名古屋高等裁判所 平成13年(行コ)21号 判決 2002年4月24日
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らの訴えをいずれも却下する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 本案前の申立て
主文と同旨
(2) 本案の申立て
ア 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
イ 上記取消しにかかる被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
ウ 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,四日市市民である被控訴人らが,同市が控訴人日本下水道事業団(以下「控訴人事業団」という。)に建設を委託した四日市市公共下水道諏訪公園雨水調整池(以下「本件施設」という。)の電気設備工事(以下「本件工事」という。)の入札において,控訴人富士電機株式会社(以下「控訴人富士電機」という。)らにより談合が行われ,控訴人事業団がこれに加担したことによって,不当に落札価格がつり上げられ,四日市市が同落札価格と自由競争価格との差額相当額の損害を被ったとして,控訴人富士電機及び控訴人事業団に対し,四日市市に代位して損害賠償を求めた事案であるが,原審が,被控訴人らの請求を一部認容したため,控訴人らが控訴したものである。
2 前提となる事実,控訴人らの本案前の主張,本案前の主張に対する被控訴人らの反論,本案に関する被控訴人らの主張,本案に関する控訴人らの主張は,以下に原判決を訂正し,当審主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の各該当欄に記載のとおりである。
3 原判決の訂正
(1) 原判決5頁1行目の「平成7年10月4日」を「平成7年9月26日」と,同3行目の「争いがない。」を「住民監査請求をした日につき甲1,その余は争いがない。」と,それぞれ改める。
(2) 同29頁4行目の「随意契約の性質を有するもの」を「随意契約によるもの」と,同6行目の「余地はあるが,これと成立要件を異にする」を「余地はなく,」と,それぞれ改める。
(3) 同29頁8行目の「独占禁止法」から9行目の「前者は」までを「すなわち,独占禁止法3条違反の行為は」と,同30頁3行目の「成立するものであって」から5行目末尾までを「成立するものである。」と,それぞれ改める。
4 控訴人事業団の当審主張(本案に関する主張)
(1) 原判決のいうとおり,本件委託協定もこれに基づく支出も違法ではないとすれば,四日市市には損害が発生しない。
本件協定における委託料(経費)の算定については,受託業務費用負担細則により「建設省所管補助金等交付規則(昭和33年建設省令第16号)に基づく補助事業の設計積算基準によるほか,これに準拠して理事長が定める基準により行うものとする」と定められ,これに則してなされているから適法である。また,委託料の支出は,同協定に基づきなされているから,これも適法である。
(2) 本件委託協定は,四日市市と控訴人事業団との間の随意契約であり,同協定上本件工事の建設完成方法は控訴人事業団の権限で決め得ることであるから,同建設完成における控訴人事業団の支出額の内容がそもそも法律上問題とされることはない。
(3) 四日市市に対する独占禁止法3条違反の入札談合不法行為が成立するためには,発注者たる四日市市による競争入札執行手続が行われなければならない。
(4) 本件工事の競争入札の発注者は控訴人事業団であるから,仮に同入札に関し独占禁止法3条違反があれば,発注者である控訴人事業団に損害賠償請求権が発生するが,発注者でない四日市市に損害賠償請求権は発生しない。
(5) 本件委託協定において,四日市市の納入済額と控訴人事業団の精算額(控訴人事業団の実際の支出額)との差額は零であったから,同協定11条3項の精算還付金は発生していない。
(6) 四日市市は,控訴人事業団の精算報告に対し,精算認定権,容喙権,異議権,諾否権等を有せず,同市が完成認定し引渡しを受けた下水道施設建設完成のために控訴人事業団が実際に支出した金額の支払請求を拒むことはできない。
(7) 本件委託協定11条3項に基づき精算還付金が発生したというためには,少なくとも,控訴人事業団の一アウトソーシング工事の同控訴人に対する各一請負業者の各一請負契約金額ではない,下水道施設建設完成のために同控訴人が実際に支出した金額(精算額)と納入済額との差額が主張立証されなければならない。
(8) (6)のとおりであるから,四日市市は,上記支出額を支払ったときはその返還請求をなしえず,控訴人事業団の実際の支出額と四日市市の損害との間に因果関係を認めることはできない。本件の場合,約定により還付される納入済額と精算額との差額は零であり,そもそも四日市市に損害の発生はない。
(9) 原判決は,本件入札において行われた談合が「地方自治法が定める競争入札制度を潜脱しその意味を失わせるというが,その意味は明らかでなく,独占禁止法3条とも地方自治法234条1項・2項とも関係なく違法性を認めたもので,不当である。
(10) 本件委託協定に基づく支出には,相当の国庫補助金が充当されているところ,住民訴訟における地方公共団体の損害は,当該地方公共団体の固有財産に生じたものに限られ,当該支出が国からの補助金を財源としている場合,損害は生じない。
(11) 本件委託協定は,四日市市において,地方自治法96条1項5号により議会の議決を経て締結したものであるから,同議決に重大かつ明白な瑕疵がない限り,同協定及びこれに基づく支出は違法ではない。
(12) 本件委託協定の11条では「納入済額と精算額との差額は還付する」とされているところ,上記「精算額」は,受託業務費用負担細則によって算定される経費であって,控訴人事業団の工事請負契約による契約金額とは異なる。
(13) 本件において,損害発生の主張・立証が尽くされていないのにもかかわらず,原判決が民訴法248条を適用したのは違法である。
5 控訴人富士電機の当審主張
(本案前の主張)
本件において,違法・無効な財務会計行為を観念することができないという原判決の判断は誤っている。
すなわち,平成4年6月24日に四日市市が行った財務会計行為としての本件委託協定の締結は,被控訴人らが主張する違法な談合システムの下で,既に控訴人富士電機が受注することが実質的に決定されている,被控訴人らが不当に高額であると主張する本件契約の請負代金額を前提とするものであった。そして,控訴人事業団は,控訴人富士電機が控訴人事業団との間で予算額により本件契約を締結することを隠したままで,四日市市との間でその予算額を前提とする委託費の支払を合意する本件委託協定を締結したのであるから,改めて本件契約の請負契約代金により精算が行われる余地はなかった。
したがって,本件委託協定が締結された時点の状態は,到底,原判決のいうような「受注調整のみの段階」に止まるものではなく,「本件工事について個別的な談合行為がなされた」というべき状態であったのであり,本件委託協定は,その「個別的な談合行為がなされた時点以後になされた財務会計行為」なのであり,「不当に高額な代金額を前提とするものであって,違法と評価」されるものとならざるを得ないのである。
(本案に関する主張)
(1) 本件工事に関して,控訴人富士電機らによる談合の有無にかかわらず,控訴人事業団が四日市市に対して還付すべき金員はなく,四日市市において損害が生じた事実はない。
ア 仮に,四日市市が控訴人事業団に対し還付金請求権を有するとし,かつ,被控訴人らの談合の主張を前提とすれば,四日市市は還付金請求権を現在も有することになるから,不法行為に基づく損害は発生していないというべきである。
イ しかし,四日市市が控訴人事業団に対する還付金請求権を有しているものとは認められない。
すなわち,地方自治体は控訴人事業団が請負業者との間で締結した工事請負契約の請負代金額に容喙することはできず,同控訴人が行った精算報告の内容に諾否を決めることができないと認められるのであるから,本件において,四日市市が精算に関し同控訴人に対して何らかの権利を有することはなく,同控訴人によってなされ得る精算は,四日市市にとって法的な保護に値する利益とはいえないものである。
よって,理由の如何を問わず,控訴人事業団による精算が行われなかったからといって,四日市市に損害が発生するとは認められないのである。
(2) 原判決は,損害の算定について,落札価格が入札当時の経済情勢等によって異なり,その他多数の条件が複雑に絡み合って形成され,落札希望業者の積算能力・予測能力にも依存するということ,それ故,そこまでを詳細に検討することは事実上不可能であるというが,このことが意味するのは,実は,本件において四日市市に損害が発生しているとは認められないということである。
6 被控訴人らの当審主張
(本案前の主張)
(1) 談合という違法行為と本件委託協定とは別の法的行為であり,表裏一体の関係ではないから,本件において監査請求の期限はない。
(2) 監査請求の対象となる怠る事実が何であるか,すなわち,行使を怠る「財産」が何であるかは,当該監査請求において監査請求人が特定すべきものであり,監査請求人の意思によってのみ決せられるものである。
(3) 本件委託協定は,違法ではない。
公共工事の代金額についてはすべて建設省などにより積算方法が定められており,控訴人事業団はその積算方法に従って計算した積算額に基づき,本件委託協定を締結した。
また,平成4年6月上旬のドラフト会議の時点において,控訴人事業団が控訴人富士電機ら入札業者らに知らせていたのは,工事予定金額(概算金額)であって,本件工事の予定価格は,本命業者が入札日直前に,控訴人事業団のA工務部次長などの所に探りに行ったものであり,請負代金額がドラフト会議の時点において決まっていたという事実はない。
(4) 仮に,百歩譲って1年の監査請求期限があるとしても,本件は,平成7年7月13日に課徴金納付命令につき,工事の特定されない抽象的な報道がなされてから,同年9月26日に監査請求をするまで,2か月と13日しか経過しておらず,「正当な理由」があることは明らかである。
(本案に関する主張)
控訴人富士電機は,「四日市市の負担額は委託協定の締結により確定されておりその後の精算を予定していない。」旨主張するが,協定の条項に精算条項がある限り,そのようなことはいえず,少なくともそのような証拠はない。
競争入札により,協定より安く工事ができることになれば,控訴人事業団は,精算条項により安くなった金額を四日市市に返還しなければならず,又は請負業者と変更契約をして,その金額に相当する,当初の設計より価値の高い工事をする義務がある。
第3当裁判所の判断
1 地方自治法242条2項(期間制限)の適用の有無について
(1) 引用にかかる原判決の前提となる事実によれば,控訴人事業団は,平成4年6月24日に四日市市との間で本件委託協定を締結し,同年9月4日に本件工事の指名競争入札(本件入札)を実施し,同工事を落札した控訴人富士電機との間で本件契約を締結したものであるところ,被控訴人らの本訴請求は,同入札に関して談合が行われ,談合によって本件契約の請負代金がつり上げられた結果,本件委託協定に定める精算につき,談合が行われず公正な競争が行われていたとすれば形成されたであろう請負代金額との差額相当の損害が生じたにもかかわらず,四日市市が同損害賠償請求権の行使を怠るものであるとして,控訴人らを「怠る事実に係る相手方」と構成して,被控訴人らが同市に代位して控訴人らに対し損害賠償を請求するものであり,本件監査請求もこれと同旨である。
(2) ところで,地方自治法242条2項の監査請求の期間制限の規定の趣旨は,財務会計上の行為につき,住民がその個人の権利義務にかかわりなく単に住民であるというだけの資格において,いつまでも当該行為の効力や担当職員の責任を問題にし得る状態にしておくことは,法的安定性の見地からみて好ましいことではないので,住民による監査の請求を期間的に制限しようとしたものであると解されるところ,「怠る事実」については,同項の文言からすれば原則として同項の適用がないことになるが,特定の財務会計行為を違法であるとし,当該行為が違法・無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは,当該監査請求については,同怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条2項の規定を適用すべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和62年2月20日判決・民集41巻1号122頁参照)。
しかるところ,監査請求において,特定の財務会計行為を違法であると主張しないで,実体法上の請求権の発生を基礎付け,その不行使をもって財産の管理を怠る事実としている場合には,直接には,当該行為が違法・無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものとはいえないから,上記期間制限の規定の適用がないかのようにも考えられる。
しかしながら,上記の場合においても,特定の財務会計行為の存在が上記請求権発生を基礎づけるためには不可欠であって,かつ,当該財務会計行為が違法であると認められるときには,同請求権の存否を検討する過程において,当該財務会計行為が違法であることが明らかにされることは不可避であると考えられ,直接には当該行為の効力や担当職員の責任が問題とされているものではないけれども,間接的にこれらが問題とされているといえるのであり,単に法律構成を変えただけで上記期間制限の適用を免れることになるのは相当ではないから,当該行為が違法・無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものと同視して,当該財務会計行為がなされた日を基準として,地方自治法242条2項の規定を適用するのが相当である。
この点に関し,当該財務会計行為を違法とする理由が,当該財務会計行為自体に内在するものではなく,談合等の外部的な事由によるものであるとしても,同項が適用されるとの結論は左右されないというべきである。なぜなら,同項の期間制限の趣旨は,前記のとおり,いつまでも当該行為の効力や担当職員の責任を問題にしうる状態にしておくことは法的安定性の見地からみて好ましいことではないということにあるが,このことは,財務会計行為を違法とする理由が外部的な事由による場合でも同様だからである。
なお,監査請求の対象となる怠る事実が何であるか,すなわち,行使を怠る「財産」が何であるかは,当該監査請求における監査請求人がその意思により特定すべきものであるけれども,その特定された怠る事実に係る監査請求が地方自治法242条2項の期間制限に服するかどうかという点は,監査請求の適法要件の問題として,監査請求人の主張内容に拘束されずに判断することができると解されるから,その意味で,被控訴人らの当審における本案前の主張(2)は採用できない。
(3) これを本件についてみると,被控訴人らの本件監査請求は,談合という不法行為により,これが行われなければ得られたであろう精算還付金が得られないことを損害と構成するものであるから,その主張自体からみると,特定の財務会計行為を違法であるとし,当該行為が違法・無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものではない。しかし,委託協定及びこれに基づく委託金の支払がなければ,精算還付金が発生する余地はないから,精算還付金相当額の損害賠償請求権の発生のためには,本件委託協定及びこれに基づく委託金支払という事実の存在が不可欠であるといわなければならない。
そうすると,本件委託協定及びこれに基づく委託金の支払が違法であると認められるならば,本件監査請求は,当該行為が違法・無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものと同視して,これらの行為がなされた日を基準として,地方自治法242条2項の規定を適用すべきである。
(4) そこで,本件委託協定及びこれに基づく委託金支払の違法性について判断する。
ア この点に関する当裁判所の認定事実は,以下に訂正・付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」の一1(二)(原判決40頁3行目冒頭から45頁5行目末尾まで)及び二1(一)(原判決50頁6行目冒頭から68頁1行目末尾まで)のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の付加・訂正)
(ア) 原判決63頁7行目の「直ちに」を「直ちには」と改める。
(イ) 同67頁5行目の「変更された。」の後に次のとおり加える。
「そして,平成4年度の受注調整として,同年5月22日ころ,控訴人事業団のA工務部次長が,正幹事会社である三菱電機株式会社のB,副幹事会社である控訴人富士電機のC及び安川電機製作所のDを呼び,同年度の発注予定物件リストを手渡した上で,各案件の予算額を口頭で伝えた。」
(ウ) 同67頁9行目の「同月24日」を「同年9月4日」と改める。
イ ところで,地方自治法242条における財務会計行為の「違法」とは,広く地方自治法2条14項,地方財政法4条を初めとする財務会計上の法規範に客観的に違反することを指すと解するのが相当であり,当該財務会計職員の職務上の義務違反行為を要しないものと解すべきである。
そして,上記認定事実によれば,違法な受注調整により,本件委託協定が締結される時には,既に本件工事を受注する者が定まっており,後に締結される本件工事の請負契約における請負代金額は,談合により入札が行われることが予定されていたため,適正な競争により適正妥当な価格が形成される可能性が失われていたのであり,そのような状況の下でなされた本件委託協定の締結及びこれに基づく委託金の支払は,地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣旨に反する違法な財務会計行為であると認められる。
ウ なお,証拠(乙イ1,2)によれば,本件委託協定の締結については平成4年6月24日に四日市市議会においてこれを承認する議決されたことが認められるが,違法な財務会計行為は,議会の議決を経たからといって当然に適法になるものではないから,上記議決を経たことは,本件委託協定の締結及びこれに基づく委託金の支払が違法であるとの判断を左右しない。
(5) 以上のとおり,本件委託協定及びこれに基づく委託金の支払は違法であると認められるから,本件監査請求については,これらの行為がなされた日を基準として,地方自治法242条2項の規定を適用すべきである。
2 正当な理由の有無について
(1) 引用にかかる原判決の前提となる事実及び原判決の認定事実によれば,本件委託協定は平成4年6月24日に締結され,同年10月5日から平成5年12月27日にかけて5回にわたり委託費用の支払がなされたが,本件監査請求は平成7年9月26日になされたものである。
なお,控訴人らは,本件監査請求は同年10月4日になされた旨主張するが,甲1によれば,被控訴人らの本件監査請求は,同年9月26日付けをもって提出され,同年10月4日にこれが受理されたことが認められ,上記提出日付とは異なる日に同請求の書面が監査委員に対して提出されたことを認めるに足りる証拠はないから,本件監査請求は,同年9月26日になされたものと認めるのが相当である。
(2) 上記事実によれば,本件監査請求は,本件委託協定の締結された平成4年6月24日及びこれに基づく委託費用の最後の支払がなされた平成5年12月27日から1年を経過した後になされたことは明らかであるから,地方自治法242条2項所定の「正当な理由」の存否が問題となる。
(3) ところで,上記「正当な理由」は,監査請求をするについて客観的障害のあった場合,たとえば,当該財務会計行為が秘密裡に行われた場合や天災・地変等があった場合などに,これがあると認められるところ,特定の財務会計行為の存在自体は住民において客観的に知ることができたとしても,これを違法とする原因事実が秘密裡になされ,あるいは同事実が隠蔽されていた場合もこれに含まれるものと解するのが相当である。
そして,上記のように原因事実が秘密裡になされ,あるいは同事実が隠蔽されていた場合,上記「正当な理由」の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該原因事実を知ることができたかどうか,また,同事実を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものというべきである。
(4) これを本件についてみるに,本件委託協定及びこれに基づく委託金の支払自体は,当該行為当時に住民において客観的に知ることができたというべきであるが,これらを違法とする原因事実,すなわち,控訴人富士電機らの行った受注調整及び談合行為は,住民からみれば秘密裡になされたものと認められる。
そして,証拠(甲2の1・2,甲3,5の1ないし5,甲38)及び弁論の全趣旨によれば,平成7年3月4日の新聞により,控訴人事業団発注の電気設備工事の入札をめぐって,控訴人富士電機を含む大手・中堅重電機製造業者9社が,平成2年ころから,談合の仕組みを作り上げ,毎年「ドラフト会議」と称する会合を開いて,同年度発注の工事につき受注業者を割り当て,談合していたことが,公正取引委員会などの調査で明らかになったと報道されたこと,平成7年3月6日及び同年6月7日,公正取引委員会が,控訴人事業団発注の電気設備工事をめぐる談合事件について,上記9社などを独占禁止法3条違反等により検事総長に対して刑事告発したこと,同年6月15日,控訴人事業団の平成5年度発注の電気設備工事をめぐる談合事件について,上記9社などが独占禁止法3条違反等の罪により起訴され,そのころその旨広く全国紙等により報道されたこと,公正取引委員会が,上記起訴後である同年7月12日,控訴人富士電機らに対して控訴人事業団の平成4年度及び平成5年度発注の電気設備工事を違反対象役務とする課徴金納付命令を発し,そのころその旨広く報道されたこと,平成7年7月24日に公正取引委員会がE弁護士にファクシミリで送信した控訴人事業団の平成4年度及び平成5年度発注の工事リストには,本件委託協定の対象である本件施設の工事が含まれていたこと,以上の事実が認められる。
上記事実によれば,本件工事は,上記刑事訴追の対象となった工事には含まれてはいないものの,公正取引委員会の課徴金納付命令の対象となった工事には含まれていたものであり,上記各報道がされた後直ちに,上記新聞報道等を端緒として,相当の注意力をもって調査を開始すれば,本件委託契約及びこれに基づく委託金の支払につき,控訴人富士電機らの受注調整及び談合を前提としたものではないかとの疑いを抱くに足りる事実を知ることができたというべきであるから,上記起訴に関する報道から3か月以上経過した平成7年9月26日になされた本件監査請求には,上記「正当な理由」があるとはいえない。
3 以上によれば,被控訴人らの本件訴えは,適法な監査請求を経ないものとして,いずれも不適法である。
第4結論
よって,上記と異なる原判決を取り消し,被控訴人らの訴えをいずれも却下することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 倉田慎也)
裁判官内田計一は,転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 福田晧一