金債権」という。)。

ところが,一審原告が一審被告に対し,同信用取引一覧表記載の「貸付金弁済期日」欄記載の各弁済期までに本件貸金債権を弁済しなかったため,一審被告は,本件信用取引口座設定契約に基づき,担保として提供された預託金870万8000円,委託保証金2億2943万3000円を本件貸金債権元金のうち金2億3814万1000円に充当し,平成2年8月6日時点で,本件貸金債権の残元金は12億0252万1230円になった。

さらに,一審被告は,受託契約準則の規定に基づき,原判決別紙株券一覧表のうち七及び九を除く株券に表章される株式及び投資信託をそれぞれ原判決別紙一審原告金利返済一覧表記載のとおり,平成9年1月8日から平成10年8月7日までの間に売却し,その売却代金合計6億9317万6754円を,本件貸金債権の残元金に対する平成2年8月7日から平成9年12月31日までの遅延損害金13億0016万5955円のうち金6億9317万6754円に充当した。

そこで,一審被告は一審原告に対し,本件貸金債権の残元金12億0252万1230円とこれに対する平成9年12月31日までの確定損害金の残金6億0698万9201円との合計18億0951万0431円及びうち残元金に対する平成10年1月1日から支払済みまで約定の日歩4銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお,後記一審原告主張の取引継続意思確認義務はないと考えるが,仮に同義務があるとしても,一審被告は一審原告に対し,平成2年4月以降,再三にわたり追加証拠金の入金を催促するとともに,未決済のまま放置されていた同和鉱業株式91万8000株の信用取引の決済を催促し,信用取引によって買建てした同株を現引きするか,あるいは同株を反対売買して差損金の決済を行うように再三催促したが,このような催促行為は,一審原告に対する本件取引継続意思の有無を確認する行為に他ならず,一審被告には一審原告主張のごとき義務違反はない。

(一審原告の主張)

本件貸金債権は,有効に成立しないか,仮に成立するとしても,一審被告の不法性に照らし,一審原告に請求することは許されない。

すなわち,一審原告は自ら望んで同和鉱業株の信用取引を始めたものではなく,一審被告の違法な勧誘に乗せられて,さらに,この時期途中で買付を止めたのではこれまでの投資がすべて無駄になるなどと半ば脅されて信用取引を始めたのであり,本件貸金債権は,一審被告の違法行為によって始まった平成元年12月15日の現物取引に起因し,一審被告の違法勧誘と密接不可分な関係にある以上,仮に形式的に債権が成立したとしても効力が生じないものである。

また,たとえ有効であるとしても,違法な原因で成立した法律関係で,これを請求することは自らの違法に目を覆うものであって,違法行為そのものは一審被告が発案し実行したものであって,不法性は一審原告よりも一審被告の方がはるかに高いのであるから民法708条により,あるいは,信義則違反ないし権利の濫用として許されないというべきである。

さらに,一審原告は,平成2年4月初め以降,一審被告との間で取引を継続する意思がなかったことは明白であり,このような場合,一審被告としては,一審原告に対し引き続き取引を維持継続するか,この際取引を中止するのか確認し,これに応じた適切な対応をとるべきであり,本件において,一審被告が一審原告に対してこのように意思を確認する措置をとり,その時点で委託証拠金と相殺していれば,貸金債権は発生していない。

また,一審被告によれば,同和鉱業株式191万8000株を平成10年6月17日から同年7月2日までの間に売却したほか,一審原告が一審被告に預託していた株式を平成10年6月ころから同年8月ころにかけて順次売却して本件貸金債権に充当したというのであるが,同和鉱業株式については,買付後約8年,調停後に本件訴訟が提起された平成6年4月からでも4年以上経過してから売却しているところ,この間株式が長期的に低落していたことは公知の事実であり,前記損害拡大防止義務の観点に照らして早期に売却すべきであったのであり,そうすれば本件貸金残債権は存在しなかったものである。

なお,仮に本訴請求の損害賠償請求が過失相殺されるのであれば,信用取引によろうが,現物取引によろうが,事の本質は変わるところがないのであるから,反訴請求のうち一審被告の過失割合に対応する金員支払請求は,信義則に反して許されない。

仮に,一部とはいえ本件貸金債権による金員支払請求が認められるとしても,日歩4銭という遅延損害金請求は,以下のとおり不当である。すなわち,本件の信用取引は,一審被告の違法な勧誘がなければ存在しなかったものであり,一審原告が当初用意した20億円が投資されて手元資金がなくなることは承知のうえ,一審原告にこのままでは投資した金が全部無駄になるといい,同時にオールAの名を使っての買い上げであるからさらに資金をつぎ込めば利益が上がるとの幻想を抱かせて,信用取引に引きずり込んだのであって,決して一審原告代表者Bの自由な意思に基づいて信用取引が選択されたわけではなく,一審被告からは,信用取引の開始から示談交渉を通じて,このような高利の遅延損害金が付加されるなどという説明は一度もなかったのであるから,こうした事情を総合すれば一審被告のこのような高利の請求は不当であり,仮に遅延損害金が発生するとしても,信用取引契約における利率ではなく,商事一般規定の商事法定利率によるべきで,日歩4銭という高利の請求自体が暴利行為であるというべく,権利の濫用ないし信義則違反として認められない。

9  本件貸金債権に対する相殺の成否(争点9)

(一審原告の主張)

仮に一審原告が本件貸金返還債務を負担したとしても,そのうち遅延損害金相当額は,前記1で主張した一審被告の債務不履行によって一審原告が被った損害であるので,一審原告は,これと同額の損害賠償請求債権を有しているから,一審被告に対し,平成12年11月14日の本件口頭弁論期日において,これを自働債権とし,一審被告の一審原告に対する遅延損害金債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意思表示をした。

なお,原判決は,「一審原告は,一審被告の違法な勧誘行為により本件株式売買委託取引を行ったものではあっても,現物取引をするか信用取引をするかは,一審原告の自由な意思により決定されたものであって,一審被告の右債務不履行とは関係がない」と判示するが,一審被告従業員は一審原告代表者Bに買いを煽り,資金を使い果たさせ,信用取引へと誘導したのであるから,違法な勧誘の影響は個々の信用取引にも及んでおり,信用取引による損害の発生は「通常損害」かそうでないとしても「予見可能な特別損害」である。

(一審被告の主張)

一審原告による相殺の主張は争う。

10  本件貸金債権に対する時効消滅の成否(争点10)

(一審原告の主張)

本件貸金債権は,遅くとも平成2年8月6日以降は権利の行使が可能であったから,平成7年8月6日の経過により時効によって消滅したので,一審原告は,平成11年9月7日の原審口頭弁論期日において,上記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

よって,一審被告の主張する本件貸金債権に基づく金員請求は棄却されるべきである。

(一審被告の主張)

一審原告が主張する消滅時効は,以下の時効中断もしくは時効援用権の喪失により,認められない。すなわち,一審原告は一審被告に対し,①平成2年9月25日当時,一審被告との示談交渉において,また,②平成5年6月12日付回答書において,さらに,③平成6年5月23日到達の本件訴状において,いずれも本件貸金返還債務を承認したので,時効は中断しており,④平成10年4月24日の原審口頭弁論期日において,本件貸金返還債務を承認したので,時効援用権を喪失した。

第4当裁判所の判断

1  損害賠償請求について(争点1,2,3,4)

(1)本件株式売買委託取引を行った一審原告の知識・経験等について検討すると,甲第12号証,第30号証,第48号証,乙第9号証の1ないし29,第10号証の1ないし12,第11号証の1ないし22,第12号証の1ないし3,第18号証の1,一審原告代表者尋問の結果(原審,当審)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

① 一審原告は,宅地の造成,住宅・店舗の建築及びこれらの売買,賃貸,管理等を目的とする会社であり,昭和50年代半ばころ,Bが実質的な支配権を得て,喫茶店の経営から始まり,名古屋市の中心部にあるビルを買い取って賃貸する形態での不動産投資を行い,ビルを何棟も買い取るなど,その事業を拡大したものであり,昭和63年当時の年間売上げは約3億円,所有不動産は簿価で約22億円,時価で約200億円であった。

② 一審原告は,昭和62年ころからは,所有する不動産を担保として年間数十億円の融資を受け,1銘柄につき2,3億円という規模で株式投資を行うようになったが,株式投資の態様は,複数の証券会社を通じて,B個人名義及び法人名義の両口座を使い分け,信用取引で多数回の売買を反復継続することによる差益の獲得,あるいは特定銘柄の買占めなどを目的とするもので,投機的性格の相当強いものであった。

③ 昭和63年当時の一審原告の従業員は,正社員が3名いる他はアルバイトやパートで,一審原告はBの実質的個人会社であり,上記株式取引もすべてB一人の指示で行われていた。

以上の事実が認められ,このような一審原告が行ってきた株式取引の内容,規模,態様等に照らせば,一審原告は平成元年当時信用取引を含む株式取引について,十分な知識,経験を有していたものということができるので,「一審原告が証券取引の知識,経験に浅く,素人である一般投資家と異なるところはない」という一審原告の主張は採用することができない。

(2)一審原告が,一審被告から同和鉱業株式の売買取引を勧誘されて,本件株式売買委託取引を行ったことは当事者間に争いがないところ,一審被告の一審原告に対する本件株式売買委託取引の勧誘の態様について検討すると,甲第19号証の1ないし7,第20号証の1ないし9,第30号証,第33号証の1,2,第34号証,第48号証,乙第3号証の1,2,第27号証,原審証人Cの証言,一審原告代表者尋問の結果(原審,当審)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

① 一審被告名古屋支店の従業員Cは,昭和63年9月ころから,一審被告名古屋支店があるビルの,通りを挟んだ向かい側にあるビルに事務所がある一審原告を毎日のように訪問して証券取引の勧誘を行い,平成元年10月ころ,一審原告代表者Bから借入資金20億円の運用先を探していることを知らされ,すでに日興証券が投資信託を勧めていたのに対抗して,同年12月過ぎころまでの間,一審原告に対し,任天堂の株式を購入することを勧めていた。

② ところが,同月14日,日本経済新聞などに同和鉱業の旧石見大森鉱山の近くで高品位の金鉱脈が発見されたことが報道されたことが引き金となって,同和鉱業株式が発行済株式数を上回る大量の買注文を集め,同株式の価格が急騰し,高値(ストップ高)を付けたのをきっかけに,上記Cから営業活動への助力を求められた一審被告名古屋支店営業部長Dが,新たに一審原告に対する勧誘行為に加わると,もっぱら同人が勧誘の中心となって,任天堂の株式でなく同和鉱業株式の購入を勧めるようになった。そして,同日ころから平成2年2月1日までの間,Dは,「今度オールAで同和山をやるので,是非参戦してほしい」「これは絶対儲かる」「資本金を上回る資金で買注文の入る銘柄は大相場になるので,絶対に間違いない」「本社の株式部とも連絡をとってやっていく」「命をかけて2000円にきちっと着地させるから,B社長は何も言わずに金だけ出して,あとのことは任せてほしい」などと述べて,一審原告に同和鉱業株式を購入するよう強力に勧誘した。

③ 同和鉱業株式の価格は,一時1600円台にまで上昇したことはあったものの,平成2年2月初めころまで,概ね1500円前後で推移しており,一審原告は,Dらに対し,同和鉱業株式を買い進むことについて,度々懸念を示したが,Dらは,オールAでやっているから間違いない,社長は金だけ出してあとのことは任せてほしい旨繰り返して勧誘し,平成2年2月1日までの間,一審原告に同和鉱業株式を購入させた。

以上の事実が認められる。

もっとも,原審証人Dの証言中には,同人が一審原告に対し,本件株式売買委託取引を勧誘した際,「オールA」,「命をかける」などといった言葉を使用したことはない旨の供述部分やその他上記認定に反する部分がある。しかし,甲第29号証(平成2年4月11日にB,D及びCとの間で交わされた会話の録音テープの反訳書)によれば,Dは,同日の会話の中で,「Aが仕掛けたからAがオールAでやっているからといっても,相場だけは,とにかくはどめがかからなくなってきたことはそれは事実なのですよ。」とか,「社長,僕が勧めてオールAでやった銘柄は外れたのではないかと言われるかもしれませんけれども,つらいことは十分わかります。」などと述べて,現に「オールA」という言葉を使用しているうえ,「同和山に関しては,僕は命をかけているのですよ。」とも述べていることが明らかである。さらに,甲第29号証によれば,Dは同日の会話の中で,「頼むから資金を用意してよ。何も考えないで用意して下さいよ。」「何も考えないで金を用意してよ。」などと述べて新たに資金を準備して証券取引を行うことを勧誘していることが明らかであるほか,「僕は,ここまで持っていきましょうというのも持っていったけど,同和山に関しては,僕は命をかけているのですよ。」,「僕はあの時は,完全に2000円から2500円,自分でするっと読めたの。」などとも発言し,一審原告に対する本件株式売買委託取引の勧誘の際,同人が,同和鉱業株式について1株2000円から2500円まで持っていく旨述べたとも窺われる言動をしていたことが認められる。また,同日の会話の中で,一審原告代表者Bが,「一審被告の会社が全部でかかってやるのだと言っていたし,一審被告の株式部も応援するので心配はないと言うから,大船に乗ったつもりでいたのに,追証が問題になるとは思わなかった」旨の発言をしたのを受けて,Dが「おっしゃるとおりです。」と述べていることが認められる。以上の事情のほかに,Dの一審原告に対する勧誘行為の態様については,原審証人Cと一審原告代表者Bとの供述内容が概ね符合することに照らせば,原審証人Dの前記供述部分は採用することができない。なお,乙第27号証(証人Cの証言によれば,平成2年4月末ころ,Cが,一審被告名古屋支店営業部筆頭部長Eに対し,一審原告からの追証拠金の差入れがなされないことについて,担当者として事情を説明するため,当時の記憶に基づき本件取引の経過等を記載したノートであることが認められる。)には,Dが,オールAで同和山をやる旨を述べて勧誘するようになったのは,平成元年12月19日ころからである旨の記載があり,また,原審証人Cの証言中には,Dは,本件取引の当初(平成元年12月15日ころ)からオールAでやるなどと述べて勧誘していたわけではないという部分があるが,乙第27号証中の上記記載部分だけが,他の部分と比較して,文字のインクの濃淡,筆勢等において若干異なっているうえ,同頁の最終行から1行はみ出して記載されているなど他の記載部分と同時に記載されていないことが窺われること,右ノートのうちCが記載した部分(1頁から16頁まで)の中で,右の箇所を除いて,「オールA」という言葉を使用した部分はないことなどに照らせば,上記箇所だけが,後から付け加えられた疑いがあり,同ノートの記載自体が,一審原告からの追証拠金の差入れがなされないという事態が生じ,本件株式売買委託取引における勧誘方法が問題視されるようになってから,作成されたものであることも勘案すると,その記載内容の信用性には疑問がある。また,原審証人Cの右供述部分も採用することができず,他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)そこで,本件株式売買委託取引における勧誘方法の違法性ないし義務違反について検討する(争点1)。

前記認定のとおり,一審被告の従業員であるDは,一審原告に本件株式売買委託取引を勧誘するに際し,「今度オールAで同和山をやるので,是非参戦してほしい。これは絶対儲かります。」,「資本金を上回る資金で買注文の入る銘柄は大相場になるので,絶対に間違いありません。」,「本社の株式部とも連絡をとってやっていく。」,「命をかけて2000円にきちっと着地させますので,社長は何も言わずに金だけ出して,あとのことは任せてほしい。」などと述べていたのであり,これは,一審被告が全社を挙げて同和鉱業株式の買い付けをし,一株2000円まで確実に株価を上昇させることができるので,一審原告は何も考えずに資金だけ出して,あとはすべて一審被告に任せておけばよいというものであったということができる。この点に関して一審被告は,「『オールAで同和山をやる,本社株式部とも連絡をとってやっていく』との表現内容は,『自社の本社,支店等が独自の株価予想に基づき,当該株式を顧客に推奨銘柄として積極的に勧誘していく』というもので,証券業界における常套句である」と主張するが,このような表現が証券業界の常套句として一審被告が主張する意味合いで用いられたことを認めるに足りる証拠はなく,一審被告の上記主張は採用できない。そして,原審証人D及び原審証人Cの各証言によれば,Dの提案に従って,一審原告は,ストップ高となった平成元年12月15日に比例配分を狙って同和鉱業株式100万株の買い注文をし,結局同日7850万7000円で54万9000株を購入し,さらに,土日を挟んで同月19日にも,一審原告は,Dの提案に従って,115万株を購入したことが認められ,このような取引経過,同和鉱業株式の買付の単価及び数量や,これに投入した資金額からも明らかなように,Dの一審原告に対する勧誘は,同和鉱業の株で仕手戦を行おうとしたものであり,このことは,平成2年4月11日にBとの会話で,Dが「仕手戦の中では,今度は同和山,次は住友山・・・」などと話していること(甲第29号証)からも裏付けられる。

上記本件株式売買委託取引における勧誘方法は,単に市場原理に基づく値上がりの見込みが確実であることを強調したものではなく,日本を代表する大手証券会社の一つである一審被告が,全社を挙げて同和鉱業株式の投機的買付を行うなど,需給関係の人為的な操作による株価の上昇も想定させるような言い回しによって,同株式の値上がりは確実である旨を述べたものであって,このような投資勧誘行為が証券取引法等の禁止する断定的判断の提供に該当することは明らかである。

また,甲第29号証,原審証人E及び原審証人Cの各証言によれば,一審被告が同和鉱業株式を参考銘柄として顧客に購入を勧める営業活動を行っていたことは窺えるけれども,本件全証拠によっても,全社を挙げて同和鉱業株式の大量買付をしたことを窺わせる証拠は見当たらないから,本件株式売買委託取引を勧誘するために,Dが述べた「オールAで同和山をやる。」などの表現は,虚偽の表示または重要事項について誤解を生じさせるべき表示であり,証券取引法等の禁止する不実表示・誤認表示に該当するというべきである。

そして,以上のように証券取引法等の禁止する断定的判断の提供や不実表示・誤認表示に該当するDの勧誘行為は,一審原告が有する株式投資の知識や経験,勧誘当時の社会情勢や経済情勢を考慮しても,有価証券取引における通念に照らし,勧誘の方法として社会的に許容される範囲を逸脱していることも明らかである。

もっとも,一審被告は,Bは過去にも大規模な株の買占めを行うなど専門的手法で投機的取引を行っていた投資家であり,一審被告が行った本件株式売買委託取引の勧誘に対しても極めて冷静に対応しており,自らの判断でこれらの取引を行ったことは明らかであると主張する。

しかし,甲第30号証,第48号証,一審原告代表者尋問の結果(原審,当審)によれば,一審原告代表者Bは,Dの勧誘行為が決定的な要因となって,本件株式売買委託取引を開始継続したことが認められるし,甲第29号証,第33号証の1,2,原審証人Cの証言,一審原告代表者尋問の結果(原審)によれば,Dは,同和鉱業株式購入の勧誘に極めて熱心であって,同人の勧誘が相当強引であったことが明白に認められるうえ,一審原告は,当初同和鉱業株式の買付には必ずしも乗り気ではなかったことも認められるし,甲第29号証によれば,Dが,同和鉱業株式を一審原告に勧誘する意気込みについて,「社長逃げてても,どうやってでも勧めたはずですよ。」などと述べていることが認められるのであるから,前記認定の一審原告が有する株式投資の知識,経験を考慮しても,さらには,投資顧問会社のFとの交際を勘案しても,日本を代表する大手証券会社の一つである一審被告が同和鉱業株式の買付について臨む態勢につき,Dが述べた「オールAで同和山をやる。」などの表現による勧誘行為が,一審原告が本件株式売買委託取引を決意する最も重要な誘因となったことは否定することができない。

(4)ところで,一審原告は,一審被告の投資勧誘につき,上記の「①断定的判断の提供,不実表示・誤認表示」のほかに,「②適合性原則違反」「③大量推奨販売」「④損害拡大防止義務違反」を問題とするが,以下のとおり,これらに関する一審原告の主張はいずれも認めることができない。

まず,「②適合性原則違反」については,一審原告が,「一審被告が,投資の知識,経験に乏しい一審原告をして,短期間に多額の借入資金を投じさせ,当時急騰していた同和鉱業株式を大量に購入させたことは適合性原則に違反し,違法である」と主張するけれども,前記認定のとおり,一審原告は,昭和62年ころからは,所有する不動産を担保として年間数十億円の融資を受け,1銘柄につき2,3億円という規模で株式投資を行い,その態様も,複数の証券会社を通じて,信用取引で多数回の売買を反復継続することによる差益の獲得,あるいは特定銘柄の買占めなどを目的とするもので,投機的性格の相当強いものであったし,乙第9号証の1ないし29,第10号証の1ないし12,第11号証の1ないし22,第12号証の1ないし3,一審原告代表者尋問の結果(原審)によれば,一審原告は,本件株式売買委託取引が行われた前後を通じて,三洋証券や新日本証券を通じて株式売買を継続的に反復して行っていたのであるから,一審原告は株式取引についての十分な知識,経験を有しており,一審被告が一審原告に対し本件取引を勧誘したことが,適合性原則に違反し違法であるとはいうことはできない。

次に,「③大量推奨販売」については,なるほど「証券会社が,営業の方針として,現に保有している株式のうち特定の銘柄のものについて,不特定かつ多数の顧客に対し,その買付を一定期間継続して一斉にかつ過度に勧誘すること」は,推奨販売といわれ,公益または投資者保護のために規制すべき問題のある取引であると考えられるが,このような販売方法は,多量の手持株を売り込むために,買い付ける投資者の財産状態や投資資金の性質に配慮せずに推奨され,投資者の保護に欠けるおそれがあり,推奨期間中その株式の価格が上昇している方が順調に販売できるため,人為的な株価操作が行われる危険もあり,その株式を販売することが証券会社にとって特別の利益があるとしても,そのような事情が顧客には明らかにされず,投資者の利益が侵害されるおそれがあるなどが問題点であると考えられる。しかし,一審被告はあらかじめ同和鉱業株式を多量に保有していた訳ではなく,一審被告は一審原告に対し,多量の同和鉱業株式の購入を勧誘しているものの,このこと自体から損害賠償請求を根拠づけるだけの違法性や義務違反を認めることはできないので,この点に関する一審原告の主張は採用することはできない。

さらに,「④損害拡大防止義務違反」については,一審被告が時機に後れた攻撃防御方法であると主張するところ,この主張が提出されることによって,本件訴訟の完結を遅延させることになると認めることができないので,上記一審被告の主張は採用できないけれども,株式取引における証券会社と顧客の関係から,当然に一審原告が主張するような,可能な限り,損失・損害を与えないように配慮し努力する義務があって,これに反するときは損害賠償義務が生じるものであると認めることはできず,既に損害が発生しているときにその損害の算定にあたって考慮されることはあっても,これをもって独立した損害賠償義務が発生するものと解することはできないので,この点に関する一審原告の主張も採用することはできない。

(5)以上によれば,一審被告は,証券取引の受託者として行ってはならない断定的判断の提供や不実表示・誤認表示に基づく勧誘行為を行って,一審原告に対し,本件株式売買委託取引を行うことを決意させたものであるから,債務不履行責任に基づき,これによって一審原告の被った損害を賠償すべき義務がある。

さらに,当審において新たに,一審原告は,上記債務不履行を主張する同一の事実関係につき,不法行為責任に基づいて,一審原告が本件株式売買委託取引を行うことによって被った損害を賠償すべき義務がある旨主張する(争点2)に至ったところ,一審被告は時機に後れた攻撃防御方法であると主張するけれども,一審原告のこの主張が提出されることによって,本件訴訟の完結を遅延させることになると認めることができないので,この点に関する一審被告の主張は採用できない。そして,不法行為責任についても,上記債務不履行責任の場合と同様に,一審被告は,適合性原則違反,大量推奨販売及び損害拡大防止義務違反を理由に不法行為責任は問われないものの,証券取引の受託者として行ってはならない断定的判断の提供や不実表示・誤認表示に基づく勧誘行為を行って,一審原告に対し,本件株式売買委託取引を行うことを決意させたものであるから,不法行為責任に基づき,これによって一審原告の被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。

(6)ところで,一審被告は,民法708条の類推適用ないしその趣旨に照らし,一審原告の損害賠償請求を棄却すべきである旨主張する(争点3)ので,以下,この点について判断する。

前記認定のとおり,Dが一審原告に対する勧誘行為の中で述べた「オールAで同和山をやる。」との言動は,一審被告が全社を挙げて同和鉱業株式の投機的買付を行うなど,需給関係の人為的な操作による株価の上昇も想定させるような言い回しであって,一審被告が全社を挙げて行う具体的な内容が明示されたものではないものの,同和鉱業の株で仕手戦を行おうとしたものであり,証券取引法が禁止する相場操縦も十分考えられる言動であるにもかかわらず,そのような不正な行為に加担するものであるか十分確認することなく,仮に不正な株価操作が行われたとしても,そのことによって生じる好機を生かして利益を図ろうとして,一審原告はDの提案する同和鉱業株式の買付に同意して,本件株式売買委託取引をなすことに至ったものと認められるところであるから,一審原告は本件株式売買委託取引をなすにあたって,違法な相場操縦によってもたらされる不当な利益に預かろうとする,不法な動機があったことが窺われないではない。しかし,Dが公序良俗に反する目的,手段の下に違法な相場操縦を行うことを明言したわけではなく,一審原告としては違法な相場操縦に加担する意図で同和鉱業株式の買付を始めたものではないこと,そもそも本件株式売買委託取引は,一審原告が一審被告からの断定的判断の提供等の違法な勧誘に応じて始めたもので,本件株式売買委託取引における各個の取引はすべてDが一審原告代表者Bに提案し,同人がこれに応じて買付を実施したものであり,一審原告が一審被告からの助言なくして同和鉱業株式の買付や売付を行ったことはないことなどを考えると,一審原告に不法性が認められるとしても,その不法性が高いものとはいえず,一審原告からの損害賠償請求は民法708条の類推適用ないしその趣旨に照らし,妨げられるものというべきではない。

(7)次に,以上の債務不履行ないし不法行為に基づく取引上の損害額について検討する(争点4①)。

まず,一審原告が,原判決別紙取引一覧表「現物取引」,「信用取引・反対売買決済分」,「信用取引・現引後売付分」の各取引により,各「損益」欄末尾記載の損益(最終的に9億7386万1277円の損失となった。)が生じたことは当事者間に争いがない。

次に,「信用取引・現引後保有分」の買付取引により一審原告に生じた損益について検討すると,一審原告が,平成2年1月11日から同年2月1日にかけて,合計191万8000株の同和鉱業株式を合計31億0439万8371円(手数料等を含む。)で買い付けたことは当事者間に争いがなく,乙第35号証の1,2によれば,上記株式は,一審被告が,受託契約準則に基づき,原判決別紙現引後保有分株式売却一覧表のとおり,平成10年6月17日から同年7月2日までの間に,合計6億3245万5521円(手数料等は除く。)で売却したことが認められるから,上記取引による損害(売付価格〔手数料等は除く。〕と買付価格〔手数料等を含む。〕との差額)は24億7194万2850円となることが認められる。

すると,本件株式売買委託取引による一審原告の損失は,上記9億7386万1277円と24億7194万2850円との合計である34億4580万4127円となる。

ところで,一審原告は,原判決別紙取引一覧表「信用取引・現引後保有分」の①ないし⑧の取引(合計91万8000株)については,上記株式が「買付」欄の各現引日にその売却可能価格で売却されたものとして損害額を算定すべきであると主張するが,原審証人Eの証言及び一審原告代表者尋問の結果(原審)によれば,一審原告は,上記各現引日において,一審被告に対し,当該買付株式の売却を委託して本件貸金債権を弁済する旨の申出をしなかったことが認められ,また,受託契約準則は,顧客が信用取引に関して証券会社から貸付を受けた買付代金を弁済期限までに弁済しない場合,証券会社は,当該信用取引を決済するため,当該顧客の計算において,任意に買付株式につき売付契約を締結することができる旨定めているが,これは,証券会社に対し,顧客の債務不履行によって自らが被る損害を防止する手段として,担保物を処分する権利を与えたものであって,その義務を課したものとは解されないから,上記の損害額の算定に関する一審原告の主張は採用することができない。

また,一審原告は,同欄の⑨の取引にかかる本件株式100万株は,一審被告が一審原告に無断で売却し,売却代金を本件貸金債権の遅延損害金に充当したもので,一審原告にその効果は帰属せず,依然として一審原告の保有株式であるから,そのような前提に立って,損害額を算定すべきである旨主張するが,乙第35号証の1,2,第36号証の1ないし3,第37号証の1ないし5及び弁論の全趣旨によれば,一審原告は,上記株式を信用取引によって買付委託をしたが,上記信用取引のため,一審被告から貸付を受けた買付代金を弁済期までに弁済しなかったため,一審被告が,一審原告との本件信用取引口座設定契約及び受託契約準則の規定に基づき,これを売却処分したことが認められるから,上記株式が依然として一審原告の保有株式であるとの前提で損害額を算定すべきであるとの一審原告の主張も採用することができない。

(8)前記認定のとおり,一審原告は,昭和62年ころからは,所有する不動産を担保として年間数十億円の融資を受け,1銘柄につき2,3億円という規模で株式投資を行うようになり,株式投資の態様も,複数の証券会社を通じて,信用取引で多数回の売買を反復継続することによる差益の獲得,あるいは特定銘柄の買占めなどを目的とするもので,投機的性格の相当強いものであって,一審原告は平成元年当時信用取引を含む株式取引について,十分な知識,経験を有していたこと,また,Dが一審原告に対する勧誘行為の中で述べた「オールAで同和山をやる。」との言動が,一審被告が全社を挙げて同和鉱業株式の投機的買付を行うなど,需給関係の人為的な操作による株価の上昇も想定させるような言い回しであって,一審被告が全社を挙げて行う具体的な内容が明示されたものではないものの,同和鉱業の株で仕手戦を行おうとしたものであり,証券取引法が禁止する相場操縦も十分考えられる言動であるにもかかわらず,そのような不正な行為に加担するものであるか十分確認することなく,仮に不正な株価操作が行われたとしても,そのことによって生じる好機を生かして利益を図ろうとして,一審原告はDの提案する同和鉱業株式の買付に同意したものであり,本件株式売買委託取引をなすことに至った一審原告の動機には,非難されてもやむを得ない面があることが認められ,このような本件で認められる事情に,株式投資は相場の変動によって損失を出す危険性があり,証券会社から投資を勧誘された顧客としても,このような危険性を念頭において自己の責任において取引を実行すべきであり,経験が豊富な一審原告が仕手戦と考えられる1銘柄に対する多額の株式買付に当たっては,そのリスクの大きさを当然考慮に入れなおさら慎重であるべきであったとも考えられることを斟酌すると,一審原告の過失割合を8割とするのが相当であり,前示の一審原告の損害額の2割に相当する6億8916万0825円を一審被告に賠償させるのが相当である。

(9)一審被告の上記勧誘行為に伴う損害として,一審原告が弁護士費用を請求している点について検討する(争点4②)。一審原告が,本件一審原告訴訟代理人らに対し,本訴の提起及び追行を委任したことは当裁判所に顕著であり,責任原因を債務不履行とする場合も,不法行為とする場合も,賠償責任を発生させた勧誘行為と相当因果関係にある損害として弁護士費用を認めることができ,本件事案の難易,請求額,損害賠償認定額その他の諸般の事情を斟酌すると,本件において上記勧誘行為と相当因果関係のある弁護士費用は,5000万円と認めるのが相当である。

(10)以上によれば,一審被告は一審原告に対し,債務不履行あるいは不法行為に基づく損害賠償として,7億3916万0825円及びこれに対する平成2年8月2日(同日は,不法行為が行われた後であり,債務不履行に基づいて生じた損害につき善処を求めたことから催告があったと解される後である。)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合(但し,不法行為では民法所定の年5分の割合)による遅延損害金を支払う義務がある。(もっとも,当事者双方からなされた時効や相殺に関する主張については,後記4のとおりである。)

2  本件貸金請求について(争点8)

(1)一審原告と一審被告間の信用取引に基づく債権債務関係について検討する。

一審原告が,信用取引により,原判決別紙同和鉱業株式信用取引一覧表(原判決別紙取引一覧表「信用取引・現引後保有分」の①ないし⑧の取引と同じ。)記載のとおり,平成2年1月11日から同年2月1日までの間,8回にわたり,東京証券取引所及び名古屋証券取引所において,一審被告に委託して合計91万8000株を合計14億4066万2230円で買い付けたこと,東京証券取引所及び名古屋証券取引所の受託契約準則が,顧客において,所定の時限までに,信用取引によって,貸付を受けた買付代金の弁済を行わない場合には,正会員である証券会社は,任意に,当該信用取引を決済するために,当該顧客の計算において,売付契約を締結することができる旨規定していることはいずれも当事者間に争いがなく,乙第35号証の1,2,第36号証の1ないし3,第37号証の1ないし5,第38号証の1ないし5,第43号証,第44号証及び弁論の全趣旨によれば,一審被告が,同信用取引一覧表「代金決済日(貸付金発生日)」欄記載の証券取引所での決済日に,一審原告のために上記買付代金全額に相当する合計14億4066万2230円を融資したこと(本件貸金)が認められる。もっとも,一審原告は,一審被告が,弁済期に買付株式を売却し,売却代金を本件貸金債権に充当すべきであったのに,これをせずに一審原告に無断で現引きしたのであるから,一審原告に本件貸金返還義務はない旨主張するが,信用取引において,証券会社が顧客のために買付代金を融資した場合,顧客は,取引成立の日から六か月後の最終弁済期限までに買付株式を売却換価するか,手持資金の支出により,証券会社に上記貸金の返済をすべき義務を負うのであり,前示のとおり,証券会社において担保物または占有物を処分すべき義務を負うものではないから,一審原告の上記主張は失当である。

(2)ところで,以上の本件貸金は,前記のとおり,証券取引の受託者である一審被告が,本来行ってはならない断定的判断の提供や不実表示・誤認表示に基づく勧誘行為により,一審原告が本件株式売買委託取引を行ったことに起因し,現物取引や,信用取引の内で,反対売買や現引き後に売り付けて,一審原告と一審被告との間で買付代金の精算が終わったものが,前記損害賠償請求の対象となっているのに対し,買付代金の精算を一審被告の一審原告に対する貸付金とされたのが本件貸金債権であるから,平成元年12月末頃に,一審原告としては,20億円の融資資金を使い果たして,一審被告で株式の買付をするには,一審被告との間で信用取引をせざるを得ない状況にあり,このような一審原告の資金運用状況を一審被告の担当者が把握していたこと(原審証人D及び原審証人Cの各証言)が認められる本件では,信義則上,上記14億4066万2230円のうち,前記一審原告の過失割合8割に当たる11億5252万9784円について,一審被告は一審原告に対して請求できるものの,同金額を超える請求をすることができないというべきである。そして,一審被告が,本件信用取引口座設定契約に基づき,預託金870万8000円及び委託保証金2億2943万3000円を本件貸金債権元金のうち金2億3814万1000円に充当したのであるから,残元金は9億1438万8784円となる。

(3)また,貸金債権に対する遅延損害金も日歩4銭という高い利率の遅延損害金が,証券会社と顧客との間で認められるのは,証券会社が適切に証券取引を行ったにもかかわらず,顧客が信用取引で負担した債務を遵守しないのでは,証券会社の運営に支障を来すおそれがあることから,顧客に速やかな履行を促すためにも,遅延損害金について利率の高い約定が定められていると考えられるが,本件のように証券会社である一審被告の方から違法な勧誘があって証券取引が行われ,これに基づいて貸金債権が発生したこと,遅延損害金の利率が違法な勧誘行為が行われた場合にも何らの制約を受けることなく,このような利率で支払うべきものとすれば,証券会社は多少の損害賠償義務が生じても,顧客との紛争の解決が長引けば最終的には有利な結果となって不合理であること,本件信用取引口座設定契約において,このような高率な遅延損害金の約定を定めた当事者の合理的な意思を推測すれば,本件のように,証券会社の方から違法な勧誘があって証券取引が行われ,これに基づいて発生した貸金債権についてまで,この約定を適用すべき意思があったと解するには疑問があることなどの事情を勘案すると,日歩1銭6厘4毛(おおよそ商法所定の年6パーセント)の割合を超える部分は,信義則上請求ができないというべきである。

(4)しかしながら,一審被告の貸金債権及びこれに付随する遅延損害金請求権に関して,上記認容部分を超えて権利の不発生ないし請求の不当性を主張する一審原告の主張は,いずれも理由がない。

(5)すると,本件貸金請求は,預託金及び委託保証金を充当した後の残元金が9億1438万8784円であり,これに対して平成2年8月7日(最後の信用取引における貸付金弁済期日の翌日)から支払済みまで日歩1銭6厘4毛の割合による遅延損害金の限度で,一審被告が一審原告に請求することができるというべきある(もっとも,原判決別紙株券一覧表記載の株券の売却等による充当や,当事者双方からなされた時効や相殺の主張については,後記4のとおりである。)。

4  時効や相殺の主張について

(1)上記のとおり,本件貸金請求については,一審被告が一審原告に対し,9億1438万8784円及びこれに対する平成2年8月7日から支払済みまで日歩1銭6厘4毛の割合による金員の支払を請求することができ,他方,本件損害賠償請求については,一審原告は一審被告に対し,7億3916万0825円及びこれに対する平成2年8月2日から支払済みまで年6分の割合(債務不履行の場合)もしくは,年5分の割合(不法行為の場合)による金員の支払を請求することができるところ,これらの請求を否定もしくは減額させることになる事由を時間の経過に従って整理すると,次のとおりであるから,以下順次これらを検討することとする。

① 平成5年6月12日付回答書による相殺(争点5①)

損害賠償請求権を自働債権とし,本件貸金債権を受働債権として一審原告が行った相殺で,一審被告が主張するもの。

② 平成9年1月8日から平成10年8月7日までの株式売却等による充当(原判決別紙一審原告金利返済一覧表参照)

③ 平成11年9月7日援用の消滅時効(争点10)

本件貸金債権につき,平成7年8月6日の経過による時効で消滅したことを一審原告が援用したもの。

④ 平成12年11月14日の弁論における相殺(争点9)

本件貸金請求権の遅延損害金に対応する損害賠償請求権を自働債権とし,本件貸金請求権の遅延損害金債権を受働債権として一審原告が行った相殺。

⑤ 平成13年4月2日到達書面による相殺(争点5②)

原判決主文第二項の債権を自働債権とし,同主文第一項の債権を受働債権として,一審被告が書面で行ったもの。

⑥ 平成14年1月22日の弁論における相殺(争点5②)

原判決主文第二項の債権を自働債権とし,同主文第一項の債権を受働債権として,一審被告が控訴理由書を陳述して行ったもの。

(2)平成5年6月12日付回答書による相殺(争点5①)について

乙第43号証,第44号証によれば,一審被告が一審原告に対し,平成5年6月3日付催告書(乙第43号証)において,「平成2年8月6日に立替金として12億0252万1230円が発生し,未払になっているので,平成5年6月15日正午までに全額支払うことを催告する」旨を通知して本件貸金債権につき支払催告をしたところ,一審原告が一審被告に対し,上記催告書に対する回答として同月12日付回答書(乙第44号証)において,「一審原告は,一審被告またはその使用人の,証券取引法令,通達及び自主規制規則に違反する,虚偽の情報提供または断定的判断の提供,適合性の原則を無視した過大な危険を伴う取引及び一任ないし無断売買など,明らかに社会的相当性を欠く手段または方法による違法行為により,30億円近い損害を被ったので,一審被告が請求する12億0252万1230円については,一審原告が一審被告に対して有する損害賠償請求権と対当額で相殺する」旨を通知したのであるから,一審原告は一審被告に対し,平成5年6月12日付回答書において,上記1で認定した損害賠償請求権を自働債権とし,上記2で認定した貸金債権を受働債権として,対当額で相殺したことが認められる。

この相殺について,一審原告は,「平成5年6月12日付回答書は,立替金よりも損害賠償請求権が多額であり,株券売却による充当がなされないことを条件として通知したものであるから,この条件が満たされない本件では,上記相殺通知は発効しなかった」旨主張するけれども,一審原告の上記回答書による相殺の意思表示には,条件が付されたものであることを認めることができないので,上記一審原告の主張は採用できない。

すると,上記のとおり,本件貸金請求(弁済期日は平成2年7月16日から同年8月6日であるから,同日に相殺適状となる。)については,一審被告が一審原告に対し,9億1438万8784円及びこれに対する平成2年8月7日から支払済みまで日歩1銭6厘4毛の割合による金員の支払を請求することができ,他方,本件損害賠償請求については,一審原告は一審被告に対し,7億3916万0825円及びこれに対する平成2年8月2日から支払済みまで年6分の割合(債務不履行の場合)もしくは,年5分の割合(不法行為の場合)による金員の支払を請求することができるところ,一審原告の上記回答書による相殺によって,上記損害賠償請求権は全額消滅し,貸金債権については,1億7522万7959円及びこれに対する平成2年8月7日から支払済みまで日歩1銭6厘4毛の割合による金員の支払義務が残ることになる。

(3)一審被告によれば,平成9年1月8日から平成10年8月7日までの間,原判決別紙株券一覧表のうち七及び九を除く株券に表章される株式及び本件投資信託①②③をそれぞれ売却し,その売却代金合計6億9317万6754円を本件貸金債権の元利金に充当した旨主張するので,この点について検討する。

乙第35号証の1,2,第36号証の1ないし3,第37号証の1ないし5,第38号証の1ないし5,第43号証,第44号証及び弁論の全趣旨によれば,一審被告は一審原告に対し,本件信用取引口座設定契約及び受託契約準則に基づき,本件貸金債権の精算のために,原判決別紙株券一覧表に表章される株式や本件投資信託①②③を売却するなど処分して,これによって得た金員を本件貸金債権の元利金に充当する権限があり,一審被告は,本件貸金債権が12億252万1230円あるものとして,原判決別紙一審原告金利返済一覧表記載のとおり,平成9年1月8日から平成10年8月7日までの間,原判決別紙株券一覧表のうち七及び九を除く株券に表章される株式及び本件投資信託①②③をそれぞれ売却し,その売却代金合計6億9317万6754円を得て,これを本件貸金債権の元利金に充当するものとして取り扱った(ただし,本件投資信託①②については,売却ではなく償還金の充当による。)ことが認められる。

しかし,以上の売却処分は上記のとおり相殺によって減額された債権額を大幅に上回るものであるから,本件貸金債権が消滅してから売却処分したものは権限にもとづくものとはいえず,後記のとおり返還義務がある。すなわち,別紙返済一覧表記載のとおり,上記売却処分は平成10年6月29日返済分で本件貸金債権は回収を終えており,かえって1131万2353円の支払債務が発生している状態である。(ただし,本件訴訟では,売却の対象となった株券の返還と,返還の強制執行が不奏功の際の代償請求はあるものの,売却処分に基づく精算金の請求はないので,同金員の返還を命ずる主文を掲げることはできない。)

なお,一審原告は,損害拡大防止義務の観点から,一審被告が上記株式を早期に売却すべきであった旨も主張するが,一審被告は,本件信用取引口座設定契約及び受託契約準則に基づき,一審原告から提供を受けた株式を処分して一審原告が負担する債務に充当することができるところ,平成元年末ないし平成2年2月がいわばバブル経済の頂点でその後株価が下落したことは事後的には明らかでも,当時株価が下落し当分回復することがある程度客観的に予想することができたことを裏付けるに足りる証拠はないこと,一審被告からの後記本件貸金残債務の支払を求める催告書(乙第43号証)に対し,一審原告は,平成5年6月12日付回答書(乙第44号証)において,同債務の金額を上回る損害賠償請求権があるとして,両者を対当額で相殺する旨の意思を通知し,一審被告主張の本件貸金については消滅したので,「お預けしている有価証券を売却処分されないよう通知します」と,売却処分しないように要請したこと,その後一審原告から一審被告に対し,本件訴訟提起に至るまで,株価の下落を理由に寄託した有価証券を処分して損失を防ぐように要請したことは全く窺えないことなどを勘案すると,この点に関する一審原告の主張も採用できない。

(4)平成11年9月7日援用の消滅時効(争点10)について

一審原告は,一審被告の一審原告に対する本件貸金債権は時効により消滅した旨主張するので,この点について検討する。

まず,前記2における認定事実によれば,本件貸金債権は,遅くとも平成2年8月6日以降,権利の行使が可能であったと認められるから,遅くとも平成7年8月6日の経過によって消滅時効期間が満了することになる。

甲第34号証,第37号証,乙第23号証の1ないし5,第24号証の1,2,第27号証,第37号証の1ないし5,第38号証の1ないし5,第43号証,第44号証,原審証人Eの証言及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

① 一審原告と一審被告は,同和鉱業株式の価格が大幅に値下がりしたことに伴い,平成2年4月以降,本件株式売買委託取引による損失処理の示談交渉に入り,一審原告の代理人は,投資金額約31億円のうち,一審原告の落ち度を考慮したとしても6割から7割に相当する約20億円の補償をするよう一審被告に求めたのに対し,一審被告は当初は3億円の,その後は5億円の限度でこれに応じることによって問題の解決を図ろうとしていた。

② その間の同年8月初旬,預託金等との相殺の結果,本件貸金債権の残元金は12億0252万1230円となり,一審被告は一審原告に対し,上記交渉外において,再三にわたってその弁済及び担保である有価証券の預かり証の差替えを請求した。

③ これに対し,一審原告の代理人は,同年9月下旬の交渉において,本件貸金債権については,別途不動産を売却処分するなどして,今後長期戦で臨むつもりである旨述べた。

④ 一審原告は,平成4年3月18日,名古屋簡易裁判所に対し,本件株式売買委託取引による損害賠償を求める調停を申し立てたところ,最終的に調停委員会から,一審被告が一審原告に7億5000万円を支払う旨の調停案が提示されたが,これを双方とも受諾しなかったため,平成5年3月24日に不調に終わった。

⑤ 一審被告は,同年6月3日付催告書で,一審被告訴訟代理人を通じて,本件貸金債権の残元金を同月15日までに支払うよう催告し,上記支払のないときは,一審原告からの預かり有価証券を売却し,その代金を上記債権に充当する旨通告したところ,一審原告は,同月12日付回答書において,本件株式売買委託取引による一審原告の一審被告に対する損害賠償請求債権を自働債権とし,一審被告の一審原告に対する本件貸金債権残元金12億0252万1230円を受働債権として,対当額で相殺する旨の回答をした。

上記認定事実を総合すれば,一審原告は,示談交渉当時から一貫して本件貸金債権の存在を認め,一審被告との示談交渉等の場においては,一審被告の一審原告に対する損害賠償の履行を先行させるため,本件貸金債権の弁済方法については別途長期戦で臨むなどと述べて具体的な回答を避けていたが,平成5年6月12日付回答書において,本件の損害賠償請求権をもって本件貸金債権残元金と相殺する旨明言するに至り,明確に本件貸金債権の存在を承認したから,これにより,本件貸金債権の消滅時効は中断し,一審被告が,平成7年8月18日,一審原告に本件貸金残債権の弁済を求める反訴を提起したことは記録上明らかな事実であるから,一審原告の上記消滅時効の主張は採用できない。

(5)平成12年11月14日の弁論における相殺(争点9)について

一審原告は,本件貸金請求権の遅延損害金に対応する損害賠償請求権を自働債権とし,本件貸金請求権の遅延損害金を受働債権として,平成12年11月14日の本件口頭弁論期日において,対当額で相殺する旨の意思表示をするので,この点について検討するに,上記のとおり同日までに本件貸金債権は消滅しているから,この主張は採用できないが,以下のとおり,自働債権の存在自体も認めることはできない。すなわち,一審原告の主張は,「一審被告の反訴請求にかかる本件貸金債権の残元金に対する遅延損害金債務は,一審原告が一審被告から違法な勧誘を受けて本件株式売買委託取引を行った結果負担した債務であって,一審被告の債務不履行と相当因果関係のある損害に当たるから,一審原告の一審被告に対する損害賠償債権が発生する」というものであるが,違法な勧誘行為があったからといってその行為と因果関係のある損害が直ちに損害賠償請求権を構成するものではなく,一審原告の過失割合も勘案すれば,一審被告の勧誘行為によって生じる損害賠償請求権は,前記1の限度であり,反訴請求にかかる貸金請求権やこれに付随する遅延損害金請求権についても,信義則上の制約は生じるものの,これを超えて損害賠償請求権が発生するという一審原告の見解は採用することができない。

(6)一審被告主張の相殺(争点5②)について

一審被告は,平成13年4月2日到達書面によって,原判決主文第二項の債権を自働債権とし,同主文第一項の債権を受働債権として,対当額で相殺を主張し,さらに,平成14年1月22日の当審における口頭弁論期日においても,控訴理由書を陳述して原判決主文第二項の債権を自働債権とし,同主文第一項の債権を受働債権として,対当額で相殺をする旨の意思表示をそれぞれ行ったが,上記のとおり,一審被告が意思表示をするまでに自働債権は消滅しているので,この点に関する一審被告の主張は採用できない。

5  配当金に関する請求について(争点7)

(1)一審原告が,本件株式100万株(原判決別紙株券一覧表記載八の同和鉱業株式の株券100万株)を一審被告に寄託したことは当事者間に争いがなく,甲第47号証によれば,同和鉱業株式会社は,右株券を有する株主に対し,平成10年度に480万円(1株あたり税引後4円80銭),平成11年度に400万円(1株あたり税引後4円)の各配当金(本件配当金)を支払うこととしたことが認められる。

(2)一審原告は,一審被告が,平成2年8月から平成3年3月25日までに,本件株式100万株について,すべて一審被告名義に名義書換手続を行い,本件配当金を取得したと主張するが,これらの事実を認めるに足りる証拠はない。

(3)次に,一審原告は,釈明義務違反を理由に配当金相当額の損害を被った旨主張するが,一審原告が一審被告に対し,平成9年2月6日付準備書面で,本件株式100万株の旧名義人の氏名等の釈明を求めたことは記録上明らかな事実であるが,一審被告が,平成9年3月19日付準備書面において,本件株式100万株を含む現引後保有分191万8000株の名義人について,その氏名までは明らかにしなかったものの,個人名義28名,法人名義25名となっており,一審原告名義や一審被告名義のものはないとの回答を行ったことも記録上明らかな事実であるから,一審被告は一応の釈明を行ったものというべきであり,一審被告に証券取引法上の誠実公正義務に違反する行為があったとは認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(4)甲第44号証の1,2,第45号証,第46号証,乙第35号証の1,2及び弁論の全趣旨によれば,一審被告は,保護預り約款13条に基づき,同約款に基づいて預かった株券について預け入れた顧客から名義書換手続の依頼があった場合,その手続を代行する義務があること,一審原告が一審被告に対し,平成10年3月5日到達の書面で本件株式について名義書換手続を依頼したこと,一審被告が,同和鉱業株式会社の平成10年度の株主名簿基準日である同年3月31日までに名義書換手続を代行しなかったので,同基準日の株主に交付された配当金について,一審原告は受領することができないばかりか,これを本件寄託契約に基づいて担保された一審被告の一審原告に対する未払債権に対して全く支払のための充当がされなかったこと,その後,一審被告は,平成10年6月17日から同年7月2日までの間に本件株式を売却したことがそれぞれ認められる。上記事実によれば,一審被告は信用取引口座設定約諾書に基づいて本件株式100万株を保管していたと認められるものの,一審原告が求めた名義書換手続に応じず,平成10年度の配当金480万円を一審原告が受領することはもちろんのこと,本件株式100万株が担保とされた被担保債権の返済にも充てられず,配当金相当額の損失を生じたことは明らかであり,一審被告には担保を保管する者としての善管注意義務に違反したものであって,配当金相当額である480万円の損害賠償義務があるというべきである。

平成11年度の配当金に関しては,上記のとおり,平成10年6月29日返済分までに処分された同和鉱業株70万8000株については,一審被告によって正当な担保権の権利行使と認められる本件株式の売却によって,一審原告は実質上の株式所有者でなくなったことにより,一審原告には当該配当金を受領する権限がなくなったというべきであるが,平成10年6月30日以降の返済分に充当するために処分したと一審被告が主張する同和鉱業株121万株については,一審被告に売却処分する権限がなく,本件株式100万株については一審被告が権限に基づいて処分したと認めるに足りる証拠はないから,一審被告は,平成11年度に関する配当金相当額である400万円についても,損害賠償義務があるというべきである。

(5)以上によれば,一審原告の配当金に関する請求は,880万円及びこれに対する平成11年4月29日(原審における訴え変更申立書が送達された日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の全額が認められることになる(なお,相殺に関する当事者の主張の検討は,後記のとおりである。)。

6  株券等返還請求について(争点6)

(1)一審原告が,平成2年ころ,原判決別紙株券一覧表記載の各株券,預託金870万8000円,委託保証金2億2943万3000円,本件投資信託①②③を一審被告に寄託したこと,一審原告が平成10年7月29日到達の書面で本件投資信託①及び②の償還金の返還を,一審原告が,平成11年4月28日到達の本件訴え変更申立書で上記寄託にかかる株券,預託金,委託保証金及び本件投資信託③の償還金の返還をそれぞれ催告したことはいずれも当事者間に争いがない(なお,乙第34号証の1,第35号証の1によれば,本件投資信託③は,平成10年6月17日,一審被告が769万3846円で売却したことが認められ,一審原告主張の上記金額の金員は償還金ではなく,売却代金であることが認められる。)。

(2)乙第2号証及び弁論の全趣旨によれば,上記株券,預託金,委託保証金及び本件投資信託①②③は,本件信用取引口座設定契約に基づき,一審原告が一審被告に対し,担保として提供したものか,または一審被告が占有する有価証券であって,信用取引について一審原告に債務不履行がある場合には,一審被告にその処分が委ねられたものと認められる。

(3)そして,前記のとおり,本件貸金債権が生じたにもかかわらず,履行期に一審原告が弁済しなかったことから,一審被告は,上記預託金,委託保証金及び本件投資信託①②③並びに上記株券のうち原判決別紙株券一覧表記載の各株券のうち七及び九を除く株券に表章される株式を売却するなどして本件貸金債権の遅延損害金若しくは元金に充当する取扱をしたものであるが,一審被告の平成10年6月29日までの処分は権限に基づいて行われたもので有効というべきであるが,同月30日返済分からは本件貸金債権が完済されて処分する権限がないのであるから,これを返還すべきことになる。すると,上記預託金,委託保証金及び本件投資信託①②③に関する一審原告の請求は理由がなく,平成10年6月29日までの返済のために売却処分された株券については一審原告の請求は理由がない。平成10年6月30日以降の返済分の対象となった株式は,一審被告に処分権限がないところ,このような株式は同和鉱業株121万株とトリニティ工業株式会社(以下「トリニティ工業」という。)の株式5万7000株である。そして,上記のとおり本件貸金債権は残存せず,他に一審原告が一審被告との取引で負担する債務も認めらない上,一審原告と一審被告との間の取引が実質的に終了していることが明らかであるから,一審原告が返還を求めている株券のうち,同和鉱業株100万株とトリニティ工業の株式5万7000株のほか,一審被告が処分していない旨説明している住商情報システム株式会社(以下「住商情報システム」という。)の株式1000株については,一審被告が保管ないし占有する根拠は見出せず,一審被告はこれらを一審原告に返還すべきである(以上の他,同和鉱業の株式21万株についても,一審被告は一審原告に対し返還すべきことになるが,本件訴訟においては本件株式100万株についての返還を求めるものの,81万9000株については引き渡しを求めていないので,主文に掲げられることにはならない)。

(4)ところで,一審原告は,当審において請求を追加し,上記株券返還に関して,引き渡しの強制執行が不能である時に備えて,株価相当額の金員の支払を求める代償請求を求めているので,この点について検討するに,この代償請求は,株券引き渡しの強制執行が不能であることを条件とする将来の給付の訴えであるから,あらかじめその請求をなす必要がある場合に限って訴えを提起することができるものである。ところが,原判決別紙株券一覧表記載の各株券の一部は,一審被告が正当な権利の行使として売却しており,一審被告としてはこれらの株式を担保として保管しているところ,被担保債権が有効に存在することを前提に返還に応じないのであって,一審被告が裁判所の最終的な判断に従わない意向を表明しているわけではないこと,一審被告は預託を受けた有価証券については,同一銘柄・数量のものをもって返還すれば足りる(信用取引口座設定約諾書第11条・乙第2号証)ものであるから,証券会社は顧客から預かっている当該株式そのものを返還する義務はないので,一審被告が一審原告から預かった株式を売却したとしても,それだけでは,あらかじめ代償請求を求める必要性があるとはいえないこと,一審原告は,あらかじめ代償請求を求める必要性について,具体的な主張をしていないこと,株券の引き渡しに代わる代償金は,強制執行不能時における株券の時価が基準となるところ,近時の株券の時価について,何らの立証もなされていないことなどの事情を勘案すれば,代償請求を認めるに足りる必要性を欠くので,一審原告が当審において追加した代償請求は,却下する。

6  結論

以上によれば,一審原告の本訴請求のうち損害賠償請求は,相殺によりすべて消滅したので,これを棄却すべきであり,配当金に関する金員請求は,すべて理由があるから認容し,さらに,株券等返還請求については,原判決別紙株券一覧表記載六のトリニティ工業の株式5万7000株,同七の住商情報システムの株式1000株,同八の同和鉱業の株式100万株の返還を求める部分で理由があるが,他の株券の返還を求める部分は理由がなく,当審で追加された代償請求については,将来の給付を求める必要性を欠くので,これを却下すべきであり,一審被告の反訴にかかる本件貸金請求は,相殺と充当によりすべて消滅したので,棄却すべきところ,これと結論を異にする原判決は,双方からの本件控訴と当審における新たな請求に基づき,変更することとする。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 鬼頭清貴)

裁判官黒岩巳敏は,転補のため,署名押印することができない。裁判長裁判官 小川克介

(別紙返済一覧表省略)

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