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名古屋高等裁判所 平成13年(ラ)90号 決定 2001年8月10日

抗告人(債権者) 愛知県信用保証協会

同代表者理事 A

同代理人弁護士 山本一道

同 酒井廣幸

同 大場民男

同 鈴木雅雄

同 深井靖博

同 堀口久

相手方(債務者) Y

主文

1  本件即時抗告を棄却する。

2  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

別紙のとおり

第2当裁判所の判断

1  事案の概要

本件は、抗告人が、平成13年3月1日、相手方に対して原決定別紙請求債権目録(1)、(2)記載の債権(以下「本件債権」という。)を有するとして、その執行保全のため、相手方所有の原決定別紙物件目録記載の不動産(以下「本件各不動産」という。)に対する仮差押命令を求める旨申し立てた(以下「本件申立て」という。)ところ、名古屋地方裁判所は、同月7日、本件債権の存在についての疎明があり、かつ、本件債権のうち代位弁済額及びこれに対する平成8年3月19日から平成13年3月7日(原決定の日)までの遅延損害金債権(原決定別紙請求債権目録(3)、(4)記載の債権。以下「原決定認容債権」という。)については仮差押えの必要性につき疎明があるが、同月8日以降の遅延損害金債権(以下「本件遅延損害金債権(将来分)」という。)については仮差押えの必要性につき疎明がないとの理由により、本件申立てにつき、本件債権のうち原決定認容債権の執行保全のため本件各不動産を仮に差し押さえる旨及びその余の申立てを却下する旨の原決定をしたことから、抗告人が、同却下決定部分を不服として即時抗告した事案である。

抗告人は、本件遅延損害金債権(将来分)についても仮差押えの必要性があり、その疎明もある旨主張する。

2  被保全債権としての本件債権の存在について

記録によれば、抗告人とヤマニシ住宅有限会社は、同社が岡崎信用金庫から①平成3年5月31日825万円を借り入れるにあたり、同月30日保証委託契約を締結し、また、②平成5年11月19日700万円を借り入れるにあたり、同月10日保証委託契約を締結したこと、相手方は、上記各保証委託契約締結の際、それぞれ、同社が抗告人に対して同契約に基づき負担する債務について連帯して保証する旨の保証契約を締結したこと、上記各保証委託契約において、いずれも、同社は、抗告人が同契約に基づき代位弁済した額及びこれに対する代位弁済した日の翌日から年14.6パーセントの割合による損害金を支払う旨合意されたこと、抗告人は、上記①及び②の借入債務につき原決定別紙請求債権目録(1)、(2)記載のとおり代位弁済し、相手方に対し本件債権を取得したことが一応認められるから、本件債権の存在につきその疎明がある。

なお、本件債権のうち本件遅延損害金債権(将来分)は、原決定時においては未だ発生していない債権であるが、上記保証委託契約において約定された損害金債権に基づくものであって、元金である上記代位弁済額が完済となるまで日々発生し、累積していく性質の債権であるから、民事保全法20条2項の趣旨に照らして、仮差押命令の被保全債権としての適格を有することが明らかである。

3  仮差押えの必要性の有無について

(1)  記録によれば、相手方は本件各不動産を所有していること、本件各不動産の平成12年度の固定資産評価額は、原決定別紙物件目録1記載の土地が614万1,598円、同目録2記載の土地が818万9,003円、同目録3記載の建物が345万1,785円であること、相手方は、昭和55年7月10日、住宅金融公庫との間で債権額を380万円とする抵当権設定契約を締結し、同月11日、本件各不動産について順位1番の抵当権設定登記を経由し、昭和61年7月29日、岡崎信用金庫との間で債権額400万円とする抵当権設定契約を締結し、同日、本件各不動産について順位2番の抵当権設定登記を経由したが、上記1番抵当権については弁済により平成11年3月15日に、上記2番抵当権については解除により平成12年3月9日に、それぞれ抹消登記されたこと、本件各不動産について、名古屋地方裁判所豊橋支部が平成8年12月10日にした仮差押命令(以下「先行仮差押命令」という。)を原因として、同日債権者を蒲郡信用金庫とする仮差押登記が経由されていること、抗告人は、相手方に対し、平成8年5月から平成13年2月までの間、再三、本件債権の支払を督促し、相手方は、少額ずつ分割返済をする意思を表明したこともあるが、その実行に至っていないこと、なお、本件各不動産については、原決定に基づき、平成13年3月9日仮差押登記が経由されたこと、以上の事実が一応認められる。

(2)  ところで、仮差押命令は、金銭債権につき、債権者が債務者に対する訴訟を提起する等により債務名義を得て債務者の財産に対して強制執行するまでの間に、債務者がその所有財産を他に処分する等により債務者の財産の現状が変更され、そのことにより同強制執行が不能又は著しく困難となって、当該金銭債権の満足が低下するおそれがあるとき、すなわち仮差押えの必要性があるとき限って発することができるのであり(民事保全法20条1項)、仮差押命令申立人は、この仮差押えの必要性を明らかにし、その存在を疎明することを要するのである(同法13条)。

したがって、仮差押えの必要性は、被保全債権の額の多寡及び債務者の財産状態に大きく影響される関係にあるところ(このことは、債務者が多数の価値ある財産を有する場合において、債務者がその一部を処分するおそれがあるとしても、他の財産に対する強制執行により債権者の有する被保全債権の満足を得ることができるときには、仮差押えの必要性はないとされることから明らかである。)、本件遅延損害金債権(将来分)は、前記のとおり、前記各保証委託契約において約定された損害金債権に基づくものであって、原決定の日の翌日から元金である前記各代位弁済額が完済となるまで同額につき年14.6パーセントの割合で日々発生し、累積し、増大していく性質の債権であるから、仮差押命令申立人において、その発生終期を仮差押命令申立時、仮差押命令発令時あるいは仮差押命令申立時から1年などと特定しないときには、当該仮差押命令発令時においてその額が確定しないため、仮差押えの必要性を的確に判断することが困難である上、仮差押命令の発令にあたって債権者に立てさせる担保の額の決定の際にも、被保全債権の額を適切に斟酌して決定することが困難になるのである。また、仮差押えの必要性の判断は、その性質上、仮差押命令発令時に疎明されている債務者の財産状態等を前提とする将来の見込み判断であって、債務者の財産状態等の変動によってその有無が変更することがある流動的なものである(そのことに対応して、事情変更による仮差押命令の取消しの制度(民事保全法38条)が存在する。)から、仮差押命令発令時から何年にもわたって将来発生する遅延損害金債権について、その仮差押えの必要性を判断することには、そもそも相当の困難が伴うことが明らかである。

このような事情を考慮すると、将来継続的に発生する債権を被保全債権として仮差押命令の発令を求める場合、将来発生する債権の発生終期を限ってその債権の全体を特定しないときは、債権発生自体の疎明が十分であっても、その債権の全体が明らかではない上、将来のどの時点までの事情を考慮すべきかも明らかではないので、仮差押えの必要性の判断が困難であり、したがって、仮差押えの必要性があるとは容易には認め難いことになる。また、将来継続的に発生する債権を被保全債権として仮差押命令の発令を求める際、仮にその発生終期を特定して債権の全体を明らかにするとしても、民事訴訟事件の一審における通常の審理期間及び執行着手(仮執行の着手を含む。)までの期間を考慮すると、特段の事情がない限り、仮差押命令発令時から2、3年を超える将来の遅延損害金債権につき仮差押えの必要性を肯定することは相当ではない。

なお、以上のことに加えて、仮差押命令申立事件は、その性質上、迅速に審理し決定する必要がある上、同申立事件は相当多数にのぼることから、実務上、多くの裁判所では、仮差押命令申立事件の迅速で適正な処理の観点から、仮差押命令申立人に対し、遅延損害金債権については仮差押命令申立時を発生終期とする確定額とするよう要請し、ほとんどの仮差押命令申立人がこれに応じていることは、顕著な事実である。

(3)  そこで、上記(2)の観点にたって、前記(1)の事実に基づき、本件債権についての仮差押えの必要性の有無について検討するに、同事実によれば、本件債権のうち原決定認容債権については仮差押えの必要性の疎明があるということができるが、本件遅延損害金債権(将来分)については、その発生終期の特定がないため、その債権の全体が明らかでない上、どの時点までの事情を斟酌すべきかも明らかではないので、仮差押えの必要性があるとの判断は困難であり、結局、その疎明があるとは認め難い。

そうすると、本件遅延損害金債権(将来分)について、その執行保全のために仮差押えをすることを相当とする必要性は未だ認められない。

4  結論

以上のとおりであるから、抗告人の本件申立ては、本件債権のうち原決定認容債権の執行保全のため、相手方所有の本件各不動産を仮に差し押さえることを求める限度で理由があり、その余は失当として却下すべきである。

よって、原決定は相当であり、本件即時抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事保全法7条、民事訴訟法67条、61条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 長門栄吉 加藤美枝子)

<以下省略>

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