名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)1060号 判決 2003年4月24日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 控訴人は,被控訴人に対し,30万7000円及びこれに対する平成13年9月22日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
3 被控訴人のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は第1,2審を通じて9分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の各負担とする。
5 この判決は第2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
(以下,略語は,特に掲記するものを除き,原判決に準ずる。)
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,株式会社A(以下「本件販売店」という。)から乗用車を購入した控訴人が,割賦販売及びリース等を業とする被控訴人に保証委託をしてその保証を得,日本団体生命保険株式会社(以下「本件保険会社」という。)から220万円を借り入れ(本件オートローン契約。控訴人は本件保険会社の受任者である被控訴人に対し分割弁済する約定。),同金員を被控訴人を通じて本件販売店へ支払い,被控訴人への初回の分割金を弁済(口座引落し)した後に借入残元金全額と手数料の一部を本件販売店へ一括弁済したところ,本件販売店が被控訴人へ引き渡さないまま破産したという事実関係において,被控訴人が控訴人に対し,保証委託契約に基づき,本件オートローン契約により弁済すべき258万2800円から既に口座引落しされた3回分の分割金合計10万1800円を除いた未弁済分の求償金248万1000円及びこれに対する期限の利益喪失日の翌日である平成13年9月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し,控訴人が,本件販売店との間で本件オートローン契約の合意解約をして一括弁済したこと,本件販売店は被控訴人を包括的に又は弁済について代理する権限があり,これがないとしても債権の準占有者に対する弁済として有効であると主張し,被控訴人がこれらを否認した事案である。
原審は,本件販売店には被控訴人を代理する権限があるとは認められず,控訴人には本件販売店に代理権があると信じたことに過失があると認められるとして,控訴人の主張を排斥し,被控訴人の請求を認容したので,控訴人がこれを不服として控訴した。
2 前提事実及び争点は,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1,2のとおりであるからこれを引用する〔ただし,同引用範囲中(同2の(2)のア(イ)及びイ(ア)の各項を除く。)の「販売店」をすべて「本件販売店」と,「保険会社」をすべて「本件保険会社」とそれぞれ改め,3頁9行目末尾に「同代理権のあることは後記(2)ア(イ)のとおりである。」を加える。〕。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,本件販売店には被控訴人の代理権があるとは認められず,これを前提とする合意解約を認めることはできないが,控訴人において本件販売店に弁済受領の代理権があると信じたことに過失がなく,債権の準占有者に対する弁済と認められるので,被控訴人の本件請求は同弁済の効力を生じた限度で理由がないと判断する,その理由は以下のとおりである。
2 本件オートローン契約の合意解約の成否(争点(1))
(1) 被控訴人が本件販売店に上記合意解約につき被控訴人を代理する権限を与えた事実を認めることはできず,控訴人の主張に理由がないことは,原判決5頁20行目から6頁15行目まで及び7頁10行目から17行目まで(ただし,7頁10行目の「(2)」を「(3)」と改める。)のとおりであるからこれらを引用する。
(2) 控訴人は,当審において,本件販売店が被控訴人を包括的に代理する権限を有する根拠として,信販会社と販売店が共同の利益を追求して経済的に一体的関係にあり,現実に本件販売店が被控訴人の事務を代理・代行しており,行政通達により信販会社に対し販売店への監督義務が課せられていることなどを指摘するが,これらの根拠だけでは本件販売店に対し包括的代理権が付与されていたとの事実を認めるに至らない〔被控訴人が顧客の信用調査を独自に行い,契約締結の決定権を販売店へ委任していないことは証拠(甲1の「保証委託契約の条項」Ⅰの第3条等)及び本件オートローン契約の性質に照らして明らかである。〕。
3 債権の準占有者に対する弁済としての効力(争点(3))
本件販売店に本件オートローン契約に基づく債権について弁済受領権(代理権)があったか否かはさておき,これがないとした場合の準占有者に対する弁済としての効力の有無について検討する。
(1) 証拠(甲1,5,乙6,原審証人B,同C及び同控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると,①被控訴人のクレジット契約取扱店となるための申込用紙として被控訴人が作成した「取扱店申込書」が存在し,本件販売店も平成12年2月9日に同用紙に記名押印し,被控訴人へ差し入れてクレジット取扱店の申込みをしたものであり,同用紙に記載されている被控訴人と本件販売店との間の契約条項の「共通取扱条項」の第5条(債権の回収)には,「弊社(本件販売店)は,貴社(被控訴人)が顧客に対して有する返済金等の一切の債権を,貴社所定の方法により回収することを承諾するものとします。ただし,顧客の都合その他やむをえない事由があるときは,弊社において前記返済金等を一時預かることができるものとし,この場合,弊社は直ちに貴社に通知のうえ当該預り金を引き渡すものとします。」と規定されていること〔( )内は当裁判所の付した注釈。〕,②被控訴人の販売店では顧客から弁済金を受け取ることがあり,本件販売店でも,顧客が分割払を変更して一括弁済とすることがよくあって,被控訴人から一括弁済の場合の金額を予め聞いて顧客から一括弁済金を受け取り,被控訴人へ引き渡したことがあったこと,③控訴人は,本件販売店を通じて被控訴人の紹介を受け,本件販売店を通じて被控訴人との本件オートローン契約の書面を取り交わすなどし,本件販売店に一括弁済を申し出たところ,本件販売店のCはこれを了承し,総額を調べておく旨回答して,被控訴人の営業所に対し一括弁済に変更の場合の金額を確認して控訴人に伝え,控訴人において本件販売店に弁済受領の代理権があると信じて同金額を本件販売店に交付したこと,以上の事実を認めることができる。
(2) 上記(1)の事実によれば,控訴人にとって本件販売店は被控訴人の代理人としての外観を備えていたものといえ,債権の準占有者であったものであり,控訴人において,本件販売店が被控訴人を代理して弁済を受領する代理権も有するものと信じ,かつ信じたことには過失がないと認めれらる。
(3) 被控訴人の主張について
ア たしかに,①前掲証拠に後記括弧内の証拠及び弁論の全趣旨によると,控訴人は,D株式会社瑞浪店の店長としてINAX製品の販売を行う業務に携わっており,本件オートローン契約を締結する際には,金利の安いローン会社との契約を希望して本件販売店から被控訴人の紹介を受け,被控訴人の担当者が控訴人に直接面接して契約意思の確認をしたものであり,控訴人においては本件オートローン契約の債権についての弁済受領権者が被控訴人であることを認識していたこと,②本件オートローン契約書の顧客用の控え(甲6,乙1)には,「お問合わせ・相談窓口」の注意書として「保証委託契約(お支払)についてのお問合わせ,ご相談は下記にご連絡ください。」と赤色で記載され,その下に被控訴人の支店名と電話番号が記載されており,被控訴人から送付された支払明細の通知書にも,問合わせ先として被控訴人中部支店の住所と電話番号が明記されていたこと(甲7,乙2),③控訴人が本件販売店に対し一括弁済ができるかを問い合わせたところ,Cから「一括で金220万7000円でよい。クレジットの解約という契約違反であるから,3か月は通帳から引落しが続けられる。この分については本件販売店が通帳に振り込みをする。」旨の回答を受けてこれを了解したこと,④控訴人は一括弁済について予め被控訴人に直接確認をしてはいないこと等の事実を認めることができる。
イ しかし,控訴人において,被控訴人が本件オートローン契約の債権についての弁済受領権者であることを認識していても,上記(1)の事実によれば,本件販売店の弁済受領代理権に疑問を抱かなかったことは無理からぬことであるといえるし,被控訴人から交付された各書面には,支払についての相談窓口の記載があったに過ぎず,販売店への弁済は効力がない旨の注意書があったことを示す証拠はなく,被控訴人においてそのような注意書を付加することは容易なことというべきであるし,Cの上記回答に対しても,これをもって本件販売店の弁済受領代理権に疑問を抱くべきであるということはできないから,上記アの事実を前提としても,控訴人が被控訴人へ問い合わせないまま一括弁済をした点を捉えて控訴人の過失と評価することはできず,控訴人において本件販売店に弁済を受領する代理権があると信じたことに過失はないというほかない。
ウ また,被控訴人は,「取扱店申込書」の上記共通取扱条項第5条につき,販売店が顧客(債務者)の代理人または履行補助者として顧客から弁済金を預かることを原則として禁止するとともに,一定の例外の場合にはこれを許容したものであるが,許容された場合でも,販売店は顧客の代理人または履行補助者として弁済金を預かるのであって,被控訴人の代理人として受領するものではない旨主張する。しかし,上記取扱店申込書は被控訴人と販売店との間で取り交わされた書面であり,その間の契約条項であるから,上記第5条の趣旨は,被控訴人と販売店の間の法律関係を定めたものであって,販売店と顧客との関係を規制しているものとはいい難く,販売店の弁済受領代理権を認めたものと解されるか否かはさておき,少なくとも販売店において顧客から弁済金を受領することのあることを前提として,その場合の販売店の被控訴人に対する義務を定めたものと解することができ,販売店が顧客の代理人等であるとする被控訴人の上記主張は採用できない。
4 残債務について
(1) 上記(原判示)のとおり,控訴人は本件オートローン契約において,本件保険会社から220万円を借り受け,分割手数料38万2800円を加えた,258万2800円を被控訴人に対して弁済することを約したものであるが,本件オートローン契約の前提とされた契約約款の保証委託契約並びに立替払契約の共通条項の第8条(早期完済の場合の払戻し)には,「甲(控訴人)は,表記支払方法に基づく債務を履行し,かつ約定支払期間の中途で残金全額を一括して支払ったときは,保証委託契約においては,甲は78分法又はそれに準ずる乙(被控訴人)所定の計算方法により算出された,支払利息また立替払契約においては,乙所定の計算に基づく乙所定の割合による分割手数料の払戻しを乙に請求できるものとします。」と規定されている〔甲1。( )内は当裁判所の注釈。〕。また,本件オートローン契約においては,既に判示の事実関係によれば,期限の利益が控訴人のみに存するということはできず,これらを勘案すれば,控訴人において繰上げ返済する場合には,本件保険会社(その代理人と解される被控訴人)との間で,繰上げ返済及び同弁済額の合意ができない限り,本件オートローン契約の債務全額を支払って上記早期完済の場合の払戻し条項にしたがった払戻しを請求するなどすべきものと解するほかない。
(2) そこで,準占有者に対する弁済として認めるべき金額について検討する。
証拠(甲2,乙2,5,6,原審証人C,同控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,①控訴人は,本件販売店から一括弁済の了承をえた際に,3回の分割弁済金については口座引落しがされるが,同金額相当分は本件販売店において上記口座へ振り込む旨説明されて,これを了承したこと,②控訴人は,本件オートローン契約による初回の分割金3万5800円が口座引落しになった後に上記一括弁済分220万7000円を本件販売店に支払ったものであるが,その後第2,3回の分割金各3万3000円が口座引落しとなり,他方,本件販売店から3万3000円が上記口座に振り込まれたが,その余の振り込みはなかったこと,以上の事実が認められる。
被控訴人の本件請求は,上記の3回の口座引落し分を除いて請求しているものであるところ,上記の事実によれば,上記一括弁済金220万7000円のうち,本件販売店から控訴人の口座に入金された上記3万3000円相当額については,請求から除外されている部分についての弁済とみざるをえず,同部分について準占有者に対する弁済として本訴請求から減ずることはできない。
してみれば,債権の準占有者に対する弁済として本件において考慮すべき額は217万4000円となる。
(3) したがって,本件オートローン契約の残債務は,被控訴人主張の残債務額248万1000円(乙2)から上記弁済の効力の認められる217万4000円を減じた30万7000円となり,本訴請求は同金額とこれに対する催告期限後の遅延損害金(商事法定利率年6分)につき理由があることとなる。
以上は,控訴人の主張する本件販売店の弁済受領権限(争点(2))を肯定したとしても異なるものではない。
第4結論
よって,被控訴人の請求を全部認容した原判決は相当でないから,上記にしたがってこれを一部取り消し,同部分に係る請求を棄却する趣旨で原判決を変更することとし,第1,2審の訴訟費用の負担を定めて,主文のとおり判決する(なお,上記請求認容の結論を維持した限度で原判決の仮執行宣言は効力があるが,理解の便宜のため再掲する。)。
(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 小林克美)
裁判官 戸田久は転補につき署名押印できない。 裁判長裁判官 田村洋三