名古屋高等裁判所 平成13年(ネ)657号 判決 2002年7月17日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人堀口運輸有限会社に対し,金53万8242円及びこれに対する平成9年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人は,控訴人三重県交通共済協同組合に対し,金170万6109円及びこれに対する平成11年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを3分し,その1を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
3 この判決は,1項(1)及び(2)に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人堀口運輸有限会社(以下「控訴会社」という。)に対し,58万8620円及びこれに対する平成9年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人は,控訴人三重県交通共済協同組合(以下「控訴人組合」という。)に対し,245万4175円及びこれに対する平成11年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(5) 仮執行宣言
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人の被用者Aが被控訴人の保有する普通貨物自動車(以下「被控訴人車両」という。)を道路脇に駐車していたところ,控訴会社の従業員Bが運転する控訴会社所有の普通貨物自動車(以下「控訴会社車両」という。)が,被控訴人車両の後方からその右側を通過しようとして中央線をはみ出して進行したため,折から対向車線を対向進行してきた訴外Cが運転する普通乗用自動車(以下「C車両」という。)の右前部と控訴会社車両の右前部が衝突し,その反動で控訴会社車両の左後部と被控訴人車両の右前部が衝突して,控訴会社車両とC車両が破損するとともに,Cが負傷するという本件事故が発生したことから,被控訴人に対し,自賠法3条又は民法715条に基づき,控訴会社は,自己に生じた損害につき,控訴人組合は,控訴会社及びCに生じた損害につき代位により,それぞれ賠償を求めた事案であるが,原審が,被控訴人車両の運転者には過失がないとして,控訴人らの請求をいずれも棄却したため,控訴人らが控訴したものである。
2 争いのない事実及び争点は,以下に当審主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の各該当欄に記載のとおりであるから,これを引用する。
ただし,原判決3頁15行目末尾の後に「控訴人組合は,控訴会社との間で,対物及び対人賠償保険契約を締結していた協同組合である。」を加える。
3 控訴人らの当審主張
(1) 駐車禁止の場所に違法に駐車する運転者は,駐車車両があれば円滑な交通の妨げになり,場合によっては後続車が駐車車両を避けて通行するために対向車線に出て通行する必要があり,正面衝突の危険性があることを十分認識しており,あるいは認識すべきであった。
(2) しかも,被控訴人車両は,深夜である午前2時25分ころ,交通閑散な街灯のない場所で,ハザードランプの点灯もしないで駐車していたものであり,対向車線を走行してきたC車両からは,控訴会社車両の前照灯は見えても,被控訴人車両の存在を認識することは極めて困難であった。
本件事故現場は,街灯もなく暗いので,見通し距離が150mとされていても,本件事故の当時現実に150m先の物体を確認できたとはいえない。
(3) 以上のことから,被控訴人車両の運転者であるAは,本件事故発生の予見が可能であったから,事故の発生を未然に防止する義務があり,違法駐車をすることなく,駐車禁止ではない安全な場所で駐車する義務があった。
しかるに,Aは,上記義務を怠り,漫然と違法駐車した過失があり,同人の過失が本件事故発生の重大な原因となっている。
4 上記主張に対する被控訴人の応答
(1) 控訴人らの主張は争う。
(2) 本件事案の個別具体的な状況を前提とすれば,被控訴人車両の運転者であるAには過失はない。
ア 本件事故現場は,駐車禁止区域ではあるが駐停車禁止区域ではない。
イ 被控訴人車両は,車両の大部分を歩道上に乗り上げており,走行車両に対する関係では,危険性はかなり少ない。
ウ 実況見分調書(乙1)によれば,本件事故現場の見通し距離は前方約150mであり,被控訴人車両は,周囲の照明などの明るさによって,控訴会社車両からは認識が容易であったというべきであり,本件事故現場の南北それぞれ少なくとも約70mは直線道路であるから,C車両からも認識が容易であったと評価されるべきである。なお,被控訴人車両は,ハザードランプを点灯していなかったが,Cは,カーブを曲がった時点で対向車両が中央線を越えて走行してくるのを発見してあわてて急ブレーキを踏んだと証言しており,C車両との関係では,ハザードランプの点灯の有無は本件事故とは無関係である。
エ C車両は,制限速度40kmのところを時速78kmを大幅に上回る異常な高速で走行していたから,本件事故の第1次的な責任はC車両にある。
オ 控訴会社車両は,被控訴人車両のかなり手前から車両全体を完全に対向車線上にオーバーさせ逆走している点で,かなり危険な走行である。
(3) 上記(2)記載の事情の下では,後続車及び対向車の運転者は,衝突を回避するよう注意すべきであり,駐車車両に責任を問うべきではない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(被控訴人に損害賠償義務があるか)について
(1) この点についての当裁判所の認定事実は,原判決「事実及び理由」の第3の1の(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決4頁17行目の「2.25メートル」の後に「,長さ8.4m」を加え,同5頁25行目の「制動距離」を「停止距離」と改める。
(2) 上記引用にかかる原判決の認定事実(付加訂正部分を含む。)によれば,本件事故現場は駐車禁止の規制がなされた片側の車道の幅員が約3mの道路であり,被控訴人車両は幅2.25m,長さ8.4mの大きさであったため,同車両が車道にはみ出る状態で駐車されたとすれば,控訴会社車両と同程度の幅約2.28mの車両が,被控訴人車両の側方を制限速度である時速40km程度の速度で安全に通過するには,対向車線にはみ出して8.4m以上の距離を走行しなければならないから,その際対向車があれば,正面衝突をする危険があったものである。
そして,被控訴人車両のハザードランプが点灯していたこと及び本件事故現場付近に街灯があったことは,いずれもこれを認めるに足りる証拠はないから,Cが,控訴会社車両を発見した左カーブを抜けた地点より手前で,被控訴人車両を発見するのが容易であったとは認められない。そうすると,C車両からは,左カーブを抜けるまでは,対向車である控訴会社車両が中央線を越えて進行してくることを認識することは容易ではないので,それ以前に控訴会社車両との衝突の危険を察知して減速することを期待することは困難であった。このことに,本件事故が深夜の交通閑散な時間帯に発生したことを併せ考えると,本件事故当時,本件事故現場をC車両のように制限速度を大幅に超過して対向進行してくる車両が存在し得ることも,被控訴人車両を運転するAにとって,決して予測不可能な事態であるとはいえない。
このような状況下においては,Aとしては,上記のような対向車両の衝突事故等の危険を予測して,本件事故現場に,ハザ-ドランプ等の警告灯を点灯しないまま,被控訴人車両を車道にはみ出して駐車してはならない注意義務があるというべきである。しかるに,Aは,被控訴人車両を約0.8m車道にはみ出して駐車したものであるから,Aには上記注意義務に違反した過失がある。
(3) そして,Bにも,控訴会社車両を対向車線にはみ出して進行させた過失があり,Cにも,速度違反,安全運転義務違反の過失があると認められ,上記認定事実によれば,過失割合は,AとBとの間では1対4,BとCとの間では4対1と認めるのが相当であり,AとCとの間では,本件事故に対する責任の大半がBにあることは明らかであるものの,AとBの間では直接決め手となるような資料は存しないこと,Aの駐車の態様等とCの制限速度超過の程度並びにCが本件事故により受傷していることなどの諸般の事情を総合すると,1対1と認めるのが相当である。
2 争点(2)(控訴会社及びCに生じた損害)について
証拠(甲3,6ないし10,13ないし99,枝番号を含む。)によれば,本件事故により,控訴会社には,車両修理費175万1740円,レッカー料金7万4130円及び休車損害87万7240円の合計270万3110円の損害が生じ,Cには,物損86万8250円,人身損害494万3150円(治療費26万5080円,休業損害264万8050円,通院交通費2万7900円,諸雑費17万5446円,賞与減額分37万円,慰謝料96万4000円の合計445万0476円に,医療保険からの求償分の治療費49万2674円を加えたもの。)の合計581万1400円の損害が生じたこと,控訴会社は,Cとの示談契約に基づき36万5174円及び控訴人組合から車両保険金136万0696円の合計172万5870円の填補を受けたこと,控訴人組合は,控訴会社に対する上記支払分136万0696円のほか,Cとの示談契約に基づき物損分として69万4600円及び人身損害分として356万0380円並びにCの人身損害について医療保険からの求償分として49万2674円(Cへの支払合計474万7654円)の合計610万8350円の保険金を支払い,自動車損害賠償責任保険から120万円の支払を受けたことが認められる。
3 上記認定事実によって,被控訴人が控訴会社及び控訴人組合に対して支払うべき金額について検討する。
(1) まず,前記過失割合によれば,本件事故におけるA,B及びCの3者間の過失割合は,1対4対1であると認めるのが相当であるから,本件事故により損害を被った控訴会社及びCは,それぞれに生じた損害のそれぞれ6分の4及び6分の1については自己の責任に基づくものとして他にはその賠償を求めることができないというべきであって,控訴会社及びCは,他の2者から合計で全損害のそれぞれ6分の2及び6分の5の限度で損害の賠償を受けることができるものと解するのが相当である。
そうだとすれば,控訴会社は,被控訴人及びCそれぞれに対し,全損害270万3110円につき80%の過失相殺をした後の54万0622円を,合計で上記全損害の6分の2に当たる90万1036円(1円未満切捨て,以下同じ。)の限度で請求しうるものということができる。
また,Cは,控訴会社に対しては,全損害581万1400円につき20%の過失相殺をした後の464万9120円を,被控訴人に対しては,上記全損害につき50%の過失相殺をした後の290万5700円を,合計で上記全損害の6分の5に当たる484万2833円の限度で請求しうるものということができる。
なお,上記賠償義務者間においては,両者の賠償義務が競合する範囲につき,その負担部分は両者間の過失割合に従い定めるのが相当であり,上記範囲について自己の負担部分を超えて賠償義務を履行した場合には,他の賠償義務者に対しその超過額につき求償することができるものと解される。
(2) 控訴会社は,全損害に対し,控訴人組合から136万0696円,Cから36万5174円の支払を受けているが,控訴人組合からの支払は,控訴会社がした保険契約により支払われたものであるから,控訴会社の負担に帰すべき部分に充当されるものと解される。また,Cからの支払は,Cと被控訴人との支払義務の競合する範囲(540,622×2-901,036=180,208円)に4760円及んでいるので(540,622-180,208=360,414円(競合しない範囲),365,174-360,414=4,760円)その2分の1である2380円について,Cは控訴会社に求償権を有する。そこで,求償の循環を防ぐため,控訴会社は上記2218円については被控訴人に対し請求しえず,控訴会社は,被控訴人に対し,54万0622円から2380円を控除した53万8242円の支払を求めることができるものというべきである。
(3) 控訴人組合は,控訴会社に対し,136万0696円を支払ったが,同支払は,上記(2)のとおり控訴会社の負担に帰すべき部分に充当されるものと解するから,同支払によっては,被控訴人に対する損害賠償請求権を取得しない。
次に,控訴人組合は,Cに対し合計474万7654円を支払ったが,これは,控訴会社と被控訴人との賠償義務が競合する範囲(4,649,120+2,905,700-4,842,833=2,711,987円)すべてに及んでいるところ,控訴人組合は,控訴会社と任意保険契約を締結していたものであるから,求償の循環を防ぐため,控訴会社のみが賠償義務を負う範囲193万7133円(4,649,120-2,711,987=1,937,133円)及び賠償義務が競合する範囲のうち控訴会社の負担部分である20%(2,711,987×0.2=542,397円)の合計247万9530円については被控訴人に対し請求をなし得ないものと解するのが相当である。そうすると,控訴人組合は,被控訴人に対し,上記支払額474万7654円から上記請求し得ない金額247万9530円を控除した残額226万8124円から,さらに,自動車損害賠償責任保険から填補を受けた120万円のうちCが請求しうる限度額484万2833円に対する上記残額の割合を乗じた56万2015円(控訴人組合は,自動車損害賠償責任保険から120万円の支払を受けているところ,同金額は,Cが請求しうる限度額484万2833円のうち,控訴会社のみが賠償義務を負う範囲,被控訴人のみが賠償義務を負う範囲及び賠償義務が競合する範囲に案分して充当されるべきである。1,200,000×2,268,124/4,842,833=562,015円)を控除した170万6109円(2,268,124-562,015=1,706,109円)の支払を求めることができる。
4 争点(3)(権利濫用)について
被控訴人の主張する事実によっても,控訴人らの本訴請求が権利濫用にあたると解することはできず,この点についての被控訴人の主張は採用できない。
5 当審主張に対する判断
控訴人らの当審主張は,上記1のとおり理由があり,被控訴人の当審主張は,その主張する事実を考慮しても,上記判断を左右するに足りず採用できない。
6 以上によれば,控訴会社の本訴請求は,53万8242円とこれに対する平成9年9月21日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,控訴人組合の本訴請求は,170万6109円とこれに対する平成11年9月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で,いずれも理由があるから認容すべきであるが,その余は理由がないから棄却すべきである。
第4結論
よって,以上と異なる原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 安間雅夫 裁判官 倉田慎也)