名古屋高等裁判所 平成13年(ネ)686号 判決 2002年1月23日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 「原判決別紙図面記載の道路が被控訴人の所有に属さないことを確認する。」との訴えを却下する。
3 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人らに対し,原判決別紙図面記載の石杭2本及び焼き場を撤去せよ。(一部請求を減縮)
(3) 原判決別紙図面記載の道路(以下「本件道路」という。)が被控訴人の所有に属さないことを確認する。(当審において,「本件道路が国有の道路であることを確認する。」との請求を上記の通り変更した。)
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨
第2事案の概要等
事案の概要,争いのない事実等及び争点(当事者の主張を含む。)は,次のとおり当審主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の各該当欄に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の付加訂正
(1) 原判決3頁2行目の末尾に「その後,立て札3本は除去された(弁論の全趣旨)。」を加える。
(2) 同3頁5行目の「原告承継人らには」から17行目末尾までを次のとおり改める。
「控訴人らには,本件道路が被控訴人の所有に属さないことの確認を求める利益があるか否か。
(控訴人らの主張)
(1) 本件道路について,被控訴人は自己の所有であると主張し,勝手に石杭をいれたり,焼き場を作ったり,旗建て棒を設置したりし,控訴人らを含む一般通行人の車による通行を妨害している。
控訴人らは本件道路に接する本件土地を所有しており,本件道路を車で通行したいが,被控訴人が本件道路の所有権を主張しているために,車による通行ができず,建築基準法に基づき建築確認申請をなそうとしても,受理されない状態にある。
(2) 本件道路の所有者である国は,地方の幹線でない道路については無関心で,道路が勝手に占拠されようとも放置したままである。控訴人らは本訴提起に先立ち,津地方裁判所に被控訴人を相手方として妨害排除の仮処分命令(津地方裁判所平成10年(ヨ)第19号仮処分命令申請事件)を申請するのに並行して,国を相手方として,国有財産である本件道路について被控訴人が所有権を主張し勝手に妨害物を置いているのであるから,これを撤去させ,通行が可能な状態を確保せよとの調停を起こした(鈴鹿簡易裁判所平成10年(ノ)第37号)。しかし,国は「妨害排除の仮処分が審理中であるから,妨害排除の可否は裁判所で決めてもらってほしい。」と言明し,調停に実質的に応じようとしなかった。のみならず,被控訴人が申し立てた本件道路の所有権確認の調停(鈴鹿簡易裁判所平成10年(ユ)第1号事件)に対しても,実質的に応じようとしなかった(ただし,国は被控訴人からの本件道路の払い下げ要求は拒否した)。国は,本件道路が国有であるかどうかの確認も,控訴人と被控訴人とで裁判所でしてもらってほしいという対応であった。
控訴人らは,やむをえず,被控訴人に対し,本件道路が国有であることの確認を求めた。
(3) 被控訴人の態度は,本件道路が自己の所有に属するという主張に起因する。とすれば,本件道路は被控訴人の所有に属さないことの確認が得られれば,控訴人と被控訴人との間の通行権に関する権利関係の存否に有効かつ適切な状態になる。原判決も「被告は本件道路が被告の所有であると主張しているのであるから,原告承継人らが被告の主張を直接否定する形式での請求をするならばともかく」と判示し,被控訴人の所有権を否定する形での請求であれば適切であると示唆している。
(被控訴人の主張)
(1) 控訴人らが確認を求める土地の範囲が特定されておらず,主張自体失当である。
(2) この請求は確認の利益,訴えの利益を欠いている。
仮に同請求が認容されたとしても,その判決は被控訴人と第3者たる国の間には既判力が及ばず,根本的な解決にならないのであるから無意義である。
また,所有権の帰属の問題は,国と被控訴人間の問題であり,これについて第3者たる控訴人が容喙することは直接的な権利関係に関する確認ではない。
(3) そうでないとしても,本件道路を国及びこれを管理する三重県においてもその所有だと確認できない状況下にあっては,控訴人らの請求は容れるべくもない。」
2 控訴人らの当審主張
(1) 人格権に基づく妨害排除請求は,請求をなす側が「日常生活上不可欠の利益」を有していることが必要である。しかし,社会や歴史の移り変わりとともに「日常生活」のレベルや内容は移り変わっていくものであるから,日常生活上不可欠の利益の存否の判断が変化していくことは当然である。
現代生活においては,自動車による通行は一般的・普遍的なものであり,道路の幅員がそれを許さない等,特別な事情がない限りは,通行の自由権の内容に自動車による通行の自由を含むというべきである。
さらに重要なことは,当該道路の所有権がどこにあるかである。通行権といってもその内容には幅がある。道路指定を受けた私道なのか,それとも公道なのかで通行権の内容は異なる。けだし,我が国の憲法上・私法上,所有権は公共の福祉による制約を受けるといってもやはり絶対性を有する。人格権たる通行権の場合と異なり,所有権が生活上不可欠の利益の存否にかかわらず妨害排除請求権を含むものであることはいうまでもない。私道は,道路指定を受けて,道路としての用を勝手に廃することができない状態になったとしても,所有権が個人に帰属する以上,所有者の利益は守られなければならない。所有者以外の通行は一応通行権と呼ばれるが反射的利益に近い。しかし,公道の場合は,所有権者の意思とは,とりもなおさず,国民ないし市民にその土地を道路として供するということである。当該道路の通行権は,国ないし市民に存し,その道路に接する土地の所有者のみにあるわけでもない。ただ,通行権に基づく妨害排除請求権の前提となると,日常生活上不可欠の利益を有する者とのしぼりがかかるわけであるが,そのしぼりの解釈そのものが私道の場合と比較して,本来が万人の通行目的であり,万人が通行の期待を抱くのであり,それに対立する所有権は存在しないのであるから,緩やかに解釈されるべきは当然である。
(2) 本件道路は公道(国有)である。
被控訴人の神社境内に接し,本件道路とT字型に交わる道路について,被控訴人代表役員が国有であることを認めた書面(丙7)がある。この書面をもとに近く水道が引き込まれるが,この水道は本件道路にも一部かかっており,被控訴人は本件道路の水道埋設部分について国有であることを認めている。
また,鈴鹿市水道局の平成13年11月7日作成の水道の布設状況を点線で表した図面(丙8)によると,本件道路にはこの点線の位置に水道が埋設されているが,その前提として,被控訴人代表者は丙7の書面と同様の書面に署名押印しているはずである。鈴鹿市は本件道路を国有道として水道を埋設しているのである。
控訴人らは本件土地に居住していないが,本件道路を車で通行し得なくては,本件土地に建物を建てることができない。また,建物を建てることができない以上,本件土地上に住むことによって日常生活上不可欠の利益を有するものは永遠に出てこない。現在まだ誰も居住していないからといって,公道を勝手に占拠する者があってもただ手をこまねいていなければならないというのも不合理である。
公道があり,その公道に接して土地を有する者が,その土地上に建物を建てたい,車で通行したい,緊急自動車の進入ができるようにしたいと望むことは,現代社会では日常生活上不可欠な利益を有するということである。
3 同主張に対する被控訴人の応答
(1) 控訴人らは本件道路を通行するにつき日常生活上不可欠の利益を有していない。
本件道路は,耕地整理時に被控訴人のために拡幅されたものであり,その拡幅部分は被控訴人に帰属するものと付近住民は考えてきたものである。
(2) 控訴人らは,本件道路の東側にa番bという幅約13センチメートル,長さ約48メートルの細長い不自然な土地をその分筆の経過中に残したり,金融業を営むAに本件土地を売り渡すなどして,不明な境界を無理矢理自分の思い通りに定めようとしており,その行動は本件道路を自動車で通行するにつき日常生活上不可欠の利益を有する者による真摯なものとは遠く隔たるものであることは明白である。
(3) 丙7は本件道路の西側の道路に水道管を埋設する際の文書である。これは本件道路とは全く無関係であり,被控訴人の同意は本件道路に関するものを含まない。
本件道路に水道管が埋設されていることとそれが国有地であることとは本来結びつかないから,丙8に関する控訴人らの主張は失当である。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件道路が被控訴人の所有に属さないことを確認する利益の存在)について
一般に,一定の権利又は法律関係の存否の確認を求める訴えの利益は,被告に対する関係において原告の法律上の地位が不安定となっており,その不安定な状態を除去するためには,原告と被告の間で訴訟物たる権利又は法律関係の存否につき確認判決を得ることが有効かつ適切である場合に認められるものである。
この点,控訴人らは,「本件道路に接する本件土地を所有しており,本件道路を車で通行したいが,被控訴人が本件道路の所有権を主張しているために,車による通行ができず,建築基準法に基づき建築確認申請をなそうとしても,受理されない状態にあるから,確認の利益がある。」旨主張する。
しかし,道路など公共用物を一般住民が利用する関係は,原則として国などが当該公共用物を開設したことによる反射的利益を享受するにとどまるから,控訴人らが主張する本件道路に関する利益は事実上のものにすぎず,法律上の利益とは認め難い。もっとも,道路を通行することについて日常不可欠の利益を有する者は,道路の通行につき人格権的利益を有し,この点については法律上の利益を有するとはいいうるが,同道路の所有関係については,何らの法律上の利益を認めることはできない。
そうとすれば,被控訴人に対する関係で控訴人らの本件道路の所有に関する法律上の地位が不安定になっているとは認められないから,本件道路が被控訴人の所有に属さないことを確認する利益は存しないといわざるをえない。
実際,仮に,控訴人らと被控訴人との間において控訴人ら主張にかかる確認判決がなされたとしても,その判決の拘束力は国を含む第三者には及ばないのであるから,建築確認手続において当該行政庁の判断に法的影響を与えるものではないといいうる。また,控訴人らが本件道路を通行できないことによって日常生活上欠くべからざる利益が侵害されたときには,人格権ないし通行の自由権(人格権的利益)に基づく妨害排除を求めれば足りるものである。
2 争点(2)(妨害排除請求権の存否)について
争点(2)についての認定,判断は,原判決第3の2項に記載のとおりであるから,これを引用する。上記認定,判断に反する控訴人らの当審主張はいずれも採用できない。
なお,控訴人らは,「被控訴人の神社境内に接し,本件道路とT字型に交わる道路について,被控訴人代表役員が国有であることを認めた書面(丙7)がある。この書面をもとに近く水道が引き込まれるが,この水道は本件道路にも一部かかっており,被控訴人は本件道路の水道埋設部分について国有であることを認めている。
また,鈴鹿市水道局の平成13年11月7日作成の水道の布設状況を点線で表した図面(丙8)によると,本件道路にはこの点線の位置に水道が埋設されているが,その前提として,被控訴人代表者は丙7の書面と同様の書面に署名押印しているはずである。鈴鹿市は本件道路を国有道として水道を埋設しているのである。」と主張するが,丙7の書面は本件道路の西側の道路に水道管を埋設する際の文書であって,これは本件道路の所有関係と関係があるとは認め難く,丙8の図面についても,本件道路に水道管が埋設されていることとそれが国有地であることとは直接結びつく関係にあるとは認め難いから,控訴人らの同主張は採用できない。
第4結論
よって,原判決中控訴人らの「被控訴人は,控訴人らに対し,石杭2本及び焼き場を撤去せよ。」との請求を棄却した部分は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,当審において変更された「本件道路が被控訴人の所有に属さないことを確認する。」との訴えは,確認の利益がないからこれを却下することとし,控訴費用の負担につき民訴法67条1項,61条,65条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 内田計一 裁判官 倉田慎也)