名古屋高等裁判所 平成13年(行コ)35号 判決 2002年3月20日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人が当審で追加した請求を棄却する。
3 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人三重県知事Aが被控訴人五十鈴監査法人代表社員Bと個人名で交わした平成11年度並びに平成12年度の違法な三重県包括外部監査契約締結行為を取消し又は無効を確認し,又は法律関係不存在を確認する(なお,下線を付した部分が当審で追加した請求である。)。
(3) 被控訴人三重県知事Aが被控訴人五十鈴監査法人代表社員Bと個人名で交わす当該包括外部監査契約締結行為の違法性を確認し,爾後同一の方法による包括外部監査契約締結行為を全面的に差止める。
(4) 被控訴人五十鈴監査法人代表社員Bは三重県包括外部監査人とは認められず,当該外部監査報告書を無効とし,地方自治法252条の31第1項,同第2項,同第3項違反の事実を即刻排除し原状に復せよ。
(5) 被控訴人五十鈴監査法人代表社員Bは,三重県に対し,次の金員を支払え。
ア 平成11年度並びに平成12年度の三重県包括外部監査契約に基づく監査費用の全部金4345万4000円。
違法性が排除されない限り,次年度以降監査費用の全部。
イ 平成11年度並びに平成12年度に適切適法に三重県包括外部監査契約を締結し実施すれば直接間接に得られたであろう逸失機会利益金2億円。
次年度以降同額年度割。
ウ 三重県が名誉回復のための議会審議等に要する費用金3000万円。
エ 県民を愚弄し侮辱して判断を誤らせた罪に対する全面謝罪広告実額。
オ 同県民被害慰謝料金10億円。
次年度以降同額年度割。
カ 三重県がこの裁判の終結までに要する費用実額。
(6) 被控訴人三重県知事Aは個人として上記連帯支払義務を負う。
(7) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
(8) 仮執行宣言
2 被控訴人三重県知事A
(1) 主文1項,2項と同旨
(2) 控訴人が当審で追加した請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,控訴人の負担とする。
3 被控訴人五十鈴監査法人
主文1項,3項と同旨
第2事案の概要
本件は,控訴人が,被控訴人三重県知事Aが,被控訴人五十鈴監査法人の代表社員の1人であるBとの間で締結した,平成11年度包括外部監査契約及び平成12年度包括外部監査契約が,違法若しくは不当な契約であるとして,原判決添付の別紙「訴状[部分補正後]」の「請求の趣旨」記載のとおりの請求を,地方自治法242条の2第1項に基づく訴えであるとして,提訴した事案である。
原審は,訴えを却下ないし請求を棄却したので,控訴人が控訴して,さらに当審において,請求の一部を追加した(前記の下線を付した部分が当審で追加した部分である。)。
控訴人の主張は,以下に当審主張を付加するほか,原判決添付別紙「訴状」の「請求の原因」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(控訴人の当審主張)
1 請求の趣旨第1項について(控訴人の求めた裁判(2))
(1) 地方自治法242条の2は住民の信託財産たる地方公共団体の財産の適正な運営のための制度の一であり,242条第1項に規定された財務会計行為(公金の支出,財産の取得,管理若しくは処分,契約の締結,公金の賦課徴収の懈怠)に控訴人が主張する違法性が認められ,住民監査請求を経て提訴すべき「行政処分たる当該行為」と規定されるところ(地方自治法242条の2第1項2号),当該県包括外部監査契約締結は,法令に基づく公権力を行使し外部客体となす権力締結行為(「行政行為」たる行政契約締結行為)に他ならないから,同号の「行政処分」に相当する。
(2) 追加的請求
請求の趣旨第1項の本旨は上記のほか,地方自治法2条11項ないし16項により当然無効とされるべき違法を根拠として,同法242条の2第1項4号に規定する当該行為に係る法律関係不存在確認を求めるものである。
2 請求の趣旨第2項について(控訴人の求めた裁判(3))
住民監査請求は平成13年度以降につき新たな監査請求をいつでも提起でき(最高裁判決平成10年12月18日民集52巻9号2039頁参照),さらに住民訴訟においてはその対象とする財務会計行為上の行為又は怠る事実について住民監査請求を経ていれば,同監査請求において求めた具体的措置の相手方とは異なる者を相手方として同措置の内容と異なる請求をすることも許される(最高裁判決平成10年7月3日集民189号1頁参照)。
3 請求の趣旨第3項について(控訴人の求めた裁判(4))
(1) 控訴人は,本件訴えの基となる平成12年11月2日付住民監査請求(甲12)末尾で不明部分につき後日確定した住民監査請求を実施する旨告げており,また,初回監査結果を不服として新たな追加資料とともに平成13年1月9日付で適法に住民監査請求を実施し同月17日以降,当該結果通知を受領している。
(2) また,当該請求の趣旨は,第1審裁判所書記官の補正指導に基づきなされた単なる表現上の補正に過ぎず,その請求内容は実質において補正前と異なるところはないので,請求日付は訴状作成日付まで遡及する。
(3) さらに住民訴訟においては,その対象とする財務会計行為上の行為又は怠る事実について住民監査請求を経ていれば,同監査請求において求めた具体的措置の相手方とは異なる者を相手方として同措置の内容と異なる請求をすることも許される(前記最高裁判決平成10年7月3日参照)。
4 請求の趣旨第4項について(控訴人の求めた裁判(5))
(1) 第4項(5)の請求
当該違法な県包括外部監査契約により,県民は適切な時期に県民財産や予算実際収支に正しい判断を行使し監視するという機会を逸し甚大なる実額被害と名誉毀損を被る事実は,当該監査請求後,新聞紙上を賑わせた数々の被控訴人知事不正に関する報道や県議会追求などでも明らかである。ここで地方自治法242条の2第1項4号は,住民の信託財産たる地方公共団体の財産の適正な運営のための制度であり,242条1項に規定された財務会計行為(公金の支出,財産の取得,管理若しくは処分,契約の締結,公金の賦課徴収の懈怠)に違法性があり,住民被害が生じたときに当該地方公共団体に代位して行う住民訴訟の類型である。この場合,原告利益云々が原告適格要件でないことは同法の規定上定かである。
(2) 第4項(1)ないし(4)及び(6)の請求
本案事件において,被控訴人三重県知事は被控訴人五十鈴監査法人と通じ,被控訴人監査法人内で作成した違法内規運営に基づき,被控訴人五十鈴監査法人代表者らが務める会計士協会本部理事・監事,東海会副会長・幹事,三重県会会長職を優位独占的に運営し,三重県会より不正に被控訴人五十鈴監査法人代表社員を自推薦させ,形式的に東海会経由で三重県に推薦の後,県包括外部監査人に就任させた事実は明らかである。
控訴人が主張する違法性の根拠は,地方自治法上定められた包括外部監査人の経済的・契約的・法律的・違法内規性諸要素を総合的に勘案して得られる外部監査人の精神的独立と公正を保持し得る「独立一の者(地方自治法252条の36第1項)」となり得ているかにより判断すべきであるが,実態がかけ離れ,被控訴人五十鈴監査法人ぐるみで被控訴人三重県知事と地方自治法が定める包括外部監査人独立性趣旨に違反し,違法に交わされた監査契約である。
ところで,当該被控訴人五十鈴監査法人代表社員Bは,被控訴人五十鈴監査法人が県と密接に関係する幾つもの大手クライアントを抱え経済的法律的人的組織的にも各種の制約を受ける者であり,既に監査局面においては経営的に単一独立性が認められる者でないのであるから,上記精神的独立性は被控訴人五十鈴監査法人内作成違法内規とも絡め入念に吟味されていなければならないはずである。従って,この要件を満たさぬ限り,被控訴人五十鈴監査法人代表社員Bは独立個人に成り済まし,被控訴人五十鈴監査法人ぐるみで被控訴人三重県知事と故意違法に疑似個人名で包括外部監査契約を交わし補助者人選や監査対象の選定等で便宜を図った事実が皆無であることを積極的に立証することなく包括外部監査契約相手方当事者適格をもって善意の第三者に対抗することはできない。
5 請求の趣旨第5項について(控訴人の求めた裁判(6))
被控訴人三重県知事は,自己の違法行政責任,不法行為等につき,公益を顧みず自己の有為ばかりを優先し,事態隠蔽工作の一として当該違法包括外部監査契約が交わされたのであり,地方自治法242条の2第1項4号に定める損害賠償支払義務は被控訴人三重県知事個人として連帯責務が生ずるものである。
(同主張に対する被控訴人の応答)
1 被控訴人五十鈴監査法人
本件包括外部監査契約の当事者は,Bであり,被控訴人五十鈴監査法人ではない。従って,控訴人の被控訴人五十鈴監査法人に対する主張が失当であることは明らかである。
2 被控訴人三重県知事A
(1) 請求の趣旨第1項について(控訴人の求めた裁判(2))
地方自治法252条の27は,外部性,独立性という外部監査制度の本来の趣旨に照らして,「契約」という方式をとっており,その契約の性質は,地方自治法により創設された請負類似の契約であると解されている。したがって,この契約の締結が行政処分でないことは明らかである。
(2) 請求の趣旨第2項について(控訴人の求めた裁判(3))
平成13年度以降の契約について,控訴人が住民監査請求を前置していないことは明らかである。
控訴人は平成10年7月3日の最高裁判決を参照すべき旨主張するが,平成13年度以降の契約につき住民監査請求による審理がされていない本件とは,明白に事例を異にするので参考にならない。
(3) 請求の趣旨第5項について(控訴人の求めた裁判(6))
控訴人が,原審において,敢えて被告を「三重県知事A」と特定している以上,三重県知事は行政庁であって実体法上の権利能力はないから,当事者能力を欠くとした原審判断は正当である。
第3当裁判所の判断
当裁判所も,原判決のとおり,控訴人の訴えのうち,請求の趣旨第1項(当審で追加された部分を除く)ないし第3項(控訴人の求めた裁判(2)ないし(4)),同第4項(5)(控訴人の求めた裁判(5)のオ)に係る請求部分,及び同第5項(控訴人の求めた裁判(6))に係る請求部分をいずれも却下し,その余の請求(当審で追加された部分を含む)は棄却すべきものと判断するが,その理由は,次のとおり当審主張に対する判断を付加するほか,原判決の「第2 当裁判所の判断」のとおりであるから,これを引用する。
(控訴人の当審主張について)
1 請求の趣旨第1項について(控訴人の求めた裁判(2))
(1) 包括外部監査契約は,三重県知事その他の執行機関による公権力の行使にあたるとはいえず,行政処分に該当しないので,控訴人の主張は採用できない。
(2) 当審で追加された請求部分について
控訴人は,請求の趣旨第1項の行為が,地方自治法2条11項ないし16項により当然無効とされるべき違法性を有することを根拠に,同法242条の2第1項4号に規定する当該行為に係る法律関係不存在確認を求めるけれども,本件全証拠によっても,当該行為にそのような違法性は認められず,その余につき判断するまでもなく控訴人の追加請求は理由がない。
2 請求の趣旨第2項について(控訴人の求めた裁判(3))
平成13年度以降の包括外部監査契約について,控訴人が住民監査請求を前置したことを認めるに足りる証拠はないから,不適法であり,却下すべきものである。
3 請求の趣旨第3項について(控訴人の求めた裁判(4))
控訴人は,平成13年1月9日付で住民監査請求を前置した旨主張するが,甲14号証によれば,控訴人主張の住民監査請求は適法なものとは認めることができないから,控訴人の主張は採用できない。
また,控訴人は,補正前の訴状にはその趣旨が含まれていたかの如き主張をするが,本件訴状を精査しても,控訴人主張の事実を認めることはできない。なお,控訴人が引用する最高裁判所判決(平成10年7月3日集民189号 1頁)は,適法な住民監査請求を経た事案であるから,本請求部分とは事案を異にし,控訴人の主張は採用できない。
4 請求の趣旨第4項について(控訴人の求めた裁判(5))
(1) 第4項(5)の請求
住民訴訟における地方公共団体とは,地方公共団体の住民を指すものではないから,同請求が失当であることは明らかである。
(2) 第4項(1)ないし(4)及び(6)の請求
控訴人の主張を勘案しても,引用にかかる原判決の認定,判断に何ら誤りはないというべきである。
控訴人は,被控訴人五十鈴監査法人の法人格が形骸化しており,被控訴人五十鈴監査法人は実質的にその代表社員であるB個人と同視すべきものであること,被控訴人五十鈴監査法人ないしBは会計士協会本部,東海会,三重県会を独占的に運営し,支配していること,被控訴人五十鈴監査法人ないしBは,被控訴人三重県知事と通じ,Bを三重県包括外部監査人に選任するため,会計士協会三重県会より不正にBを推薦させ,形式的に東海会を経由して,本件三重県包括外部監査契約に至ったかの主張をする。
しかし,控訴人が提出した証拠(甲4,8)によっても,被控訴人五十鈴監査法人は,昭和58年5月にC,Dを代表社員として設立され,昭和63年7月に2名代表社員を追加し,さらに平成4年5月に5名の代表社員を追加したこと,Bは平成4年5月に被控訴人五十鈴監査法人の社員に就任し,平成9年7月に同代表社員に就任したこと,平成12年2月1日時点で,被控訴人五十鈴監査法人の代表社員は,Bを含めて7名存在していたことを認めることができ,被控訴人五十鈴監査法人の法人格が形骸化し,同法人とBが実質的に同視すべき状況にあるとも,又Bが被控訴人五十鈴監査法人等に対し,控訴人の主張するほどの影響力があるとも認められないから,控訴人の主張は採用できない。
5 請求の趣旨第5項について(控訴人の求めた裁判(6))
本件請求は,三重県知事に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,損害賠償等を求めるものであるところ,被控訴人三重県知事は,地方公共団体の執行機関の長であって同法242条の2第1項4号所定の当該長個人に当たらないことが明らかである。したがって,本件訴えのうち上記請求に係る部分は不適法であるから却下を免れない。
第4結論
よって,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,当審で追加された請求は理由がないからこれを棄却し,控訴費用は控訴人に負担させることとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 藤田敏 裁判官 倉田慎也)