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名古屋高等裁判所 平成14年(う)240号 判決 2002年8月29日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中一一〇日を上記の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人田邊正紀作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人は、原判示檜原公園駐車場において主犯格のBらとの共謀に基づき、Bと一緒に被害者に対して暴行(第一の暴行)を加えた後、Bの暴行を制止して被害者と話をし始めたところBから殴打されて気を失い、Bらと行動をともにすることができない状態になってしまったから、共犯関係からの離脱(あるいは共犯関係の解消)を認めるべき場合であるのに、これを認めず、その後Bが行った衣浦港岸壁における暴行(第二の暴行)の結果生じた傷害についてまで刑事責任を負わせた原判決は事実を誤認したものであって、これが判決に影響することは明らかである、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討するに、原判決挙示の関係証拠を総合すれば、本件の事実関係は原判決が(補足説明)(2)の①ないし⑨及び(3)において認定説示するとおりと認められる。これを要するに、被告人は共犯者Bとともに上記駐車場で被害者に暴行(第一の暴行)を加えたところ、これを見ていたCがやりすぎではないかと思って制止したことをきっかけとして同所における暴行が中止され、被告人が被害者をベンチに連れて行って「大丈夫か」などと問いかけたのに対し、勝手なことをしていると考えて腹を立てたBが、被告人に文句を言って口論となり、いきなり被告人に殴りつけて失神させた上、被告人(及びD子)をその場に放置したまま他の共犯者と一緒に被害者ともども上記岸壁に赴いて同所で第二の暴行に及び、さらに逮捕監禁を実行したものであり、被害者の負傷は(1)通院加療約二週間を要する上顎左右中切歯亜脱臼、(2)通院加療約一週間を要する顔面挫傷、左頭頂部切傷、(3)安静加療約一週間を要した頸部、左大腿挫傷、右大腿挫傷挫創、(4)安静加療約一週間を要した両手関節、両足関節挫傷挫創であるが、(1)は第一の暴行によって生じ、(4)は第二の暴行後の逮捕監禁行為によって生じたものと認められるが、(2)及び(3)は第一、第二のいずれの暴行によって生じたか両者あいまって生じたかが明らかでないものである。このような事実関係を前提にすると、Bを中心とし被告人を含めて形成された共犯関係は、被告人に対する暴行とその結果失神した被告人の放置というB自身の行動によって一方的に解消され、その後の第二の暴行は被告人の意思・関与を排除してB、Cらのみによってなされたものと解するのが相当である。したがって、原判決が、被告人の失神という事態が生じた後も、被告人とBらとの間には心理的、物理的な相互利用補充関係が継続、残存しているなどとし、当初の共犯関係が解消されたり、共犯関係からの離脱があったと解することはできないとした上、(2)及び(3)の傷害についても被告人の共同正犯者としての刑責を肯定したのは、事実を誤認したものというほかない(なお、原判決が(4)の傷害についてまで被告人の刑責を肯定したものでないことは、その補足説明(3)及び(4)に照らし明らかである。)。しかしながら、叙上の事実関係によれば、被告人は第一の暴行の結果である(1)の傷害について共同正犯者として刑責を負うだけでなく、(2)及び(3)の各傷害についても同時傷害の規定によって刑責を負うべきものであって、被害者の被った最も重い傷が(1)の傷害である本件においては、(2)及び(3)の各傷害について訴因変更の手続をとることなく上記規定による刑責を認定することが許されると解されるから、結局、原判決が(2)及び(3)の各傷害についての被告人の責任を肯認したことに誤りはなく、原判決はその根拠ないしは理由について誤りを犯したにすぎないことになる。原判決の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえず、論旨は理由がない。

二  控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は、要するに、原判決の量刑が重すぎて不当である、というものである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果も加えて検討するに、本件は、被告人が共犯者らとともに被害者に焼き入れと称して集団で暴行を加えて加療約二週間の傷害を負わせた事案であるが、知人の女性らの虚言を盲信して短絡的に犯行に及んだというその経緯や動機に特に酌むべき点がない上、態様も無抵抗の被害者を車から引きずり出して一方的かつ執拗に暴行を加えるなど悪質であって、被害者の受けた肉体的・精神的苦痛が大きいこと、平成一一年八月に恐喝未遂罪により懲役一年六月、五年間刑執行猶予に処せられたにもかかわらず、その後二年余りで本件に及んでいること、事件当時の生活状況も芳しいものではなかったことなどに照らせば、被告人の刑責は重いというべきである。

しかしながら、さらに子細に検討すると、被告人はBに誘われて犯行に加担したものであり、直接の関与は第一の暴行のみであって、被告人の刑責とBのそれとの間には相当の差異があること、負傷の程度が約二週間にとどまること、被害者にも被告人らの怒りを誘発した側面があること、被害者との間で共犯者を含めて示談が成立し、これに基づいて六〇万円が支払われていて、被害者が宥恕していること、原審公判廷において事実関係を認めて反省の態度を示していること、父親が更生に協力する旨誓っていること等被告人のために斟酌すべき事情も多々存在する。これら諸般の事情を総合して考慮すると、被告人に対する実刑は免れないものの、懲役一年二月に処した原判決の量刑は、重きにすぎるといわざるを得ない。論旨は理由がある。

三  よって、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い当裁判所において更に判決する。

原判決が認定した犯罪事実(ただし、その一二行目の「暴行を加え、」の次に「その結果、同人に通院加療約二週間を要する上顎左右中切歯亜脱臼の傷害を負わせ、」を加え、さらにその一五行目の「同人に」以下を「通院または安静加療約一週間を要する顔面挫傷、左頭頂部切傷、頸部、左大腿挫傷、右大腿挫傷挫創の傷害を負わせたが、その傷害が上記駐車場における被告人とBの暴行により生じたものか、上記岸壁におけるBの暴行により生じたものか、これらがあいまって生じたものか知ることができない。」と改める。)に法令を適用すると、被告人の所為は包括して刑法六〇条、二〇四条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処することとし、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一一〇日をその刑に算入し、なお原審及び当審の訴訟費用については刑訴法一八一条一項ただし書によりこれらを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀内信明 裁判官 久保豊 手﨑政人)

<以下省略>

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