大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成13年(ネ)975号 判決 2002年6月19日

主文

1  本件控訴を却下する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨

第2事実関係

1  本件控訴の不適法性についての被控訴人の主張

(1)  原審は,平成11年6月1日,原判決を言い渡した。

(2)  原判決の正本は,控訴人を受送達者とし,同人の住所である愛知県瀬戸市a町b番地のc(以下「送達場所」という。)において,平成11年6月11日,控訴人の同居者である母Aを補充送達受取人として,送達された(以下「本件判決送達」という。)。

(3)  控訴人は,平成13年11月8日,原判決を不服として本件控訴を提起した。

(4)  よって,控訴人の本件控訴は,控訴期間経過後のもので,不適法であるから,却下されるべきである。

(5)  控訴人は,送達場所に木造瓦葺平家建居宅(以下「控訴人建物」という。)を所有し,同所に住民登録をしていたのであるから,送達場所が同人の住所であることは明らかである。もしこれが控訴人の住所でないのであれば,同居人である母Aは,本件判決送達の際にその旨送達担当者に説明して,受領しなかったはずである。本件判決送達時,控訴人が水戸市に居所をおき,母Aのみが送達場所に居住していたとしても,控訴人と母Aが連絡を取り合うことに支障はなかった。

(6)  送達担当者は,本件判決送達につき,「事理を弁識すると認められる同居者A」に送達書類を渡した旨報告している。母Aは,補充送達受領能力に欠ける者ではない。

(7)  控訴人は,本件判決送達が適法であったとしても,民事訴訟法97条1項により,控訴提起の追完が認められる旨主張する。

しかし,控訴人の主張及び同人の陳述書(乙7号証)によれば,本件判決送達の日の翌日である平成11年6月12日,控訴人は住所地に帰り,同日兄Bの通夜をし,翌日同人の葬儀に参列したと述べている。したがって,この時までには,控訴人は原判決の存在と本件判決送達の事実を知り得た。

また,控訴人は,その主張や陳述書において,同人が平成12年12月,住所地に戻り,以来母Aと同居していること及びそれ以前においても,盆と正月には住所地に帰っていたと述べている。したがって,控訴人は,平成11年8月の盆や平成12年1月の正月にも住所地の控訴人建物に帰っており,これらの時か,遅くとも同年12月の時点では,控訴人は原判決の存在と本件判決送達の事実を知り得たのであるから,これらの時点から1週間を経過した後は訴訟行為の追完をなし得ず,本件控訴提起の追完は認められない。

2  本件控訴の適法性についての控訴人の主張

(1)  被控訴人の上記主張1,(1)は認める。

(2)  同1,(2)については本件判決送達がなされたことは認めるが,送達の効力は争う。

(3)  同1,(3)は認める。

(4)  控訴人は,送達場所に住民登録をしているが,住宅リフォームの仕事の関係で,昭和62年ころから平成12年12月26日まで,工事現場近くで暮らすため,全国を転々として暮らしていた。本件判決送達がされた平成11年6月当時,控訴人は水戸市に居住して仕事をしていた。控訴人建物には,正月等のまとまった休みの時に,たまに訪れるといった程度であり,生活の本拠地は水戸市にあった。

したがって,送達場所は,控訴人の住所ではないので,本件判決送達は不適法で無効である。

(5)  民事訴訟法106条1項にいう「同居者」とは,受送達者と共同生活をする者をいうのであるところ,上記のとおり,控訴人は水戸市で生活をしていたのであるから,当時,母Aは控訴人の同居者とはいえない。したがって,同女に対する補充送達は不適法で,本件判決送達は無効である。

(6)  補充送達の受取人は,「相当のわきまえのあるもの」であることを要するところ,その趣旨は,補充送達受取人が送達の趣旨を理解して交付を受けた書類を受送達者に交付することが期待できる程度の能力を有する者であることを要するというものである。しかし,母Aは,本件判決送達当時,76歳で,老人性痴呆症を患っており,民生委員の援助を受け,控訴人建物で単身生活をしていた。母Aの痴呆症は,介護保険制度が始まった平成12年4月ころには,医師の診断書(乙5号証)により,長谷川式スケールテストで9点という明瞭な痴呆状態であることからも分かる。このような状態の母Aが,控訴人に対する送達書類を受け取っても,その意味を理解すること及び離れた場所で生活している控訴人に送達書類を交付することは不可能であったといえる。したがって,母Aは,「相当のわきまえのあるもの」ということはできず,同女に対する補充送達は不適法で,本件判決送達は無効である。

(7)  母Aに対する上記補充送達が有効であるとしても,控訴人には民事訴訟法97条1項による控訴提起の追完が認められる。

ア 母Aは,本件判決送達を受けた当時,高齢で老人性痴呆症を患っており,補充送達を受けても,直ちにそれを控訴人に交付ないし連絡することができるほどの能力を有しておらず,また,そのことを長期間記憶に留めておき,後日控訴人に伝えることができるほどの能力も有していなかった。

イ 本件判決送達の当時,母Aは控訴人建物において生活していたが,控訴人の兄Cも,ほとんど毎日のように控訴人建物で寝泊まりしていた。Cは,後記のとおり,被控訴人に対する同人の求償金債務につき,控訴人に無断で同人名義の連帯保証契約を締結し,原審において控訴人と共同被告であった者である。したがって,原判決等の裁判書類が控訴人建物に送達されれば,直ちにCが気付き,利害対立する控訴人に,その存在を分らないように,これら書類を破棄ないし隠匿したと考えられる。Cが,母Aの痴呆症及び自己に対する信頼に乗じて,控訴人に連絡させないようにすることは容易であった。

したがって,控訴人が,本件判決送達を知ることは不可能であったから,控訴人の責めに帰することができない事由により控訴期間を遵守することができなかった場合に該当し,控訴提起の追完が認められるべきである。

ウ 控訴人は,被控訴人から平成13年10月31日付「強制執行のお知らせ」と題する書面が送付され,控訴代理人弁護士に相談した同年11月5日に初めて,原判決の存在及びその内容を了知することが可能となり,同月8日,本件控訴の提起をしたのであるから,本件控訴は適法である。

3  被控訴人の本案の主張

(1)  Cは,平成9年6月30日,訴外日本団体生命株式会社(以下「訴外会社」という。)から,177万円を,元利金の支払方法は同年8月から平成13年7月まで,毎月5日限り4万3000円宛(ただし初回は4万5121円)を支払い,同支払を怠ったときは直ちに期限の利益を失う旨の約束で,借り入れた。

(2)  被控訴人は,同日,Cの委託を受けて,同人との間で,下記約定のもとに保証委託契約を締結し,Cの訴外会社に対する上記借入金債務を連帯保証した。

Cが,債務の支払を怠って期限の利益を失ったときは,被控訴人が訴外会社に対し保証債務を履行する前でも,Cは,未払債務全額及びこれに対する求償権発生の日から支払済みまで年6パーセントの割合の遅延損害金を支払う。

(3)  控訴人は,同日,Cの被控訴人に対する保証委託契約上の債務につき,連帯保証をした。

(4)  Cは,上記債務につき,平成10年8月5日,支払を怠ったが,その未払残債務元金は133万3000円である。

(5)  よって,被控訴人は控訴人に対して,上記保証委託契約の連帯保証債務の履行として,133万3000円の支払を求める。

4  被控訴人の本案の主張に対する控訴人の認否

(1)  被控訴人の主張(1),(2)については不知。

(2)  同(3)については否認する。控訴人は被控訴人との間で,連帯保証契約をしていない。Cが,融資を受けるため,控訴人に無断で,控訴人の氏名を用いて本件連帯保証契約をしてしまったものである。

(3)  同(4)については不知。

第3当裁判所の判断

1  上記第2,1,(1),(2)(ただし本件判決送達の効力に関する部分を除く。),(3)の各事実については,当事者間に争いがない。

2  控訴人は,送達場所は同人の住所ではないから,これを住所としてなされた,本件判決送達は不適法であり,無効である旨主張する。しかしながら,当事者間に争いのない事実並びに甲5ないし8号証,乙1,乙4,乙7号証及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,昭和59年12月24日,控訴人建物を送達場所に新築して,昭和60年ころから現在まで同所を住民票上の住所としていること,同地に所在する同建物に課せられる固定資産税の納税通知が昭和61年ころから,毎年送達場所に郵送されているところ,控訴人はこれに応じて同税を納付していること,控訴人は,住宅リフォームの仕事に従事し,昭和62年ころから平成12年12月まで,同仕事の関係で工事現場近くに居住するため全国を転々とし,控訴人建物には,家財道具を置くほか,母Aを居住させ,盆,正月時や仏事がある時などに帰省していたこと,以上の各事実が認められる。これらの事実によれば,送達場所は,控訴人の住所であると認めることができる。

控訴人は,仕事の関係で全国を転々とし,本件判決送達の当時は水戸市を住所としていた旨述べる。しかしながら,上記認定事実によれば,控訴人が仕事のため全国を転々として暮らしていたことが窺われるものの,控訴人の定まった住所としては控訴人建物にあり,他の生活拠点はそれぞれの地における一時的居所を定めたものと認められ,控訴人建物に居住する母Aと控訴人が連絡できない等の特段の事情が窺えない本件においては,送達場所は控訴人の住所である旨の上記認定を左右するとはいえない。

3  控訴人は,母Aが控訴人の同居者とはいえないから,同女に対する補充送達は不適法である旨主張する。

しかしながら,上記証拠等によれば,母Aは控訴人の実母であり,以前から送達場所の控訴人建物で暮らしていることが認められ,これに上記認定事実を考え合わせると,母Aは,控訴人建物において,控訴人が不在の間の留守をまもるとの態様で,控訴人と同居していたものと認めることができるのである。したがって,本件判決送達において,母Aが,補充送達受領者としての同居者の要件に欠けるところはない。

4  控訴人は,母Aが,76歳と高齢で,老人性痴呆症を患っていたので,民事訴訟法106条1項にいう「相当のわきまえのあるもの」にはあたらない旨主張する。

同条にいう「相当のわきまえのあるもの」とは,補充送達の制度目的に照らして,補充送達の受取人が送達の趣旨を理解して,送達書類を受送達者に伝達することが一般的に期待できる程度の能力を有することを要する旨を定めたものということができる。そして,上記証拠等によれば,母Aは,本件判決送達当時76歳で,女性の平均年齢から考えてもそれほど高齢とまではいえないこと,民生委員の援助を受けていたとはいえ,控訴人建物において単身で生活することができていたこと,母Aは,被控訴人の担当者が,平成10年10月ころに電話をかけてきた時や,平成12年9月に控訴人所有建物を訪れてきた時には,特に精神的に変わった様子もなく,通常の応対をしていたことが認められる。乙1,乙4号証によれば,本件判決送達の担当者である瀬戸郵便局の局員は,事理を弁識すると認められる者として母Aに送達した旨の送達報告書を作成していることが明らかである。これらの事実によれば,母Aは「相当のわきまえのあるもの」と認められ,同女に補充送達受領能力があると解するのが相当である。

控訴人は,母Aが,介護保険の始まった平成12年4月ころには,長谷川式スケールで9点という明瞭な痴呆状態であったことから,平成11年当時も,同女が同様な状態であった旨主張するが,乙5号証の医師の診断書によれば,同女は,一般診察上の会話では特に支障なく,介護保険のため痴呆チェックを行ったところ長谷川式スケールで9点であったが,以前より家人と面談したことがなく,平成11年前半のころの痴呆状態のチェックは行っていないので,当時の痴呆状態についての明確な回答は出せないというものである。そして,長谷川式スケールテストが,介護保険適用を受ける目的の簡易テストにすぎないこと,補充送達受領能力については,一般に,成人の能力までは要しないことをも考え合わせると,控訴人の上記主張は採用できないというべきである。

5  控訴人は,本件判決送達が有効であったとしても,平成13年11月5日まで控訴人が同送達を知ることは不可能であり,控訴人の責めに帰することができない事由により控訴期間を遵守できなかった旨主張する。

しかしながら,母Aの補充送達受領能力については上記説示のとおりであるから,補充送達を受けた同女が,控訴人に本件判決送達があったことを連絡し,同送達書類を控訴人に交付することは可能であったと考えられる。

控訴人は,母Aのところに毎日のように寝泊まりしていたCが,同女に影響を及ぼしこれを支配下におき,同女に控訴人への連絡をさせないようにしたり,控訴人と利害対立するCが,送達された書類を破棄ないし隠匿した旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

そして,乙7号証及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,本件判決送達の日の翌日である平成11年6月12日,住所地に戻って,兄Bの通夜に出席し,翌日には同人の葬儀に参列し,その後も同年8月の盆や平成12年の正月には住所地に帰り,同年12月以降は控訴人建物に母Aと同居していることが認められ,この間,本件判決送達があったことを十分知り得たものといえるので,補充送達受領者が過失により控訴人に送達書類を交付しなくても,それだけでは訴訟行為の追完事由とはならないこと等を考え合わせると,特段の事情の窺えない本件においては,控訴人の本件控訴提起追完の主張は,採用できないといわざるをえない。

なお,控訴人は,同人の陳述書(乙7号証)において,平成12年12月から控訴人建物で母Aと暮らすようになり,その後間もなく被控訴人から控訴人が連帯保証人になっている債務があること,裁判が行われたこと等を知らされた旨自認するところであり,この事実によれば,控訴人が仮にそれまでその責めに帰することができない事由により控訴期間を遵守できなかったとしても,その時期にはその事由が消滅したというべきであり,その後1週間の経過により本件控訴提起の追完期間を徒過していることは明らかである(控訴人は,保証した覚えがないことや名古屋の裁判所で裁判が行われるとは思わなかった旨述べるが,これらの事情は,訴訟行為の追完を認めるべき事由にはあたらない。)。

6  以上によれば,控訴人の本件控訴は,控訴期間経過後のものであるから不適法であり,却下を免れない。

第4結論

よって,本件控訴を却下することとし,控訴費用の負担について民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 島田周平 裁判官 玉越義雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例