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名古屋高等裁判所 平成13年(ネ)587号 判決 2001年12月11日

主文

1  原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人

(1) 本件控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は、被控訴人の妻が、自ら、両名の長男(当時4歳2か月)を連れて、被控訴人の下から家出し、行方をくらました際に、被控訴人が、控訴人の担当部署(北区福祉部福祉課児童係等)に対し、子を保護した事実の有無を問い合わせたところ、控訴人の職員が当該事実の有無を開示しなかった(回答できない旨を回答した)という事実関係の下で、被控訴人が、職員の上記不開示を違法として、控訴人に対し、国家賠償法1条に基づく損害賠償として、慰謝料100万円及び遅延損害金(訴状送達日の翌日以降のもの)を請求したのに対し、控訴人が当該事実の有無を開示すべき法的義務が存しないこと、不開示につき違法性が存しないこと等を主張して争った事案である。

原審において、被控訴人の親権の行使を制約してもやむを得ない具体的な事情を認めることができない等の理由で、上記不開示を違法であるとして、慰謝料10万円及び遅延損害金が認容されたところ、控訴人が控訴した。

2  前提事実及び争点(当事者の主張を含む。)は、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1及び2のとおりであるから、これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、被控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

2  認定事実は、次のとおり加削訂正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」1(1)(同4頁5行目から24行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(1) 原判決4頁6行目の「乙5」を「乙1ないし7」と改める。

(2) 原判決4頁7行目から10行目までを次のとおり改める。

「ア 控訴人は、かねて、母子から夫の暴力や施設入所等の相談があった場合及び母子を施設に入所させた場合等において、夫から当該相談の有無や内容及び入所の有無等について問い合わせがあった場合には、守秘義務があることを理由に、「一切回答できない」と回答すべきであるとし、関係部所の職員を指導している。(乙1、7)

イ 被控訴人は、平成11年9月29日、控訴人北区福祉部福祉課児童係を訪ね、担当職員に、8月7日に妻Aの帰宅が遅かったのに理由をはっきり言わないので顔面を殴ったこと、同日Aが長男のBと家出をして帰らないこと、家の電話帳に北区役所児童係の電話番号の表示があったので相談に来たことを告げて、担当職員に、Aからの相談の有無あるいはA及びBの保護の有無等について尋ねたところ、担当職員は、質問に回答できない旨を述べた。(甲7、乙5)」

(3) 原判決4頁11行目の「イ」を「ウ」と、18行目の「ウを「エ」と改める。

3  子を保護した事実の有無を親権者に開示する義務の存否について

(1) 被控訴人主張の情報開示の求めの拒否、すなわち開示しないという不作為が違法であるというためには、その前提として、作為義務すなわち開示すべき義務の存在が必要となる。

被控訴人は、被控訴人による上記各照会に対し、控訴人の各担当職員につき、Bを保護した事実の有無を開示すべき義務があると主張するので、以下この点を判断する。

(2) 福祉事務に関与する地方公共団体の職員に、子の保護の有無に関する情報を親権者に開示すべきことを義務づけた行政法規はない。

(3) ところで、親権は、排他的に子の監護養育をする権利をその一つの内容としているものであるから、親権者は、第三者が親権者の監護養育権の行使を妨げ、あるいは妨げるおそれのある場合には、妨害行為を排除し、あるいは妨害を予防するために、子の引渡請求権その他必要な請求権を行使できるものと解される。そして、妨害行為の排除等に必要な範囲で妨害者に対して一定の情報開示を請求することも、同請求権に付随するものとして認められるものであり、妨害者は、同請求を拒否し得る正当な理由のない限り、開示請求を拒み得ないと解するべきである。

しかし、本件においては、控訴人の職員において、被控訴人の親権の行使を妨げ、あるいは妨げるおそれがあったことについては、これを認めることのできる証拠はない。

(4) 次に、条理上、市町村の福祉事務担当職員について、親権者に対して子の保護の有無についての情報を開示すべき義務があるかについて検討する。

市町村は、住民の福祉の増進を図ることを目的とする地方公共団体であり、その福祉事務の担当職員は、母子からの相談を受けて適切な対応をすることを一つの職務とし、母子が夫からの暴力を受けている場合、一時避難的な措置として、母子の意思に反しない限度で母子生活支援施設等に入所させることもあり(乙1~4、弁論の全趣旨)、そのような場合は夫の子に対する親権の行使を妨げる結果となること等に鑑みれば、夫が子の保護の有無を照会してきたときは、保護している場合であるか否かを問わずこれを開示すべき条理上の義務があると解せられる余地もないではない。

しかし、夫の暴力からの避難を求めて相談し、施設入所を決意した母子の保護の有無を夫に開示することは、その結果、夫が施設に入所した母子の所在を捜しだし、連れ戻す等の行動に出ることも容易に推測できるところであって、そのような事態が生ずるおそれがあることとなると、夫の暴力を受けている母子において、福祉事務担当職員に相談することを回避することとなると思われ、家庭内暴力等の悲惨な事態を防止することができなくなることも考えられる。そして、母子が一緒に施設入所しているときに、子供だけの保護の有無を開示することは、母の保護の有無を開示することとなり、情報開示につき母子を分離しては考えられない。

これらの点と、上記保護が緊急避難的なもので、母子の意思に反するものでないこと(判断能力が未熟な幼児の場合、母の意思によることとなると思われる。)に加え、地方公務員法34条1項が地方公務員の守秘義務を規定し、また、近時、夫による妻等への暴力が社会問題化し、これから母子を保護すべき社会的要請が高いと思われ、本年4月6日には、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」が制定され、既に公布、施行されているものであり、その23条には、配偶者からの暴力に係る被害者の保護に職務上関係ある者につき、被害者の安全の確保及び秘密の保持に十分配慮すべきことが規定されていること等に鑑みれば、母子が、夫の暴力からの避難を求めて相談し、施設入所している場合には、その情報の開示を拒否することの選択については正当な理由があるといえる。

また、母子を保護している場合に回答を拒否し、保護していない場合にその旨回答することは、回答拒否の場合は保護していると推測されることが明らかであり、結局、上記のような場合には一切の回答を拒否するとの選択に十分合理性があるといえよう。

してみれば、上記条理上の情報開示義務も肯定できない。

(5) そのほか、被控訴人がるる主張する点を考慮しても、控訴人の職員が、被控訴人に対し、子を保護した事実の有無を開示する法律上の義務を負うと認めることはできない。

4  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、被控訴人の請求は理由がない。

5  よって、原判決中、被控訴人の請求を一部認容した部分は相当ではないから、これを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用は被控訴人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 小林克美 裁判官 戸田久)

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