名古屋高等裁判所 平成13年(行コ)29号 判決 2003年6月27日
主文
1 控訴人らの控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らは,名古屋市に対して,連帯して56億9239万2244円及びこれに対する平成9年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人らの負担とする。
(4) 仮執行の宣言
2 被控訴人ら及び参加人
主文同旨
第2事実関係
本件は,名古屋市の住民である控訴人らにおいて,名古屋市が一般廃棄物最終処分場建設用地として購入した土地(本件土地)の売買契約(本件契約)について,①本件土地は,そもそも上記建設予定用地ではなく,その用地とは別の場所に存する不要な土地である(争点(1)について),②本件土地は海面下の土地であって所有権の対象とならない土地である(争点(2)について),③本件契約は売買の目的である土地の範囲が特定できないものである(争点(3)について),④本件契約は,新たな廃棄物処分場を確保する必要性がないにもかかわらず不必要な土地を取得するもの,あるいは廃棄物処分場に必要な面積以上の土地を取得するものである(争点(4)について),⑤本件契約の締結過程において十分な環境アセスメントが実施されなかった(争点(5)について),⑥本件契約は取得後の所有権放棄を目的とした契約である(争点(6)について),⑦本件土地の購入価格が不当に高額である(争点(7)について)等により,本件契約が違法,無効であり,その購入代金の支出(本件支出)も違法であるとして,同市に代位し,地方自治法(平成11年法律第87号による改正前のものであり,以下「法」という。)242条の2第1項4号前段に基づき,本件契約を締結した同市長A個人及び本件支出をした当時の同市収入役Bに対して不法行為に基づく損害賠償請求を,同号後段に基づき,本件契約の相手方である名古屋市土地開発公社(以下「被控訴人公社」という。)に対して,不法行為に基づく損害賠償請求ないし不当利得返還請求をした住民訴訟である。
原審において,名古屋市が一般廃棄物最終処分場建設用地として予定する土地は本件契約の対象とされた土地に相当し,本件土地が私法上の所有権の客体となり得ないものであることの立証がない等の認定判断のもとに,控訴人らの請求を棄却したところ,控訴人らが控訴したものである。
なお,名古屋市長は,原審及び当審において,A及びBについて参加人となったものである。
1 事実関係は,次のとおり補正し,下記2のとおり当審における当事者の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2,1の争いのない事実等,同2の本件の争点及び同3の争点についての当事者の主張のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決3頁1行目の「同年7月7日,」の次に「同売買契約の」を付加する。
(2) 同10頁18行目の「客体となりというものではなく」を「客体となり得ないというものではなく」と改める。
(3) 同14頁21行目の「不適当であり,」の次に「さらに,」を付加する。
2 当審における当事者の主張
【控訴人ら】
(1) 争点(1)について
原判決は,本件土地の特定に関し,a684番,同686番,686番の1の土地の位置関係について,地籍字分全図の地番表示は誤記であると認定しているが,地番という重要な事項を誤記することは,一般に考えられず,地番は足取りの順番に付けるように調査方式が決められており,それにしたがって順番を付けたものであるから,誤記ではない。
(2) 争点(2)について
ア 原判決は,本件土地が陸地であった根拠として,地図に関しては,地籍字分全図及び愛知郡実測図をあげるが,これらは根拠となり得ず,反対に本件土地が陸地ではなかったことの証拠となる。すなわち,
(ア) 地籍字分全図は,明治17年に作成されたもので,同図が作成された目的は,地租改正と大きな関わりがあり,その過程で地券から地籍帳へ,野取絵図から地籍字分全図へと整備が行なわれたことにより存するものである。そして,地券と野取絵図が一体であるように地籍帳と地籍字分全図もまた一体であり,地籍字分全図は,地籍図であり,地籍帳と一体化し,一致する図面である。また,地籍帳は,地券を帳簿化したものであり,地券と一致させたものである。結局,地籍字分全図は,地券の記載を図面化したものといえるものであり,当時の権利区域を明確化したものであって,本件土地のように,干潟(極端な場合は海)となっていたとしても,地券が存在し,地籍帳に記載がされると,地籍図として地籍字分全図に記載される性質のものである。したがって,地籍字分全図上本件土地について,「荒田」と表示されていることなどをもって,実際にこれを陸であるということはできない。
そこで,実際に干潟ないし海であるのか陸であるのかを知るには,実測図面が重要であるところ,本件土地に関して明治以降いくつかの実測図面があるが,それらを検討すると次のとおりである。まず,甲62の図は,明治5年のもので,凡例も良く記載され,統一された方式で書かれ,当時の地図作成第一人者であるCにより作図されたものである。同図によると,明治5年当時,本件土地は記載されておらず,bの南側は海となっており,陸地でなかったことが明らかである。また,甲63の図は,明治6年(明治10年2月刷成)のもので,甲62と同様であり,同図によれば,本件土地は,図面上存在せずに海である。さらに,明治21年名古屋近傍図(甲15の1及び2)は,明治21年のものであり,大日本帝国陸軍第三師団参謀部の責任で作成されたもので,信頼性が極めて高いが,同図によると,本件土地は海であり,一部が干潟となっている。そうすると,本件土地は,明治5年から明治21年までの間一度も陸地となったことがないといえる。
そればかりか,地籍字分全図においても,海岸堤防によって区切られた陸地側と,その外側(海側)に位置する本件土地とは,その色彩についてやや区別して描かれている。また,同図における本件土地の海岸線は一直線であるが,実際の陸地であれば,自然の海岸線は波に洗われ曲線になるはずであるし,人工的な海岸線ということも,当時の造成技術力からして短期間にできることではなく,容易に考えられないことからすれば,海岸線が一直線であることは,実際の陸地と海との境界を表わしたものではなく,開発予定地の線を示すものである。また,同図において本件土地は,海岸堤の外側(南側)に記載されているところ,海岸堤の外側は海であることが当然であり,もし,本件土地が陸地であれば,海岸堤から流れ出る水の処理施設が記載されているはずであるが,同図にはない。さらに,同図において本件土地が陸地であればその内側部分に澪が記載されているはずであるが,同図にはない。したがって,かえって地籍字分全図からも,本件土地は陸地ではなかったことがわかる。
(イ) 原判決は,本件土地が愛知郡実測図(甲16の2)において破線で囲まれ「a新田」と書いてあるから陸地であったとするが,破線は,土堤や石堤を表わすものではなく,開発予定地を表わすために使用されているだけであり,同図の一号埋立地,二号埋立地及び山崎川付近の開発予定地も全て破線で囲まれている。
また,同図の「a新田」は,図面上の「a新田」の文字の上部に記された川や海の表現を含めて読む限り,海面下に存在する新田として表されているものであり,破線はaの字界を表記したものと解すべきである。
イ 原判決は,本件土地を陸地として認定する証拠として,「地券」の存在,「地籍帳」「土地台帳」等の記載をあげるが,土地の現状を正確に表わすものは,当時の地図であり,地図上で海あるいは干潟であれば,上記地券等の証拠もそれを前提に解釈されるべきである。すなわち,
(ア) 本件土地について,明治31年3月に変換起返許可がされ,地目が「荒田」から「草生原野」となったのは,明治29年4月27日民法の財産法部門が,明治31年6月21日身分法部門が各公布され,同年7月16日民法全編が施行されるようになったことに伴い,民法が施行されると継続年季が認められなくなり,本件土地を没収されることを恐れた開発地主が,納税地となっても国に取り上げられるよりはましであるとの考えから,「(変換)起返」を国に申請したものであると推測され,本件土地は,この時,実測が行なわれたものの,陸地化されておらず,上記起返では,本件土地が陸地でなかったために,地目を「草生原野」と地目変更しているのであり,これは干潟(海)であったことを示すもので,地図の記載とも合致する。
(イ) 本件土地は,「字a」との字名が付いているが,新田ではない。新田とは,本田に対する概念で,近世に開発された新村と新開耕地である。新田開発は,莫大な資金と労力を要し,地代金を支払って開発地主となった者は,開発権を有するだけで,所有権を有する地主ではない。築立完了し,検地帳への記載がされて初めて本来の地主となる。
また,開発の願出(届出)の段階では,概略的な「朱引絵図」でよかったが,開発許可がおりる段階では,実測に基づく「分間絵図」の作成が要求された。しかし,この図面があるからといって陸地化されたわけではなく,本格的な築立工事にかかる段階にすぎない。
(ウ) 「定納米」は,開発許可が下りる段階で決定されるものであるから,本件土地についてこれが定められたからといって,陸地化がされたとはいえない。本件土地における定納米は,1反当り1升5合であるが,これは,実際の石高と関係なく定められており,また,開発許可が下りてから15年間免除されている。すなわち,15年の間に開発を完了せよとの趣旨である。本件土地は,免除期間明けの天保13年からは,定納米を納めなければならない年貢地になったが,年貢地になったからといって,開発に成功し,陸地化したのではない。「砂付場所」が陸地化を意味しているものではないことは,甲65の16頁に記載されているとおりである。
(エ) 鍬下年季とは,新田ができても年貢をとらない猶予期間のことであるが,開発者は,この期間に新田をつくり,開発資本を回収する。鍬下年季が延長されるということは,その間に開発(陸地化)ができなかったことを意味する。本件土地も鍬下年季が延長されており,鍬下年季中,さらに一定の期間を定めて定納米を免除する場合に該当していたものであるが,これは,結局新田開発に失敗したためである。
(オ) 新田の開発には,種々の利害がからんでくるため,各種の取り決めがされるところ,そこには「是迄の海用(みお)通りを妨害するようなことは,一切してはならない」との注意がされている。本件土地も「みお」が大きく通っており,これを含めて埋立ててしまうことはあり得ない。また,本件土地が新田開発された当時は,干潟の干潮汀線に石垣による防潮堤を造り,その防潮堤がほぼ出来上がった時点で,最後に「潮留」の工事を一気に行なう方法で行なわれていた。そこで,まず,石垣による大きな堤を築くことが先決であるところ,本件土地については,堤(石垣堤)が築かれた形跡がないから,その堤を築くことに失敗していると思われる。さらに,「潮留」に成功すると,水門口を設置し,干拓地の中の水を排水しなければならないが,本件土地で水門口を設置した形跡はない。
したがって,本件土地は,新田開発に成功しておらず,干潟のまま今日まで継続しているものである。
(3) 争点(3)について
特にない。
(4) 争点(4)について
原判決は,一般廃棄物の処理に関し,市町村にその施策の選択についての裁量が認められていることを前提とする。そして,市町村の財産の取得には,法96条1項8号の他に規制する法令がないとしているが,普通地方公共団体の執行機関は,法2条13項により,「地方公共団体は,その事務を処理するに当っては,住民の福祉の増進に努めるとともに,最小の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」との義務を負い,また,法138条の2により,市町村の長は,市町村の事務を,自らの判断と責任において,誠実に管理し及び執行する義務を負うから,被控訴人らが本件土地を購入する際に,これらの義務を尽くしたか否かが問題となる。
そして,市町村長の裁量権の逸脱や濫用の要件としては,①明らかに取得の必要性のない土地を取得したこと,あるいは,②適正価格よりも著しく高価で土地を取得したことのいずれかに該当することをもって足りるというべきである。
すると,本件土地が一般廃棄物処理予定地として必要な面積よりも広いことは争いなく,名古屋市長は,明らかに取得の必要性のない土地の取得を執行したものであるから,裁量権の逸脱や濫用が原則的に推認される。
原判決は,①同一所有者との売買交渉に当っては,本件土地の一部のみを買い受けるよりも全体を買い受ける方が交渉が優位に進むと考えられる,②一般に土地有効利用の見地から名古屋市としてもまとまった土地として購入した方が得策である,と認定しているが,①については,名古屋市と被控訴人公社との売買契約であり,前所有者の白川不動産との交渉問題を取り上げることは誤りであり,②については,証拠に基づかないものであり,一般論としても認められない。
(5) 争点(5)について
特にない。
(6) 争点(6)について
本件土地は,名古屋市が所有権を放棄することを前提として,その購入をしたものであるが,そのような異常な所有権放棄は,本件土地の土地性にそもそも問題があるからである。すなわち,本件土地を,一般廃棄物の処分場にするには,同市がこれを購入しなくても,公有水面として埋立をする際に,関係機関と協議することにより,いくらでも可能なことである。このような本件契約を締結した名古屋市長の行為は,裁量権を逸脱して濫用となるものである。
原判決は,本件土地の所有権放棄に関する控訴人らの主張について,そもそも土地取得後における管理ないし処分が違法であるというにすぎないとするが,土地の所有権放棄のためには土地の所有権取得が前提となることは当然であるところ,所有権放棄を予定しての売買契約について,契約の目的は土地の取得行為にすぎないとすることは,地方自治法の制定趣旨を潜脱する解釈である。
(7) 争点(7)について
原判決は,丁7及び8の鑑定について,公正妥当として,これらに基づいて被控訴人公社が白川不動産から本件土地を購入した価格は妥当であると認定するが,誤りである。すなわち,日本不動産研究所の鑑定評価書(丁7)には,①本件土地は,干潮時にその一部が干潟となるが,その余の時間は海面下にある土地であるにもかかわらず,満潮時に海面下になるとの前提で評価をしていること,②本件土地は,「徐々に工場地向きの宅地として宅地化が進行していくものと予測」し,標準的使用は「工場地向き宅地見込地」との前提で評価しているが,本件土地が所有権の認められない公有水面として埋立予定地である事実を評価にほとんど反映させていないこと,③本件土地を登記簿上の「土地」ではないと認定しながら,これを評価に反映させていないこと,④本件土地が公図もなく場所が特定されていない高低のある海没地であり,公有水面(私的所有権が認められない土地)であるにもかかわらず,そのことを評価に反映させていないこと,⑤埋立費用についても合理的根拠が示されていないこと,⑥公有水面で埋立てが行なわれる場合は,名古屋市が本件土地の所有権を取得できないか,もしくは,同土地の所有権を放棄しなければならない点を無視していること,⑦本件土地の埋立てをして,これを工場用地等として利用されることが前提となっており,その場合の有効宅地化率を75パーセントとしてるが,本件土地を埋め立てるには,護岸堤防の築造が不可決であり,護岸堤防の面積はb新田の例によると埋立面積の1割を超えており,有効宅地化率を少なくとも1割は減少させなければならず,本件土地の埋立計画面積と本件土地面積との差異も考え併せると,有効宅地化率が大きすぎること,以上の諸点において誤りが認められ,同鑑定評価書による本件土地の評価額は高額にすぎることが明らかである。
明和不動産鑑定所の鑑定評価書(丁8)には,①本件土地が登記はあるものの公図がなく,場所が特定できない公有水面であり,分筆できないものであることを無視していること,②本件土地は,干潮時にその一部が干潟となるが,その余の時間は海面下にある土地であるにもかかわらず,満潮時に海面下になるとの前提で評価をしていること,③本件土地の北側に位置するc流通業務団地は,江戸時代に既に陸地となっており,本件土地と異なっているにもかかわらず,本件土地の造成について,「c流通業務団地と同等の造成工事が可能」との前提をとっていること,④農地と工業用地とは,埋立方法も根本的に異なり,農地は比較対象地として適当でないにもかかわらず,本件土地の評価において,農地事例との比較を行なっていること,⑤丁7に関する上記⑦と同じく有効宅地化率が大きすぎること,以上の諸点において誤りが認められ,同鑑定評価書による本件土地の評価額は高額にすぎることが明らかである。
【被控訴人ら及び参加人】
(1) 争点(1)について
a684番,同686番,686番の1の土地の位置関係につき,地籍字分全図の地番表示が誤記であることは,原判決が21頁以下において,詳細な理由に基づき判断しているとおりである。
(2) 争点(2)について
ア 本件土地が,地籍字分全図及び愛知郡実測図上では,陸地として描かれていることは明白であり,本件土地が陸地であったことの根拠となるものである。
(ア) 地籍帳は,明治17年3月,愛知県が郡区役所等に発した布達に基づき,同年1月1日現在の姿を記載するものとして作成されたものであり(同布達添付の地籍編製心得書第5条),「海ト陸地トノ径界」については「満潮ヲ以テ其区別ヲナスヘシ」ものとされており(同第7条),また,「元流作地ニシテ出水ノ際荒地トナルモ其形ヲ存シタルモノハ荒蕪地ニ編入スヘシ」(同第27条)ものとし,「附寄洲ハ其名称ヲ挙クヘシ」(同第28条)とされている。このことから,地籍帳において「荒田」とされた本件土地は,明治17年1月1日段階において,満潮時においても陸地であったと認められるものである。控訴人ら主張のごとき,地券があったから当然に地籍字分全図に土地として描かれるというものではない。地籍字分全図上,本件土地は陸地として描かれており,「海岸」と記載された部分とは色で区画されていることは明らかであって,同図面上の記載から本件土地が実際にも陸地であるということはできないとする控訴人らの主張は誤りである。
甲56によれば地籍字分全図の作成時期は控訴人らの主張するように明治17年ということになるが,仮にそうであったとしても,本件土地が陸地として描かれている愛知郡実測図が作成された明治31年以前の時期に,本件土地が陸地として描かれている図面が存在するという本質に変わりはなく,原判決の認定が左右されるものではない。
控訴人らは,本件土地が陸地でなかったことの根拠として,甲62,63,甲15の1及び2を挙げるが,甲62,63は,愛知郡実測図(甲16の2)等の図面と対比して明らかなとおり,単なる絵図の類であり,実測図面と呼ぶに値するようなものではなく,甲15の1及び2についても,広域にわたる地図であり,一筆単位で調製されている地籍字分全図の正確性を覆すに足りるものではない。
地籍字分全図及び愛知郡実測図上で,本件土地が陸地として描かれている理由は,本件土地と海との境界線が明示されているからであり,本件土地の着色が海の色と違うことはその傍証にすぎない。海岸線が一直線に描かれている理由は,開発地であるからであり,控訴人らが主張するような開発予定地であるからではない。
(イ) 愛知郡実測図において,本件土地と海との境界線が破線で描かれている理由は,土堤ないし石堤を表わしているからであり,開発予定地であるからではない。
イ 明治31年3月に本件土地について変換起返許可がされ,地目が「荒田」から「草生原野」となったことに関し,起返による「草生原野」への変更が架空であるとする控訴人らの主張は,極めて例外的な事象を前提としており,本件土地についての地券,地籍帳及び土地台帳等の公証行為の意味を過度に軽視するものであり,これらの公文書が事実の推認において有力な資料であることは疑いがない。
控訴人らは,本件土地は,「字a」との字名が付いているが,新田ではないと主張するが,江戸,明治期の図面等に「c干潟」との表記はなく,「c干潟」はあくまでも現代における通称にすぎず,明治期において本件土地は「字a」と表記され,中には,愛知郡実測図のごとく,「a新田」と表記しているものもある。そもそも「新田」という名称は,「新村」に対して付されるものであって,開発地が築立されたことにより直ちに新田成立となるものではない。丁19の2(1837年から1840年ころに作成されたb新田及び政成新田新築立場所図)においては,後に「d新田」となる場所が「巳年築立場所」として記載されているところ,既に巳年(1833年)に築立済みの土地であるが「新田」として成立していないために,「新田」と区別されて赤線で描かれているのである。
「鍬下年季」に関して,控訴人らは,鍬下年季が延長されていることはその間に開発(陸地化)ができなかったことを意味する旨主張するが誤りである。鍬下年季とは,開発者が投下した開発資本の回収期間として設定されるものであって,開発そのものの期間として設定されるのではないところ,その投下資本は,莫大な資金であったから,鍬下年季が延長されたことをもって,開発(陸地化)ができなかったことを意味するとはいえない。
控訴人らは,本件土地について,堤(石垣堤)が築かれた形跡がないとして,新田開発が成功していない旨主張する。しかし,本件土地について新田開発が行われたのは,既に100年以上も前のことであり,一世紀を経る間には,伊勢湾台風等の大規模水害がこの地方を襲っている。また,本件土地付近は,現在では常時潮に晒されている場所であるとともに,日光川,庄内川という大型河川の流出口に当る場所である。本件土地について,100年以上前の工事の痕跡が,現在,陸上に顕現している形で残っていないとしても,なんら不自然ではない。なお,過去には堤防等の痕跡が認められていたことは,「港区のおいたち聞き書」(丁22の1及び2)に,e新田字a684番地の土地は,所有者であったD(D’のことと思われる)が,それまで埋立地であったがしばしば堤防が決壊していた同土地について再度埋立てを敢行し,堤防に樋門まで取り付けたが,その後台風が来て堤防が流されたことがあったこと,さらに,その後,Eが多くの人夫を使って堤防の復旧工事を試みようとしたこと,本件土地の堤防の工事はソダ工法(粗朶「刈り取った木の枝」を編んだものに石を入れ,それを積み重ねていく工法)がとられたこと,少し掘れば堤防に使っていた一抱えもある大きな幡豆石がでくる状態であったこと等の記載があることからも明らかである。
(3) 争点(3)について
特にない。
(4) 争点(4)について
控訴人らは,地方自治体の財産取得を規制する法令としては,法96条1項8号以外にも,法2条13項,同138条の2があると主張するが,これらの規定は,地方自治体の執行機関がその任務を遂行していく上での当然の心構えを明らかにしたものにすぎず,地方自治体の購入する財産について具体的規制をするものではない。
本件土地の場合には,公図の不存在を理由に法務局が分筆登記申請を受理しないという立場をとっていたこと等の事情から,前所有者にその一部だけを売却してもらうことなど到底期待できないものであり,また,本件土地全体を購入することによって処分場設置に伴う隣接地域の自然環境保全という全体的調整が可能になるという事情もあったことから,本件土地全体が購入対象となったのである。本件土地を購入対象地として選定するに至るまでには,名古屋市は,数十年にわたる調査と検討を行ってきたものであり,その結果を踏まえて執行機関が「自らの判断と責任において,誠実に」事務の執行を行ったのである。これについて,明らかに取得の必要がない物を購入した裁量権の逸脱があるといえる余地はない。
控訴人らは,名古屋市の本件契約の相手方は被控訴人公社であるから,白川不動産との交渉問題を取り上げることは誤りである旨主張する。しかし,被控訴人公社は,公有地拡大の推進に関する法律10条1項に基づき設立されたものであり,その設立目的は同法1条に規定されているように,「地方公共団体に代わって土地の先行取得を行うこと等」である。被控訴人公社は,名古屋市に代わって本件土地を先行取得したものであり,本件契約は,名古屋市が本件土地を取得するに至る過程の一段階にすぎないものであるから,控訴人らの上記主張は失当である。
(5) 争点(5)について
特にない。
(6) 争点(6)について
本件土地について所有権を放棄するという方策は,公有水面埋立法上の整合性を図るための法的処理策の一つとして考えられるものであり,本件土地の取得や公金の支出とも全く関係しないものである。さらに,名古屋市は,現在も本件土地の所有者のままであり,控訴人らの本件土地を名古屋市が放棄するとの主張は,あくまでも予定の範疇にすぎないものである。そもそも,所有権放棄に関しては,本件土地取得後の管理処分に関する違法の主張であって,本件契約の目的自体とは直接関係がないから,それによって本件契約が違法,無効となることはありえない。
(7) 争点(7)について
控訴人らは,日本不動産研究所の鑑定評価書(丁7)に対し,本件土地が干潮時に一部干潟になるだけの海没地であることを前提にしておらず,また,工場用地として利用するための減歩をしていない等と異議を述べる。しかし,同鑑定評価書は,実地調査を行った上,「通常大部分が海面下」(9頁「4」)であるという認識のもとに行われており,「行政上の制約」(8頁「3」)をも踏まえて評価をしているものである。そして,同鑑定評価書は,「取引事例比較法を採用して求めた価格」(比準価格)の算定に当っては,本件土地が海面下の土地であることにより通常の陸地に比して90パーセントの減価原因があるものと判断し,取引事例(海岸線の陸地)との間に50パーセントの補正を行っており,他方,比準価格と「開発法を採用して求めた価格」の2つの値のうちいずれを重視するかの判断に当っては,本件土地の開発が「一般民間ディベロッパーにとっては困難な状況にあり」ということを理由として,公共利用の場合の取引事例価格である「比準価格」に重きを置く評価を行っているのである。さらに,「開発法を採用して求めた価格」を算定するに当っては,「西1区計画を参考にc流通団地の有効率を勘案のうえ,道路・公園等の公共潰地を除く有効宅地化率を75%と査定」しており,同鑑定評価書に対する控訴人らの上記異議は的外れな批判である。
控訴人らは,明和不動産鑑定所の鑑定評価書(丁8)に対しても同様の異議を述べる。しかし,同鑑定評価書は,現地の実地調査を行った上,本件土地の現況について,「「名古屋港基準面」より7m前後の深いところが一部あるが,基準面の0.6m以下になると砂泥質が露出する部分もある」というように数値的に正確に状況を把握し,かつ,公法上の規制の存在等の諸要因をも踏まえて評価を行っているのである。同鑑定評価書が価格比準を農地との間で行っている点については,本件の場合には,「対象物件にもっとも近似する周辺地域の用途地域としては土地利用の原始的利用である「農地地域」であり」ということを理由にこれを比準の対象としたものである。さらに,この比準価格については,本件土地の特性を踏まえて,「公法利用制約等の補正」,「海面下補正」を施して1割以下に減じた上で,「規範性は劣るため,試算価格として採用するには限界が認められる」として,評価の結論を出す上では,この比準価格を「若干参酌」するに止めている。同鑑定評価書も,「原価法に準ずる法に基づく試算価格」の算定に当っては,「当該地域の地形・地勢からみて,中工場敷地を中心とする標準的な工場団地造成における減歩率等を参考に」有効宅地化率を70パーセントと見積もっている。同鑑定評価書に対する控訴人らの異議も的外れな批判である。
第3当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人らの被控訴人らに対する,名古屋市に対して,連帯して56億9239万2244円及びこれに対する平成9年7月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払えとの本件請求は,いずれも理由がないものと判断するが,その理由は,以下のとおりである。
1 争点(1)について
本件契約の対象となった本件土地が本件事業予定地といえるかについては,次の(1)のとおり補正し,(2)のとおり控訴人らの当審における主張に対する判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3,1記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)ア 原判決21頁3行目の「c新田」を「e新田」と改める。
イ 同21頁24行目の「北西角」を「北東角」と改める。
ウ 同21頁26行目の「土地宝典及び甲19の1参照」を「甲19の 1(土地宝典中の名古屋市港区南陽町全図)」と改める。
エ 同22頁3行目の「丁21」を「丁20」と改める。
オ 同22頁6行目の「土地宝典」の次に「(甲19の2)」を付加する。
(2) 控訴人らの当審における主張に対する判断
控訴人らは,a684番,同686番,686番の1の土地の位置関係につき,地籍字分全図において,地番という重要な事項を誤記することは,一般に考えられず,地番は足取りの順番に付けるように調査方式が決められており,それにしたがって順番を付けたものであるから,地籍字分全図によれば本件契約により売買の対象とされた土地はa684番ではなく,a686番及び同686番の1である旨主張する。
しかしながら,aの各土地に関して,必ずしも北からa684番,同685番,同686番の順に地番が付されなければならないとはいえず,地籍字分全図記載のa686番の位置は,同686番の土地測量図面(丁21)や土地宝典(甲19の1)及び名古屋港西1区全体の見分図(丁20)に照らすと,a685番の土地の北に位置することが明らかであり,地籍字分全図記載のa686番の地番表示は誤記であると解されるから,控訴人らの上記主張は採用できない。
2 争点(2)について
本件契約の対象となった本件土地が所有権の客体とならないものであるかについては,次の(1)のとおり補正し,(2)のとおり控訴人らの当審における主張に対する判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3,2記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)ア 原判決22頁26行目の「客体となりというもの」を「客体となり得ないというもの」と改める。
イ 同23頁19行目の「本件土地が土地であると」を「本件土地が所有権の客体となるものと」と改める。
ウ 同23頁25行目の「53,」の次に「56,」を付加する。
エ 同26頁5行目の「明治29年」を「明治17年」と改める。
オ 同28頁4行目の「前記ク」を「前記キ」と改める。
カ 同28頁14行目の「徳川幕府」を「領有する尾張藩」と改める。
キ 同29頁25行目の「明治43年ころまでに」を「その後に」と改める。
ク 同30頁2行目の「明治29年」を「明治17年」と改める。
ケ 同30頁5行目の「堤土ないし堤石」を「土堤ないし石堤」と改める。
コ 同32頁1行目の「地租改正地方官心得書」を「地方官心得書」と改める。
サ 同32頁25行目の「定めがあり」の次に「(甲40)」を付加する。
シ 同33頁16行目から17行目にかけての「地券に反別が確定反別が」を「地券に確定反別が」と改める。
ス 同33頁20行目の「本件地券の記載によれば,本件地券の存在と」を「本件地券の存在及び」と改める。
セ 同37頁3行目から4行目目にかけての「移転登記も経由されていること」の次に「(丁2の1ないし12)」を付加する。
ソ 同37頁12行目から13行目にかけての「支配利用下」を「支配利用が可能な状態」と改める。
タ 同37頁15行目の冒頭に「上記②ⅱの」を付加する。
チ 同38頁12行目から13行目にかけての「②ⅱの要件」を「本件土地は②ⅱの認識可能性の要件」と改める。
(2) 控訴人らの当審における主張に対する判断
ア 控訴人らは,地券と野取絵図が一体であるように地籍帳と地籍字分全図もまた一体であって,同図は,地籍帳と一体化し,一致する図面であり,地籍帳は,地券を帳簿化したもので地券と一致させたものであるところ,本件土地のように,干潟(極端な場合は海)となっていたとしても,地券が存在し,地籍帳に記載がされると,地券の記載を図面化し当時の権利区域を明確化たものとして地籍字分全図に記載される性質のものであるから,地籍字分全図上における地目の表示等から,本件土地について,陸であるということはできず,実際に干潟ないし海であるか陸であるかを知るには,実測図面が重要であるところ,甲62の図(明治5年のもの),甲63の図(明治6年(明治10年2月刷成)のもの),甲15の1及び2の明治21年名古屋近傍図によれば,本件土地は陸地として描かれていないから,本件土地は,明治5年から明治21年までの間一度も陸地となったことがないといえる旨主張する。
しかしながら,上記(原判決34頁15行目から35頁1行目まで)のとおり,地籍帳は,愛知県の郡区役所,戸長役場に対する,明治17年3月17日乙第44号布達により,同年1月1日現在の一筆ごとの土地の姿を記載するものとして作成されており(同布達添付の別紙地籍編製心得書第5条),「海ト陸地トノ径界ハ満潮ヲ以テ其区別ヲナスヘシ」(同第7条),「元流作地ニシテ出水ノ際荒地トナルモ其形ヲ存シタルモノハ荒蕪地ニ編入スヘシ」(同第27条),「附寄洲ハ其名称ヲ挙クヘシ」(同第28条)と規定されていることからすれば,地籍帳において「荒田」とされた本件土地は,明治17年1月1日段階において,満潮時においても陸地であって洲ではないと認定されていたことがうかがわれ,また,上記(原判決26頁20行目から27頁24行目まで及び同35頁21行目から36頁13行目まで)のとおり,本件土地に関し,土地台帳において明治31年3月22日の起返による地目が「荒田」から「草生原野」と変更され,反別も丈量増となり,地価,地租もそれぞれ定められており,字a686番の土地について明治29年ころ実地検査もされていることを考え併せると,本件土地も起返に際して実地検査がされているものと認められるのであって,地籍字分全図において本件土地が干潟や海であるにもかかわらず陸地として描かれているとは容易には考え難く,同図上から本件土地が陸地であるということはできないとはいえない。そして,控訴人らが本件土地が陸地でなかったことの根拠とする甲62,63の図は,実測図面といえない絵図であり,甲15の1及び2についても広域にわたる地図であり,一筆単位で調製されている地籍字分全図の本件土地に関する記載を否定するものとまではいえない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。
イ 控訴人らは,地籍字分全図において,①海岸堤防によって区切られた陸地側と,その外側(海側)に位置する本件土地とは,その色彩にやや区別して描かれていること,②一直線で描かれている本件土地の海岸線は,開発予定地の線であり,実際の陸地と海との境界を表わしたものではなく,実際の陸地であれば,自然の海岸線は波に洗われ曲線になるはずであるし,人工的な海岸線ということも,当時の造成技術力からして短期間にできることではないから考えられないこと,③本件土地は,海岸堤の外側(南側)に記載されており,海岸堤の外側は海であることが当然であり,もし,本件土地が陸地であれば,海岸堤から流れ出る水の処理施設が記載されているはずであるが,上記図にはないこと,④本件土地が陸地であればその内側部分に澪が記載されているはずであるが,上記図にはないことから,地籍字分全図における本件土地の記載部分は陸地を表わすものではない旨主張する。
しかしながら,上記2(2)アのとおり地籍字分全図において本件土地が干潟や海であるにもかかわらず陸地として描かれているとは容易には考え難く,①については,同図を見る限り,海岸堤防によって区切られた陸地側と,その外側(海側)に位置する本件土地と,その色彩にやや区別して描かれているとは一概にいえず,仮に色彩においてやや異なるところがあったとしても,本件土地は明らかに海との境界線により陸地として明示されており,②については,上記(原判決28頁13行目から23行目まで)のとおり,本件土地は新田開発の対象となり人工的開発がされたものであるから,海岸線がほぼ一直線に描かれていることをもって本件土地が陸地ではないとは必ずしもいえず,作図上の技術問題であるとも考えられなくはなく,③及び④については,海岸堤の外が直ちに海ではなく,本件土地は同堤の外のa新田に位置することは地籍字分全図上明らかであり,同図において海岸堤から流れ出る水の処理施設が本件土地に記載されていないことや澪の有無やその記載の有無が特段本件土地の陸地であることを否定することとは考え難い。
したがって,上記①ないし④の控訴人らの主張は,採用できない。
ウ 控訴人らは,本件土地に関し,愛知郡実測図(甲16の2)において破線で囲まれ「a新田」と書いてあるとしても,同図の一号埋立地,二号埋立地及び山崎川付近の開発予定地も全て破線で囲まれていることからすれば,破線は土堤,石堤を表わすものではなく,開発予定地を表わすために使用されているだけであり,さらに,同図の「a新田」は,図面上の「a新田」の文字の上部に記された川や海の表現を含めて読む限り,海面下に存在する新田として表されているものであり,破線はaの字界を表記したものと解すべきである旨主張する。
しかしながら,上記(原判決30頁2行目から同8行目まで)のとおり,本件土地に関し,愛知郡実測図(甲16の2)において破線で囲まれ「a新田」と書いてあることは,これに先立つ地籍字分全図や前記(原判決「事実及び理由」欄の第3,2(2))の本件土地の沿革等に照らすと,本件土地の開発が愛知郡実測図の作成当時成功していたことをうかがわせるものであるから,控訴人らの上記主張は採用できない。
エ 控訴人らは,本件土地について,明治31年3月に変換起返許可がされ,地目が「荒田」から「草生原野」となったのは,明治29年4月27日民法の財産法部門が,明治31年6月21日身分法部門が各公布され,同年7月16日民法全編が施行されたことから,民法が施行されると継続年季が認められなくなり,本件土地を没収されることを恐れた開発地主が,納税地となっても国に取り上げられるよりはましであるとの考えから,「(変換)起返」を国に申請したものであると推測され,本件土地は,この時,実測が行なわれたものの,陸地化されておらず,上記起返では,本件土地が陸地でなかったために,地目を「草生原野」と地目変更しているのであり,これは干潟(海)であったことを示すもので,地図の記載とも合致する旨主張する。
しかしながら,民法が施行されると継続年季が認められなくなり,本件土地を没収されることを恐れた開発地主が,納税地となっても国に取り上げられるよりはましであるとの考えから,「(変換)起返」を国に申請したものであるとのことは,単に控訴人らの一般論としての推測にすぎず,本件土地について具体的な裏付けとなる証拠は見当らない。また,本件土地は,陸地化されておらず,明治31年の起返において,本件土地が陸地でないにもかかわらず,地目を「草生原野」と地目変更したということは,本件土地についての地券,地籍帳及び土地台帳の記載を全く無視するものであり,容易には認め難いものである。
したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。
オ 控訴人らは,新田開発は莫大な資金と労力を要するものであるが,地代金を支払って開発地主となった者は,開発権を有するだけで,所有権を有する地主ではなく,築立完了し,検地帳への記載がされて初めて本来の地主となるものであり,「定納米」は,開発許可が下りる段階で決定されるが,これが定められたからといって,陸地化がされたとはいえないところ,本件土地における定納米は,1反当り1升5合であるが,これは,実際の石高と関係なく定められており,また,本件土地については,新田ができても年貢をとらない猶予期間である鍬下年季明けの天保13年からは,定納米を納めなければならない年貢地になったが,年貢地になったからといって,開発に成功し,陸地化したのではなく,さらに,本件土地の鍬下年季が延長されているのは,新田開発に失敗し,陸地化ができなかったことを意味する旨主張する。
しかしながら,上記(原判決28頁13行目から21行目まで)のとおり,江戸時代及び明治の本件土地に関する資料によれば,本件土地は,天保年間には尾張藩からの開発許可を得て新田開発がされ,少なくとも一部の土地については年貢を納めることができるまでの土地となり,その他の土地についてもf村の地主権が公認される程度の開発がされていたことがうかがわれ,明治になってからは,本件土地は荒田として一定期間免租地と扱われたが,その後起返の許可を得て,有租地(草生原野)となって地価及び地租が定められものの,さらにその後現状のような満潮時には海没する干潟となっているものと見られる。また,鍬下年季とは,結局新田開発者が納付した開発資金の回収期間となるものであって,必ずしも開発そのものの期間と一致するものではなく,開発のために投下される資金が莫大なものであること(丁25,弁論の全趣旨)を考え併せると,本件土地の鍬下年季が延長されたことをもって,新田開発に失敗し,陸地化ができなかったことを意味するとはいえない。
したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。
カ 控訴人らは,本件土地が新田開発された当時は,干潟の干潮汀線に石垣による防潮堤を造り,その防潮堤がほぼ出来上がった時点で,最後に「潮留」の工事を一気に行なう方法で行なわれていたから,まず,石垣による大きな堤を築くことが先決であるところ,本件土地については,堤(石垣堤)が築かれた形跡がないから,その堤を築くことに失敗していると思われ,また,「潮留」に成功すると,水門口を設置し,干拓地の中の水を排水しなければならないが,本件土地で水門口を設置した形跡はないから,本件土地は,新田開発に成功しておらず,干潟のまま今日まで継続しているものである旨主張する。
しかしながら,本件土地について新田開発が行われたのは,既に100年以上も前のことであり,その後現在までの間には,伊勢湾台風等の大規模水害も本件土地地方を襲っており,また,本件土地付近は,現在では常時潮に晒されている場所であるとともに,日光川,庄内川という大型河川の流出口に当る場所である(丁5,6,弁論の全趣旨,公知の事実)から,本件土地について,100年以上前の工事の痕跡が,現在,陸上に顕現している形で残っていないとしても,特に不自然とはいえない。なお,「港区のおいたち聞き書」(丁22の1及び2)に,e新田字a684番地の土地の埋立ては度々切れたといわれていること,Dが80年くらい前に埋め立てたらしいこと,同人は,堤防に樋門を取り付けるまでに仕上げたが,その後堤防が流されたことがあったこと,さらに,その後,Eが多くの人夫を使って堤防の復旧工事を試みようとしたこと,本件土地の堤防の工事はソダ工法(粗朶「刈り取った木の枝」を編んだものに石を入れ,それを積み重ねていく工法)の様なものがとられたこと,少し掘れば堤防に使っていた一抱えもある大きな幡豆石がでくる状態であったこと等の記載があることから,本件土地付近において,過去には堤防等の痕跡が認められたことがうかがえる。
したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。
3 争点(3)について
本件契約の対象となった本件土地の特定性と本件契約の適法,有効問題については,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3,3記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決38頁17行目の「適法性」の次に「,有効性」を付加する。
(2) 同38頁22行目の「標準」を「基準」と改める。
(3) 同39頁2行目の「不明であり」を「明確でなく」と改める。
(4) 同39頁3行目から同4行目にかけての「無効となることはないから,原告らの前記主張は失当というべきである」を「無効となることはない」と改める。
4 争点(4)について
本件契約及び本件支出には,新たな廃棄物処分場を確保する必要性がないにもかかわらず,不必要な土地を取得するためにされた違法及び同処分場に必要な面積以上の土地を取得した違法が存するかについては,次のとおり控訴人らの当審における主張に対する判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3,4記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 控訴人らは,普通地方公共団体の執行機関は,法2条13項により,「地方公共団体は,その事務を処理するに当っては,住民の福祉の増進に努めるとともに,最小の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」との義務を負い,また,法138条の2により,市町村の長は,市町村の事務を,自らの判断と責任において,誠実に管理し及び執行する義務を負うから,被控訴人らが本件土地を購入する際に,これらの義務を尽くしたか否かが問題となるが,市町村長の裁量権の逸脱や濫用の要件としては,①明らかに取得の必要性のない土地を取得したこと,あるいは,②適正価格よりも著しく高価で土地を取得したことのいずれかに該当することをもって足りるというべきであるところ,本件土地が一般廃棄物処理予定地として必要な面積よりも広いことは争いなく,名古屋市長は,明らかに取得の必要性のない土地の取得を執行したものであるから,上記裁量権の逸脱や濫用が原則的に推認される旨主張する。
しかしながら,本件土地が一般廃棄物処理予定地として必要な面積より広いとしても,名古屋市長としては,同予定地を購入するにあたり,同予定地自体に必要な面積だけではなく,それに関連する諸々の事情を考慮して,当該目的に適った広さの土地を取得する必要があるというべきであるから,本件土地が一般廃棄物処理予定地それ自体として必要な面積より広いことによって,名古屋市長に本件土地の取得に関する事務の執行につき裁量権の逸脱や濫用が推認されるというものではない。また,実際にも,名古屋市長が本件土地の一部だけではなく全体を購入するについては相応の理由があり,明らかに取得の必要性のない土地を取得したものとはいえないことは,上記認定説示(原判決「事実及び理由」欄の第3,4)のとおりである。
したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。
(2) 控訴人らは,①同一所有者との売買交渉に当っては,本件土地の一部のみを買い受けるよりも全体を買い受ける方が交渉が優位に進むと考えられるとすることは,本件契約が名古屋市と被控訴人公社との売買契約であるにもかかわらず,前所有者の白川不動産との交渉問題を取り上げることであるから誤りであり,②一般に土地有効利用の見地から名古屋市としてもまとまった土地として購入した方が得策であるとすることは,証拠に基づかないものであり,一般論としても認められない旨主張する。
しかしながら,①については,被控訴人公社は,公有地拡大の推進に関する法律10条1項に基づき設立されたものであり,その設立目的は同法1条に規定されているように,「地方公共団体に代わって土地の先行取得を行うこと等」であって,被控訴人公社は,名古屋市に代わって本件土地を先行取得したものであり,本件契約は,名古屋市が本件土地を取得するに至る過程の一段階にすぎないものであり,また,②については,本件土地(c干潟)が全国最大級のシギ,チドリ類の飛来地であり中継地であって,国際的な渡り鳥の飛来地であることは控訴人らも自認するところであり,自然保護や環境問題を考え併せると,土地有効利用の見地から名古屋市としてもまとまった土地として購入した方が得策であると考えられるから,控訴人らの上記①及び②の主張は採用できない。
5 争点(5)について
本件契約の締結過程において,十分な環境アセスメントを行うことは必要か,また,その不実施は本件契約の違法無効をもたらすかについては,原判決41頁18行目の冒頭に「控訴人らは,」を,同頁25行目の「そのことによって」の次に「直ちに」を,それぞれ付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3,5記載のとおりであるから,これを引用する。
6 争点(6)について
本件契約は,取得後の所有権放棄を目的とした契約であるか,また,そのような契約を締結することは違法かについては,次の(1)のとおり補正し,(2)のとおり控訴人らの当審における主張に対する判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3,6記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)ア 原判決42頁17行目の「明らかであって,」を「明らかである。」と改める。
イ 同42頁19行目から20行目にかけての「実際に埋立てが開始される段階になって」を「本件契約後」と改める。
ウ 同42頁20行目から21行目にかけての「決定することとされていたのであり」と同26行目の「採用されるものであって」の次に,それぞれ「(弁論の全趣旨)」を付加する。
エ 同42頁26行目の「名古屋市において」の直前に「前記(原判決の「事実及び理由」欄の第2,1(3)イ)のとおり,」を付加する。
オ 43頁9行目の「飽くまで」の次に「公有水面埋立法上の問題との法的整合性を図るための一方策としての」を付加する。
(2) 控訴人らの当審における主張に対する判断
控訴人らは,本件土地は,名古屋市が所有権を放棄することを前提として購入をしたものであるが,そのような異常な所有権放棄は,本件土地の土地性にそもそも問題があるからであり,本件土地を一般廃棄物の処分場にするには,同市がこれを購入しなくても,公有水面として埋立をする際に,関係機関と協議していくらでも可能なことで,このような本件契約を締結した名古屋市長の行為は,裁量権を逸脱して濫用となるものであり,この点について,所有権放棄を予定しての売買契約は,契約の目的は土地の取得行為にすぎず,その後に予定されている本件土地の管理及び処分が違法にされたとしても,本件契約の違法無効をもたらすわけではないとすることは,地方自治法の制定趣旨を潜脱する解釈である旨主張する。
しかしながら,名古屋市が必ずしも本件土地について所有権を放棄することを前提にして購入したものとはいえないことは,原判決の「事実及び理由」欄の第3,6記載のとおりであり,また,本件土地の土地性に問題があるとはいえないことは,原判決の「事実及び理由」欄の第3,2及び3記載のとおりである上に,本件契約締結が財務会計法規上違法となるか否かについて,その後に予定されている本件土地の管理及び処分の違法が直ちには影響しないものと解されるから,控訴人らの上記主張は採用できない。
7 争点(7)について
本件土地の購入価格の当否については,次の(1)のとおり補正し,(2)のとおり控訴人らの当審における主張に対する判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3,7記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)ア 原判決44頁20行目の「これを」を「これに」と改める。
イ 同44頁21行目の「試算価格と」を「試算価格を」と改める。
ウ 同46頁2行目の「売買代金金額」を「売買代金額」と改める。
エ 同46頁9行目の「しかしながら,」の次に「前記(原判決「事実及び理由」欄の第2,1(2)イ)のとおり,」を付加する。
(2) 控訴人らの当審における主張に対する判断
ア 控訴人らは,日本不動産研究所の鑑定評価書(丁7)には,①本件土地は,干潮時にその一部が干潟となるが,その余の時間は海面下にある土地であるにもかかわらず,満潮時に海面下になるとの前提で評価をしていること,②本件土地は,「徐々に工場地向きの宅地として宅地化が進行していくものと予測」し,標準的使用は「工場地向き宅地見込地」との前提で評価しているが,本件土地が所有権の認められない公有水面として埋立予定地である事実を評価にほとんど反映させていないこと,③本件土地を登記簿上の「土地」ではないと認定しながら,評価に反映させていないこと,④本件土地が公図もなく場所が特定されていない高低のある海没地であり,公有水面(私的所有権が認められない土地)であるにもかかわらず,そのことを評価に反映させていないこと,⑤埋立費用についても合理的根拠が示されていないこと,⑥公有水面で埋立てが行なわれる場合は,名古屋市が本件土地の所有権を取得できないか,もしくは,同土地の所有権を放棄しなければならない点を無視していること,⑦本件土地の埋立てをして,これを工場用地等として利用されることが前提となっており,その場合の有効宅地化率を75パーセントとしてるが,本件土地を埋め立てるには,護岸堤防の築造が不可決であり,護岸堤防の面積はb新田の例によると埋立面積の1割を超えており,有効宅地化率を少なくとも1割は減少させなければならず,本件土地の埋立計画面積と本件土地面積との差異も考え併せると,有効宅地化率が大きすぎること,以上の諸点において誤りが認められ,同鑑定評価書による本件土地の評価額は高額にすぎることが明らかである旨主張する。
しかしながら,①については,同鑑定評価書は,平成4年10月30日に実地調査を行い,本件土地は「通常大部分が海面下で」,「満潮時には海面下にあり干潮時には干潟となる物件」,「現在海面下地」としており,特段本件土地の評価の前提として誤った認定をしていない。
②ないし④については,本件契約の対象として本件土地が適格性を失わないことは,上記(原判決「事実及び理由」欄の第3,1ないし3)のとおりである上に,同鑑定評価書は,対象地域は公有水面で港湾法,海岸法の行政上の制約がある旨の指摘をして,これを踏まえた上で評価をしており,また,取引事例比較法を採用して求めた価格(比準価格)の算定においても,本件土地が海面下の土地であることから,通常の陸地に比して概ね90パーセントの減価原因があるものとして,取引事例である海岸線の陸地に対し50パーセントの格差があるものと査定して補正を行い,さらに,開発法を採用して求めた価格は,周辺の工場地価格を反映した投資採算価格で,想定造成計画も隣接のc流通団地を参考に求めたもので規範性が高いが,本件の開発許可(埋立許可)は一般民間ディベロッパーにとっては困難な状況にあり,開発を前提にした本件価格は上限として捉えられるものであるとして,規範性に劣る比準価格も同等に尊重して,両者のほぼ中庸値をもって鑑定評価額としており,同鑑定評価書の評価は特段問題とならないというべきである。
⑤については,同鑑定評価書は,開発法を採用して求めた価格を得るに当って,近隣地域の状況欄に掲げた周辺工業地域の地域要因を備えた工業地を造成して分譲する場合を想定し,自然的状態・規模等から分譲可能面積を査定し,造成後の更地価格から造成工事費,その他造成・販売に関し通常必要とする諸費用を控除して,土地価格を試算しており,また,計算式を表示し,計算式における[B]について,1平方メートル当りの工事費であり,開発規模や地勢等から標準的な工事費として2万2000円と査定しており,埋立費用に関しても合理的試算をしている。
⑥については,名古屋市が本件土地の所有権を取得するか否か,同土地の所有権を放棄するか否かの問題は,同市が検討し,将来的に対応すべきものであり,同鑑定評価書が直接その点に触れていないことが問題とはならない。
⑦については,同鑑定評価書が,開発法を採用して求めた価格の試算において,有効宅地化率を名古屋市西1区計画を参考にc流通団地の有効率を勘案のうえ,道路・公園等の公共潰地を除く有効宅地化率を75パーセントと査定していることは,不合理とはいえず,また,上記のとおり,規範性に劣る比準価格も同等に尊重して,両者のほぼ中庸値をもって鑑定評価額としていることに鑑みると,特段問題とならない。
したがって,控訴人らの上記①ないし⑦の主張はいずれも採用できない。
イ 控訴人らは,明和不動産鑑定所の鑑定評価書(丁8)には,①本件土地が登記はあるものの公図がなく,場所が特定できない公有水面であり,分筆できないものであることを無視していること,②本件土地は,干潮時にその一部が干潟となるが,その余の時間は海面下にある土地であるにもかかわらず,満潮時に海面下になるとの前提で評価をしていること,③本件土地の北側に位置するc流通業務団地は,江戸時代に既に陸地となっており,本件土地と異なっているにもかかわらず,本件土地の造成について,「c流通業務団地と同等の造成工事が可能」との前提をとっていること,④農地と工業用地とは,埋立方法も根本的に異なり,農地は比較対象地として適当でないにもかかわらず,本件土地の評価において,農地事例との比較を行なっていること,⑤丁7に関する上記⑦と同じく有効宅地化率が大きすぎること,以上の諸点において誤りが認められ,同鑑定評価書による本件土地の評価額は高額にすぎることが明らかである旨主張する。
しかしながら,①については,本件土地が公図がなく分筆ができず,境界が明確でないものであっても本件契約の対象として適格性を失わないことは,上記(原判決「事実及び理由」欄の第3,1ないし3)のとおりであるから,同鑑定評価書の評価上の問題とはならない。
②については,同鑑定評価書は,本件土地を平成4年10月16日に実地調査した上,本件土地は「現況公有水面である」,「現況は海成である」,「満潮時には海面下にある。「名古屋港基準面」より7m前後の深いところが一部あるが,基準面の0.6m以下になると砂泥質が露出する部分もある」,「満潮時には海面下,干潮時には干潟になる物件」としており,公法上の規制として,港湾法,海岸法,港則法の制約がある旨の指摘をして,これを踏まえた上で評価をしており,特段本件土地の評価の前提として誤った認定をしていない。
③については,本件土地が干潮時には干潟となるものであり,上記(原判決28頁13行目から17行目まで,同34頁15行目から35頁1行目まで,同35頁21行目から36頁13行目まで及び同36頁22行目から37頁2行目まで)のとおり,本件土地は江戸時代から新田開発の対象となり,明治17年には,地租条例に基づく起返により,測量や実地検査も行われ,地目が「荒田」から「草生原野」と変更されたこと,本件土地を含む名古屋港港湾区域内の土地の平均水深は,0.70ないし1.40メートルであり,潮位がN・P+0.6メートル以下になると地表の一部が露出し始め,春分の日・秋分の日の満潮時の水深は,伊勢湾台風後,海岸堤復旧工事のため土砂を採取した場所を除けば0.82ないし2.15メートルであって浅く,そのままの状態でも土砂の採取や構造物の築造ができ,現在の技術水準をもってすれば経済的にも十分に負担可能な範囲の費用で埋立てが可能であると思われることに照らすと,本件土地の造成について,「「c流通業務団地」と同等の造成工事が可能な地域である。」との同鑑定評価書の記載は,不合理とはいえない。
④については,同鑑定評価書が価格比準を農地との間で行っている点については,「対象物件にもっとも近似する周辺地域の用途的地域としては土地利用の原始的利用である「農地地域」であり,同地域との間に価格水準的に一定のバランスが認められるので,農地事例より対象物件の価格を推定する比較方式が参考的である」として,これを参考としているにすぎないこと,また,農地価格からの比準による試算価格の査定に当っては,本件土地の特性を踏まえて,農地価格水準1平方メートルあたり5万1500円に対して,公法利用制約等補正及び海面下補正をそれぞれ施して,1割以下の1平方メートル当り4635円と査定していること,さらに,「規範性は劣るため,試算価格として採用するには限界が認められる」として,この比準価格を「若干参酌」するに止めて評価額を決定していることに鑑みると,本件土地の鑑定評価上特段問題とならないというべきである。
⑤については,同鑑定評価書は,「当該地域の地形・地勢からみて,中工場敷地を中心とする標準的な工場団地造成における減歩率等を参考に」有効宅地化率を70パーセントと見積もったものであって,上記(1)⑦のとおり,日本不動産研究所の鑑定評価書の有効宅地化率75パーセントが不合理とはいえないことに照らしても,株式会社明和不動産鑑定所が有効宅地化率をこれより低率の70パーセントと見積もったことは,問題とならない。
したがって,控訴人らの上記①ないし⑤の主張はいずれも採用できない。
第4まとめ
以上第3の認定説示の概要は下記のとおりであるところ,これらによれば,控訴人らの被控訴人らに対する,不法行為に基づく損害賠償として(被控訴人公社に対しては,不法行為に基づく損害賠償ないし不当利得返還請求),名古屋市に対して,連帯して56億9239万2244円及びこれに対する平成9年7月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払えとの本件請求は,いずれも理由がない。
(1) 本件事業予定地は,名古屋市が本件契約によって取得した原判決別紙物件目録記載の本件土地に相当するものと認められる(争点(1)について)。
(2) 本件土地は,現状においては干潟が満ち潮により海没する状態で,海というべきものであるところ,海は一般公衆の共同使用に供される公共用物で国の公法的支配管理に服し,国が特段の立法をした場合は別として,特定私人の排他的支配を許さないものである。
しかしながら,私有の陸地が自然現象により海没した場合については,当該海没地の所有権が当然に消滅する旨の立法は現行法上存しないから,当該海没地は,人による支配利用が可能でありかつ他の海面と区別しての認識が可能である限り,所有権の客体たる土地としての性格は失わない。
本件土地は,一度も陸地といえる状態にはならなかったとはいえず,少なくとも本件地券が発行された時期から起返が行われた明治31年ころまでの間は陸地であって,その後海没した土地であり,かつ,人による支配利用が可能で,他の海面と区別しての認識も可能であるから,所有権の客体となり得ないものとはいえない(争点(2)について)。
(3) 本件土地の境界が明確でなく,その実測面積が正しく確定できないとしても,そのことのみによって本件契約は無効となることはなく,本件土地について公図が存在しなくても,本件契約は,本件土地の前所有者白川不動産から取得した図面により締結され,本件土地についての移転登記が経由されており,契約当事者間においては,本件土地の位置や形状は同図面上のものとして,面積は本件土地登記簿上のものとして合意が成立したものと解されるから,本件契約は無効とならない(争点(3)について)。
(4) 本件契約は一般廃棄物最終処分場を新設するための用地取得を目的とするものであるが,同土地が同処分場予定地それ自体として必要な面積より広いとしても,本件土地の一部に限定せずその全体を取得するについて相応の理由があり,明らかに必要性がない土地を取得したものとはいえないから,名古屋市長においてその取得に関する事務を執行するにつき,裁量権の逸脱あるいは濫用があるとは認められない(争点(4)について)。
(5) 本件契約の締結過程において十分な環境アセスメントが行われていなかったとしても,そのことによって直ちに本件契約が違法無効となるものではない(争点(5)について)。
(6) 本件契約において,本件土地の所有権放棄が既定事実となっていたことの証拠はなく,所有権放棄の形式を後日とることになったとしても,本件土地を埋め立てる際に生じる公有水面埋立法上の問題との法的整合性を図るための一方策として予定されているにすぎないものであり,名古屋市において一般廃棄物最終処分場を新設する用地の確保が急務とされていた状況下では,所有権の放棄をもって直ちに違法な財産の管理行為といえないし,そのような手段を採用することが裁量権の逸脱あるいは濫用となることはなく,さらに,未確定な行為の違法の可能性を理由に本件契約の違法無効を主張することもできない。現在名古屋市は上記埋立事業を中止して,本件土地を所有したままである(争点(6)について)。
(7) 本件土地に関する,被控訴人公社の先行取得価格及び名古屋市の取得価格については,いずれも妥当なものであり,本件契約の代金額に違法があるものとはいえない(争点(7)について)。
第5結論
よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 熊田士朗 裁判官 島田周平 裁判官 玉越義雄)