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名古屋高等裁判所 平成13年(ネ)469号 判決 2002年1月17日

主文

1  原判決主文1項を取り消す。

2  控訴人の反訴請求にかかる部分を名古屋地方裁判所に差し戻す。

3  本件控訴に基づき,原判決主文2項を次のとおり変更する。

4  控訴人は被控訴人に対し,83万9488円及びこれに対する平成10年1月31日から完済まで年6分の割合による金員を支払え。

5  被控訴人のその余の本訴請求を棄却する。

6  訴訟費用は,控訴人の反訴請求にかかる部分を除き第1,2審を通じてこれを10分し,その1を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。

7  この判決は主文4項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  控訴人の本訴請求を棄却する。

3  被控訴人は,控訴人に対し,265万0171円及びこれに対する平成12年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。

5  3項につき仮執行宣言

第2事案の概要

本件は,被控訴人が控訴人に対し,被控訴人が控訴人から請け負った工事代金及びこれに対する同工事完成,引渡し後から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた(本訴)のに対して,控訴人が被控訴人に対し,被控訴人の行った前記工事には瑕疵があるとして,これによる損害及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(反訴)事案であり,原判決が本訴を認容し,反訴を民訴法146条1項ただし書を適用して却下したため,これを不服とする控訴人が控訴したものである。

1  争いのない事実等及び争点

争いのない事実等及び争点は次のとおり付加訂正するほか,原判決の事実及び理由欄の「第2の1,2」に摘示のとおりであるからこれを引用する。

(1)  原判決2頁26行目の「本件第1工事の代金額」を「本件第1工事の代金額の合意の有無,合意がなかったとした場合の適正な代金額」と改める。

(2)  同3頁2行目冒頭から3行目末尾までを次のとおり改める。

「控訴人と被控訴人とは,本件第1工事の着工の際に,工事代金はエアコン,ボイラー等本体の代金の他にかかった付属品や工事費を含む旨合意しており,この合意に基づき被控訴人は,納品書(甲5)及び請求書(甲3)に記載のとおり工事の内訳明細を付して本件第1工事代金額194万6579円を算定した。よって,本件第1工事代金額は194万6579円と合意されたものであり,本件第2工事代金額5万4075円との合計額200万0654円から控訴人の既払額を控除しても,92万6654円が未払となっている。

また,本件第1工事代金額について合意がなかったとした場合でも,その適正な代金額は前記納品書及び請求書に記載のとおり194万6579円とされるべきである。」

(3)  同頁5行目冒頭から6行目末尾までを次のとおり改める。

「控訴人と被控訴人とは,平成10年1月30日,本件第1工事代金額を101万9925円とする旨合意した。よって,本件第2工事代金額5万4075円との合計額107万4000円はすべて支払済みとなっており,控訴人に未払はない。

また,本件第1工事代金額について合意がなかったとした場合でも,被控訴人の前記納品書及び請求書に記載の代金額は不当に高額であって,適正な代金額は101万9925円とされるべきである。」

(4)  同頁17行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「(控訴人の主張)

本件は,当初訴訟手続の素人である控訴人代表者による本人訴訟であったため,速やかな訴訟審理に対応できず,やむなく反訴提起が遅れたが,本訴提起後6か月目には提起しており,通常の訴訟進行と対比すれば,反訴提起は決して著しく訴訟手続を遅滞させることになるものではない。さらに,反訴は被控訴人のした本件各工事の瑕疵により多大な損害が発生していることを理由とするものであり,本訴が認容され,反訴について実体審理のないまま却下されることは,控訴人のみが一方的に損害を蒙り,公平に反する事態を招く結果となり,その不当性は明白である。」

第3当裁判所の判断

1  本訴について

(1)  本件各工事に至る経緯及び内容,工事代金の請求,支払に関する経緯及び内容等についての判断は,原判決5頁12行目冒頭から23行目末尾までを次のとおり改めるほか,同4頁8行目冒頭から5頁23行目末尾までのとおりであるから,これを引用する。

「(5) そこで,被控訴人は控訴人に対し,同月11日付けで本件第1 工事代金額は,194万6579円であるとの内訳明細を付した納品書(甲5)を作成,交付した。

(6) また,被控訴人は控訴人から,同月16日頃,本件第2工事を請け負い,その頃にこれを完成させた。

(7) そこで,被控訴人は控訴人に対し,本件各工事につき,本件第1工事の工事代金を194万6579円,本件第2工事の工事代金を5万4075円,合計200万0654円であるとして,その支払を請求したが,控訴人は本件第1工事の代金額内訳の内人工費,作業員の宿泊費等が過大であり納得できないとして,同月30日,とりあえず本件各工事代金の一部として65万円を支払った。

(8) その後,被控訴人は控訴人に対し,同月31日締切分として,本件各工事の代金合計を200万0654円,前記65万円入金後の請求額を135万0654円とする請求書(甲3,乙3,4)を送付したが,前記のとおり本件第1工事に関する被控訴人の請求金額が過大であるとする控訴人と被控訴人との間で,平成10年1月30日,前記請求書(乙3,4)に記載の内訳明細を元に本件第1工事代金額に関する交渉がもたれ,同日,控訴人は被控訴人に対して,42万4000円を支払い,被控訴人は控訴人に対して,その旨の領収書(甲14,乙2)を交付した。その際,被控訴人代表者は同領収書の但書欄に「長府ストーブ無償」,「2F医者ファンヒーター代24000円含む」,「割引含む終了」と記載したが,このうち,「長府ストーブ無償」とは本件第2工事の現場で被控訴人が工事中使用していた長府ストーブを控訴人に無償譲渡するとの趣旨,「2F医者ファンヒーター代24000円含む」とは本件第1工事の現場であるAビル2階で歯科医院を開業している控訴人代表者の息子に販売したファンヒーター代金を含むとの趣旨であると解される。

(9) 被控訴人は控訴人宛てに,同年1月31日締切分として,前回請求額135万0654円,入金額42万4000円,今回請求額92万6654円とする請求書(甲4)を送付し,その後も毎月同様の請求書を送付したが,前記65万円と42万4000円との合計107万4000円の支払によりすべて精算済であるとする控訴人からは本訴に至るまで何らの回答も支払もなかった。」

(2) 以上のとおり認められるところ,これによると,控訴人と被控訴人との間で,その着工から完成引渡までに,本件第1工事の代金は工事に要するボイラー等の機材代金の他に据付け工事にかかる費用等をも含むとの概略の合意がされたことは認められるものの,本件第1工事に関する契約書は作成されていないばかりか具体的な代金額の見積書等を前提とした工事代金の協議もされていないことが指摘できる。そうすると,被控訴人による前記納品書及び請求書記載の金額をもって代金額が合意されたものと認めることはできず,この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

次に,控訴人は,前記平成10年1月30日における工事代金額の交渉により本件第1工事代金額は101万9925円と合意し,42万4000円の支払をもって本件各工事代金額は既払となった旨主張するので検討するに,なるほど,前記請求書(乙3,4)によると,請求書記載のボイラー等の機材代金89万5350円に相当する代金を46万2000円に,請求書記載の人工費等据付け工事代金95万8535円に相当する代金を53万5350円にそれぞれ減額訂正されたかのように理解できる手書き部分,そして前記46万2000円と53万5350円との合計額99万7350円から既に一部支払済の65万円を控除した残額が34万7350円であると算定された手書き部分がみられ,これら手書き部分は被控訴人代表者による記載であること(被控訴人代表者[原審]),また,前記領収書(甲14,乙2)の但書欄の「割引含む終了」との記載部分は正確に判読するのは容易ではなく,控訴人がこれを「貴社全部終了」と記載されていると判読し,本件各工事代金については全て終了したものと理解した(控訴人代表者[原審])としても一概に不自然,不合理とも言い難く,「割引含む終了」と正確に判読しても同様の理解をすることも十分考えられるところではある。

しかしながら,前記請求書に記載の「長府ボイラーPG-501S・1基15万6000円」は長府製作所発行のカタログ価格24万円と比べると35パーセント割引された価格であり,「長府オイルタンクOT-198・1台1万9300円」は同様のカタログ価格3万3000円と比べると約42パーセント割引された価格であること(甲8,9)からして,既に被控訴人はボイラー等の機材代金については相当の割引価格をもって請求代金としていることが窺われる。そうすると被控訴人において,これを更に前記請求書記載の89万5350円から手書きの53万5350円まで割り引くことを了解したとは到底考えがたいし,また前記請求書記載の「人工費36人工,1人工当たり1万8000円,計64万8000円」,「宿泊費1式17万6015円」は,実際に本件第1工事に要した日数と宿泊日数から算出された金額であり(甲11の①ないし⑤,12の①,②),その金額が適正かどうかはともかくとして,被控訴人において,これを更に前記請求書記載の95万8535円から手書きの46万2000円まで割り引くことを了解したとも考えがたい。しかも,被控訴人は控訴人と本件第1工事代金についての交渉の上,控訴人から42万4000円を領収した後も,毎月,控訴人宛に,月末締めで本件各工事残代金を92万665円とする請求書を送付して請求していること,これに対して,既に既払であるなら何らかの抗議をしてしかるべきであるのにもかかわらず,控訴人は本訴に至るまで何らの抗議も回答もしていないのである(控訴人代表者が弁護士に相談した結果,被控訴人の請求に対して放置しておいてよい旨の助言があったとしても,被控訴人に何らの回答もしないことの不自然さ,不合理さを解消するものではない。)。そうすると,前記請求書に記載の手書き部分も控訴人代表者の言い分を被控訴人代表者において書き留めたにすぎず(被控訴人代表者[原審]),被控訴人がこれを了解したものとは認めがたく,前記領収書の但書欄の「割引含む終了」との記載文言をもって本件各工事代金の支払がすべて終了ずみであることを被控訴人が認めた証左であると断定することも困難というほかない。

以上の検討によると,控訴人と被控訴人とが,平成10年1月30日,本件第1工事代金額を101万9925円と合意したとまで認めることはできないというべきである。

(3) このように,被控訴人と控訴人との間で本件第1工事に関する代金額の合意を認めることはできないから,適正な工事代金額はいくらであるかについて次に検討する。

① ボイラー等の機材代金額について

前記請求書記載の当該代金計89万5350円がカタログ価格よりも相当の割引がされていることが窺われることは前記検討したとおりであるから,同金額をもって適正代金額と認めるのが相当である。この点に関する控訴人の53万5350円をもって適正代金額である旨の主張は,客観的証拠もなく採用することはできない。

② 人工費等据付け工事代金額について

(ア) 本件第1工事を完成するために,被控訴人の従業員3名が,平成9年10月27日から28日まで(1泊),同月30日から31日まで(1泊),同年11月11日から13日まで(2泊),同年12月3日から5日まで(2泊),同月11日から12日まで(1泊)従事しているが,前記平成9年10月30日から31日の出張工事については同月30日は午後2時に出発し,被控訴人の所在地から工事現場まで自動車で片道約5時間を要するというのであるから,同日は移動のみであって工事に従事していないといわざるを得ない。よって,本件第1工事に要した延べ日数は11日間(7泊),延べ人数は33名となるところ,1人工は1万8000円が相当であるから,人件費は59万4000円となること(1万8000円×3人×11日),宿泊費(1泊2食付)は1人当たり7000円であり,計7泊で14万7000円(7000円×3人×7日)を要したこと(なお,甲12の①,②では,ビール,酒等の飲酒代が含まれているが,これを控訴人が負担すべき工事代金に含めることはできない。),交通費(高速道路料金)として7万4520円を要したこと,その他に自動車のガソリン代等の諸経費として6万円を要したことが認められる(甲7,10,11の①ないし⑤,12の①,②,13の①,②,証人B,被控訴人代表者[いずれも原審],弁論の全趣旨)。

これによると、被控訴人は人工費等据付け工事代金として87万5520円(59万4000円+14万7000円+7万4520円+6万円)を要していることになる。

(イ) なお,本件第1工事と同様の工事は,通常であれば延べ日数11日間(7泊),延べ人数33名も要するような工事ではないことが認められる(前掲証人B,控訴人代表者[原審],弁論の全趣旨)が,本件においては,工事現場が遠方であったこと,ペンションは建設途中であり,その進行具合に合わせて本件第1工事をする必要があるところ,被控訴人が控訴人から建設の工程表を示されたことはなく,主に控訴人代表者の指示により本件第1工事を進めざるを得なかったというのである(前掲証人B,被控訴人代表者[原審])から,前記のとおり要した延べ日数,延べ人数が不相当であるとは言い難い。

(ウ) よって,本件第1工事の適正な代金額は,ボイラー等の機材代金額89万5350円と人工費等据付け工事代金額87万5520円の合計額177万0870円に消費税を加えた185万9413円(円未満切捨て)と認めるのが相当である。

(4) 以上の結果,本件各工事代金額合計は191万3488円(185万9413円+5万4075円)となるところ,既払額107万4000円を控除すると,未払工事代金は83万9488円となるから,控訴人は被控訴人に対して83万9488円及びこれに対する履行期後であることの明らかな平成10年1月31日から商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

2  反訴について

(1)  本件記録によると,以下のとおり認められる。

平成12年2月24日,本訴が起され,第1回口頭弁論期日が同年4月5日と指定され,本訴状は同年3月7日控訴人に送達されたこと,口頭弁論期日が第1回(同年4月5日),第2回(同年5月19日)と開かれ,第2回口頭弁論期日で弁論準備手続に付す決定がされ,第1回弁論準備手続(同年6月22日)において争点整理がされて同手続は終結となり,第3回口頭弁論期日が同年8月25日午後3時に指定され,同期日で控訴人,被控訴人各代表者,証人Bの集中証拠調べが実施されたこと,控訴人は,その前日の同年8月24日に,反訴を提起し,被控訴人は同年8月25日午前11時に反訴状の送達を受けたこと,第3回口頭弁論期日で控訴人代表者はその本人尋問調べ終了後倒れ,後日,脳梗塞後遺症,高血圧症と診断されたこと,そこで,次回本件口頭弁論期日は追って指定とされ,同年9月26日に弁論準備手続に付す旨の決定がされ,その期日を同年10月26日と指定されたが,これまで本人訴訟として本件訴訟を追行していた控訴人が表記訴訟代理人弁護士にこれを委任し,同弁護士から弁論準備手続期日の変更申請がされ,同年10月26日,同期日は同年12月5日に変更となったこと,そして第2回弁論準備手続(同年12月5日)において,反訴状及び反訴答弁書の各陳述がされ,第3回弁論準備手続(平成13年1月30日)で被控訴人による訴訟進行意見書の陳述を経て,第4回弁論準備手続(同年3月6日)において,同手続が終結されると同時に同日第4回口頭弁論期日が開かれて口頭弁論は終結となり,原判決の言い渡しに至ったことが認められる。

(2)  そして,反訴請求は本件各工事の瑕疵に基づく損害賠償請求であるところ,集中証拠調べが予定どおり実施された第3回口頭弁論期日においては,未だ反訴について双方から十分な主張,立証がされておらず,その審理判断のためには更に書証,人証の証拠調べが必要であることが認められるから,その意味で反訴提起は遅きに失したことは否定できないところである。しかしながら,本件各工事の規模,内容及び程度,控訴人の主張する瑕疵の内容,損害等に鑑みると,瑕疵の有無,内容及び損害の有無,程度等の反訴請求に関する審理判断が複雑かつ困難であるとは言い難く,その審理に長期間を要するとまで断定するに足りる事情は窺えない。加えて,本訴提起後集中証拠調べが実施された第3回口頭弁論期日及び反訴の提起まで約6か月間であって訴訟の進行が特段に遅れているわけでもないこと,その間は控訴人代表者がいわゆる本人訴訟として訴訟追行していたこと,その後表記訴訟代理人弁護士に訴訟委任していることからして速やかな訴訟進行が期待できることも併せ考えると,反訴の提起が著しく訴訟手続を遅滞させることになるとまで断ずることはできないというべきである。

(3)  よって,これを民事訴訟法146条1項ただし書により不適法却下した原判決は取り消しを免れない。

3  以上の次第で,本訴について一部異なる原判決は相当でないから,これを変更することとし,反訴についてこれを却下した原判決を取り消し、民訴法307条により差し戻すこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 黒岩巳敏 裁判官 永野圧彦)

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