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名古屋高等裁判所 平成13年(ネ)453号 判決 2002年1月31日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人は,E社(愛知県岩倉市a町bc番地のd)に対し,1183万7347円及びこれに対する平成9年10月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを3分し,その2を控訴人の負担とし,その1を被控訴人らの負担とする。

5  この判決は,主文第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

事案の概要は,次のとおり付加・訂正するほか,原判決の事実及び理由欄の「第2 事案の概要」に摘示のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決3頁2行目の「F」の次に「(以下「F」という。)」を加え,同6行目の「いる」を「いた」と改める。

(2)  同4頁2行目の「登る」を「上る」と改める。

(3)  同4頁15行目,20行目及び同5頁3行目の各「請求権」を「責任追及権」とそれぞれ改める。

第3当裁判所の判断

1  争点1(接待交際費の私的流用)について

(1)  甲11,16,27,29,41,55,61号証,64号証の1,2,65号証の1,2,66号証及び乙15号証によれば,次の事実が認められる。

① 第56期(平成2年4月1日から平成3年3月31日)のE社の接待交際費は,634万4120円と計上されたところ,同業種で概ね同規模の会社であるG社の同時期の接待交際費は237万5310円,同様にFが代表取締役を務めるH社の同時期の接待交際費は,213万6850円である。

② Fは,平成3年5月,E社の定時株主総会において,控訴人の接待交際費の私的流用について指摘したところ,控訴人から接待交際費の内訳が提出され,Fらによって調査された結果,控訴人は,E社役員会宛の平成3年7月21日付念書をもって,交際費について公私混同があったことを認め,今後はこれを改める旨約した。

③ 被控訴人Dは,控訴人がその後も交際費の公私混同を改めていないと感じ,平成8年3月,控訴人に対し,交際費について調査する必要がある旨を告げたところ,同月11日,控訴人は,第61期の接待交際費のうち202万8299円をE社に返済した。

④ 被控訴人Dは,平成8年3月21日,E社に対し,第53期以後の接待交際費に関する伝票等の資料の提出を求め,それらにより控訴人の接待交際費を詳しく調査した。その結果,控訴人の接待交際費の相当部分が私的に流用されたか又はその疑いがあることが判明したので,同年4月2日,F及び被控訴人Dは,控訴人に対し,会社が赤字になっているのに,接待交際費中に控訴人の個人的費用に支出されたものが多々ある旨問い質したところ,控訴人は,「最近になってE社に返した。」旨返答した。

(2)  なお,上記③について,控訴人は,平成8年3月11日,E社に対し1500万円を支払ったが,これはE社が資金繰りに困難を来したため控訴人の個人資金を貸し付けたもので,そのうち202万8299円につき,経理処理上の名目として接待交際費の戻しとしたに過ぎないと主張する。

しかし,控訴人がE社に1500万円を貸し付けたのであれば,全額を貸付金として経理処理すれば足りることであり,そのような処理をしないと貸金であることが明確にならないから,後に控訴人が返済を受けるに際して支障が生じるおそれもあるところ,そのような経理処理をしないで,その内の202万8299円について接待交際費の戻しとする必要があった理由が不明確であるから,控訴人の主張は採用できない。

(3)  上記(1)認定事実によれば,控訴人は,平成3年以後,E社の株主から接待交際費の公私混同を指摘され,役員会に対しこれを認めて改める旨を約束したり,一部について弁償を行ったこともあることが認められる。また,甲30ないし38号証,43号証の1ないし58,44号証の1ないし56,45号証の1ないし79,46号証の1ないし99,47号証の1ないし75,48号証の1ないし69,49号証の1ないし69,50号証の1ないし61,51号証の1ないし73によれば,第53期から第61期までの決算期において,被控訴人らが控訴人の個人的に流用したと指摘している接待交際費の中には,E社の業務と無関係な単なる知人との飲食代金,旅行代金,ゴルフコンペ等のための支出,ゴルフ練習費用,洋服代,神社参拝費用等がかなり含まれていることが認められる。これらの事実によれば,控訴人が,接待交際費として支出された金額の一定部分について個人的に費消したことは明らかである。

(4)  ところで,代表取締役の職務は,単なる会社での業務だけでなく,会社の所在する地域社会での公益的活動や業界団体での活動も含むことができるものであって,かなり幅の広いものであるから,これらの活動のために要した費用は,控訴人が個人的に費消したものとはいえない。

被控訴人らは,ロータリークラブ,I会,J会,K会及びLクラブ等での活動費用のうち,年会費及び記念行事以外の費用は全て個人で負担すべきものであり,年会費及び記念行事以外の費用を接待交際費として支払った場合は,控訴人が接待交際費を個人的に費消したことになると主張している。しかし,これらの活動が代表取締役の職務として含まれうる以上,年会費及び記念行事以外の費用を接待交際費として支払っても,基本的に控訴人が個人的に費消したものとは認められない。これらの会の行事に際して,控訴人が接待交際費から祝儀を出した場合,控訴人が団体の会長や副会長の立場にあって,祝儀を出すことが慣例化しており,その金額も1万円程度の少額であれば,祝儀の支出もこれらの会における活動費用に含まれるというべきである。なお,被控訴人らは,第61期において控訴人が祝儀として支払った接待交際費を弁償したことも根拠として主張しているが,甲38号証によれば,控訴人が弁償した接待交際費の中には,被控訴人らにおいても正当な接待交際費の支払であったと認めている部分もあることが認められるから,被控訴人らの主張は採用できない。控訴人が接待交際費を個人的に費消したか否かは,控訴人にE社に対する損害賠償責任を負担させるべきかどうかという見地から判断すべきものであるから,税法上,これらの支出が接待交際費として認められるか否かとは別問題である。

もっとも,それらの行事が有志だけのごく少人数の参加者しかなく,実質的にみて会の行事といえなかったような事情が認められる場合には,控訴人の個人的な交際費用とみるべきである。そうすると,これら団体の行事の後で,有志のみが参加した二次会費用や特定のメンバーと飲食した際の費用は,控訴人が個人的に負担すべきものである。また,ゴルフコンペにおけるチョコレート代は,ゴルフプレーに際し勝敗によって取り交わされる現金で,一種の賭博であり,控訴人が勝敗により取得した場合には控訴人個人の収入になるものであるから,控訴人が個人的に負担すべきものである。したがって,これらの費用を接待交際費として支払った場合は,控訴人が接待交際費を個人的に費消したものといえる。

また,被控訴人らは,M信用金庫はE社との取引がないから,同金庫の理事や職員との交際費用,同金庫岩倉支店の取引先の親睦団体であるN会の活動費用については,全て控訴人が個人的に負担すべきものであると主張している。一方,控訴人は,E社とM信用金庫との関係は古く,E社はM信用金庫の出資者の一人であり,現在借入はしていないものの,若干の預金取引と手形割引枠を有しており,N会についても設立当初から控訴人が会長に就任している旨主張している。被控訴人らは,控訴人の上記主張について特に具体的に反論していないので,弁論の全趣旨により控訴人主張の事実を基本的に認めることができるが,この事実関係によれば,M信用金庫は,E社にとって取引先又は取引先となりうる金融機関であるといえるから,控訴人が同金庫関係者との交際費用を接待交際費として支出しても,控訴人がこれを個人的に費消したとは認められない。

(5)  以上の基本的な考え方により,第53期から第61期までの決算期において,控訴人が個人的に費消した接待交際費の金額を検討する。

ところで,甲30ないし38号証,43号証の1ないし58,44号証の1ないし56,45号証の1ないし79,46号証の1ないし99,47号証の1ないし75,48号証の1ないし69,49号証の1ないし69,50号証の1ないし61,51号証の1ないし73によれば,接待交際費の支払に関して,次の事実が認められる。

① 接待の相手方が不明である支払,複数の接待費用をまとめて支払っているが個別の接待内容が不明である支払が相当あり,コーヒーチケット代のように,その性質上実際に使用した者の特定が困難な支払もある。

② O銀行,P信用金庫及びM信用金庫の関係者を接待したとするコンペ代,飲食代金等の支払が多く,短期間に同一人物を何度も接待しているものも見られる。

③ Qクラブの臨時会,夜間定例会及びI会の理事会又は臨時理事会がしばしば開催されたとして,それら費用が支払われているが,中には第54期番号17記載のように6万円を超える支払もある。

①の支払について,控訴人は,個別の接待費用の相手先や内容を全て明らかにしていないが,既に長期間が経過しているものもあり,資料が作成・保存されていなければ,明細を明らかにすることは困難であるといえるから,控訴人においてその明細を明らかにできないからといって,控訴人が全ての費用を個人的に費消したものと認めるのは相当ではない。②及び③の各支払は,真に金融機関の関係者を接待し,又は団体の会合費用として必要なものであったとすれば,控訴人が接待交際費を個人的に費消したとはいえないが,内容からみてやや不自然な感を否定できず,これらの支払の中には,各種団体の知人との個人的な交際費用や,控訴人の個人的な支払に充てられたものが含まれていると見ざるを得ない。もっとも,どの支払分を控訴人が個人的に費消したかを特定することは,本件全証拠によっても困難である。そうすると,①,②及び③に該当する支払の一定割合について,控訴人が接待交際費を個人的に費消したと認めるのが相当である。

以上に検討したところによれば,第53期から第61期までの決算期の接待交際費の内,被控訴人らにおいて控訴人が個人的に費消したと主張している支払については,次の3つに分類することができることになる。

A 控訴人が個人的に費消したと認められない支払(除外分)

B 控訴人が一定部分を個人的に費消したと認められる支払(不明分)。

この対象となる支払は,上記①,②及び③で指摘したものである。

C 控訴人が全額を個人的に費消したと認められる支払(確定分)

そして,控訴人が個人的に費消した金額は,確定分に不明分の一部を加えたものになるはずであるから,次の考え方により算定するのが相当である。

認定額=確定分+不明分×一定割合

(6)  そこで,以下具体的に算定する。

① 除外分の算定

上記(4)で判断した基準により,控訴人が個人的に費消したと認められない支払(除外分)を各期毎に算定すると,甲30ないし38号証,43号証の1ないし58,44号証の1ないし56,45号証の1ないし79,46号証の1ないし99,47号証の1ないし75,48号証の1ないし69,49号証の1ないし69,50号証の1ないし61,51号証の1ないし73によれば,別紙除外分のとおり認められる。そうすると,第53期から第61期までの合計額は,次のとおり,91万8639円となる。

決算期

除外分

決算期

除外分

53

139,080

58

137,227

54

157,685

59

94,018

55

71,300

60

45,000

56

174,475

61

61,854

57

38,000

合計

918,639

② 不明分の算定

控訴人が一定部分を個人的に費消したと認められる支払(不明分)を,第53期から第61期までの間で,最も接待交際費の金額が多い第56期について検討すると,甲33号証及び46号証の1ないし99によれば,別紙第56期における不明分のとおり,合計232万5453円になる。甲30ないし38号証によれば,第53期から第61期までの各期において,被控訴人らにおいて控訴人が接待交際費を個人的に費消したと主張している支払全体の中で,不明分に該当すると認められる支払の割合については,決算期によって大きな差異はないと認められるから,第56期以外の各期においても,第56期とほぼ同割合の不明分があると認められる。第56期における被控訴人ら主張額に対する不明分の割合は,次の計算式により,60.732%である。

2,325,453÷3,829,043≒0.60732(小数点6桁以下四捨五入)

そうすると,第53期から第61期までの全体の不明分は,この間の被控訴人ら主張額に上記割合を乗じて算定するのが相当であるから,次の計算式により,1289万4264円となる。

21,231,417×0.60732≒12,894,264(小数点以下四捨五入)

③ 確定分の算定

控訴人が全額を個人的に費消したと認められる支払(確定分)は,被控訴人ら主張額から,除外分と不明分を控除した金額となるから,次の計算式により,741万8514円となる。

21,231,417-918,639-12,894,264=7,418,514

④ 控訴人の費消額の算定

不明分のうち,控訴人が接待交際費を個人的に費消したと認められる割合については,上記証拠を総合すれば,これを5割と認定するのが相当である。したがって,控訴人が接待交際費を個人的に費消した金額は,次の計算式により,1386万5646円となる。

7,418,514+12,894,264×0.5=13,865,646

既に控訴人が202万8299円を弁償したことは被控訴人らにおいて認めるところであるから,これを控除すると,次の計算式により,控訴人はE社に対し,損害賠償として1183万7347円を支払うべき義務があることになる。

13,865,646-2,028,299=11,837,347

2  争点2(損害賠償責任追及権の放棄等)について

当裁判所も,被控訴人らが控訴人に対する損害賠償責任追及権を放棄したとは認められず,被控訴人らの本訴請求が信義則に反するともいえないと判断するが,その理由は,次のとおり付加・訂正するほか,原判決の事実及び理由欄の「第3 争点に対する判断」の「2」に説示のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決8頁13行目の「甲9,」の次に「40」を加える。

(2)  同19行目の「平成9年」を「平成8年」と改める。

(3)  同9頁5行目の「引き継ぎ,」の次に「仕事を途中放棄した場合に予想される」を加える。

(4)  同22行目の「被告は」の次に「本件訴訟」を,「依頼し,」の次に「同年3月12日,」をそれぞれ加える。

(5)  同10頁20行目の「平成8年12月25日」を「F原始私案は,平成8年12月25日に開催されたE社の」と改める。

(6)  同11頁5行目の「原告F」を「F」と改める。

(7)  同12頁6行目の「3237円」の次に「の各役員報酬」を加える。

(8)  同13頁7行目末尾に次のとおり加える。

「仮に,全ての株主グループ間の紛争が全て解決したのであれば,控訴人において,他の株主らに対し,その旨の書面を作成することを要求したはずであり,それが困難であった事情は何ら認められない。そもそも,本件訴訟で問題となっている控訴人の損害賠償責任は,E社に対するものであるから,全株主の同意がない限りこれを免除することはできず,本件訴え提起請求をした株主らのみで免除できるものではない。」

(9)  同13頁8行目冒頭から同14頁14行目末尾までを次のとおり改める。

「また,控訴人は,本来,E社がG社に対し協力金を支払う義務はなかったのであり,それにもかかわらず,合意書において,6500万円もの協力金を支払うことを約し,かつ,確認書(F修正私案)において,控訴人の退職金が2000万円から4000万円に増額されたのは,全株主間の紛争を全て解決する趣旨に出たからである旨主張する。そして,E社がG社に対し協力金を支払う義務がない根拠として,中国向けの仕事をE社に代わってG社が仕上げたことについての精算は済んでいるし,E社の社有地を有利な条件でR社に売却できたのは,控訴人が日頃懇意にしていたO銀行岩倉支店の支店長の紹介によるものである等と主張している。

G社が請求している協力金の算定根拠は,本件全証拠によっても不明確であるといわざるを得ないが,前記認定事実(原判決引用)によれば,G社がE社に対し,種々の協力をしたために,E社は,倒産に至ることなく円滑にかつ有利な条件で清算作業を進めることができたと認められるものであり,G社の請求していた金額の当否は別として,E社がG社に対し協力金を支払う義務がないことが明らかであったとは必ずしもいえない。仮にそのような義務がなかったとすれば,控訴人は,E社の代表者として義務のない債務を会社に負担させる一方で,自らの退職金を2000万円から4000万円に増額させて,控訴人個人の利益を計ったということになり,いずれにしても全株主間の利害を調整したものとはいえない。

結局のところ,合意書,確認書及び撤回書を全体としてみると,合意書及び確認書の内容が実行される限り,被控訴人らにおいて控訴人の損害賠償責任追及をしない旨を約したことまでは認められるものの,それ以上に被控訴人らにおいて控訴人の責任追及権を放棄したとまでは認めることができない。」

3  以上に判断したところによれば,被控訴人らの本訴請求は,1183万7347円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成9年10月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。

4  よって,これと一部異なる原判決を変更し,被控訴人らの本訴請求を上記限度で認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 黒岩巳敏 裁判官 永野圧彦)

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