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名古屋高等裁判所 平成13年(行コ)30号 判決 2003年4月16日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人が,平成10年10月9日付けでした控訴人に対する相続税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(第2次)をいずれも取り消す。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨

第2事案の概要

1  本件は,控訴人が,父親から相続した生産緑地を,市町村長に対する買取りの申出ができないことを前提として評価し,相続税の申告をしたのに対し,被控訴人が,同土地は買取りの申出が可能であったと判断して,増額評価した上,前掲各処分をしたので,控訴人が,同処分には上記買取りの申出の可否について判断を誤った違法があると主張して,これらの取消しを求めた抗告訴訟であるが,原審が,請求を棄却したため,控訴人が控訴に及んだものである。

2  当事者間に争いのない事実(明らかに争わない事実を含む。),判断の前提となる関係法令・通達等の要旨及び本件の争点(当事者の主張を含む。)は,以下に当審主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の各該当欄に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  控訴人の当審主張

(1)  買取り申出の制度趣旨及び解釈指針

生産緑地として指定されたことによる制約は,固定資産税の軽減と見合うものでなければならないから,所有者がかかる制約から逃れる途は,認めるとしても限定的でなければならない。

(2)  本件においては買取りの申出をする要件をそもそも欠くこと

通達にいうところの買取りの申出ができる生産緑地とは,生産緑地の告示がされてから30年経過した場合と,30年未満であっても所有者が農業委員会から「生産緑地に係る農業の主たる従事者についての証明書」を受理している場合のみをいうのであって,生産緑地の相続においては,課税時期の時点においてかかる状況になければ,買取りの申出ができる生産緑地とは取り扱ってはならない。

(3)  Aが「主たる従事者」であるとの原審の判断に関する法的評価

ア 原審は,「所有者となった相続人が,それまでとは質的又は量的に異なる新たな負担を余儀なくされる」かどうかを「主たる従事者」判定の基準としているが,かかる解釈は条文の解釈とはいえない。

イ ある者を「主たる従事者」と判断するためには,最低限労働力の提供という観点からも「主たる従事者」と見なされるべき実態がなければならい。

ウ 原審は,「そうすると,主たる従事者の該当性を判断するに当たっては,控訴人主張のように,現実の労働力の提供という要素だけに限定すべきではなく,資本その他の経営面における要素をも総合考慮した上,相続人が引き続き農林漁業を営もうとする場合に従前とは質的又は量的に異なった新たな負担となるべき役割を被相続人が果たしていたといえる場合には,被相続人は主たる従事者に該当すると判断するのが相当である。」旨判断するが,原審の同判示における論理は,それ自体支離滅裂であるし,法や規則に基づかない独自の見解であるし,「主たる従事者」判定にかかる客観的な基準を提供するものとは到底いえない。

エ もともと,市町村長は,当該生産緑地にかかる農林漁業の従事日数を基礎とすることとされており,これがため,「主たる従事者」の具体的な認定に必要な個々の従事者の従事日数の把握については,農業実態等について精通している農業委員会の協力を得ることとしたのである。そして,これは労働力の提供という側面にのみ着目していると見ることができる。

オ 原審は,局長通達の表現を捉えて,上記ウのとおり判断しているが,同表現において「農林漁業経営」の主体が「主たる従事者」であることを当然の前提としているわけではない。すなわち,同表現は,ある従事者が死亡したこと等によって,農林漁業経営者が農林漁業経営を行うことが客観的に不可能となるような場合,当該従事者を「主たる従事者」とみなしうると表明しているに過ぎないのである。

カ 現実の労働力の提供は,第三者をして自己に代わって行わせることができるから,現実の労働力の提供という要素だけに限定して,「主たる従事者」を判定しても不合理な結果とはならない。

キ これに対し,本件において,控訴人は,所有者であるAに対して本件土地を使用したり農作業をしなければならない義務を負っていたから農作業をしていたわけではなく,本件土地において収穫された農作物を自家使用したり,農作業を楽しむためにこれを行っていたわけであるから,控訴人は,「生産緑地について使用又は収益をする権利を有する者」ともいえるわけであって,控訴人らの従事日数を持ってAの従事日数と見なすわけにはいかない。

ク 原審の「新たな負担を余儀なくされる」という基準によれば,田植えや収穫のみを行っていた者がこれらを手伝わなくなった場合などに,作業時間にかかわりなく,「主たる従事者」とみなすことになるのであろうか。原審の解釈は,「農林漁業の主たる従事者とは,そのものが従事できなくなったため,当該生産緑地における農林漁業経営が客観的に不可能となるような場合における当該者をいう」との局長通達と矛盾するものである。

ケ 原審は,控訴人は「資金や納税等の資本面においては」,「従前とは性質の異なる新たな負担を余儀なくされた」旨判示するが,具体的に何を「従前とは性質の異なる新たな負担」と捉えているのか明らかとはいえない。

原審の挙げる事項のうち,負担といえるのは費用に充てるべき資金を拠出する負担程度に過ぎないこととなるが,かかる負担を強調することは,合理的とはいえない。

コ 仮に,「新たな負担」という基準を使用するとしても,所有者に買取りの申出という選択肢を与えるにふさわしい程度の「新たな負担」が相続人に発生することを要すると解すべきであり,本件において,控訴人は将来本件土地から専ら損失を被ることはほとんどあり得ないから,所有者に買取りの申出という選択肢を与えるにふさわしい程度の「新たな負担」が控訴人に発生するとはいえない。

4  上記主張に対する被控訴人の応答

控訴人の主張は,争う。

第3当裁判所の判断

当裁判所も,控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきであると判断するが,その理由は,以下に原判決を加除訂正し,当審主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。

1  原判決の加除訂正

(1)  原判決12頁7行目の「後記のとおり」を「生産緑地の所有者で主たる従事者であった者が死亡した場合にも,それ以外の主たる従事者が死亡した場合と同様,当該生産緑地における農業経営が客観的に不可能となるといえるから,法10条の適用があると解するのが相当である。そうすると」と改める。

(2)  同12頁17行目の「そうであっても,」から20行目末尾までを次のとおり改める。

「主たる従事者の死亡後,相当期間が経過してから買取りの申出がなされた場合にどのように解すべきかは,所有者たる主たる従事者死亡の場合に限らず一般的に生じうる問題であり,このような問題が生じうるからといって,所有者たる主たる従事者死亡の場合に,買受けの申出ができないものと解するのは相当でないから,控訴人の上記主張は採用できない。」と改める。

(3)  同13頁7行目の「新たな」の後に「相当な」を加える。

(4)  同14頁2行目から3行目にかけての「解されるので」を「解され,かつ,課税庁による判断は可能であるから」と改める。

(5)  同15頁9行目の「新たな」の後に「相当な」を加える。

(6)  同17頁26行目の「まず労働力の」から18頁12行目の「というべきである。」までを,次のとおり改める。

「まず労働力の提供という観点においては,Aは,交通事故に遭う以前は,高齢にもかかわらず実際の農作業に従事しており,その作業量は,妻や控訴人夫婦のそれと比較しても遜色がなかったし,交通事故以後は,その中心的立場を控訴人夫婦に譲ったものの,なお,見回りや無理のない程度の作業を行っていた。また,経営的側面のうち,営農の基本方針の決定等においては,表面的にAの主導という形がとられていただけではなく,実質的にも,農業について十分な知識を有する控訴人も相当程度関与ないし貢献していたとはいうものの,どちらが主導権を有していたか判然としない程度の役割を果たしていた。さらに,資金や納税等の資本面においては,基本的にAの家計のみに依拠しており,利益や損失もAに帰属していたものである。以上の要素を総合すると,Aは,相続開始時に至るまで,農業経営を相続人が承継するには,従前とは質的にも量的にも新たな相当な負担を余儀なくされるような役割を果たしていたものというべきである。」

2  当審主張に対する判断

(1)  当審主張(3)エについて

証拠(乙5,7,8,23,24)によれば,農業委員会においては従事者の現実の労働力の提供という側面のみならず,農業経営の側面においてもその従事者の把握が可能であることが窺われるから,上記主張は採用できない。

(2)  同(3)オについて

「農林漁業経営が客観的に不可能となるよう場合」には,労働力を提供する従事者が従事できなくなったために農林漁業経営が不可能となる場合のほか,経営面における従事者が従事できなくなったために経営が不可能となる場合もあり,局長通達の「その者が従事できなくなったため」にいう従事できなくなった事項には,労働力提供の面と経営面の両方を含むものと解するのが相当であるから,上記主張も採用できない。

(3)  同(3)クについて

引用にかかる原判示(加除訂正後のもの)のとおり,生産緑地の所有者であった被相続人が「主たる従事者」と認められるためには,単に相続人が「新たな負担」を余儀なくされるだけでは足りず,相続人たる新所有者が,従前のように行為制限付で当該土地を農地等として維持管理する途に加えて,買取りの申出という選択肢を与えられるにふさわしい程度の「相当な負担」を余儀なくされるものでなければならないと解するのが相当であるから,同主張はその点で理由がある。

(4)  同(3)ケ及びコについて

資金や納税等の資本面における負担としては,農業経営のための経費の支出や農業所得にかかる税金等の支出が考えられる。これらの支出は,年間を通して見れば収入が支出を上回り,最終的に利益によって填補されることによって,具体的に損失を被るおそれがないことが見込まれるような場合であっても,支出の際には現実に負担しなければならないものであるから,「負担」というのに妨げはないというべきである。

(5)  その他,控訴人はるる主張するけれども,いずれも引用にかかる原判示(加除訂正後のもの)の認定判断を左右するに足りない。

第4結論

よって,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,控訴費用は控訴人に負担させることとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 藤田敏)

裁判官倉田慎也は,転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 青山邦夫

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